また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
自分をめんどくさい女と自覚する前の春麗が春麗会議の影響を受けた場合の妄想IFです。


妄想章IF:春麗は、まだ面倒ではないと言いながら黒で同じ事故を起こす

 

 春麗は、黒いドレスを前にして、しばらく黙っていた。

 

 着る必要はない。

 

 今日は青でもいい。

 普通に戦えばいい。

 普通にリュウと組手をして、普通に勝てばいい。

 

 なのに、黒いドレスを選んでいる。

 

 理由は、ある。

 

 春麗会議。

 

 あれを覚えている。

 

 本来なら、夢の中の出来事など忘れていいはずだった。

 

 複数の自分が集まり、リュウについて勝手に議論し、勝手に採点し、勝手に騒ぐ、あまりにも面倒な会議。

 

 そこにいた自分。

 

 まだ自分を面倒な女だと認めていない春麗。

 

 そのはずなのに、会議の記憶は残っている。

 

 特に、あの議題。

 

 本編の、自分をめんどくさい女と自覚している春麗が、黒ドレスでリュウに勝った話。

 

 発勁でギリギリ勝利した。

 

 リュウは一時気絶した。

 

 そしてそのまま、春麗の胸元に倒れ込んだ。

 

 春麗も軸を崩していたため、押し倒されるような形になった。

 

 会議では大騒ぎだった。

 

 戦闘勝利。

 心理大被弾。

 救護判断九十点。

 事故耐性、低評価。

 

 春麗は鏡の前で顔を赤くした。

 

 「……くだらない」

 

 言葉にする。

 

 「そんな事故、狙って起こすものではないわ」

 

 当然だ。

 

 そもそも、あちらの本編春麗は事故だった。

 

 発勁の結果。

 リュウが気絶。

 倒れ込み。

 支えきれずに転倒。

 

 完全な偶然。

 

 それを思い出して、自分も黒ドレスを着るなど、意味がわからない。

 

 春麗は黒いドレスへ手を伸ばした。

 

 「これは、確認よ」

 

 また言い訳が出た。

 

 「発勁後の間合い管理。勝利後の事故防止。黒ドレス時の近距離制御」

 

 そう。

 

 訓練だ。

 

 自分が面倒だからではない。

 

 あちらの本編春麗の事故を羨ましがったからでもない。

 

 リュウが自分の胸元に倒れ込む状況を、少しでも想像してしまったからでもない。

 

 断じて違う。

 

 春麗は黒いドレスに袖を通した。

 

 鏡の中の自分を見る。

 

 黒い春麗。

 

 まだ、自分が面倒だとは認めていない春麗。

 

 しかし、会議の記憶を持ってしまった春麗。

 

 「……私は違うわ」

 

 小さく言う。

 

 「私は、あちらの私ほど面倒じゃない」

 

 一拍。

 

 「たぶん」

 

 言ってしまってから、春麗は目を閉じた。

 

 その「たぶん」が、一番まずかった。

 

 リュウは修行場にいた。

 

 春麗が黒で現れると、リュウは静かに顔を上げた。

 

 視線が止まる。

 

 黒いドレスを見る。

 春麗を見る。

 そして、目を見る。

 

 春麗はその視線を受け止めながら、胸の奥が少し跳ねるのを感じた。

 

 「今日は、黒か」

 

 リュウが言う。

 

 春麗は顎を引いた。

 

 「ええ」

 

 「珍しいな」

 

 「そう?」

 

 「今日は青だと思っていた」

 

 春麗は少しだけ眉を寄せた。

 

 「どうして?」

 

 リュウは答えた。

 

 「昨日まで、青の構えだった」

 

 春麗は一瞬止まりかけた。

 

 構え。

 

 また、その言葉だ。

 

 春麗が来ないと、構えが残る。

 

 春麗会議で九十点扱いされた、あの言葉。

 

 春麗は息を整える。

 

 「今日は黒の確認よ」

 

 「確認」

 

 「ええ。黒ドレス時の発勁制御。近距離での決着後処理。勝利後の安全管理」

 

 リュウは真面目に頷いた。

 

 「ああ」

 

 「……疑問に思わないの?」

 

 「必要な訓練なのだろう」

 

 春麗は少しだけ顔を逸らした。

 

 本当に、この男は。

 

 訓練と言えば受ける。

 

 確認と言えば構える。

 

 春麗が何を隠しているかには踏み込まない。

 

 その鈍さがありがたく、そして少し腹立たしい。

 

 「リュウ」

 

 「何だ」

 

