余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:はつぼし たろう

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第22話 仕切り直しの夜

 初星学園には〝講堂〟と呼ばれる大きなアリーナがある。

 

 建設費は150億円、約2年の工期がかかったというそれは、ステージのセットにもよるが収容可能人数は2万人を下らないという、国内最大のアイドル養成校たる初星学園の象徴だ。

 

 初星学園が主催する大きなライブイベントは、その多くがここで行われる。

 定期公演『初』もその例に漏れず、規模拡大を謳った今回は、例年一日のみであるところを二日間に分けて開催されたのだった。

 

 そしてその二日間、星南さんに用意してもらった二人分のチケットで、賀陽さんと共に参戦したわけだが……なんとまぁ充実した時間だったことか。

 

 結局のところ、間接的にでも親交のある子たちの内で最終試験に合格したのは、三年生では有村さんと姫崎さん、そして一年生は月村さんと秦谷さん、花海姉妹、そして藤田さんとそう多くはない。

 

 一年生についてはやはり、雨夜さんとのよしみで注目していた紫雲さん葛城さんあたりがギリギリのラインで、この二人を含めて倉本さんや篠澤さんなどは、堅実に積み上げてきていた基礎とそれに裏打ちされたパフォーマンスを見せた内部進学組に惜しくも合格の席を譲ることになった。

 

 ただ、大方の予想通り『初』の規模拡大に合わせて合格者の枠が増えた中で、入学直後にもかかわらず一年生たちが高いレベルで競い合ったことは、そのまま公演のクオリティに直結していたと言えよう。

 

 一人一人のライブがどれほど素晴らしかったか、言葉にしようとしたら各人について二千文字ずつくらいのレポートを書かなければいけなくなってしまう。

 

 しかし、それでも個人的に言及したいのは、やはり三年生たちだ。

 

 特に、有村さんと姫崎さんの二人。

 理由はもちろん、彼女たちが積み重ねてきていたものが、最後の一年にようやく花開く姿を見せつけられたからに他ならない。

 有村さんは雨夜さんと共に殻を破っていたからまだしも、姫崎さんは本当に、本当によかった……まだ始まりに過ぎないとわかっていても、あんなに大きなステージに立って立派なステージをやりきった姿にはつい涙してしまった。

 

 そしてもちろん、星南さんもさすがのステージだった。

 彼女が突然出てきた時の歓声と言ったら、声だけで150億円の講堂が崩壊するのではないかと思うほど。

 今日、『初』の舞台に立ったアイドルたちが目指すべき存在として、堂々たるパフォーマンスをおれたちに魅せてくれたのだった。

 

 ……と、おれが特に思い入れの深い三年生のステージに感極まっているのはいいとして、その隣にいた賀陽さんはどうだったのか、という話だが。

 

「……はぁ~……ひっさびさにライブ来たけど……最高だったわ……でも、『初』って物販が手薄なのだけ惜しいと思わない? せっかく規模を大きくしたんだから、グッズを用意するくらいの準備期間も設ければいいのに……」

「…………」

「……何よ」

「いえ……」

 

 結構普通に、いやだいぶエンジョイしてた。

 

 賀陽さんのことばかり気にしていたわけではないが、隣にいれば当然その様子はわかる。

 さすがにわかりやすく黄色い歓声を上げたりするわけではないが、腕を組みながらうんうん頷いていたりニヤリと笑っていたり、出演者によってはおそらくきっちり予習もした上でコールをしたりペンライトを振ったりと、めちゃくちゃライブを満喫していたのだった。

 

 ……座席の関係で講堂から出るのはだいぶ後の方になり、特に急ぎもしなかったから外に出た頃には人影もまばらで、空はすっかり真っ暗。

 

 学園の外までの道のりを、おれと賀陽さんは二人きりでゆっくり歩いている。

 

「……ええと、なんと言いますか。月村さんとのやり取りもあったし、もっとシリアスな感じでライブを見届けるのかなと思ってたんですよ」

「何? 私がつまらなそうにしてればよかったわけ? そんなの、ステージに立つアイドルたちに失礼でしょ」

「それは、仰る通りです。すいません、水を差すようなことを言って……」

「……いえ、ちょっと言い過ぎたわ。まぁ、あなたの言いたいこともわかるし……でも、私はただ真剣に観ていただけ。真面目な顔して頷いてるだけが誠意じゃないでしょう?」

「……賀陽さんって、本当にアイドルに対して真摯ですね」

「ええ、好きなんだもの……結局ね」

 

