号令と共に動き出す春原高校の戦車たち。パンテーラの後ろをパンター偵察戦車が、それぞれ微速で前進し始めた。ドロドロという履帯の特徴的な音が一帯に響き、のどかな丘陵が一転して戦場へ様変わりする。
「そういえば、偵察させるなら二両とも別々に動いたほうが効率いいんじゃない?」
「本当はそうしたかったけど、そうすると各個撃破されるリスクがあったんだよね」
聖巳の素朴な疑問に、双眼鏡で周囲を伺うみくりが答える。一両でいるところを数で勝る相手に囲まれれば、それこそ勝ち目がない。
「そうね。戦車が増えるまでは固まって動いた方がいいかもしれないわ」
「早く新しい戦車が欲しいです…個人的にはクロムウェルとかが来てほしいですね」
「なら、自分は硬くてデカくて強いのがいいッス!ティーガーとかチャーチルとか!マウスでもいいッスけど!」
「維持費で予算が赤字になるわよ」
夢を膨らませる聖巳に容赦のないツッコミを入れるサンガリア。あの巨体を一度に動かすのにかかる費用を想像するだけで、背筋が冷えていくのを感じた。戦車談義が盛り上がる一方で、みくりはキューポラから身を乗り出したまま双眼鏡を構えて続けていた。
敵が騎士道精神を尊ぶなら、いつ正面から戦車が見えてきてもおかしくない。乗員の練度は明らかに自分達の方が劣っているため、できるなら先に攻撃を仕掛けて有利な流れを作っておきたかった。
―不意に、背後から地鳴りの音が聞こえる。パンター偵察戦車のエンジンにしては重たく、一両どころか何両も重なっているような低い音。思考よりも先に体が動く。
みくりが後ろを振り返ると、四両の戦車が此方に砲塔を指向して迫ってきていた。
「六時の方向から敵集団!!全戦力が向かって来てる!!」
みくりの悲鳴じみた無線の直後、背後の四両が一斉に砲撃を開始した。
「回避!回避ッ!!ジグザグに動いて!!」
「後ろから来たのかよ!?」
『
四発の徹甲弾が立て続けに着弾。土煙が舞い、地面は抉れ、至近弾は耳障りな金属音をたてて砲塔を掠めていく。ものの数秒で春原高校は混乱に陥り、攻撃を避けるので精一杯になった。まばらに放たれる砲弾はグロースクロイツの戦車に掠りもせず、徐々に距離が詰められていく。
キューポラから頭を出して必死に指揮を取ろうとするみくりを見ながら、ローゼマリーは悪役令嬢のような高笑いを響かせた。
「オーッホッホッホ!!これこそがゲルマニアの騎士流・電撃戦ですわ!!」
猛烈な攻勢をかけるのは、グロースクロイツの全戦力である38tN.A、T25、三号戦車K型、シュマールトゥルム砲塔搭載型四号戦車。
パンツァーカイルの先頭を走る四号戦車に、ローゼマリーの歓喜の声が反響する。あまりの声量に一部の生徒は耳を痛めたが、そんなのは彼女の知ったことではない。
在日ドイツ人によって設立され、ドイツの戦車を主力とするグロースクロイツ高校。その隊長を務めるローゼマリーは、かつてドイツ軍が得意とした電撃戦をどうにか戦車道で再現したいと思い、来る日も来る日も練習に励んでいた。
少しでも無理なところを通れば履帯が外れ、安全なルートで攻めようとすれば奇襲に合い。通算10回の練習試合で一度も上手くいかなかったローゼマリーの電撃戦は、度重なる研鑽の末にようやく成功した。あまりの喜びに目に薄らと涙を浮かべたローゼマリーは空を仰ぐ。
―ああ、恐らく天国にいるであろう、愛しのハインツ・グデーリアン様。わたくしの電撃戦、ご覧いただけましたか?『厚い皮膚よりも早い脚』を体現するような、この進軍速度を!