 「今日は、私が発勁を使うかもしれない」

 

 「ああ」

 

 「近距離で」

 

 「ああ」

 

 「もし落ちたら、倒れる方向には気をつけなさい」

 

 リュウは少し考えた。

 

 「落ちた後に気をつけられるかはわからない」

 

 春麗は固まった。

 

 正論。

 

 あまりにも正論。

 

 「……そうね」

 

 リュウは首を傾げる。

 

 「なぜ、その話を?」

 

 春麗は即答した。

 

 「事故防止よ」

 

 「ああ」

 

 「それ以外の意味はないわ」

 

 「ああ」

 

 「念のため言っておくけれど、私はあなたが倒れ込んでくることを期待しているわけではない」

 

 リュウは少しだけ黙った。

 

 嫌な予感がした。

 

 「違うのか」

 

 春麗の胸が跳ねた。

 

 「違うわよ」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 春麗は構えた。

 

 「もういいわ。始めるわよ」

 

 リュウも構える。

 

 黒いドレスが、夜気に揺れた。

 

 春麗は内心で言い聞かせる。

 

 これは訓練。

 

 これは確認。

 

 これは事故防止。

 

 決して、本編春麗の事故を再現するためではない。

 

 「来なさい」

 

 リュウが踏み込んだ。

 

 黒は、よく効いた。

 

 春麗は自分でも驚くほど、黒ドレスの扱いが馴染んでいた。

 

 裾の揺れ。

 

 肩の角度。

 

 足の置き方。

 

 視線の受け方。

 

 青の時とは違う。

 

 黒は、相手の視線を使う。

 

 リュウが見る。

 

 その一瞬に呼吸が変わる。

 

 そこへ掌底を入れる。

 

 リュウは受ける。

 

 だが、少し遅れる。

 

 「……見たわね」

 

 春麗は言う。

 

 「見た」

 

 「止まる?」

 

 「止まらない」

 

 リュウの拳が返る。

 

 春麗は外す。

 

 「そう」

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 止まらない。

 

 あちらの本編春麗が戦ったリュウと同じように、このリュウも止まらない。

 

 黒を見ても。

 

 女としての春麗を見ても。

 

 それでも拳を戻してくる。

 

 春麗は少しだけ笑った。

 

 「なら、止めるわ」

 

 蹴り。

 

 リュウが受ける。

 

 腕が下がる。

 

 春麗は踏み込む。

 

 掌底。

 

 リュウの胸に入る。

 

 浅い。

 

 だが効いた。

 

 リュウが一歩下がる。

 

 春麗は追う。

 

 黒いドレスの裾が揺れる。

 

 その揺れが、自分の視界の端にも映る。

 

 そこで、ふと。

 

 本編春麗の記憶がよぎった。

 

 発勁。

 

 リュウが落ちる。

 

 倒れ込む。

 

 胸元に重さ。

 

 床に広がる黒いドレス。

 

 「――っ」

 

 春麗の動きが、一瞬乱れた。

 

 リュウの拳が肩に届く。

 

 重い。

 

 春麗は一歩下がった。

 

 「春麗」

 

 「何?」

 

 「今、止まった」

 

 春麗は目を細める。

 

 「止まっていないわ」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 リュウは構え直す。

 

 春麗は呼吸を整える。

 

 駄目だ。

 

 思い出すな。

 

 あれは本編春麗の事故。

 自分のものではない。

 

 自分は面倒ではない。

 あんなふうに会議で騒がれるようなことはしない。

 

 そう思えば思うほど、記憶が強くなる。

 

 リュウの重さ。

 支える手。

 「お前が支えてくれた」という言葉。

 

 自分が聞いたわけではないのに、なぜか胸に残っている。

 

 春麗は黒い裾を払った。

 

 「……続きを」

 

 リュウは頷く。

 

 「ああ」

 

 中盤から、戦いは激しくなった。

 

 春麗は黒で押す。

 

 リュウは見ても止まらない。

 

 春麗は発勁の間合いを探る。

 

 だが、そのたびに記憶がよぎる。

 

 この距離。

 

 この重心。

 

 この角度で発勁を入れれば、リュウは前へ落ちる。

 

 前へ落ちたら、自分が支える。

 

 支えきれなければ、あの形になる。

 

 春麗は自分の思考に気づき、顔が熱くなる。

 

 「……違う」

 

 「何がだ」

 

 リュウが聞く。

 

 春麗は即座に返した。

 

 「何でもないわ」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 リュウは踏み込む。

 