 賀陽さんは、自嘲するような笑顔を見せたと思うと、急におれを睨みつけてくる。

 

「あなたのせいだから」

「……えぇ?」

「あなたが妥協するなだなんて言って、私がまだアイドルだってことを思い出させたから。私が快適にレッスンできる環境をあんなに丁寧に整えて、アイドルでいることの楽しさまで思い出させたから。それでいて、ちゃんと私に終わりを示してくれたから――どうしようもなくアイドルが好きなんだって、思い出しちゃった。全部、あなたのせいよ」

 

 そう言って賀陽さんは突然立ち止まるから、おれは何歩か先に行ってしまって、後ろを振り返る格好になる。

 

 さらに彼女はしばらくじっとおれを睨んで――フッ、と不意に悪戯っぽく笑っておれの背中を叩いてきた。

 

「冗談よ。そんな、捨てられた子犬みたいな顔しちゃって」

「いや……そんな顔はしてないでしょう」

「してたわよ」

「してません」

「してたから」

 

 ……何の言い争いなんだ、これは。

 

 賀陽さんが言うだけ言って、今度は勝手に歩き始めてしまったので、彼女の後ろを付いて行く。

 

「……安心しなさい、あなたを捨てる気なんてないから。今日、私が久々に大好きなアイドルのライブを楽しめたのは、全部あなたの()()()だもの」

 

 前を向いたまま、そんなことを言う賀陽さん。

 足取りは軽く、今にもスキップしそうに見えた。

 

「だから私は、やっぱりアイドルを辞めるわ。そうでないと、自分の好きなものを好きなままでいられない。そうすれば、()()()のことだってもっと素直に応援できる。改めてそう思ったの」

 

 それから賀陽さんはこちらに振り向いて、再び足を止める。

 正面から向かい合った彼女は、優しい微笑を浮かべていた。

 

「プロデューサー、私の気持ちは変わらない。アイドル賀陽燐羽は、()()()()()()()()、この夏に死ぬわ。それでいい。それがいい。……けれど、ひとつだけ心変わりがある」

「心変わり、ですか?」

「ええ。それはね、私ひとりじゃなく、他の誰とでもなく、あなたと一緒に用意した舞台で最期を迎えたいと思うようになったこと」

 

 ……おれは、彼女の言葉をまっすぐに受け止めて、答えた。

 

「……おれには、ひとつの心変わりもありませんよ。ただ、より強く想うようになっただけです。最後まであなたと共に駆け抜けたい、と」

「……ふふっ、そう。ならよかった」

 

 賀陽さんはふと破顔して、あーあ、と途端に気の抜けた声を漏らした。

 

「あんな良いライブを見た後に引退の話をしているアイドルとプロデューサーなんて、あり得ないわ。つくづくおかしな関係ね、私たち」

「何を今更。あのライブ、おれたちが堂々と参加を蹴ったやつですよ?」

「確かに」

 

 おれたちは、二人で肩をすくめて笑い合って、それからまた並んで歩き始めた。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 学園から寮までは大した距離ではないが、暗い中を賀陽さん一人で帰らせられるはずもないので、しっかりと送り届けることにした。

 彼女もそれを遠慮することはなく、終始今日のライブについて他愛ない会話をしながら帰り道を歩いたのだった。

 

 そうして寮の敷地の前で賀陽さんと別れた後、おれは自分の家に帰るために来た道を少し戻る。

 

 ――彼女と遭遇したのは、その途中だった。

 

「こんばんは、プロデューサー」

「……花海、さん?」

 

 花海咲季さん。

 つい数時間前まで舞台の上にいた彼女が、制服姿でそこにいた。

 

「ええと、奇遇……ですか?」

「いいえ、違うわね。申し訳ないけれど、あなたの後をつけさせてもらったわ」

 

 ……やっぱりか。

 寮のすぐ近くだから、いること自体は不自然でないとは言え、道端で何をするでもなく立っていたからなんとなく待ち伏せされていたんじゃないかという気はしたのだ。あと、おれを見るなり驚くでもなく挨拶をしてきて、立ち塞がるように歩み出てきて……うん、いや完全に待ち構えてたわな。

 

