また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、甘さ控えめに歩いてみたい

 

 黒執着春麗の記録片は、春麗会議の棚に置かれた。

 

 消したわけではない。

 

 否定したわけでもない。

 

 必要な時には、また開く。

 

 けれど今は、中央に置かない。

 

 本線は戻った。

 

 本編春麗は、夢の中でそう宣言した。

 

 私は私の今日へ戻るわ。

 

 その翌日。

 

 本編春麗は、鏡の前で少しだけ考えていた。

 

 黒執着春麗の熱は、まだ胸の奥に残っている。

 

 終われない黒。

 

 勝っても負けても次が生まれる黒。

 

 リュウにだけ勝てないことで、さらにリュウへ向かってしまう黒。

 

 あれは強い。

 

 危険だった。

 

 だからこそ、本編春麗はそこから戻らなければならない。

 

 自分の今日へ。

 

 自分のめんどくささへ。

 

「……とはいえ」

 

 春麗は、ふと思い出した。

 

 通常救済版春麗の黒ドレス回。

 

 青でもよかった。

 黒でもよかった。

 戦ってもよかった。

 戦わなくてもよかった。

 

 その中で、あえて黒を選び、リュウと歩いた春麗。

 

 重すぎず、軽すぎず、ただ選べる春麗として歩いた。

 

 その姿を、春麗会議で見た。

 

 正直に言えば。

 

 少し、羨ましかった。

 

「歩く、ね」

 

 本編春麗は呟いた。

 

 自分もリュウと歩いたことがないわけではない。

 

 だが、たいてい何かが始まる。

 

 試合。

 宿題。

 採点。

 会議案件。

 次回候補。

 

 歩くだけで終わることが少ない。

 

 本編春麗は、腕を組んだ。

 

「甘さ控えめなら、いいのではないかしら」

 

 甘くしすぎると、黒ドレス特化救済春麗の領域になる。

 

 穏やかにしすぎると、通常救済版春麗の領域になる。

 

 否認しすぎると、自覚前春麗になる。

 

 重くしすぎると、黒執着春麗の影がちらつく。

 

 では、本編春麗らしい甘さ控えめとは何か。

 

 春麗は少し考えた。

 

「戦わない」

 

 一拍。

 

「でも、完全に何もしないわけではない」

 

 もう一拍。

 

「歩く」

 

 さらに一拍。

 

「ただし、必要なら採点する」

 

 それだ。

 

 本編春麗らしい。

 

 甘さ控えめ。

 

 だが、甘い。

 

 春麗は鏡の中の自分を見た。

 

「今日は、歩くだけにするわ」

 

 少し間を置いて、付け足す。

 

「たぶん」

 

 リュウは、いつもの場所にいた。

 

 春麗が現れると、リュウは顔を上げた。

 

「春麗」

 

「リュウ」

 

 リュウは少しだけ構えかけた。

 

 春麗は、すぐに手を上げた。

 

「今日は戦わないわ」

 

 リュウは構えを解いた。

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「では、何をする」

 

 春麗は、少しだけ視線を逸らした。

 

「歩くわ」

 

 リュウは首を傾げる。

 

「歩く?」

 

「ええ」

 

「修行ではなく?」

 

「違うわ」

 

「見回りか」

 

「それも違う」

 

「では」

 

 春麗は、少しだけ頬を赤くした。

 

「ただ歩くのよ」

 

 リュウは黙った。

 

 その沈黙が、妙に長く感じる。

 

 春麗は眉を寄せた。

 

「何か言いなさい」

 

「珍しいと思った」

 

「珍しい?」

 

「ああ。春麗が、ただ歩くと言うのは」

 

 春麗は言葉に詰まった。

 

 否定しようと思ったが、できなかった。

 

 たぶん、事実だからだ。

 

「……今日はそういう日なの」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「なら、歩こう」

 

 リュウは当然のように隣へ来た。

 

