「突然押しかけてしまってすまない。助かった」
可愛らしい容姿とは裏腹に堅苦しい口調で話す、絹のようなブロンドの少女。
「いえ、大丈夫です。とりあえず…外だと目立ちますし、中で話しましょう」
提案に素直に頷いた彼女はくるりと踵を返した。礼儀もしっかりしているし悪そうな人には見えないが、生徒会の役員が口走っていたことは本当なのだろうか、とみくりは思案する。
格納庫の中に入ると、個性豊かな面々がみくり達を迎えた。一見すれば普通の女子高生なのだが、如何せん腕に抱えている物が独特すぎるのだ。
「改めて、我々の窮地を救ってくれた事、誠に感謝する。
日本訛りの強いドイツ語で感謝を述べる彼女は、みくりに向かって手を差し出した。
「自己紹介が遅れてしまった。私の名前は堀田夢三、"技術部"の部長だ。皆からはポルシェと呼ばれている。」
「ポルシェさん…いや、ポルシェ博士の方がいいかな。私は古島みくりっていいます、宜しくです」
あだ名で呼ばれた夢三―もといポルシェは、真顔を保とうとしているものの、僅かに、というよりもかなり口角が上がっていた。
「あの…技術部って何スか?文化部でそんな名前の部活、聞いたことなくて…」
後ろから聖巳が尋ねると、ポルシェはよくぞ聞いてくれたとばかりに胸を張る。コロコロと変わる彼女の雰囲気は、数分前の堅物そうな印象を忘れさせるのに充分だった。
「いい質問だ。技術部とは、私と三人の
「非公認、ってことは…」
「言葉を選ばずに言えば『勝手に活動してる』ってことだね」
マザカが言いかけた言葉を、ポルシェの後ろにいた別の生徒が繋ぐ。自動車のハンドルを大切そうに抱えた、藍色のショートカットの生徒だった。
「あ、あたしの名前は栗栖翔。皆からはクリスティって呼ばれてまーす。よろしく!」
「コイツは早い車が好きでな。最近はクリスティ式サスペンションにお熱なんだ」
「クリスティ式なら戦車でも70km/h近く出せちゃうんだよ!鋼鉄の塊があんなに早く!そんなの夢みたいじゃーん!!」
夢見心地でくるくると回ってみせるクリスティ。彼女が腕に抱いていたハンドルがクリスティ式戦車の装輪走行時のステアリングハンドルだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「我々は機械やそれに類する物が好きな同士で集まっていてな。本来であれば技術部として、ミニ四駆のレースに出たりプラモデルを展示したり、色々とやるつもりだった」
頬を緩ませていたポルシェの表情が曇る。
「しかし、生徒会は何かと文句をつけて部活動の結成を却下し続けた。「玩具遊びは卒業しろ」とか、「遊びたいなら家に帰ってからやればいい」とか…思い返しても腸が煮えくり返る」
「挙句の果てには私と博士のプラモまで没収しようとしたり、それはもう酷かったよね」
語り口に悔しさを滲ませるポルシェに、ピンクゴールドのセミロングを靡かせた少女が頷く。
「ああ、ごめんなさい。私は入地美晴っていいます。プラモデルが好きで、夢三ちゃん―ポルシェ博士とは一緒に組み立てる仲なんです」
「あの時はコーシュキンがソ連式の軍隊格闘術で撃退したんだったな」
「ちょ、ちょっとそれは言わない約束でしょ!…あ、えっと、コーシュキンは私のあだ名です。呼びやすい方で呼んでくれて構いませんから」
慌てふためきながらポルシェの口を塞ごうとする、美晴ことコーシュキン。おっとりとしていて大人しそうな彼女が―?とみくりは二度見したが、制服の袖の隙間から覗く、細くもがっしりとした腕を見て合点した。
「そして、ついに生徒会の横暴に耐えかねた我々は、非公認で活動すると共に生徒会にゲリラ戦を仕掛けることに決めた」
「そこで作戦立案者となったのがこの私、保母怜ことホバート将軍だ!!」
