また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
自覚前春麗は、少し安心していた。
最近、自分のメイン回ではない。
黒執着春麗の話が続いた。
黒ドレス特化救済春麗が、自分の黒を再確認した。
春麗会議では、黒執着春麗が危険分岐として棚に置かれた。
そしてその後、本編春麗がリュウと甘さ控えめに歩いた。
戦わず、手もつながず、だが一緒に歩くくらい。
本編春麗らしい、面倒で、甘さ控えめで、それでもしっかり甘いエピソードだった。
つまり。
「……また、私の番ではないわね」
自覚前春麗は、鏡の前で静かに頷いた。
良いことだった。
非常に良いことだった。
自分のメイン回になると、ろくなことがない。
青で勝っても会議案件。
黒で勝っても会議案件。
引き分けても会議案件。
負けても会議案件。
裏ルートを見ても会議案件。
言わせないようにして言われても会議案件。
休んだだけでも甘やかされ疑惑審議。
タイトルにまで巻き込まれた。
正直、もう十分だった。
「本編春麗が自分で動いて甘さ控えめエピソードを発生させたのなら、しばらく本編春麗の流れでしょう」
自覚前春麗は、安心した。
本編春麗は自覚済みだ。
自分で動ける。
自分で問いに行ける。
自分で採点できる。
自分で「私は私の今日へ戻る」と宣言できる。
なら、任せておけばいい。
自覚前春麗は、まだ違う。
まだ、自分をめんどくさい女だとは認めていない。
だから、こういう甘い話の中心になるべきではない。
「私は見ている側でいいわ」
そう言った瞬間だった。
どこかで、見えない何かが静かに動いた気がした。
自覚前春麗は、眉をひそめた。
「……今、何か嫌な気配がしたわね」
もちろん、気のせいである。
そう思うことにした。
その日の夕方。
自覚前春麗は、いつもの道を歩いていた。
特に目的はない。
リュウに会いに行くつもりもない。
戦う予定もない。
宿題もない。
採点もない。
資料もない。
完全に安全な日だった。
の、はずだった。
少し先に、リュウがいた。
自覚前春麗は、反射的に足を止めた。
「……なぜいるの」
リュウは、こちらを見ていた。
「春麗」
「リュウ」
「偶然だな」
自覚前春麗は、少し目を細めた。
偶然。
便利な言葉だ。
最近の自分の周りでは、偶然という名の会議案件が多すぎる。
「今日は戦わないわ」
先に言った。
これが重要だ。
戦わないと言えば、戦闘イベントは発生しない。
「そうか」
リュウは頷いた。
「では、少し歩くか」
自覚前春麗は固まった。
「……歩く?」
「ああ」
「なぜ」
「同じ方向なら」
「同じ方向ではないかもしれないでしょう」
リュウは少し考えた。
「どちらへ行く」
自覚前春麗は答えようとして、詰まった。
目的地はなかった。
「……少し先までよ」
「わかった」
「一緒に歩くわけではないわ」
「ああ」
「道が同じだけ」
「ああ」
「本編春麗の真似ではない」
リュウは首を傾げた。
「本編?」
「何でもない!」
リュウは黙った。
自覚前春麗は歩き出した。
リュウも隣を歩く。
距離は適切だった。
近すぎない。
遠すぎない。
それがすでに腹立たしい。
「合わせなくていいわ」
リュウは言う。
「合わせているわけではない」
「なら何?」
「春麗が歩きやすそうな速さで歩いている」
自覚前春麗は足を止めかけた。
危ない。
今のは危ない。
本編春麗なら採点している。
自分はしない。
絶対にしない。
「……余計な気遣いよ」
「そうか」
「そうよ」
「なら、少し離れる」
リュウが半歩離れようとした。
自覚前春麗は、反射的に言った。
「離れなくていいわ」
リュウが止まる。
自覚前春麗も止まる。
言った。
言ってしまった。
「……今のは」
リュウは待っている。
「今のは、距離調整の話よ」
「ああ」
「歩行効率の問題」
「ああ」
「安全上、このくらいの距離が適切というだけ」
リュウは真面目に頷いた。
「わかった」
「本当にわかった?」
「ああ」
「ならいいわ」
自覚前春麗は再び歩き出した。
顔が少し熱い。
まだ序盤なのに。
おかしい。
自分は何もしていない。
何も望んでいない。
