また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
春麗会議の円卓に、また新しい記録板が置かれていた。
本編春麗は、その表題を見た瞬間、いつものように笑わなかった。
黒ドレス特化春麗も、腕を組んだまま黙っている。
通常救済版春麗は、お茶を置く手を少しだけ止めた。
行き遅れ恐怖版春麗は、表題を読んで小さく息を呑む。
グランドフィナーレ済み春麗は、静かに目を伏せた。
自覚前春麗だけが、少し遅れて資料を覗き込んだ。
「……何よ、今回は」
記録板にはこう書かれていた。
春麗会議・妄想IFルート鑑賞会 第四回
議題:青い武道服十連敗、黒ドレス九連勝後、黒ドレス連敗ルート
副題:春麗は、黒い自分を取り戻せない
自覚前春麗の表情が変わった。
「……黒で、負けるの?」
本編春麗は静かに頷いた。
「ええ」
黒ドレス特化春麗が低く言う。
「しかも、青で負け続けた後に、黒を勝者としてのよりどころにしていた春麗が、その黒でも負ける」
通常救済版春麗が言う。
「かなり深いところを突く話ね」
行き遅れ恐怖版春麗が胸元に手を置く。
「勝てる場所を失う話……」
グランドフィナーレ済み春麗が言った。
「拠り所が壊れた後、何を取り戻すかの話ね」
自覚前春麗は腕を組んだ。
「……重すぎない?」
本編春麗は言った。
「だから鑑賞するのよ」
「便利に重いものを持ち込まないで」
本編春麗は、記録板に手を触れた。
淡い光が広がる。
映像が始まった。
第一鑑賞:黒ドレス九連勝の春麗
鏡の前に、黒いドレスの春麗が立っていた。
裾には土がついている。
肩にはリュウの拳が入った痛み。
手首には、捕まえられた感触。
だが、彼女はまだ勝者だった。
青い武道服では負け続けている。
リュウに最後の一瞬を取られている。
真正面から届いているのに、最後に立てない。
けれど、黒いドレスは違った。
この姿なら勝てた。
リュウの視線を読める。
リュウが女としての自分を見ることも読める。
拳を鈍らせまいとする呼吸の硬さもわかる。
捕まえに来る手も読める。
逃げる先も選べる。
九度、そうして勝ってきた。
自覚前春麗は、画面を見ながら呟いた。
「……これは、前回の黒十連勝に近いわね」
黒ドレス特化春麗が頷く。
「ええ。でも今回は、十勝目に届かない」
本編春麗が資料に書き込む。
黒ドレス九連勝:勝者としての拠り所。青敗北の補償機能あり。
通常救済版春麗が小さく眉を寄せる。
「補償機能、という言い方は少し痛いわね」
本編春麗は頷いた。
「でも、このルートでは重要よ。青で負けても、黒なら勝てる。だから春麗は立っていられた」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「青で負け続けている春麗にとって、黒は安心だったのね」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「安心であり、誇りであり、リュウにだけ向ける勝者の顔だった」
グランドフィナーレ済み春麗が呟く。
「だからこそ、壊れると深い」
映像の中で、十戦目が始まる。
第二鑑賞:十戦目、黒が初めて破られる
夜明け前の修行場。
春麗は黒いドレスでリュウの前に立った。
リュウは見ている。
逃げずに。
黒いドレスの揺れ。
春麗の目。
足の運び。
呼吸。
女としての春麗。
格闘家としての春麗。
春麗は満たされていた。
見ている。
まだ効いている。
だから勝てる。
春麗は誘った。
一歩近く立ち、静止を入れ、声を落とす。
リュウの拳がほんの少し遅れる瞬間を見た。
そして、最後に勝ち筋を見た。
リュウの手が伸びる。
捕まえに来る。
春麗はその手を支点にする。
身体を回し、軸をずらし、リュウの踏み込みを外す。
勝った。
そう思った。
だが、リュウは掴みに来ていなかった。
捕まえた手に力を込めなかった。
春麗が逃げる先へ、すでに身体を置いていた。
春麗の回転が、途中で止まる。
逃げるはずだった場所に、リュウがいる。
会議室の空気が止まった。
黒ドレス特化春麗が、低く言う。
「……読まれたわね」
通常救済版春麗が頷く。
「黒の手順そのものを読んだのではなく、春麗が逃げる先を読んだ」
本編春麗が資料へ書く。
十戦目:黒の勝ち筋、初めて先回りされる。
