処刑人を思わせる少女二人に銃を突きつけられている中、脳内にかつての情景が浮かんだ。
仄暗い部屋の中、カビ臭いコンテナの中に座らされていた。辺りにはユドルと同じ歳くらいの少年少女達がいた。
周囲にはユドル達を囲むように巨漢の男達が銃を構えて、立っていた。
その真ん中には一際大柄な男が立っていた。おそらく彼がこの組織のリーダーだ。ユドルはそう察した。
「これは何の真似だ! 僕達を解放しろ!」
ユドルはリーダー格の男に睨みを効かせた。リーダー格の男が葉巻を燻らせた後、ゆっくりと口角を上げた。
「解放? 君達は売られたんだよ。君達を保護していた団体にな?」
「何を言っている! あの人達が! 先生がそんなことするはずない!」
ユドルは立ち上がり、リーダー格の男に突っかかろうとした。
しかし、そばにいた男達に取り押さえられた。必死にもがく中、彼の脳裏に先生と過ごした日々が蘇る。
あんな優しい人が自分達を救ってくれた人がそんな事するはずない。彼の中には柱のように強い考えがあった。
「我々は結託していたのだよ。金と君達の交換を条件にな」
リーダー格の男が舌舐めずりしながら、何とも嫌味のある笑みを作った。
「まあ信じるも信じないも自由。だが」
リーダー格の男が天井に銃を発砲した。死を連想させる音に周囲の子供達が頭を押さえた。
「言動の自由はない」
リーダー格の男が氷のような冷たい目を向けてきた。そこから先は地獄だった。毎日が訓練の日々。逆らえば容赦無く懲罰が課された。
訓練の過程で何人も命を落とした。
それでも信じ続けた。いつか先生に会えると。しかし、そんな淡い希望は無残に引き裂かれた。
ある日、訓練を終えてタコ部屋に戻ろうとした時、大人達の部屋から話し声が聞こえた。何やら慌てているようにも聞こえた。
「あの支援団体のリーダーが捕まった!関係者も次々と捕まっているぞ!」
「くそ! 奴らが吐けば、我々には後が無いぞ!」
大人達が慌てふためいている。しかし、それよりも彼にとって重要な事実があった。
支援団体のリーダーが捕まったという事実だ。トップだけではなく関係者も大勢捕まっているとの事だった。
つまりあのリーダーの男が言っていた事は事実ということになる。
先生がやった。先生が自分をここに送り込んだ。その事実が彼の五感から体の中に染み込んできた。
これまで自分に向けていた笑顔もその全てが自分を信じ込ませる嘘だったのだ。声をかけられたあの日。初めて勉強を見てくれた日。褒めてくれた日。
先生との思い出の日々が徐々に黒く塗りつぶされていく。
大人は信用ならない。いや、人間が信用ならない。彼の中で歪な精神が生まれた。
そこから彼は訓練に打ち込んだ。共に拉致された同い年の子供は戦場で散っていく中、必死に生きた。
次第に絶望は日常と化した。血煙の匂いも発砲音も断末魔も全て、空気のように当たり前のものになった。
反政府組織の懸念通り、三ヶ月後、奴らは政府軍によって潰された。
生き残った子供達は政府によって保護されたが、彼は救いの手を振り払って傭兵になった。
恩師を憎み、世界を憎み、人を信じた自分自身を憎みながら、戦場で生きた。
ある日、戦場から帰還して、住処にしている廃墟に向かっていた。ユドルは廃墟の方からただならない気配を感じた。
恐る恐る近づいていると中に誰かが待ち受けているように立っていた。
その正体を目にして、彼は思わず銃を引き抜いた。血の様に赤い肌と六つの目をした異形の女がいたのだ。
「誰だ?」
「初めまして、ユドルさん。私はベアトリーチェと申します」
白いドレスの両端を持って、たおやかに頭を下げた。明らかに場違いな装いが彼女の異様さを際立たせていた。
「何故、僕を知っている」
「私の同僚に貴方の知人に興味を持っている方がいまして、その関係で」
「知人?」
「〇〇先生をご存知で?」
