余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:鯖ジャム
私の担当は月村手毬さんと篠澤広さんです(再告知)
「――ん?」
「あ」
ある日、学園近くの河川敷の散歩をしていた時のこと。
「篠澤さんじゃないですか」
「そういうあなたは、燐羽のプロデューサー」
学Pさんがプロデュースしているアイドルの一人、篠澤広さんと遭遇した。
☆ ☆ ☆
彼女は道端にしゃがみこんで、何か……草? を、眺めていた?
右手にはノート、左手にはペンが握られている。
「……スケッチ、ですか?」
「うん。道草を描いてる」
「食うのではなく?」
「わたしがその辺の草なんて食べたら、きっと消化不良で体調を崩しちゃう、よ」
ふふ、と控えめに笑って、篠澤さんはゆらりと立ち上がる。
「これは、ちょっとした趣味」
「絵を描くのが?」
「ううん。スケッチを元に後で図鑑とかでなんの植物なのか同定して、自分なりにまとめる。いわば、『みちくさ研究ノート』」
「へぇ、意外に……と言ったら失礼ですが、アクティブな趣味ですね」
フィールドワーク、とでも言うべきか。
何か具体的なイメージがあったわけではないが、もっとインドアな趣味をお持ちの方かと。
「うん、園歌に、外に出るような趣味を探せって言われたから」
「へぇ、学Pさんに」
「そう。ちょっと前まで休日は体力回復に努めないと死にそうだったけど、少しずつ活動可能時間が伸びてる」
「成長ですね」
「うん。それで、『初』もひと段落したから……レッスンで追い込むのもいいけど、日頃から少しずつ活動量を増やそうって」
「なるほど。それで、ただの散歩でなく、と……いいご趣味ですね」
篠澤さんはこくりと頷いて、逆に聞き返してくる。
「プロデューサーは? 何してたの」
「まさしくただの散歩です。ま、ちょっとした健康管理ですね」
「……そっか。プロデュースの仕事ってデスクワークが多くなりそうだし、ね」
「ええ、そうですね。机に向かっている時間は多いほうでしょう」
営業等々で歩き回ることはあるだろうが、今のところ燐羽さんのプロデュースをしているおれにはほぼ無縁の話だ。
もっとも、これから彼女の引退ライブとその前哨を計画実行したり、また短期間とは言え咲季さんのお手伝いをしたりする中で身体を動かす機会は増えてくると思うけども。
「……どうかしましたか?」
篠澤さんが、ぼんやりとおれの顔を見つめているので尋ねると、彼女はこんな提案をしてきた。
「プロデューサー。せっかくだし一緒にお散歩、しよ」
「……いい、ですよ?」
☆ ☆ ☆
一緒にお散歩、というよりは、篠澤さんのフィールドワークにおれが付いて行くような感じにはなった。
ぷらぷら歩いて、時折篠澤さんが道端の草花に目を止めてスケッチを始めるので、それを見守る。
「絵、お上手ですね」
「見たものをそのまま描くのは、そんなに難しくない。プロデューサーは絵が苦手?」
「そうですね、絵はあまり。図工や美術でも、立体物の工作とかは好きでしたけど……そもそも篠澤さんは、こういう、生物分野とでも言えばいいでしょうか。元々興味が?」
外に出てスケッチ、なら風景画なんかの方が先に思いつきそうだ。
「生物は別に
「それで調べたくなった?」
「知ろうとしないと、たぶん知らないままだった。それって、すごくもったいない」
「好奇心旺盛……というのも、ちょっと違いますか。篠澤さんは物凄く勉強ができるそうですから、その理由のひとつだったりするのかと思いましたが」
篠澤さんと二人きりで話すのはこれが初めてだが、学Pさんからよく話を聞いているので、彼女の基本的な情報は知っている。
篠澤さんは入試でも実技が散々、というか最下位の成績で、しかし筆記試験が満点だったのだとか。
この前の定期試験でも学年一位を取ったらしい……というのは、少し前に咲季さんが負けて泣くほど悔しがっていたから知ったことだが、とにかく勉学において彼女の右に出るものはいないようなのだ。
篠澤さんはしゃがみ込んだまま、手元のノートに目を落として言った。
「……旺盛かどうかは、わからない。でも、それに従うようになったのは最近。今までは、できることをやっていただけで、やりたいことをやっていたわけじゃなかった」
篠澤さんは顔を上げると、ちょいちょい、と手招きをする。
なんだろうかと思いつつ、おれは彼女の隣にしゃがんでみる。
「これは内緒の話なんだけど、ね」
「はい」
「わたし、実は大卒」
「……はい?」
だいそつ? 大を卒?
