晴れ渡る青空の下、清らかな空気感漂う校庭の中、草むしりに励んでいた。今日はここ、トリニティ総合学院での奉仕活動だ。
視界の端には未だ復興中の校舎や建物が見える。僕が壊したんだ。今日も罪を償うんだ。視界の端では桃色の髪の少女がせっせと草むしりに励んでいた。
聖園ミカ。今日はある意味、彼女の手伝いのようなものだ。聞けば彼女の贖罪の為に日々、多くの奉仕活動に励んでいるとか。トリニティの敷地は広大だ。
一人で雑務をこなすなんて容易ではないだろう。少しでも減らしておくか。しかし、一つ気がかりなことがある。
彼女からすごく視線を感じるのだ。ところが不思議と殺意は感じない。何かを伝えようとしているのか。そう言う感じにも思える。僕は自ら切り出すことに決めた。
「先生から君の事は聞いているよ。僕の事は受け入れなくていい。君以上に避けられて当然の事をした。下手したらキヴォトスが滅亡していたんだから」
彼女の手が止まった。
「確かに最初はなんでこんなことするんだろうって思ったよ。でも貴方の話を聞くと憎めなくなった。貴方の話をした先生、凄く辛そうな顔してたんだ。あんな顔、初めて見たから」
聖園ミカが雑草を握る手に力を込めていた。分かっていた事だが、先生自身も罪悪感を抱いて、過ごしてきたのだ。
「同時に私、貴方に嫉妬したんだ。ああ、先生にこんな顔させる人はきっと凄く印象深い人なんだろうって」
「最初の教え子ってだけだよ。それ以外大したことじゃない」
「そっか」
聖園ミカが草をむしりながら、答えた。僅かな沈黙が流れる。しかし、さっきよりは空気が軽くなっているのを感じた。
その時、近くで何かが大きく倒れる音がした。見ると聖園ミカが使っていた雑草入れの袋が地面に倒れていた。中から彼女が抜いた草がいくつも地面に散りばめられた。
「あら〜ごめんなさい〜 ここにゴミ袋があるなんて知りませんでしたわ〜」
「ほんとほんと! ごめんなさいね。ミカ様」
トリニティの生徒二人が聖園ミカのゴミ袋を蹴って、地面にぶちまけたのだ。そして悪びれる様子もなく、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「暇なんだね。あなた達。早く行ったら? それともこのまま続ける?」
聖園ミカが雑草を拾い集めながら、生徒二人に低い声で圧をかけた。その瞬間、身の危険を感じたのか、二人が額から汗を倒してその場を去った。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。慣れてるから」
聖園ミカが地面に散った雑草をかき集める。エデン条約での一件、彼女はこうして学園での奉仕活動に行っているが、一方で彼女をよく思っていない生徒達からのいびりは絶えないと聞く。
「手伝うよ。かなり量も多いし」
僕は地面に散った無数の雑草を拾った。
「どうして?」
「君は罪を犯したが、償おうとしている。だからそういう人間の贖罪を邪魔するのが許せないってだけだ。まあ、アリウス分校を隠れ蓑にしてチンピラを利用した人間に言えた事じゃないか」
自分でも少し驚くくらい乾いた笑いが喉から出た。
「それは貴方も同じでしょ? 貴方もこうして罪を償おうとしている。何もおかしな事ないよ」
聖園ミカがそう言って、優しく微笑んだ。陽の光に照らされて、僕に微笑む彼女は地上に降りた天使のように見えた。
草むしりを終えて、僕は校舎に入り、ある教室に向かった。補習授業部だ。教室の中からは楽しげな笑い声が聞こえる。その賑やかな空気感が余計に僕の罪悪感を増幅させた。
僕はこの空気を壊そうとしたんだ。二度と取り戻せないように、生み出せないようにしようとしたんだ。ならばしっかりとこの罪と向き合わなければならない。
僕は扉をノックした。浦和ハナコからの返事が聞こえたので、僕はゆっくりと扉に手をかけた。
僕の姿を見るなり、空気が固まったのを感じた。当然だ。今、この教室にいるのが一連の騒動の加害者と被害者達だ。
「補習授業部で合っているよね?」
僕の問いに彼女達は沈黙を貫いた。しかし疑心と僅かな恐怖が混じった顔をみて、肯定であると確信した。
教室に入り、僕は教卓の前に立った。
「すまなかった」
心から謝罪の念を込めて、頭を下げた。視界で下がって見えなかったが、僅かに空気が揺らいだのを感じた。
「全て僕のせいだ。特に白洲アズサ。君に重傷を負わせた」
先生から彼女が襲撃を際に意識不明の重体を受けたのは聞いた。こうして生きているのは奇跡みたいなものだ。
「もういい。ただヒフミ達を危険にさらした事だけは許さない」
「ああ。分かっている。君の友を危険に晒した罪は消えない」
「一つ教えてくれ。どうしてあんな事を?」
「先生への復讐。だけどそれは間違いだった。間違いで全てを破壊しようとした」
嘘偽りない事実を僕は彼女に告げた。
「同じだな。私と」
「同じ?」
「私もかつては元いた場所以外は敵だと教えられてきた。でも現実はそうじゃなかった」
そう言って彼女が伏し目がちに言った。彼女の境遇は調べていたから理解していた。
「お前も今は苦しいだろう。だけどいつか必ず前を向ける日が来る。この世界にあるのは虚しさだけではない。ここにいるみんなが教えてくれた」
白洲アズサが補習授業部の面々に目を向けた。彼女の言葉に胸を打たれたのか、周りの少女達が頰を赤くしていた。
「君の気持ち報いられるように努めるよ」
僕がそう言うと、彼女が笑みを浮かべて、頷いた。トリニティでの一日はこうして幕を閉じた。