余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
「――と、だいだいそんな感じでしたね、初めてのミーティングは」
「ちょっと待ってくださいプロデューサーくん……『死』とか『殺す』とかアイドルとプロデューサーのものとは思えないような単語が出てきすぎですよ……?」
「あさり先生もそう思います?」
おれもそう思う。
波乱の第一回終活会議の次の日、おれは進路指導室という小さめの教室でプロデューサー科の先生とちょっとした面談をしていた。
彼女は根緒亜紗里、通称〝あさり先生〟である。
おれが一年生の頃、それも入学当初からずっとお世話になっている人で、今回の賀陽さんのプロデュース方針についてもいろいろと相談に乗ってもらっているのだった。
「……ま、まぁ最初からスカウトもプロデュースの方針を決めることも一筋縄ではいかないだろうと覚悟をしていたわけですもんね。多少感情的なやり取りになってしまうのは仕方がないですし、お互い真剣に向き合った結果だと前向きに捉えていい……でしょう!」
「はい。ありがとうございます」
と、先日のだいぶアレな賀陽さんとの会話もこうしてあさり先生のお墨付きをいただければモーマンタイである。はぁ~、となんだか大きめのため息をついているのは気にしないこととする。
「……それで、大筋はプロデューサーくんが立てた計画の通りに、ということで合意したようですけど、H.I.Fの参加についてはどうだったんですか?」
「ああ、うっかり言い忘れていましたが、そこは保留中……ということにしておいてください。やはり、H.I.Fで引退ライブというのは大きく出過ぎましたね」
あれは決してその場の思いつきではないが、言うか言うまいかは決められないままで賀陽さんとの会議に挑んだというのが真実だ。
それで結局言ってしまったのは、ノリと勢いだったとしか言いようがない。
そしてその上で、いくらなんでもH.I.F出場はない、と賀陽さんには言われてしまっている。
だから保留中だ。
残念ながらおれは諦めていない。
「……う~ん、そもそも教師として、学園側としては、それが認められるかどうかという話なんですが……」
「でも先生、H.I.Fの出場規定には」
「ですから、規定に書いてないことはなんでもやっていいわけではないんですよ?」
えぇ~でもぉ~だってぇ~……と、駄々をこねるのはまた今度にしよう。
どうせ今はまだ保留中だし、そもそもの話、おれだってこの点についてはそう簡単に賀陽さんを説得できるとは思っていないからだ。
「ま、とりあえずドア・イン・ザ・フェイス的なアレとして作用した感じで、それだけでも上々ですしね。H.I.Fの舞台かどうかはともかく、最長で夏頃を目処に引退ライブを、それも可能な限り万全な状態で、なんて計画に納得してもらえたわけですから」
「それは、確かに素晴らしいことですが……プロデューサーくん、きみは本当に悪い人ですね」
「そう仰らないでください。賀陽さんは、そのくらいしないと導けないですよ」
彼女は、本当にめちゃくちゃ拗れている。
置かれた状況、内心、過去と現在……まだ、本人の口から聞けたことなどほとんどないに等しいが、それでも彼女ほど難しいアイドルはそうそういないだろう。
そんな彼女を、一時的とは言え再び焚き付けることができた。
これは、結構すごいことだという自負がある。
……ただし、当然、決しておれ一人の力で叶えられたなどと自惚れてもいない。
「……あさり先生。改めて、本当にありがとうございます。課題は山積みですが、プロデューサーとしてのスタートを切ることができました」
おれが頭を下げると、あさり先生は優しい笑みを浮かべる。
「私は、あなたの先生です。手助けするのは当然ですよ」
「当然なんかで済むようなものじゃないですよ。本当に、いろいろと」
「……プロデューサーくん。体調は、どうですか?」
「最近暖かくなってきたので、調子はいいですよ。あと、毎日充実しているのがいいんですかね。病は気からって、たぶん真理ですよ」
「そうですか……それは、本当に何よりです。でも、賀陽さんと契約を結んでこれからいよいよい忙しくなると思いますから、くれぐれも気をつけてくださいね」
「はい」
真剣に、頷いた。
あさり先生には、できるだけ心配をかけないようにするとおれは決めている。
「……さて、賀陽さんは、今日からさっそくレッスンをするということでしたね?」
と、一瞬湿っぽいやり取りをしてしまったが、あさり先生が気を取り直したように明るい声で言う。
「はい、ダンストレーナーさんがお手隙だったので、まずはダンスレッスンの予定です。レッスンというよりは現状確認程度のつもりですが」