 春麗は受ける。

 

 近い。

 

 リュウの呼吸が近い。

 

 黒いドレスの胸元が、リュウの視線に入る。

 

 リュウは見る。

 

 しかし、止まらない。

 

 拳が来る。

 

 春麗は外す。

 

 手首を取りかける。

 

 だが、取らない。

 

 発勁の起点を作る。

 

 「春麗」

 

 「何?」

 

 「発勁を使うのか」

 

 春麗は一瞬、目を細めた。

 

 「見えているのね」

 

 「ああ」

 

 「なら、避けなさい」

 

 「避ける」

 

 「避けられるなら」

 

 リュウは答えずに踏み込んだ。

 

 近い。

 

 春麗の掌が、リュウの胸元へ届く距離。

 

 しかし、まだ打たない。

 

 早い。

 

 ここでは浅い。

 

 春麗は一歩引く。

 

 黒いドレスの裾が揺れる。

 

 リュウの視線が一瞬追う。

 

 その一瞬を、春麗は拾った。

 

 掌底。

 

 リュウが受ける。

 

 体勢が崩れる。

 

 発勁の間合いが開いた。

 

 ここだ。

 

 春麗は掌を開いた。

 

 しかし、また記憶がよぎる。

 

 倒れ込むリュウ。

 

 胸元。

 

 押し倒される形。

 

 会議。

 

 採点。

 

 自覚前春麗が顔を赤くしているところ。

 

 黒ドレス特化版が「会議案件ね」と言うところ。

 

 本編春麗が「提出しない」と言いながら提出されるところ。

 

 春麗は歯を食いしばった。

 

 「……うるさいわよ、私たち」

 

 リュウが踏み込む。

 

 拳が肩に入る。

 

 一瞬気を失いそうになるような痛み。

 

 だが、その痛みで逆に現実へ戻った。

 

 今は戦闘中。

 

 黒ドレス。

 

 発勁。

 

 勝負。

 

 春麗は低く息を吐く。

 

 「リュウ」

 

 「何だ」

 

 「落ちても知らないわよ」

 

 「ああ」

 

 「本当に、知らないわよ」

 

 「ああ」

 

 「あなたが倒れ込んできても、私は困らない」

 

 リュウは一瞬だけ黙った。

 

 「困らないのか」

 

 春麗は止まった。

 

 「……困らないわ」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 嘘だった。

 

 今のは、完全に嘘だった。

 

 自分でわかる。

 

 だが、言った以上、止まれない。

 

 春麗は踏み込んだ。

 

 終盤。

 

 リュウの体力も、春麗の体力限界近かった。

 

 リュウはまだ立っている。

 

 春麗も立っている。

 

 黒いドレスは乱れているが、春麗の目は落ちていない。

 

 ただ、胸の奥は騒がしい。

 

 勝ちたい。

 

 発勁を入れたい。

 

 でも、その後を想像してしまう。

 

 想像する自分が嫌だ。

 

 嫌なのに、完全には嫌ではない。

 

 「……最悪」

 

 春麗は呟いた。

 

 リュウが構える。

 

 「春麗」

 

 「何?」

 

 「今日は、考えすぎている」

 

 春麗は目を細める。

 

 「誰のせいだと思っているの?」

 

 「俺か」

 

 「半分くらいは」

 

 「残りは?」

 

 春麗は黒い裾を払った。

 

 「私よ」

 

 言ってしまった。

 

 リュウは静かに春麗を見る。

 

 「そうか」

 

 「ええ」

 

 「なら、来い」

 

 春麗の胸が跳ねた。

 

 来い。

 

 その一言で、足が前へ出た。

 

 黒い春麗が走る。

 

 リュウも踏み込む。

 

 最後の交差。

 

 リュウの拳が春麗の肩へ届く。

 

 春麗の掌が、リュウの胸へ届く。

 

 今度は迷わない。

 

 迷ったら負ける。

 

 事故を恐れて止まるなら、黒を着た意味がない。

 

 春麗は短く息を吐いた。

 

 「はっ!」

 

 発勁。

 

 掌から、内側へ力を通す。

 

 リュウの身体が止まった。

 

 呼吸が抜ける。

 

 視線が揺れる。

 

 それでも、リュウの拳は春麗の肩を押していた。

 

 春麗の軸が崩れる。

 

 リュウの意識が落ちる。

 

 ここまでは、記憶と同じ。

 

 春麗は一瞬、勝ったと理解した。

 

 次の瞬間、リュウの身体が前へ倒れる。

 

