昼下がり。静まり帰った部屋の中でひたすらに事務作業に追われていた。こなしてもこなしてもキリがない。今、僕は最後の奉仕先にいた。連邦捜査部シャーレだ。
今まで多くの学園で奉仕活動を行ってきたが、ここの作業が最も過酷だ。連邦生徒会から仕事が分割されているとはいえ、作業量が桁違いだ。流石、キヴォトス中の生徒を相手しているだけのことはある。
「ユドル。大丈夫?」
「きついけど、まだいける。それにしても毎日この量を?」
「これでも少ない方だよ」
先生が苦笑いを浮かべながら、パソコン業務に励んでいた。この事務作業に生徒達の相談、事件が起きれば現場に急行して、解決に臨む。オーバーワークもいいところだ。
書類と格闘すること数時間、ようやく仕事を終えた。終えたタイミングがちょうど同じだったのか、二人同時に大きなため息をついた。
「やっと今日の分が終わったよ。ありがとうユドル」
「仕事だからね」
脱力感とともに背もたれに深く腰掛けた。ずっと事務作業を行なっていたせいか、肩と首が凝って仕方がない。ふと目を逸らすと、あるものが目に入った。あばら屋の前でかつての先生と自分が映る写真だった。
「この写真」
「覚えているかい?」
「ああ、早瀬ユウカから聞いていたけど、本当にまだあったんだな」
「うん。それにしても感慨深いね。こうして君と仕事が出来るなんて」
「想像もしなかったね」
仕事どころか、再会出来ることすらも考えていなかった。先生が二つのマグカップを持って、僕の向かいの席についた。香りからしてコーヒーだった。
「キヴォトスはどう思う?」
「はっきり言って異常だ。兵隊でも戦士でもない学生が重火器を所持しているんだ。まあ治安の悪さを考えれば、無理もないけど」
この世界に来て、一番最初に驚いた事だ。学生がストラップ感覚で銃で持っている。それに元の世界と違い、子供が一つの学園地区をおいて、絶大な権力を誇っている。その二つが何より彼の意識を引いた事実だ。
「その事実は先生が一番痛感しているだろ?」
僕は彼の腹部に目を向けた。先生はそれに気付くと目を細めて、腹部をめくった。
そこには弾痕がしっかりと残っていた。エデン条約の際、錠前サオリに撃たされた際に出来たものだ。
「もちろんだよ。でも私は先生だ。これしきの傷。やめる理由にはならない」
先生が白い歯を見せて、笑った。命を脅かされてもなお、これだ。この人は善人を通り越して、どこか狂人めいている気がする。でもこの覚悟がなければ、この幾千の学園を守ることなんて出来ないんだろうな。
「そういえば、ユドルに聞こうと思っていたことがあったんだ」
「なに?」
コーヒーの入ったマグカップを受け取って、首を傾げた。
「夢は見つかった?」
コーヒーを飲もうとした手が止まった。考えたこともなかったからだ。今まで
目の前の事で手一杯だったから将来なんてなかった。
「夢か。今でも間に合うのか?」
「大丈夫だよ。私も手伝う」
先生が真っ直ぐに僕の目を見た。その目はかつて僕に授業をしてくれた先生と同じ目だった。
「ユドルはどうしたい?」
「僕は……」
血に塗れた記憶によって塗りつぶされた夢があった。確かに持っていた夢だ。その夢を思い出せるように昔の記憶を掘り下げていく。
確かにあった。焦がれたものが。細い記憶を手繰り寄せていく。そこにはかつて目に焼き付いた先生の姿があった。あばら屋の中に置かれた黒板で僕達に勉強を教える先生の姿だ。
「先生。僕、先生になりたい」
深くは考えなかった。ただ、すごく印象に残ったものを口にした。
「そっか。嬉しいよ。ユドル」
先生は少し驚いたように目を大きくした後、すぐに包み込むような優しい笑顔を作った。先生から向けられる善意溢れる眼差しに僕は照れ臭さを覚えて、コーヒーに意識を向けた。
「でもどうして?」
「なんか頭に浮かんだ。あんたには希望も絶望も両方覚えた。でもそれらを考えた時、最も色濃く覚えているのは先生として振る舞うあんただった」
生徒を教え導き、未熟さのあまりに過ちを犯して、そして彷徨いそれでも希望を持ち、邁進する。その姿が色濃く脳裏に残っていたのだ。
「僕はあんたになりたい」
自分でもかなり照れくさいことを言っているのはわかっている。それでも心が澄んでいくのが分かった。
「だから、先生。少し時間もらうよ」
「うん。いくらでも」
先生が静かに口角を上げた。窓の外から眩しいオレンジ色の光が差し込んできた。
ここまでありがとうございました! また次の作品でお会いしましょう!