余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:鯖ジャム
秦谷さんスヤスヤで草。
そんな昼下がりである。
「……いや、草じゃないんだが」
草生やしている場合ではなかった。
おれは今、活動拠点にいる。
秦谷さんも、同じ空間にいる。
おれは机に座っていつものように仕事をしていて、秦谷さんは部屋の隅っこにあるソファで持参したブランケットをお腹にかけて寝ている。
部屋には、秒針が時を刻む音と、秦谷さんの規則正しい寝息が微かに響いていた。
「……二日に一回は、多いって……」
小声で独り言ちる。
実は、『初』の最終試験が終わってからというもの、秦谷さんは以前の宣言通りこの活動拠点に出没するようになっていた。
遠慮は一切ない。
制服姿だったりレッスンウェアだったりはするが、必ず畳んだブランケットを小脇に抱えて登場し、ソファを占拠してその後はもうスヤスヤのスヤである。
現れる時間は割と不規則で、普通に日中にも出現する。
つまり、星南さんのレッスン以外の授業も結構サボっているようで、ここに匿っているのがバレたら星南さんどころでなく学園からガチ注意を受けそうだ。
……いや、それ自体は承知の上で首を縦に振ったし、おれが怒られるのは別にいい。
が、秦谷さんは、本当にこれで大丈夫なんだろうか。進級とか。
他にもお昼寝スポットがあると言っていたはずなのに、ここだけでこの頻度というのは、さすがにちょっとヤバくないだろうか。
無論、彼女のスタンスは理解しているつもりで、そこを曲げさせたいわけではないし、多分そもそも曲がらない。
先にこちらが折れる……というか、へし折られることになるのはわかりきっている。
しかし、まったく心配をしない、なんて薄情な態度でいたいわけでもなく……そう、せめてサボりの計画とかを聞かせてもらっておくくらいは、おれの知る権利の範囲ではなかろうか。
「うん、よし、聞こう」
ちなみに、秦谷さんは放っておくとずっと寝ているので、話をするなら起こすしかない。
つまりおれは、眠れる獅子を覚醒させることを決意したのだった。
☆ ☆ ☆
「……まぁ……わたしの眠りを妨げるなんて……」
封印されし邪神?
……否、ちゃんと秦谷美鈴さんである。
邪神とまではいかない。悪魔くらいだ。
ふわぁ、と口元を隠してあくび、それから秦谷さんは伸びをすると、ブランケットを丁寧にたたんで脇におき、すぐそばのパイプ椅子に座っているおれに。
「……それで、どうかなされましたか?」
「いえ、わざわざ起こして申し訳ないですが……今後のことについて、真剣にお話しておいた方がよいかなと思いまして」
「まぁ……今後のことを真剣に、だなんて」
「なんか変な含みがありませんか?」
「ご想像にお任せいたします」
任せられても困るんですが。
……いや、そもそもおれがもっと具体的に言えって話か。
「ええと、秦谷さん。あなたはさぞかしサボタージュがお上手なのでしょうが、ちょっと思っていたよりもここに来る頻度が高いものですから、さすがに心配になってきてしまいまして」
「はぁ。わたしの心配、ですか」
「はい。あなたのペースを、おれはできる限り尊重したいとは思っているのですが……あの、さすがに留年の二文字がチラつくような気が……」
「プロデューサーさん、それは心外です。わたしがその程度の計算もできないと?」
「いやでも、ここに来るだけで二日に一回ペースって、もう毎日サボってません?」
「あぁ、なるほど……そういうことでしたらご安心ください。今は、日中のお昼寝スポットはここだけに絞っていますので」
「……あー、そうなんです?」
ふむ。
となると、放課後に燐羽さんがいないタイミングでここに来るのを差し引いて考えれば、サボりは週に二回くらい……でも、2コマ分くらい連続で寝てることもザラにあるからなぁ……。
「――もちろん、授業科目、教科担当の先生方の性格なども含めて見極めていますよ?」
「……ええ、ええ……やはりというかなんというか、余計なお世話でしたかね……」
微笑みながら首を傾げる秦谷さんは、おれの微妙な引っかかりまで完全に読み切っていた。
おれは、ハハハと乾いた笑いで誤魔化してみる……が、そんなことをするまでもなく、秦谷さんは存外お怒りではあらせられなかった。
「いえ、気にかけていただいたことは嬉しいですし、逆に気を揉ませてしまったのは素直に申し訳なく思います……佑芽さんによる捜索からようやく安定的に逃れることができて、久々の安眠が心地よく……」
「佑芽さんによる捜索……?」
「はい……最近、星南会長がわたしの捜索に佑芽さんをけしかけるようになっていて、本当に……本当に、困っていたんです」
はぁ……と、深いため息をつく秦谷さん。
けしかける、とは随分な言い方だが、佑芽さんはそんなに秦谷さん探しが上手いのだろうか。
「彼女は、ありとあらゆる手段でわたしの居場所を見つけてくるんです。グラウンドの近くの木陰にいたときは、教室から肉眼で姿を捉えられ……」
「……んん? 教室から、グラウンド?」
アイドル科の教室がある棟からグラウンドって、結構距離あるぞ……?