 春麗は、なぜか避けなかった。

 

 いや、避けられなかった。

 

 発勁直後で軸が崩れていた。

 

 それもある。

 

 だが、それだけではない。

 

 倒れてくるリュウを見て、身体が支えようと動いていた。

 

 「リュウ――」

 

 リュウの頭と肩が、春麗の胸元へ倒れ込む。

 

 春麗は両腕で支えようとする。

 

 重い。

 

 想像よりもずっと重い。

 

 リュウの体重。

 

 戦った相手の熱。

 

 気絶した男の無防備さ。

 

 春麗は踏ん張る。

 

 だが、肩に受けた拳の痛みが残っている。

 

 黒いドレスの裾が足に絡む。

 

 足が滑る。

 

 「っ……!」

 

 そのまま、後ろへ倒れた。

 

 床に背中が触れる。

 

 黒いドレスが広がる。

 

 リュウが、春麗の上に倒れている。

 

 胸元に顔を伏せる形で。

 

 春麗は、動けなかった。

 

 完全に。

 

 あまりにも、記憶と同じだった。

 

 いや、違う。

 

 今回は、自分がやった。

 

 自分が思い出してしまった。

 自分が発勁を打った。

 自分がリュウを落とした。

 自分が支えようとした。

 

 そして、同じ形になった。

 

 春麗は天井を見た。

 

 呼吸が速い。

 

 「……嘘でしょう」

 

 小さく呟く。

 

 リュウは意識を落としている。

 

 呼吸はある。

 

 浅いが安定している。

 

 深刻ではない。

 

 本編春麗の記録通りなら、すぐに戻る。

 

 記録通り。

 

 春麗は、そこで顔を赤くした。

 

 「記録って何よ……」

 

 会議のせいだ。

 

 本編春麗のせいだ。

 

 残響のせいだ。

 

 自分のせいではない。

 

 そう言いたい。

 

 だが、今の発勁を打ったのは自分だ。

 

 支えようとしたのも自分だ。

 

 倒れ込まれて、動けなくなっているのも自分だ。

 

 「……私は」

 

 春麗はリュウの肩に手を置く。

 

 押し返そうとして、止める。

 

 気絶している。

 

 乱暴には動かせない。

 

 発勁を入れた直後だ。

 

 救護確認。

 

 安全確認。

 

 戦闘後処理。

 

 言い訳が、頭の中に並ぶ。

 

 本編春麗と同じだ。

 

 春麗は目を閉じた。

 

 「……私は、面倒じゃない」

 

 声にする。

 

 しかし、胸元にあるリュウの重さが、その言葉を押し返してくる。

 

 「面倒じゃない……はず」

 

 声が弱くなる。

 

 それでも、リュウを支える手は離さない。

 

 「リュウ」

 

 返事はない。

 

 「起きなさい」

 

 返事はない。

 

 「……起きなくてもいいけれど」

 

 言ってしまってから、春麗は固まった。

 

 「違う」

 

 慌てて訂正する。

 

 「今のは違うわ。安全確認上、無理に動かすべきではないという意味よ」

 

 誰に説明しているのか。

 

 たぶん、春麗会議に。

 

 どこかで見ている自分たちに。

 

 黒ドレス特化版が、きっと笑っている。

 

 本編春麗が、きっと言う。

 

 「ほら、同じでしょう」と。

 

 自覚前春麗は顔を赤くして否定する。

 

 「違うわ」と。

 

 だが、今ここにいる自覚前春麗は、その否定を少しだけ信じられなくなっていた。

 

 リュウの呼吸が深くなる。

 

 意識が戻りかけている。

 

 春麗の胸が跳ねた。

 

 まずい。

 

 このまま起きるのは、本当にまずい。

 

 「リュウ」

 

 春麗は低く言った。

 

 「起きるなら、慎重に起きなさい」

 

 リュウの目が少し開く。

 

 焦点が合っていない。

 

 「……春麗」

 

 「ええ」

 

 「発勁か」

 

 「ええ」

 

 「効いた」

 

 「当然でしょう」

 

 ここまでは、ほとんど記録通り。

 

 春麗は思わず言いそうになる。

 

 会議で見た通りだ、と。

 

 もちろん言わない。

 

 リュウは、ようやく自分の姿勢に気づいた。

 

 動きが止まる。

 

 春麗も止まる。

 

 沈黙。

 

 長い。

 

 先に言ったのは春麗だった。

 

 「事故よ」

 

 リュウは頷いた。

 

 「ああ」

 

