半壊したトリニティの校舎の中、聖園ミカは壁が崩壊した教室から眼前の侵略者を見下ろしていた。
陶器のように白い球体。数分前、轟音とともにトリニティの敷地内に飛来してきたのだ。
その白さからは似つかわしくないほどの不穏な空気が漂っていた。そして、ゆっくりと巨大な球体から変形した。
変形した姿はまるで鋼鉄の猛禽類を彷彿とさせるものだった。
変形したことにより大きさはミカと真っ直ぐ目が合うほど、大きくなっていた。
突如、彼女のインカムに連絡が入った。彼女の友人。桐藤ナギサからだった。
「ミカさん。大丈夫ですか!? 後方支援をつけなくても」
「大丈夫だよ。ナギちゃん。だからナギちゃん達は他のワンちゃん達相手をして」
ミカは普段と同じように花のような笑顔で返した。彼女の友人達であるティーパーティーの二人や正義実現委員会の面々や他の生徒達は自治区内にオルトロス達の討伐と先日の事件で負傷した生徒達の防衛を行なっている状態だ。
「ナギサ。信じよう」
百合園セイアが不安を抱くナギサに寄り添った。
「ありがとう。セイアちゃん」
「トリニティにいるのはカウカソスの鷹。無名の司祭が失敗作として認定した兵器の一つで間違いない。だが弱点はある」
「うん。資料には目を通したから」
「君にしては珍しいね」
「セイアちゃん。私をなんだと思ってるの?」
「ふふ。まあいい。気をつけるんだぞ」
「うん。ありがとう」
ミカはセイアに感謝を告げると、インカムを切った。目の前の怪物が巨大な両翼を大きく開いたからだ。
ミカは察した。何か来る。ミカは察した。これは一筋縄ではいかない。
次の瞬間、両翼を振り下ろしたと同時に大量の羽根が豪雨のように降り注いだ。
上空から降り注いだ鋼鉄の雨がトリニティの白亜の校舎を瓦礫の山に変えていく。
まるで空からガトリング砲を浴びているような感覚だ。
ミカはすぐさま校舎に逃げ込んでカウカソスの鷹の視界から外れた。
その間も羽根の豪雨は止まらない。ミカが走った後の後ろの窓ガラスが次々と羽根で割られていく。
ガラスが割れて飛び散る音に警戒心を高めながら、校舎の中からカウカソスの鷹に銃弾を撃ち込んだ。いくつか着弾したが動きが止まる気配はない。
「うーん。やっぱり弱点以外は厳しそうか」
ミカは銃を装填して次の攻撃に備えた。
次の瞬間、凄まじい轟音とともに校舎の外壁が壊れた。瓦礫の山の中にカウカソスの鷹があった。校舎に首を突っ込んだのだ。
「躾がなってないな」
しかし、これはミカに思いがけない僥倖だった。弱点の一つを自らさらけ出したのだ。ミカは間髪入れずに鉛玉を両目に撃ち込んだ。二発の弾丸は見事にカウカソスの両目に当たって、視覚を刈り取った。
「アアア!」
「鳥頭とはよく言ったものだよね!」
ミカは飛び去ろうとした怪物の元まで走り出して、額に拳を打ち込んだ。
カウカソスの鷹が頭を揺らしながら、後方に引き下がった。
「流石に硬いな〜」
ミカは右手を振りながら、少し赤くなった拳を一瞥した。敵の硬度に驚きつつもすぐに銃撃を仕掛けた。
カウカソスの鷹がその巨体からは想像もつかないような速度で銃弾を躱している。そこからお返しと言わんばかりに無数の羽根を飛ばしてきた。
校舎の外から再度、降り注ぐ凶器の雨。ミカは外壁で身を隠しながら、反撃の隙を窺っていた。
「うっ!」
しかし、その内の数発が彼女の腹部と両肩に突き刺さった。追撃を受けないよう校舎の奥に退避した。
「痛ったいな〜もう」
ミカは怪鳥を睨みつけながら、体に刺さった羽根を引き抜いた。彼女の真っ白な服が傷口から赤く染まる。