「ローゼマリー隊長!」
うっとりとグデーリアンへ思いを馳せていたローゼマリーだったが、通信手の声によって現実に引き戻される。ハッとして目を開くと、視界の正面が白い煙で覆われていた。
「敵が煙幕を展開した模様。視界不良で攻撃ができません」
「あらあら。残念だけれど機動戦術は中止ね…」
このままの勢いで殲滅するつもりであったが、敵も易々とやられるつもりはないらしい。
ローゼマリーは己の対抗心に火が付くのを感じながら、マイクのスイッチを押した。
「隊長車より通達。全車、全速前進から微速前進に切り替え。煙幕が出ている間は機銃で攻撃、手ごたえがあったら砲撃するように。よろしくて?」
『
「目くらましなど所詮一時的な戦法に過ぎませんわ。グロースクロイツの戦車道、相手方に見せつけてさしあげますわよ!」
『
怒涛の勢いで撃ち出される砲弾は雨のようで、被弾した車両が出ていないのが奇跡のように思えた。パンテーラとパンター偵察車両も負けじと撃ち返すが、逃げながらの砲撃はどうしても精度が落ちてしまうため有効打にならない。チームメイトのやり取りを聞きながら、みくりはタブレットに表示された地図を睨んで頭を回転させる。
「こいつらしつこいですよ!地の果てまで追いかけてくるつもりです!」
「くっ、また外れた…ごめんなさい、聖巳。もう一度装填してもらえる?」
「任せろッス!何発でも装填してみせますよ!」
このまま逃げ続ける訳にはいかないけれど、止まって撃てば確実にやられる。焦燥と悔しさに歯噛みしたその時、みくりの脳内に閃光が走った。
―相手の視界を遮れば、態勢を立て直すチャンスがある―
「こちら隊長車!ポルシェ博士、聞こえますか?」
『ああ、聞こえるぞ!何か策を思いついたのか!?』
「はい、急造なので穴はあると思いますが―」
「教えてくれ!これ以上迎撃していると体力が持たない!』
ポルシェの声に背中を押されたみくりは、意を決して作戦を伝えた。策と言うには急ごしらえだが、少なくとも敵の意表は突けるだろう。
「――という訳で、合図で煙幕を展開したら博士達は右折してください。その間に、こちらは雑木林を越えた先の丘に陣取ります」
『承知した。必ずや敵を仕留めてみせる!』
手前に着地した砲弾が爆ぜる。みくりが背後を振り返ると、四号戦車に乗るローゼマリーと僅かに視線が合った。
「これより"びっくり箱作戦"を始めます!煙幕展開!!」
指令の直後、パンテーラとパンター偵察戦車は同時に煙幕を張った。濃い白色の煙が瞬く間に充満し、狙い通り砲撃が止む。その隙に二両は雑木林の中へ突入。パンター偵察戦車が右折するのを見届けると、パンテーラは木々を搔い潜って丘へ出ようとしていた。
「丘を下ったらすぐに停車ね!砲塔は真後ろに旋回!」
「合点承知!ちょっと
「砲塔旋回180°、了解したわ」
「俺は?」
「聖巳はいつも通り装填宜しく!弾薬は徹甲弾!」
「ラジャー!」
丘の頂を越え、下り斜面に履帯を踏み入れたパンテーラ。加速してずり落ちそうになるが、マザカの急停止によって踏みとどまる。車体の揺れが収まると、すぐにサンガリアが砲塔を後ろに回した。
「徹甲弾装填完了!」
「仰角修正良し。砲手、用意できたわ」
「位置のキープは任せてください!」
乗員の頼もしい声にみくりはしっかりと頷く。丘の向こうから聞こえてくるドイツ製のエンジンの音は次第に近づき、ついに38tN.Aが姿を現した。斜面の下で待ち構えていたパンテーラが38tN.Aの底面を照準に捕捉する。
「撃てッ!!」
煙幕が晴れて視界が戻ってくる。次なる指示を出すべくキューポラから顔を出したローゼマリーは、雑木林へ続く道に履帯の痕がついていることに気付いた。
