また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
自覚前春麗は、春麗会議の円卓を見て、最初から嫌な予感がしていた。
中央に置かれている記録板。
その表題が、すでに不穏だった。
春麗会議・裏ルート初回開示鑑賞会
議題:拗れ春麗ルート・比較的攻略容易パーフェクトコミュニケーションエンド
副題:自覚前春麗、裏ルートの詳細を初めて知る
自覚前春麗は、表題を読んだ瞬間に眉をひそめた。
「……初めて知る、って何よ」
本編春麗は議長席で資料を整えている。
「そのままの意味よ」
黒ドレス特化春麗は腕を組んでいる。
通常救済版春麗は静かにお茶を置いた。
行き遅れ恐怖版春麗は少し不安そうにしている。
グランドフィナーレ済み春麗は、いつものように穏やかに目を伏せていた。
自覚前春麗は円卓を見回した。
「私は、裏ルートの概要なら知っているわ」
本編春麗が頷く。
「ええ。概要だけね」
「十分でしょう」
「十分ではないわ」
本編春麗は資料を一枚めくる。
「あなたは、通常救済版春麗、黒ドレス特化救済春麗、グランドフィナーレ済み春麗が経験した裏ルートの詳細を知らない」
自覚前春麗は少しだけ黙った。
「……概要は聞いたわ」
黒ドレス特化春麗が言う。
「概要では、残響は入らないわ」
通常救済版春麗が頷く。
「何が痛かったのか。何が救いだったのか。それは実際に見ないとわからない」
グランドフィナーレ済み春麗が静かに言った。
「裏ルートは、出来事の順番より、届いてしまう感情の方が重いわ」
自覚前春麗は、腕を組んだ。
「でも、私には関係ないわ」
本編春麗が目を細める。
「どうして?」
自覚前春麗は当然のように答える。
「条件発生が特殊すぎるもの」
円卓の空気が少し動いた。
自覚前春麗は指を折って数え始める。
「まず、最初のリュウとの出会いで、春麗が十連勝する」
「ええ」
「その後、十一戦目でリュウに負ける」
「ええ」
「そこで優位構造が崩れる」
「ええ」
「そのあと運命の黒ドレスと出会う」
黒ドレス特化春麗が、わずかに目を細めた。
「続けて」
自覚前春麗は少しだけ声を強める。
「そして最初の黒ドレス戦で、春麗がリュウにギリギリ負ける。しかも敗因は、黒を恥ずかしさを消せずに使い切れなかったから。そしてリュウにそれを見抜かれる必要がある」
本編春麗は頷く。
「正確ね」
「正確でしょう? だから私には該当しないわ」
通常救済版春麗が少し微笑む。
「どうして?」
「私はその流れを踏んでいないからよ」
自覚前春麗は、やや早口になる。
「私は十連勝後に十一戦目で負けた春麗ではない。黒初戦で恥ずかしさを消せずに負けた春麗でもない。リュウに『黒を使い切れていない』と見抜かれた春麗でもない」
一拍。
「だから、それは本編春麗の表ルートに対する、隠し裏ルートでしょう。私のルートではないわ」
本編春麗は、静かに資料を閉じた。
「たしかに、発生条件は特殊ね」
自覚前春麗は少し勝った顔をした。
「でしょう」
「でも、今日見るのは、その中でも比較的攻略が楽な救済パターンよ」
自覚前春麗の眉が動いた。
「……楽?」
黒ドレス特化春麗が淡々と言う。
「楽と言っても、春麗基準ではないわ」
通常救済版春麗が補足する。
「黒への執着が深く固定される前に、リュウが正解へ早めに届いたパターンね」
行き遅れ恐怖版春麗が小さく言う。
「早めに答えが来たルート……」
グランドフィナーレ済み春麗が続ける。
「遠回りしきる前に、見つけられたルート」
自覚前春麗は、不快そうに目を細めた。
「……救済対象みたいに言わないで」
本編春麗が言う。
「あなたのこととは言っていないわ」
「今の空気は言っていたわ!」