その言葉を聞いて、体の芯から熱が沸いた。忘れるはずもない。自分を裏切り、奈落の底に落とした男だ。その様子を見て、察したのか赤い女は白い歯を爛々と見せた。
「これを」
ベアトリーチェは一枚の写真を彼の前に差し出した。そこに写っていたのは自分を陥れた男だった。若い少女達と仲睦まじく微笑み合っているその姿に彼は拳が破裂しそうなほど、力を込めた。
「どういう事だ」
「彼はこの世界とは別の場所。キヴォトスにて先生をしています。生徒達からの支持も極めて高いです」
「まだそんなことを」
「来たる日。私は偉業を成し遂げます。それをあなたにも協力していただきたいのです。先生への復讐も叶いますよ?」
彼女が彼の耳元で誘惑するように呟いた。
「……いいだろう」
彼の答えを聞いてベアトリーチェが口元に三日月を作った。
「それと貴方の復讐の手助けとして私からもプレゼントがあります」
「プレゼント?」
「付いて来てください」
疑念を持ちながらも彼女の後を付いていく。そこには黒色の巨大な扉があった。彼女が鍵を差し込むと青色の光をほとばしらせて、開いた。
その先を見て思わず目を見開いた。無数の鉄の塊があったのだ。犬型のロボットのようなものから、見上げるほど巨大な鳥の形をした機械が眠るように放置されていた。
「これは?」
「かつてこの世界にいた存在が残したオーパーツです。これをあなたに差し上げます。是非復讐の際に使ってください」
「これが必要なのか?」
「〇〇先生は非常に生徒達から信頼されています。彼の味方には強力な力を持った生徒もいます」
ベアトリーチェの意見も一理ある。より復讐を完遂しやすくするのならそういう手を使うのが一番良い。
「準備が整いましたら私が連絡を入れます。あなたはそれまでこれらの使い方など理解しておいてください」
「了解した」
こうして彼は彼女の計画に賛同した。彼女の計画に同意したが彼女自身を信頼しているわけではない。
淑女のような口調だがどこか支配的な雰囲気は消えなかった。何よりこの女からは反政府組織の人間と同じむせ返るような腐臭がしたのだ。
不思議とこの機械達に対しては妙なシンパシーを感じた。自分達を生み出した存在に見捨てられて、誰にも見つからないような場所に放置されていたのだ。
これは復讐だ。忘れられたものたちの復讐だ。そこから彼はベアトリーチェから受け取った資料を元に機械の使い方や壊れた部分の修理や改良を行なった。
しかし、計画途中でベアトリーチェが先生と自分の飼い犬達に手を噛まれて、消えたことを知った。
そして、彼一人で決行する事にしたのだ。この復讐を。
敬愛していた恩師の裏切りと残酷な事実。それらの現実が猛毒のように彼の心を蝕んでいく。自分を裏切り、地獄に突き落としておいて別の地でのうのうと子供を導いている。
血管を通して、長い年月で濃縮された憎悪が全身を駆け巡るのを感じる。脳が、神経が、彼への憎しみに侵されていく。
走馬灯を経て、意識が今に引き戻された。頭上に重苦しい気配を感じた。それは先ほどまで彼に銃口も向けていた小鳥遊ホシノでも空崎ヒナでもない。
黒い何かだった。この世界の文献を読んだ時に知ったのだ。全ての神秘を反転させるモノ。色彩だ。ユドルは不敵な笑みを浮かべた。自分の計画が上手くいったからだ。
ヒナとホシノはすぐに色彩から距離を取った。
「色彩! なんでここに!」
視界の端で驚愕の声が聞こえる。彼女達は知っているのだ。これがどういうものなのか。
「ユドルも離れて! それに触れてはいけない!」
「それは出来ないな。これが目的だったんだ」
「どういう事だ!」
先生の必死の問いかけに対して、ユドルは先生に笑みを浮かべて答えた。
「人工ヘイローが作られた真の目的はキヴォトス人並みの肉体を手に入れることじゃない。色彩を確実に呼び寄せるためなんだ」
自身の情報に動揺を見せた先生の横目にユドルはその光に手を伸ばした。
全ては己の復讐を成し遂げるために。