「視界をくらました間に逃げ込んだのね。いくら逃げたところで、わたくしからは逃れらませんわよ」
ローゼマリーは好戦的に舌なめずりし、隣を走る戦車へ号令をかける。
「機銃攻撃止め。雑木林に入って逃げた敵を討ち取りますわ。陣形をパンツァーカイルから単縦陣に変更」
よく訓練されたグロースクロイツの戦車隊は、隊長の指示を聞くなり素早く隊列を組みかえる。その美しさすら感じる動きに、ギャラリーからは歓声が上がった。
38tN.Aが先頭を走り、その後ろに三号戦車と四号戦車が続き、殿をT25が務める。
四両の戦車は増速しながら雑木林へ入る。平原よりも光の届かないこの場所は敵を見逃しやすいため、ローゼマリーを始めとした隊長は隅々まで索敵した。しかし、未だ敵影は見当たらない。このまま走っていれば雑木林を抜けてしまいそうだ。
「…妙ですわね。隠れるのに絶好の雑木林を捨てて、更に遠くまで逃げたのかしら」
小首を傾げた瞬間、隊伍の先頭を走っていた38tN.Aが爆発音と共に停止する。直後、砲塔から白旗が上がった。
「何事ですの!?」
『こちら一号車、丘の下からパンテーラの砲撃を受けて走行不能!すみません!』
「怪我は!?無事でしょうね!?―って、丘の下にいるのはパンテーラだけでしたの?」
『全員無事です!はい、斜面にパンテーラが一両…あれ?それじゃパンター偵察戦車はどこに―』
最悪のシナリオがローゼマリーの脳内を過る。すぐに指示を出そうとスロートマイクに触れるが時すでに遅く、今度は殿のT25が側面から砲撃を受けて白旗を上げた。音のした方を見ると、砲身から煙を燻らせたパンター偵察戦車がいる。
―してやられた、とローゼマリーは奥歯を嚙み締めた。
目の前で黒煙を噴き上げ、慣性に従ってずり落ちてくる38tN.Aを瀬戸際で回避するパンテーラ。
砲塔の中でグッとガッツポーズを作るみくりの元に、パンター偵察戦車から無線が届いた。
『こちらポルシェ!敵のT25をヴァルハラに送ってやったぞ!』
「ナイスです!このまま敵を追い詰めてください!」
目の前を走る38tN.Aが倒されて恐怖に駆られた三号戦車の車長は、咄嗟に全速後退の指示を出したせいで四号戦車に激突してしまう。
「ちょ、ちょっと!痛いですわ!落ち着きなさい!」
『ああっすみません!!』
列の先頭と最後の車両を撃破されたグロースクロイツは、進むことも退くこともできずに慌てふためく。これこそがみくりの狙った展開だった。煙幕を張って逃げたように見せかけてからの奇襲。雑木林という名のびっくり箱を開けてしまったローゼマリーは、己の迂闊さを悔やんだ。
しかし、やられっぱなしを許すほど彼女は甘くない。すぐに闘志を奮い立たせると、ローゼマリーは砲手に砲塔旋回の命令を出した。狙うは林の中から味方を屠ったパンター偵察戦車。
「わたくしはドイツのような女ですのよ。例え第一次世界大戦で負けたとて、挫けずに二度目の大戦に挑む!」
「隊長!それでは二回目も負けてしまいます!!」
「だまらっしゃい!目標、五時の方向のパンター偵察戦車!車体下部を狙って!」
一度目はともかく二度目は完全に
「
ローゼマリーの号令と同時に四号戦車が火を噴く。混乱の中にあったにも関わらず、ローゼマリーの的確な指示によって、四号の主砲はパンター偵察戦車を正確に捉えていた。
敵の撃破に夢中になっていたポルシェは回避の指示が遅れてしまい、急いで操縦手のクリスティの肩を蹴るが間に合わない。一瞬の静寂の後、パンター偵察戦車は被撃破を意味する白旗を上げた。
『流石です、ローゼマリー隊長!』
「これで数的優位は確保できましたわね。三号車はわたくしとパンテーラを追撃しますわ。
『Jawohl! Mein Kommandant!』