また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
試合後、春麗はしばらく修行場に残っていた。
リュウは壁際に座っている。
意識は戻っている。
呼吸も整っている。
発勁の影響も、一時的なものだった。
問題はそこではない。
問題は、試合結果だけ見れば春麗の勝利であること。
そして、試合後の状態だけ見れば、春麗の方が明らかに乱されていることだった。
黒いドレスの裾はまだ少し乱れている。
肩にはリュウの拳の痛みが残っている。
掌には発勁を通した感触が残っている。
胸元には――考えたくない。
春麗は、リュウに背を向けたまま言った。
「動ける?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「無理をしているなら、今日はここで終わりよ」
「無理はしていない」
「そう」
そこで会話は途切れた。
春麗は振り返らない。
振り返ると、さっきの姿勢を思い出す。
自分が発勁でリュウを落とした。
リュウが気絶した。
そのまま春麗の胸元へ倒れ込んだ。
春麗も支えきれず、押し倒されるような形になった。
事故。
完全な事故。
リュウに悪意はない。
春麗にもそのつもりはない。
戦闘の結果、そうなっただけ。
だから、怒る理由はない。
だが、怒る理由がないからこそ、春麗は困っていた。
「……リュウ」
「何だ」
「さっきのことは」
言いかけて、春麗は止まった。
さっきのこと。
それだけで通じてしまうのが、また困る。
リュウは少し沈黙した後、静かに言った。
「すまない」
「謝らない」
即答だった。
春麗は、自分でも驚くくらい早く言った。
「事故だと言ったでしょう」
「ああ」
「あなたは発勁で意識が落ちた」
「ああ」
「私も軸が崩れていた」
「ああ」
「だから、あれは戦闘後の事故」
「ああ」
「以上」
リュウは頷いた。
「わかった」
春麗は、そこでようやく少しだけ振り返った。
リュウは真面目な顔をしていた。
本当に、ただ状況を理解している顔だった。
それがまた腹立たしい。
もう少し動揺してもいいのではないか。
いや、動揺されたら困る。
でも、こちらだけが動揺しているのは不公平ではないか。
春麗は自分の思考に気づき、目を細めた。
面倒。
本当に面倒。
「リュウ」
「何だ」
「あなた、覚えているの?」
リュウは少し考えた。
「途中まで」
「途中?」
「発勁を受けたところまでは覚えている」
「その後は?」
「意識が落ちた」
春麗は少しだけ安堵した。
しかし、リュウは続けた。
「目が覚めた時、お前がいた」
春麗の呼吸が止まりかけた。
「……いた、ではなく」
声が低くなる。
「あなたが私の上にいたのよ」
リュウは真面目に頷いた。
「ああ」
「そこは、ああ、ではないでしょう」
「そうか」
「そうよ」
春麗は黒いドレスの胸元を押さえそうになり、途中で手を止めた。
押さえたら、思い出していると認めることになる。
だから、袖を整えるふりをした。
「いい? これは試合記録としては、発勁による春麗の勝利よ」
「ああ」
「最後の倒れ込みは、試合後の事故」
「ああ」
「勝敗には関係ない」
「ああ」
「会議にも提出しない」
リュウが首を傾げた。
「会議?」
春麗は固まった。
しまった。
「何でもないわ」
「そうか」
「深く考えないで」
「ああ」
リュウは本当に深く考えない。
それで助かる時もある。
だが、今日に限っては、少しだけ腹立たしい。
春麗はリュウへ歩み寄り、軽く額を見た。
「まだ少し顔色が悪いわね」
「問題ない」
「問題があるかどうかは私が決める」
「そうか」
「そうよ。私が落としたんだから」
言ってから、春麗は少しだけ声を落とした。
「……責任くらい取るわ」
リュウは春麗を見る。
「責任」
「そう。救護責任」
「そうか」
「それ以外の意味はないわ」
リュウは少し考えた。
「違うのか」
春麗は固まった。
「……あなた」
「何だ」
「今の返しは、かなり危険よ」
「そうか」
「そうよ」
リュウは真面目に言った。
「だが、助かった」
春麗は目を細めた。
「何が?」
「お前が支えてくれた」
