「せんせーい! このレシートはどういう事ですか!? 五千円以上の買い物は相談してくださいって以前言いましたよね!?」
先生はシャーレの当番に来ていた早瀬ユウカに先日買ったおもちゃのレシートについて、問い詰めてきた。こうなった彼女は長い。
以前あまりにも長いものだから、意識を窓の外に向けていたら、看破されてしまい更にエンドレスお説教タイムに突入した。
「ノア〜 助けてよ〜」
「ふふ。自業自得です」
一緒に来ていた生塩ノアが楽しそうに微笑む。するとノアが彼の顔を見て、目を細めた。
「先生。目の下に隈が出来てますよ。眠れなかったんですか?」
「えっ? ああ、あんまり眠れなくてさ。三時まで仕事していたんだ」
昨日、ヒマリと話した内容が彼の脳裏から離れなかったのだ。無名の司祭が遺したオーパーツ。
かつてキヴォトスに存在していたとされる先人達が遺したもの。その事を考えていると夜も眠れなかったのだ。
「三時!? 何考えているんですか!? 大体先生は自己管理というものが--」
どうやら新たな燃料を投下してしまったようだ。自分の内情を知らないユウカがいつも通りの雰囲気で小言を口にする。今の彼にはそれがどこか嬉しかった。
「はあ、もういいです。作業を再開しましょう」
「そ、そうだね!」
ユウカからの慈悲により、お説教はなくなった。三人で黙々と仕事を進めていった。
その中でもやはり昨日のヒマリとのやりとりが脳の端から滲み出てきた。
「あっ、インクが」
目の前で仕事していたユウカがボールペンを親指で何度もノックした。どうやらインクが切れてしまったようだ。
「ボールペンのインク切れちゃった?手前の引き出しにたくさんあるから好きなもの取って」
「すみません」
ユウカがそう言って、引き出しに手を伸ばした。瞬時にユウカの眉間に皺がよる。
「人の引き出しに口出ししたくありませんが色々詰め込みすぎですよ?」
ユウカがボールペン以外に生徒がくれた折り鶴なども出した。
「あはは。参ったな」
「あらあら。子供の宝箱みたいですね」
ユウカの隣に座っていたノアが口元に手を添えて、微笑んだ。
「他には、これは何かしら」
ユウカが何かを見つけたようだった。取り出したのは一枚の写真だった。同時に先生の背筋にじんわりと汗が滲んだ。自分とした事が失念していた。
「先生?このお写真は?」
ユウカが一枚の写真を彼に向けた。先生の目が見開かれた。かつての彼と幼い少年が映った写真だ。奥に入れたはずが見つかってしまったようだ。
「先生は分かりますけど、このもう片方の子は一体誰ですか?」
ユウカが小首を傾けて、尋ねてきた。
「ああ。これはーー」
観念して言おうとした時、シッテムの箱に通知が入った。同時に見知った二つの顔が表示される。シッテムの箱に内蔵されたAI。アロナとプラナだ。
「先生! 事件です! アリウス分校の生徒さんがゲヘナに襲撃を仕掛けています!」
その言葉を聞いて、彼は耳を疑った。エデン条約以降のアリウスには目立った動きはなかった。理由は分からないがとにかく現場に急行するのが先だ。
「現在、現場にはゲヘナの風紀委員会が皆さんが対処に当たっています!」
「わかった。ユウカ、ノアごめん! 急遽ゲヘナに行く事になった!」
「大丈夫ですか? 先生一人で」
「私達もーー」
「大丈夫。何より生徒のためだから。この埋め合わせはまたするからね!」
彼はジャケットを羽織って、ゲヘナ学園に向かった。プラナが呼んだタクシーの中、SNSでクロノス報道部が撮影した映像に目を見開いた。
