ゲヘナ学園が襲撃されている最中、同時刻のトリニティ総合学院。寮の監視役を務めていた二人の生徒が携帯を見ながら談笑していた。
「ねえ聞いた? ゲヘナで大規模な爆破があったんですって」
「まあ、どうせなら生徒ごと消し炭になってくださればよかったのに。品性のかけらもない角アリの連中がいなくなってくれるならいい気分ですわ」
清廉で純白な見た目だがそれに似合わない黒い言葉を吐いていた。
「ん? 何ですか?あれは?」
一人の女生徒が目の上に手を置いて、何かを確認している。よく見るとトラックが向かって来ていた。
「えっ? なにあれ。トラック?」
「今日、学園外から車両が来る予定なんてあったっけ?」
トラックの勢いは止まらない。
「止まりなさい! さもなくば発砲します!」
生徒の一人が拡声器を使って、トラックに警告を促した。彼女の声が届いていないのか、トラックの勢いは止まらない。
「ねっ、ねえあのトラックってまさかゲヘナに突っ込んで来たものと同じなんじゃない」
隣にいた女子生徒の一言で彼女の全身に鳥肌が立った。すぐに携帯を開いて、正義実現委員会に電話をかけた。
しかし、時全てに遅し。トラックは二人の存在を意に介す事なく、校門を破壊して校内に侵入した。
少女は勢いよく避けてかろうじて、無事だったが破壊した校門の破片が頭に直撃して視界が霞みがかっていた。
意識が途絶えそうな中、トラックの後ろからアリウスのガスマスクをつけた生徒が目に映った。
先生は額から冷や汗を流していた。たった今、アロナからトリニティでゲヘナ同様のアリウスの額マスクを被った一団から襲撃を受けたと報告された。寮や校庭が爆発に巻き込まれて、爆心地とその近くに生徒達が多数負傷したとの事だ。
「先生。トリニティとミレニアムが……」
「うん。もしかしたら他の学園にも被害が及ぶかも」
ヒナが鋭い目を作っていた。先生はすぐさまシッテムの箱を起動させた。
「アロナ。全ての学校に通達してくれ。宅配や来客。疑いたくないけど生徒達の中にも爆弾を無自覚に持ち込んでいる可能性もある」
「分かりました!」
「それとプラナ。今日、トリニティとゲヘナに来ていた宅配員や車を防犯カメラで特定してもらえるかい? あと宅配員がどこから来たのかも探ってもらえるかい?」
「了解しました」
シッテムの箱の中にいるアロナとプラナ。二人の優秀なAIがすぐさま仕事に取り掛かってくれた。
先生はそのままゲヘナの保健室に向かった。辿り着くと部屋中に呻き声が漂っていた無数にある保健室だけでは足りず、教室にすらもベッドを広げていた。
救急医学部の生徒達が慌しくも、的確な処置を行なっていた。
「先生」
そう呼ぶ声の方を見ると白髪と青い看護服を来た女子生徒がいた。ゲヘナの救急医学部の部長の氷室セナだ。
「セナ! 無事だったんだね」
「ええ。別の現場に行っていたので」
「私も手伝うよ!」
「お願いします!」
彼はセナと共にベッドで呻き声をあげる生徒達の手当を始めた。素人なので本格的な治療は出来ないが、セナや他の医学部生徒達のサポートに回った。
そうして、多くの生徒の面倒を見てようやくひと段落ついた。
「これで全員です。まさかここまでの大ごととは」
普段あまり表情が変わらない彼女の顔からも僅かに動揺が見られた。
「爆心地にいた生徒はキヴォトスの大病院の緊急治療室にいます。どちらも生死不明の重体です」
その報告を聞いて、額から冷や汗が流れた。自分が思っていた以上に事態が深刻だったからだ。
「先生はこれからどちらへ」
「これからトリニティの方に」
「気をつけてください」
セナに別れを告げて、トリニティの方に向かった。そのタクシーの中、一連の事件について考えていた。
キヴォトス屈指のマンモス校が二つも襲撃された。事故ではなく、何者かによる犯行だと確信した。
カイザーコーポレーションの事もよぎった。しかし彼らはここまで派手に戦いを挑むとは考えられない。
