余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:鯖ジャム

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第3話 あなたは今どこにいますか?

「――と、まぁだいだいそんな感じでしたね、初めてのミーティングは」

「ちょっと待ってくださいプロデューサーくん……『死』とか『殺す』とかアイドルとプロデューサーのものとは思えないような単語が出てきすぎですよ……?」

「あさり先生もそう思います?」

 

 おれもそう思います。気が合いますねぇ。

 

 波乱の第一回終活会議の次の日、おれは指導室という部屋でプロデューサー科の先生とちょっとした面談をしていた。

 

 彼女は根緒 亜紗里(ねお あさり)、通称〝あさり先生〟である。

 

 おれが一年生の頃、それも入学当初からずっとお世話になっている人で、今回の賀陽さんのプロデュース方針についてもいろいろと相談に乗ってもらっている御方だ。

 

「……ま、まぁ、最初からスカウトもプロデュースの方針決めも一筋縄ではいかないだろうと覚悟はしていたわけですもんね。多少感情的なやり取りになってしまうのは仕方がないですし、お互い真剣に向き合った結果だと前向きに捉えていい……でしょう!」

「はい。ありがとうございます」

 

 と、先日のだいぶアレな賀陽さんとの会話もこうしてあさり先生のお墨付きをいただければモーマンタイである。「はぁ……」とちょっぴり大きめのため息をついているのは気にしないこととする。

 

「……それで、大筋はプロデューサーくんが立てた計画の通りに、ということで合意できたようですが、H.I.Fの参加についてはどうだったんですか?」

「ああ、うっかり言い忘れていましたが、そこは保留中……ということにしておいてください。やはり、H.I.Fを引退ライブの舞台に、というのは大きく出過ぎましたね」

 

 あれは決してその場の思いつきではないが、言うか言うまいかは決められないままで賀陽さんとの会議に挑んだというのが真実だ。それで結局言ってしまったのは、ノリと勢いだったとしか言いようがない。

 そしてその上で、いくらなんでもH.I.F出場はない、とあの後さらにはっきりと言われてしまっている。

 

 だから、保留中だ。

 賀陽さんにとっては残念だろうが、おれはまだ諦めていない。初星学園の生徒が最後を飾る舞台として、これ以上はないと思うからだ。

 

「……う~ん……そもそも教師として、学園側として、それがはたして認められるかどうかという話なんですが……」

「でも先生、H.I.Fの出場規定には」

「ですから、規定に書いてないことはなんでもやっていいわけではないんですよ?」

 

 えぇ~でもぉ~だってぇ~……と、駄々をこねるのはまた今度にしよう。

 

 どうせ今はまだ保留中だし、そもそもの話、おれだってこの点についてはそう簡単に賀陽さんを説得できるとは思っていない。

 

「ま、とりあえずドア・イン・ザ・フェイス的なアレとして作用した感じで、それだけでも上々だと考えています。H.I.Fの舞台かどうかはともかく、最長で夏頃を目処に引退ライブを、それも可能な限り万全な状態で、なんて計画に納得してもらえたわけですから。あの、賀陽燐羽さんに」

「それは、確かに素晴らしいことですが……プロデューサーくん、きみは本当に悪い人ですね」

「そう仰らないでください。賀陽さんは、そのくらいでないとプロデュースできませんよ」

 

 彼女は、本当に、いろいろと、めちゃくちゃ拗れている。

 

 置かれた状況、内心、過去と現在……まだ、本人の口から聞けたことなどほとんどないに等しく、また必要に迫られない限り聞くつもりもないのだが、とにかく彼女ほど難しい状態にあるアイドルはそうそういないだろう。

 

 そんな彼女を、一時的とは言え再び焚き付けることができた。

 これは、結構すごいことだという自負がある。

 

 ……ただし当然、おれ一人の力で叶えられたなどと自惚れてもいない。

 

「あさり先生。改めて、本当にありがとうございます。課題は多いですが、おかげさまでスタートを切ることができました」

 