映像の春麗は切り返そうとする。
だが半歩遅い。
リュウの拳が勝負を止める位置に届く。
打ち抜かれてはいない。
けれど春麗にはわかった。
もう動けない。
逃げられない。
負けた。
黒いドレスのまま、春麗は片膝をついた。
立っているのはリュウだった。
春麗は無理に笑う。
……十回目で、やっと黒い私に届いたのね。
声は苦かった。
でも、勘違いしないで。今のは、私が勝ったと思うのが少し早かっただけよ。
自覚前春麗が顔をしかめる。
「……負け惜しみね」
本編春麗が見る。
「あなたなら言いそう?」
「言わないわよ!」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「でも、言わずにいられない気持ちはわかるわ」
リュウは勝ち誇らなかった。
ただ、静かに言った。
また戦ってくれ。
その言葉に、会議室の全員が少し黙った。
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「優しいのに、残酷ね」
通常救済版春麗が頷く。
「挑む側に置き直される言葉だから」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「勝者だった春麗に、次は挑戦者として来いと言っている」
本編春麗は資料に書き込んだ。
リュウ発言:また戦ってくれ。
効果:春麗を勝者側から挑戦者側へ移動。
自覚前春麗が小さく言う。
「……これは効くわ」
本編春麗が即反応する。
「効くのね」
「資料として!」
第三鑑賞:黒で取り返そうとして、十一戦目に負ける
映像は、鏡の前に戻る。
春麗は黒いドレスについた土を払っていた。
十戦目の敗北は、まだ事故にできた。
勝ったと思うのが早かっただけ。
リュウがほんの少し深かっただけ。
だから取り返せる。
黒い私なら取り返せる。
春麗はそう思い込む。
通常救済版春麗が、静かに言った。
「この時点では、まだ黒を信じているのね」
黒ドレス特化春麗が言う。
「いえ。黒を信じているというより、黒に戻れば勝者に戻れると思っている」
本編春麗が資料に書く。
黒の信頼から、黒への依存へ変質開始。
十一戦目。
また夜明け前。
春麗は黒いドレスで現れる。
リュウはすでにいた。
また、その姿で来たのか。
春麗は笑う。
当たり前でしょう。黒い私で負けたなら、黒い私で取り返すわ。
リュウは構える。
なら、俺ももう一度届かせる。
その言葉に、映像の春麗の呼吸がわずかに硬くなる。
会議室の黒ドレス特化春麗が目を細める。
「ここで、もう崩れている」
自覚前春麗が驚く。
「まだ始まっていないのに?」
「ええ」
黒ドレス特化春麗は言う。
「黒を着ているけれど、黒を楽しんでいない。取り返すために着ている」
戦いが始まる。
春麗は勝ちに行く。
視線。
近い距離。
静止。
声。
黒いドレスの揺れ。
すべて使う。
いつも通りのはずだった。
しかし、身体の奥で何かが硬い。
取り返さなければならない。
その意識が、呼吸をわずかに早める。
リュウを揺らそうとしている。
だが、自分が敗北の記憶に縛られている。
以前の黒ドレス春麗には、リュウの視線を楽しむ余裕があった。
見られていることを戦場に変えるしなやかさがあった。
今は違う。
リュウの視線を受けるたびに、春麗は先に答えを急いでしまう。
ここで揺れるはず。
ここで遅れるはず。
ここで捕まえに来るはず。
その「はず」が硬い。
リュウは、そこに踏み込んだ。
春麗はあと一撃まで行く。
だが最後の一瞬、リュウは春麗が勝ちを取り返そうと踏み込む先にいた。
拳が届く。
十一戦目の敗北。
春麗は片膝をついた。
……今のは、私が急いだだけよ。
黒い私が負けたんじゃない。私が勝ちを急いだだけ。
自覚前春麗は、思わず言った。
「それ、半分本当で半分逃げね」
本編春麗が見る。
「良い分析ね」
「資料としてよ!」
通常救済版春麗が言う。
「でも、その通りだと思うわ。勝ち急いだのは本当。でも、黒い自分が負けていないことにしたいのも本当」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「一敗を認めるより、理由をつける方が楽なのね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「ただ、その理由が次の敗北を呼ぶ」