いつの間にかポルシェの背後に立っていた、モスグリーンのポニーテールの少女―ホバートが、不敵に笑った。一目見た瞬間に、彼女こそが大型のボビンを背負い、火炎放射器とドーザーブレードを両脇に抱えていた人だと四人は理解した。
「石鹸水をぶちまけたり、改造したゴリアテで生徒会室の扉を大破させたり、エンジン弄った車で五時間校舎裏に滞在したり…とにかく色んな方法で抵抗の意を示したよ」
「でもバズーカ持ち込んだのはまずかったよねぇ。生徒会どころか教頭先生にまで追っかけられたじゃん」
「炎じゃなく石灰が噴き出るように改造したんだがなあ…」
「少なくとも、私たちはダメって言ったからね」
「お堅いなあ、クリスティ君とコーシュキン君は」
石鹸水の時点でダメなんじゃ、と言いそうになるのを何とか抑えるみくり。ちらりと横を向くと、三人も同じ表情をしていた。
「だが、今回の作戦は運悪く失敗してしまってな。部室として使っていた空き教室を特定されて、強制捜査と称して大勢の生徒会の連中がなだれ込んできたんだ」
「ああ、だからあんなに大荷物で逃げてきたんですね…」
「
ポルシェは目を細めながら、片手で抱きしめている小型のゴリアテとジョイスティックを撫でた。
生徒会に目の敵にされながらも、意思を曲げることなく戦い続けた彼女たち。少々狂暴なところはあるが、好きなことへの情熱は確かなことが分かった。暫く考え込み、みくりは思い切って前へ歩み出る。
「ポルシェ博士。私たちと、戦車道をやりませんか」
「戦車道?我が校の戦車道はとっくの昔に廃止されたのではないか?」
「廃止されましたが、私達歴史研究部が本日付で復活させました。「大した功績も残していない部活は廃部にする」って言われたから、戦車道を復活させて大会の上位に食い込めば、流石の生徒会も廃部を撤回してくれると思ったんです」
「ポルシェ博士さんたちの加入を見送りたい人はいる?」
「「「なーし!」」」
みくりが背後の部員たちに問いかけると、揃った返事が返ってくる。安心したように顔をほころばせ、改まってポルシェの方を向いた。
「「そんなに言うなら戦車道を再開します!」なんて勇んで言ったはいいけれど、まだまだ人が足りなくて…よかったら、力になってくれると嬉しいです」
ポルシェもみくりと同じように技術部の面々を見やる。彼女の表情には期待と不安が入り混じっていたが、クリスティも、コーシュキンも、ホバートも頷いた。三人とも、ポルシェと同じ答えを出していた。
「
「助けてもらった恩はしっかり返すからねー!」
「皆さんの力になれるように、頑張ります!」
「これで更に研究が捗りそうだね。楽しみだ」
理由は様々だが肯定的な技術部の反応に、みくりは心からの感謝と喜びを込めて「ありがとうございます!」と頭を下げた。無論、喜んでいるのは彼女だけではない。聖巳、サンガリア、マザカも新たな同志の参入に胸を弾ませた。
―その後の戦車捜索と訓練は流れるように進んだ。ポルシェたちに戦車の在処が書いてある地図を渡すとものの数十分で戦車を発見し、格納庫の前まで運転して持ってきた。隠されていた戦車はパンター偵察戦車というドイツの計画倒れした戦車で、体育館裏の倉庫にネットを被せて置いてあったらしい。乗員の割り振りの結果、ポルシェが車長、クリスティが操縦手、コーシュキンが装填手、ホバートが砲手となった。
動作チェックを終えて駆動系に問題がないことを確認すると、ひとまず戦車道用の演習場を走ってみることにした。経験者のマザカはもちろんのこと、未経験者のクリスティは持ち前の空間認識能力でペダルや操縦桿の扱いに早々に慣れ、操縦の基本を習得した。
