また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
新たな裏ルート分岐のIFになります。
春麗は、黒いドレスの裾についた埃を払った。
対戦相手は、まだ床に座り込んでいる。
息はある。
意識もある。
ただ、立ち上がれない。
春麗は、それを冷たく見下ろしていた。
「終わりね」
声に、熱はなかった。
勝った。
黒ドレスで勝った。
相手は春麗を見た。
見て、惑った。
一歩遅れた。
呼吸が乱れた。
春麗の距離に入った。
そして倒れた。
いつものことだった。
最初は、違った。
黒ドレスを着ても、春麗は黒を使えなかった。
恥ずかしさがあった。
見られることへの抵抗があった。
女としての自分を戦闘に乗せきれなかった。
あの十二戦目。
リュウに見抜かれた。
黒を着ているのに、黒を使い切れていない。
そう見抜かれた。
そして負けた。
あれから春麗は、黒を使った。
リュウ以外にも。
何度も。
何度も。
黒いドレスで戦い、視線の揺れを覚え、距離の歪みを覚え、相手が春麗を女として見る瞬間を戦闘に変えた。
最初は悔しさだった。
そのうち技術になった。
そして今では、武器になった。
黒は、春麗のものになった。
他の相手には勝てる。
勝てるようになった。
だからこそ。
春麗は、唇を噛んだ。
「……なのに」
勝ったばかりだというのに、満たされない。
この勝利には、熱がない。
相手は黒に崩れた。
黒に負けた。
春麗に負けたというより、黒に呑まれた。
それでは駄目だった。
春麗が欲しいのは、それではない。
黒に惑うだけの相手ではない。
黒に耐えるだけの相手でもない。
黒を見て、揺れて、女としての春麗を意識して、それでも最後に拳を届かせてくる相手。
春麗は、その名を口にしなかった。
口にしなくても、わかっている。
リュウ。
春麗は黒いドレスの裾を握った。
「次は、あなたよ」
リュウは、夜明け前の修行場にいた。
春麗が黒いドレスで現れても、驚かなかった。
ただ、見た。
その視線に、春麗の胸がわずかに鳴る。
見る。
逃げない。
逸らさない。
けれど、完全に平静でもない。
リュウの呼吸が、ほんの少しだけ変わる。
春麗はそれを見逃さなかった。
「……見ているわね」
リュウは答えた。
「ああ」
「揺れている?」
リュウは少し黙った。
「揺れている」
春麗は、笑いそうになった。
正直すぎる。
そこが腹立たしい。
そこが、いい。
「なら、今日は勝てるかしら」
リュウは構えた。
「勝つつもりで来た」
春麗の胸が、さらに熱を持つ。
そう。
それでいい。
見ている。
揺れている。
それでも勝つつもりで来る。
だから、リュウなのだ。
春麗は黒いドレスの裾を揺らした。
「いいわ。来なさい」
戦いは、静かに始まった。
最初に崩れたのは、リュウの呼吸だった。
春麗は一歩近く立った。
黒いドレスの線を、蹴りの軌道に重ねる。
視線を誘い、身体をずらす。
リュウの拳が半拍遅れた。
春麗はその遅れを掌底で叩く。
浅く入る。
リュウが下がる。
春麗は追わない。
「どうしたの?」
リュウは息を整える。
「黒が、前より強い」
春麗は目を細めた。
「そうでしょうね」
前とは違う。
十二戦目の黒ではない。
恥ずかしさで止まる黒ではない。
見られることを武器にできなかった黒ではない。
これは、成熟した黒だ。
リュウ以外を倒してきた黒。
春麗が、春麗の意志で使えるようになった黒。
「あなたに見抜かれたままでは、終われなかったのよ」
リュウは静かに頷く。
「ああ」
「だから、磨いたわ」
「ああ」
「他の相手には、勝てるようになった」