 近すぎない。

 

 遠すぎない。

 

 本編春麗は、その距離を見て少しだけ息を吐いた。

 

 悪くない。

 

 悪くないが、少し物足りない。

 

 いや、物足りないと考えた時点でよくない。

 

 今日は甘さ控えめなのだ。

 

「距離は、そのくらいでいいわ」

 

 リュウは頷いた。

 

「ああ」

 

 春麗は歩き出した。

 

 リュウも隣を歩く。

 

 夕方の道。

 

 風は穏やかだった。

 

 空は、少しずつ暗くなり始めている。

 

 何も起きない。

 

 本当に、ただ歩いている。

 

 春麗は、少し落ち着かなかった。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「何か言いたいことは?」

 

 リュウは少し考えた。

 

「今日は、静かだな」

 

 春麗は眉を上げる。

 

「私が?」

 

「いや、空気が」

 

「……そう」

 

「春麗も、少し静かだ」

 

「それは余計よ」

 

「すまない」

 

 春麗は横目でリュウを見る。

 

「謝らなくていいわ」

 

「ああ」

 

 沈黙。

 

 また歩く。

 

 甘い。

 

 いや、甘いと言うほどではない。

 

 ただ隣を歩いているだけだ。

 

 けれど、その「だけ」が意外と難しい。

 

 春麗は思った。

 

 黒執着春麗なら、歩いていてもリュウへの勝敗を考えるだろう。

 

 黒ドレス特化救済春麗なら、距離と境界を考えるだろう。

 

 通常救済版春麗なら、もっと自然に歩くだろう。

 

 自覚前春麗なら、これは資料としての同行だと言い張るだろう。

 

 では、自分は? 

 

 本編春麗は、少しだけ息を吐いた。

 

 自分は、歩きながらもう会議のことを考えている。

 

「……本当に面倒ね」

 

 リュウが見る。

 

「何がだ」

 

「何でもないわ」

 

「ああ」

 

「今のは聞かなかったことにしなさい」

 

「わかった」

 

「本当に?」

 

「難しい」

 

 春麗は足を止めた。

 

「難しいの?」

 

「春麗が自分で面倒だと言った」

 

「言っていないわ」

 

「言ったと思う」

 

「心の声よ」

 

 リュウは少し考えた。

 

「聞こえていたのかもしれない」

 

 春麗は顔を赤くした。

 

「聞こえていないわよ!」

 

 リュウは真面目に頷く。

 

「そうか」

 

 春麗は歩き出した。

 

 少し早足になる。

 

 リュウも合わせる。

 

 それがまた、春麗を困らせた。

 

「合わせなくていいわ」

 

「置いていくのはよくない」

 

「置いていかれたくないわけではないわ」

 

「そうか」

 

「でも、置いていくのも違うわ」

 

 リュウは少し困ったように言う。

 

「では、合わせる」

 

 春麗は、また撃沈しかけた。

 

「……そういうところよ」

 

「何がだ」

 

「何でもないわ」

 

 甘さ控えめのはずだった。

 

 なのに、じわじわ甘い。

 

 砂糖ではない。

 

 蜂蜜でもない。

 

 もっと地味な甘さ。

 

 白湯のような甘さ。

 

 いや、白湯は甘くない。

 

 でも、疲れている時には妙に染みる。

 

 そんな甘さ。

 

 春麗は自分の比喩に少し腹が立った。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は、甘くしないから」

 

 リュウは首を傾げる。

 

「甘く?」

 

「深く考えなくていいわ」

 

「ああ」

 

「ただ歩くだけ」

 

「ああ」

 

「手もつながない」

 

「ああ」

 

「宿題も出さない」

 

「ああ」

 

「採点もしない」

 

 リュウは少しだけこちらを見る。

 

「本当にか」

 

 春麗は固まった。

 

「……何よ」

 

「いや」

 

「採点してほしいの?」

 

