余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
今日も今日とて拠点で仕事である。
賀陽さんは本日トレーナー付きのビジュアルレッスンの予定で、おれもちょっとした書類づくりを終えたら合流予定だ。
早く済まさねば、とキーボードを叩いていた――そんな時だった。
「――失礼します。こんにちは、プロデューサーさん」
「……えぇ……?」
突如、月村手毬が現れた。
現れないでほしかった。
「月村さん、なんの御用で……?」
「今日は、プロデューサーさんに良い報告をしに来ました――入ってきていいよ、
と、振り返ってドアの方に声をかけたかと思えば、カツカツとヒールの音を鳴らしながらスーツ姿の女性――いや、女の子? なんか、中学生と言われても納得してしまいそうなくらい小柄な、しかしスーツとメガネときっちりまとめられた黒髪のポニーテールが大人っぽいような、チグハグな印象の人が登場した。
……プロデューサー?
「初めまして、賀陽さんのプロデューサー殿。自分、こういうものです」
「あ、ご丁寧にどうも」
おれもすぐさま内ポケットから名刺入れを取り出し、交換する。
渡されたのは、見慣れたプロデューサー科の汎用名刺だ。
「
「はい、今年プロデューサー科に入学した新人です。しかし、この度僭越ながら月村さんとプロデュース契約を結ばせていただきました」
「お、おお、それはそれは……」
クイっとメガネを持ち上げる彼女……学、プロデューサー? 学Pさん、かな。
……あ、いや待てよ、そう言えばあさり先生が言ってたな。
「学さん、あなたもしかして、今年唯一の高卒合格の?」
「ああ、お耳に入っておられましたか。その通りでございます。わたくしも、プロデューサー殿が前年度唯一の高卒合格者であると聞き及んでおりまして、勝手に親近感を抱いておりました」
はぁ、なるほど……初星学園のプロデューサー科への合格は浪人が当たり前というか、一度芸能事務所でプロデューサー業の実務経験を積みながら合格を目指すのが普通というくらいのところだ。ゆえに、高卒でストレートインはかなりすごいし珍しいのである。
ともあれ、遠からずあさり先生に紹介されるだろうとは思っていたが、まさかこんな形で初顔合わせになるとは……それに、よりにもよって月村さんをプロデュースする、と。
おれはついつい月村さんに視線を送ってしまったが、彼女はそこに含まれていた胡乱な感情には気が付かなかったらしく、ただドヤ顔をしてフフンと胸を張った。
「プロデューサーさん、燐羽のことについては私から少し話してありますから! 最悪、一人でだってやってやるつもりだったけど……この人にちょうどスカウトしてもらったので、利用させてもらうことにしたんです」
「おーい月村さん、言い方言い方」
「先輩殿、構いません。片や月村さんは中等部のNo.1アイドル、片やわたくしには何の実績もありません。高卒合格者という肩書はポテンシャルこそあれど、実務経験のことを考えれば現時点では他の同期のほうが優れたプロデューサーでありましょうし、スカウトを受けてもらっただけ僥倖です」
「そうは言っても、あまり卑下するものじゃないですよ……」
アイドル側が初心者でもプロデュースは成り立つが、プロデューサー側が素人となるとそうはいかない。
もちろん独学であってもプロデュースのイロハくらいはわかっていなければそもそもプロデューサー科に入学できていないと思うが、それにしたってこの時期にさっそくスカウトというのは結構チャレンジングである。
しかし、スカウトに成功してプロデュース契約を結んだ以上、アイドルに対してあまり下手に出るものではない。アイドルとプロデューサー、どちらかに主導権が傾きすぎるのは不健全な状態だから、ただでさえ我の強そうな月村さん相手にそのスタンスは心配だ。
……と、つい思うところが溢れそうになってしまったが、こんな一場面でごちゃごちゃ言うのは出過ぎたマネだろう。
それより月村さん、賀陽さんの件を話したとか言ったな?
