余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:鯖ジャム
STEP2開始!
第25話 Dance on The Palm!
机の上に置いてあったスマホが、ピコンと鳴った。
画面には、燐羽さんからのメッセージの通知。
顔認証でロックを解くと、『ちょっと来れる?』という一言が。
「なんだ?」
今日、燐羽さんはボーカルレッスンがあっておれも立ち会ったのだが、それは先ほど終わってそのまま解散。
おれは活動拠点に一人で戻り、ちょっとしたレポートをまとめていたところだった。
どうしましたか、どこに行けばいいですか、と返そうと文字入力をしているうちに燐羽さんのほうから『校門』と追記される。
了解しました、と返しながら、おれはすでに活動拠点を出て、廊下を歩いていた。
「……トラブル、か?」
口に出すとなんだか余計に嫌な予感がして、おれは自然と早足になっていった。
☆ ☆ ☆
夕暮れ時の初星学園の正門前に、三つの人影があった。
「――燐羽さん!」
そのうちのひとつが小柄なツインテールの少女であることを確認したおれは、駆け寄りながら声を張り上げて名前を呼ぶ。
振り向いた彼女はスマホを片手に……うんざりしたような顔をしていた。
「プロデューサー、お疲れ様。呼び出して悪かったわね」
「はぁ、はぁ……い、いえ……」
……そんなに深刻そうではない、か?
しかし、燐羽さんが相対している人物。
この人たちは……。
「……ど、どうも。おれは彼女の、賀陽燐羽さんの担当プロデューサーです、が……あなた方は、
「クックックッ、貴様が
「え、はい。いや、あの黒井
変装とかしてきたならまだしも……いやむしろ、なんで堂々と初星学園の敷地の前にいるんだか。
燐羽さんの前に立ち塞がっていたのは、初星学園に比肩するとも言われるアイドル養成校である『極月学園』の理事長――黒井崇男氏だ。
要は、初星学園と100プロのような関係が、極月学園と961プロにも当てはめられる。
厳密に言うと極月学園は他の芸能プロダクションとの合同出資で運営されていたはずだが、黒井氏が理事長を勤めていることから一番強い影響力を持っているのは961プロと考えて間違いない。
そして、黒井氏の隣に立っている少女が極月学園の制服を着ているのだから、961プロとしてではなく極月学園の理事長としてここにいるのだろうな、と考えるのは自然だろう。
極月学園自体が普通に有名というのもあるが……去年、星南さんの手伝いをしていた頃に極月学園の生徒さんと面識を持ったこともあるのだ。
「……というか、失礼。勉強しているとお褒めに預かりましたが、そちらの生徒さんのことを存じ上げません。申し訳ありませんが、ご紹介いただいても?」
「ふむ、四音」
「はい。初めまして、プロデューサー殿。私は極月学園一年の
「
その名字は、まさしくおれと面識のある人物のものと同一だ。
白草四音さんは、にこやかな笑顔を浮かべて頷いた。
「ええ、白草月花は私の姉です。昨年、そちらの十王星南さんと一緒にお仕事をさせていただく機会があったと聞き及んでおります」
「ははぁ、なるほど……」
よく見ると、顔立ちが似てるかも。
まぁ月花さんはクールでカッコいい系だが、四音さんは一応清楚系って感じだろうか。ピンクのインナーカラーはだいぶ派手だけど、物腰が柔らかいし……うん、月花さんとはだいぶ違う印象だ。
「四音はAランクアイドル。一年生にしてAランクに上り詰める生徒はほんの一握りだ」
「アイドルランク制度、でしたっけ? 少数精鋭と言われる極月学園でそれというのは、さぞかしすごいのでしょうね」
月花さんの妹だというのなら、黒井氏……黒井理事長と言うべきか。とにかく、彼の言葉を疑う理由もなかった。おれがよくよく調べていないだけで、たぶん外部でも活躍しているのだろう。
……と、まぁ多少のお世辞も込みで受け答えをしていると、黒井理事長がニヤリと笑う。
「……クックックッ、やはり、貴様には見所があるようだ……!」
「……はい? 見所?」
何の話?