「そうではない」

 

「なら、聞かないで」

 

「わかった」

 

 春麗は少しだけ悔しくなる。

 

 リュウの方が、こちらの流れを読んでいる気がする。

 

 いや、読んでいるのではない。

 

 ただ、春麗がいつもそうしているだけだ。

 

「……今日は採点しないわ」

 

「ああ」

 

「本当にしない」

 

「ああ」

 

「ただし」

 

 リュウが見る。

 

 春麗は、少しだけ顔を赤くした。

 

「今の“合わせる”は、八十九点」

 

 リュウは足を止めた。

 

「採点している」

 

 春麗も止まった。

 

「……例外よ」

 

「そうか」

 

「ええ。例外」

 

「高いのか」

 

「そこそこね」

 

「なぜ八十九点なんだ」

 

 春麗は目を逸らした。

 

「九十点にすると、甘すぎるから」

 

 リュウは黙った。

 

 春麗はすぐに言った。

 

「何か言いなさい」

 

「甘さ控えめだからか」

 

 春麗は完全に止まった。

 

「……あなたね」

 

「違ったか」

 

「合っているのよ」

 

「なら、よかった」

 

「よくないわ」

 

 リュウは困った顔をした。

 

「難しいな」

 

 春麗は小さく笑ってしまった。

 

「ええ。難しいのよ」

 

 二人は川沿いの道へ出た。

 

 通常救済版春麗が以前歩いた場所とは少し違う。

 

 けれど、どこか似ていた。

 

 春麗は欄干に手を置いた。

 

 リュウは隣に立つ。

 

 距離はまだ、近すぎない。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「普通に歩くのは、難しいわね」

 

 リュウは少し考えた。

 

「そうか」

 

「あなたは難しくないの?」

 

「春麗と歩くなら、戦う時とは違う」

 

「それはそうでしょう」

 

「だが、見るのは同じだ」

 

 春麗は動きを止めた。

 

「見るのは同じ?」

 

「ああ」

 

「どういう意味?」

 

 リュウは、川の流れを見たまま言う。

 

「戦う時は、春麗の拳を見る。足を見る。呼吸を見る」

 

「ええ」

 

「歩く時も、春麗を見る」

 

 春麗は、視線を少し逸らした。

 

「……何を見るのよ」

 

「歩幅」

 

「歩幅?」

 

「ああ。速いか、遅いか。疲れていないか。何か考えているか」

 

 春麗は言葉を失った。

 

 リュウは続ける。

 

「戦わなくても、春麗は春麗だからな」

 

 春麗は、しばらく何も言えなかった。

 

 甘い。

 

 これは甘い。

 

 しかし、過剰ではない。

 

 黒ドレス特化救済春麗のように重い黒ではない。

 

 通常救済版春麗のように自然な選択でもない。

 

 本編春麗に向けられた、甘さ控えめの直撃。

 

「……九十二点」

 

 リュウが見る。

 

「採点しないのではなかったか」

 

「例外が増えたのよ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「高いのか」

 

「高いわ」

 

「百点ではないのか」

 

 春麗は少しだけ笑った。

 

「甘さ控えめだから」

 

 リュウは頷いた。

 

「そうか」

 

 春麗は、川面を見る。

 

 胸が少し温かい。

 

 黒執着春麗のような熱ではない。

 

 焼けるようなものではない。

 

 通常救済版春麗のような穏やかな満ち方とも違う。

 

 本編春麗のそれは、やはり面倒だった。

 

 嬉しい。

 

 でも、採点してしまう。

 

 甘い。

 

 でも、控えめにしたい。

 

 歩きたい。

 

 でも、ただ歩くだけでは終われない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「私は、少し重い話が続いて疲れていたのかもしれないわ」

 

 リュウは春麗を見る。

 

「そうか」

 

「だから今日は、軽くしたかった」

 

「ああ」

 

