余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:鯖ジャム

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へいお待ち! てまラー大盛り一丁!



てまラー

 休日の昼、買い物への行き掛けのことだった。

 

「……ん?」

 

 ふと見たラーメン屋の軒先に、なんとなく見覚えのある姿があった。

 背中をすっぽり隠してしまう長い黒髪……時折きょろきょろと周囲を見回す顔は不織布のマスクに覆われて、キャップを目深に被っているが、たぶん……。

 

「――月村さん?」

「うひぃ!? あっ、りりり、燐羽の、プロデューサーさん……!」

「何をしてらっしゃるんで?」

「うっ、こ、これは……その……」

 

 月村手毬さんだった。

 

 ……いやまぁ、何をしているかと言ったらラーメン屋に入ろうとしているんだろうけど、店の前で挙動不審なのがよくわからない。

 

「……わ、私っ!」

「おお。あっはい」

 

 月村さんがちょっとまごまごした後、急にこぶしを握り締めながら大声を出したので、おれは驚いてのけぞってしまう。

 

「定期公演の、『初』で試験一位で!」

「あ、はい。そうでしたね。おめでとうございます」

「あの美鈴にも勝って、ライブも大成功で!」

「ええ、あの秦谷さんに。すごかったです」

「莉波先輩も三年生の部で二位だったし、広は、最終試験合格はできなかったけど、よく頑張ったからって、プロデューサーからご褒美を……」

「ふむ?」

「……お寿司、だったんです。回るやつだけど、一皿百円のとかじゃなくて……すごく、おいしかったんです」

「ほう、それはいいですね」

「……でも!」

「おお」

 

 声が大きいな。

 

「すごく、すごくおいしかったんですけど! 私の魂が! 叫んでいるんです! ――脂っこいものも、食べたいと!!!」

「そうですか。それでラーメンを?」

「はいッ!!!」

 

 元気のいい返事だ。本当に魂の叫びって感じがする。

 

「プロデューサーからのご褒美がお寿司だったのはいいとして、私が、私のためにご褒美を用意してもいいと思うんです!! いいですよね!?」

「ええと、まぁ……?」

「今日、土曜日でレッスンも入ってなかったから、お昼に食べようって決めてて……昨日の夜までずっと、ずっと悩んでいたんです……二択……ラーメンにするべきか、とんかつにするべきか。それが問題だって」

 

 ハムレット?

 いや、とんかつはカツレツで、オムレツとオムレットの関係を考えると言うなればカツレット。すなわちハムレットはハムレツである。おれは何を言ってるんだ?

 

「でもね、朝起きたときに、直感したんです――ああ、今日はラーメンだ、って」

「ラーメンの口だったと」

「口というか、魂だね」

 

 ラーメンの魂だったんだ。それはまさに魂の叫びだ。

 なるほどなぁ、と脳死で月村さんの魂の叫びを浴びていると、急に彼女がビシッ! とおれの前に手のひらを突き出してくる。

 

「――ただ、勘違いしないでください」

「何を?」

「今日、私はこのラーメン屋を……家系ラーメンを選択しましたが」

「はい」

「私が一番好きなのは、背脂とんこつ醤油なんです」

「はぁ」

「でも今日は、家系だっただけなんです」

「家系ラーメンの魂だったと?」

「そうです!」

 

 そうですか。

 まぁ、家系も基本はとんこつ醤油だから味の方向性は近いっちゃ近いと思うが、これだけ熱く語る人に言ったら怒られそうだから口には出さない。

 

「……それで? どうしてお店の前でウロウロしてたんですか? もう開店はしてますよね」

「……私は今日、家系ラーメンの魂でここにやってきました。イメージしていたのはオーソドックスな醤油……それでいいって思っていたんです。それが間違いなくて、それで満足だって――なのに!」

 

 月村さんが、勢いよく指差したのは、店の前に置かれている看板だ。

 そこには、『とんこつ味噌はじめました』と書いてある。

 