……いや、そもそもこれはどういう状況だったんだ?
「ええと、燐羽さん?」
「私に聞くの? ……って、まぁ呼び出したの私だし、変でもないか。門を出ようとしたところで、急に声をかけられたのよ。それで……なんか、スカウト? してきたわ」
「スカウト?」
なんだそれ。
おれは、思わずムッとした顔で黒井理事長の方を見てしまう。
すると彼は、おれの非難の視線を手で制した。
「まぁ待て、早合点をするな。賀陽燐羽のスカウトが目的でここにいることは事実だが、それは半分――プロデューサー、貴様も含めてスカウトしに来たのだ」
「……それはつまり、極月学園に、ということですか?」
「そうだとも」
「えーっと……え、燐羽さんが引退を表明しているの、ご存知ですよね?」
「無論だ。そして貴様がその舞台を用意するためのプロデュースをしていることもな。我が極月学園で、それを手伝ってやろうというのだ」
「はぁ……」
よくわからん。
引退する気のアイドルとプロデュースを引き入れて、極月学園になんのメリットがあるんだ?
……と、たぶんそのままおれの顔に書いてあったのだろう。
黒井理事長が、まさしくそれを説明してくれた。
「――プロデューサー、〝Next Idol Audition〟は知っているな」
「それは、もちろん。通称〝N.I.A〟、名前の通り次世代のアイドルを見出すための……もっと平たく言えば新人アイドルのための大会で、確か、十王社長とあなたが共同で企画したものだったかと」
「そうだ。それを、近々開催する。そしてそこで、目障りな初星学園の連中を……血祭りに上げてやるのだ! ハーッハッハッハッハァッ!」
えぇ……血祭りって……。
「まさか、それに協力しろと?」
「その通り! お前たちを手伝う代わりに、お前たちも我々に協力する。そういう取引だ! ……賀陽燐羽、お前がいまだにアイドルを引退できない理由のひとつを解消するのに、これ以上の機会はないぞ?」
「……どういうこと?」
「……N.I.Aは、ファン投票によって人気を競う形式。ライブオーディションの結果や営業活動などによって
おれが言うと、燐羽さんが微かに片眉を上げる。
その反応を見て、黒井理事長が笑みを深めた。
「夏の引退ライブ、具体的には公表していないようだが、大方それ以前に調整のための場を設けることは考えているだろう? N.I.Aは、それにうってつけだ。調整がてら、お前のファンたちを自然な形で他のアイドルに託すことも可能だろう」
「…………」
……なかなかに、お見通しだな。
さすが、などとおれが言うのは不遜だろう。
しかし、だ。
「それは別に、極月に行かなくても参加できますよね?」
「来れば、それを前提にサポートをしてやるというのだ。初星学園では認められんだろう」
「魅力として弱いですね。おれは、やろうと思えば結構な無茶ができますので」
「……クッ、ハッハッ、ハァーッハッハッハ! そう、それだ! プロデューサー! 貴様のその反骨精神が気に入ったのだ!」
「えっはい」
「
「えっ違う……」
「何ィ!?」
まぁそりゃあ傍目からはめちゃくちゃ反抗してるように見えるだろうけど……。
「あの、おれが元々十王星南のプロデュースをしてたのとか、知ってます?」
「知っている。だが、見切りをつけたのだろう?」