一体何の話をしたのかわからないが……それは間違いなく先日の誤解に基づくものだろう。
……訂正したい。
したいが、そのためには学Pさんと二人きりになりたい。
どうしたものか。
「……あ、あー、月村さん? 実は、この後すぐに賀陽さんが来る予定なのですが……」
「え、そうなの!? は、鉢合わせになったら、気まず……ご、ごめんなさい! 私、帰ります! プロデューサーも……」
「……わたくしは、不都合がなければここに残って先輩殿からお話を伺おうかと思うのですが?」
「ああ、ええ、大丈夫です。月村さん、賀陽さんはうまく誤魔化しておくので……」
「わ、わかりました。プロデューサー、後は任せましたから!」
と、月村さんは慌てた様子で部屋を出ていく。
ドアを開けて廊下に出たところで一瞬立ち止まり、なぜかぺこりと頭を下げていたが、結局そのまま走り去っていったのだった。
「……先輩殿、一応確認いたしますが、賀陽さんが来られるというのは嘘ですね?」
「察してもらえて何よりです……」
ふぅー、と息を大きく吐き、おれは胸を撫で下ろす。
学Pさんはそれをクスクスと笑って、さらに言ってきた。
「それと、賀陽さんの件……月村さんが仰るには、先輩殿が実は賀陽さんをアイドルとしての引退を引き止めようとしていて、月村さんに協力を求めているとのことですが……それも嘘ですね?」
「……本当に、察しが良くて助かります。嘘というか、誤解を解かずに放流したというか……」
「えぇ、お聞きしていた先輩殿の事情を踏まえると、妙だなと」
「あー、それは、あさり先生とかから?」
「はい。あとは……あぁ、もう呼んでしまいましょうか。
「え?」
学Pさんが呼ぶと、廊下からひょこっと女子生徒が姿を現す――知った顔、だった。
「姫崎さん……」
「お久しぶりです、プロデューサーさん」
姫崎莉波さん。
彼女は、アイドル科の二年生……じゃなく、進級して、今は三年生か。
昨年、おれとかかわりがあったアイドルの一人だ。
☆ ☆ ☆
「莉波さんは、実は私のお姉ちゃんでして」
「はい?」
はい?
「……えっと……うん? 学Pさんって、高卒……え、飛び級……?」
「いえ? 普通に小中高と通ってきて今18ですが」
「……あ、姫崎さんが実は留年してたんですか?」
「してませんよ!? そうじゃなくって、年下の姉なんです!」
姫崎さんが狂った……おれの知り合いの中でも随一の常識人だったのに……。
立ち話もなんなのでと椅子を勧め、ついでにインスタントコーヒーをお出ししてから話し始めてすぐのこと。
学Pさんがなんと月村さんに加えて姫崎さんともプロデュース契約を結んだというので、いったいどうしてと尋ねて返ってきたのが最初の回答だった。
「ああ、そんなに遠い目をなさらないで。何も難しいことはありません、ただ全ての人類は莉波さんの弟妹であるというだけの話です」
「そ、
と、姫崎さんが語るには、どうも彼女と学Pさんは小さい頃に出会ったことがあったのだとか。
そのときにお互いの年を勘違いしており、姫崎さんがお姉さんとして振る舞っていたらしい。
で、二人は初星学園で運命的な再会を果たしてプロデュース契約を結び、今後の活動方針として姫崎さんを〝お姉さんアイドル〟として売り出していくことを決めたのだそうだ。
「したがって、わたくしは〝お姉さんアイドル〟姫崎莉波の筆頭妹として振る舞うことはプロデュースの一貫なのです」
「筆頭妹……いや、姫崎さんって実妹いませんでしたっけ?」
「はい、いますよ。でも、園歌ちゃんも、しっかり者だけど本当に妹みたいっていうか……」
姫崎さんはちょっと困ったような笑みを浮かべながら学Pさんを見て、学Pさんも満更でもなさそうに笑う……いやまぁ……姫崎さんと学Pさんが並んでいると身長やプロポーション的に姫崎さんが姉の姉妹には全然見えるんだけども……ねぇ?