 おれは、座ったままではあるが、深々と頭を下げる……と、しばらくそのままでいたが、返事がないので顔を上げてみれば、あさり先生は優しげな笑みを浮かべていた。

 

「……わたしは、あなたの先生です。手助けするのは当然ですよ」

「当然なんかで済むようなものじゃないですよ。本当に、いろいろと」

「プロデューサーくん。体調は、いかがですか?」

「最近暖かくなってきたので、調子はいいですよ。あと、毎日充実しているのがいいんですかね。病は気からって、あれたぶん真実ですよ」

「そうですか……それは、本当に何よりです。でも、賀陽さんと契約を結んでこれからいよいよ忙しくなると思います。くれぐれも、気をつけてくださいね」

「はい」

 

 真剣に、頷いた。

 あさり先生には、できるだけ心配をかけないようにするとおれは決めている。

 

「……さて! 賀陽さんは、今日からさっそくレッスンをするということでしたね?」

 

 ぱんっ、とあさり先生が手を叩き、気を取り直したように明るい声で言った。

 

「はい。ダンストレーナーさんがお手隙だったので、まずはダンスレッスンの予定です。まぁ、初回は現状確認程度のつもりですが」

「賀陽さんは、数カ月前からクラスの全体レッスンにもほとんど参加していませんでしたからね。トレーナーさんがいれば滅多なことはないと思いますが、無理をさせないように注意してください」

「はい、肝に銘じます」

 

 ……はてさて、賀陽さんの今の実力はいかほどのものだろうか。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

【速報】賀陽燐羽すごい

 

「なんですか賀陽さんめちゃくちゃ踊れるじゃないですか……」

「……ハッ、この程度で? あなた、私のこと随分ナメてたのね」

「賀陽、プロデューサーの見立てがだいぶ甘そうなのは否定しないが、そう言ってやるな。おまえのダンスは私の目から見てもなかなかのものだぞ」

 

 放課後、貸切のダンスレッスン室で、ダンストレーナーさんから提示された小手調べの一曲をほとんど完璧に踊りきってみせた賀陽さん。

 

 腰に手を当て、ほとんど息も切らさず悠々としている彼女は、おれの発言に対してはともかく、ダンストレーナーさんの言葉にも当然だと言わんばかりの顔をしていた。

 

「中等部の三学期はほとんどレッスンをしていなかったと聞いていたが、それだけのブランクは感じさせないな」

「いや、おれもそれが言いたかっただけです。もっと鈍っていてもおかしくないと思っていました」

 

 アイドルの能力を図る基礎的な項目がある。

 それは、ボーカル、ダンス、ビジュアルの三つ。

 ボーカルが『歌』、ダンスが『踊り』……これらは和訳そのままの意味でわかるからいいとして、ビジュアルは単に『見た目』でなく、表現力や演出力も含めた『見せ方』についての能力である。

 

 で、個人的な考えだが、この中でもっとも錆びつきやすいのがダンスだと思っている。いや、錆びついたのがわかりやすい、あるいは誤魔化しづらいという方が正確か。

 

 曲とのリズムのズレ、指先までの意識や身体全体の使い方といった点で、誰の目にでもわかるような違和感が表出しやすいのだ。

 

 その点、賀陽さんにはそれがなかった。

 というか、むしろ。

 

「……むしろ、()()()()()()()()

 

 ダンストレーナーさんの一言が、まさしくおれの言いたいことだった。

 

 賀陽さんはピクリと眉を上げて、トレーナーさんに顔を向ける。

 

「中等部時代のステージは見させてもらっている。それと、レッスンの成績も、残っている記録は粗方な。賀陽、おまえずっと手を抜いてただろ?」

「……ええ、そうですね。けれど、それでも十分な成績だった。問題がありますか?」

「教育者として言うべきこと、私個人の信条として言いたいことはもちろんあるが……」

 

 と、ダンストレーナーさんが言葉を切っておれに視線を移してきたので、首を横に振る。

 