 「あなたは発勁で意識を落とした」

 

 「ああ」

 

 「私は支えようとした」

 

 「ああ」

 

 「でも支えきれなかった」

 

 「ああ」

 

 「だからこうなった」

 

 「ああ」

 

 「理解した?」

 

 「ああ」

 

 リュウは慎重に身を起こした。

 

 春麗は、ようやく呼吸を取り戻す。

 

 黒いドレスの裾を整えながら、できるだけ平静を装う。

 

 「あなたの負けよ」

 

 「ああ」

 

 「私の勝ち」

 

 「ああ」

 

 「発勁で落とした」

 

 「ああ」

 

 「その後は事故」

 

 「ああ」

 

 「会議には提出しない」

 

 リュウが首を傾げた。

 

 「会議?」

 

 春麗は固まった。

 

 「……何でもないわ」

 

 「そうか」

 

 「深く考えないで」

 

 「ああ」

 

 リュウは聞かない。

 

 本当に聞かない。

 

 その優しさなのか鈍さなのかわからないところに、また胸が揺れる。

 

 リュウは膝をついたまま、春麗を見た。

 

 「強かった」

 

 春麗は目を細める。

 

 「当然よ」

 

 「黒も、発勁も」

 

 「ええ」

 

 「支えようとしたところも」

 

 春麗は止まった。

 

 「……それは評価対象ではないわ」

 

 「そうなのか」

 

 「そうよ」

 

 「でも、助かった」

 

 春麗は視線を逸らした。

 

 まただ。

 

 あちらの本編春麗が被弾した言葉に近い。

 

 支えてくれた。

 

 助かった。

 

 リュウは悪気なく、無自覚に、そこを踏む。

 

 春麗は黒いドレスの袖を握った。

 

 「……七十八点」

 

 リュウが首を傾げる。

 

 「何がだ」

 

 「何でもない」

 

 「そうか」

 

 春麗は立ち上がった。

 

 足元が少し揺れる。

 

 リュウも立とうとする。

 

 春麗は反射的に手を出した。

 

 「無理に立たないで」

 

 リュウは止まる。

 

 「ああ」

 

 春麗は手を出したまま、自分で気づく。

 

 また、支えようとしている。

 

 「……これは救護確認よ」

 

 リュウは頷く。

 

 「わかった」

 

 「わかればいいの」

 

 春麗はリュウを立たせた。

 

 今回は倒れない。

 

 支えきった。

 

 ただし、リュウの手の重さが残る。

 

 春麗はその重さを振り払うように手を離した。

 

 「今日はここまで」

 

 「ああ」

 

 「明日、発勁の影響を確認するわ」

 

 「訓練か」

 

 「救護確認よ」

 

 一拍。

 

 「……訓練も兼ねるけれど」

 

 言ってしまった。

 

 春麗は目を閉じる。

 

 本編春麗と同じではない。

 

 同じではない。

 

 たぶん。

 

 リュウは静かに言った。

 

 「行く」

 

 春麗の胸が、また揺れた。

 

 「……そう」

 

 春麗は背を向ける。

 

 黒いドレスの裾が揺れる。

 

 勝った。

 

 発勁で勝った。

 

 そして、同じ事故が起きた。

 

 偶然ではない。

 

 完全な必然でもない。

 

 だが、思い出してしまった自分が、それを少しだけ呼び寄せた。

 

 春麗は夜道を歩きながら、小さく呟いた。

 

 「私は、面倒じゃない」

 

 一拍。

 

 「……まだ」

 

 それが、今の精一杯だった。

 

 その夜、春麗は夢を見る。

 

 円卓。

 

 春麗会議。

 

 本編春麗が、少しだけ得意げに言う。

 

 「ほら、同じでしょう?」

 

 黒ドレス特化版が頷く。

 

 「黒と発勁と倒れ込み。かなり会議案件ね」

 

 通常救済版が微笑む。

 

 「でも、ちゃんと支えようとしたわ」

 

 行き遅れ恐怖版が言う。

 

 「来てくれるだけじゃなくて、倒れてくるのね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。

 

 「続いているわね」

 

 そして、自覚前春麗は叫ぶ。

 

 「私はまだ認めていないから!」

 

 たぶん、全員が言う。

 

 「まだ、なのね」

 

 春麗は黒いドレスの胸元を押さえた。

 

 リュウの重さは、もうない。

 

 けれど、残響はある。

 

 発勁の感触も。

 

 倒れ込んできた瞬間も。

 

 「……次は」

 

 春麗は小さく言った。

 

 「倒れる方向を計算に入れるわ」

 

 言ってから、顔を赤くする。

 

 「違う。事故防止よ」

 

 さらに小さく付け足す。

 

 「……訓練として」

 

 その言い訳は、もうかなり本編春麗に近かった。

 

 でも春麗は、まだ認めない。

 

 まだ、自分は面倒ではない。

 

 ただ少し。

 

 ほんの少しだけ。

 

 黒いドレスでリュウと戦う理由が、増えてしまっただけだった。




Q:今回の妄想章IFとバトル内容について解説して?

