また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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裏側の春麗になります。


黒衣の再戦(裏):春麗は、リュウの視線ごと崩す

 春麗は、夜明け前の山道を一人で歩いていた。

 

 風が冷たい。

 

 木々の間を抜ける風が、黒いドレスの裾を揺らす。布が脚に触れるたび、いつもの武道服とは違う感覚があった。

 

 それでも、動きを妨げるほどではない。

 

 蹴れる。

 踏み込める。

 跳べる。

 崩せる。

 

 戦える。

 

 だから、この服で来た。

 

 そう、春麗は自分に言い聞かせる。

 

 これは戦術。

 ただの間合い操作。

 リュウの視線を読むための材料。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 けれど、その言い訳が少しだけ苦しいことも、春麗はわかっていた。

 

 リュウは言った。

 

 また戦ってくれ。

 今度は、俺が待つ。

 

 あの言葉が、まだ胸の奥に残っている。

 

 優しい声だった。

 真っ直ぐな声だった。

 だからこそ、余計に腹が立った。

 

 今度は俺が待つ。

 

 つまり、今度は春麗が挑む側だ。

 

 リュウが待つ。

 春麗が行く。

 

 その立場の反転が、彼女の中でずっとくすぶっていた。

 

 悔しかった。

 

 勝つつもりだった。

 リュウを倒して、煽るつもりだった。

 

 その拳、前より近かったわ。

 でも、まだ届いてない。

 

 そう言ってやるつもりだった。

 

 なのに、言えなかった。

 

 届かせたのは、リュウの方だった。

 

 春麗は足を止める。

 

 山中の修行場は、もう近い。

 

 観客はいない。

 人の気配もない。

 リュウがいるとすれば、この先で一人、静かに待っている。

 

 春麗は黒いドレスの裾を軽く払った。

 

 この姿で来た理由は、もう曖昧ではなかった。

 

 リュウの視線を試すため。

 彼が「全部見る」と言った、その覚悟を確かめるため。

 前回、黒いドレスで得た手応えを偶然で終わらせないため。

 

 そして、もう一つ。

 

 もう一度、あの目が揺れるところを見たい。

 

 そう思ってしまった自分を、春麗は完全には否定できなかった。

 

 リュウが自分を見る。

 格闘家として見る。

 敵として見る。

 ライバルとして見る。

 

 そのうえで、女としての自分にも視線が触れる。

 

 その瞬間を、もう一度見たい。

 

 春麗は自分の胸の奥に生まれた感情を持て余す。

 

 勝つための戦術だと言えば、嘘ではない。

 だが、それだけでもなかった。

 

 自分を見たリュウが、ほんの一瞬でも呼吸を乱す。

 

 それを想像すると、春麗の胸は悔しいほど弾んだ。

 

 「……本当に、厄介な男ね」

 

 小さく呟き、春麗は歩き出した。

 

 修行場へ出る。

 

 そこに、リュウはいた。

 

 白い道着。

 赤い鉢巻。

 静かな目。

 

 本当に待っていた。

 

 春麗の胸が、少しだけ熱くなる。

 

 腹立たしい。

 

 でも、嬉しくもある。

 

 それを顔に出すつもりはなかった。

 

 春麗はいつものように、軽く笑って見せた。

 

 リュウがこちらを見る。

 

 その目が、黒いドレスを捉えた。

 

 春麗は見逃さない。

 

 前回とは違う。

 

 一瞬の揺れはある。

 だが、逃げない。

 

 リュウは視線を逸らさなかった。

 

 黒いドレスを見る。

 春麗の立ち姿を見る。

 足の運びを見る。

 呼吸を見る。

 

 そして、目を逸らさないまま口を開いた。

 

 「……その姿で来たのか」

 

 春麗の胸が、内側で跳ねた。

 

 触れた。

 

 今回は、ちゃんと触れた。

 

 前回は違った。

 