「何か、ご用件があるようですね」

「ええ、そうよ。話が早いわね」

「……なんとなく、思い当たる節があったもので。こんなところで待ち伏せされているとはさすがに思いませんでしたが」

「わたしだって後日にしようと思っていたわ。でも、帰りがけにあなたを見かけちゃったんだもの。今日の熱が冷めないうちに、勢いに任せて話をしたくなっちゃったのよ」

 

 花海さんは胸に拳を置いて、力強い視線でおれを見つめてくる。

 

「……では、少し場所を移しましょうか。道端で話し込むわけにもいかないですから」

「ええ、すぐ近くに公園があるから、そこにしましょう」

 

 ……ということで、おれと花海さんは二、三分ほど歩いて、小さな公園にやってくる。

 

 ぼんやりと街灯に照らされていた二人掛けのベンチに腰を下ろし、お互い少し斜めに座って向かい合うような格好になる。

 

「さてと。まずは、『初』の合格とライブの成功おめでとうございます。そして、お疲れ様でした。素晴らしいパフォーマンスだったと思います」

「ええ、ありがとう。わたしも、今出せる全力を見せることができたと思っているわ……だからこそ、手毬や秦谷美鈴に敵わなかったのは悔しいけれどね」

「彼女たちは、中等部から数えて丸三年以上の経験者、しかもその頂点だったアイドルたちですよ?」

「じゃあ、負けて当然だったかしら? わたしはそうは思わない。もちろん手毬たちを甘く見ているわけじゃなくて、現実として、あと一歩だったわ」

「……なるほど、無根拠な自信ではないと」

「このわたし、花海咲季のアイドルとしての能力は全てが高水準よ。初星学園の中で、既に『一年生にしては』なんて前置きも不要なほどにね」

「ええ、肯定します」

 

 おれがそう言って頷くと、花海さんは満足げにフフンと笑ってと胸を張る。

 が、すぐに眉をひそめると、少し小さい声で続けた。

 

「……けれど、当然能力に偏りはあるわ。同じ平均点でも、ひとつ突出した武器がある方が強いのはアイドルでも同じね。高いレベルになればなるほどそれは顕著になるわ」

「月村さんも秦谷さんも、その歌唱力が強力な武器でしたね」

「ええ。しかも、一年生のほとんどが課題曲から試験に挑むための曲を選ぶ中で、歌唱は自分の実力だけで一番勝負がしやすい分野。なのにそこが相手の土俵な上、手毬に至ってはきっちりオリジナル曲を用意してきて、分が悪いったら……」

 

 ……花海さんも、なんとまぁ分析のできていることか。賀陽さんしかり秦谷さんしかり、今年の一年生はこんな子ばかりなのだろうか。

 

 だからこそ、実際に()()()()だったのだろうが。

 

「……花海さんはそもそも、表現、演出のようなビジュアルが最大の強みで、楽曲を含めた〝花海咲季らしさ〟が現時点で持ちうる最強の武器だった」

「! ええ、ええ! さすがねあなた、よくわかってるじゃない!」

「ハハ、まぁ、腐ってもプロデューサーですから。それが、あなたの言う()()()()ですね」

 

 大股の一歩ではあると思うが、一歩は一歩だ。

 

 月村さん、というか学Pさんの場合、彼女自身が今年の四月からの新入生であるからこそ今回の『初』にオリジナル曲を間に合わせてきたのが非現実的なレベルでおかしいのであって、そのあたりの前提条件が変わればまったくの不可能とまでは言えないのだ。

 

 たとえば内部進学の生徒なら中等部時代にその才能を見出し、高等部進学後に満を持してスカウト、楽曲もある程度準備を進めていて……というような形はあり得る。

 

 もちろん花海さんは新入生組だが、入学後に最速最短でスカウトをすれば、アイドル未経験ながら一人でここまで仕上げた彼女自身の分析力と成長速度を鑑みるに実現できた可能性はあるだろう。

 

 ……と、そんなふうに考えていたのだが。

 

「……残念だけれど、わたしの言った()()()()とは、ちょっと違うわね」

「あれ、違いましたか」

 

 腐ってもプロデューサー、のつもりだったんですが……と、おれは苦笑いしながらそう言おうとして、彼女の言葉に遮られた。

 

 

 

「――わたしに足りなかったのは()()()よ、プロデューサー」

 

 

 

 ……おれは、押し黙るしかなかった。

 花海さんの目が、まったくもって冗談でないと言っていたようだったからだ。

 

「ねぇ、改めて、あなたを試してもいい?」

「……はい。前と違って、少々予習してしまいましたが」

 