黒ドレス特化春麗が小さく笑う。
「否認部門代表、鑑賞前から防御姿勢」
「その肩書きで呼ばないで!」
本編春麗は、記録板に手を触れた。
「では、始めましょう」
記録板が淡く光った。
第一鑑賞:十連勝の春麗と、十一戦目のリュウ
映像の中、春麗は勝っていた。
一戦目。
勝利。
二戦目。
勝利。
三戦目。
勝利。
四戦目。
勝利。
十戦目。
また勝利。
リュウは何度も倒れた。
だが、何度も来た。
春麗は勝者だった。
余裕があった。
自分が待ち受ける側だった。
リュウは挑む側だった。
自覚前春麗は、映像を見ながら言った。
「ここまでは、わかるわ」
本編春麗が横目で見る。
「何が?」
「何度も来るリュウを待つ感覚」
全員が見る。
自覚前春麗は慌てて言い直す。
「資料として!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「早いわね」
「何がよ!」
映像は十一戦目へ移る。
十回負けても、リュウは折れていなかった。
踏み込みが変わっていた。
呼吸が変わっていた。
春麗の勝ち筋を見ている。
春麗はいつものように勝つつもりだった。
だが、最後の一瞬。
リュウの拳が、春麗の先にあった。
春麗は負けた。
十連勝後の、十一戦目。
リュウの辛勝。
春麗の優位構造が崩れた瞬間だった。
行き遅れ恐怖版春麗が小さく言う。
「十回勝っていた相手に、十一回目で負けるのは……怖いわね」
通常救済版春麗が頷く。
「勝者として待っていた位置から、急に落とされる」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「ここで、リュウはただの挑戦者ではなくなる」
黒ドレス特化春麗が言う。
「春麗が、待ってしまう相手になる」
自覚前春麗は黙っていた。
本編春麗が声をかける。
「どう?」
「……まあ」
「まあ?」
「十連勝していたなら、十一戦目の敗北は刺さるでしょうね」
「資料として?」
自覚前春麗は睨む。
「資料としてよ」
第二鑑賞:運命の黒ドレス
映像が変わる。
春麗は黒ドレスと出会う。
黒。
青とは違う色。
武道服ではない。
勝者の余裕を纏うものでもあり、リュウに見られる自分を戦場に出すものでもある。
春麗は、それを着た。
だが、この春麗はまだ黒を自分のものにしていなかった。
十一戦目の敗北を上書きしたい。
リュウに見返したい。
自分がまだ勝者であると証明したい。
その気持ちが黒の奥に混ざっている。
自覚前春麗は、少し顔をしかめた。
「……これは、わかりやすく危ないわ」
本編春麗が言う。
「ええ」
「負けたから黒で取り返したい。黒を使えば勝てると思っている。これはもう、最初から依存気味でしょう」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「良い分析ね」
自覚前春麗はしまったという顔をする。
「資料として!」
通常救済版春麗が穏やかに言う。
「でも、その危うさが裏ルートの入口なのよ」
映像の中、黒ドレスの春麗がリュウの前に立つ。
リュウは見た。
黒いドレスを。
春麗の目を。
足を。
呼吸を。
春麗は、リュウが見ていることに反応していた。
効いている。
見ている。
なら、勝てる。
春麗は黒で誘う。
一歩近く立つ。
声を落とす。
黒い裾を揺らす。
リュウの拳が遅れる。
だが、春麗自身も遅れた。
見られることを利用しようとしているのに、見られることへの恥ずかしさが消えていない。
黒を着ている。
でも、黒を使い切れていない。
最後の一瞬。
リュウが届いた。
春麗は、黒ドレス初戦でギリギリ負けた。
そしてリュウは言った。
春麗。
その黒を、まだ使い切れていない。