「賀陽さんは数カ月前からクラスの全体レッスンにもほとんど参加していませんからね。トレーナーさんがいれば滅多なことはないと思いますが、無理をさせないように注意してくださいね?」
「ええ、もちろんです」
……はてさて、賀陽さんの今の実力はいかほどのものだろうか。
☆ ☆ ☆
【速報】賀陽燐羽すごい
「なんですか、全然めちゃくちゃ踊れるじゃないですか……」
「ハッ、この程度で? あなた、私のことそんなに舐めてたのね」
「賀陽、プロデューサーの見立てがだいぶ甘そうなのは否定しないが、お前のダンスは私の目から見てもなかなかのものだぞ」
放課後、貸切のダンスレッスン室で、ダンストレーナーさんから提示された小手調べの一曲をほとんど完璧に踊りきってみせた賀陽さん。
腰に手を当て、ほとんど息も切らさず悠々としている彼女は、おれの発言に対してはともかく、ダンストレーナーさんの言葉にも当然だと言わんばかりの顔をしていた。
「中等部の三学期はほとんどレッスンをしていなかったと聞いていたが、それだけのブランクは感じさせないな」
「おれもそれが言いたかっただけです。もっと鈍っていてもおかしくないと思っていました」
アイドルの能力を図る基礎的な項目がある。
それは、ボーカル、ダンス、ビジュアルの三つ。
ボーカルが『歌』、ダンスが『踊り』……これらは和訳そのままの意味でわかりやすいが、ビジュアルは単に『見た目』でなく、表現力や演出力も含めた『見せ方』についての能力だ。
で、個人的な考えだが、この中でもっとも錆びつきやすいのがダンスだと思っている。いや、錆びついたのがわかりやすい、あるいは誤魔化しづらいという方が正確か。
曲とのリズムのズレ、指先までの意識や身体全体の使い方といった点で、誰の目にでもわかるような違和感が表出しやすいのだ。
その点、賀陽さんにはそれがなかった。
というか、むしろ。
「……むしろ、
ダンストレーナーさんの一言が、まさしくおれの言いたいことだった。
賀陽さんはピクリと眉を上げて、トレーナーさんに顔を向ける。
「中等部時代のステージを見させてもらった。それと、レッスンの成績も、残っている記録は粗方な。賀陽、お前ずっと手を抜いてただろ?」
「……えぇ、そうですね。けれど、それでも十分な成績だった。問題がありますか?」
「教育者として言うべきこと、私個人の信条として言いたいことはもちろんあるが……」
と、ダンストレーナーさんが言葉を切っておれに視線を移してきたので、首を横に振る。
「ダントレさん、すいませんが我慢してください。賀陽さんはいろいろと複雑なんです」
「……ということだから、回答は差し控えるとしよう」
「……なんでプロデューサーが訳知り顔なわけ? まだ会って三日でしょう?」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃないのよ」
チッ、と賀陽さんは盛大に舌打ちをしたので、おれは苦笑して肩をすくめてみせる。
そんなやり取りを見たダントレさんは、「はっはっはっ」と声をあげて笑った。
「仲がよさそうで何よりだ。……それで、プロデューサー? お前のアイドルは想定よりも実力を保っていたみたいだが、どうするつもりなんだ?」
「ええ、事前にお伝えした通りです。ただ、ボーカルとビジュアルのレッスンも受けてから総合的に判断したいので、今日のところは賀陽さんの現在地と限界を計っていただけると助かります」
「ちょっと、本人を差し置いて話進めないでくれる? あなたに舵取りを全部委ねるつもりはないわよ」
「わかっていますとも。ちゃんと賀陽さんの意志を汲んで決めますよ」
じとーっと賀陽さんがねめつけてくる。
まだまだ信用がないな、というのは贅沢な悩みだろう。
☆ ☆ ☆
さて、それ以降はというと、ダンストレーナーさんに采配をお任せして、おれは部屋の隅っこで賀陽さんが踊る姿を見続けた。
感想は大きく変わらない。
やはり、想定していた以上に賀陽さんは踊れている。新入生は言うに及ばず、内部進学組の一年生たちと比べても見劣りするものではなかった。
……が、それでもレッスンを続けていくうちに、おれでもわかるような綻びも見えてきた。
最初の曲を終えた時には涼しい顔をしていた賀陽さんだったが、段々と動きのキレが悪くなっていった……あきらかな体力不足だ。
いや、それはもちろんおれのリクエスト通りにダントレさんが容赦なくいろいろ試した結果ではあるのだが、おそらくそれ以上に最初の時点で結構なやせ我慢をしていたのだと思われる。
「――よし、いったん休憩!」
「……はい」
ダントレさんの言葉に返事をした後、賀陽さんは両手を腰に当てて上を向いた。先ほどの余裕たっぷりな立ち姿はどこへやらだ。
