余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
「――えー……そんなわけで……おれは、なんとか花海咲季さんの力になりたい、というところでございまして、ですね……?」
「…………」
「……いや、あの……なんと言いますか……」
「…………」
……賀陽さぁん……何かしゃべってぇ……。
定期公演『初』の本番、その翌日の月曜日。
活動拠点にて、おれと賀陽さん、そして花海咲季さんの三者面談が開かれていた。
当初の予定通り賀陽さんには先に部屋で待ってもらっていて、おれが後から咲季さんを連れて現れた形だったのが……賀陽さんは咲季さんの姿を見るなり目を丸くして、それから咲季さんと初めましての挨拶を交わして以降、一言も発さなくなってしまった。
腕を組み、足を組み、半目でじっと見つめながら、咲季さんの事情の大まかな説明……おれが彼女に協力したい理由、言い訳を、まったくのノーリアクションで聞いていたのだった。
「……賀陽燐羽さん」
と、おれと賀陽さんが完全に膠着状態に陥ったとき、今までおれの斜め後ろに立って黙っていた咲季さんが、ずいっと一歩前に歩み出た。
「彼は、あなたのことを優先するとはっきり言っているし、本気でそうするつもりだろうと思うわ。でもきっと、本来あなたに割くはずのリソースをいくらかわたしのために使うことになるでしょうね」
……まぁ、それは咲季さんの言うとおりだ。
極端に言えば、今まで空いた時間すべてを賀陽さんのことを考える時間に当てられたところに、咲季さんのことが割り込んでくるのだ。
賀陽さんが普通のアイドルであれば、それでも他のアイドルが身近にいることはメリットになり得た。
それは以前学Pさんとも話したことで、要は同じ担当プロデューサーの下で一緒のレッスン、一緒のアイドル活動をすることによる未知数の相乗効果がある、ということなのだが……アイドル終活中の賀陽さんにとっては、まったくもって無関係な話だ。
「あなたには悪いけれど、とは
咲季さんが拳をぎゅっと握りながらそう言うと、なぜかそこで賀陽さんがフッと笑った。
「潔く、とは言わないのね」
「そう簡単に諦められるわけがないわ。わたしのこれまでの人生と、これからの人生がかかっているんだもの。でも、あなたが頷いてくれなければこの話はなし。それも含めて約束してしまったから……諦めないといけないでしょうけれど」
「……あなたの妹、花海佑芽さん。とってもいいアイドルになりそうね。対するあなたは、まぁ昨日のライブは悪くなかったけれど、このままじゃあ夏を待たずに負けるわね」
「わかっているわ。だから、プロデューサーの力が必要なの」
「……そ。まぁ、無駄な足掻きだとは思うけれど」
と、賀陽さんは冷淡に言って、それからおれのことを見た。
「プロデューサー。いろいろ言いたいことはあるけれど」
「……はい」
「とりあえず、いいんじゃない。あなた、やりたいんでしょう?」
「……よろしいんですか?」
思わず、聞き返してしまう。
いや、先ほどまでの反応も承諾してくれることも予想通りではあるのだが、実際に賀陽さんが放っていた無言の圧と咲季さんとの会話が手厳しいものだったので、切って捨てられてもおかしくないと弱気になっていたのだ。
……おれは、よっぽど情けない顔をしていたのだろう。
賀陽さんは大きなため息をついて、がっくりと頭まで傾ける。
「この前の試験の時から、もしかしたらこういうことがあるかもって思っていたのよ……あなた、随分と彼女を熱心に見ているようだったから」
言った途端、咲季さんがシュバッと勢いよくこちらに振り向いたかと思うと、彼女の顔にはにんまり笑顔が張り付いていた。
「……まぁ、否定はできません。咲季さんの直面している問題に思い当たって、少々リサーチをしていたくらいですので……」
「なんでもいいけど。とにかく私のプロデュースに支障をきたさない限り、好きにすればいいわ……なんなら正式に契約を結んでもいいんじゃないの?」
「いえ、それは、咲季さんに対して最後まで責任を果たせませんので。おれが契約を結ぶのは、賀陽さんだけですよ」
「ハッ、どうだか」
「……そう言えばあなた、十王星南の元担当プロデューサーだそうね?」
ちょっと咲季さん、なんで今そこで星南さんの名前を出すんですか。
というか、元担当ってのもちょっと違うしな……。
「星南さんに関しては、どちらかと言えば咲季さんと同じような感じですよ。担当契約は結んでいませんでしたから……誰から聞いたんです?」