A:
はい。執筆者として見ると、今回の妄想章IFはかなり重要です。
これは単なる「自覚前春麗が本編春麗と同じ事故を起こす話」ではなく、自覚前春麗が“私はまだ面倒ではない”と言いながら、本編春麗と同じ行動様式へ踏み込んでしまう話です。

一言で言うなら、

春麗会議の記憶を持ってしまった自覚前春麗が、黒ドレスと発勁を使ってリュウに勝つが、本編春麗と同じ倒れ込み事故を再現してしまい、“まだ”という言葉で自覚の入口に立つ回

です。

今回の核は「否認しながら再現してしまうこと」

今回の春麗は、自分がめんどくさい女だとはまだ認めていません。

だから冒頭から、

私は違う。
私はあちらの私ほど面倒じゃない。
これは確認。
これは事故防止。
これは発勁後の間合い管理。

と、必死に理屈を並べます。

でも、やっていることはかなり本編春麗に近いです。

黒ドレスを着る。
リュウが倒れ込む事故を思い出す。
発勁を使う。
同じ状況になる可能性を意識する。
それでも戦う。
最後に本当に同じ事故を起こす。
さらに「救護確認」「訓練も兼ねる」と言い出す。

つまり、本人は否認していますが、行動パターンは完全に本編春麗へ寄っています。

ここが今回の一番おいしいところです。

春麗会議を覚えていることが呪いにも武器にもなっている

今回の自覚前春麗は、春麗会議を覚えています。

これはかなり厄介です。

普通なら、自覚前春麗はまだ自分の面倒さを知らないまま動けます。

でも今回は、本編春麗がどうなったかを知っている。

黒ドレスで発勁を打った。
リュウが倒れ込んだ。
春麗が支えようとして押し倒された。
会議で採点された。
心理大被弾扱いされた。

それを知っているからこそ、戦闘中にその記憶がよぎります。

そして、よぎるほど同じ方向へ引っ張られる。

これはほとんど予言です。

避けようとしているのに、意識するほど近づく。

自覚前春麗にとって、春麗会議の記憶は先のルートを見てしまった残響であり、同時に自分もそうなるかもしれないという呪いになっています。

黒ドレスを選んだ時点でかなり危ない

自覚前春麗は、

今日は青でもいい。
普通に戦えばいい。

と考えています。

それなのに黒ドレスを選ぶ。

この時点で、ほぼ答えは出ています。

黒ドレスは、リュウの視線を使うフォームです。
そして、今回の春麗はリュウの視線だけでなく、倒れ込み事故まで意識している。

つまり、黒を着ることで、リュウに見られる自分、発勁で落とす自分、倒れ込まれる自分を全部呼び込んでしまっています。

本人は「事故防止」と言い張っていますが、物語的には完全に事故再現フラグです。

リュウの「違うのか」が相変わらず危険

今回もリュウの天然直球が強いです。

春麗が、

私はあなたが倒れ込んでくることを期待しているわけではない。

と言うと、リュウは、

違うのか。

と返す。

これは本当に危険です。

リュウはたぶん煽っていません。
ただ確認しているだけです。

でも自覚前春麗にとっては、図星に近い部分を突かれています。

期待しているわけではない。
でも想像してしまっている。
想像してしまったから黒を着ている。
想像してしまったから発勁後の倒れ方まで言っている。

だから「違うのか」が刺さる。

本編春麗なら「その返しは危険よ」と処理できますが、自覚前春麗はまだ処理しきれません。

バトルは「再現したくないのに再現へ向かう戦闘」

今回の戦闘の構造は、かなり明確です。

春麗は勝つために黒を使う。
でも同時に、発勁後の事故を思い出してしまう。
思い出すほど発勁の間合いを意識する。
発勁の間合いを意識するほど、同じ状況に近づく。

つまり戦闘全体が、

本編春麗の事故を避けようとして、本編春麗の事故を再現してしまう流れ

になっています。

これは自覚前春麗らしいです。

自覚している春麗なら、

これは会議案件ね。
これは訓練ね。
次回課題ね。

と処理します。

でも自覚前春麗は、否認するため、余計に制御が遅れます。

RPG的バトル解説
初期ステータス
自覚前春麗《黒ドレス・会議記憶あり》
HP:100 / 100
状態:黒ドレス展開
バフ:
・視線誘導+
・黒ドレス戦闘補正+
・発勁準備+
・春麗会議記憶:発動中
・本編春麗事故情報:保持