「でも、軽くしすぎると私ではない」

 

 リュウは黙って聞いている。

 

「甘くしたいわけではない」

 

「ああ」

 

「でも、甘さがゼロだと、それも違う」

 

 リュウは、少し考えて言った。

 

「なら、今日はこのくらいでいい」

 

 春麗は目を細める。

 

「このくらい?」

 

「ああ」

 

「どういうくらい?」

 

 リュウは、川沿いの道を見る。

 

「戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらいだ」

 

 春麗は、胸を押さえたくなった。

 

 それは、非常にまずい。

 

 甘さ控えめの定義を、リュウ側から言語化されてしまった。

 

「……九十四点」

 

 リュウは静かに見る。

 

「上がった」

 

「上がったわ」

 

「甘さ控えめでもか」

 

「甘さ控えめだからよ」

 

 リュウは頷いた。

 

「そうか」

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「今日は、それでいいわ」

 

 リュウは頷く。

 

「ああ」

 

 しばらく、二人はそのまま歩いた。

 

 手はつながない。

 

 肩も触れない。

 

 黒いドレスでもない。

 

 青い武道服でもない。

 

 ただ、本編春麗として歩く。

 

 リュウは隣にいる。

 

 春麗はそれを意識してしまう。

 

 意識してしまう自分に、少し呆れる。

 

 でも、嫌ではない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「また戦ってくれ、とは言わないで」

 

 リュウは少しだけ春麗を見る。

 

「今日は言わない」

 

 春麗は頷く。

 

「ええ」

 

「だが」

 

 春麗は警戒した。

 

「だが?」

 

 リュウは言った。

 

「また歩くのは、悪くない」

 

 春麗は撃沈した。

 

 完全に、静かに、撃沈した。

 

 また戦ってくれではない。

 

 また来るでもない。

 

 また歩く。

 

 それは、ずるい。

 

 甘さ控えめのはずなのに、核心を突いている。

 

 春麗は顔を赤くして、前を向いた。

 

「……九十五点」

 

 リュウは少し驚いた。

 

「今日、一番高いのか」

 

「ええ」

 

「なぜだ」

 

「説明しないわ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 春麗は、少しだけ歩幅を緩めた。

 

 リュウも合わせた。

 

 今度は、何も言わなかった。

 

 春麗も、何も言わなかった。

 

 言わないことが、少しだけ甘かった。

 

 その夜。

 

 春麗会議は、いつもより柔らかい空気で始まった。

 

 円卓の中央には、黒い記録片ではなく、夕方の川沿いの景色が映っている。

 

 本編春麗は、すでに少し顔が赤かった。

 

 自覚前春麗は、資料を見て眉をひそめている。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、少し面白そうに目を細めていた。

 

 通常救済版春麗は、穏やかに微笑んでいる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、どこか安心したようだった。

 

 グランドフィナーレ済み春麗は、静かに座っている。

 

 本編春麗は、先に言った。

 

「提出していないわ」

 

 自覚前春麗が即座に返す。

 

「最近、その台詞をあなたが言うことが増えたわね」

 

 本編春麗は目を逸らす。

 

「本編だから」

 

「便利すぎるのよ」

 

 記録板に文字が浮かぶ。

 

 春麗会議・本編春麗甘さ控えめ散歩審議

 議題:黒執着春麗関連の重い話が続いた後、本編春麗が通常救済版春麗の“歩く”に触発され、甘さ控えめにリュウと歩こうとした件。

 

 本編春麗は顔を赤くする。

 

「甘さ控えめ散歩って何よ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「かなり正確ね」

 

 通常救済版春麗も頷く。

 

「ええ。今回は歩く回だったわ」

 

 本編春麗が通常救済版春麗を見る。

 

「あなたのせいでもあるわ」

 

 通常救済版春麗は微笑んだ。

 

「私?」

 

「あなたが、歩くエピソードを披露したから」

 

