余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
「では、第二回終活会議を始めます。賀陽さん、よろしくお願いします」
「はいはい、よろしく~」
第二回にして既にテキトーな賀陽さんである。
放課後、活動拠点にまっすぐ来てもらってさっそくの開催としたのは、大事な議題があるからだ。
「まず最初に、月村さんについてです」
「ああ、昨日は結局どうだったの? あのバカのことだから、泣いて喚いてうるさかったんじゃない?」
賀陽さんはとても意地悪な笑みを浮かべ、声音を弾ませていた。
泣いて喚いて、というのは……まぁ、あの激情がそういう方向に行くことはあるか。
少なくともビジュアルはかなりクール系だから具体的に想像するのはちょっと難しいが、もしもそういうことになっていたら、それはそれは大変だったろう。
現実は、ひとまずもっとマシだ。
「いえ、都合のいい女2号になりました」
「は?」
「都合のいい女2号になりました」
「二回言われても意味わかんないんだけど」
「おれもよくわかりません。これからどうなるのか」
うん、マシだが、代わりに予測不能すぎる。
おれは昨日の顛末を語った。
月村さんがトントン拍子に妙な誤解をして、それをそのまま泳がせることにした、と。
賀陽さんは、頭を抱えていた。
「あなたね……やっぱり私を騙そうとしてない? いえ、陥れようとしてる……?」
「してないしてない、してないです。いや、あれからいろいろ考えましたけど、月村さんがあの勘違い通りに動いたとしてそんなに不都合はなくって、むしろ短期的には好都合なのではないかと」
要は、月村さんは自分がアイドルとして輝く姿を賀陽さんに見せつけて、引退を撤回させるつもりなのだろう。
もっと言うと、おれが本当はそういうつもりで賀陽さんとプロデュース契約を結び、月村さんがそう動くように仕向けたと思って、それに従うことにした……みたいな。
すると、月村さんの中でのおれは二重スパイのような扱いで、おれの真意(笑)が賀陽さんにバレてはいけないと考えて、昨日まさしく未遂を働いたように賀陽さんの元へ直接やってきて説得してくるというような選択肢はなくなったと思われる。
むしろ表向きには、月村さんがソロ、あるいは別の誰かと熱心にアイドル活動をすることで『SyngUp!』の終わりを裏付けるようにも見える等して、賀陽さんの引退をよりスムーズに受け入れてもらえる空気が醸成されるかもしれない。
都合の良い感じの女から都合の良い女2号へと正式に昇格と相なったわけだ。
「希望的観測がすぎないかしら? あと、それって最終的にあいつに泣きつかれるのは変わらないどころか、今よりもっとひどいことになるわよね?」
「……じゃあ、今から誤解を解いてきましょうか?」
「……絶対にやめて。未来の私たちに任せましょう」
あ、賀陽さんも先延ばしの現実逃避とかするんだ。
少し親近感が湧くね。
「……ちなみに、
「ああそう。……まぁ裏で何してるかわかんないやつだから、せいぜい気をつけなさいね」
「えっと、何を……?」
「夜道とか?」
「おれは殺されるんですか?」
ウソ、殺すぞって宣言してくる人たちがまだ優しい方だったの? というかもう一人の人ってそんな感じなの……?
