鉛のように重い瞼を開けた。真っ白な天井が目に入った。
「ここは」
近くで何かが落ちた音が聞こえた。音の方に目を向けた。そこには桃色の髪色の少女がいた。
足元には少女が落としたであろうバインダーが落ちていた。
少女はありえないものでも見たように目を丸くしている。
「セリナ」
先生は少女の名前を呼んだ時、その目に涙が溜まり始めた。
「先生! よかった! 本当に……」
彼女がすぐに駆け寄り、彼の身を案じた。
「ここは病院?」
「はい。キヴォトスにある大病院です。他の学園達は敵勢力の被害を被っていたので、先生。丸三日眠っていたんですよ。一時はどうなるかって……」
彼女が言い淀んで、涙を流した。先生は心配をかけた事に心臓を掴まれるような罪悪感を覚えた。
「彼は?」
先生の言葉を聞いた彼女が僅かに視線をずらした。
「別の病棟にいます」
「彼に会わせてくれないか?」
「ダメです! ようやく目が覚めたのに!」
「セリナ。お願い」
先生はセリナに頭を下げた。正直、腹部はまだ痛む。しかし、それでも行かずにはいられなかった。
「分かりました。その代わり、病室の手前まで私も行きます。いいですね」
彼女が眉間に皺を寄せた。本当なら自身をベッドに縛りつけたいはずなのにその思いを曲げてまで、認めてくれたのだ。
「ありがとう」
先生は彼女に礼を言い、移動のために車椅子に乗せられた。廊下を進んで行く途中かつてユドルと過ごした日々を思い出していた。
「せんせい!」
彼を呼んで駆け寄ってくる少年。青空のような澄んだ瞳。
この子には大きな可能性が感じられた。しかし、無知なあまりに少年を不幸にした。
もっと賢ければ、もっとしっかりしていればこんな事にはならなかった。
今度こそ救ってみせる。もう一人にはしない。
「ここです」
セリナが導かれるまま、彼のいる病室の前に着いた。
彼女をその場で待たせて、ゆっくりと開けた。入って右側の窓側の方に彼はいた。窓の外の広がる青空を物音立てずに眺めていた。
「ユドル……」
「せん、せい」
彼と目が合った。先生は背筋が凍った。その目からは生気を感じられなかったからだ。
数日前まで宿っていた漲るような憎悪は感じられない。むしろ逆だ。
感情のない虚無に等しい目だった。
「全部知ったよ」
「全部って?」
「これだよ。今朝、目が覚めた時、これが枕元にあった」
ユドルがそう言って、近くの引き出しから封筒を取り出した。
真っ黒で稲妻のように白いひび割れ模様がプリントされた封筒だ。この手の差し出し物をする人物は彼の知人でただ一人だ。
「黒服?」
先生は首を傾げて、封筒を開けた。驚愕した。そこには彼とユドルを引き裂いた事件の詳細。当時の新聞記事などが纏められて、同封されていた。
おそらく先生がユドルと死闘を繰り広げている間、独自で調べ集めていたのだ。
「全部、僕の勘違いだったんだな」
ユドルが悲痛な声をあげて、布団を強く握った。
「君がそう思うのも無理はない。奴らは洗脳を施すために君に都合のいい情報を吐いていた。それでも、私が君を守れなかったのは事実だ」
「そうか」
ユドルが考え込むような素振りを見せた。
「これからどうするつもり? これだけの事をしでかしたんだ。何か罰はあるんだろ?」
「そうだね。それはこれから下される。でもこの責任の一端は私にもある。だから絶対に見捨てない。見捨てたくないんだ」
「どうして?」
「君が私の生徒だからだ」
先生は真っ直ぐな目で彼を見る。かつてユドルに対して、負い目があった。
しかし、彼と再会し死闘を繰り広げて、本音をぶつけた。今の彼には前のような後ろめたさはない。
「まだ僕をそんな風に呼ぶんだね」
「そうだよ。それに君にはお礼を言っていなかったから」
「お礼?」
ユドルから尋ねられた時、彼は頭を下げた。謝罪ではなく、感謝の念を込めてだ。
「ユドル。君があの日、私を先生と呼んでくれたから今がある。あの日、君がいたから私は先生になれた。君のおかげでここにいる生徒達に出会えたんだ。ありがとう」
先生はユドルに頭を下げた。朽ち果てた大地で出会った二人。そこで生まれた先生の未来。それが今の彼を作り、キヴォトスの生徒達と出会うきっかけを作ったのだ。
「なんだよ。それ」
ユドルがため息をつきながら、目頭を押さえた。
先生と彼を巡った過去の因縁は今、ここに幕を閉じた。
退院後、ユドルは矯正局に収監される事になった。
彼がキヴォトス全土に与えた損失は計り知れず、極刑に処されるのは時間の問題だったがシャーレの先生の必死の懇願とユドルの境遇に情状酌量の余地ありという事で減刑になった。
「せんせーい! まだこの作業終わってないんですか!? 明日提出の書類ですよ!?」
早瀬ユウカの御説教がシャーレ内に響いた。
「ごめんごめん!」
「全くあの騒動が治ってすぐこれなんですから!!」
「あはは。申し訳ない」
あの戦いの後、すぐに先生はシャーレの業務に戻った。みんなが手を取り合ったおかげでキヴォトスの各地で復興作業も着々に進んでいる。
一番良かったのは生徒達から死人が出なかった事だ。皆、数日後には退院出来るという事だ。
現に昨日、トリニティの補習授業部の面々から一枚の写真とともに連絡が来た。アズサが退院したという知らせだった。
「そういえば、あの人は大丈夫なんですか?」
ユウカが少し心配そうな顔で尋ねてきた。おそらくユドルの事だ。
先生が減刑を懇願したとはいえ、彼の罪がなくなるわけではない。それでも先生は彼を信じている。
「彼なら大丈夫さ。私の生徒だからね」
彼はユウカに笑顔で応えた。生徒を信じて、導く。それが確固たる信念なのだ。
「そうですか。それはそうと先生」
「ん?」
「これはどういう事でしょうか?」
ユウカが満面の笑みで大量のレシートを握りしめていた。
封印していた領収書の束が見つかってしまったのだ。彼女の頭上には鬼の面が浮かんでいた。
「あっ……」
先生は襟元を調えて、床に両膝をついた。今の彼女にはどんな言い訳も通じないと理解したからだ。
「先生。ちょっとお時間いただけますか?」
先生は静かに頷いた。数秒後、ユウカの怒号と先生の悲鳴がシャーレに響き渡った。
今までありがとうございました! これで本編は終わりです!後々、後日談も書きたいなーと考えているのでもしよろしければ気長にお待ちください♪