「ご覧いただけますでしょうか!? ただいまゲヘナ学園の校舎が半壊しており、救急医学部の生徒達が負傷者達を搬送しています! 一体何が起こったと言うのでしょう!?」
クロノス報道部のレポーターがマイク片手にゲヘナ学園を取材していた。
テレビカメラ越しでも分かる通り、ゲヘナ学園の校舎の内部がむき出しになっていた。
目の前の光景に唖然としていると携帯が鳴った。着信先は火宮チナツ。ゲヘナ学園の風紀委員からだった。
「チナツ! ニュースを見たよ! 大丈夫かい!? 一体何が!」
「私は大丈夫です! でも爆心地の近くにいた生徒達は重傷を負っています!」
携帯の向こうからはたくさんの呻き声や救急車のサイレンが聞こえる。彼女の言う事に明らかにただ事ではないのは確かだ。
「今すぐ向かうよ。待っていて!」
「ええ、先生もお気をつけて!」
彼は携帯を切った後、ゲヘナ学園の校門前に辿り着いた。タクシーから降りた時に真っ先に目に飛んできたのは横転した大型トラックだった。校門を突き破って、中央の噴水に突っ込んでいたのだ。
動揺する彼に追い打ちをかけるように凄まじい銃声と爆発音が鼓膜を揺らした。
爆音の中心地に向かうとゲヘナの風紀委員達とアリウスの生徒達が攻防戦を繰り広げていた。
「くたばれ!ゲヘナ!」
アリウスの生徒達が怒号を飛ばしながら、銃を乱射していた。彼女達の視界から逸れながら、ゲヘナ学園の校舎に入った。
風紀委員会達の方に行くと見覚えのあるシルエットが見えた。
「チナツ!」
彼が声をかけると赤いメガネをかけた少女がこちらを向いた。
「先生!」
「よかった! 無事みたいで。でもどうしてこんなことに」
「突然、トラックが突っ込んで来たんです。現場では今、ヒナ委員長とイオリが対応しています!」
彼女がそう言った瞬間、見覚えのある紫色の閃光がスケバン達を蹴散らし始めた。
閃光が放たれた場所に目を向けると地面に着きそうなほど長い羊毛のような髪と蝙蝠のような翼を持った少女がいた。
彼女こそゲヘナ風紀委員長にして学園最強の生徒、空崎ヒナだ。
「うわあああ!」
彼女の怒涛の銃撃を受けたアリウスの生徒達が後方に引き飛んで行く。先ほどまで悪戯に武器を振り回していた暴徒達が一方的に蹂躙されていた。
ものの数分で、ヒナが全ての相手を制圧した。
「ヒナ!」
「先生!」
敵を圧倒した修羅の面が剥がれて、花咲いたような穏やかな顔を作った。
「遅れてごめん!大丈夫だった!?」
「うん。私は平気。と言うかこのアリウスの生徒……弱すぎる」
「いや、君に比べたら」
「ううん。エデン条約の時のアリウスの生徒はもっと連携がとれていた。体術も強かった」
ヒナの目が地に伏したアリウス生に向けられる。そして、彼女が一人のアリウス生の元に向かった。
「ヒナ。どうしたの?」
「ねえ、貴女達。本当にアリウスの生徒?」
ヒナが再び冷徹な目を作って、マスクをつける生徒を睨みつけた。
「まっ、待ってくれ!」
ヒナに睨まれた少女は危機感を覚えたのか、慌ててマスクを取った。
「私、私達はア、アリウスじゃない!」
少女が声を震わせながら、両手を上げて降参をしました。
「じゃあなんでこんな格好を? どうしてゲヘナに?」
「い、依頼だよ!」
その一言を聞いて、先生は目を見開いた。同時に嫌な直感が働いた。
「それって、若い男性?」
「お、おう。でもなんで……」
「先生。知っているの?」
ヒナの質問に首肯で返した後、彼の中で静かに動揺が広がる。
シッテムの箱に通知が入った。
「先生! ミレニアムとトリニティが!」
アロナの悲痛な声が彼の脳裏に最悪の情景を浮かばせた。