「じゃーん!」
痛い思いをしながらも、なんとかかぐやを連れて帰ってきた私を待ち受けていたのは、暴力的なまでにいい匂いを漂わせる華やかな料理たちであった。
「まーずは、生のトウモロコシから作ったポタージュ。こっちは新ゴボウとアスパラのカリカリサラダ温玉付き。メインはトマト煮込みハンバーグ、ズッキーニのソテーをそ・え・て♪」
「これも私のウォレットで...?」
「ソダヨー」
『こりゃまた豪勢なこった』
我が家の食卓には並んだことのないようなおいしそうな料理の数々。
こんなに豪華な料理が3人分も...ん?
「何で3人分...?」
「?だって、ヤクモも食べるでしょ?」
私のその質問に、かぐやは首をかしげながら、さも当然のように答えた。
「...あー」
一瞬言葉に詰まったが、かぐやには説明しておかないといけないだろう。
「あのさ、ヤクモは実体無いから食べられないよ?」
そう、ヤクモは実体のないいわば幽霊のような、精神体のような、そんな感じの生き物だ。
だからヤクモに食事は必要ない。
いや、食べたくても食べられないと言った方が正しいか。
「え˝~!?せっかく作ったのにー!」
「はあ...」
なんてことだ。勝手に人のウォレットを使った挙句、一人分の料理を無駄にしてしまうなんて...
「そうだ、彩葉の体でヤクモが食べればいいんだ!」
「私の体を破裂させる気?2人分は入らないよ?」
そう愚痴をこぼしながら私は目の前の料理を口に運ぶ。
...滅茶苦茶旨い。
「なんなのよ...旨いじゃないのよ...なんなのよあんた...久しぶりの美味しいご飯で...身体が喜びに満ちていくじゃないのよ...」
『...すごい美味しそうに食べるね』
「あんたも食べる...?」
『いや、私はいい。彩葉が食べな』
ヤクモは拒否の姿勢を示す。
でも、さっきの柔らかい表情から察するに、かぐやには弱いと見た。
「かぐや、ヤクモは料理食べたくないってさ」
「えー、かぐやが頑張って作った料理、ヤクモにも食べてもらいたいなぁ...」
『うっ...分かったよ』
そして渋々了承したヤクモに主導権を渡す。
今はただ、この美味しさをヤクモにも味わってほしかった。
曲がりなりにも半年以上前から行動を共にしている...なんていうんだろう、もう他人って感じでもないから。
「...旨い」
その瞬間、ほんの少しだけ、胸の奥が温かくなるような感覚が伝わってきた。
「えへへ、でっしょぉ~?」
「...味か」
ヤクモが、ぽつりと呟く。
その言葉には、懐かしさが含まれているような気がした。
「久しぶりに感じたよ」
『あれ、前は感じてたみたいな言い方だね』
「ああ、前の契約者の時は実体を持てたからね。今は彩葉と契約してるわけじゃないから出来ないだけで。私はこれでも長生きなんだよ?」
「へぇー、じゃあヤクモは何歳なの?」
『おい』
何てデリカシーのない質問なんだ...
しかしヤクモは隠すことなくその質問に答えた。
「うーん、ざっと8000歳ってところかねぇ?」
『嘘つけ!』
「えー、なんかヤチヨみたいだね!」
...確かに、ヤチヨも設定上は8000歳だ。
それにヤクモのどこか年長者を思わせるような雰囲気もあって、あながち8000歳と言われてもあまり間違っていないように思えた。
(契約者と喧嘩したって言ってたしもしかして...いやいや、ヤチヨはAIだぞ?ないない)
私は即座にそのありえない思考を振り切る。
そして私とヤクモは時々交代しながらその料理を味わうのだった...
「あのさぁ、マジでここでは匿えないよ?ただでさえ親に無理言って一人暮らししてるんだし、面倒ごとは...」
「出来たぁ!」
「聞いてる?聞いてないか...」
私の話を無視してかぐやは私のノートPCを使って何やらプログラミングをしていた。
「人の話聞けよ。てか何が出来たの?まさかサイバー犯罪とかじゃないですよね!?」
「『犬DOGE』!これでいつでも一緒だって!」
どうやら私が持っていた携帯ゲームキットを引っ張り出してオリジナルキャラを作っていたようだ。
ビビったぁ...
『ご機嫌だねぇ...』
「てか一生住む気満々かよ」
「だって、他にどこに行けばいいの?もし捕まっちゃったらかぐやちゃん解剖されちゃうかも~」
『...別に置いておけばいいじゃないか』
「はぁ!?」
ヤクモは意外にも、かぐやをここに置いておくように言ってきた。
「気軽に言わないでよ。お金もないし、学校だってあるのよ?実体のないヤクモはまだしも、宇宙人をかくまってる余裕なんて...」
『どうせ勝手に戻ってくるよ、この手合いは』
私の言い訳に対して、ヤクモはどこか達観したような言葉を投げかける。
確かにその通りかもしれないけど...!
『...居場所が無いってのは、想像以上に堪えるものさ』
「あっ...」
その言葉に、少し引っかかった。
実家にいた時のことを思い出した。
お父さんも、お兄ちゃんも居なくなって。お母さんに認めてもらわないと、あの家には私の居場所なんて...
そう思った瞬間、私はその思考を止める。
いけないいけない、私は物思いに耽っている余裕なんて無いんだ。
『それに彩葉、断れないだろ。本当に嫌なら、とっくに追い返してる』
「うっ...」
きらきらした目でこっちを見るかぐやに、私は頭を抱えた。
「はぁ、迎えがくるまででいいのね?」
「いいの!?」
「一、目立たない!「あっ」ニ、許可なく外でない!「おっ」三、私の邪魔しない!「ゔっ」このルールが守れるなら、ここにいていいよ」
「じゃあかぐやはどこにも行けず、楽しみもなく、ずっとこのままってこと~?」
かぐやは私の提案に顔を青ざめさせながら駄々をこね始める。
「嫌ならこの話なかったことに」
「やだやだ、一緒にハッピーエンド行こう?」
「自分でハッピーエンドにするんでしょ?巻き込まないで」
『手厳しいねぇ』
「これが最大の譲歩ですぅ~」
そんな問答をしていると、スマホのアラームが鳴った。
しまった、この時間までに予習を終わらせるつもりだったのに...
「何?どこ行くの?またかぐやを置いていくの?」
「どこにも行かないって、ツクヨミに行くだけ...あっ」
そうだこいつ、勝手にスマコンを買ったんだった...
仕方ない、連れていくか。
「あ、食費は定額制!」
「増えた!」
問答を終え、私とかぐやはスマコンを装着した。
「行くよ、せーの!」
その合図と共に私たちは目を閉じる。
そして電子の仮想空間へと誘われるのだった...