リュウは、また言った。
また戦ってくれ。
春麗は歯を食いしばる。
また、挑む側に置かれた。
第四鑑賞:十二戦目、冷静を装って負ける
十二戦目。
春麗は鏡の前に立つ。
黒い自分。
勝てるはずの自分。
いや。
勝てるはず、と思っている自分。
春麗は、その言葉を頭から追い払った。
前回は勝ち急いだ。
だから今回は普段通りに。
冷静に。
焦らない。
リュウの視線を受け止める。
誘う。
崩す。
最後に勝つ。
それだけ。
会議室の本編春麗が、静かに言う。
「ここで一番危険なのは、“冷静に戻したつもり”ね」
通常救済版春麗が頷く。
「自然な余裕ではなく、作った冷静さ」
黒ドレス特化春麗が言う。
「黒ドレスは、作った冷静さを隠してくれない」
十二戦目が始まる。
リュウはまた春麗を見る。
黒いドレス。
目。
足。
呼吸。
春麗はその視線を受け止める。
今度は急がない。
焦らない。
冷静に。
だが、リュウはそこまで見ていた。
取り返そうとしている呼吸だけではない。
取り返そうとしていないように振る舞う呼吸まで、見ていた。
春麗は静止する。
リュウは遅れない。
春麗が目を合わせる。
リュウは逸らさない。
春麗が黒いドレスの揺れを蹴りの軌道に重ねる。
リュウは揺れる。
だが、崩れない。
春麗が一瞬、勝ち筋を見る。
今なら入れる。
今なら崩せる。
その瞬間、リュウはすでに半歩先にいた。
春麗が「勝てる」と思った場所に、リュウがいた。
拳が止まる。
足が止まる。
十二戦目。
黒ドレスで、三連敗。
映像の春麗は片膝をついた。
今度は、すぐに言葉が出なかった。
十戦目は事故にできた。
十一戦目は勝ち急いだだけにできた。
でも十二戦目は違う。
冷静に戻したつもりで負けた。
普段通りにやったつもりで負けた。
つまり、リュウはもう本当に黒ドレスの春麗に届いている。
黒ドレス特化春麗は、深く息を吐いた。
「これは……かなり深い敗北ね」
自覚前春麗も黙っていた。
通常救済版春麗が言う。
「黒そのものが負けたというより、黒に勝たせてもらおうとした春麗が負けた」
本編春麗は大きく頷いた。
「今回の核ね」
リュウは、勝ち誇らない。
春麗が言う。
……何も言わないのね。
リュウは静かに答える。
まだ終わっていない。
その言葉に、会議室がまた静かになった。
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「終わっていない、は優しいけど重いわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「敗北を終わりにしない言葉ね」
自覚前春麗は小さく呟く。
「……でも、もう勝者には戻れていない」
本編春麗が言う。
「ええ。だから次が必要になる」
第五鑑賞:黒い自分を取り戻せない
春麗は自室に戻った。
黒いドレスを脱ぐ。
椅子にかける。
土汚れが残っている。
裾にも、胸元にも、手首のあたりにも、戦いの跡がある。
春麗は、その黒いドレスを見つめる。
これまで黒ドレスは、青い武道服で負け続ける春麗にとって、勝てる自分だった。
青い自分が最後を取られても、黒い自分なら勝てる。
そう思えた。
だが今は違う。
黒ドレスを見るたびに、敗北の感触が戻る。
リュウに見られた感覚。
揺らしたはずなのに踏み込まれた感覚。
逃げる先を塞がれた感覚。
冷静を装った自分ごと読まれた感覚。
最後に立てなかった感覚。
黒ドレスは、勝てる衣装ではなくなり始めていた。
負けた自分を突きつける衣装になっていた。
会議室の空気は重かった。
自覚前春麗は、資料を見ることもできずに言った。
「……これは、きついわね」
黒ドレス特化春麗が静かに頷く。
「ええ。黒が一番深く刺さる春麗ほど、きつい」
通常救済版春麗が言う。
「黒を捨てれば楽なのに、捨てられない」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「なぜなら、それも春麗だから」
行き遅れ恐怖版春麗が小さく言う。
「勝てなくなった自分も、置いていけないのね」
映像の春麗は、黒いドレスへ手を伸ばしかける。
途中で止める。
黒い私まで、リュウに奪われるの?