「うーん、そこから違うな……円満というのも微妙ですが、とにかくやむにやまれぬ事情があっただけで、隔意が生まれたわけではないですからね。彼女とは今でも仲良くやってますし、学園長にも相変わらずよくしてもらってますし、なんなら十王社長とも……それなりに良い関係を築けているといいますか」
「なんだとぉ!? あの甘っちょろい老いぼれはまだしも、あの冷血漢とまで懇意にしているというのか!? 貴様! 十王家とズブズブではないか!」
「えー……まぁ、ズブズブですね、はい」
「あ、認めた」
燐羽さんがぼそっと呟く。
いやまぁ、ここはそういうことにしておいた方が良さそうだし……だからあの、ジト目をやめてくださいね。方便ですよ、方便。
……とにかく、ズブズブかどうかは置いておくとして、おれには、十王家にも初星学園にも多大な恩がある。
もしも極月学園に行くことが燐羽さんにとって最善だとしても……少なくとも、他のすべての可能性と比較して、それ以外に道がないという状況に陥らない限りその選択肢を取ることはないだろう。
「ですので、せっかくのお誘いですがお断りさせていただきます。個人的に、極月のストイックなやり方は嫌いじゃないんですがね」
「……ふん、世辞は結構。まったく残念だ、プロデューサー」
黒井理事長はそう言うと、燐羽さんの方に目を向ける。
「賀陽燐羽。どうやらその男は、君にとっての最善よりも十王への恩義を取るそうだぞ?」
明らかに、悪意のある言い方だった。
おれと燐羽さんの関係に、ヒビを入れようとしている。
……しかしまぁ、今更その程度でどうこうなるはずもないのだが。
「……そんな言い方されても、ねぇ?」
燐羽さんは、黒井理事長のわかりやすすぎる挑発に、あざけるような笑みを浮かべた。
「最初に言ったはずでしょう? プロデューサーが移籍しない限り、私も動く気はない。この人の隣にいることが、私にとっての最善なんだから」
そう言い切った燐羽さんは、意味深な視線をおれに送ってくるが……さすがに気恥ずかしくて、つい顔を逸らす。
……そうして逸らした先で、つい先ほどまでの愛想が嘘のようにつまらなそうな表情をしている四音さんと目が合って、おれは一瞬ぎょっとしてしまった。
彼女はすぐに取り繕って笑顔を作ったが、見間違いだったと思ってあげるのは……ちょっと厳しいな。
もっとも、おれも燐羽さんも靡かないとなればこの二人がおれたちに阿る理由はないだろうし、そういう態度も不思議はない。
なんにせよ、話はここまでだろう。
「決裂ということで、ご納得いただけましたか」
「愚かな選択だったと、後悔することになるぞ?」
「しませんし、させませんよ」
おれが怯むことなく言い返すと、黒井理事長はフンッと鼻を鳴らした。
「……ならば、せいぜい我々の踏み台となってもらおう。星が堕ちる日は近い。貴様らも覚悟しておくことだな。行くぞ、四音」
「はい、理事長。……それではお二人とも、ごきげんよう」
黒井理事長はそんな捨て台詞を残して踵を返し、四音さんはあくまでお淑やかに腰を折ってから彼の後を追って、二人は颯爽と去っていったのだった。
☆ ☆ ☆
「……はぁ、疲れましたね」
「悪かったわね、呼びつけちゃって」
「いえ、燐羽さんのせいではありません。一人で対処しようとせず、おれに頼っていただいたのは正解でした。が、まさか黒井理事長がいるとは思わなかったもので……」
どこぞの社長といい、急な訪問は勘弁してほしい。アポを取ってくれアポを。こっちはアドリブ弱いんだぞ?