 おれがそう答えると花海さんはむしろにっこりと笑って、それから容赦なく問うてくる。

 

「わたし、花海咲季のすべてを見抜いて、教えて」

 

 おれは、おれの理解を、言葉を選びながら口にする。

 

「……あなたは、おれがあなたを()()()()()()()と言ったことに怒りましたね。あなたは自分に自信を持っていて、それはあなたが中学生時代までにたくさんの競技で残してきた成績、積み重ねてきた実績に裏打ちされている。あなたの自信は大きいが、決して過剰ではない。高い自己分析力から導き出した真っ当な自己評価を持っていたのですから、()()()()()()()呼ばわりは確かに看過できなかったでしょう」

 

 もっとも、おれが言ったのはそういう意味でなかったことはその日のうちに解けた誤解だが、おれもおれでずっと、改めて思い返せば勘違いしていたことに気が付いたわけだ。

 

 あの時、花海さんが主席入学という成績を引き合いに出して反論してきたのは表面的なこと。

 彼女の持っている自己評価、自尊心にそぐわなかったから、というのが根っこだったのだ。

 

「あなたの自信、自己評価、自尊心は実績に裏打ちされていて、さらに言えばその実績は弛まぬ努力の結果だ。それに、がむしゃらな努力ではない。計算高く、掲げた目標に対して必要十分な努力ができる。そうでなければ、いくら器用でも一人きりで月村さんたちに追随することはできなかったでしょう」

 

 似たようなことを、割と最近違う人に言った。

 それは、まさしく花海さんが敗れた相手である秦谷さんだ。

 

 ただ、傲慢の化身にして初星学園一と言っても全然過言ではなさそうな秦谷さんと違い、花海さんは授業やレッスンをサボっているといった話はなく、むしろ非常に模範的な優等生だという。

 

 真逆とも言える花海さんと秦谷さんが、あるレベルで抽象化すると似ている、というのは面白い話ではなかろうか。

 

 ……ともあれ、ここまでは前提だ。

 彼女がおれに見抜いてほしいのは、きっとこんなことじゃない。

 

 ……まぁ、ある程度彼女についてリサーチした上で、今日までの姿を観てきた人間であれば、もはやおれでなくても気が付けることだとは思うが。

 

「あなたが抱えている問題を、簡潔に二つにまとめましょう。ひとつは、あなた自身の才能の頭打ち。もう一つは、背後から凄まじい勢いで迫って伸びてくる妹の影……で、いかがです?」

「……正解」

 

 そう言った彼女は、まったく嬉しそうではなかった。

 腕組みをして、わかりやすくむくれた顔をしている。

 

「……前者については、おれよりもよっぽど正確に分析できるプロデューサーがいるでしょう。もしかすると、あなた自身の方がよくわかっているかもしれない……それを承知でおれの見立てをあえて話しますが、このまま行けば緩やかにでも、あなたはトップアイドルと呼ばれる人たちに十分届きうるでしょう。……しかし、それでは不十分、なんですね」

「ええ、そうね。限界なんて、いくらでも超えてみせる。それでも天井にぶつかるたび、わたしはそこで足踏みをする。必要な時間よ。頭ではわかってる。それでも……」

「……()()()()()()()()()()()()()()()。そうですね、問題は二つですが、根本はたったひとつ。妹に、花海佑芽さんに負けたくない」

 

 中間試験、最終試験、そして今日のライブ。

 これらすべてを通して見た人であれば、花海佑芽という存在がどれほど驚異的であるかは嫌でもわかるだろう。

 

 花海咲季は、そんな妹と戦っている。

 いや、戦い続けてきたのだ。

 

「あなたはたくさんの競技に挑んできた。そのほとんどすべてで、出色の活躍を見せてきた……しかしもちろん、極めたわけではない。どれも、結局は()()()()()()()()()()()のだと言い換えることもできる」

「……もっとはっきり言っていいわ。わたしは、()()()()()()()()のよ。ずっと、ずっと逃げ続けてきたの」

 

 ……彼女がそれを自分で言うのが、どれほど悔しいことか。

 膝の上で握りしめられた拳が、それを雄弁に語っていた。

 

「わたしは要領がいいからなんでもすぐに上達するわ。けれど、すぐに伸びしろを使い果たして、それでおしまい。逆にあの子は、佑芽は、とても不器用で飲み込みも遅いけれど……一度伸び始めたら止まらないわ。どこまでも強く、高く、大きくなっていくの」