その問いが、胸に響く。
自覚前春麗は、強く反応した。
「……奪われる、という言い方が重いわ」
本編春麗は頷いた。
「勝てる自分を失う感覚だから」
黒ドレス特化春麗が言う。
「でも、本当はリュウに奪われたのではない」
通常救済版春麗が続ける。
「黒に頼って勝者へ戻ろうとした春麗を、リュウが見抜いた」
映像の春麗は、ようやく認める。
黒ドレスが弱くなったわけではない。
黒ドレスに頼ろうとした春麗を、リュウが見抜いたのだ。
黒い私で勝ち直したい。
でも、今のまま着ても、またリュウに読まれる。
黒いドレスを着れば勝てるわけではない。
青い武道服に戻れば整理できるわけでもない。
まず春麗自身が、リュウに奪われた勝者としての呼吸を取り戻さなければならない。
春麗は鏡を見る。
黒いドレスを着ていない自分。
青い武道服でもない自分。
ただの春麗。
黒い私を取り戻す前に、私自身を取り戻さなきゃ。
会議室の本編春麗が、資料を閉じかけて止めた。
「……ここね」
黒ドレス特化春麗が頷く。
「ええ。ここがこのルートの核」
映像の春麗は、もう一度黒いドレスへ手を伸ばした。
今度は触れる。
捨てない。
封印もしない。
けれど、すぐには着ない。
次に着る時は、ただ勝ちを取り返すためではない。
黒い自分をもう一度、自分のものとして着るためだ。
春麗は静かに言う。
黒い私で負けた。
黒い私で取り返そうとして、また負けた。
悔しい。
苦しい。
でも、終わっていない。
なら次は、黒いドレスに勝たせてもらうんじゃない。
春麗の目が、鏡の中の自分を捉える。
私が、黒いドレスをもう一度勝たせる。
会議室が静まり返った。
自覚前春麗は、何も言えなかった。
通常救済版春麗が、目を細める。
「これは強いわ」
黒ドレス特化春麗が言う。
「黒を捨てない。でも黒に寄りかからない」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「衣装ではなく、春麗が勝つ」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「勝者としての呼吸を、自分に戻すのね」
本編春麗は、ゆっくりと資料に書き込んだ。
主題:黒の奪還ではなく、春麗自身の奪還。
春麗会議・評価会
映像が止まる。
記録板に、評価が表示された。
黒九連勝/青十連敗/黒三連敗ルート
黒ドレス初期評価:九十七点
青武道服敗北痛度:最大
十戦目黒敗北衝撃:最大
黒への依存露呈:最大
リュウ到達度:黒九十九点/青九十九点
春麗自己崩壊危険度:最大
春麗自己奪還動機:最大
総合評価:九十八点
自覚前春麗が驚いた。
「九十八点……前回より高いの?」
本編春麗は静かに頷く。
「前回の“青を取り戻したい”より、さらに深いから」
「でも、負けているわ」
「ええ」
「黒でも負けている」
「ええ」
「それなのに?」
黒ドレス特化春麗が答えた。
「だからよ」
通常救済版春麗が続ける。
「青で負けても、黒で勝てるうちは、まだ支えがあった」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「今回は、その支えも折れた」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「でも、折れた後に、春麗自身を取り戻そうとしている」
本編春麗は頷く。
「だから高評価」
自覚前春麗は黙った。
本編春麗は結論を読み上げた。
評価一。青十連敗は、春麗の原点敗北である。
通常救済版春麗が頷く。
「青は原点だから」
評価二。黒九連勝は、春麗にとって勝者としての拠り所だった。
黒ドレス特化春麗が頷く。
「黒は特別な勝者性を与えていた」
評価三。十戦目の黒敗北により、その拠り所が破られた。
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「そこから十一、十二と負けるのが痛いわね」
本編春麗が続ける。
評価四。十一戦目は、勝ち急ぎの敗北。十二戦目は、作った冷静さごと読まれた敗北。
自覚前春麗が、思わず口を挟む。
「つまり、言い訳が段階的に消されているのね」
本編春麗が嬉しそうに見る。