「……ま、まぁ、それは置いといて。昨日今日と、賀陽さんの方はいかがでしたか? 引退を表明して、周囲の反応は」
「想定外のことはないわね。SNSを見ていた感じ、まぁ
「ええ、ただでさえ話しかけづらい賀陽さんですから、一番熱のあるタイミングを外せばそんなものでしょうね」
「喧嘩売ってるの?」
「いや、それは他でもない賀陽さんのセルフプロデュースの結果じゃないですか……」
「人から言われるとムカつくのよ。特にあなたからだとね」
理不尽な……。
「……あー、あと、最大の問題は十王社長ですね。それこそ、昨日のうちに動きがあってもおかしくないと身構えていましたが」
「根回しは入念にしたのでしょう?」
「と言っても、懇意にしている先生に相談しておいただけです。学園側と100プロダクションのパワーバランスはなかなかに微妙ですからね。ただ一応明言しておくと、学園長から先生方まで、個々人は我々の味方だと思って良いです」
「あなた、贔屓されているの? H.I.Fの出場権のこととか妙に強気だったけど」
「はい、余命のことを盾にしまくってます」
「うわぁ……」
わかりやすくドン引きされているが、賀陽さんのスカウトにすら利用したのだからこのくらいなんてことはない。
「というかそもそも、賀陽さんのスカウトの許可もその一つです。十王社長の息がかかった実質的にアンタッチャブルな存在が賀陽さんでしたが、その暗黙の了解を無視することを許されました」
「ハァ……それが良かったのやら悪かったのやら」
「しかし正直、あのままではもう何か月も放置されていたと思いますよ」
「……でしょうね。あの男、私との約束を守るつもりはなかった……薄々わかっていたけれど」
十王社長は賀陽さんのファンへの気持ちを利用し、引退ライブをおこなわせることを条件に初星学園に引き止めた。しかし、彼が賀陽さんを引き止めたのはアイドルとしての彼女に価値を見出したからで、だとすれば引退ライブなどやらせるはずがない。引退させたくないのだから。
約束を重んじる賀陽さんが、守られないことをわかっていても頷いた……その事実を考えればこそ十王社長のやり口には顔を顰めざるを得ないが、他方で芸能プロダクションの経営者として冷徹だが妥当な判断であるとは言えよう。
……と、十王社長にさまざま思うところがあるのは今は置いておくとして。
重要なのは、仮におれがわがままを言わなければ、おそらく初星学園も賀陽さんへのアンタッチャブルを黙認していただろうという点だ。
「賀陽さん、念のため覚えておいてほしいのですが、学園に所属する個々人はおれたちの味方をしてくれても、組織という大きなスケールでの判断がおれたちに牙を剥くことは大いにあり得ることです。」
「わかってるわよ、そんなこと。いざとなればあなたが通せる無理よりも十王社長の通せる無理のほうがずっと多い。当然ね」
「はい。まぁ、そんな無理の押し付け合いにはならないようにしたいですね。ただ、仮にそうなったとしても矢面に立つのはおれの仕事です。幸い、おれが討ち死にしても賀陽さんさえ守れれば勝ちですから」
「ええ、せいぜい約束を果たしなさい。さもなくば私が殺さないといけなくなるわ」
「……病気以外で死にそうな要因が多すぎて、もはや夏まで命がないかもですねぇ」
ほうぼうから命を狙われすぎだ。
何もせんでも遠からず死ぬっちゅうに……。
☆ ☆ ☆
さて、賀陽さんの引退発表に伴う話はひと段落とする。
話そうと思えばいくらでも話すことはあるが、今日はもう一つ大きな議題を扱う必要があるのだ。
「賀陽さん、ダンスレッスンに始まってボーカル、ビジュアルレッスンと現状確認を済ませたわけですが、いかがでしたか?」
引退発表の準備と並行してボーカルレッスン、ビジュアルレッスンを受け、各トレーナー主導で賀陽さんの現状確認をおこなってもらった。
おれの手元には、おれ自身が気づいたこと、トレーナーさんからのより専門的な見解をまとめたメモがあるが、まずは本人の感覚を聞きたかった。
「そうね、思っていたよりも……酷いものだったわ。もっと取り繕えるつもりでいたんだけど」
「『SyngUp!』時代を100点とした時、自己採点はどのくらいでしょうか。実際にステージで見せていたパフォーマンスを基準に、です」
「……個別に考えれば、平均60点。歌が一番マシで、ダンスが足を引っ張っている。ただし、実際にライブをやるとすれば、合計点はせいぜい半分ってところね」