本編春麗のように、自分で歩きたいと思ったわけではない。
なのに、なぜかリュウと歩いている。
しかも、妙に歩きやすい。
「……これは偶然よ」
「何がだ」
「何でもないわ」
道の途中で、風が強くなった。
自覚前春麗の髪が揺れる。
思わず手で押さえた。
その時、足元に小さな石が転がっていた。
春麗なら避けられる。
普段なら、何の問題もない。
だが、その瞬間、風に気を取られた。
足が少しだけ引っかかる。
「っ」
身体が前に傾いた。
転ぶほどではない。
自分で立て直せる。
そう思った瞬間、リュウの手が春麗の腕を支えた。
強すぎない。
引き寄せすぎない。
ただ、倒れないように支えるだけ。
自覚前春麗は、完全に固まった。
「大丈夫か」
リュウの声が近い。
近い。
近すぎる。
「……大丈夫よ」
「足は」
「問題ないわ」
「痛めていないか」
「痛めていない」
「そうか」
リュウは、すぐに手を離そうとした。
その瞬間、自覚前春麗はなぜか少しだけ焦った。
「待って」
リュウが止まる。
「何だ」
自覚前春麗は、自分の言葉に自分で驚いた。
何を待たせたのか。
わからない。
わからないが、離される直前に止めてしまった。
「……確認よ」
「確認?」
「足元の安全確認。支えが必要かどうかの確認」
リュウは頷いた。
「ああ」
「だから、少しだけそのまま」
言ってから、春麗は顔が熱くなるのを感じた。
何を言っているのか。
何が「少しだけそのまま」なのか。
本編春麗より甘い。
今のは、かなり甘い。
いや、違う。
これは安全確認だ。
完全に安全確認である。
リュウは何も言わずに、春麗の腕を支えたまま待った。
その沈黙が、また効いた。
急かさない。
問い詰めない。
笑わない。
勝ち誇らない。
ただ、春麗が離れていいと言うまで待つ。
自覚前春麗は、小さく息を吐いた。
「……もういいわ」
リュウは手を離した。
「歩けるか」
「歩けるわ」
「無理はするな」
自覚前春麗は、反射的に言い返そうとした。
無理ではない。
そう言うはずだった。
けれど、少しだけ言葉が遅れた。
「……ええ」
リュウがわずかに驚いたように見えた。
自覚前春麗はすぐに顔を赤くした。
「今のは、肯定ではないわ」
「違うのか」
「違うわ」
「そうか」
「無理をしないという一般論に同意しただけ」
「ああ」
「私個人が無理をしているわけではない」
「ああ」
「だから、心配しなくていい」
リュウは言った。
「心配はする」
自覚前春麗は撃沈した。
一瞬、言葉が出なかった。
「……しなくていいと言ったでしょう」
「それでもする」
「なぜ」
「春麗だからだ」
また。
また、それだ。
戦わなくても春麗は春麗だから。
本編春麗に向けられた甘さ控えめの言葉を、自覚前春麗は会議で見た。
そして今、自分にも似たものが来ている。
しかも、こちらの方が少し直接的だった。
春麗だからだ。
それはずるい。
自覚前春麗は、どうにか声を整えた。
「……九」
言いかけて、口を閉じた。
危ない。
採点しかけた。
本編春麗ではない。
自分はまだ違う。
「九?」
リュウが聞く。
「何でもない!」
「そうか」
「忘れなさい」
「難しい」
「忘れなさい!」
リュウは困ったように頷いた。
その顔を見ると、なぜか少しだけ笑いそうになった。
笑ってはいけない。
笑ったら負けだ。
何に負けるのかは、わからない。
二人は、結局そのまま歩いた。
自覚前春麗は、もう一度だけ言った。
「これは本編春麗の真似ではないわ」
リュウは黙る。
「何?」
「本編というのは、よくわからない」
「だから何でもないと言っているでしょう」
「ああ」
「ただ、今日は偶然歩いているだけ」
「ああ」
「私は歩きたいと思っていたわけではない」
「ああ」
「主人公補正のようなものが勝手に働いただけよ」
リュウは首を傾げた。
「主人公補正?」
自覚前春麗は固まる。
しまった。
口に出ていた。
「忘れなさい」
「それも難しい」
「全部忘れなさい!」
リュウは困った顔をした。
「今日は忘れることが多いな」
自覚前春麗は顔を赤くした。
「あなたが余計なことを覚えるからよ」
「春麗のことだからな」
また来た。
まただ。
春麗だから。
春麗のことだから。
