余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:鯖ジャム
「――はい、今のが
「…………」
「…………」
「……フッ、なぁに、黙りこくっちゃって。散々威勢のいいこと言っていたくせに、まさかこれしきで心が折れちゃったなんて言わないわよねぇ?」
ミーティングの、翌日のことだ。
元々予定していた燐羽さんの自主レッスンにさっそく咲季さんも参加してもらうことにして、放課後、ダンスレッスン室に集合。
準備運動もそこそこに、まずは咲季さんの現状を実際に燐羽さんにも見てもらおうとおれが切り出そうとしたところで――燐羽さんがそれを遮り、
そうして燐羽さんは、
言葉もないおれと咲季さんに、燐羽さんは意地の悪い笑みで意地の悪いことを言っている……が、それにどうこう思うよりも、燐羽さんの喉から咲季さんの声が発せられるという異様な事態にばかり気がいってしまう。
「……えっと。燐羽さん、その、それはいったい……」
「それって?」
「いや、その上手すぎる声真似……声帯模写? は、いったいなんなんですか?」
「私の特技」
「何それ知らない……」
「言ってなかったもの」
そっか……いやでもすっげ……。
「……目、輝かせすぎだから。こんなのただの一発芸みたいなもので……って、あなたはどうでもいいのよ。ちょっと黙ってて」
「はいすいません」
もっともなので、おれは素直に謝って口を噤む。
それから咲季さんの方を見てみれば、彼女は――獰猛に、笑っていた。
「燐羽……賀陽燐羽。あなたって、ほんっとうにすごいアイドルだわ」
燐羽さんはそれを見て不快そうに眉を顰めるが、咲季さんは歯牙にもかけずに続けた。
「わたしの、この花海咲季の歌声を、花海咲季以上に使いこなすだなんて。心が折れる? まさか、とんでもない――悔しい、はらわたが煮え繰り返ってる。今すぐそれをわたしのものにしてやらなくちゃ、気が済まないわ」
……燐羽さんが披露した
しかし咲季さんにとって、それはただの燃料にしかならなかったわけだ。
「……ハァ、気色悪いし、つまんない」
真に迫る表情の咲季さんに対して燐羽さんは冷ややかな視線を送り、それから口の端を釣り上げるように笑いながらおれの方を見る。
「ま、それも曲が〝初〟だから仕方ないか。本当は持ち歌でやるのが一番なのよ? これやってみせて今もアイドル続けてる奴、
……なるほど。
自分の声で自分より上手く歌われるというだけでも能力の差を突き付けられるわけだが、さらに自分の持ち歌を、となれば。
それをついぞ越えられない、届きすらしないとなれば……心が折れるというのは、そういう話なわけだ。
二人というのが誰なのかは、まぁ十中八九『SyngUp!』のメンバーたちだろうが、燐羽さんのこれを乗り越えた先にあるのがあの歌唱力というのは頷ける。
しかし、ともあれ燐羽さんの種々の物言いは……いつものおれに対するからかいとは、比べるまでもなく違うものだ。
「……あの、燐羽さん」
少し低いトーンで名前を呼ぶと、それだけでおれの意図を察してくれたようだった。
燐羽さんはスンっと無表情になり、しかしあくまで悪びれる様子はなく口を開く。
「彼女と合同でレッスンすることを、私は
「……ええ、あなたは決して約束を破らない」
「おばか。それは当たり前。そうじゃなくて、あなたのためにやってあげるってことよ」
そ、そういうことか。
いやまぁ、おれが効率的にやりたいと言ったから……というのも、違うかもしれない。確認したらまた怒られそうなので、余計なことは言わないでおく。
燐羽さんはおれを若干胡乱な目で見た後、ため息を吐いて言葉を続けた。
「……まぁ、かと言って、ねぇ? お行儀よく、手取り足取り教えてあげるのは癪だし――ま、どうせ事の顛末を間近で見てなくちゃいけないなら、私も私なりに楽しませてもらおうかなって」
「楽しむ、ですか」
「ええ。……ねぇ、花海咲季さん――いえ、