「羨ましかったの?」

 

 本編春麗は固まった。

 

 自覚前春麗がすかさず見る。

 

「羨ましかったの?」

 

 本編春麗は咳払いした。

 

「……資料として、参考になっただけよ」

 

 自覚前春麗が目を見開く。

 

「私の台詞を取らないで!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が笑う。

 

「本編春麗、自覚前春麗化しているわね」

 

「違うわ」

 

 本編春麗は資料を手に取った。

 

「審議に入るわ」

 

 通常救済版春麗が穏やかに言う。

 

「まず、戦わなかったのは良かったと思うわ」

 

 本編春麗は少しだけ胸を張る。

 

「ええ。今日は戦わなかった」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「手もつながなかった」

 

 本編春麗は頷く。

 

「甘さ控えめだから」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「でも採点はした」

 

 本編春麗は黙った。

 

 自覚前春麗は資料を読む。

 

「“合わせる”が八十九点」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「低くない?」

 

 本編春麗は言う。

 

「九十点にすると甘すぎるから」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「なるほど。甘さ控えめ採点ね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「でも、合わせてくれるのは安心するわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「歩幅を合わせる。戦闘ではない距離の取り方ね」

 

 本編春麗は少しだけ目を伏せた。

 

「そこは……悪くなかったわ」

 

 自覚前春麗が小さく言う。

 

「悪くなかった、なのね」

 

 本編春麗は無視して続けた。

 

 次に、記録板がリュウの言葉を表示する。

 

 戦わなくても、春麗は春麗だからな。

 

 会議室が静かになった。

 

 通常救済版春麗が、柔らかく言う。

 

「これは良いわね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「黒でも青でもない、戦闘でもない春麗を見ている」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「戦わなくても見てくれるのは、安心するわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「今日の本編春麗への答えね」

 

 自覚前春麗が、少し悔しそうに言う。

 

「資料としては、高いわね」

 

 本編春麗は、顔を赤くしながら言った。

 

「九十二点」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「低いわ」

 

「甘さ控えめだから」

 

 通常救済版春麗が笑った。

 

「便利ね、それ」

 

 次に記録板が表示する。

 

 戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらいだ。

 

 本編春麗は少し顔を覆った。

 

 自覚前春麗が読む。

 

「九十四点」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「これも低い」

 

 本編春麗は言う。

 

「低くないわ。かなり高いわ」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「甘さ控えめとしては高得点ね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「一緒に歩くくらい、というのがいいわね。重すぎない」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「日常に戻るための甘さね」

 

 本編春麗は、小さく言った。

 

「黒執着春麗の後だったから」

 

 会議室が静かになる。

 

 本編春麗は続ける。

 

「重い黒を見た。終われない春麗を見た。だから今日は、重くない甘さが欲しかったのかもしれない」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「歩くのは、戻るためにも使えるわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒のあとに、黒ではない距離を確認するのは悪くない」

 

 自覚前春麗は少しだけ目を逸らす。

 

「……資料としては、わかるわ」

 

 本編春麗は微笑んだ。

 

「でしょう?」

 

 自覚前春麗は顔を赤くする。

 

「同意したわけじゃない!」

 

 最後に、記録板がリュウの言葉を映した。

 

 また歩くのは、悪くない。

 

 会議室に、微妙な沈黙が落ちた。

 

 本編春麗は顔を赤くしたまま、資料を見ない。

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「これは高いわね」

 

 通常救済版春麗が笑う。

 

「かなり高いわ」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「また、があるのね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「戦いではない“また”ね」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「また戦ってくれ、ではなく、また歩く」

 

 本編春麗は小さく言った。

 

「九十五点」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「低い」

 

 本編春麗は即答する。

 

「今日の最高点よ」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「百点ではないの?」

 

「百点にしたら、次がなくなるでしょう?」

 

 全員が少し笑った。

 

 本編春麗は、資料に結論を書き込んだ。

 