「とんこつ味噌! そういうのもあるのか! って!」

「割とありますけど、途中から始めるっていうのは珍しいですね」

「そうなの! いつも、食券機を前にしたときは目に留まらない塩や味噌……でも、こんなに主張されたら! 意識せずにはいられないじゃないですか!!」

「つまり、いざ店の前まで来て、醤油と味噌のどちらを取るべきか悩んでいた、と」

「そういうこと! わかってる、家系は醤油でこそ、原典に準拠するならもはやとんこつ味噌は家系と言うべきでないって……それでも! とんこつ味噌だって、美味しいから!!」

「そうですね」

 

 最初の疑問が解けるまで長かったなぁ。聞ける演説ではあったけど。

 

「醤油にするべきか、味噌にするべきか……それが問題なんです」

 

 ハムレット2?

 

 ……というのはともかく、そういうことなら。

 

「じゃあ、シェアします?」

「えっ?」

「おれも昼飯まだですし、まぁ買い物行って帰って家で作ろうかと思ってたんですが……話聞いてたらおれもラーメンの魂になってきちゃいましたし」

「ほ、ほ、ほんと!? いいの!? プロデューサー! ああっ、神様!!」

「大げさすぎる……」

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

「食券お預かりします。お好みは」

「固め濃いめ多めで!」

「固め濃いめ多めで。学生さん麺中盛か半ライス無料ですがどうされますか」

「半ライスでお願いします!」

「はい半ライスで――チャーシュー麺固め濃いめ多めー」

「あいよーチャーシュー麺固め濃いめ多めー」

 

 淀みのないオーダーであった。

 

 話し合いの結果、おれが味噌を、月村さんが醤油を頼むことになった。

 

 おれは普通にとんこつ味噌を選んで食券を購入、好みと無料のチョイスを聞かれて、麺固めと中盛をオーダーした。

 一方月村さんはというと、おそらく元々心に決めていたのだろう、もはや一切の迷いなくチャーシュー麺の食券を買うと、店員さんに先のように元気よく答えていた。

 

 先に注文し終えていたおれは、セルフサービスの水を二人分用意して、案内されていた四人掛けのテーブル席に座る。

 カウンター席も空いていたが、まだ十一時半で店内が空いていたため、テーブル席に案内してもらえたのだった。

 

「あ、お水……あ、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」

 

 月村さんは、キャップとマスクを外しながらおれの対面に座る。

 ここに来て若干興奮が収まったのか、ちょっと気まずそうにソワソワし始めた彼女に、おれは気を遣って他愛のない話題を振る。

 

「月村さんは、この店にはよく来るんですか?」

「よく……は、来れません。高等部に上がってからは、初めてで……」

「ふむ。まぁ、ラーメンはカロリー高いですからね。アイドルとして、そうしょっちゅうは来れないでしょう」

「……はい。あ、でっでも! 今日は、これに備えて一週間我慢してきたので! 週明けからも、レッスン頑張るし……!」

「……ちなみに、学Pさんは今日のことご存じで?」

「……言ってない」

「あー……」

 

 カロリー計算大丈夫かな……詳しくは知らないが、月村さんが普段から細かく計算できているとはあんまり思えない。

 

 確か、月村さんの分のお昼ご飯は学Pさんが用意しているという話だったか。

 

「別に今更ダメだと言うわけではないんですが、普段って学Pさんが食事管理を?」

「はい……前は、朝昼晩とお弁当を作ってくれてたんですが、今はたいじゅ……んんっ! こ、コンディションもよくなってきたので、何食べたかは報告してますし、指導してもらってますけど、お昼だけ作ってもらってる感じで……」

「なるほど。……それで今日に備えたとなると、カロリー不足を指摘されたのでは?」

「……いや、その……」

「……嘘、つきました?」

「…………」

 

 うーむ、これは学Pさんの苦労が思いやられる……。

 

「月村さん、嘘ついてた分の食事の内容覚えてます? ちょっとアプリで計算してみるので」

「え、あ、はい。えっと――」

 