「ああ」
「では、あなたは?」
春麗は踏み込む。
近い。
リュウの目が揺れる。
春麗はそれを見る。
女として見ている。
格闘家としても見ている。
視線の奥で、その二つがぶつかっている。
春麗は、その瞬間が好きだった。
嫌いだった。
許せなかった。
欲しかった。
蹴り。
リュウが受ける。
受けきれず、体勢が崩れる。
春麗は黒の間合いに入る。
「あなたも、崩れなさい」
掌が届く。
リュウの胸元の前。
勝てる。
そう思った。
だが、リュウの足が沈んだ。
崩れている。
惑っている。
それでも、止まっていない。
リュウは春麗の掌を避けきれなかった。
だが、同時に春麗の中心へ拳を置いていた。
寸止め。
春麗の喉元の前。
紙一重。
春麗の掌も、リュウの胸元の前で止まっている。
相打ちのように見えた。
だが、春麗にはわかった。
半拍。
リュウの方が早かった。
「……また」
声が漏れた。
リュウは拳を下ろした。
「ぎりぎりだった」
「わかっているわ」
春麗は笑おうとした。
うまく笑えなかった。
悔しい。
黒は通じている。
リュウは揺れている。
呼吸も乱れている。
春麗を女として見ている。
それでも最後に、勝ちを持っていく。
他の相手なら、さっきの一歩で終わっていた。
他の相手なら、視線が遅れ、足が止まり、春麗の掌を受けていた。
でも、リュウは違う。
惑いながら、勝つ。
春麗は、それが許せなかった。
それが欲しかった。
「どうして」
リュウが見る。
「何がだ」
「どうして、あなたは最後に残るの」
リュウは答えなかった。
春麗は一歩近づいた。
「私の黒を見ているでしょう」
「ああ」
「女としての私にも、惑っているでしょう」
リュウは、わずかに視線を揺らした。
「ああ」
「なら、どうして勝つの」
リュウは、しばらく黙った。
夜明け前の空気が冷たい。
春麗の胸の奥だけが熱い。
リュウは静かに言った。
「惑っているから、見ている」
春麗は息を止めた。
「……何?」
「惑わないなら、春麗を見ていないのと同じだ」
春麗の指先が震えた。
リュウは続ける。
「だが、惑ったまま止まれば、それも春麗を見ていない」
春麗は動けなかった。
「だから、勝ちに行く」
その言葉は、重かった。
黒ドレス特化救済春麗の甘くて重い黒とは違う。
通常救済版春麗の選べる黒とも違う。
これは、負け続けた春麗に向けられた言葉だった。
私を見ている。
惑っている。
それでも、止まらない。
だから勝つ。
春麗は、笑った。
今度は笑えた。
苦くて、熱くて、どうしようもない笑みだった。
「……ひどい人ね」
リュウは少しだけ首を傾げる。
「そうか」
「ええ」
春麗は黒いドレスの裾を握る。
「私の黒に惑って、それでも勝つなんて」
リュウは言った。
「勝ちたいからだ」
「私に?」
「ああ」
春麗の胸が、深く鳴った。
勝ちたい。
私に。
黒ではなく。
春麗に。
だから、リュウは最後に残る。
黒を見て、女としての春麗に惑い、それでも格闘家として勝ちに来る。
それは、春麗が一番欲しくて、一番許せない答えだった。
「……今日は、あなたの勝ちね」
リュウは首を振る。
「辛勝だ」
「そうね」
春麗は近づく。
リュウは動かない。
「でも、覚えておきなさい」
「ああ」
「私は、他の相手にはもう勝てる」
「ああ」
「黒は、もう私のものよ」
「ああ」
「それでもあなたが勝つなら」
春麗は、リュウの目を見た。
「私は、あなたに勝つまで黒を磨くわ」
リュウは、まっすぐに答えた。
「なら、俺も届く」
春麗は、目を細めた。
「届く?」
「ああ」
「また勝つつもり?」
「ああ」