「良い分析ね」
「資料として!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「十戦目は事故にできた。十一戦目は勝ち急ぎにできた。でも十二戦目は、もう黒に頼る自分を読まれたと認めざるを得ない」
通常救済版春麗が言う。
「だから、黒の問題ではなく春麗自身の問題になる」
本編春麗は頷いた。
そして、最後の評価を読む。
評価五。このルートの主題は、黒を取り戻すことではなく、黒を着る春麗自身を取り戻すことである。
会議室に、重い沈黙が落ちた。
自覚前春麗は、小さく言った。
「……これは、面倒どころじゃないわね」
本編春麗が見る。
「どういう意味?」
「黒で勝てるなら黒に頼りたい。青で負けているならなおさら。でも、その黒でも負けたら、衣装じゃなくて自分に戻るしかない」
一拍。
「……逃げ場がないわ」
黒ドレス特化春麗が静かに頷く。
「そう。だから強い」
通常救済版春麗が微笑む。
「逃げ場がないところから、自分を取り戻そうとしている」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「怖いけど、前に進んでいるわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「負けた春麗を置いていかない話ね」
本編春麗は、最終結論を書き込んだ。
春麗会議・第四回妄想IF鑑賞会 結論
一、黒ドレス九連勝は、春麗の勝者としての支えだった。
二、青十連敗は、春麗の原点を揺らしていた。
三、黒三連敗は、春麗が勝てる自分に逃げる道を閉ざした。
四、黒ドレスが弱くなったのではない。黒ドレスに勝たせてもらおうとした春麗を、リュウが見抜いた。
五、次に必要なのは、黒い自分の奪還ではなく、春麗自身の奪還である。
六、次に黒を着る時、春麗は黒に勝たせてもらうのではなく、自分が黒を勝たせなければならない。
資料が淡く光った。
総合評価は、九十八点。
本編春麗は言った。
「九十九点ではない理由は明確ね」
通常救済版春麗が頷く。
「まだ奪還していないから」
黒ドレス特化春麗が言う。
「でも、奪還戦の準備はできた」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「ここからが本番ね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「黒をもう一度、自分のものとして着る話」
自覚前春麗は、しばらく記録板を見つめた。
そして、ぽつりと言った。
「……次、見たいわね」
全員が見た。
自覚前春麗は慌てる。
「資料として!」
本編春麗が当然のように資料へ書く。
次回候補:春麗自身の奪還戦。
「書かないで!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「これは見たいわ」
通常救済版春麗も頷く。
「ええ。黒を捨てず、黒に寄りかからず、もう一度着る春麗」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「負けた後に、もう一度自分で着るのは怖いわね」
グランドフィナーレ済み春麗が微笑む。
「だからこそ、物語になる」
本編春麗は締めるように言った。
「春麗会議で重要なのは、次が生まれるかどうかよ」
自覚前春麗は頭を抱えた。
「本当に便利すぎるわ、その結論」
会議室に、少しだけ笑いが戻る。
記録板の光が薄れていく。
最後に表示されたのは、春麗の言葉だった。
黒いドレスに勝たせてもらうんじゃない。
私が、黒いドレスをもう一度勝たせる。
黒ドレス特化春麗が、その文字を静かに見つめていた。
「……良い言葉ね」
自覚前春麗も、認めたくなさそうに言う。
「資料としては、かなり良いわ」
本編春麗が笑う。
「正式記録ね」
「違う!」
夢がほどけていく。
朝。
自覚前春麗は目を覚ました。
胸の奥に、重い余韻が残っていた。
青で負ける。
黒で勝つ。
その黒でも負ける。
そして、黒に頼れなくなって、ようやく自分に戻る。
自覚前春麗は、布団の中で小さく息を吐いた。