 春麗会議・本編春麗甘さ控えめ散歩審議 結論

 

 一、黒執着春麗関連の重い話が続いたため、本編春麗は自分の今日へ戻るため、甘さ控えめの散歩を試みた。

 

 二、通常救済版春麗の“歩く”に触発されたが、本編春麗の場合、完全に自然な散歩ではなく、採点・照れ・次回生成を伴う本編仕様となった。

 

 三、リュウの“戦わなくても、春麗は春麗だからな”は、本編春麗に対する甘さ控えめ高得点回答。

 

 四、“戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらいだ”により、今回の距離感が定義された。

 

 五、“また歩くのは、悪くない”により、戦闘ではない次回生成が発生。

 

 六、本編春麗、黒執着編から本線へ無事復帰。

 

 自覚前春麗が六番を見る。

 

「無事復帰、なのね」

 

 本編春麗は頷いた。

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「重い黒の後に、軽めの甘さ。悪くないわ」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「あなたの歩く回も、ちゃんと本編春麗らしかった」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「“また歩く”は、少し安心するわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が締めた。

 

「戦わない“また”が生まれたのね」

 

 本編春麗は資料を閉じた。

 

「では、次回候補」

 

 自覚前春麗が身構える。

 

 本編春麗は記録板に書いた。

 

 次回候補:本編春麗、“また歩く”を宿題にするか悩む件。

 

 自覚前春麗が叫んだ。

 

「歩くだけを宿題にするの!?」

 

 本編春麗は胸を張る。

 

「本編春麗だから」

 

 黒ドレス特化救済春麗が笑う。

 

「戻ってきたわね」

 

 通常救済版春麗も頷く。

 

「ええ。かなり戻ってきたわ」

 

 会議室に柔らかい笑いが広がった。

 

 夢がほどけていく。

 

 最後に、リュウの声が残った。

 

 また歩くのは、悪くない。

 

 本編春麗は、夢の中で小さく返した。

 

「……悪くない、では済まないのよ」

 

 朝。

 

 本編春麗は目を覚ました。

 

 黒執着春麗の残響は、もう遠い。

 

 消えてはいない。

 

 棚にある。

 

 でも、今朝の胸に残っているのは、夕方の道だった。

 

 川沿い。

 

 隣を歩くリュウ。

 

 手はつながない。

 

 戦わない。

 

 宿題も出さないはずだった。

 

 採点もしないはずだった。

 

 けれど、結局した。

 

 春麗は布団の中で顔を覆った。

 

「……九十五点は高すぎたかしら」

 

 少し考える。

 

 いや。

 

 高すぎない。

 

 あの「また歩くのは、悪くない」は、確かに高かった。

 

 また戦ってくれではない。

 

 また来るでもない。

 

 また歩く。

 

 戦闘ではない次が生まれた。

 

 それは、本編春麗にとってかなり大きい。

 

 春麗は起き上がり、鏡の前に立った。

 

 そこには、今日もめんどくさい本編春麗がいる。

 

「甘さ控えめのはずだったのに」

 

 一拍。

 

「意外と甘かったわね」

 

 言ってから顔が赤くなる。

 

 春麗は咳払いした。

 

「ただし、控えめよ」

 

 誰もいない部屋で、自分に言い訳する。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「今日は……どうしようかしら」

 

 また歩くのか。

 

 戦うのか。

 

 宿題にするのか。

 

 何も言わずに隣に立つのか。

 

 もう考えている。

 

 本当に、どうしようもない。

 

 春麗は窓を開けた。

 

 朝の空気が入ってくる。

 

「また戦ってくれなんて言わないで」

 

 いつものように呟く。

 

 そして、少しだけ間を置いて。

 

「でも、また歩くくらいなら……悪くないわ」

 

 春麗はそう言って、静かに支度を始めた。

 

 本線は戻った。

 