その後はスラローム走行を練習。揺れる車内で、砲手は照準がブレないように狙うこと、装填手は安全に徹甲弾を持ってスムーズに装填すること、車長はよろめかずに立つことを意識して訓練をした。小休憩を挟んだら、今度は砲撃の練習に移る。最初は演習場の的を狙うことを目標に、修正を繰り返しながら砲撃。車長も砲撃の命令をタイミング良く出せるように、撃っては移動してを何回か行った。
そうこうしている内に日が暮れて、六時を知らせるチャイムが鳴る。皆も疲れただろうし今日はここまで、というみくりの一言で締めくくり、春原高校戦車隊の初の練習は幕を閉じた。
他愛のない会話を交わしながら家路につく。しばらく歩いて分かれ道に差し掛かると、ポルシェ達技術部チームが向きを変えた。聞けば、寮の向きが逆方向にあると言う。手を振って別れようとしたとき、思い出したようにホバートが尋ねてきた。
「そういえば、歴史研究部の皆さんのソウルネームは何なんだい?」
「私はサンガリアって呼ばれてるわ。古代ギリシャのサンガリウス川から拝借した名前よ」
「私はマザカです!サンガリアと同じく、古代ギリシャの都市の名前を借りました!」
ふんふんと興味深そうに頷く。歴史好きがソウルネームで呼び合うのはどこも変わらないんですね、とコーシュキンが笑いながら言った。
「古島さんと田中さんは何かないのか?」
ポルシェからの問いかけに、みくりと聖巳は顔を合わせて立ち止まった。
「…私たちの、ソウルネーム…」
「そういえば決めてなかったなー…せっかくだし、考えてみる?」
「ああ、そうするといい。今なら私が命名してもいいぞ。古島さんはハインリヒ、田中さんはエルンストとかどうだ?」
「却下で」
目を輝かせたポルシェの案を一蹴する。しかし、ソウルネームで呼んでもらうのも悪くないとみくりは思った。何と呼ばれるのがいいだろう。「カエサル」じゃ背負うものがあまりにも重いし、「カルプルニア」―カエサルの三人目の正妻―はマイナーすぎる。
「じゃ、自分はスキピオで!」
小さく唸っている間に聖巳が手を挙げた。どうやらお気に入りの軍人から選んだようだ。
自分の好きな、或いは尊敬している軍人といえば―その瞬間、みくりの脳内に閃光が走る。
「私は、イェーガーでお願いします。クラウス・イェーガー大佐…私の尊敬する戦車兵の名前です」
「ほう、ローマの誇るスキピオ将軍にドイツの戦車長イェーガー大佐か。これはまた大物だね」
「フラウ・サンガリアにフラウ・マザカ、そしてスキピオ将軍とイェーガー大佐だな。覚えておくぞ」
応諾するポルシェの横で、事の発端となったホバートはにんまりと笑みを浮かべた。一介の女子高生がかつての軍人を名乗るなんて、傍から見れば滑稽かもしれない。しかし、好きな人の名前で呼んでもらうだけでその人と一体化しているような気がして、気力が湧いてくるのも事実だ。
「では改めて…
「До свида́ния!」
「バイバーイ!」
「Ta-ta!」
国際色豊かな別れの挨拶が飛んでくる。みくりは一瞬面食らったが、すぐに慣れないラテン語で挨拶を返した。
「うん、また明日!Vale!」
技術部の後ろ姿が小さくなったのを見届けて、四人は歩みを再開する。
「にしても、聖巳さんがスキピオを好きだったなんて意外でした!」
「本当はクフ王にしようか迷ったけど、僅差でスキピオにしたんだよね」
「アントニウスが嫌いって言ってたから、ローマ人全員を嫌ってるのかと」
「クレオパトラちゃんとイチャついた挙句醜態晒した脳筋野郎と一緒にしちゃ失礼ってもんよ」
「どうせT-34から名前を取るなら主人公のニコライにしなさいよ。イェーガー大佐ってやられ役でしょ?」
「やーだー!イェーガー大佐かっこいいもん!!!武人としての潔さ!頬に走る稲妻のような傷跡!獰猛さを秘める青い瞳!不意に見せる可愛い笑顔!」
「顔が理由って事は分かったわ…」
技術部に負けないにぎやかな声が、閑静な帰り道に響いた。