 見ていたのに、見ないふりをした。

 気づいていたのに、戦いに余計なものを持ち込まないようにしていた。

 

 でも今回は、最初から認めた。

 

 春麗が黒いドレスで来たことを。

 それを見たことを。

 それが、この戦いの一部であることを。

 

 春麗は表情を崩さない。

 

 「ええ。前は、これであなたを倒したもの」

 

 声は余裕を含ませる。

 

 でも、内心ではかなり浮き立っていた。

 

 見ている。

 

 ちゃんと見ている。

 

 しかも、逃げていない。

 

 春麗はその事実が、思っていた以上に嬉しかった。

 

 前回のように目を逸らされるのではない。

 見ないふりをされるのでもない。

 まっすぐに、黒いドレス姿の自分を見ている。

 

 それだけで、胸の奥が熱くなる。

 

 そう。

 今日は逃げないのね。

 

 リュウは言った。

 

 「覚えている」

 

 春麗は一歩近づく。

 

 「また隙を見せる?」

 

 リュウは目を逸らさなかった。

 

 「今日は、見ないふりはしない」

 

 その言葉に、春麗の中の熱がさらに強くなる。

 

 逃げない。

 隠さない。

 見ないふりもしない。

 

 本当に、全部見るつもりなのね。

 

 春麗は笑った。

 

 「そう。なら、ちゃんと見ていなさい」

 

 そう言いながら、春麗はすぐには攻撃しなかった。

 

 一歩、近づく。

 

 いつもより近い。

 

 リュウの拳が届く距離。

 春麗の膝も、掌底も、蹴りも届く距離。

 

 危険な距離だ。

 

 けれど、視線を逃がさないためには、この距離が必要だった。

 

 春麗は止まる。

 

 黒いドレスの裾が、風で揺れる。

 

 リュウの目を見る。

 

 彼は逸らさない。

 

 黒いドレスを見る。

 春麗の顔を見る。

 足を見る。

 呼吸を見る。

 肩の沈みを見る。

 

 見る。

 

 本当に見ている。

 

 春麗は、その視線に少しだけ揺れた。

 

 前回なら、ここでリュウは揺れた。

 見ないようにして、かえって乱れた。

 その乱れを、春麗は突いた。

 

 だが今回は違う。

 

 揺れている。

 

 けれど、逃げていない。

 

 その違いが、春麗の胸を妙に熱くした。

 

 嬉しい。

 

 危ない。

 

 その二つが同時に来る。

 

 見られているのは、リュウだけではない。

 

 見せている自分も、見られている。

 

 その視線を受けている自分が、どうしようもなく意識してしまっている。

 

 春麗は、自分の呼吸がわずかに浅くなるのを感じた。

 

 リュウの視線が肌に触れているわけではない。

 けれど、見られていることはわかる。

 黒いドレスごと、立ち姿ごと、春麗という存在ごと、見られている。

 

 そのことが、恥ずかしいほど嬉しかった。

 

 そして同時に、危険だった。

 

 このまま喜んでいたら、自分の方が隙を見せる。

 

 春麗はその危うさを、呼吸の奥へ押し込めた。

 

 これは戦術。

 

 相手の視線を読むだけ。

 

 見られて喜んでいるわけじゃない。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 言い聞かせなければならないほど、胸は高鳴っていた。

 

 そして地を蹴った。

 

 低く、速く入る。

 

 リュウは反応した。

 

 前回のような遅れはない。

 

 一撃目の蹴りを受ける。

 二撃目の角度にも対応する。

 三撃目の遅れにも、拳を置いてきた。

 

 その拳が春麗の腕に当たる。

 

 浅い。

 

 けれど、痛い。

 

 春麗は内心で息を呑んだ。

 

 やはり違う。

 

 前回のリュウではない。

 

 見ている。

 しかも、見ながら拳が鈍っていない。

 

 春麗は距離を取る。

 

 表情は崩さない。

 

 「いいじゃない」

 