 と、ところどころ曖昧ながらも、自分で制限をしていた間の食事内容を聞いてみて、アプリでざっくりと計算してみる。

 

 学Pさんならきっと月村さんの体質に合わせて目標値を設定しているはずだが、そこはわからないのでアイドルとしての標準的な値を基準にしてみると……。

 

「……んー、まぁ、ちょっと減らし過ぎかな……朝昼晩と、少なくても三食食べているのはいいですが」

「むやみに食事を抜くのはダメ、とは教わったので……」

「そうですね。ただ、脂質と糖質を抑えようとしすぎですね。脂質は抜きすぎると肌によくないですし、糖質が足りないのも日中の活動エネルギー不足に陥ります……ま、それでも日頃学Pさんの指導に従っていれば、大きな問題はないでしょうが」

「ば、バレちゃうかな……」

「今日の晩御飯から明日にかけて食べるものに気を付ければ、多分大丈夫だと思いますよ。水をよく飲むこと、カリウム、食物繊維を意識的に取って塩分を排出しましょう。あとは、食後しばらくしてから軽く運動することですね」

「うん、わかった。……カリウムと食物繊維って、何食べたらいいですか?」

「そうですね、たとえば……っと」

 

 そんな話をしているうちに、店員さんがラーメンを持ってやってきた。

 

 おれの視線に気が付いた月村さんはシュバっとすかさず振り向いて、テーブルに運ばれてくるそれに釘付けになっていた。

 

「はいチャーシュー麺固め濃いめ多めですー」

「はい!」

 

 月村さん、挙手。

 

「味噌の麺固めですー。半ライスすぐお持ちしますー」

「あ、はい。あとすいません、取り皿二つもらえますか? えーっと、月村さん、半分ずつとかじゃなくて大丈夫ですか?」

「はい! 大丈夫です!」

「ということなので、そこそこの大きさで」

「あいー」

 

 と、すぐに店員さんが月村さんの半ライスと器を持ってきてくれた。ので、お互いまずは麺とスープを取り分ける。

 

 ……あと、味噌ラーメンだしな。上に載ってるもやしもマストだろう。

 

「……プロデューサーさん」

「はい?」

「ちゃ、チャーシュー……一枚、いりますか……?」

 

 ……めっちゃ渡したくなさそうだ。けど、おれがもやしも乗せてるのを見て具なしは悪いと思ったのかも。

 

「いや、大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……」

 

 ほっ、と月村さんはあからさまに安堵していた。

 もやしとチャーシューの交換はどこまでいっても等価にはなり得ないだろう。

 

 さて。

 

「では、いただきましょうか」

「はい! いただきます……!」

 

 月村さんは手を合わせた後、目を輝かせて、まずは自分のとんこつ醤油の方のスープを一口。

 

 ――次の瞬間、彼女の表情は法悦に染まった。

 

「……はぁっ……生きている意味……っ!」

 

 生を実感してらっしゃる。

 まぁ、堪能しているようで何よりだ。

 

 食事中に会話するのは嫌いとのことだったはずなので、特に話しかけることもなくおれはおれで味噌ラーメンをすする。

 

 無論、美味い……が、それ以上に、月村さんのなんと幸せそうに食べることか。

 

 中太のストレート麺を礼儀とばかりに音を立ててすすり、スープをたっぷり吸ったほうれん草を口に運ぶ。

 ノリもしっかりスープに浸すとライスを包んで食べて、さらにここで満を持してチャーシューを頬張る……。

 

「……プロデューサーさん。良いラーメンの条件って、何だと思います」

「……はい? え、なんでしょう……スープ?」

「私はね、その一つって、チャーシューだと思うんです……チャーシューがおいしいラーメン屋さんが、本当にかけがえのないラーメン屋さんだって」

「あー、なるほど。まぁちょっとわかりますねぇ」

「私がここを選んだ理由のひとつは、まさにそういうことです。ここのチャーシューにはこだわりを感じる……ここは、スープも醤油が強めかな。味は濃ければ濃いほど良いんです」