「ダントレさん、申し訳ないですが我慢してください。賀陽さんはいろいろと複雑なんです」

「……ということだから、回答は差し控えるとしよう」

「……なんでプロデューサーが訳知り顔なわけ? まだ会って三日でしょう?」

「まぁまぁ」

「まぁまぁじゃないのよ」

 

 チッ、と賀陽さんは盛大に舌打ちをしたので、おれは苦笑する。

 そんなやり取りを見たダントレさんは、「はっはっはっ」と声をあげて笑った。

 

「仲がよさそうで何よりだ。……それで、プロデューサー? おまえのアイドルは想定よりも実力を保っていたみたいだが、どうするつもりなんだ?」

「そうですね……基本的には、この前お伝えした方針を変えるほどではないと思いますが。まぁボーカルとビジュアルのレッスンも受けてから総合的に判断したいので、今日のところは賀陽さんの現状と限界を計っていただけると助かります」

「ちょっと、本人を差し置いて話進めないでくれる? あなたに舵取りを全部委ねるつもりはないわよ」

「大丈夫、わかっていますとも。最終的にはちゃんと賀陽さんの意志を汲んで決めますよ」

 

 じとーっと賀陽さんがねめつけてくる。

 

 ……まだまだ信用がないな、というのは贅沢な悩みだろう。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 さて。

 

 それ以降はというと、ダンストレーナーさんに采配をお任せして、おれは部屋の隅っこで賀陽さんが踊る姿を見続けた。

 

 感想は大きく変わらない。

 やはり、想定していた以上に賀陽さんは踊れている。新入生は言うに及ばず、内部進学組の一年生たちと比べてもまったく見劣りするものではないと言えるだろう。

 

 ……が、それでもレッスンを続けていくうちに、おれでもわかるような綻びも見えてきた。

 

 最初の曲を終えた時には涼しい顔をしていた賀陽さんだったが、段々と動きのキレが悪くなっていった……あきらかな体力不足だ。

 

 いや、それはもちろんおれのリクエスト通りにダントレさんが容赦なくいろいろ試した結果ではあるのだが、おそらくそれ以上に最初の時点で結構な痩せ我慢をしていたのだと思われる。

 

「――よし、いったん休憩!」

「……はい」

 

 ダントレさんの言葉に返事をした後、賀陽さんは両手を腰に当てながら天を仰いだ。先ほどの余裕たっぷりな立ち姿はどこへやらだ。

 

 おれは、賀陽さんが自分で用意していたタオルとペットボトルを手に取り、彼女に渡すために近寄った。

 

「お疲れ様です。どうぞ」

「……わざわざどうも」

「安心しましたよ、賀陽さんに弱みがあって。ずっとレッスンをサボっていたのにまったく衰えがないようだったらどうしようかと。あんまりプロデューサーの出る幕がないのも悲しいので」

「あなたね……疲労困憊の担当アイドルにかける言葉がそれ? というか、こんなに踊らされるなんて聞いてない……」

 

 とか言いつつ、途中で投げ出すわけでもないのが賀陽さんである。

 

「座りますか?」

「いい、そこまでじゃないわ。……プロデューサー、先に言っておくけれど、今後も余計なレッスンはいらないわよ。私は、あの子たち(ファン)にみっともない姿を見せなければ十分で、それ以上のやる気は一切ない」

「えぇ? H.I.Fに出るのに?」

「ふざけないで。出ないと言ってるでしょう」

「弱みがあったとは言え、今の賀陽さんが順当にレッスンを続ければそう難しくない目標だと思うんですがね」

 

 おれが軽い口調でそう言うと、賀陽さんの目が鋭くなった。

 

