余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:はつぼし たろう

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昨日も投稿してるから読み飛ばし注意だ、よ。


第21話 あなたの心に火をくべるのは

 『初』最終試験は土曜日、中庭の屋外ステージ、初星学園生徒のみに公開という、中間試験とまったく同じ条件で行われた。

 

 おれと賀陽さんも前回と同じように、客席に並んで座って観覧していた。

 相変わらず観客の生徒たちからは注目を浴びたが、前回より騒がしい感じでなかったのは、星南さんが言っていたように噂が出回っていたからだろうか。

 

 しかし、試験さえ始まってしまえば、誰しも当然ステージへと意識が向かう。

 今日、そこに立つのは、中間試験を突破してきた実力者たちなのだから、気を散らしている余裕なんて与えてくれるはずもない。

 

「――姫崎さん……というか、学Pさん、オリジナル曲を用意してきたのかよ……すごいな、マジで」

「……素が出てるわよ」

「あ、あぁ、すいません、つい……」

「別にいいけど。でも、あのプロデューサー、ホントにイカれてるわね」

 

 最終試験でもやはり二曲分のパフォーマンスで採点されるのだが、どちらもフルサイズで、演出等はともかく実際の公演を想定したものを見せる必要がある。

 

 そして、一曲は課題曲の『初』であるが、二曲目は中間試験の時の選択曲である必要はない。

 本公演でそのまま使用できれば、どんな楽曲でも構わない――たとえば、有村さんのように既に外部での営業活動で使っている持ち歌であっても、姫崎さんのようにこの場で新しく披露するオリジナルの曲であっても、だ。

 

 オリジナル曲は、言わずもがなとても大事だ。

 そのアイドルの方向性を示す最も重要な要素であり、そのお披露目の場として定期公演『初』をチョイスするのは、絶好である。

 

 ……が、姫崎さんにプロデューサーが付いたのはほんの二か月前……発注して、納品されて、それを覚えさせて……?

 

「……いや、普通に非現実的じゃないですかね? これ」

「でも、実際目の前でやってるじゃない」

 

 ……ま、まぁ? 学Pさんは元々姫崎さんと幼少期に出会っていたわけで、そこで知ったパーソナリティをそのままアイドル活動の方針にしてるから、なんとか……したん、だよな。

 

 地力のある姫崎さんだし、曲自体の雰囲気とコンセプト――彼女がお姉さんアイドルとして大人っぽく歌う恋愛ソング、しかし歌詞をよく聞けば少女性を強く押し出していてある程度の不完全さも魅力に変えているので、他の三年生たちの持ち歌とも決して見劣りしない、むしろパフォーマンス全体を見れば中間試験同様にトップレベルだったと言えるだろう。

 

「三年生は、大きく順位が変わることはなさそうでしたね。強いていうなら、経験の差で有村さんがトップ確実という印象ですな」

「二年も、あの病弱らしい先輩が順当に勝ちそうだったしね。ま、そんなもんでしょ」

 

 そう、そんなもんだ。

 

 中間試験から最終試験までほとんど時間はなく、基本的に番狂わせが起こることはないのだ。

 元々僅差だったところがその日のコンディション等でひっくり返るようなことはあったり、楽曲の選定によって印象が良くなったりするくらい。

 

 ……と、思っていたのだが。

 

 一年生の部、ここに波乱が待っていた。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

「……嘘でしょ? 手毬、あいつ……」

「……マジかよ……」

 

 月村さんが、オリジナル曲を引っ提げてきた――それは、『SyngUp!』時代のものではなく、どこにも披露していない完全新曲で、おそらく学Pさんと出会ってから用意されたもの。

 

 ……いや、学Pさんは元より月村さんをスカウトするつもりでいたというから、姫崎さんの方がイレギュラーではあるのだろう。 

 であれば、準備の時間が多かったであろう月村さんの楽曲が用意されているのも、おかしくは……?