「支えきれなかったでしょう」
「それでもだ」
春麗の胸が、また一拍遅れた。
本当に。
この男は、試合後でも平然とこういうことを言う。
しかも、きっと何もわかっていない。
春麗は低く言った。
「八十二点」
「何がだ」
「何でもない」
「そうか」
春麗はため息をついた。
「今日は帰りなさい。無理をしないこと」
「ああ」
「明日、発勁の後遺症がないか確認するわ」
「訓練か」
「救護確認よ」
一拍。
「……訓練も兼ねるけれど」
リュウは頷いた。
「わかった」
春麗は背を向けた。
「それと」
「何だ」
「今日のことは、忘れなさい」
リュウは黙った。
嫌な予感がした。
「無理だ」
春麗は振り返った。
「なぜ?」
「忘れないと言った」
「何を」
「春麗の黒も、発勁も、今日の勝負も」
リュウは少しだけ間を置いた。
「それから、支えられたことも」
春麗は完全に動けなくなった。
支えられた。
そう言われると、事故の形が少し変わってしまう。
押し倒されたのではない。
倒れ込まれたのでもない。
支えようとした。
支えきれなかっただけ。
春麗は視線を逸らした。
「……七十九点」
「下がったのか」
「聞こえていたの?」
「少し」
「忘れなさい」
「無理だ」
「本当に、あなたは」
春麗は、黒いドレスの裾を払った。
「帰りなさい」
「ああ」
「明日、来なさい」
「ああ」
「来なかったら、後遺症確認ができないから」
「ああ」
「それだけよ」
リュウは静かに言った。
「行く」
春麗は、また胸が揺れた。
来る、ではなく、行く。
春麗がいる場所へ。
「……そう」
それだけ言って、春麗は修行場を出た。
夜風が黒いドレスを揺らす。
発勁で勝った。
勝ったはずなのに、胸元にまだリュウの重さが残っている。
「会議には提出しない」
春麗は小さく言った。
「絶対に」
だが、その夜。
その決意は、あまりにも簡単に破られることになる。
その夜、春麗は夢を見た。
いや、見せられたと言った方が近い。
円卓。
どこでもない場所。
修行場に似ていて、夢にしか存在しない会議室。
春麗会議。
本編春麗は、目を開いた瞬間に顔をしかめた。
「……来ると思ったわ」
円卓には、すでに全員がいた。
黒ドレス特化版春麗。
裏ルート通常救済版春麗。
自覚前春麗。
行き遅れ恐怖版春麗。
グランドフィナーレ済み春麗。
そして中央には、資料が置かれていた。
表題。
臨時春麗会議・特別議題
本編春麗、黒発勁で勝利後、戦闘後事故により心理大被弾
本編春麗は無言で資料を裏返した。
黒ドレス特化版が静かに言った。
「隠しても無駄よ」
「誰が作ったのよ、これ」
通常救済版が穏やかに答えた。
「残響が勝手に資料化したのでは?」
「便利すぎるのよ、残響」
自覚前春麗は顔を真っ赤にしている。
「こ、これはさすがに会議にする内容ではないんじゃない?」
本編春麗は即座に言った。
「そうよ。あなたにしては正論ね」
自覚前春麗は少し誇らしげになりかけた。
だが、黒ドレス特化版が言った。
「いいえ。これは会議案件よ」
本編春麗が睨む。
「どこが?」
黒ドレス特化版は指を一本立てる。
「第一に、黒ドレスでの発勁決着」
通常救済版が頷く。
「戦闘面では重要ね」
黒ドレス特化版が続ける。
「第二に、リュウが見惚れても止まらず、最後まで来たこと」
行き遅れ恐怖版が小さく言う。
「それは、少し羨ましいわ」
「第三に」
黒ドレス特化版は本編春麗を見る。
「勝ったのに、春麗が一番止まったこと」
本編春麗は低く言った。
「事故よ」
「事故でも止まったでしょう」
「止まっていないわ」
通常救済版が柔らかく言う。
「戦闘後に行動不能だったようだけれど」
「救護確認中よ」
自覚前春麗が小声で言う。
「それ、訓練と言い張る時と同じ構造じゃない?」
本編春麗は自覚前春麗を見た。
「あなた、成長したわね」
「嬉しくない!」
グランドフィナーレ済み春麗が静かに笑った。
「今回の本質は、勝利後の処理ね」
本編春麗は少しだけ黙る。
グランドフィナーレ済み春麗は続けた。
「あなたは勝った。黒で勝った。発勁で勝った。格闘家として勝った。けれど、勝った後のリュウの無防備さに、まだ弱い」