「プロデューサー。私は、意識も覚悟もないアイドルをアイドルとして認めたくないし、ステージに立つことを許さない。だから私は、〝賀陽燐羽〟をもはやアイドルとして認めていなかった。……それが、都合のいい言い訳だと突きつけられて、よりにもよってあの子たちを言い訳に使ったんだと気が付かされて、最悪の気分だったから……そこは、認識を改めるわ。私はまだアイドル。死に損ないだけれど、アイドルよ。――でも、認めるのは、そこまで。死に損ないのアイドルが、他の未来あるアイドルたちの邪魔をするのは別の問題。そうでしょう?」

「ふむ、賀陽さんはそう考えるんですね」

「……どうやら意見に相違があるようね」

「ええ、そのようです。が、この場でその相違を解消する必要はないでしょう。賀陽さんが十分な実力を取り戻すまで、もう少し時間がかかりそうですから」

「一ヶ月で仕上げてやろうかしら」

 

 ……やれやれ、という感じだ。

 まったくもって、おれの思い通りになんていきっこなさそうである。

 

 賀陽さんは、抱えた事情が複雑なのもあるが、セルフプロデュースが上手すぎるのだ。

 担当アイドルを人形のように操ろうなんていうのはもちろんプロデューサー失格の考えだが、これだけ本人のプロデュース力が高いと生半可な仕事ではこちらの存在意義がなくなってしまう。

 

 しかし、H.I.F出場に関する意見対立については、何よりもじっくりと話し合う必要があることだから、本当に焦るつもりはない。

 

 きっと、昨日の話よりもさらに奥深く、賀陽さんの核心に触れざるを得なくなるからだ。

 

「……ところで賀陽さん、一つご相談なのですが」

「何? もういいでしょ、あなたと話すの疲れるのよ」

「すいません、これだけは早めに決めておきたいことでして。……今週中、できれば明日か明後日には、SNSで賀陽さんの引退についての発表をおこないたいのです」

 

 おれの発言は賀陽さんをかなり驚かせたようで、彼女は目を丸くした

 

「そんな急に……夏頃の予定ではあるんでしょう? H.I.Fは絶対出ないけど」

「はい。ですが、いち早くこれを発信しておかないと、プロデューサーが付いてレッスンを再開した賀陽さんに関して誤解が広がりかねません」

「……そっか、そうね。私が復帰するんじゃないか、って」

 

 その通り。

 そして、それが誤解だとわかった時に一番ショックを受けるのは、誰よりも復帰を期待しているはずである賀陽さんのファンたちだ。

 何もかも隠し通せるのならまだしも、夏までというのは少々長すぎる。

 

「けど、それはそれで大変なことになるわよ。いろいろと」

「間違いありませんね。しかし、ここは賀陽さんのファンの心情が最優先です」

「それはそう……まぁ、やるしかないか。身から出た錆みたいなものだし」

「対応については後日取り決めましょう。可能な限りおれが対処できるようにと考えていますので。また、あくまでファンに誤解をさせないための発表ですから、現時点では大仰にする必要はないと考えています。引退ライブも夏ですから、その時が近づいた時にはまた改めてやればいい」

「じゃあ、文章でも作ればいいかしら」

「そうですね。ご自身で考えますか?」

 

 もちろん、と賀陽さんは即答した。

 

「では、投稿前に内容のチェックだけさせてください。明日明後日と言いましたが、来週の頭に投稿するくらいでも問題ないので、多少ゆっくり考えていただいて大丈夫です」

「はいはい、お気遣いどうも」

 

 賀陽さんはひらひらと手を振り、今度こそ話は終わりだとおれに背を向けて……はたと、何かを思い出したように振り返る

 

「……あー、プロデューサー。発表したら、確実に面倒なのが絡んでくると思うわ。たぶん、私でなく、あなたの方に」

「? 十王社長ですか?」

「いいえ、違う。それも面倒でしょうけど、ある意味もっと面倒かも」

「……十王社長以外、となると……」

 

 ……思い当たる節は、ある。

 

「……まぁ、上手いことやりますよ」

「そうして。絶対、私には火の粉が降りかからないようにしてちょうだい」

 

 善処します。

 




次回、真打登場。
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