「……坂道を転がる雪玉が、やがてすべてを飲み込む雪崩になるような、そんなイメージが湧きます。あなたは、競技そのものや、そこを極めた先にいる人々から逃げたのではなく、あなたの後を追う佑芽さんからこそ逃げ続けてきた。負けず嫌いだから、ですか?」

「それもあるけど、いいえ――わたしがあの子のお姉ちゃんだからよ」

 

 花海さんのその言葉には、妙な説得力があった。

 年長として、とシンプルに解釈することもできるが、おそらくそのような単純なことではないのだろうと感じた。

 

「……アイドルからは、逃げるつもりはないのですか」

「ないわ。ここが最後、逃げ場はない。勝ち続けるか――負けて去るか。二つにひとつなの」

 

 花海さんが、立ち上がった。

 彼女は小さな身体で座ったままのおれを見下ろして、手を差し出した。

 

「プロデューサー、お願い。わたしに力を貸して。あの子はもう、わたしのすぐ後ろまで迫ってきているわ。それでも、無敵で最強なあの子のお姉ちゃんでいるために、あなたの力が必要なの」

「……ひとつ、聞かせていただけますか?」

 

 ……おれが、その手を見つめたままそう言うと、花海さんは「何?」と聞き返してくる。

 

「なぜ、おれなんでしょうか。今更あなたの事情を見抜いたことは、他のプロデューサーたちとの差にはならないでしょう。あなたはなぜ、おれを選ぼうとしているんですか」

 

 おれの事情は伝えたのに、という以前の問題だ。

 彼女と出会った時のことを思い返しても、何が琴線に触れたのかがわからなかった。

 

 花海さんは、差し出していた手で握りこぶしを作って胸に置くと、少し顔を俯ける。

 

「……最初はただの直感だったわ。でも、あなたの事情を聴いて……不快に思わせたらごめんなさい。それでも、思ってしまったのよ。()()()()()()()、って」

「同じ、ですか」

「ええ。わたしは最後の最後まで足掻く。それでも、このまま行けばそう遠くない未来に、わたしは佑芽に負けるわ。確実にね。……そうなった後、わたしは、わたしがどうなってしまうのかわからない。真っ暗で、その先のことは何も思い描けないの」

 

 そう言って花海さんは、夜空を見上げる。

 

 釣られておれも顔を上げればそこにはいくつもの星が輝いていたが、それよりも今はその真っ黒なキャンバスに意識がいってしまう。

 

 きっと、彼女も。

 

「……本当にごめんなさい。あなたの病気のことと同列に語るのは、失礼だったわ」

「いえ、気になさらないでください。それだけの重み、それだけの覚悟ということでしょう」

 

 無敵で最強な花海咲季は、妹への敗北と共に死ぬ。

 彼女がおれに感じたシンパシーは十分に理解できたし、不快だなんて微塵も思わなかった。

 

「――よくわかりました」

 

 言って、おれは目を瞑る。

 

 ……大きな選択だな、と思う。

 彼女にとってはもちろん、おれにとっても。

 

 時間を置いてじっくりと考えるべきかもしれないが、判断の材料はもう全部出揃っていて、合理的な答えは既に導き出せている。

 

 あとはおれが、それに従うかどうか。

 

 選ぶ。

 

「……花海さん、申し訳ありません。それでもおれは、あなたと契約を結ぶことはできません」

「……そう。やっぱり、難しいのね」

 

 花海さんが下唇を噛む。

 涙をこらえているようにさえ見えた。

 

 彼女は、勝ち続けるためにプロデューサーの力を必要としている。

 だとすれば、彼女と共にあり続けることのできないおれは、どうしようもなく不適格。

 

 それが、合理的な帰結である。

 

 ……が、しかし、だ。

 

「ですが、花海さん。あなたが、おれの事情をわかっていてもなお必要としてくれたことは、とても嬉しい。あなたのことを無下にはしたくない」

「……つまり、何?」

「正式な契約でなく、あくまで個人的なお手伝いという形でなら、是非ともあなたに協力したいと思っています」

 

 花海さんは、怪訝な表情を浮かべる。

 

「それって……契約を結ぶのと、何が違うのよ」

「違いはいろいろとあります。が、強いておれの意図をひとつ挙げるなら、おれよりも適任のプロデューサーを見つけるという選択肢をあなたに持ち続けてもらいたいのです」

 