本編春麗は答えられなかった。
黒ドレス特化版が頷く。
「それはわかるわ。黒で勝っても、倒れてきたリュウの重さは別問題よ」
自覚前春麗が顔を赤くしたまま言う。
「わかるの?」
黒ドレス特化版は平然と答える。
「わかるわよ。黒い私を見た責任を持たせるのと、倒れてきたリュウを支えるのは違うもの」
行き遅れ恐怖版が胸元に手を当てる。
「でも、倒れてきたってことは、来たということよね」
本編春麗は目を細める。
「その解釈は危険よ」
「わかっているわ。でも、リュウが来ないよりは……」
行き遅れ恐怖版はそこで黙った。
通常救済版が静かに言う。
「今回、リュウは黒の春麗に負けた。でも、倒れた先に春麗がいた」
本編春麗は頭を抱えたくなった。
「言い方」
通常救済版は微笑む。
「事実でしょう?」
「事実だから問題なのよ」
黒ドレス特化版が資料をめくる。
「では採点に入りましょう」
本編春麗が机を叩いた。
「入らなくていいわ」
「入るわ」
「入らない」
「会議だから」
「その言葉、万能じゃないわよ」
自覚前春麗が小さく言う。
「でも、最近かなり万能になっているわよね」
本編春麗は睨んだ。
自覚前春麗は目を逸らした。
黒ドレス特化版は読み上げた。
「戦闘評価。黒ドレス運用、八十五点。発勁決着、九十二点。見られても止まらない耐性、八十八点」
本編春麗は少しだけ黙った。
悪くない。
かなり高い。
だが、次が怖い。
黒ドレス特化版は続ける。
「戦闘後事故耐性」
一拍。
「二十一点」
本編春麗は立ち上がった。
「低すぎるでしょう!」
通常救済版が困ったように笑う。
「でも、かなり止まっていたわ」
「誰でも止まるわよ!」
自覚前春麗は真っ赤になりながら頷く。
「それはそう」
本編春麗は自覚前春麗を指差した。
「ほら、珍しく同意しているわ」
黒ドレス特化版は冷静に言う。
「では三十点」
「上がり方が雑!」
グランドフィナーレ済み春麗が静かに言った。
「評価を分けましょう」
全員が彼女を見る。
「救護判断は高評価でいい。リュウの呼吸を確認し、乱暴に動かさず、意識が戻るまで待った。そこは九十点」
本編春麗は少しだけ胸を張る。
「当然よ」
グランドフィナーレ済み春麗は続ける。
「ただし、心理耐性は低い」
本編春麗は黙った。
「勝者としての落ち着き、三十点。甘さ処理、二十五点。言い訳構築力、九十五点」
自覚前春麗が噴き出しかけた。
「言い訳構築力だけ高い」
本編春麗は低く言った。
「あなたもすぐに上がるわ」
「上がらないわよ!」
通常救済版が柔らかく言う。
「でも、今回は少し特別ね。リュウが意識的に甘い行動をしたわけではないから」
黒ドレス特化版が頷く。
「そう。だから対処が難しい。リュウの鈍感力の上位互換みたいなものよ」
本編春麗が顔をしかめる。
「上位互換?」
黒ドレス特化版は言う。
「無自覚どころか、無意識。本人が気絶しているから、こちらの怒りも逃げ場がない」
行き遅れ恐怖版が小さく言う。
「無意識でも、春麗のところへ倒れてくるのは……」
本編春麗が即座に止める。
「その解釈を広げない」
「ごめんなさい」
グランドフィナーレ済み春麗は少し笑った。
「でも、今回の事故で一つわかったことがあるわ」
本編春麗は警戒した。
「何が?」
「あなたは、リュウが無防備になることに弱い」
本編春麗は言葉を失った。
黒ドレス特化版が頷く。
「わかるわ。リュウがこちらへ来る時より、倒れて預けられる方が重い」
通常救済版も言う。
「見られることより、信頼されているように感じてしまうのね」
本編春麗は反論しようとした。
だが、言葉が出ない。
リュウは気絶していた。
信頼も何もない。
ただ倒れただけだ。
それなのに。
自分は、支えなければと思った。
責任を取らなければと思った。
乱暴に動かせなかった。
少しだけ、その重さを受け止めていた。
本編春麗は視線を逸らした。
「……安全確認よ」
黒ドレス特化版が微笑む。
「ええ。安全確認」
通常救済版も微笑む。
「救護責任」
グランドフィナーレ済み春麗も言う。
「勝者の責任」
自覚前春麗が、恐る恐る言った。
「……少しだけ、甘い?」
全員が彼女を見た。