デバフ:
・自覚否認
・事故再現意識
・リュウ倒れ込み想像
・「私は面倒ではない」自己暗示

リュウ
HP:100 / 100
状態:通常構え
バフ:
・見惚れても止まらない
・不屈
・黒への適応
・春麗の迷いを読む

デバフ:
・黒ドレス視線誘導
・発勁警戒

今回の春麗は黒ドレスによる戦闘補正を得ていますが、同時に「会議記憶」がデバフにもなっています。

黒ドレスを着ているので戦闘能力は上がる。
でも、本編春麗の倒れ込み事故を思い出すせいで、発勁のたびに集中が乱れる。

このバフとデバフが同時に走っているのが今回の特徴です。

フェーズ1:黒ドレス優勢
春麗 HP:96 / 100
リュウ HP:78 / 100
戦況:春麗優勢

序盤、黒はよく効きます。

リュウは春麗を見る。
黒いドレスを見る。
しかし止まらない。

それでも視線誘導で一拍遅れるため、春麗は攻撃を通せます。

春麗スキル:《黒の視線誘導》
効果:リュウの反応速度を微低下

春麗攻撃:《黒掌底》
リュウ HP:100 → 88

春麗攻撃:《黒裾フェイント蹴り》
リュウ HP:88 → 78

この時点では、春麗はかなり良い動きをしています。

自覚前とはいえ、黒ドレス適性は高いです。

フェーズ2:会議記憶による停止
春麗 HP:84 / 100
リュウ HP:70 / 100
戦況:春麗優勢だが、春麗に乱れ発生

ここで本編春麗の事故記憶がよぎります。

発勁。
リュウが落ちる。
胸元に倒れ込む。
黒いドレスが床に広がる。
春麗会議で採点される。

この記憶により、春麗の動きが一拍止まります。

状態異常:《事故再現フラッシュバック》
効果:発勁準備時、春麗の行動速度低下

リュウ反撃:《肩への拳》
春麗 HP:96 → 84

リュウはこの一瞬を見逃しません。

ここでリュウが、

今、止まった。

と言う。

春麗は否定しますが、実際には止まっています。

春麗デバフ:《否認》
効果:精神安定を一時回復
副作用:根本原因の解決なし

否認によって一瞬立て直しますが、問題は残ります。

フェーズ3:発勁間合いへの執着
春麗 HP:67 / 100
リュウ HP:52 / 100
戦況:互角寄り。春麗が発勁を狙うが迷いあり

春麗は発勁の間合いを探ります。

ただし、勝つためだけではなく、発勁後にどう倒れるかまで意識してしまっています。

ここが危険です。

春麗スキル:《発勁準備》
効果:次の近距離攻撃に大ダメージ付与
副作用:《倒れ込み想像》発生

リュウは発勁の気配を見抜きます。

発勁を使うのか。

これも春麗を揺らします。

リュウ特殊行動:《発勁看破》
効果:春麗の発勁タイミングを一部遅延

ここで春麗はまだ打ち切れません。

理由は、技術不足ではありません。

撃った後の状況を想像してしまっているからです。

フェーズ4:否認の限界
春麗 HP:42 / 100
リュウ HP:34 / 100
戦況:両者消耗。春麗の心理デバフが強まる

春麗は自分に言い聞かせます。

私は困らない。
私は期待していない。
私は面倒ではない。

しかし、言えば言うほど逆効果です。

春麗状態:
《私は面倒じゃない》自己暗示
効果:一時的に攻撃力+
副作用:心理防御−

リュウが、

困らないのか。

と返す。

これで春麗の心理防御が削れます。

リュウ特殊行動:《困らないのか》
効果:春麗の否認を揺さぶる

春麗 心理HP:100 → 72

春麗は嘘をつきます。

困らないわ。

この嘘が、最後の発勁への踏み込みにつながります。

フェーズ5:最終発勁
春麗 HP:26 / 100
リュウ HP:18 / 100
戦況:最終局面。春麗が発勁圏内

リュウが言います。

なら、来い。

これがトリガーです。

春麗は迷いを切って踏み込みます。

リュウ特殊行動:《なら、来い》
効果:春麗の迷い解除
副作用:春麗の発勁発動条件を満たす

春麗の発勁。

春麗奥義:《黒発勁・再現》
リュウ HP:18 → 0
追加効果:一時気絶

同時に、リュウの拳も春麗に入ります。