 

「……いや、普通に非現実的じゃないですかね? これ」

「でも、実際目の前でやってる……けど、ちょっと信じ難いわ」

 

 賀陽さんも、流石に現実を疑ってしまっているようだった。

 

 スカウトの事前調査は入念にやるものだが、それでも実際にプロデュースが始まれば思い通りに行くことの方がよっぽど少ないのが当然だ。

 楽曲の準備を進めておいたとして、それがそのまま使える保証は一切ない。

 

 博打も博打、大博打だ……が。

 

「……結局あの人は、そういう感じなんでしょうね。リスクを冒して、大きなリターンを狙う……どこまでリスクヘッジをしているのかは、気になりますが」

 

 完全な無理無茶無謀とまでは言わないが、近道であれば命綱付きの綱渡りくらいはまったく厭わずにやるような、そんな覚悟と勢いを感じる。

 

 そしてもちろん、その賭けに乗ったか、あるいは先導した上で、ほとんど成功させた月村さんもまたとんでもないアイドルだ。

 

 彼女の歌は、本当にすごい。

 最初から最後まで全身全霊、自分の身体も、魂まで全部注いで燃え続ける、見るものすべてを燃やし続ける青い炎のよう。

 消えかけた炎に火をくべる――月村さんはまさに、それを成さんとしていた。

 

「……賀陽さん」

「…………」

 

 名前を呼んでも、賀陽さんは返事をしなかった。

 ただ、月村さんの姿を、目を逸らさずにじっと見つめ続け、最後まで見届けたのだった。

 

 

 

 ……と、一年生の部の序盤で強烈なインパクトを残した月村さんだったが、波乱を起こしたのは彼女だけではなかった。

 

 もちろん全体的に上級生と比べれば上振れ、下振れの幅は大きく、特に新入生組はその傾向が強かった。

 最終試験合格のラインにもよるが、このまま行けば、という子に大きなミスがあったり、逆にこのままでは、という子に渾身のパフォーマンスがあったりといった具合だった。

 

 安定感を見せたのはやはり内部進学組で、秦谷さん、藤田さん、花岡さんあたりは中間試験で見せた力をそのまま発揮できていたと思う。

 

 特に秦谷さんについては、先日の一件から個人的に心配していたが、パフォーマンスは平常運転どころか一段と洗練されているようにも思えた……しかし、月村さんが大きく爆発してみせたことから、最終的な成績では上下がひっくり返る可能性が高いと見える。

 

 ともあれ、伸びしろの大きい一年生たちであっても、やはりこの短期間ではそうそう見違えるほどに伸びてくるような子はいない――はず、だったのだが。

 

 そんな生温い見方を覆したのが、花海()()だった。

 

 まずは、なんと言っても妹の花海佑芽さんだ。

 彼女は調子がどうとかいうレベルではなく、明らかに、まっすぐに、大きく実力を伸ばしてきていた。

 

 飛びぬけた身体能力、目いっぱいの体力を振り回すかのように舞台全体を動き回って、それでいて大きな粗だった歌唱の安定感が増し、視線の向き、指先までを余裕たっぷりにコントロールしきっていた。

 

 彼女の秘めていた基礎的な能力が、アイドルへと最適化されつつある。

 しかも、誰にも追いつけないような速度で。

 

 花海佑芽さんは、いっそ恐ろしさを感じさせるような成長をまざまざと見せつけて――それに負けないほどの輝きを放ったのが、花海咲季さんだった。

 

 中間試験の時点で既にアイドル未経験者とは思えないほどの完成度を誇っていた彼女だったが、さらにもう一段階、明確に上のレベルまで仕上げ切っていた。

 

 月村さんに新曲という飛び道具がなければ、秦谷さんがさらにギアを上げていなければ、今度は遜色がないどころか、彼女たちさえ食いかねなかった……そう思わせられるようなパフォーマンスだった。

 