「……逃げ場がないじゃない」
一拍。
「でも、逃げ場がないから、自分を取り戻すしかない」
言ってから、固まった。
「違う」
慌てて起き上がる。
「今のは私の話じゃない」
鏡の前に立つ。
そこには、自分をめんどくさい女と認めたくない春麗がいた。
黒でも勝ちたい。
青でも勝ちたい。
引き分けでも次がほしい。
負けた自分も捨てたくない。
勝てる衣装にも逃げたくない。
春麗は鏡の中の自分を睨む。
「……面倒すぎるでしょう」
言ってから、すぐに否定できなかった。
しばらくして、小さく呟く。
「資料として、奪還戦は必要ね」
それは、もう完全に次回議題だった。
Q:今回の妄想章IFについて解説して
A:
はい。執筆者として見ると、今回のエピソードは、春麗会議鑑賞会シリーズの中でもかなり重い、「勝てる自分に逃げられなくなった春麗」回です。
前回の「黒ドレス十連勝/青十連敗」は、
黒では勝てる。
でも青では勝てない。
だから青い自分を取り戻したい。
という話でした。
今回の「黒九連勝、青十連敗、その後黒でも連敗」は、さらに一段深くなっています。
青で勝てない春麗が、黒なら勝てると思っていた。
しかし、その黒でもリュウに届かれてしまった。
だから春麗は、黒でも青でもなく、“春麗自身”を取り戻すしかなくなった。
という話です。
今回の核は「黒ドレスが逃げ場ではなくなる」こと
これまで黒ドレスは、春麗にとってかなり強いカードでした。
青い武道服ではリュウに負け続けている。
でも黒ドレスなら勝てる。
リュウの視線も、呼吸も、女として見られることも、全部戦場にできる。
だから黒い自分は、まだ勝者でいられる。
この構造が、春麗を支えていました。
ところが今回、その黒ドレスでも負けます。
しかも一度だけではない。
十戦目で負ける。
十一戦目で「勝ち急いだだけ」と言い訳しながらまた負ける。
十二戦目で「今度は冷静に」と立て直したつもりなのに、また負ける。
この三段階が非常に良いです。
一敗目は事故にできる。
二敗目は勝ち急ぎにできる。
三敗目は、もう言い訳できない。
ここで春麗は認めざるを得なくなります。
黒ドレスが弱くなったのではない。
黒ドレスに勝たせてもらおうとした自分を、リュウに見抜かれた。
これが今回の核心です。
「黒い自分を取り戻せない」というタイトルの意味
タイトルは一見すると、黒ドレスの春麗が敗北して、黒い自分を失った話に見えます。
でも実際には、もっと深いです。
春麗が取り戻せなくなっているのは、黒ドレスそのものではありません。
取り戻せなくなっているのは、黒を着れば勝てると思えていた自分です。
黒を着れば、リュウに勝てる。
黒を着れば、青で負けた悔しさを補える。
黒を着れば、勝者として立てる。
その感覚が壊れた。
だから「黒い自分を取り戻せない」は、単なる衣装の話ではなく、勝者としての呼吸を失った春麗の話になっています。
リュウの「また戦ってくれ」が残酷に効いている
今回のリュウは、勝ち誇りません。
十戦目で黒ドレス春麗に勝っても、見下ろさない。
十一戦目で勝っても煽らない。
十二戦目で勝っても、優越感を出さない。
ただ、
また戦ってくれ。
と言う。
これが非常に効きます。
優しい言葉のように見える。
でも春麗にとっては残酷です。
なぜなら、それは春麗を「勝者」から「挑戦者」に移す言葉だからです。
黒ドレスで九度勝っていた春麗は、本来リュウを迎え撃つ側でした。
でもリュウに黒で負けた瞬間、立場が反転します。
今度は春麗が取り返しに行く側になる。
リュウはそれを責めない。
でも、逃がさない。
この静かな反転が、とてもリュウらしいです。
十一戦目と十二戦目の違いが大事
今回、黒ドレスで連敗する部分は、単なる連続敗北ではありません。
十一戦目は、勝ち急ぎの敗北です。
春麗は「黒で取り返さなければ」と思いすぎている。
そのせいで、黒の余裕が硬くなる。
視線を受けるしなやかさが消え、リュウを揺らす前に自分が敗北の記憶に縛られている。
だからリュウに踏み込まれる。
これはまだ言い訳できます。
黒い私が負けたんじゃない。
私が勝ちを急いだだけ。
半分は本当です。
でも十二戦目は違います。