会議室が静かになった。
自覚前春麗は、目を見開いていた。
「……言ったの?」
本編春麗が頷く。
「ええ」
黒ドレス特化春麗が言う。
「この一言で、裏ルートが深く開く」
通常救済版春麗が言う。
「黒で負けたことより、黒を使い切れていないと見抜かれたことが痛いの」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「見られたうえで、足りないと言われるのね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「黒を着た自分の奥まで、最初に触れられてしまった」
自覚前春麗は、少しだけ唇を噛んだ。
「……特殊条件ね」
本編春麗が見る。
「まだそこに逃げるの?」
「逃げていないわ。実際に特殊でしょう」
「でも、刺さった?」
「刺さっていない!」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「刺さらないなら、そんな顔はしないわ」
「顔を見ないで!」
第三鑑賞:黒執着ルート
映像は、黒に固執していく春麗を映した。
黒で負けた。
黒を使えていないと見抜かれた。
だから、黒で勝たなければならない。
黒を使える黒にしなければならない。
春麗は黒ドレスを着る。
リュウ以外とも戦う。
勝つ。
また勝つ。
黒は通じる。
視線は遅れる。
相手は揺れる。
けれど、春麗は満たされない。
この見方ではない。
この遅れ方ではない。
この黒で勝ちたい相手は、あなたではない。
自覚前春麗は、腕を組んだまま黙っていた。
通常救済版春麗が言う。
「ここで、黒の表面と奥が分かれるの」
黒ドレス特化春麗が頷く。
「黒の表面は、他者にも通じる。でも黒の奥は、リュウにしか開かない」
本編春麗は資料に書く。
黒の奥、リュウ専用化。
自覚前春麗が小さく言う。
「……面倒ね」
本編春麗が即座に反応する。
「何が?」
自覚前春麗は顔を赤くする。
「このルートがよ!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「間違ってはいないわ」
映像の中の春麗は、次第にリュウへ責任を向け始める。
私が黒にこだわるようになったのは、あなたのせい。
私に使い切れていないと言ったのは、あなた。
私を負けさせたのも、見抜いたのも、あなた。
だから。
あなたが、責任を取りなさい。
行き遅れ恐怖版春麗が、少し怯えたように言った。
「責任圧が重いわ……」
本編春麗が頷く。
「裏ルートの責任圧ね」
通常救済版春麗が言う。
「本編春麗は、自分の面倒さを引き受ける。裏ルート春麗は、一度リュウへ責任を向ける」
自覚前春麗は、反射的に言う。
「私はそんなことしないわ」
全員が見た。
「……何よ」
本編春麗が微笑む。
「今、自分と比較したわね」
「していない!」
黒ドレス特化春麗が淡々と言う。
「被弾確認」
「確認しないで!」
第四鑑賞:比較的楽な救済パターン
記録板の表題が切り替わる。
拗れ春麗ルート:比較的攻略容易パーフェクトコミュニケーション
自覚前春麗は眉をひそめた。
「ここからが本題?」
本編春麗が頷く。
「ええ」
通常救済版春麗が静かに言う。
「このパターンでは、春麗が黒に完全固定される前に、リュウが届く」
黒ドレス特化春麗が言う。
「黒を否定しない。黒だけも求めない。そこへ早めに到達する」
映像の中、リュウは春麗と向かい合っていた。
春麗は黒ドレス。
まだ拗れている。
だが、壊れきってはいない。
黒で勝たなければならない。
黒を使えていると認めさせたい。
でも、どこかで疲れている。
リュウは、静かに見ていた。
春麗が言う。
また見に来たの?