「ふむ、的確な採点だと思います。おれの見立てとも相違ありません」
トレーナーさんたちは細かい部分に踏み込んで評価しているのでもう少し厳しいが、それでも大きく外れてはいない。
そして、結局のところ重要なのは総合力。
アイドルは、歌って踊って観客を魅了するもので、三つに分けて捉えた技能を、ステージの上では一つに掛け合わせて披露しなければならない。
だから、各レッスンの平均が60点だから60点のステージには到底なりえないのだ。
「このままでは、及第点以下のライブになってしまう。上り坂の中でならともなく、下り坂の中では」
「ええ、あまりにも無様に映るでしょうね。実感したわ」
賀陽さんは、他意なくそう言っているようだった。
であればこそ、素直に上を向かせることもできるだろう。
「その評価を前提に、ひとまずの目標は先に言った100点、つまり『SyngUp!』の頃のパフォーマンスとしましょう」
「へぇ、輝けるだけ輝いて、じゃないの?」
「おや、やる気が出てきましたか?」
「違うわよ。あなたがバカな目標をすっぱり諦めてくれたのかと思っただけ」
「残念ながら諦めてはいません。むしろ、賀陽さんのあの頃のパフォーマンスは、ダンストレーナーさんからも指摘のあった通り十分すぎるほどの余裕に裏打ちされたものですよね? 歌や、表現力なども同様に。したがって、100点を取り戻した状態というのは120点、いや150点のパフォーマンスもできるような状態ということに他ならないでしょう」
……賀陽さんがアホを見る目をしている。そんな単純な話じゃないんですけど? と目で訴えかけてきている。
いや、確かに単純化しすぎてはいるが、とにかく〝輝けるだけ輝いて〟の最低ラインとしてはまったく矛盾ないのだと言いたかっただけだ。
「輝けるだけ、というのはもちろん賀陽さん自身の気持ちも含めての話です。おれは、何においても無理強いをするつもりはありません。ただ、万が一、億が一気が変わった時のために、選択肢を増やしておくべきだとは思います」
「選択肢……ね」
「えぇ、選択肢です。それこそ、
……また、ともすれば賀陽さんをアイドルに戻そうとしているような提案になってしまって、彼女からの疑念をひしひしと感じる。
が、賀陽さんは小さくため息を吐くと、「まぁいいわ」と呟いた。
「じゃあ、当面の目標はその
「達成は、だいたい一ヶ月後くらいを目標にしましょう。それほど根を詰めない程度で。トレーナーさんたちと話をしている範囲では、トレーナー付きレッスンは週二回平日に、他は自主練で調整する形がよいのではないかと」
「だいぶヌルいわね。まぁ合同レッスンは嫌だし、そんなものかしら」
「はい、そうおっしゃると思っての案です。誰も彼も毎日個人レッスンを受けられるほどにはトレーナーもいませんからね。というか、これでも多いと言われるかと思っていました」
「私、レッスン好きだもの。今の自分の体たらくを直視するのはうんざりするけれど……久々で、楽しかったし」
ふいっと顔を背けながら賀陽さんがそんなことを言うので、おれは思いの外嬉しい気持ちになってしまった。
「それは、何よりです。ただ申し訳ないですが、自主練習についてはしばらくおれも必ず立ち会わせてください。ブランク明けで怪我が怖いですからね」
「ま、しょうがないわね。いいわよ」
「はい、ではちょっとお待ちください。トレーナーさんたちからもらっていた空き予定と、おれの予定とで簡単にスケジュールを組んでしまいます」
おれは、机の傍らに寄せてあったノートPCを目の前に引っ張ってきた。
あらかじめ表計算ソフトでいろいろ作っておいたので、決まったことを追加で打ち込めばすぐにカレンダーが出てくる。
「……よし、こんな感じですね。微調整は後でしますが」
「ん」
PCをぐるりと回して賀陽さんに画面を見せた。
彼女はしばらく眺めたあと、若干眉間にシワを寄せる。
「……あなた、随分と忙しいのね?」
「あー、まぁ通院とかで、ですね。ある程度は融通効かせられますので」
「…………」
おれの顔をじっと見つめて、一瞬口を開き、やっぱり閉じる。
「……気になるならお話ししますよ? おれの病気のこと」
「今、やめたところだったでしょ。結構よ、踏み込む気はない……ただ、さすがにそれは自分を優先して」
「はい、お気遣い痛み入ります……さて、おれの方からの議題は以上ですが、賀陽さんからは何かありますか?」
いいえ、と淡白な返事が返ってきて、ちょっぴり微妙な空気の第二回終活会議は幕を閉じたのだった。