今日のリュウは、どうしてこんなに直接的なのか。
本編春麗の甘さ控えめ散歩より明らかに甘い。
手をつないでいない。
抱きしめられてもいない。
だが、腕を支えられた。
少しだけそのままと言ってしまった。
心配はすると言われた。
春麗だからだと言われた。
主人公補正。
おそろしい。
自分は何もしていないのに、甘いイベントが発生している。
「……不公平だわ」
リュウが見る。
「何がだ」
「何でもない」
「そうか」
少し歩くと、小さな階段があった。
普段なら問題ない。
しかし、リュウは一度だけ足元を見た。
春麗はそれに気づいた。
「見なくていいわ」
「さっき躓いた」
「一度だけよ」
「ああ」
「次は躓かない」
「ああ」
「だから見なくていい」
リュウは、少し考えた。
「では、見ないように見る」
自覚前春麗は止まった。
「何その矛盾した言い方」
「春麗が気にしないように、気をつける」
自覚前春麗は、また撃沈した。
これは駄目だ。
本当に駄目だ。
甘さ控えめではない。
甘さ中程度。
いや、かなり甘い。
「あなた、今日おかしいわ」
「そうか」
「ええ」
「春麗も少しおかしい」
自覚前春麗は固まる。
「私が?」
「ああ」
「どこが」
「いつもより、言葉が多い」
「それはあなたが余計なことを言うからよ」
「そうか」
「そうよ」
リュウは少しだけ春麗を見る。
「でも、悪くない」
春麗は足を止めた。
「……何が」
「今日の春麗も」
自覚前春麗は、完全に言葉を失った。
今日の春麗も。
今日の。
春麗も。
それは、本編春麗なら即座に春麗会議へ提出する類の台詞だった。
自覚前春麗は違う。
提出しない。
絶対に提出しない。
だが、もう遅い気がした。
どこか遠くで、春麗会議の記録板が光った気がする。
「……今のは」
リュウは待つ。
「今のは、どういう意味?」
聞いてしまった。
自分から。
聞いてしまった。
リュウは答えた。
「戦う春麗も強い」
「ええ」
「黒の春麗も、青の春麗も、それぞれ違う」
春麗は少し息を止める。
「だが、今日のように歩いて、言い返して、少し困っている春麗も春麗だ」
自覚前春麗は、視線を逸らした。
「……困っていないわ」
「そうか」
「困っていない」
「ああ」
「少しも」
リュウは黙った。
自覚前春麗は、なぜかその沈黙が気になった。
「何か言いなさい」
「言うと困るかと思った」
「困らないわ」
「そうか」
「ええ」
リュウは言った。
「なら、今日の春麗もいいと思う」
自覚前春麗は、完全に終わった。
何も言えなかった。
顔が熱い。
胸がうるさい。
採点したい。
いや、したくない。
いや、したい。
でも自分は本編春麗ではない。
採点したら負けだ。
しかし。
「……九十八点」
言ってしまった。
リュウが見る。
「高いのか」
自覚前春麗は、両手で顔を覆った。
「聞かないで」
「わかった」
「今のは採点ではないわ」
「違うのか」
「違う」
「では何だ」
「……反射よ」
リュウは真面目に頷いた。
「反射で九十八点か」
「復唱しないで!」
リュウは少し困ったように黙った。
自覚前春麗は、顔を覆ったまま思った。
最悪だ。
本編春麗より甘い。
しかも、自分から動いていない。
主人公補正的に発生した。
これは、逃げ道がない。
「……帰るわ」
「送る」
「送らなくていい」
「心配だから」
「心配しなくていい」
「心配はする」
自覚前春麗は、また言葉に詰まった。
今日二度目だ。
同じ台詞なのに、二度目の方が効いた。
「……少しだけよ」
「わかった」
「本当に少しだけ」
「ああ」
「送られているわけではないわ」
「ああ」
「同じ方向に歩くだけ」
リュウは静かに頷いた。
「そうしよう」
自覚前春麗は、横目でリュウを見た。
それは、ずるい返しだった。
自分の言い訳を壊さず、その形に合わせてくれる。
本編春麗なら九十九点をつけるかもしれない。
自分はつけない。
つけない。
「……九十九点」
「高くなった」
「聞こえたの!?」
「聞こえた」
「忘れなさい!」
「難しい」
自覚前春麗は、顔を真っ赤にしたまま歩いた。
リュウは隣にいた。
近すぎず。
遠すぎず。
同じ方向に歩くだけ。
ただ、それだけ。