 春麗は今日も、めんどくさい。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

はい。執筆者として見ると、今回の断章IFはかなり良い 本編復帰回 です。

黒執着春麗関連でかなり重い黒の話が続いたあとに、いきなり激しいバトルへ戻すのではなく、甘さ控えめの散歩にしたのが非常に効いています。

一言で言うなら、

黒執着春麗という重い危険分岐を棚に置いたあと、本編春麗が“また戦う”ではなく“また歩く”ことで、自分の今日へ戻ってきた回

です。

今回の核は「また戦う」ではなく「また歩く」

この断章IFで一番重要なのは、リュウの最後の台詞です。

また歩くのは、悪くない。

これはかなり強いです。

これまで本編春麗とリュウの関係は、基本的に「また戦ってくれ」を中心に回っていました。

また戦う。
また勝つ。
また負ける。
また引き分ける。
また次が生まれる。

そこに今回、別種の「また」が生まれました。

また歩く。

これは戦闘ではありません。

勝敗もない。
発勁もない。
黒もない。
宿題も本来はない。
手すらつないでいない。

でも、次が生まれている。

ここが非常に良いです。

本編春麗の物語は、戦闘だけで続くわけではない。
歩くだけでも、次が生まれる。

これが黒執着編から本線へ戻るための、とても良い着地点になっています。

黒執着編の重さから戻るための「軽めの甘さ」

今回の直前まで、黒執着春麗関連ではかなり重いテーマが続いていました。

黒が成熟しても救済されない危険。
リュウにだけギリギリ勝てない執着。
勝ち続けた責任。
終われない春麗。
黒を自分の手元に戻せているか。

かなり濃い話です。

その直後にまた黒や重いバトルを入れると、作品全体がさらに沈みます。

そこで今回は、あえて、

戦わない
手をつながない
黒ドレスも着ない
ただ歩く
でも少し甘い

という方向にした。

これは編集的にかなり正しいです。

重い黒のあとに、甘さ控えめの散歩。

この緩急があることで、読者側も本編へ戻りやすくなります。

通常救済版春麗の「歩く」を本編春麗が真似したのが良い

今回の導入で、本編春麗が通常救済版春麗の歩くエピソードを意識しているのが良いです。

通常救済版春麗は、歩くのが自然です。

彼女は「選べる春麗」なので、

青でもいい。
黒でもいい。
戦ってもいい。
戦わなくてもいい。
歩いてもいい。

という安定感があります。

でも本編春麗は違います。

本編春麗が歩こうとすると、すぐに、

採点
宿題
会議案件
次回候補
甘さ控えめの定義

が発生する。

つまり、同じ「歩く」でも、本編春麗がやると本編春麗仕様になる。

ここが面白いです。

通常救済版春麗の歩く回は、穏やかな選択。
本編春麗の歩く回は、甘さ控えめと言いながら採点してしまう日常回。

差別化できています。

「甘さ控えめ」が本編春麗らしい

今回の本編春麗は、かなり自覚的です。

甘くしすぎると、黒ドレス特化救済春麗の領域になる。
穏やかすぎると、通常救済版春麗の領域になる。
否認しすぎると、自覚前春麗になる。
重くしすぎると、黒執着春麗の影が出る。