私の黒を。
リュウは答える。
ああ。
春麗は笑う。
なら見なさい。
今度こそ、あなたが使い切れていないと言った黒で、あなたを黙らせてあげる。
リュウは、首を振らなかった。
否定しなかった。
ただ言った。
あの黒は強い。
春麗は一瞬、止まる。
俺は、あの黒に負けた。
黒ドレス特化春麗が小さく頷く。
「まず認めた」
通常救済版春麗が言う。
「黒を否定しない。重要ね」
映像の中の春麗は、ほんの少し満足しかけた。
リュウが自分の黒を強いと言った。
負けたと言った。
けれど、リュウは続けた。
だが、俺が見たいのは、俺に勝つための黒だけじゃない。
春麗の表情が変わる。
……何を言っているの。
リュウは見る。
黒で俺に勝とうとしているお前も見る。
黒を使い切れていないと言われて怒ったお前も見る。
黒で勝っても、まだ俺を見ているお前も見る。
春麗は、息を止めた。
会議室の自覚前春麗も、止まっていた。
リュウは言った。
でも、黒だけがお前だとは思わない。
沈黙。
映像の中の春麗は、動けない。
リュウは続ける。
青でも見る。
黒でも見る。
迷っているお前も、怒っているお前も見る。
俺が見るのは、お前だ。
会議室が完全に静かになった。
自覚前春麗は、目を逸らせなかった。
本編春麗が、小さく言った。
「比較的楽な救済パターンのパーフェクトコミュニケーションね」
黒ドレス特化春麗が頷く。
「黒を否定していない」
通常救済版春麗が続ける。
「でも、黒だけに閉じ込めていない」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「答えが早いわね……」
グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。
「遠回りしきる前に届いた言葉」
映像の春麗は、ようやく声を出した。
……ずるいわね。
リュウは首を傾げる。
ずるいのか。
ええ。
そんなことを言われたら、黒で黙らせる理由が減るじゃない。
リュウは静かに言う。
それでも戦うなら、戦う。
春麗は小さく笑った。
そういうところよ。
そして、黒いドレスの裾を見下ろした。
私は、黒で勝ちたかった。
あなたに使えていると言わせたかった。
でも、黒だけ見られたいわけじゃなかった。
リュウは答える。
ああ。
春麗は目を伏せた。
……見なさい。
黒も、青も。
私が選ぶ全部を。
リュウは頷いた。
見る。
その瞬間、記録板の評価が淡く光った。
PERFECT COMMUNICATION
黒執着固定回避
黒青選択可能化
救済後春麗ルート解放
春麗会議の沈黙
映像が止まっても、しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、自覚前春麗だった。
「……それ」
本編春麗が見る。
「ええ」
自覚前春麗は、かなり嫌そうな顔をした。
「早く言われたら困るわね」
全員が見た。
自覚前春麗は、即座に顔を赤くする。
「違う!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「困るのね」
「攻略上よ!」
通常救済版春麗が微笑む。
「攻略される側として?」
「違うわ!」
本編春麗が資料に書き込む。
自覚前春麗、早期パーフェクトコミュニケーションに被弾。
「書かないで!」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「でも、わかるわ。早く答えが来るのは、逃げ道がないもの」
グランドフィナーレ済み春麗が頷く。
「拗れる余地を奪われる救済ね」
自覚前春麗は、苦い顔をした。
「救済される側みたいに言わないで」
本編春麗が言う。
「では、違うの?」
「違うわ。私はこの裏ルートの条件を満たしていない」
「でも、今の台詞は効いた」
「効いていない!」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「否認部門代表、かなり深く被弾」
「深くとか言わないで!」
通常救済版春麗が優しく言う。
「でも、今のリュウはかなり良かったわね」
自覚前春麗は反論しようとした。
しかし、言えなかった。
良かった。
かなり良かった。
黒を否定しない。
黒に閉じ込めない。