「もちろん佑芽よ!」
……もちろん、なのか。
いやまぁ星南さんの担当アイドルだし、決して不思議ではないのだが。
「……まぁともかく、これで決まりですね。改めてよろしくお願いします、咲季さん」
「ええ、よろしく、プロデューサー! 賀陽燐羽さん――燐羽も、ね!」
「はいはい、よろしく」
☆ ☆ ☆
そんなわけで、やっぱり賀陽さんの温情により新体制発足はした……が、、今日のところは賀陽さんの今週のスケジュールを確認する程度で解散となった。元々今日はそれだけの予定だったのだ。
咲季さんとの今後については、近日中に別途ミーティングの時間を設けることとした。
現状、賀陽さんが咲季さんに関するミーティングに同席している意味は基本的にないので、賀陽さんにトレーナーとのレッスン予定等があるタイミングにでも行うつもりである。
……さて。
賀陽さんと咲季さんが帰った後、普段であればそのまま仕事をするところなのだが、今日は人と会う約束があった。
活動拠点の戸締りをして向かった先は――生徒会室だ。
「こんにちは、星南さん」
「ええ、こんにちは、先輩。ようこそ」
約束の相手は、星南さんだった。
実は、会うのはちょっと久々で、最終試験前に秦谷さんの件でお呼び立てしたとき以来になる。
担当アイドルである秦谷さん、佑芽さん、藤田さんの三人が、そして星南さん自身もライブに出演するということで、試験後からかなり忙しかったようなのだ。
「星南さん、昨日はお疲れ様でした。あなたの担当アイドルたちも、もちろんあなた自身も、とても素晴らしいステージでしたね。ここしばらく、大変だったでしょう」
「ありがとう。そうね、『初』はいつも準備時間が短いけれど、今回は規模拡大の割に本番までの期間がほとんど変わらなかったから……本当に、大変だったわ」
そう言って星南さんは苦笑いを浮かべたので、おれもそれに苦笑で返す。
ともかく、無事にライブが終わったのは何よりだったとしか言いようがない。
二人きりの部屋の中で、挨拶もそこそこにおれたちは腰を落ち着ける。
「今日はごめんなさいね、時間を取らせてしまって」
「いえ、実はおれもちょうど話したいことができましたので……ですが、ひとまず先に星南さんの話を済ませましょうか――今日までのプロデュースについて、でしたね」
「ええ。先輩に、是非講評してもらいたいの」
星南さんに呼ばれたのは、そういうわけだった。
星南さんは、プロデューサー科の先生方にアドバイスをもらったりはしているそうだが、おれにとってのあさり先生のような、誰か一人にプロデュースの全体像を把握してもらう形にはなっていないらしい。
無論、それで言えばおれだって事細かに情報を共有してもらっているわけではないのだが、星南さんのプロデュース方法はおれを大いに参考にしているというし、何より彼女のパーソナリティに通じている。
ゆえに、場当たり的にでも事実確認をしていけば総括的なレビューもできるだろう、ということで……あとはまぁ、星南さんから頼られるのが嬉しいのもあって、僭越ながらこの頼みを引き受けたのだった。
「あ、ちなみになんだけれど、今度学園長がここでまとまった話をあなたからの講評として直接聞かせてもらいたいそうだから、そのつもりでお願いね」
「……はい? 何それ聞いてないんですが」
「言ってないもの。ふふ、ちょっとしたサプライズよ」
全然ちょっとじゃないと思うんですけどぉ……。
いたずら成功! みたいな感じで笑う星南さんだったが、すぐに「大丈夫よ、先輩」とフォローが入る。
「講評というと大げさで、あなたの感想が聞きたいだけらしいわ。あとはきっと、あなたと話す口実が欲しかったんじゃないかしら」
「……別に、口実とかなく普通に呼び出してもらえばいつでも行くんですがね」
星南さんのプロデューサーもどきをやっていた頃は、何かにつけて呼び出されていたものだ。
学園長は基本的には学園にいるわけで、十王社長よりも星南さんと距離の近い身内としていろいろとご報告させていただいていたのである。
じゃあ星南さんと道を違えることになってからは疎遠だったかというとそんなこともなく、賀陽さんのスカウトに関して後押ししてくれて、そのまま後ろ盾になってくれていた筆頭こそが学園長だった。
たぶん、賀陽さんのプロデュースが始まって忙しくなったおれに気を遣ってくれていたのだろうな、と思う。