 言うなればこれは、おれがかつて星南さんとかかわっていた時と同じ。

 正式な契約を結ぶでもなく、しかし実質的には担当であるかのような曖昧な状態だ。

 

 これは、特に学園側から咎められるようなことではない。

 飼い殺しのような状況までは当然許されないが、担当契約に慎重になるのは普通のことで、そのためのお試し期間はあって当然なのだ。

 

「別のプロデューサーを見つける、って……わたしにそんな不義理をしろっていうの?」

「不義理だなんてことはありません。むしろ、おれの方がずっと不義理で、極めて無責任な提案をしています。正式な契約を結べば得られるメリットをあなたに与えず、おれが実質的にプロデュースをしているように見えれば、本来あなたに声をかけるであろう人を委縮させることになる……それでいて最後まであなたの面倒を見ることはできない前提でいるのですから」

「……期限付きの手伝い、ということね」

「はい。長くても、夏のH.I.Fまで。おれがある程度の確度でお約束できるのはそこまでです」

 

 賀陽さんの引退プランも、最長でそこをゴールにしているわけで。

 

 そこまでは意地でもプロデュースをやり遂げるつもりだが、それでも既に余命宣告から半年以上が過ぎるタイミングだから、その時のおれがどういう状態にあるかはわからない。

 どこかで急激に体調が悪化するかもしれないし、逆に秋口や冬に差し掛かっても、あるいは次の春まで案外元気にやっている可能性もゼロではないが、いつ倒れるかわからない状況では期限もなく手伝いを請け負うのはそれこそ無責任に極まりないだろう。

 

 ……それに、と、おれは一番重要なことを伝える。

 

「以前にもお伝えして、噂もご存知でしょうが、おれは賀陽燐羽というアイドルを担当しています。おれにとって、最優先は彼女です。ですから、あえて悪しざまに言いますが、あなたのことはその片手間になりますし……そもそも賀陽さんに承諾していただかなければ、この話は一切なかったことにさせてもらいます」

 

 これが、おれからの最大限の譲歩。

 

 中途半端な決断であることは、嫌というほど自覚している。

 花海さんにとってもそうだし、賀陽さんに対してもだ。

 

 賀陽さんはおそらく、おれが本気で頼み込めば、折れてくれる。

 賀陽さんを最優先するなどと言って、彼女への義理立てをしているように見せかけているが……結局のところ、彼女の温情に甘えられるとおれはわかっているのだ。

 

 つい先ほど、賀陽さんと歩むべき道を確認し合ったというのに……自分の醜悪さに頭を抱えたくなるが、それは今、花海さんの前で見せるべき姿ではない。

 

 やがて、花海さんが口を開く。

 

「……わかった。あなたの提案を、飲むわ。あなたの担当アイドルが了承してくれなければ破談というのも含めてね。元々あなたの担当に話を通すのは筋だと思っていたし」

「ありがとうございます、花海さん」

「お礼を言うのはわたしの方でしょ、絶対。……あと、ねぇ? あなた、わたしの妹のことなんて呼んでたかしら?」

「はい? えっと、佑芽さん、と……」

「なぁんで佑芽の方が名前呼びなのよ! わたしのことも名前で呼びなさい!」

「は、はぁ、それは構いませんが……」

 

 別に、会った順番の問題で呼び方を差別化していただけで他意はないんだけども……まぁ、変と言えば変か。

 

「では、咲季さん……賀陽さんには、明日さっそく話をしましょう。活動拠点で簡単なミーティングの予定がありますので、案内がてら放課後教室にお迎えに上がります」

「うん、わかった。待っているわ」

 

 賀陽さんには、用事があるから先に拠点にいてくれと伝えておいて、入れ違うような形がいい……のか? 本当に? 文面で事前に伝えておくという手もあるが、こういうのはまず直接顔を合わせた時に話した方が印象は……いや、こういうのってなんだよ。

 

 ……なんだかよくわからないけど、猛烈にやましいことをしている気分になってきた。うん、なんだかよくわからないけどね。

 

「……ともかく、まだ決まりではありませんが」

「ええ、正式なものでもないけれど」

 

 これからよろしく、と。

 

 おれと咲季さんは、暗い夜に、星空の下で握手を交わしたのだった。

 





以前てまひろ担当を公言しましたが、そういや咲季もpSSR全員持ってるから担当を名乗ってもいいかもしれない。
っつーかむしろみちひろ欠けてる。なぜなら千奈ぴょんが二回来たからです。
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