「……本当に、ひどい人」
春麗の声は、怒っていた。
けれど、どこか甘かった。
リュウは黙っている。
春麗は背を向けた。
負けた。
また負けた。
ギリギリだった。
黒は通じていた。
リュウは惑っていた。
でも負けた。
春麗は唇を噛む。
悔しい。
悔しいのに、胸の奥が熱い。
他の相手に勝っても満たされなかった。
リュウに負けた今の方が、身体がはっきりしている。
それが、悔しい。
それが、どうしようもなく嬉しい。
「リュウ」
「ああ」
「次も黒で来るわ」
リュウは答えた。
「ああ」
「逃げないのね」
「逃げない」
春麗は振り返らずに笑った。
「なら、あなたのせいよ」
「何がだ」
「私が、あなたに勝つまで終われなくなったこと」
リュウは少しだけ黙った。
そして言った。
「なら、俺も終われない」
春麗は、完全に足を止めた。
その一言が、深く刺さった。
私だけではない。
リュウも終われない。
それは危険だった。
あまりにも危険だった。
春麗は振り返った。
黒いドレスが夜明けの風に揺れる。
「……それ、言っていい言葉だと思っているの?」
リュウは真剣に答える。
「思っている」
春麗は笑った。
今度は、少し壊れたように。
「そう」
一拍。
「なら、責任を取りなさい」
リュウは眉をわずかに動かした。
「責任」
「ええ」
春麗は、今度こそリュウを見る。
「私があなたに執着していく責任を」
リュウは黙った。
逃げなかった。
逸らさなかった。
その沈黙が、また春麗を深く沈める。
リュウは言った。
「受ける」
春麗は、息を止めた。
「……あなた、本当に」
声が震えた。
怒りか。
歓喜か。
悔しさか。
自分でもわからない。
「本当に、ひどい人ね」
リュウは答えなかった。
春麗は背を向けた。
今度こそ去るために。
けれど、足取りは軽くなかった。
重い。
黒が重いのではない。
リュウが重い。
リュウへの執着が、初めてはっきり形を持った。
黒を見られたい。
黒で勝ちたい。
黒に惑わせたい。
それでも勝ってほしい。
いや、勝たれたくない。
勝ちたい。
でも、あの男だけには最後まで届いてほしい。
矛盾している。
めちゃくちゃだ。
けれど、春麗はもう知ってしまった。
他の相手に勝つよりも。
リュウにギリギリ負ける方が、強く自分を春麗にする。
春麗は、夜明けの光の中で呟いた。
「次こそ、勝つわ」
その言葉は、勝利宣言だった。
同時に、執着の告白でもあった。
その夜、春麗は黒いドレスを脱げなかった。
鏡の前に立つ。
黒は、もう未熟ではない。
恥ずかしくて使い切れない黒ではない。
成熟した黒。
他者を倒せる黒。
春麗の武器になった黒。
それなのに、リュウにだけ勝てない黒。
春麗は、鏡の中の自分を睨んだ。
「どうして、あなたなの」
リュウに向けた問いなのか。
自分に向けた問いなのか。
わからなかった。
リュウは惑う。
それが許せないほど嬉しい。
リュウは勝つ。
それが許せないほど悔しい。
リュウは逃げない。
それが、春麗をさらにリュウへ向かわせる。
春麗は、ゆっくり笑った。
危険な笑みだった。
「いいわ」
黒いドレスの裾を握る。
「あなたが終われないと言ったのよ」
春麗の目が、鏡の奥で光る。
「なら、私も終わらない」
その春麗は、まだ救済されていなかった。
黒を使いこなしながら。
黒で勝てるようになりながら。
それでもリュウにだけ勝てず。
そして、リュウにだけ負け続けることを、どこかで望み始めている。
危険な春麗だった。
新しい春麗だった。
黒執着春麗。
その輪郭が、黒い鏡の中に初めて浮かび上がっていた。
Q:今回の妄想章IFについて解説して?