青でも見る。
黒でも見る。
迷っている自分も、怒っている自分も見る。
俺が見るのは、お前だ。
それは、効く。
効かないわけがない。
「……資料としては」
本編春麗が身を乗り出す。
自覚前春麗は渋々言った。
「九十九点候補よ」
会議室がざわめいた。
本編春麗が嬉しそうに書く。
本人評価:九十九点候補。
「本人評価って書かないで!」
黒ドレス特化春麗が満足そうに頷く。
「妥当ね」
通常救済版春麗も頷いた。
「妥当だと思うわ」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「早く届く答えとしては、かなり羨ましいわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「比較的楽な救済でも、答えの重さは軽くない」
春麗会議・評価会
本編春麗は、資料を整理した。
「では、今回の鑑賞会の評価に入るわ」
自覚前春麗は、少し疲れた顔で言う。
「もう十分でしょう」
「十分ではないわ。ここからが会議よ」
「本当に面倒ね、この会議」
本編春麗は笑った。
「あなたが言うの?」
「私の話じゃない!」
本編春麗は資料を読み上げる。
評価一。自覚前春麗は裏ルートの概要を知っていたが、詳細な残響は知らなかった。
通常救済版春麗が頷く。
「概要と体験は違うわ」
評価二。裏ルートの発生条件は特殊である。十連勝後の十一戦目敗北、運命の黒ドレス、黒初戦でのギリギリ敗北、リュウによる黒の迷いの看破が必要。
自覚前春麗が即座に言う。
「そう。だから私には該当しないわ」
本編春麗は頷いた。
「完全一致はしないわね」
「でしょう」
「でも、部分一致は多い」
自覚前春麗は止まった。
「……部分一致?」
黒ドレス特化春麗が言う。
「黒で勝ちたい」
通常救済版春麗が言う。
「青でも見られたい」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「答えを持ってきてほしい」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「次が生まれることに反応する」
本編春麗がまとめる。
「そして、自分は違うと言いたい」
自覚前春麗は、真っ赤になった。
「違うわ!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「最後まで含めて一致ね」
「含めないで!」
本編春麗は続ける。
評価三。比較的攻略容易パーフェクトコミュニケーションとは、春麗が黒に固定される前に、リュウが黒も青も春麗本人も見ると言えた救済である。
通常救済版春麗が言う。
「ここは高評価ね」
黒ドレス特化春麗が頷く。
「黒を否定しなかったことが最重要」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「遅すぎなかったことも重要ね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「遠回りしなかった救済」
本編春麗は最後の評価を読む。
評価四。自覚前春麗は、裏ルートは自分とは無関係と主張したが、パーフェクトコミュニケーションの核心台詞に深く反応した。
自覚前春麗は机を叩く。
「深く反応していない!」
本編春麗は淡々と返す。
「九十九点候補と言ったわ」
「資料として!」
「言ったわ」
「言ったけれど!」
黒ドレス特化春麗が微笑む。
「十分よ」
最終結論
本編春麗は、記録板へ結論を書き込んだ。
春麗会議・裏ルート初回開示鑑賞会 結論
一、自覚前春麗は、裏ルートの詳細を初めて知った。
二、裏ルートは特殊条件による隠しルートであり、自覚前春麗とは完全一致しない。
三、しかし、黒への反応、リュウへの期待、勝敗の次回生成化、否認癖など、部分一致は多い。
四、比較的攻略容易パーフェクトコミュニケーションは、春麗が黒に固定される前に、リュウが「黒でも青でも見る。俺が見るのはお前だ」と言えた場合に成立する。
五、自覚前春麗は、自分は救済対象ではないと主張するが、当該コミュニケーションに九十九点候補をつけたため、要観察。
自覚前春麗は叫んだ。
「五番を消しなさい!」
本編春麗は、いつものように笑った。
