余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
実家で犬を飼っている。
チワワで、名前は『わたあめ』で、確か3才だったはず。
おれが初星学園に入学して上京、一人暮らしを始めることになったので、代わりとばかりに飼い始めたのだ。
今は実家に帰っても「お、知ってる兄ちゃん来おったで」くらいの感じだが、最初の頃は「家に変なのおる! 何やこの知らん奴は!」とばかりにキャンキャンと吠えられたものだ。おれの方が長く暮らしてたのに。
……なんで急に実家の犬に思いを馳せているかというと、目の前の彼女が似てるなぁって思ったからである。
「――ねぇ! ちょっと! 人の話聞いてるんですか!? 何とか言ったらどうなの、この――極悪プロデューサー!!!」
彼女は、月村手毬。
賀陽さんが組んでいたユニット『SyngUp!』のメンバーだ。
☆ ☆ ☆
しばらく稼働していなかった、賀陽さんのSNS。
そこに、賀陽さん自身が考えた引退発表の文面を投稿したのが日曜日の夜……というか、日付が変わった直後の月曜0時のことだ。
『ファンの皆様へ』から始まって、これまでの感謝と謝罪、そして引退ライブを予定をしていることを伝える簡潔な内容のもの。
深夜にもかかわらずこの投稿には多くの反応があったが、もちろんキリがないので個別にコメントを返したりはしない。不測の事態が起こらない限り、今後もSNS上で特に必要な対応はないと判断している。
こんな時間に投稿したのは、それ以外のリアクションへの対応のためだった。
最初の問題は週明けの月曜日だったのだが、賀陽さんには思い切って学校を休んでもらうことにした。
ずる休みではない。アイドル科の生徒は、アイドル活動のために公休を取ることができる。
すなわちこれはアイドル活動の一環と言えるだろう言えますよねよろしくお願いしますと受理してもらったのだった。
……そういう状況だったから、彼女はおれのところに真っ先に来ることになったのだろう。
「――失礼しますッ!!!」
と、活動拠点のドアがぶっ壊れるんじゃないかと思うような勢いで開かれたのが朝8時25分。
現れたのは、面識はないが知った顔――月村手毬さんだった。
「あなたが、あなたが燐羽のプロデューサー!? あれはいったいどういうことッ!? なんでプロデューサーが付いたのに引退宣言なんて!!!」
「ちょ、ちょ! こぼ、こぼれるああこぼれた! ちょっと落ち着いてくださいマジで!」
彼女は、コーヒーを片手にパイプ椅子に座っていたおれの姿を見るや否や走って近づいてきて、ほとんど勢いを殺さないまま掴みかかってきたのだった。
「燐羽はいったいどこ!? 寮にもいない、教室にもいない! どこに燐羽を隠したの!?」
「か、隠したって、物じゃないんですから。おれは知りませんよ、今日はただ公休を取っているだけで」
「公休!? なんで!!」
「それは、まさにあなたが突撃してくるだろうから、と……」
「逃げたってこと!? ……りぃ~~~~~ん~~~~~~はぁ~~~~~~~~!!!!!!」
……うるっせぇ……賀陽さんは叫んで聞こえるようなところには絶対いないだろう。朝から逃げ出しているとはさすがの予測である。大正解だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……引退、引退なんて許さない、許さないんだから……!」
「……あのー、月村さん? 時間、もうすぐHRが始まってしまうんじゃないですか?」
「え? あっ、くっ……あなた! 逃げないでここにいてください!! 次の休み時間も来ますから!」
「あ、はい。今日は一日ここにいる予定ですので……」
「絶対ですよ!! 逃げたら殺す!!!」
ふんっ! と半ば突き飛ばすように手を放されたかと思えば、月村さんは屋内とは思えないほどのスピードで走り去っていった。
「…………」
開けっ放しの扉、机の上にぶちまけられて床にまでこぼれ行くコーヒー、掴まれたスーツとワイシャツはしわしわのぐしゃぐしゃ……まるで強盗に押し入られたかのような有様で、なんだかおれは無性に泣きたくなってしまった。
――そして、約二十分後。
「――燐羽のプロデューサーいる!? 逃げてない!?」
「うわあああああ月村さん!? なんで来たんですか!?」
「次の休み時間行くって言ったじゃないですか!!」