「まぁともかく、わかりました。程々にやらせていただきますよ」
「ええ、程々で、ね……それじゃあ早速なのだけれど、一人ずつ聞かせてもらっていっていいかしら」
「はい。では、秦谷さんから行きましょうか――」
……と、そんな感じで。
星南さんの担当アイドル四人について、まずは中間試験から最終試験、そしてライブを見た上で抱いた感想、見えた課題等々をおれの勝手な予想に基づいて話していき、明らかな間違いや星南さんの認識との齟齬があればその都度擦り合わせ、修正しながらここまでのプロデュースをレビューをしていった。
全体を通して言えば、それはもうよくやっているとしか言いようがない。花丸だ。
倉本さんが惜しくも不合格となってしまったことで、目標として宣言していた担当全員の最終試験合格を達成できなかったという現実はあるものの、それはそもそも非常に高い目標だし、星南さんがコントロールできる範囲を超えていることだ。
「――もちろん、プロデューサーは責任を感じてしかるべきです。しかし同時に、自分にコントロールできること、アイドルにコントロールできること、その辺りは冷静に切り分けて考えなければいけません」
「ええ、そうね……けれど、泣いて私に謝る千奈を見たら……」
「それはそんなことを言ってる場合ではないですね。おれも泣きます」
「先輩?」
無理だ。絶対に無理。切り分けられない。
あんなに一生懸命頑張っていた倉本さん……その不合格がコントロール不能なことだなんて受け入れたくない……。
「……今からでも、倉本家の力とか使ってなんとかならないですかね?」
「先輩は何を言ってるの!? もう公演も終わっているのよ!? ……あとそれ本当に冗談にならないからやめて頂戴! 千奈のお爺様から、学園長経由だけれど物凄い圧力をかけられているのよ……!」
あ、そうなんだ……ま、まぁ冗談にならないと言われると正気に戻らざるを得ないな。
いやしかし、結局のところ倉本さんとて、技術に点数が付けられる今回の試験形式が不利だっただけで、漠然とした
彼女の立ち居振る舞い、溢れ出る愛嬌……
それは、天性のものであり、必ず花開く場所があるはず。
「まぁ、言うまでもありませんが、基礎を固めるというのは時間がかかるものです。秦谷さんはもとより、藤田さんだって成績が悪かったとはいえ中等部のアイドルコースにいたわけですからね」
「そうね。千奈は、まだまだ基礎を固める時期。感情を抜きにして言えば、今の時点で最終試験の合格は高望みだったわ」
「……くっ……そう、ですね……!」
「だから、どうして先輩がそんなに悔しそうなのよ……私の担当アイドルなのだけれど?」
おれ、倉本さんが初星の講堂みたいな大きいステージでライブをする姿を見たら、死ぬほど泣く自信がある。
というか見るまで死にたくないな。えっどうしよう本当に死にたくない……死ぬなら倉本さんのライブ見て滂沱の涙を流した末の脱水で死にたいかも……。
「……先輩が何か不謹慎なことを考えている気がするわ……」
至極真面目に己の散り際に思いを馳せていたおれを、星南さんがジト目で睨んでいた。
☆ ☆ ☆
閑話休題。
「時間がかかる、と言えばなのですが……」
「……佑芽について、ね。先輩、わざと後回しにしたんでしょう?」
「そうですね。一番語るべきことが多い……というか、彼女はいったいなんなのかという話がまずありまして」
秦谷さん、藤田さん、倉本さんと特に脈絡なく話をしてきたが、唯一佑芽さんのことは意図的に最後に持ってきた。
それは、彼女の成長ぶりがあまりにも常識に当てはまらず、おれの予想能力でもおいそれとは分析できないから……というのもあるし、もちろん、例の件もあるからだ。
「星南さん。具体的な話に移る前に……というよりは、具体的に話をするべきかどうかになってきてしまうのですが」
「……何かしら?」
おれが、至って真剣なトーンで言うと、星南さんはその雰囲気を察して怪訝そうに眉根を寄せる。
「実は、ですね。……花海咲季さん、佑芽さんのお姉さんの活動を、おれが手伝うことになりました」
「え……」
「担当契約を結ぶわけではありません。ただ……実質的には、彼女のプロデュースをする、と。そういうことになります」
星南さんは一瞬唖然として固まって、それからきゅっと一度口を引き結んだ後、おずおずと尋ねてきた。
「……それは、その……経緯を、聞かせてもらってもいいのかしら」