「消さないわ」
「消して!」
「正式記録よ」
「正式にしないで!」
資料が淡く光る。
評価が表示された。
鑑賞会評価:九十八点
自覚前春麗被弾度:九十九点
次回生成評価:最大
自覚前春麗は頭を抱えた。
「どうして次回生成評価が最大なのよ!」
本編春麗は当然のように言う。
「あなたが次を見たい顔をしているから」
「していない!」
黒ドレス特化春麗が言う。
「比較的楽な救済ではなく、最難関救済も見たくなったのでは?」
「なっていない!」
通常救済版春麗が微笑む。
「でも、通常救済版との違いは気になるでしょう?」
「気にならない!」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「早く答えが来る救済と、遅く答えが来る救済の違いは見たいわね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「遠回りした春麗と、遠回りしなかった春麗。どちらも春麗ね」
本編春麗は資料に書き込む。
次回候補:裏ルート高難度救済との比較鑑賞会。
「書かないで!」
本編春麗は言った。
「春麗会議で重要なのは、次が生まれるかどうかよ」
「便利に使いすぎ!」
会議室に笑いが戻った。
しかし、自覚前春麗はまだ、記録板の最後の文字を見ていた。
黒でも青でも見る。
俺が見るのは、お前だ。
それは、自分のルートではない。
特殊条件の裏ルートだ。
自分には関係ない。
自分はまだ、救済されるほど拗れていない。
そう思う。
そう思いたい。
でも、もし。
もし今の自分が、リュウにそれを言われたら。
春麗は、目を逸らした。
「……効かないわ」
本編春麗が聞き逃さない。
「何が?」
自覚前春麗は、顔を赤くして立ち上がった。
「何でもない!」
黒ドレス特化春麗が静かに言う。
「今のは効く前提の否認ね」
「違う!」
通常救済版春麗が微笑む。
「でも、覚えておいて損はないわ」
行き遅れ恐怖版春麗が言う。
「答えが早く来ることもあるのね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「知ってしまった以上、知らなかった頃には戻れないわ」
自覚前春麗は、黙った。
それが一番困る。
裏ルートの詳細を知ってしまった。
黒に囚われた春麗を見た。
救済される春麗を見た。
早すぎるほど正確に届いたリュウを見た。
そして、その言葉が自分にも効くかもしれないと、少しだけ思ってしまった。
夢がほどけていく。
最後に、本編春麗の声が聞こえた。
「あなたはまだ違うと言うでしょうね」
自覚前春麗は、当然のように返した。
「違うわ」
「ええ」
一拍。
「まだ、ね」
「拾わない!」
その叫びとともに、夢は消えた。
朝。
自覚前春麗は目を覚ました。
胸の奥に、裏ルートの残響が残っていた。
十連勝。
十一戦目の敗北。
黒ドレス。
黒初戦の敗北。
黒を使い切れていないと見抜かれる痛み。
黒への執着。
リュウ以外では満たされない黒。
そして。
比較的楽な救済。
黒でも青でも見る。
俺が見るのは、お前だ。
春麗は布団の中で顔を覆った。
「……特殊条件よ」
一拍。
「私には関係ない」
さらに一拍。
「でも」
言葉が止まる。
もし、リュウが今の自分に言ったら。
青でも見る。
黒でも見る。
勝つ春麗も、引き分ける春麗も、負けて取り返そうとする春麗も見る。
俺が見るのは、お前だ。
春麗は顔を赤くした。
「……効かないわ」
誰もいない部屋で、そう言った。
だが、その否認は弱かった。
春麗は起き上がる。
鏡の前に立つ。
そこには、まだ自分をめんどくさい女と認めたくない春麗がいる。
けれど、その目は少しだけ揺れていた。
裏ルートは、自分の道ではない。
たしかに違う。
でも、完全に他人事でもない。
それを知ってしまった。
春麗は鏡の中の自分を睨む。
「私は救済される側ではないわ」
一拍。
「私は、自分で勝つ」
さらに一拍。
「……でも」
また止まる。
春麗は、小さく息を吐いた。
「その台詞は、資料として保存しておくわ」
言ってしまった。
春麗は鏡の前で固まる。
「……違う。今のは違うわ」
だが、もう遅い。
その言葉は、確実に春麗会議の次回資料になっていた。
Q:今回の妄想章IFについて解説して?