十二戦目では、春麗は「冷静にやろう」とします。
しかしその冷静さは、自然な余裕ではありません。
作った冷静さです。
リュウはそこまで見ている。
取り返そうとしている呼吸だけでなく、取り返そうとしていないように振る舞う呼吸まで見ている。
だから十二戦目の敗北は深い。
ここで、春麗はもう「勝ち急いだだけ」とは言えない。
普段通りに戻したつもりでも負けた。
つまり、リュウは本当に黒ドレスの春麗に届いている。
ここが決定打です。
春麗会議の評価が「春麗自身の奪還」になったのが良い
今回の春麗会議の結論は、とても重要です。
黒い自分の奪還ではなく、春麗自身の奪還。
ここが良いです。
最初の春麗は、黒ドレスを取り戻そうとしていました。
黒で負けた。
だから黒で勝ち直す。
黒い自分を取り戻す。
でも連敗した後、そこからさらに深く考えます。
黒いドレスを着れば勝てるわけではない。
青い武道服に戻れば整理できるわけでもない。
まず春麗自身が、勝者としての呼吸を取り戻さなければならない。
つまり問題は、黒か青かではありません。
春麗が、自分の中心を取り戻せているか。
ここに移ります。
これはかなり大きな進行です。
黒ドレス特化春麗にとっても重い案件
この回は、黒ドレス特化春麗にとってもかなり刺さります。
なぜなら、彼女は黒の価値を一番よく知っているからです。
黒は逃げ場ではない。
黒はただの勝利装置ではない。
黒は春麗が選んで着るもの。
リュウにだけ向ける特別な自分。
だから、黒に勝たせてもらおうとした春麗が負けるのは、黒ドレス特化春麗から見ても重要です。
黒は強い。
でも、黒が勝つのではない。
春麗が黒を着て勝つ。
この違いが、今回の黒ドレス特化春麗の評価軸になります。
自覚前春麗に刺さる理由
今回も、自覚前春麗にかなり刺さっています。
彼女はこれまで、
青で勝ちたい。
黒でも勝ちたい。
引き分けでも満たされる。
次が欲しい。
でも認めたくない。
という状態でした。
そこに今回、
勝てる衣装にも逃げられない。
勝てる自分に頼っても、リュウはそこまで見てくる。
という構造が突きつけられます。
これは自覚前春麗にとってかなり痛い。
なぜなら、彼女も「資料として」「青だから」「黒だから」と、いろいろな形で自分を整理しようとしています。
でも今回の結論は、
衣装ではなく春麗自身が戻らないといけない。
です。
逃げ場がない。
だから彼女は、
資料として、奪還戦は必要ね。
と言ってしまう。
かなり自然です。
今回の総合評価九十八点の意味
今回の評価が九十八点なのは妥当です。
九十九点ではありません。
なぜなら、まだ奪還していないからです。
ただし、九十八点という高評価なのは、春麗が大きな認識に到達したからです。
黒ドレス九連勝。
青十連敗。
黒三連敗。
この流れは、勝敗だけ見るとかなり苦いです。
でも物語としては非常に強い。
青で負ける。
黒で勝つ。
黒でも負ける。
そして、黒でも青でもなく、自分自身を取り戻す必要に気づく。
ここまで来たことで、次の「奪還戦」が非常に強くなります。
今回の物語上の意味
このエピソードは、鑑賞会シリーズの中でもかなり重要な転換点です。
これまでは、
勝つか。
引き分けるか。
次が生まれるか。
黒で勝つか。
青を取り戻すか。
という評価軸でした。
今回は、そこからさらに進んでいます。
黒でも青でもなく、春麗自身が勝者として戻れるか。
これがテーマになりました。
つまり、衣装やルートの問題から、春麗そのものの問題に移った。
これは非常に大きいです。
結論
今回のエピソードは、青で負け続けた春麗が、黒ドレスを勝者としてのよりどころにしていたにもかかわらず、その黒でも連敗し、最終的に“黒を取り戻す”のではなく“春麗自身を取り戻す”必要に気づく回です。
一言でまとめるなら、
黒ドレスが春麗を勝たせるのではない。
春麗が、黒ドレスを勝たせなければならない。
この一文に尽きます。
前回の「青い自分を取り戻したい」より、さらに一段深いです。
青を取り戻す前に、黒を取り戻す前に、まず春麗が春麗自身を取り戻す。
だから今回の鑑賞会は、かなり重いですが、次の「春麗自身の奪還戦」への最高の前振りになっていると思います。