「まさか授業の合間の10分間に来るとは思いませんよ!?」
「そんなのいいからいったいどういうことなのか説明してください!!! どうしてプロデュース契約したのに引退の発表なんてさせたの!?」
「いやそれは、そもそもそのために契約していて……」
「そのため!? どういうこと!? 引退させるために契約したってこと!?」
「あの、月村さん、次の授業の時間……」
「次も来ます! 逃げたら殺します!」
「あ、あああ……」
――約一時間後。
「――燐羽のプロデューサー!!!」
「つ、月村さん……!」
「はぁ、はぁ、引退させるための契約って何!? そんなのプロデューサー失格だよ!! そりゃあ燐羽自身がアイドル辞めたがってたのは知ってるけどプロデューサーなら引き止めるのが仕事でしょう!?」
「いや、それにはいろいろと事情が……」
「言い訳なんて聞きたくない!!!」
「言い訳とかじゃなくて……」
「今すぐ撤回して! 燐羽のSNS! どうせ管理してるんでしょ!?」
「それはできな――」
「あっ! 次の授業があるのでまた来ます!」
「…………」
――さらに一時間後。
「――プロデューサー!!!」
「はい……」
「はぁ、はぁ! なんで、投稿消してないの!」
「賀陽さんのSNSですか? だから、百歩譲ってもおれ一人の判断でそれはできな――」
「次移動教室だからまた後で来ます!」
「もう来ないで……」
――次の休み時間のタイミング、月村さんは来なかった。
いつ怒鳴りこんでくるかとビクビクしながら待っていたのだが、授業が長引いたりしたのかもしれない。
この後は、もう昼休みだ。
休みの時間が長いし、一時間分多くため込んだわけだから、その分さらに激しい詰問が待っているだろう。憂鬱すぎる。
ちなみに、一応賀陽さんに月村さん襲来の報告メッセージを送ってみたが「頑張って」の一言だけで以降は未読無視。助けに来てほしいわけではないのだが、あまりにも淡白でちょっと泣いた。
……そして案の定、彼女はやってくる。
「プロデューサー!!!」
「はいどうも。お昼は持ってこられましたか?」
覚悟の時間が長くとれたので、少し余裕をもって対応。
すると、月村さんも毒気を抜かれたのかちょっとトーンダウンして答えた。
「……い、いつも、学食だから……」
さらに、ぐぅ~、というお腹の虫の音が鳴る。
なまじトーンダウンしてたせいで、物凄くよく響いた。
「…………」
「…………」
「……プロデューサー、お腹鳴りましたよ」
「おま……ああ、いえ、はい。おれは買ってあるので、月村さんも、購買で何か買ってきては? 待っていますので」
「……わかりました。逃げたら」
「殺されるんでしょう? 長生きしたいので、もちろん待ってますよ」
……『SyngUp!』、何かと悪評の多かったユニットだが、三分の二がこの口の悪さとなるとアンチが根も葉もない噂を……とかではないんだろうな。
十分ほど待っていると、パンパンのビニール袋を持った月村さんが戻ってきた。
「月村さん、それ全部お昼ご飯ですか?」
「何? 悪いですか!?」
「いや……購買で売っているものでも菓子パンは菓子パンですから、食べすぎは禁物ですよ」
「今日は誰かさんのせいでたくさん走ったからいいんです!」
誰かさんって誰だ。まったくわからない。
月村さんは無遠慮におれの向かいにどっかり座って、袋から取り出したパンをむしゃむしゃと食べ始めた。
「……月村さん、順を追って説明させてもらっていいですか?」
「今食べてるので後にしてください。嫌いなんです、食事中に話しかけられるの」
「…………」
……この、クソガキ……。
そこから月村さんがパンを三つ食べるまで待つことになった。
いや、おれもおれで昼食をとったのだが、なぜか二人で黙々とお昼を共にすることになったのが本当に解せなかった。
「――それで? あなた……燐羽といったいどういう契約を結んだんですか? 納得できるように説明してください。今すぐ」
「……はぁ」
で、食べ終わった途端にこれ。
もうあれだな、慣れたな。学習性無力感というやつだ。
「賀陽さんの引退をプロデュースする。そういう契約で、約束なんです。賀陽さんが元々持っていた意思を最大限尊重するだけのことですよ」
「意味わかんない! 確かに燐羽は、もうアイドル辞めたがってたけど……でも、結局ちゃんと進学したのに!」
「それは、心残りがあったからだそうです」