リュウ攻撃:《不屈の肩打ち》
春麗 HP:26 → 7
状態:軸崩れ

戦闘結果。

春麗 HP:7 / 100
リュウ HP:0 / 100

勝者:春麗
決まり手:黒発勁

戦闘としては春麗の勝利です。

ただし、ここから事故イベントが発生します。

戦闘後イベント:同じ事故の再現
発生条件:
・リュウ HP 0
・発勁による一時気絶
・春麗 HP 10以下
・春麗に軸崩れ状態
・春麗が本編事故記憶を保持

イベント名。

《倒れ込み事故・再現》

効果。

リュウが春麗の胸元へ倒れ込む
春麗が支えようとする
春麗、支えきれず押し倒される形になる

ここで春麗は大きく心理ダメージを受けます。

春麗 心理HP:72 → 19
状態異常:
・大動揺
・否認崩壊寸前
・救護確認と言い訳
・本編春麗化進行

この「本編春麗化進行」が今回の重要ポイントです。

同じ事故を起こしたことで、自覚前春麗はもう完全に外側から見ているだけではいられなくなります。

試合後のリュウ発言

リュウが意識を取り戻した後、春麗に言います。

強かった。
黒も、発勁も。
支えようとしたところも。

これはかなり強いです。

春麗は「支えようとしたところは評価対象ではない」と返しますが、内心では効いています。

リュウ特殊行動:《支えようとしたところも》
効果:春麗 心理HP:19 → 12
追加効果:採点衝動発生

春麗反応:《七十八点》
効果:会議的思考の発露

この「七十八点」と言ってしまうところが非常に重要です。

自覚前春麗は、採点する側ではないはずでした。

なのに点数をつけている。

つまり、春麗会議の形式を完全に取り込んでいます。

最終結果
戦闘結果:
春麗 HP:7 / 100
リュウ HP:0 / 100

勝者:春麗
決まり手:黒発勁

心理結果:
春麗 心理HP:12 / 100
状態:
・自覚否認継続
・本編春麗化進行
・救護確認フラグ発生
・次回訓練予約

春麗は勝ちました。

しかし、心理的にはかなり危ないです。

しかも最後に、

明日、発勁の影響を確認するわ。
救護確認よ。
……訓練も兼ねるけれど。

と言ってしまいます。

これは完全に本編春麗の言い方です。

今回の春麗の変化

今回の自覚前春麗は、まだ「私は面倒じゃない」と言っています。

でも、ラストではこう変わっています。

私は、面倒じゃない。
……まだ。

この「まだ」が非常に大きいです。

以前は、

私は面倒じゃない。

でした。

今回は、

まだ。

が付いた。

つまり、完全否認から、将来的に認める可能性が入ってしまった。

自覚前春麗が本編春麗へ近づいた決定的な一歩です。

今回の物語上の意味

この妄想章IFの意味は、自覚前春麗が「本編春麗の事故」をただの他人事として見られなくなったことです。

会議で見た事故を、実際に自分も起こしてしまった。

それにより、

あちらの私は面倒。
私は違う。

という距離が崩れます。

同じ黒を着た。
同じ発勁を打った。
同じようにリュウを落とした。
同じように倒れ込まれた。
同じように救護確認と言い訳した。
同じように次回訓練を予約した。

ここまで揃うと、もう「違う」と言い張るのがかなり苦しくなります。

だから最後の「まだ」が効いています。

結論

今回の妄想章IFは、春麗会議を覚えている自覚前春麗が、本編春麗の倒れ込み事故を意識しすぎた結果、黒ドレス発勁で同じ事故を再現してしまう話です。

RPG的には、

春麗は黒発勁でHP7残しの勝利。
しかし戦闘後イベント《倒れ込み事故・再現》により心理HP12まで削られ、本編春麗化が進行。

です。

一言でまとめるなら、

自覚前春麗は、まだ面倒ではないと言い張った。
でも黒で発勁を打ち、リュウを落とし、支えようとして、同じ事故を起こした。
だから最後に“まだ”がついた。

この「まだ」が、自覚前春麗のルートを本編春麗へ接続する、非常に良い変化だと思います。
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