 ただ、何度も言うようだが、彼女にはプロデューサーが付いていない。

 それでいてこれだけ、と改めて思うが、今日は、それ以上に……どうにも惜しいと思ってしまった。

 

 彼女と会った日、交わしたやり取りが脳裏をよぎる。

 

「……いや、他人事じゃない、か」

「何?」

「いえ、すいません、独り言です」

 

 と、おれはそう答えるしかなかった。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 最終試験は、そうして終わった。

 結果はまた後日に発表されることになる。

 

 例年よりも合格の枠が増えてはいるだろうが、それでも中間試験よりはさらにボーダーは厳しいはずで、前回おれがピックアップした注目株全員が合格とはいかないだろう。

 

 たとえば篠澤さん、倉本さんあたりはやはり地力の部分で厳しく、紫雲さんや葛城さんあたりが当落線上にいるくらいと見るのが妥当なところだろう。

 ……ちなみに、学Pさん担当アイドル三人衆で、さすがに篠澤さんだけはオリジナル曲を用意してきていなかった。それがあれば、という仮定も、そもそも基礎固めに費やした時間を考えばいくらなんでも不可能だろう。

 

 しかし、今回の入学、進級直後の『初』においてこれほど多くの一年生が爪痕を残したのは異例と言ってよく、誰が勝ち上がって公演の舞台に立ったとしても、観客の期待に適うステージを見せてくれることだろうとおれは感じた。

 

「……さて。では、今日のところは解散としましょうか」

 

 ともあれ、試験終了がアナウンスされたので、観客にいた生徒たちもまばらに帰り始めたところでおれは立ち上がる。

 するとしかし、賀陽さんは「ちょっと待って」と言って、おれの背広の裾を引っ張ってきた。

 

「これ」

「はい?」

 

 賀陽さんがスマホの画面をおれに見せてきたので、何かと思えば……月村さんとのメッセージのやり取りが映し出されていた。

 

 一言、『話があるから待ってて』、と。

 

「……一緒に待て、と?」

「そうよ。面倒になったら押し付ける、って言ったじゃない」

「おれが同席するのは、どうなんでしょう……この前とは状況が違うじゃないですか」

 

 賀陽さんの『初』不参加に怒って乗り込んでくるかもというのと、最終試験まで終えて、あんなステージを見せた上で会いに来るというのではだいぶ話が違うだろう。

 

 しかし、賀陽さんは譲る気はないようで、おれを軽く睨みながら言う。

 

「一対一で向き合うとか、鬱陶しいったらないのよ……手毬には文句言わせないから、お願い」

「……わかりました。一緒に待ちましょう」

 

 まぁ、置いて帰れるわけがなかった。

 おれはストンと腰を下ろして、大人しく賀陽さんと二人で月村さんが来るのを待つことにした。

 

 月村さんとは、おれもほとんど最初のエンカウント以来だが、あの時面食らったのを引きずっているわけでもない。

 用事があるのは賀陽さん相手というのもあるから、おれ自身はさほどナーバスにはならなかった。

 

 ……おそらく、ある程度人がいなくなるまでは来ないのだろうなとは思っていたが、案の定それなりの時間待たされて。

 

「――燐羽」

「……遅いわよ、手毬。もう、帰ってやろうかと思ったわ」

 

 どこから回ってやって来たのか、月村さんはおれたちの背後、観客席の上に夕焼けを伴って現れた。

 

 彼女は、ステージ衣装のままだった。

 中間試験の時の〝初〟衣装ではなく、今回披露したオリジナル曲に合わせたであろう、黒と青のスタイリッシュなものだ。

 

 賀陽さんが立ち上がり、月村さんを見上げる形で相対する。

 おれもそれに合わせて立つと、月村さんがちらりと視線を向けてくるが、一緒にいることに特段文句はないようだった。

 

「待たせてごめん。人目はあんまりない方がいいと思って」

「御託はいいわ。用件は何?」

 