「端的に言えば、咲季さんの方からの逆スカウトです。……星南さんにはお話したかどうか、実は初対面の時点で、咲季さんにはおれの余命の話を打ち明けていました。秦谷さんと同様、話の流れで仕方なく」
「つまり、
「ええ。つい昨日、ライブの後に彼女から話を持ちかけられました。それに対して担当契約は断りつつ、期限付きのお手伝いであればとこちらから提案し……今日先ほど賀陽さんからの承諾も得て、という形です」
「……そう」
視線を落とし、膝の上で組んだ手を見つめる星南さん。
しばしの沈黙の後、彼女は顔を上げた。
「咲季とは、生徒会に佑芽を勧誘したすぐ後に知り合ったわ。彼女がここにやってきて、私が妹を任せるに足る人物か、見極めに来たの」
「あの十王星南を見極める、ですか」
「アイドルとしてはともかく、プロデューサーとしては新米もいいところだもの……と、そう思っていたのだけれど。それこそむしろ、アイドルとしての十王星南に失望させてしまったみたい」
「失望、ですか?」
「ええ。咲季は、私の諦念をとっくに見抜いていたのよ」
「……いったいいつ、どこで、どうやって? 星南さんのこれまでのステージは、お世辞でなく、一切の手抜かりはなかったはずでしょう」
「さぁね、そこまでは聞かなかったわ。けれど……彼女も自分の限界という壁にぶつかっているから、直感が働いたんじゃないかしら」
……星南さん自身がそう思うのなら、それでいいのかもしれないが。
しかし、星南さんは、引退を決意しているからと言って表舞台でそれを感じさせるような姿を決して見せたりしていない。これは、彼女の名誉のために明言しておく。
「咲季と佑芽のライバル関係も、承知しているわ。佑芽の方から話を聞いているだけだけれど……咲季の現状と合わせて考えれば、先輩を逆スカウトした理由も想像はつく。であれば、二人のプロデュースの情報については、簡単に共有するべきじゃない……そういうことよね?」
「……まぁ、そういうことです。少なくとも、当人たちを差し置いて話してしまうのはやめておきましょう」
こくりと星南さんが頷いて……また、沈黙の時間が流れる。
いつの間にか、生徒会室には斜陽が差し込んでいた。
ずいぶんと日が伸びた、けれど夏至も近いな、などと考えたおれは一瞬窓の外に目を向ける。
そして、それから再び星南さんを見ると、彼女は寂しそうな微笑を浮かべていた。
「……星南さん」
「なぁに? 先輩」
「これは、おれのわがままなのですが……おれに言いたいことがあれば、我慢せずに言ってくれませんか」
「嫌よ。きっとあなたを傷つける」
即答だった。
だが、おれは食い下がる。
「傷つけてください。口にすれば、星南さんの傷だって広がることになるでしょう。そんなことはおれだって望まない……それでも、あなただけの傷のままにしてしまうよりは、ずっとマシじゃないかと思うんです」
「…………」
星南さんをまっすぐ見つめて言い切った。
すると、彼女は少し俯いて、そのまま小さく呟き始める。
「……あなたが、私の引退もプロデュースしてくれたなら、って。ずっと、そんな考えが頭の片隅にあったの。賀陽燐羽さんの担当になったと知ってから、ずっとね。……咲季の手伝いをすると聞いたら、抑え込んでいた気持ちが溢れそうになった。でも、わかっているのよ、理屈では……あなたは絶対に、私の引退をプロデュースしてくれない」
「……そうですね。おれはあなたに、アイドルを続けてほしいから。あなたは、どこまでも高く羽ばたいて、あの空に輝く星々に届くと思うから」
「ええ、あなたの言葉を信じてる。でもそれは、あなたという翼があってこそだと私は思う。翼を失くした私に、あの星たちは遠すぎる」
……そうだ、だからおれたちは、最期まで一緒にいることはできない。
もしもおれが彼女と添い遂げることができたのなら、彼女はずっとアイドルのままだった。
おれにそれができないからこそ、彼女はアイドルをやめてしまう。
それが、決定的な違い。
おれと星南さんの道は、もう交わることはないのだ。
「……先輩。私はもう、あなたの前で泣きたくないの。今日はここまでにしましょう」
そう言って立ち上がった星南さんは、おれに背を向ける。
おれも「わかりました」とだけ返事をして席を立ち、扉へと向かった。
そして最後に振り向いて、彼女の背中に言う。
「……星南さん、また」
「……ええ、またね」
あと何度、星南さんに「また」と言えるのだろうか。
おれはつい、そんなことを考えてしまった。
ごまえイベの星南ちゃんずっとテンションおかしくて可愛いね