曇り空の下、装甲車で舗装されていない砂利道を進んでいた。彼は後部座席で揺られながら、窓の外に広がる真っ平らな世界を眺めていた。
前方の地平線にいくつもの凹凸が見えてきた。目を凝らすとそれはテントだった。
彼は今、難民キャンプの学生ボランティアに参加していた。大学のキャンパス内にあったポスターを見て、すぐさま応募したのだ。
「あれが例のキャンプ場ですか」
「ああ、既にうちの人間も何人か向かっている」
同乗していた先輩が答えた。
現地にたどり着くと予想以上の数のテントが建てられていた。
住人達のほとんどは目が虚だった。おそらく戦争で受けた心の傷に苛まれているのだ。
彼はこの難民キャンプ場で半年間、滞在する予定だ。
先輩の言う通りに現地には既に何人もスタッフがいて丁度、住民達に炊き出しを提供していた。
「今回、お前に面倒を見てほしいのはこの子だ」
キャンプの中、一人、本を読む少年がいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
声をかけると少年が緊張した様子で答えた。
「何を読んでいるの?」
彼が尋ねると少年はゆっくりとこちらに見せてくれた。所々破れた教科書だった。
「勉強しているの?」
少年が頷いた。
「お父さんとお母さんが大事だって言ってた。もう死んじゃったけど」
それを聞いて、彼は胸の奥に針が刺さったような感覚を抱いた。
ここらの国々は紛争が絶えない。彼や家族も巻き込まれてしまったのだろう。
大人の事情によって子供が危険に晒される。彼はその理不尽に思わず、拳に力を込めた。
「そうだ。良かったら私が勉強を教えてあげようか?」
「いいの?」
その目から怯えと期待がない混ぜになっているのが伝わってきた。
「うん」
「じゃあ……よろしく。先生」
その日から彼は先生になった。彼は近くの廃墟に机と椅子を置いて、簡易的な教室を作った。
彼は色々なことを教えた。文字の読み方と書き方。単語の意味。軽い計算の仕方。ある程度、世の中で渡っていけるくらいの事を教えた。
「ユドルの夢はなんだい?」
「僕はまだよくわからない。先生は?」
「私は学校の先生かな?ユドルのように悩んでいる子供達を助けてあげたいんだ」
「良いですね。それ」
「だからまずは君の夢を見つけないとね」
「僕の?」
「うん。君は私の初めての生徒だから、まずは君の夢探しを始めないとね」
そう言うとユドルの顔に笑顔が咲いた。時間が経つにつれて、次第に教室にはたくさんの子ども達が来るようになった。
皆、黒板に目を向けて、彼が問題の答えを聞くたびに生徒達が我先に手を上げる。子供達の活気に溢れる声を聞いてからか、キャンプ場の空気も次第に明るくなった。
だがその幸せは突如として壊された。
ある日の夜。仕事を終えていつも通り、近くのキャンプで眠っていた。テントの外が騒がしくなり、目が覚めた。
外からはスピーカーのボリュームをあげるように徐々に悲鳴が聞こえてきた。そして、何かが爆発する音で飛び起きた。
得体の知れない不安から汗をかきつつも、テントの外に出た。
キャンプの住民達が走っていた。何かから逃げているようにも見える。周囲の建物やテントは燃やされて、あちこちから火の手が上がっていた。
車の走行音が聞こえ、よく見ると見た事ない装甲車が何台もキャンプ場を荒らしていた。
装甲車の上から男が銃を構えていた。男が引き金に指をかけた瞬間、何発もの銃声が燃え盛るキャンプ場に響いた。
逃げ惑う住民達も撃ち抜いて、キャンプや作りかけの建物まで破壊していく。
無法を体現したような彼らの蛮行に血肉を燃えそうな怒りを覚えた。しかし、それよりも優先すべきは生徒達の安否だ。
「みんな! どこだ! ユドル!」
愛する生徒の名を叫んだ。しかし、返ってくるのは焼けたあばら家が崩れる音。
藁にもすがる想いで教室に向かった。しかし、願いも虚しく教室も無惨に破壊され、生徒の姿もなかった。
「ユドル!ユドル!」
彼は無限に沸きあげる絶望を吐き出すように叫び続けた。
翌日、周辺を捜索したがユドルや他の子供達の姿は見当たらなかった。そして、彼と生き残った同僚達は帰国を余儀なくされた。
帰国後、難民支援団体のトップが逮捕された。難民支援団体のトップは反政府組織と結託していたのだ。
難民を提供する代わりに反政府組織から金を受け取るというシステムだ。逆らう人間は殺して、子供は兵士として扱われる。反政府組織の目的は子供だったのだ。
彼に教育を任せていたのは兵士としての素質を上げるためだった。基礎学力があれば、兵士として教育しやすくなるからだ。
彼はまんまと利用されたのだ。知らなかったとは言え、兵士を育成する教育に加担していたのだ。
トップだけでなく、他の関係者も捕まった。彼自身も後に警察から事情聴取を受けたが学生アルバイトという立場と反政府組織とのやり取りをしている記録がなかったため、すぐに解放された。
彼はその後、再びその国に降り立って、必死に彼を探した。国中を探したが彼はいなかった。心臓を握りつぶされたような絶望感を抱きながら、帰国した。
それから数年後、キヴォトスとそこにいる生徒達の存在を知った。そして、今度こそ、守ろうと誓った。大切な生徒達を。
「これが私がかつて経験した出来事だ……何か、質問がある子はいるかな?」
先生の問いかけに誰も答えなかった。収拾がつかなくなっているのだろう。生徒達の表情は様々なものだった。どこか納得したような表情。苦虫の噛み潰したような表情。それぞれだったが皆、先生の境遇に胸を痛める様子だった。
「彼がどうやって私がキヴォトスにいると知ったのかは分からない。だけど動機は分かる。私への復讐だ。情けない話だが私だけでは彼を止められない。みんな力を貸してほしい」
彼は頭を下げた。この事態を招いた責任の重さを理解しているからだ。
「先生。頭を上げて」
頭上から耳を癒すような優しい声が降り注いだ。顔を上げるとそこには銀髪の少女が立っていた。砂狼シロコだった。
「先生は今まで私達を助けてくれた。だから大丈夫」
普段あまり表情を変えない彼女が優しく笑いかけてくれた。それだけでも心がどこか救われた。彼女に救われるのはこれで二度目だ。
他の生徒達も皆、穏やかでどこか芯を感じる目を作っていた。彼は確信した。この子達となら今回も乗り越えられる。
先生は両頬を叩いて、気を入れ直した。
「みんな。作戦会議を始めよう!」