「……え、どういうことです?」
「海外の大学に飛び級で入って、卒業した。で、初星学園に入学した」
「……マジですか?」
「マジ」
思わず疑ってしまったが、ワンテンポ遅れて納得感が付いてきた。
言ってしまえば、
篠澤さんの纏う雰囲気に対して、なんとしっくりくることだろうか。
「……内緒の話、とのことでしたが」
「うん。知ってるのは、先生たちと園歌だけ」
「クラスのご友人や、姫崎さん、月村さんあたりも知らない?」
「知らない、よ。聞かれたら答えるけど、聞かれない」
「そりゃあ、まぁ……」
いくら頭が良いったって、同級生の学歴は聞かないでしょうよ。
「……しかしともかく、積極的に言いたいことではない、と」
「うん。アイドルの活動にこの経歴を利用する気はないから。園歌と決めたこと」
「なるほど。……で、それを何故、おれに教えてくれたんです?」
これが、わからなかった。
先に言った通り二人きりで話すのもこれが初めてというくらいで正直全然親密でもないし、おれが彼女の学力に言及したという流れはあれど秘密を打ち明けざるを得ない状況でもなかったはずだ。
――篠澤さんの答えは、こうだった。
「あなたの秘密を知ってしまったから」
「……おれの秘密?」
「……病気のこと」
「あー」
なるほど……これは、新しいパターンだ。
「どこで、知っちゃいました?」
「園歌と莉波が話しているのを、偶然聞いちゃった……ごめんなさい。細かい状況説明は省くけど、二人は、わたしに聞かせるつもりはなかったはず。悪いのはわたし」
「ああいえ、誰も責める気はありませんよ。無闇に言い振らされるのは困りますが、絶対に知られてはいけないことでもないので」
少しずつおれの事情を知る人間が増えている以上、どこかで誰かに漏れてしまうのは仕方のないことだ。
「むしろ、申し訳ない。気を遣わせましたね。あなたがご自分の経歴を教えてくれたのは、フェアであるためですか」
「そう。万が一わたしが秘密を意図的に漏らすようなことがあれば……そもそも、わたしの秘密があなたの病のことと同等だとも思っていないけど」
「しませんよ、そんなこと。その誠意だけで十分すぎる。逆に、おれが万が一秘密を漏らしてしまったら同じようにしてくださいよ」
担当である燐羽さんや、星南さんをはじめとした十王家、初星学園やらには諸々迷惑をかけることになるかもしれないが、そうでなければ意味がない。
……まぁもっとも、おれはあくまで篠澤さんの誠意に応えたかっただけなので、お互いの秘密を暴露しあうような状況になることは万に一つもないと思っている。
おれは、神妙な顔をする篠澤さんに苦笑してみせた。
「みんなに気を遣われるんでね、結構それも大変なんです」
「……じゃあ、気を遣わない方が、いい?」
「篠澤さんにとって無理がない範囲であれば、嬉しいかもしれません」
「そっか。……うん、確かに。心配されるのって、嬉しいけど、心苦しくもある。それがずっとって考えると、ちょっと大変だ、ね」
「お、さすが、レッスンでしょっちゅう倒れているだけありますね」
「ふふ、それほどでもない」
篠澤さんが不敵に微笑む。
……おれも、苦笑いから一転して、ニヤリと笑ってみせた。
「篠澤さん、いのちだいじに、ですよ。心配を通り越して悲しまれるとマジしんどいですからね」
「わ、急にアクセル全開すぎる……」
「気を遣うなと言っておいて、こちらが遠慮していても仕方ないでしょう? 本当は小粋な余命ジョークを飛ばしていきたいんですが、みんな怒るんですよ」
「ふ、ふふ……それで、わたしに? これは、試されてる、ね……でも、艱難辛苦を冗談で笑い飛ばすって、素敵な姿勢だと思う」
「ええ。人に付き合ってもらうのは、酷ですが……ま、本当に無理は言いませんよ」
「ううん、受けて立つ、よ。遠慮は無用。どんと来い」
篠澤さんは、むふーっと鼻を鳴らして、薄い胸板を拳で叩く。
……いやはや、頼もしいことこの上ない。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで、篠澤さんとはお散歩仲間になった。
予定を合わせたり、あるいは偶然出会ったりしながら、お互いに遠慮のない不思議な関係を築いていくことになるのだった。
SIDESTEPは明日まで! のつもり!