スカートの一部を千切って止血すると、再びカウカソスの鷹の元に向かった。
校内の階段を駆け上がり、屋上にたどり着いた。カウカソスの鷹がミカがいない校舎の中を睨んでいた。
ミカは勢いよく、床を蹴って屋上から飛び降りた。そして、カウカソスの鷹の首元に着地した。
「アアアアア!」
突然の標的の襲来にカウカソスの鷹がパニックを起こした。ミカは暴れる怪物に振り落とされないように全身の筋力を利用して、しがみついた。
カウカソスの鷹の弱点は首の一部分だ。そこを打ち抜けば絶命する。銃を構えた瞬間、カウカソスの鷹が巨大な両翼を広げ始めた。
そして、そのまま飛び立ち始めたのだ。凄まじい風圧とそれによる寒さで思わず、振り落とされそうになる。
上昇するごとに速度は加速していき、ミカも腕に一層、力を入れた。そして、雲の上まで到達した。
「嘘でしょ」
ミカは困惑した表情で地上を見下ろした。突然、カウカソスの鷹が両翼を畳んだ。
そのまま、ゆっくりと地上に向かって滑空を始めた。ミカは理解した。こいつはそのまま学園に突っ込むつもりだ。
羽根だけではミカを倒しきれないと判断したのだ。
あんなものをまともに食らったミカだけではなく学園そのものが崩壊しかねない。
徐々に母校の姿が近づいて来た。その周辺では多くの場所が燃えているのが見えた。あの戦火の中で仲間達が戦っている。
疲弊したミカの脳裏に仲間達の顔。そして、先生の顔が浮かんだ。
「先生……」
『わたしのお姫様に何するの!』
かつて死闘で敗色濃厚の際に助けに来てくれた彼が言った言葉。その日からは恩人であり、特別な感情を抱いた存在になった。
そんな彼が今にも崩れそうな顔で自分達に助けを求めたのだ。先生にもう二度とあんな悲しい顔をさせない。
その想いがミカの擦り切れかけていた心を立て直した。不安定な状態の中、ミカは銃を取り出した。
歯を使ってコッキングレバーを引いた。トリニティの令嬢らしからぬ行動だがそんなことは言ってられない。
「止まって!」
ミカは叫びとともにカウカソスの鷹の首を撃ち抜いた。彼女の撃った鉛玉は見事に急所を貫いて、カウカソスの鷹の動きが止まった。
「うわっ!」
しかし、危機はまだ去っていなかった。絶命した事で制御能力を失った怪物が不規則な落下を始めたのだ。
彼女はなんとか振り落とされないように鷹の死体にしがみついた。
そして、そのまま地面に墜落した。
地震に似た衝撃と轟音が彼女の五感に伝わった。鷹の死体は校舎から軌道を外れて、グラウンドに落下していた。
「助かった〜」
ミカは安堵感から重いため息をこぼした。胸元の携帯が鳴った。ナギサからだった。
「ミカさん! 大丈夫ですか!? 校舎の方から凄い物音が聞こえたのですが。インカムに接続しても応答がなかったので、不安で不安で」
ナギサの言葉で気付いて、耳に触れるとインカムがなくなっていた。おそらくさっきの戦いの風圧で飛んでしまったのだ。
「大丈夫大丈夫! インカムは無くしちゃったけど、鳥さんは倒したよ」
「ではさっきの大きな音も!?」
「鳥さんと一緒に落ちて来た! ああでも大丈夫だよ! 鳥さんの体がクッションの代わりになっていたから! ナギちゃん達の方は?」
「こちらは皆さんのおかげでもうすぐ片がつきそうです」
「そっか。よかった。じゃあ行くね!」
「行くってどこへ」
「先生のところ!」
動揺するナギサを遮り、ミカは通話を切った。そして傷だらけの膝でゆっくりと立ち上がった。
「待っててね。先生」
姫は新たな戦場に向かった。最愛の王子様を助ける為に。