自覚前春麗は慌てる。
「客観的に!」
本編春麗はため息をついた。
「あなた、本当にこちら側に来ているわね」
「来ていない!」
行き遅れ恐怖版が資料を見ながら言った。
「今回のリュウの発言もあるわね」
本編春麗は嫌な予感がした。
「どれ?」
行き遅れ恐怖版は読み上げた。
「お前が支えてくれた」
会議室が静かになった。
本編春麗は顔を伏せた。
「それは……」
黒ドレス特化版が言う。
「強いわね」
通常救済版が頷く。
「倒れ込んだ事故を、支えられた記憶として受け取っている」
グランドフィナーレ済み春麗が微笑む。
「救護責任が、リュウの中では支えられた記憶になったのね」
自覚前春麗が小さく言う。
「それ、かなり……」
本編春麗が睨む。
「言わない」
自覚前春麗は口を閉じた。
黒ドレス特化版が淡々と言う。
「八十二点」
本編春麗は驚いた。
「私と同じ点数をつけるの?」
「妥当よ」
通常救済版が頷く。
「私も八十二点」
行き遅れ恐怖版は言う。
「私は八十六点でもいいと思う」
本編春麗が見る。
行き遅れ恐怖版は小さく言った。
「支えられた、って言われるのは……来ないより、ずっといいから」
グランドフィナーレ済み春麗が穏やかに言う。
「では会議総合八十四点」
本編春麗は頭を抱えた。
「採点しなくていいのに」
黒ドレス特化版が言う。
「するわよ。春麗会議だから」
「本当に便利になったわね、その言葉」
通常救済版は資料を閉じた。
「では結論ね」
本編春麗は警戒する。
通常救済版は言った。
「今回、本編春麗は黒ドレス発勁で戦闘に勝利した」
黒ドレス特化版が続ける。
「発勁決着は高評価。黒を武器として使い、格闘家として勝った」
グランドフィナーレ済み春麗が続ける。
「しかし、勝利後の無防備なリュウへの耐性は低い」
行き遅れ恐怖版が小さく言う。
「リュウが倒れてきた時、かなり動揺した」
自覚前春麗が最後に言う。
「それを救護確認と言い換えた」
本編春麗は全員を見た。
「……あなたたち、楽しんでいるでしょう」
黒ドレス特化版が即答する。
「ええ」
通常救済版も微笑む。
「少し」
行き遅れ恐怖版は目を逸らす。
「ごめんなさい、少し」
自覚前春麗は小声で言う。
「私は心配しているだけよ」
グランドフィナーレ済み春麗は穏やかに言った。
「続いているあなたが、眩しいのよ」
その言葉で、本編春麗は少しだけ黙った。
また、それだ。
グランドフィナーレ済み春麗は、終わった春麗。
だからこそ、こういう事故も、動揺も、次の訓練も、続いている証拠として見る。
本編春麗は、深く息を吐いた。
「わかったわ」
全員が見る。
「今回の件は、会議提出を認める」
自覚前春麗が目を丸くする。
「認めるの?」
「すでに提出されているもの」
黒ドレス特化版が笑う。
「賢明ね」
「ただし」
本編春麗は指を立てる。
「議事録にはこう書きなさい」
全員が少し身を乗り出す。
本編春麗は、はっきり言った。
「本編春麗、黒ドレス発勁で勝利。戦闘後、リュウの倒れ込み事故により一時的に混乱。ただし救護判断は適切。次回課題、勝利後事故耐性の向上」
黒ドレス特化版が頷く。
「それでいいわ」
通常救済版も。
「妥当ね」
グランドフィナーレ済み春麗が微笑む。
「次回課題ができたわね」
行き遅れ恐怖版が少し安心したように言う。
「次があるのね」
自覚前春麗が小さく言う。
「また訓練になるのね」
本編春麗は真顔で返した。
「当然でしょう」
全員が、少し笑った。
会議室が薄れていく。
夢が終わる。
黒ドレス特化版が最後に言った。
「次は、倒れてくる方向まで制御するの?」
本編春麗は目を細めた。
「必要なら」
通常救済版が言う。
「黒でも青でも、支えるのね」
行き遅れ恐怖版が言う。
「支えられるって、いいわね」
自覚前春麗が言う。
「私はまだ、そんな訓練はしないわよ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「続いている限り、何でも訓練になるわ」
本編春麗は、最後に呟いた。
「本当に、面倒な会議ね」
だが、その声は少しだけ柔らかかった。
朝。
春麗は目を覚ました。