A:
このルートは黒ドレスで勝てるようになったのに、リュウにだけは毎回ギリギリ負けることで、“黒を攻略された相手”ではなく、“自分の黒を最後まで受け止めて勝ってくる唯一の男”としてリュウに執着する春麗
です。
このルートの春麗は、単に「リュウに負け続けた春麗」ではありません。
流れとしては、
初戦から十連敗する。
十一戦目でリュウが辛勝する。
十二戦目の黒ドレス戦で、黒ドレスを恥ずかしがって使いこなせていないことを見破られ、ギリギリ負ける。
その後、春麗はリュウ以外にも黒ドレスを使い始める。
他の相手には黒ドレスで勝てるようになる。
黒ドレスでの戦い方が成熟する。
しかし、リュウだけはその成熟した黒にも惑いながら、最後にはギリギリ勝つ。
それが何度も続く。
この構造だと、春麗の中でリュウはかなり特別化します。
なぜなら、リュウは単に「黒に勝つ男」ではないからです。
リュウは毎回、黒に惑います。
女としての春麗にも反応する。
視覚効果にも揺れる。
距離も乱れる。
呼吸も乱れる。
でも、最後にはギリギリ勝つ。
ここが重要です。
リュウが「惑わない男」ではないのが良い
このルートでリュウが黒ドレスにまったく惑わないなら、春麗の執着は少し冷めます。
それだと春麗から見て、
私を女として見ていないのね。
になりかねない。
逆に、リュウが黒ドレスに惑って負けるだけなら、春麗は満たされない。
結局、黒に負けただけね。
となる。
でもこの新パターンは違います。
リュウは惑う。
視線も揺れる。
女としての春麗に反応する。
黒の視覚効果も受ける。
それでも最後に勝つ。
これは春麗にとって、非常に危険です。
なぜなら、
私を女として見ている。
黒にも揺れている。
それでも格闘家として私を上回ってくる。
ということになるからです。
この三点が揃うと、春麗はかなりリュウに執着します。
「他の相手には黒で勝てる」が執着を強める
このルートで一番重要なのは、春麗がリュウ以外にも黒ドレスを使い、黒ドレス戦法に成熟することです。
これがあるから、リュウの特別性が増します。
もし黒ドレスが未熟なままリュウに負けるだけなら、春麗はこう思えます。
私がまだ黒を使いこなせていないだけ。
でも、他の相手には勝てるようになっている。
黒ドレスは実際に強い。
視覚効果もある。
女としての自分を戦闘に組み込む術も身につけている。
黒で相手を崩せる。
黒で勝てる。
それなのに、リュウにはギリギリ負ける。
この状態になると、春麗は逃げられません。
黒が弱いわけではない。
自分が未熟なだけでもない。
相手が黒に無反応なわけでもない。
それでも、リュウだけが最後に勝つ。
つまり春麗の中で、
リュウだけが、成熟した黒ドレス春麗に最後まで届く存在
になります。
既存の黒ドレス特化救済春麗との違い
既存の黒ドレス特化救済春麗は、どちらかというと、
黒を見られ、黒を受け取られ、黒の境界を尊重されることで救済された春麗
です。
黒の重さ。
黒の境界。
見せる黒と見せない黒。
リュウが受け取る覚悟。
春麗が主導権を持つ黒。
これが核です。
一方、今回の新パターン春麗は違います。
こちらは、
成熟した黒で挑み続け、それでもリュウにギリギリ勝たれ続けることで、リュウを“自分の黒の最終到達点”として執着する春麗
です。
つまり、既存の黒特化春麗が「黒の受容・境界・救済」なら、
新パターンは「黒の攻略・敗北・執着」です。
かなり違います。
名前をつけるなら
黒敗北執着春麗
です。
この春麗の危険性
この春麗の危険性は、リュウを「救済者」としてではなく、「唯一の敗北先」として見ることです。
普通の救済ルートなら、
リュウが私を見つけてくれた。
リュウが黒を受け取ってくれた。
になります。
でもこの新パターンは、
私の黒は完成している。
他の相手には通じる。
なのに、あなただけが最後に勝つ。
どうしてあなたなの。
どうして私の黒を見て、惑って、それでも勝つの。
という方向に行く。
これはかなり執着します。
しかも、リュウが完勝するのではなく、毎回ギリギリ勝つのが重要です。
完勝されると諦めがつく。
圧倒されると距離ができる。
でもギリギリ勝たれると、次こそと思う。
つまり、春麗にとってリュウは常に届きそうで届かない相手になる。
これは依存・執着の温床です。
この春麗は「裏ルートのさらに拗れた分岐」として成立する
構造としては、これは裏ルートの派生としてかなり自然です。
通常の裏ルートは、
初期敗北
黒ドレス未熟
リュウに見抜かれる
黒に固執
救済へ
という流れ。
今回の新パターンは、
初期連敗
黒ドレス未熟敗北
黒を他者戦で成熟
成熟黒でもリュウにギリギリ負け続ける
リュウへの執着が極端に深まる
という流れ。
つまり、通常の黒ドレス特化救済よりさらに危険です。
黒に固執するだけでなく、黒で負け続ける相手としてリュウに固着するからです。