おれは、賀陽さんが自分で用意していたタオルとペットボトルを手に取り、彼女に渡すために近寄った。
「お疲れ様です。どうぞ」
「……わざわざどうも」
「安心しましたよ、賀陽さんに弱みがあって。ずっとレッスンサボっていたのにまったく衰えがなかったら逆にどうしようかと」
「あなたね……疲労困憊の担当アイドルにかける言葉がそれ? というか、こんなに踊らされるなんて聞いてない……」
とか言いつつ、途中で投げ出すわけでもないのが賀陽さんである。
「座りますか?」
「いい、そこまでじゃないわ。……プロデューサー、先に言っておくけれど、今後も余計なレッスンはいらないわよ。私は、ファンの子たちにみっともない姿を見せなければ十分で、それ以上のやる気は一切ない」
「えぇ? H.I.Fに出るのに?」
「ふざけないで。出ないと言ってるでしょう」
「弱みがあったとは言え、今の賀陽さんが順当にレッスンを続ければそう難しくない目標だと思うんですがね」
おれが軽い口調でそう言うと、賀陽さんの目が鋭くなった。
「プロデューサー。私は、意識も覚悟もないアイドルを認めたくないし、許したくない。だから私は、〝賀陽燐羽〟をもはやアイドルとして認めていなかった。……それが、都合の良い言い訳だと突きつけられて、よりにもよってあの子たちを言い訳に使ったんだと気が付かされて、最悪の気分だったから……そこは改めると決めたわ。私はまだアイドル。死に損ないだけれど、アイドルよ。――でも、認めるのはそこまで。死に損ないのアイドルが、他の未来あるアイドルたちの邪魔をするのは別の問題。そうでしょう?」
「……ふむ、賀陽さんはそう考えるんですね」
「……どうやら意見に相違があるようね」
「ええ、ですが、ここで結論を出す必要はないでしょう。賀陽さんが十分な実力を取り戻すまで、もう少し時間がかかりそうですから」
「一ヶ月で仕上げてやろうかしら」
……やれやれ、という感じだ。
まったくもって、おれの思い通りになんていきっこなさそうである。
賀陽さんは、抱えた事情が複雑なのもあるが、セルフプロデュースが上手すぎるのだ。
担当アイドルを人形のように操ろうなんていうのはもちろんプロデューサー失格の考えだが、これだけ本人のプロデュース力が高いと生半可な仕事ではこちらの存在意義がなくなってしまう。
しかし、H.I.F出場に関する意見対立については、何よりもじっくりと話し合う必要があることだから、本当に焦るつもりはない。
きっと、昨日の話よりもさらに奥深く、賀陽さんの核心に触れざるを得なくなるからだ。
「……ところで賀陽さん、一つご相談なのですが」
「何? もういいでしょ、あなたと話すの疲れるのよ……」
「すいません、これは早めに話しておきたいので……今週中、できれば明日から明後日には、SNS等で賀陽さんの引退についての発表をおこないたいのです」
おれの発言は賀陽さんをかなり驚かせたようで、彼女の目がまんまるになった。
「そんな急に……一応、夏の予定なんでしょう?」
「はい。ですが、いち早くこれを発信しておかないと、プロデューサーが付いてレッスンを再開した賀陽さんについて、大きな誤解を招くことになってしまいます」
「……そっか、私が復帰するんじゃないかって」
その通り。
そして、それが誤解だと知れ渡った時に一番ショックを受けるのは、誰よりも復帰を期待するはずの賀陽さんのファンたちだ。
何もかも隠し通せるのならいいが、夏までというのは流石に長すぎる。
「けど、それはそれで大変なことになるわよ。いろいろと」
「そうですね、間違いありません。しかし、賀陽さんのファンの心情が最優先です」
「それはそうよ。まぁ、やるしかないわね。身から出た錆みたいなものだし」
「細かな対応の方針は後日取り決めましょう。可能な限りおれが対処できるようにと考えていますので。それと、発表の文面ですが」
「もちろん、私が考えるわ」
「はい、そうおっしゃると思っていました。投稿前にチェックだけさせてください。明日明後日と言いましたが、来週の頭に投稿するくらいでも問題ないので、ゆっくり考えていただいて大丈夫です」
「はいはい、お気遣いどうも」
ひらひらと賀陽さんは手を振って、今度こそ話は終わりだとおれに背を向けて……はたと、何かを思い出したように振り返る
「……あー、プロデューサー。発表したら、確実に面倒なのが絡んでくるわ」
「? 十王社長ですか?」
「いいえ、違う。それも面倒でしょうけど、ある意味もっと面倒かも」
「……十王社長以外、となると……」
……思い当たる節は、ある。
「……なんとかしましょう」
「そうして。絶対に私には火の粉が降りかからないようにしてちょうだい」
善処します。
次回、真打登場。