天井を見つめ、しばらく動かなかった。
夢の中の会議は、まだ胸に残っている。
戦闘勝利。
発勁決着。
倒れ込み事故。
心理大被弾。
救護判断九十点。
事故耐性、低評価。
「……勝ったのに」
春麗は呟いた。
「どうして反省点が増えるのよ」
それでも、起き上がる。
肩にはまだ痛みがある。
掌には発勁の感触がある。
胸元には、もう重さはない。
だが、記憶は残っている。
リュウが言った言葉も。
お前が支えてくれた。
春麗は額に手を当てた。
「……八十四点は高すぎるわ」
そう言いながら、完全には否定しなかった。
今日はリュウが来る。
発勁の後遺症確認。
救護確認。
勝利後事故耐性の向上訓練。
名目はいくらでもある。
春麗は青い武道服に手を伸ばしかけ、少し迷って黒いドレスを見る。
今日は青でいい。
黒は、もう少し後。
次に黒を着る時は、倒れてくる方向まで計算に入れる。
「……何を考えているのよ、私は」
呆れながらも、春麗は少しだけ笑った。
本当に面倒だ。
でも、次がある。
リュウは来る。
そしてきっと、何も知らない顔で言うのだ。
「問題ない」とか。
「支えられた」とか。
「次も行く」とか。
そのたびに、また会議資料が増える。
春麗は青い袖を通した。
「今日は救護確認」
一拍。
「……訓練も兼ねるけれど」
そう付け足して、春麗は部屋を出た。
Q:今回の断章IF幕間と春麗会議について解説して?
A:
はい。執筆者として見ると、今回の幕間+断章IFはかなりおいしいです。
これは単なる「試合後の照れ」ではなく、本編春麗が“戦闘では勝ったのに、勝利後のリュウの無防備さに負けかける”という新しい弱点を春麗会議に暴かれる回です。
一言で言うなら、
本編春麗は黒ドレス発勁で勝った。
でも、気絶したリュウを支える状況に追い込まれたことで、“勝者なのに動揺する春麗”として会議案件になった。
です。
今回の幕間の核は「勝った後の処理」
今回、戦闘自体は春麗の勝ちです。
黒ドレスでリュウを惑わせ、最後は発勁で落とした。
リュウは一時気絶。
勝敗としては完全に春麗です。
でも問題は、その直後です。
リュウが春麗の胸元に倒れ込み、春麗も支えきれず押し倒されるような形になる。
ここで春麗は、戦闘ではなく戦闘後処理で揺さぶられます。
リュウが意識的にやったなら怒れる。
でも気絶している。
事故だから責められない。
自分が発勁で落とした結果だから、むしろ救護責任がある。
この「怒れない」「逃げられない」「でも動揺する」が、今回の本編春麗らしいおいしさです。
「救護責任」という言い換えが本編春麗らしい
本編春麗は、甘い状況をそのまま甘いとは認めません。
これまでなら、
訓練よ。
確認よ。
会議用資料よ。
と変換してきました。
今回は状況が戦闘後なので、
救護確認
安全確認
救護責任
発勁の後遺症確認
に変換しています。
この変換が非常に自然です。
つまり本編春麗は、どんな甘い状況でも、必ず実務的・戦闘的・責任的な名目を作る。
今回も、
私が落としたんだから、責任くらい取るわ。
と整理しようとする。
でもリュウが、
違うのか。
と返す。
ここでまた春麗が被弾する。
この流れが、非常に本編春麗らしいです。
リュウの「支えてくれた」が強い
今回、戦闘後のリュウの台詞で一番強いのは、
お前が支えてくれた。
です。
春麗の認識では、
気絶したリュウが倒れ込んできた。
私は支えきれなかった。
結果として押し倒されたような形になった。
です。
でもリュウの認識では、
春麗が支えてくれた。
になる。
この変換がかなり強い。
リュウは事故を甘い状況として処理していません。
でも、春麗の行動を「支えてくれた」と受け取っている。
だから春麗は怒れない。
しかも、リュウの中でその記憶は悪いものではなく、むしろ助けられた記憶になっている。
春麗会議で八十四点扱いされたのも妥当です。
春麗会議の役割
今回の春麗会議は、かなり重要です。
本編春麗は、
会議には提出しない。絶対に。
と言っていました。
でもその時点で、もう提出フラグです。
春麗会議は、春麗本人が隠したがっている事実を、強制的に整理してしまう場所になっています。