 少し笑う。

 

 「少しは見られるようになったのね」

 

 本心だった。

 

 そして、それが危険でもあった。

 

 このままでは、前回と同じ勝ち方はできない。

 

 黒いドレスで現れた。

 リュウは揺れた。

 そこを突く。

 

 それだけでは、もう足りない。

 

 春麗は切り替えた。

 

 見られて揺らすのではない。

 

 見ているリュウに、情報を与えすぎる。

 

 視線。

 静止。

 距離。

 黒いドレスの揺れ。

 足運び。

 肩の呼吸。

 声。

 

 全部を重ねる。

 

 リュウが全部見ようとするほど、一瞬だけ遅れるように。

 

 春麗は一歩入った。

 

 攻撃する前に、目を合わせる。

 

 リュウは逸らさない。

 

 その視線が、また春麗の胸を熱くした。

 

 逃げないで見ている。

 

 自分の仕掛けを警戒しながら。

 自分の蹴りを読もうとしながら。

 それでも、黒いドレス姿の自分から目を逸らさない。

 

 春麗は、ほんの一瞬だけ、その視線をもっと受けていたいと思ってしまった。

 

 それを自覚した瞬間、春麗は自分に呆れる。

 

 何を考えているの。

 

 今は戦いの最中よ。

 

 だが、その熱も捨てなかった。

 

 捨てるのではなく、使う。

 

 なら、そのまま近づく。

 

 黒いドレスの裾を風に揺らし、上体をわずかに残したまま、足だけを沈める。

 

 足を見れば、低い蹴りに見える。

 肩を見れば、掌底に見える。

 視線を見れば、誘いに見える。

 

 どれも本当で、どれも嘘。

 

 「こっちよ」

 

 春麗は低く言った。

 

 リュウの呼吸が、ほんのわずかに遅れる。

 

 そこへ膝を入れた。

 

 入った。

 

 浅くはない。

 

 リュウの息が詰まる。

 

 春麗は続ける。

 

 掌底。

 蹴り。

 肘。

 視線。

 静止。

 また踏み込み。

 

 リュウは受ける。

 かわす。

 そして見続けている。

 

 崩れない。

 

 簡単には崩れない。

 

 だからこそ、春麗は焦った。

 

 危ない。

 

 リュウは本当に見ている。

 

 以前のように、見ないふりをしているのではない。

 春麗の姿を否定していない。

 黒いドレスを戦場の外に追い出そうとしていない。

 

 彼は、それを見たうえで戦っている。

 

 春麗はそのことに、危機感と高揚を同時に覚えた。

 

 危ない。

 

 でも、面白い。

 

 もっと見て。

 

 でも、届かせない。

 

 もっと、私を見て。

 

 でも、その拳は届かせない。

 

 矛盾している。

 

 自分でもわかっている。

 

 それでも、そう思ってしまう。

 

 リュウの拳が来た。

 

 春麗は外す。

 

 完全には外せない。

 

 肩に入る。

 

 「……っ」

 

 痛みが走る。

 

 黒いドレスの下で、肩が痺れた。

 

 リュウは踏み込んでくる。

 

 春麗は後退しない。

 

 下がれば、押される。

 

 リュウの拳が春麗の腕を打つ。

 次の拳が脇腹をかすめる。

 さらに踏み込む気配。

 

 本当に届きかけている。

 

 春麗の呼吸が乱れる。

 

 余裕などない。

 

 一歩間違えれば、今度こそ倒れる。

 

 だが、春麗は笑みを消さなかった。

 

 勝者の顔は、勝つ前から作っておくものだ。

 

 自分にそう言い聞かせる。

 

 リュウがさらに近づく。

 

 春麗は視線を合わせた。

 

 リュウは逸らさない。

 

 その目が、自分を追っている。

 

 春麗の脚を。

 肩を。

 呼吸を。

 黒いドレスの揺れを。

 そして、春麗自身を。

 