「……ファンのこと?」
「ええ。あなたたち『SyngUp!』の解散ライブが中止になってしまったから、代わりになるような最後のお別れの場を設けたい、と」
言うと、月村さんは唇を噛んで俯いた。
……彼女たちの解散ライブが中止となった原因。
その炎上の元となった解散自体を巡る彼女たちの口論の動画の中で、もっとも悪目立ちしていたのはまさに月村さんだった。
いや、実際のところ、その動画は彼女が賀陽さんともう一人のメンバーに対して怒鳴り続けるようなものだったのだ。
だからこそ、最初非難の的になったのは月村さんであり、そして……。
「……月村さん」
「……私が悪いのはわかってる! あれは私のせい! でも!」
「いや、別におれはそんなことを言いたいわけでは」
「そう! 今それは関係ない!」
「関係ないとは言ってな――」
「あなたが、燐羽の引退を後押ししたのが問題なんです! だいたい燐羽だってファンが大切だって言うんならなんで――!」
……と、月村さんはまたヒートアップし始める。
おれが実家のチワワを思い出し始めたのはこのあたりであった。
「――ねぇ! ちょっと! 人の話聞いてるんですか!? 何とか言ったらどうなの、この――極悪プロデューサー!!!」
「極悪……」
そこまで言われる筋合いはさすがにない……が、まぁ、賀陽さんとはお互いに
「……賀陽さんは、どちらにせよ引退する気でしたよ。意思は固かった。しかも、ほとんどレッスンもせずに惰性のライブでファンとの別れを告げようとしていました」
「だから何? 自分のせいじゃないって言いたいわけ?」
「いいえ、ただ事実を述べているだけです……賀陽さんのその部分を、おれは軌道修正しました。アイドルを辞める、それでもファンに報いたいなら最期まで全力で向き合うべきだと。そして彼女は最後のステージに立っていない、だから彼女は
「……っ! それって……」
おれが意味深にそう言うと、月村さんはハッとしたように目を見開いた。
おれは、ニヤリと口角を上げる。
「解釈はご自由に」
……と、こんな感じに言っておけば丸く収まるかな、というのはついさっき飯を食ってる最終に思いついたことだ。
実はおれが賀陽さんをアイドルとして延命させるために動いている……などということはもちろんない。そんなことをしたっておれが最後まで付き合えないのだから、お互いに不都合極まりない。
ただ、月村さんがそういうふうに勘違いしてくれたら、何かしら都合が良い感じの女になってくれるかも……というまぁどっちに転んでもいいかなってレベルの淡すぎる打算があった。
「……ふっ、なるほどね、わかったよ。つまり、私の役割は……消えかけた炎に火をくべること。そうでしょう?」
うわすごい、都合が良い感じの女になった。
月村さんがすごいドヤ顔を披露しているので、おれは一瞬悩んで――そういうことにしておいた。
「……ふっ、わかっていただけましたか」
「なるほど、なるほどね……いいよ、そういうことなら乗ってあげる。計算高いねあなた。つい極悪プロデューサーなんて言っちゃったけど、上手く騙されたみたい。撤回します」
はい。まぁ現在進行形で騙してますけども……。
「あなたのこと、気に入りました……けど、私の役割上、あなたにプロデュースしてもらうわけにはいかないですよね」
「んー? あー、んー、まぁそうですね?」
「うん、残念。でも、私もこれ以上もたもたしてられない……」
月村さんは何やら自己完結したようで、椅子から立ち上がった。
「プロデューサー
「あぁ、はい」
胸元に拳を置いて、凛々しい決め顔で宣言する月村さん。
そんな彼女の口元には、パンの食べかすが付いていたのだった。
特別付録
本編犬語訳
チワワ「キャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン!」
チワワ「ハァ、ハァ……キャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン!」
チワワ「ハァ、ハァ、ハァ……キャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン! キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン!」
評価お気に入り感想くれないと殺すからって月村さんが言ってました。