 賀陽さんの態度は、極端なまでに冷たい。

 しかし、月村さんはそれに怯むでもなく、自嘲するように笑った。

 

「……本当は、少なくとも『初』の公演までは会うつもりなかったんだけど」

 

 そう言ってから彼女は、決然とした表情で、賀陽さんに言う。

 

「私のステージ、見たよね」

「……見たわよ。それで?」

「うん、見たなら、いいよ」

 

 今度は勝ち誇ったように笑って、続けた。

 

 

 

「――それでそのまま、この月村手毬を目に焼き付け続けなよ、賀陽燐羽。いつまでも燻ったままじゃ、いさせないから」

 

 

 

 ……それだけ。

 たった、それだけだった。

 

 月村さんは踵を返して、賀陽さんの返事も聞かずに去って行ってしまった。

 

「……賀陽さん」

「……ハァ。ほんっと、生意気で、自分勝手な奴。人のこと散々待たせた挙句に……そう思わない?」

「それは、まぁ、はい」

「だから……嫌いなのよ」

 

 賀陽さんは、吐き捨てるように――あるいは言い聞かせるように、そう呟く。

 

 それから彼女はおれの方に振り向くと、意外に平然とした顔で尋ねてきた。

 

「プロデューサー。『初』の公演の日、予定は?」

「……ええと、おれの、ですかね?」

「当たり前でしょ。わざわざ自分のスケジュールなんて聞かないわ」

 

 まぁ、そりゃそうか。

 

「もちろんというか、公演を観覧する予定ですよ……伝手で、招待チケットをもらっていまして」

 

 これは、シークレットゲストとして出演予定の星南さんからもらったものだ。

 

 学園関係者であっても会場での観覧には一般客と同様抽選でチケットを手に入れる必要があるのだが、出演者には主に家族用の意図で招待チケットが手配されるので、おれはこれを融通してもらったのである。

 

「……あなたね、隠す気ないでしょ。今の時点で招待チケットがあるって」

「まぁ、お察しの通り、星南さんですね」

 

 と、普通に白状した。

 賀陽さんには半目で睨まれるが、ズルの自覚はあるので甘んじて受け入れる。

 

「そもそもあなたならチケットなしで裏口から入れそうね。十王家とズブズブだし」

「ず、ズブズブというほどでは……」

「……あ、というかもしかして、招待チケットがあるってことは十王星南も出演するの?」

「あっ。あー……それは……ノーコメントで」

「言ってるようなものじゃない……」

 

 ……もうちょっと上手く話せば、そこは誤魔化せたかもしれない。時すでに遅し、だが。

 すいませんくれぐれも内密に、とおれが懇願すると、賀陽さんはため息をつきながらひらひらと手を振った。

 

 ともあれ、ここまで来れば賀陽さんの意図は当然わかる。

 

「賀陽さんも、現地に参戦したい、と」

「ええ。あんなこと言ってきたんだから、手毬がくれそうだと思ったけど……せっかくなら知り合いと一緒に見た方が楽しいだろうし、あなた、もう一枚融通してもらいなさいよ」

「相談はしてみますが……確約はできませんよ?」

「その時は手毬から二枚ふんだくるわ」

 

 ふんだくるって……うーん、星南さんからもらったチケットを突き返すのも、席に穴を開けるのも悪いしな……図々しいが結局もう一枚融通してもらう方が角は立たないか。

 

 ……と、おれはそんなことを考え込んでいたのだが、ふと賀陽さんを見ると、彼女は物憂げな表情で空っぽのステージを見下ろしていた。

 

「……燻ってるんじゃない。ただ、最後に輝くための火種を、ひとつ取っておいているだけ。それ以外に燃えるものは、私の中にはもうないわ。だから別に、逃げる必要もない」

 

 ……賀陽さんは、月村さんからのある種の宣戦布告を、正面から受けて立つつもりでいる。

 

 沈みゆく太陽に背後から照らされた彼女の前には、暗い影が長く伸びていた。

 





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