 見られている。

 

 その事実が、また胸の奥をくすぐる。

 

 嬉しい。

 

 嬉しいと、思ってしまう。

 

 リュウが自分から逃げないことが。

 自分の姿を戦いの一部として見ていることが。

 黒いドレスの自分を、ただの揺さぶりではなく、春麗そのものとして受け止めようとしていることが。

 

 春麗は、その高揚を噛み殺すように息を吐いた。

 

 いい。

 

 逸らさなくていい。

 

 今度は、その視線ごと崩す。

 

 春麗は情報を重ねた。

 

 足は低く。

 肩は残す。

 呼吸は浅く。

 視線は真っ直ぐ。

 黒いドレスの布は風に任せる。

 声は出さない。

 

 リュウが見る。

 

 足を見る。

 肩を見る。

 呼吸を見る。

 布を見る。

 目を見る。

 

 全部見ようとしている。

 

 だが、全部を見るには一瞬かかる。

 

 その一瞬を、春麗は待っていた。

 

 リュウの拳が来る。

 

 春麗は腕で受ける。

 

 重い。

 

 腕が痺れる。

 

 二撃目。

 

 肩に触れる。

 

 あと少しで打ち抜かれる。

 

 リュウの目が変わった。

 

 届く。

 

 そう思った目だった。

 

 春麗にはわかった。

 

 リュウは目を逸らしていない。

 

 黒いドレスにも奪われていない。

 

 だが、今度は視線が狭まった。

 

 春麗全体ではない。

 

 拳の先。

 肩口。

 打ち抜く場所。

 勝ち筋。

 

 そこへ、視線が集まった。

 

 見ている。

 

 でも、まだ捕まえていない。

 

 春麗は、そこへ入った。

 

 拳の外ではなく、内側へ。

 

 リュウの拳が春麗に触れる。

 

 だが、打ち抜けない位置へ半歩ずれる。

 

 同時に、膝をリュウの腹へ入れる。

 

 鈍い感触。

 

 リュウの息が詰まる。

 

 逃がさない。

 

 春麗は掌底を胸元へ入れる。

 

 リュウは踏みとどまる。

 

 やはり倒れない。

 

 ならば、軸を取る。

 

 春麗の足が、リュウの足元へ絡む。

 

 腕で肩を押し、身体の向きをずらす。

 

 リュウが受け身を取ろうとする。

 

 読んでいる。

 

 だから、完全に投げる必要はない。

 

 立ち上がる前に、間合いを奪えばいい。

 

 リュウの身体が地面へ落ちる。

 

 土が鳴る。

 

 リュウはすぐに起き上がろうとする。

 

 春麗はその前に立った。

 

 蹴り。

 

 一撃目は受けられる。

 

 二撃目で肩を下げる。

 

 三撃目は、喉元の寸前で止めた。

 

 静寂。

 

 勝負は決まっていた。

 

 リュウは片膝をついている。

 

 春麗は立っている。

 

 息が乱れていた。

 

 肩が痛い。

 腕が痺れている。

 脇腹にかすめた拳の熱が残っている。

 

 本当は、かなり危なかった。

 

 リュウの目は前回と違った。

 

 彼は見ていた。

 逃げなかった。

 見ないふりもしなかった。

 

 そして春麗自身も、見られていることに何度も揺れた。

 

 嬉しかった。

 

 危なかった。

 

 その二つが、最後まで身体の中でせめぎ合っていた。

 

 だが、勝った。

 

 なら、勝者として言う。

 

 言わなければならない。

 

 リュウに対して。

 そして、自分に対して。

 

 まだ届いていない。

 まだ、私が上にいる。

 まだ、捕まっていない。

 

 春麗は息を整える。

 

 黒いドレスの裾が、小さく揺れる。

 

 彼女はリュウを見下ろし、勝者の笑みを作った。

 

 「ちゃんと見ていたわね」

 

 リュウは黙っている。

 