そして、アリウスに関してだ。ゲヘナの件で分かった通り、誰かがアリウスに濡れ衣を着せようとしていた。
「一体誰がこんな事を」
一連の事件の首謀者に血が沸騰したそうなほど怒りを覚えて、先生は拳を強く握った。
その時、怒りが意識がそらすように携帯が鳴った。ミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカからだった。
「ユウカ! 大丈夫だったかい!? ミレニアムでも爆発が起こったって!」
「私達の方はなんとかケイちゃんがすぐに動いてくれたおかげで、爆発の被害は最小限に収まりました」
「ケイが?」
「はい! ヒマリ先輩曰く、ケイちゃんがヴァルキューレから預かっていたものを窓に投げ捨ててその数秒後に爆発したと」
ユウカの言葉が胸に引っかかった。
何故、ケイが爆発を予知できたのか。もしかして、先日ヒマリが言っていた無名の司祭の件が関係しているのか。
「よかった。無事で。本当に」
「先生も気をつけてくださいね!」
「うん! ユウカも気をつけて」
ユウカと連絡を取った後、大きくため息をついた。ひとまずはミレニアムに犠牲者はいなかった。
それを知れただけでも彼の不安は僅かに解消された。
トリニティ総合学院に着いて、まず目に飛び込んできたのは半壊した白亜の校舎だった。
噴水辺りには敵が侵入に使ったであろう大型トラックは横転して、周囲には校舎の瓦礫が散乱していた。
目撃していなかったとはいえ、事件の凄惨さがありありと伝わってきた。
保健室に向かうと先ほど見た光景と同じく、目を背けたくなるような光景が広がっていた。
腕に管を通している生徒や、包帯を巻いて、呻き声を上げている生徒。
見ているだけで痛みが伝わってくるような生徒達で埋め尽くされていた。
静謐な空気感が漂う校内は反転して、阿鼻叫喚が漂う地獄と化していた。
「先生」
蚊の鳴くような声で呼び止められて足を止めると、そこには見覚えのある生徒がいた。トリニティ総合学院二年の生徒。浦和ハナコだ。
「ハナコ!無事だったんだね!」
「ええ、私は……ついて来ていただけませんか」
仄暗い表情を作った彼女のあとに着いて行った。行った先は一つのベッド
の前だった。そこには二人の生徒が膝をついて、シーツを掴んで泣きじゃくっていた。
一人は下江コハル。黒い帽子を被った一年生の少女だ。もう一人はベージュ色の髪をした少女。二年の阿慈谷ヒフミだ。
二人が泣きつく先には見覚えのある白髪の少女が横たわっていた。トリニティ総合学院二年の生徒。白洲アズサだ。人工呼吸をつけて、全身に包帯を巻いていた。
「アズサ。これ一体」
「私のせいなんです。アズサちゃんが爆弾から私をかばって……」
ヒフミが声をしゃくりあげながら、事を経緯を語った。最悪の事が起こった。
「うう。どうして……」
コハルがボロボロと涙を流しながら、友人に語りかえた。普段は不真面目な彼女の言動に激昂しているとはいえ、こうなると話も変わってくるのだ。
「誰ですか。こんな酷いこと考える人は……私達が何をしたって言うんですか!?」
ヒフミが涙を流しながら、悲痛な叫びをあげた。やり場のない怒りを叫ぶ彼女を見て、事件を食い止めきれなかった自分の無力さに思わず、拳を握った。
「先生!」
「セリナ!」
声のする方に目を向けると救護騎士団の鷲見セリナがいた。彼女も手に救急バックを抱えていた。彼は彼女に手伝うと告げると、セリナは桃色の瞳に涙を滲ませて頷いた。
「襲撃して来た生徒達は?」
「正義実現委員会によって掃討されました!」
先生は胸を撫でおろした。トリニティが誇る治安維持組織。正義実現委員会。彼女達がいるなら問題なかった。
早速、セリナと共に大勢の生徒達の手当てを行なった。
トリニティの生徒達の対応を終えた後、先生はトイレの洗面台で顔を洗っていた。少しでも目を覚ます為だ。今日一日で本当に色々あったせいか、彼は疲労のあまり足元が揺らいだ。
「流石に疲れたな…」
彼は仮眠を取ろうとトリニティの保健室に向かった。