A:
はい。執筆者として見ると、今回の妄想章IFはかなり重要です。
これは単なる「裏ルートの救済パターン鑑賞会」ではなく、自覚前春麗が初めて“自分が行かなかったはずの裏ルート”を、自分にも刺さる可能性のある未来として見てしまう回です。
一言で言うなら、
自覚前春麗は、裏ルートを“特殊条件の別世界”として切り離そうとした。
しかし、パーフェクトコミュニケーションの核心だけは、自分にも効くと知ってしまった。
という回です。
今回の核は「概要」と「残響」の違い
自覚前春麗は、裏ルートの概要だけは知っていました。
十連勝後に十一戦目で負ける。
運命の黒ドレスと出会う。
黒初戦でギリギリ負ける。
黒を使い切れていないとリュウに見抜かれる。
黒に固執する。
リュウ以外に黒を使っても満たされない。
最終的にリュウに救済される。
彼女はそれを、情報としては理解していた。
でも、今回までは体験としては知らなかった。
ここが大きいです。
概要だけなら、彼女は逃げられます。
私はその条件を満たしていない。
私には関係ない。
それは隠し裏ルートであって、私のルートではない。
と言える。
実際、今回の冒頭ではその理屈をかなりしっかり組んでいます。
これは自覚前春麗らしくて良いです。
彼女は感情で否認するだけではなく、条件分岐として自分を除外しようとする。
でも、残響を見てしまうと逃げられない。
なぜなら、出来事は違っても、感情の構造が似ているからです。
裏ルートは特殊条件だが、感情は特殊ではない
今回、自覚前春麗の防御理論はかなり正しいです。
裏ルートの発生条件は特殊です。
最初のリュウとの関係で十連勝する。
十一戦目で負ける。
その敗北で優位構造が崩れる。
黒ドレスと出会う。
黒初戦で恥ずかしさを消せずに負ける。
しかもリュウに「黒を使い切れていない」と見抜かれる。
これはたしかに特殊です。
だから自覚前春麗が、
私には該当しないわ。
と言うのは、理屈としては間違っていません。
でも、春麗会議が見ているのは条件一致ではありません。
見ているのは、
黒で勝ちたい
青でも見られたい
リュウに見られると揺れる
勝敗が次に変換される
「私は違う」と否認する
でもリュウの言葉には反応する
という感情構造です。
ここが部分一致している。
だから、完全一致ではないのに刺さる。
今回の面白さはここです。
「比較的楽な救済パターン」にしたのが効いている
今回の選択で特に良かったのは、最難関救済ではなく、比較的攻略が楽なパーフェクトコミュニケーションパターンにしたことです。
最難関ルートだと、自覚前春麗は逃げられます。
そこまで黒に囚われた春麗は、さすがに私とは違うわ。
と言える。
でも、比較的楽な救済パターンは逃げにくい。
なぜなら、春麗が完全に黒へ固定される前に、リュウが早めに正解を出すルートだからです。
つまり、
そこまで深く拗れていなくても、リュウの正解が刺されば救済は成立する。
これを見せられてしまう。
自覚前春麗にとって、これはかなり危険です。
彼女はまだ「私は救済されるほど拗れていない」と言いたい。
でも、今回のパターンは「拗れ切る前の救済」なので、彼女の段階にも近づいてしまう。
だから効きます。
リュウのパーフェクトコミュニケーションが強い
今回のリュウの答えは、かなり良いです。
まず、
あの黒は強い。
俺は、あの黒に負けた。
ここで黒を認めています。
これは絶対に必要です。
裏ルート春麗は、黒を否定されたら拒絶します。
黒は自分の傷であり、証明であり、リュウに向けた特別な姿だからです。
だからリュウはまず黒を認める。
でも、それだけでは黒依存が強まる。
そこで次の言葉が来る。
だが、俺が見たいのは、俺に勝つための黒だけじゃない。
ここで、黒だけに閉じ込めない。
さらに、
黒で俺に勝とうとしているお前も見る。
黒を使い切れていないと言われて怒ったお前も見る。
黒で勝っても、まだ俺を見ているお前も見る。
でも、黒だけがお前だとは思わない。
これが今回の中核です。
黒を否定しない。
黒を軽くしない。
黒で勝ちたい春麗も見る。
黒で怒る春麗も見る。
でも、黒だけが春麗ではない。
これはかなり精度が高い。
そして最後に、
青でも見る。
黒でも見る。
迷っているお前も、怒っているお前も見る。
俺が見るのは、お前だ。
ここで救済が成立する。
これは春麗会議で九十九点候補になるのも自然です。