「ふむ、まぁ家系食べるなら濃いといいですよね。醤油強めっていうのは、言われてみるとそうか……」

 

 ここのラーメン、おれも何度か食ったことあるが、比較してどうこう言うほどこだわりを持って食べてないからな。

 

 と、せっかく醤油への言及もあったので、月村さんに分けてもらった分を食べてみる。

 味濃いめの脂多めというのもあってか、後で喉が渇きそうなガツンとくるとんこつ醤油だ。

 

「あ、味噌、私もいただきます――んっ、味噌が濃いっ! あれ、濃いめじゃなかったですよね?」

「はい、普通ですね」

「あぁっ、これ、次から選択肢に入っちゃうやつ……どうしよう、チャーシュー一枚こっちに入れようかな……!」

 

 ううん、混ざっちゃうからとりあえず後にしよ……と呟きながら、月村さんはおれが作ったミニ味噌ラーメンを食らう。

 

「……味噌ラーメンのもやし、昔は邪魔だなって思ってたんですけど……ふっ、いつの間にか、ないと物足りなくなっちゃって……あぁ、私も大人になったなって感じがしますよね」

 

 ……そう、か? いや、なんかそういうのはあるけど、味噌ラーメンのもやしってその枠か?

 

 おれは返答に窮してしまったが、月村さんは言っただけで満足だったらしく、あくまでラーメンに向き合っていた。

 

 ……そのまましばらく黙々と食べ進めていたが、ふと、彼女の視線が卓上の調味料に移る。

 そして、チラリとおれを見る。

 

 これは……。

 

「……月村さん」

「な、なんですか」

「家系と言ったら……にんにくですよね。おれは、いかせていただきますよ」

「! ……ふっ、プロデューサー……わかってるね」

 

 

 すりおろしにんにく

    二人で食べれば

       こわくない (字余り) 

 

 

 ここまで来ておいて卓上のすりおろしにんにくによる味変を妥協するなど愚の骨頂。

 どうせ明日は日曜日だし、ケアすれば何の問題もない。……たぶん。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 店を出ると、月村さんが大きく伸びをした。

 

「――んん~~~~おいしかったぁ!」

「いやはや、久々に食いましたが、美味かったですねぇ」

 

 正直、病気してからあまり脂っこいものを食べたい欲が湧かなかったのだが、いざ食ってみると心に足りなかった栄養が行き渡った感じがする。

 これで、あとになって胃もたれやら胸やけやらが来なければ最高だけども、おれも今日明日は食べるものに気を遣おう。

 

「月村さん、この後のご予定は?」

「特には。プロデューサーさんは、買い物って言ってましたよね」

「ええ、そうですね」

 

 頷くと、月村さんはそっぽを向きながら、小声で言った。

 

「……付き合ってあげても、いいよ。どうせ暇だし……今日のお礼ってことで」

「はは……じゃあ、お願いしましょうか」

 

 礼なんて、と断るのも無粋だと思ったおれは、月村さんの厚意を受け取ることにする。

 まぁ、食後の散歩としてはちょうどいいだろう。

 

「近くのスーパーまで行きますが、大丈夫ですか?」

「うん」

「……っと、その前に、コンビニ寄りましょうか」

「なんで?」

 

 月村さんが首を傾げるので、おれは笑いながら口元を指差す。

 

「口臭ケア、何か買いましょう。おれら口臭いですよ」

「……ハッ、アイドルに対して口臭いとか、失礼すぎません?」

「おれも臭いんで、そこはご勘弁を」

 

 ……罪、というほどでもないが。

 

 ちょっとした秘密を共有したおれと月村さんは、この日から軽口を叩き合うような気安い関係になっていったのだった。

 





担当でないからこその合法てまラー。
ちなみに今度二郎系に行く約束もしたんだってさ。

総合評価10000↑あざっしー!
これは感謝のてまラーおかわりありますね。
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