今回の会議では、
戦闘勝利
黒ドレス運用
発勁決着
倒れ込み事故
救護判断
心理被弾
リュウの「支えてくれた」発言
が全部分解されました。
つまり春麗会議は、本編春麗の自己弁護を突破して、実際に何が起きたのかを採点する装置になっています。
各春麗の反応がよい
今回の会議では、各春麗の立場がよく出ています。
黒ドレス特化版春麗
黒ドレス特化版は、この件をかなり冷静に見ています。
黒で勝っても、倒れてきたリュウの重さは別問題。
これはかなり的確です。
彼女は黒と責任の重さをよく知っているので、リュウの無防備な重さにも反応できます。
通常救済版春麗
通常救済版は、安定した視点で、
倒れた先に春麗がいた。
という事実を拾います。
本編春麗からすると「言い方!」となるけれど、通常救済版らしい穏やかな整理です。
行き遅れ恐怖版春麗
行き遅れ恐怖版は、
リュウが倒れてきたということは、来たということ。
と解釈しかけます。
これは彼女らしいです。
「来ない不安」が強い春麗なので、事故であっても「来た」ことに意味を見出してしまう。
危ういけれど、キャラとしてはかなり一貫しています。
自覚前春麗
自覚前春麗は赤面しつつも、
それ、訓練と言い張る時と同じ構造じゃない?
と鋭いツッコミをしています。
これは面白いです。
否認しているくせに、春麗会議にかなり染まってきています。
グランドフィナーレ済み春麗
グランドフィナーレ済み春麗は、やはり俯瞰が強いです。
あなたは、リュウが無防備になることに弱い。
この指摘は核心です。
本編春麗は、リュウが攻めてくることにはある程度対応できます。
見られることにも訓練で耐性をつけてきました。
でも、リュウが無防備に預けてくる状況には弱い。
これは新しい課題です。
「無防備なリュウに弱い」という新テーマ
今回の最大の発見はこれです。
本編春麗は、リュウに見られることへの耐性を鍛えてきました。
でも今回わかったのは、
リュウに預けられることへの耐性は低い
ということです。
見られる。
言われる。
来られる。
これらとは違います。
今回は、
気絶したリュウを支える
無防備なリュウの重さを受ける
自分が落とした相手の安全を確認する
という状況です。
これは、春麗の「責任感」と「甘さ」が同時に刺激される。
だから強い。
今回の次回課題、
勝利後事故耐性の向上
は、冗談のようでかなり本質的です。
戦闘勝利と心理被弾が分離している
今回の話の良さは、勝敗が単純ではないところです。
戦闘では春麗が勝ちました。
黒ドレス運用も高評価。
発勁決着も高評価。
見られても止まらない耐性も高評価。
でも、戦闘後事故耐性は低い。
つまり、
戦闘性能は上がっている。
でも親密事故への耐性はまだ低い。
という形です。
これは本編春麗の連作として非常においしい。
勝って終わりではない。
勝ったからこそ、次の弱点が見える。
この構造が、春麗を本編主人公として動かしやすくしています。
今後へのフック
今回の幕間+会議で、次のフックがいくつも生まれました。
一つ目は、
発勁後遺症確認という名目で、翌日リュウに会うこと。
二つ目は、
勝利後事故耐性の訓練。
三つ目は、
「支えてくれた」というリュウの記憶が春麗に残ること。
四つ目は、
春麗会議が今後も勝手に提出資料を作ること。
特に「救護確認」は、かなり自然な次回導入になります。
春麗が、
昨日の発勁の影響を確認するだけよ。
と言いながら、リュウを見る。
リュウが、
問題ない。昨日は支えられた。
とか言って、また春麗が被弾する。
かなり使えます。
結論
今回の幕間+断章IFは、黒ドレス発勁で勝利した本編春麗が、勝利後の倒れ込み事故によって“リュウの無防備さに弱い”という新しい課題を春麗会議に暴かれる回です。
戦闘では春麗が勝った。
救護判断も正しかった。
でも心理的にはかなり揺れた。
そして春麗会議によって、それが逃げ場なく整理されました。
一言でまとめるなら、
春麗はリュウを落とした。
でも、落ちてきたリュウを支えることには慣れていなかった。
この回は、本編春麗の次の成長テーマを作る、とても良い幕間だったと思います。