「……ねぇ、プロデューサー」
「はい、なんでしょう」
黒井理事長たちがいなくなったからそれじゃ、とはならなかった。
おれと燐羽さんは、そのまま正門の前で立ち話を続けることになる。
「N.I.Aのことだけど……この前もらった前哨戦の候補には、挙がっていなかったわよね?」
「ええ、N.I.A開催の情報は公になっていなかったので。あれは、不定期に開催されるものですから」
「そう」
燐羽さんは、淡白に零す……が。
「……興味がありますか?」
「正直に言えば、そうね」
まぁ、そりゃあそうだろう。
おれだって、開催がわかっていれば真っ先に候補に挙げていた。
「黒井理事長のおっしゃっていたことは、的を射ていたと思います。N.I.Aへの参加は燐羽さんにとって一石二鳥……いや、二鳥まではいかないですが」
「……ファンを託すって部分でしょう?」
「そうです。最初、出会ったばかりの頃に言いましたね。どうせ忘れてなんてもらえない、と」
「ええ。……それでも、無意味ではないはず」
「それもそうです。何かを忘れるために一番手っ取り早いのは、他の何かに熱中すること。あなたが残して逝くファンたちが熱中できる何か――
燐羽さんが、少し俯いて黙り込む。
「……何か、気になることがありますか?」
「いえ……あなた、N.I.Aの企画に十王社長もかかわっていた、と言っていたわよね」
「はい、そうですが」
「極月にスカウトしてきたの、関係があると思う?」
「うーん、どうでしょうか。別に仲が良いとかではないらしいんですよね。ほら、初星学園を血祭りに上げるとか言ってましたし。……それが、引っ掛かりますか?」
「少しね。また手のひらの上で踊らされているのも癪だと思って」
「十王社長の手のひらの上なら、踊っていてもそんなに問題ないと思いますが……」
……いや、本当にね? だから燐羽さん、そんな「コイツマジ絆されすぎでしょ……」みたいな目で見ないでね?
おれは、大きく咳払いをして、「それにですね」と続ける。
「あなたなら、どんな舞台でも踊れます。アイドル賀陽燐羽は伊達じゃないでしょう」
「……握り潰されそうになったら?」
「その時は、おれが手を取って一緒に飛び降りますよ。命知らずなんでね」
「はぁ……わかったわよ。
呆れたようにため息をつきつつも、燐羽さんはそう言って憂いを振り払ったようだった。
ふぅ、とおれも息を吐いて、気を取り直す。
「まぁともあれ、N.I.Aについて、前回までのレギュレーションなどの情報を詳しく調べておきますよ。燐羽さんの心も決まっていそうですが、一応比較検討はするようにしましょう」
……まぁ、考えれば考えるほど、N.I.Aは燐羽さんにとって都合の良い大会に思えてくる。
それがこの時期に開催するとなれば、他の選択肢はほとんどないも同然なのだが。
ふと、思う。
「……おれがいなければ、燐羽さんがあのスカウトを受けていた未来もあったりしましたかね」
「何よ急に……いえ、そうね。あなたがいなくて、ここで宙ぶらりんのままだったら、そういうこともあったかも」
「…………」
「……自分で言って自分で不安になっててどうするのよ、おバカ。それとも、また確認しておいた方がいいかしら――私とあなたの
と、燐羽さんは心底意地の悪そうな笑顔で、人差し指を唇に当ててみせる。
「……プロデューサーにそんな脅しをしないでください。あなた、アイドルでしょうが」
「いいのよ、どうせもうすぐ引退するんだし」
「だからそれ、まだ引退してないってことなんですから……」
まったく、信頼を積み重ねたはずなのに、どうして逆に困らされることになるんだ……。
……ん? なんかどこかで聞いた話だな?
「「――ハックシュン!!!」
「おお、同時にクシャミ」
「園歌ちゃん手毬ちゃん、大丈夫? 風邪じゃないよね?」
「わたくしは大丈夫です……なんだか急に鼻がムズムズしまして」
「私も……」
「誰かが二人のこと噂してたのかも」
「ハッ、そんな古典的な……もしそうだとしても、きっと私たちへの嫉妬か何かだろうね。固い絆で結ばれた信頼関係が羨ましいんだ……そうだよね、プロデューサー?」
「……えー……うーん……?」
「どうして首を傾げるんですか!!!」
「あ、あはは……」