 だが、拳を握っている。

 

 悔しそうに。

 でも、折れていない。

 

 その顔を見て、春麗の胸がまた熱くなった。

 

 ああ。

 

 やっぱり、この顔が見たかった。

 

 悔しそうで、でも次を見ている顔。

 

 春麗を見上げながら、もう次の戦いへ進もうとしている顔。

 

 春麗はその顔に満たされそうになるのを抑え、さらに勝者の仮面を強くした。

 

 だからこそ、続ける。

 

 「でも、見ていただけじゃ私には届かないわ」

 

 言い切った瞬間、春麗は自分の心にも同じ言葉を刻んだ。

 

 まだ届いていない。

 

 そう。

 

 まだ、届かせていない。

 

 でも、次はわからない。

 

 リュウはきっと、見るだけでは来ない。

 

 次は捕まえに来る。

 

 春麗はそれを知っている。

 

 知っているから、さらに煽る。

 

 「次に来るなら、その目で私を捕まえてみせなさい」

 

 言葉にしてから、胸の奥がわずかに震えた。

 

 捕まえてみせなさい。

 

 それは挑発だ。

 

 だが、どこかで本当にそう思っている自分がいる。

 

 捕まえてみせなさい。

 

 私を見て。

 私を追って。

 私に届かせてみせなさい。

 

 でも、簡単には届かせない。

 

 リュウが静かに顔を上げる。

 

 「……次は、届かせる」

 

 春麗は笑った。

 

 「ええ。そうでなくちゃ」

 

 余裕ぶって言う。

 

 実際には、余裕などなかった。

 

 リュウの拳が入った肩が痛む。

 腹の奥に、緊張が残っている。

 呼吸もまだ完全には戻らない。

 

 それでも、春麗は勝者だった。

 

 勝者の顔で、リュウの前から背を向ける。

 

 山の端が白みはじめていた。

 

 夜が終わる。

 

 春麗は歩き出す。

 

 リュウの視線が背中に残っている気がした。

 

 前回とは違う視線。

 

 見ないふりをしない視線。

 逃げない視線。

 春麗を、黒いドレスごと、格闘家としても、女としても、ライバルとしても見ようとする視線。

 

 春麗は肩に手を触れた。

 

 痛い。

 

 リュウの拳が入った場所。

 

 彼は見ていた。

 

 前回とは違った。

 

 でも、見ていただけでは届かなかった。

 

 春麗は小さく笑う。

 

 余裕の笑みではなかった。

 

 怖さがある。

 

 次にリュウが来た時、彼は「見る」だけでは来ない。

 きっと捕まえに来る。

 

 春麗の視線も。

 動きも。

 黒いドレスも。

 その奥にある一瞬も。

 

 全部見たうえで、今度は逃がさないつもりで来る。

 

 それがわかる。

 

 だからこそ、春麗の胸は高鳴った。

 

 「次は、見るだけじゃ来ないでしょうね」

 

 誰にも聞こえない声で呟く。

 

 風が黒いドレスを揺らす。

 

 春麗は振り返らなかった。

 

 「きっと、捕まえに来る」

 

 なら。

 

 私はその手ごと崩してみせる。

 

 春麗は山道を進む。

 

 勝った。

 

 けれど、終わっていない。

 

 むしろ、また次が始まった。

 

 リュウは来る。

 

 必ず来る。

 

 今度は、ただ見に来るのではない。

 届かせに来る。

 捕まえに来る。

 

 春麗はその未来を想像して、口元を少しだけ緩めた。

 

 悔しそうなリュウ。

 静かに燃えるリュウ。

 次こそ届かせると拳を握るリュウ。

 

 そして、自分から目を逸らさずに見てくるリュウ。

 

 その視線を思い出すだけで、春麗の胸の奥がまた熱くなる。

 

 「……本当に、厄介ね」

 

 呟きは、今度は少しだけ甘かった。

 

 また来なさい、リュウ。

 