「何よ」
名前を呼ばれた咲季さんがすぐさま聞き返すと、燐羽さんは笑みを深めながら言う。
「せいぜい、足掻いて頂戴ね。彼がプロデュースして、私が一緒にレッスンをしてあげるんだから、簡単に負けちゃったら嫌よ?」
「……負けないわ。
そして、それに対して咲季さんは、なおも堂々とそう言い返したのだった。
☆ ☆ ☆
「――うん、まぁ、悪くはないか……」
レッスンを終えて、燐羽さんと咲季さんが帰った後。
おれは一人で活動拠点に戻り、今日のことを一人振り返っていた。
正直に言うとレッスン自体初回から思っていたのとはすっかり違う形になってしまったし、何より燐羽さんのスタンスが想定外で少々戸惑ってしまったが、着地地点は決して悪いものではなかった……はず。
ただ、いろいろとあさり先生に相談しておいた方が良さそうだなとは思ったので、あらかじめ考えをまとめておかなければ。
またそれとは別に、今日のレッスンの様子を見た上で二人にどんなレッスンを受けていってもらうかを具体的に考える必要がある。
トレーナーさんに要相談な部分だが、こちらである程度は素案を固めておいた方がスムーズだろう。
……と、そんな具合であれこれ考えを巡らせつつノートPCに向かい合っていたところで、ふと、ドアがノックされた。
「――失礼いたします。お疲れ様です先輩殿」
「先輩、お疲れ様」
部屋に入ってきたのは、意外な組み合わせ――学Pさんと、星南さんの二人だった。
「あ、えっと、学Pさんと星南さん、お疲れ様です……え、どうされたんですか、二人揃って……?」
おれが、困惑気味にそう尋ねると、二人は顔を見合わせる。
そして、ニヤリと笑った後、なぜか腕を組んで背中合わせになって――ビシッ! と、おれを指差してこう言ったのだった。
「「先輩(殿)! いざ尋常に勝負よ(です)!」」
「……え? あ、はい」
「……もうっ、先輩! ノリが悪いわ! そこはすぐさま『受けて立ってやる!』って勢いよく返すところよ!」
「はぁ、まったく先輩殿は……せっかく我々が練習してきたカッコいい宣戦布告を……はぁ……」
「え、なんかすいません……」
……いや、謝っちゃったけどおれ悪くなくない?
ふくれっ面の星南さんと呆れ顔の学Pさんに、おれはひとまず説明を求める。
「順番に整理させてください……まずあの、宣戦布告ってなんですか?」
「宣戦布告は宣戦布告よ! 『初』のときに果たせなかった、先輩とのプロデュース勝負! 今度こそ受けてもらうわ!」
「つまり、花海さん……花海咲季さんがN.I.Aに参加すると我々聞きまして、ついに先輩殿と戦う時が来たのだと喜び勇んで参上した次第であります」
「はぁ、なるほど……」
そう言えば、星南さんが再会の口実にしたのがそれだったな。
学Pさんは特にそういうことは言っていなかったと思うが、まぁ「先輩相手に恐れ多いです……」なんて玉じゃないのは明白だ。
『初』では、燐羽さんの事情を汲んで我慢してくれていたところを、おれが咲季さんのことも実質的には担当することとなり、その咲季さんが大会に出るとなれば遠慮の必要はない……そういうロジックだろう。
「ちなみに、咲季さんがN.I.Aに参加するというのは、誰から聞いたんでしょう?」
「私は佑芽から、学さんは月村さんから聞いたそうよ!」
うん、納得の情報筋。
咲季さんがそもそもN.I.Aへの参加を決意したのは、彼女自身の課題のこともあるが、勝負の場として佑芽さんと示し合わせたとも言っていた。
一方で月村さんと咲季さんはクラスメイトであり、特に一年生のクラスにおいてN.I.Aに参加するかどうかは格好の話題だろうから、咲季さんが月村さんに話していてもなんらおかしくはない……いやむしろ、月村さん相手にも堂々と勝負を挑んでいる姿が目に浮かぶくらいだ。
とりあえず、突然宣戦布告にやってきた理由と経緯はわかった。
「じゃあ、次……星南さんと学Pさん、面識があったんですね?」