……しかし、そのあたりの妙なところを抜きにすれば、姫崎さんに信頼できるプロデューサーが付いたということは素直に喜ばしいことだ。
「姫崎さん、よかったですね」
「……はい」
おれが言うと、姫崎さんは胸の前で手を組んで、微笑みながら頷いた。
「……ちょっと、私のお姉ちゃんなんですが?」
「取りませんよ。姫崎さんがいろいろと苦労していたのは見ていたんです。感傷に浸るくらいさせてください」
無論、まだプロデュースが始まったとすら言えないタイミングだし、既に三年生となった姫崎さんに厳しい時間の制約があるのは間違いない。
だが、決して遅くはない。
今の姫崎さんの雰囲気からは、何か良い予感を感じさせられる。
「むぅ……莉波さんから聞いたときは少し面識がある程度だと思っていましたが、想像以上に仲がよろしかったようですね?」
「姫崎さん、なんて説明したんですか?」
「ええと、生徒会の活動でお世話になったってちゃんと説明したつもりだったんですけど……」
「わたくしには、主に
「……あー」
……なるほどな。
姫崎さんの顔をちらりと見ると、物凄く気まずそうと言うか、申し訳なさそうな顔をしていた。
「……まぁ、間違ってはいませんが、姫崎さんともよく話していましたよ」
「そ、そうそう! よく相談に乗ってもらってて……」
「……何やら一筋縄ではいかない事情がありそうなので、この話はやめにしておきましょうか?」
後輩にめちゃくちゃ気を遣わせてしまった。
いや、しかしこの件は……いろいろと複雑なのだ。やめにしておいてもらった方がいい。
「では、賀陽さんと月村さんについての話をさせてください……先ほどご指摘いただいた通り、月村さんの認識は誤っていて、おれは賀陽さんを引退させるためにプロデュース契約を結んでいます」
去年から面識のあった姫崎さんは当然おれの余命のことを知っていて、そしてあさり先生から事情を聞いたという学Pさんも同様だろうから、こんな契約を結んでいる理由自体の説明は省略する。
「で、あの引退発表はファンの方々のためだったのですが、月村さんがそれに大層お怒りになられまして……」
「それで、何をどうやったらあんな勘違いを?」
「賀陽さんは引退ライブをするまではアイドルである、と……そんなようなことを言いましたね」
「だからアイドルでいるうちに引き止めて、みたいな感じに言ったんですか?」
「いいえ姫崎さん。ただ『解釈はご自由に』とだけ言いました。意味深な感じで」
「だ、騙す気満々のやつだぁ……」
騙すなんて心外だ。
いや普通に騙したか。
「申し訳ありません、学Pさん。あのままでは到底納得してもらえず、賀陽さんに突撃するのを止められそうもなかったもので……」
「いえ、あの時点ではわたくしもまだスカウトする前でしたので。むしろそれで月村さんの中で目標が定まったからか、かなりスムーズにスカウトを承諾してもらえました」
うーん、そりゃ短期的にはいいかもしれないが……。
「……反動が怖いですね。賀陽さんが本当に引退してしまった後、月村さんがどうなるか」
「わたくしは、彼女は簡単に折れる人ではないと思っています。きっと大丈夫ですよ。それよりも、『SyngUp!』の解散による失意もあって空回りしていた彼女の熱が、良い方向に向いていることのメリットの方が大きいです。それに――」
学Pさんは、眼鏡をクイっと上げながら、不敵な笑みを浮かべた。
「別に、本当に賀陽さんの引退を撤回させてしまっても良いのでしょう? 月村さんなら、それができてしまうかもしれませんよ」
……生意気だな、この後輩は。
おれも、思わず失笑する。
「……ハッ、面白い。まぁ、月村さんを勘違いさせているのは、元々こちらの都合ですから。邪魔をするな、とは言えませんね」
「では、先輩殿の胸を借りるつもりで、自由にプロデュースさせていただきます」
学Pさんが立ち上がって右手を差し出してきたので、おれは握手を返す。
「……それと、姫崎さんのこともくれぐれもよろしくお願いしますね?」
「わたくしのお姉ちゃんなんですから、当然です」
「あ、あはは、プロデューサーさん、私も頑張るから大丈夫ですよ! 自分のことも、月村さんのことも!」
新人プロデューサーがいきなり二人のアイドルを担当するのは本当に大変だろうが、そのうち一人が姫崎さんならきっと大丈夫だろう。
彼女は間違いなく、しっかり者の〝お姉さん〟だ。
……その後、少し姫崎さんのプロデュース方針について聞いてみるなどしばしの雑談を交わしたが、賀陽さんのレッスンに顔を出すために解散することと相成った。
「では先輩殿、今度ともよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
「……あの、プロデューサーさん」
別れ際、姫崎さんがおずおずと呼んできたので「どうかしましたか」と尋ねる。
すると、なおも言いづらそうにしながらも、意を決した様子で彼女は口を開いた。
「今日のこと、
「……構いませんが、今日のことと言いますと?」
「プロデューサーさんが、楽しそうだったよって」
おれは、一瞬呆気に取られて、それから少し笑ってしまった。
「……ええ、まぁ、充実していますよ。生徒会によく顔を出していた頃と同じか、それ以上に。ですので星南さんには、よろしく伝えておいてください」
「はい!」
……さて、賀陽さんのレッスンを見に行かないとな。
ルーキーランキング1位やったぜ。