「屋上や、特別棟にあるようなあまり使われていない教室、はては学園敷地内の森の中に安寧を求めても、その……匂いをたどってきた、などと」
「え、匂いですか?」
顔を近づけまではしなかったものの思わずスンスンと鼻を鳴らしてしまったら、秦谷さんに「や、やめてください!」と怒られてしまった。
いや、これは完全におれが悪い……が、彼女の名誉のために言っておくと、香水か整髪料か柔軟剤か、そういうような香りを微かに感じる程度であった。
「……つまり、佑芽さんは、犬?」
「……友人を犬呼ばわりは、したくありませんが……」
秦谷さんは、そっと目を逸らした。
つまり、犬なんだ。秦谷探知犬なんだ。
「……ともかく、です。佑芽さんへの対処方法を確立するまでに、わたしが初星学園で過ごして来た三年間の集大成とも言うべきお昼寝スポットたちはほぼ壊滅の憂き目に逢いました。わたしは、慢心していたのです。ここならきっと大丈夫、こうすれば十分だろうという甘い考えのまま……彼女は、本気で向き合わなければいけない相手だったというのに」
……あなたの三年間の集大成がそれでいいのかとか、己の慢心を顧みるのがそれなのかとか、いろいろとツッコミを入れたいところなのだが、秦谷さんがあまりにも真剣な目つきをしているものだからおれは何も言えない。
「その上でプロデューサーさんにわかっていただきたいのは、とにかくわたしが妥協でなく、本気でここにお昼寝をしに来ているのだということです」
「どういう告白?」
「さすがの佑芽さんも、りんちゃんを避けているはずのわたしがその担当プロデューサーの活動拠点に行っているなどとは考えもしていない様子。またそもそも――今のわたしは、
「何を言ってるんですか?」
「つまり、ご心配には及びません、と言いたいのです」
「結論それであってます?」
ああダメだ、やっぱり全然ツッコミを我慢できなかった。
「それに、
……しかし、秦谷さんはあくまで冗談のつもりはないらしく、おれのツッコミは完全にスルーされてしまう。
というか、
「……それ、まさか、毎日お昼のお弁当を作ってきてくださってることを言ってます? 余計なお世話だなんて、そんなふうには決して」
「ですが、
……そこまで、卑下することもないと思うのだが。
秦谷さんがおれにお弁当を作ってくれるのは健康管理の一環――そしてその健康管理の目的は、おれを少しでも長生きさせることで、燐羽さんを来る悲しみからできる限り遠ざけよう、というものだ。
正直、そんな発想ありかよ、と度肝を抜かれた。
傲慢。
あまりにも、傲慢だ。
なんなら秦谷さん本人は、
そして、それが燐羽さんのためであるなら、自分の担当アイドルのためであるというなら、プロデューサーとして
「……ああ、でも、これだけのことをして差し上げてまだ余計でないと仰っていただけるなら、やはり是非、朝から晩までお世話をして差し上げた方がよいでしょう。つきましては、手始めにご自宅の合鍵を頂戴したく」
「あっすいませんそれは余計なお世話です」
☆ ☆ ☆
おれの家の鍵を寄越す寄越さないの不毛なやり取りをしばらく繰り返した後、秦谷さんはようやく諦めたかと思えば「話し疲れたので寝ます。おやすみなさい」と再びソファに寝転がり、寝息を立て始めてしまう。
「……まさか、こんな奇妙な関係に着地するとは」
彼女との初対面、そしておれの余命を明かした時のことを思い出すと……いや、思い出さなくても普通に意味わからんな。
まぁとりあえず、おれと秦谷さんは、そんな感じだ。
先週仕事忙しくて執筆時間足らんかったのと今朝から家のネットが断絶して復旧しないのでスマホ執筆が大変面倒なため明日は投稿できない可能性が高いっす! クソっす!
奇跡的に投稿できる可能性もないことはないので、エックスくんで順次お知らせするっす!
おなしゃっす!