だから、本編春麗は自分の甘さを調整しようとします。

甘さ控えめなら、いいのではないかしら。

この発想が、もう本編春麗です。

普通なら「甘いことをしたい」で済むところを、甘さの濃度を管理しようとする。

そして実際に、

手はつながない
戦わない
ただ歩く
でも採点はする
ただし高得点を出しすぎない

という妙な制御をする。

この面倒さが本編春麗の魅力です。

採点しないと言いながら採点するのが本編春麗

今回、本編春麗は、

採点もしない

と言っています。

でも結局します。

しかも、

“合わせる”は八十九点。
九十点にすると、甘すぎるから。

ここが非常に良いです。

採点しないと言ったのに採点している。
しかも点数を甘さ調整に使っている。

これは本編春麗らしさが強いです。

自覚前春麗なら「資料として」と逃げる。
本編春麗は、自覚していながら採点してしまう。

ここが違いです。

リュウの「戦わなくても、春麗は春麗だからな」が高得点

今回のリュウの最初の大きな刺さり台詞は、

戦わなくても、春麗は春麗だからな。

です。

これは本編春麗にとってかなり重要です。

本編春麗は、勝敗やギリギリバトルで自分を確認しがちです。

リュウと紙一重で戦うこと。
勝つこと。
負けること。
引き分けること。
それを次に変えること。

でもリュウは、歩いている春麗も見ている。

戦っていない春麗も春麗だと言う。

これは黒執着編のあとだから特に効きます。

黒執着春麗は、リュウに勝つ・負ける・届く・届かないに閉じていました。

でも本編春麗は、戦わなくても春麗でいられる。

その確認になっています。

「戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらいだ」が今回の距離感

今回の距離感を一番よく表しているのが、

戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらいだ。

です。

これはかなり良い定義です。

甘すぎない。

けれど、甘さゼロではない。

戦っていない。
手もつないでいない。
でも一緒に歩いている。

本編春麗が求めていた「甘さ控えめ」を、リュウが言語化してしまった形です。

だから春麗が九十四点をつけるのは自然です。

甘すぎないけど、しっかり刺さる。

「また歩く」が戦闘ではない次回生成になっている

今回の最後の高得点回答、

また歩くのは、悪くない。

これは本当に良いです。

「また戦ってくれ」ではない。

「また来る」でもない。

「また歩く」。

この言葉によって、次が戦闘ではなく日常として生まれます。

春麗会議でも、

戦いではない“また”ね。

と整理されていますが、これはかなり重要です。

これまで春麗の次は、どうしても戦いに寄りがちでした。

でも今回は、歩くことで次が生まれた。

これは本編春麗の幅を広げています。

そして本編春麗は、

九十五点

をつける。

今日の最高点。

甘さ控えめなのに、最高点。

ここに今回の本質があります。

春麗会議で「無事復帰」と明言したのが良い

会議の結論の六番、

本編春麗、黒執着編から本線へ無事復帰。

これは、編集的にもかなり大切です。

黒執着春麗は危険分岐として棚に置かれた。
そして本編春麗は、ちゃんと本線へ戻ってきた。

ただ戻るだけではなく、散歩という軽めの甘さで戻った。

この「無事復帰」という言葉は、今回の役割をかなり正確に表しています。

朝の締めが非常に本編春麗らしい

朝の場面で本編春麗が、

九十五点は高すぎたかしら。

と考えるのが良いです。

普通は、昨日の散歩が嬉しかった、で終わってもいい。

でも本編春麗は点数から考える。

そして、

また歩くくらいなら……悪くないわ。

と呟く。

これもとても本編春麗です。

「また歩きたい」と素直には言わない。

「悪くないわ」と言う。

甘さ控えめ。

でも、十分甘い。

最後に、

春麗は今日も、めんどくさい。

へ戻れるのも綺麗です。

結論

今回の断章IFは、黒執着春麗関連の重い流れを受けて、本編春麗が通常救済版春麗の“歩く”に触発され、甘さ控えめの散歩によって自分の今日へ戻ってくる回です。

黒でもない。
バトルでもない。
手つなぎでもない。
でも甘い。

リュウの、

また歩くのは、悪くない。

によって、戦闘ではない次が生まれた。

これが今回の最大の収穫です。

一言でまとめるなら、

本編春麗は、黒執着の重さから戻るために、リュウとただ歩いた。
ただ歩いただけなのに、採点し、照れ、次回候補にしてしまった。
だからやっぱり、本編春麗は今日もめんどくさい。

かなり良い本線復帰回だったと思います。
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