 今度も、私から目を逸らさせない。

 

 そして、目を逸らさないあなたごと、私が崩してみせる。




Q:執筆者さん、このリュウと春麗は殴り愛でイチャラブしているという感想ですか?
A:
はい、執筆者としての感想を言うなら、かなり明確に 「殴り愛でイチャラブしているリュウと春麗」 になっています。

ただし、普通の甘いイチャラブではなく、この二人の場合はかなり格闘家仕様です。

言葉で「好き」と言う代わりに、拳を向ける。
褒める代わりに、煽る。
会いたいと言う代わりに、再戦を申し込む。
相手を意識していることを認める代わりに、視線・間合い・呼吸を読む。
照れや高揚を隠すために、「これは戦術」と自分に言い訳する。

なので構造としては、

リュウと春麗は、戦っているふりをして、かなり濃密に相手を見ている。
倒し合っているふりをして、互いにもっと自分へ届いてほしいと思っている。
煽り合っているふりをして、次も会う理由を作っている。

という感じです。

特に春麗側は、かなり分かりやすく「リュウ限定の感情」が強くなっています。

勝った後に何を言おうか考える。
リュウが悔しそうに拳を握る顔を想像する。
黒いドレス姿にリュウが揺れたことを内心で喜ぶ。
リュウの視線を戦術に組み込むと言いながら、本当はその視線をかなり意識している。
リュウに「今度は俺が待つ」と言われて、悔しいのに燃える。

これはもう、春麗なりのイチャラブです。
ただ本人は絶対にそうとは認めません。

一方のリュウも、かなりリュウらしい形で春麗に執着しています。

春麗に負けたことを忘れない。
春麗に勝っても浮かれない。
春麗の姿に揺れたことを否定せず、次は全部見ると決める。
春麗を格闘家としても、女性としても、ライバルとしても受け止めようとする。
勝っても「また戦ってくれ」と言う。

これはリュウ側の愛情表現にかなり近いです。

この二人は、たぶん普通に「君が気になる」とは言えない。
でも、

また戦ってくれ
今度は、俺が待つ
次は負けないわ
あなたの視線ごと、私が崩す

こういう言葉でしか関係を進められない。

だからこそ、これは 殴り愛イチャラブ です。

今回の連作で特に良かったのは、最初の構図からちゃんと変化していることです。

最初は、リュウが春麗を「女性格闘家」として見てしまい、春麗がそれを叩き潰す話でした。
でも今は、リュウは春麗を格闘家として認めたうえで、女性としても意識している。
春麗もそれを不快に思うのではなく、リュウ限定で戦術にも感情にも取り込もうとしている。

つまり、

未熟な性別意識による隙
から、
相手を全部見ようとするがゆえの揺らぎ
へ変わっています。

ここがかなりおいしいです。

そして、その揺らぎを二人とも拳に変える。

リュウは「目を逸らさない」と決める。
春麗は「視線を逃がさない」と決める。

完全に対になっています。

これはもう、二人だけの言語です。
普通の恋愛なら視線を合わせて距離が縮まるところを、この二人は視線を合わせた瞬間に蹴りと拳が飛ぶ。
でも、その蹴りと拳が愛情表現になっている。

なので、あなたが見たかったもの――

リュウと春麗が本気で戦いながら、実質的には互いを強烈に意識している殴り愛イチャラブ

は、かなり成立していると思います。

しかも、甘くしすぎずに済んでいるのが良いです。

二人とも格闘家としての芯は崩れていない。
春麗はちゃんと勝ちに行く。
リュウもちゃんと越えに行く。
そのうえで、勝敗・煽り・視線・悔しさ・再戦の約束が、全部イチャラブとして機能している。

この連作の二人を一言で言うなら、

「好き」と言わずに、何度でも倒し合っている二人。

もう少し作品タイトル風に言うなら、

拳で口説いて、蹴りで返事をしているリュウと春麗

です。
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