「……え、次がそこなの? 私たちの担当アイドル、誰が出るのかとか……」
「それはまぁ、だいたい全員じゃないかなと。もちろん後でちゃんと聞かせてもらいたいですけど、なんか二人で宣戦布告の練習してたとか言ってませんでした? 面識があるどころか結構仲良くないですか?」
練習って何? あの決めポーズの練習してたってこと? それは君たちちょっと可愛い後輩すぎるだろう、と。
「先輩殿、それこそ我々の担当アイドルの顔を思い浮かべれば、面識を持っていないほうがおかしな話だとは思いませんか? うちの月村さんと会長殿の秦谷さんの関係、そして何より莉波さんは生徒会の所属ですよ。篠澤さんは、倉本さんや花海佑芽さんと大変仲がよろしいですし」
「練習は、さっきここに来るときに偶然会ってちょっと打ち合わせしただけよ。仲は、もちろん悪くはないけれど……息が合ったのは共通のライバルがいたから、というのが一番の理由ね、きっと」
「そう、わたくしと会長殿もまた好敵手同士。前回は、恐れ多くもわたくしに軍配が上がったわけでございますが」
「ふふ……だから、学さんにもきっちりリベンジしないと、ね?」
と、星南さんと学Pさんは不敵な笑みを浮かべながら、互いに視線を交わす。
確かに『初』では、星南さんが担当する秦谷さんが中間試験では一位だったのを、学Pさんが担当する月村さんが逆転して最終試験の一位を奪取した形だった。
以前、星南さんのプロデュースを講評させてもらった時にも大層悔しそうにしていたな。
……おれを先輩と呼ぶ二人の後輩プロデューサーは、いつの間にやら良いライバル関係を築いていたようだ。
そこにおれが混じるというのは、なんだか悪いような気もする――が、いや、嘘はつけないな。
「……なるほど、なるほど。つまり、そこにおれも混ぜてくれる、というわけですか」
自然と口角が上がるのを自覚する。
おれは片手で口元を覆うが、星南さんも学Pさんも、見逃してはくれなかったようだ。
「……ふふっ、そう来なくっちゃね、先輩!」
「やる気ではないですか、先輩殿。それでこそ我らが先輩です」
――と、二人が盛り上がりかけたところだったが、おれは手のひらを突き出して待ったをかける。
「あ、ただしアイドル第一ですからね。アイドルたちをプロデューサー同士の競争の駒にするつもりはありません」
「当然ね」
「もちろんでございますとも」
うむ、わかっているならよし。よくできた後輩たちだ。
「……すいませんね。これは、本心から忠告しておきたかったのもありますが、やはり無邪気に勝負だとも言っていられない事情がありまして」
「と、言いますと?」
「燐羽さんも、N.I.Aに参加するからです」
おれがそう言うと、二人は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにその理由を察したようだった。
「……説明の必要はなさそうですね?」
「まぁ、そうね……答え合わせもいらないと思うわ」
「まったく同感です――どうやら、単純な勝負というわけにいかないようですね」
優秀な後輩たちで助かるな、と、おれは思わず苦笑を零す。
この三人が担当するアイドルにまつわる因縁を考えれば、本当に、無邪気なプロデュース勝負など言っている場合ではない。
何せおれたちは、『SyngUp!』のメンバーをそれぞれ担当しているのだ。
「先輩殿。賀陽さんの目的がどうあれ……
「ええ、そうです」
「だとしたら、
「はい。燐羽さんも、覚悟の上でしょう」
わずかとは言えコンタクトを取ってきた学Pさんの担当アイドルと違い、徹底して静観を貫いてきた星南さんの方の担当アイドルは、まさしくこのN.I.Aで沈黙を破るに違いない。
……ともあれ、その辺りをきちんと踏まえた上でならば、改めておれは応えようと思う。
「星南さん、学Pさん――どうぞお手柔らかに、よろしくお願いしますね」
勢いのいい返事は柄じゃないので、あくまで控えめに、だが。
次回も来週学マ水曜日に更新予定