自覚前春麗が一番被弾している理由
今回の主役は、裏ルート春麗ではなく自覚前春麗です。
彼女は「私には関係ない」と言い続けています。
でも、リュウのパーフェクトコミュニケーションを見た瞬間に、
早く言われたら困るわね。
と言ってしまう。
これが非常に良いです。
「効く」とは言っていない。
「救済されたい」とも言っていない。
でも「困る」と言っている。
つまり、それが自分にも効く可能性を認めてしまっている。
この一言で、自覚前春麗はかなり追い込まれます。
しかもその後、
資料としては九十九点候補よ。
と言ってしまう。
これは、もうかなり大きいです。
彼女はパーフェクトコミュニケーションの有効性を認めてしまった。
本人は「資料として」と逃げていますが、春麗会議的には完全に記録対象です。
本編春麗との対比も良い
今回、本編春麗は少し余裕を持って司会していますが、実は彼女にも刺さる内容です。
本編春麗は、自分で面倒さを引き受けるルートです。
表ルートは「春麗が自分の面倒さを自力で引き受け、リュウとの殴り愛を完成させる正規メインルート」です。一方、裏ルートは、敗北と黒への執着を経由し、リュウに救済されて黒も青も取り戻すルートです。
だから、本編春麗にとって裏ルートの救済は少し複雑です。
自分は自分で立った。
裏ルート春麗はリュウに見つけられて救済された。
この違いがあります。
今回の本編春麗は、その複雑さをあまり前面に出していませんが、司会しながら内心では、
そんなに早く言わせたのね。
という感覚はあると思います。
黒ドレス特化春麗の評価も自然
黒ドレス特化春麗は、今回のパーフェクトコミュニケーションをかなり高く評価するはずです。
なぜなら、彼女の評価軸は一貫しています。
黒を否定するな。
黒を軽く見るな。
でも、黒だけに閉じ込めるな。
今回のリュウは全部満たしています。
特に、
黒で俺に勝とうとしているお前も見る。
これは黒ドレス特化春麗から見て非常に良い。
黒を清算対象にしていない。
黒を恥ずかしい過去にしていない。
黒で勝とうとする春麗まで見ている。
だから高評価になります。
通常救済版・行き遅れ恐怖版・グランドフィナーレ済み春麗の役割
通常救済版春麗は、今回かなり相性が良いです。
彼女は「黒でも青でも見られて安定した春麗」なので、今回の救済台詞に最も穏やかに頷けます。
拗れ切る前に届いたから、傷が深くならずに済んだのね。
という立場です。
行き遅れ恐怖版春麗は、「早く答えが来た」ことに反応するのが自然です。
彼女は待たされることが怖い春麗なので、
期限を切る前に答えが来るのは、少し羨ましいわ。
となる。
グランドフィナーレ済み春麗は、遠回りしない救済も終着として認める。
遠回りしなかった救済も、救済なのね。
この俯瞰が効いています。
今回の物語上の意味
今回のエピソードは、自覚前春麗にとって「知ってしまった回」です。
これまで彼女は、裏ルートを特殊条件の別世界として処理できました。
でも今回、詳細を見た。
残響を受けた。
そして、リュウの正解が自分にも効くかもしれないと知ってしまった。
これはかなり大きい。
今後、自覚前春麗はもう、
裏ルートなんて私には関係ない。
と完全には言えません。
言うことはできます。
でも読者にも春麗会議にも、それが否認だとわかる。
つまり、彼女の否認が一段弱くなった。
最後に、
その台詞は、資料として保存しておくわ。
と言ってしまうのも良いです。
これはもう、リュウのパーフェクトコミュニケーションを自分の中に保持したということです。
本人は「資料」と言っている。
でも実質は、心のどこかに置いてしまった。
結論
今回の妄想章IFは、自覚前春麗が、これまで概要だけで切り離していた裏ルートを、初めて感情の残響として受信し、パーフェクトコミュニケーションの核心が自分にも効く可能性を知ってしまう回です。
重要なのは、
裏ルートは自覚前春麗と完全一致しない。
でも、黒への反応、リュウへの期待、勝敗を次に変える性質、否認癖はかなり重なる。
という点です。
一言でまとめるなら、
自覚前春麗は、自分が裏ルートではないことを証明しようとした。
しかし、裏ルートの救済台詞が自分にも効くことを、うっかり証明してしまった。
この回は、自覚前春麗が本編春麗へ近づくのか、裏ルート側へ落ちるのか、その分岐意識を持ち始める重要回だと思います。