なのに、本編春麗の甘さ控えめ散歩より甘い。
自覚前春麗は、心の底から思った。
これは、絶対に春麗会議案件にしてはいけない。
その夜。
春麗会議は、当然のように開かれた。
自覚前春麗は、目を開いた瞬間に叫んだ。
「提出していない!」
本編春麗は、すでに資料を持っていた。
「最近、あなたのその台詞も安定してきたわね」
「安定していない!」
記録板に文字が浮かぶ。
春麗会議・自覚前春麗主人公補正甘味過多審議
議題:最近また自分のメイン回がないことに安心していた自覚前春麗、本編春麗の甘さ控えめ散歩の直後に、本人が意図せず本編春麗より甘い散歩イベントを発生させた件。
自覚前春麗は、真っ赤になった。
「甘味過多って何よ!」
黒ドレス特化救済春麗が腕を組む。
「かなり甘かったわね」
通常救済版春麗が微笑む。
「歩く回としては、かなり強かったわ」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「心配はする、が二回来たのよね」
グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。
「偶発的な甘さは、否認しにくいものね」
自覚前春麗は円卓を叩いた。
「偶発的! そう、偶発的よ! 私は何もしていないわ!」
本編春麗は頷く。
「だから議題なのよ」
「どうして!?」
本編春麗は資料を読み上げる。
発端:自覚前春麗、自分のメイン回が続いていないことに安心。
自覚前春麗は顔をしかめる。
「そこから記録しないで」
「重要よ」
「重要じゃないわ」
「油断は主人公補正の起動条件だから」
自覚前春麗は固まった。
「……何ですって?」
通常救済版春麗が穏やかに言う。
「今回は、自分から動いた本編春麗とは違って、偶然リュウに会ったのよね」
本編春麗が続ける。
「そして“戦わない”と先制防御した」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「でも“少し歩くか”で崩れた」
自覚前春麗が反論する。
「崩れていない!」
本編春麗は読み上げる。
一緒に歩くわけではないわ。
道が同じだけ。
通常救済版春麗が微笑む。
「良い否認ね」
自覚前春麗が叫ぶ。
「良い否認って何!?」
本編春麗はさらに読む。
春麗が歩きやすそうな速さで歩いている。
行き遅れに恐怖する春麗が反応する。
「これは優しいわね」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「踏み込まず、合わせる」
通常救済版春麗が言う。
「歩く回としてかなり高得点」
本編春麗が自覚前春麗を見る。
「本人評価は?」
「評価しない!」
「でも、少し効いたでしょう」
「効いていない!」
本編春麗は資料に書いた。
本人主張:効いていない。
会議評価:効いている。
「書かないで!」
次に本編春麗は読み上げる。
離れなくていいわ。
会議室が静かになった。
自覚前春麗は顔を覆った。
「そこは読まなくていい!」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「重要よ」
通常救済版春麗が頷く。
「距離を自分で指定した場面ね」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「離れられる直前に止めたのよね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「否認しながら、距離は残した」
自覚前春麗は呻いた。
「安全上の距離よ!」
本編春麗が即座に書く。
本人説明:安全上の距離。
会議評価:甘い距離指定。
「違う!」
本編春麗は続ける。
そして、風。
躓き。
リュウの手。
腕を支えられる場面。
本編春麗は一文ずつ読み上げた。
待って。
少しだけそのまま。
自覚前春麗は、机に突っ伏した。
「もうやめて……」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「これは本編春麗より甘いわ」
本編春麗は頷いた。
「私の甘さ控えめ散歩では、手はつながなかったし、支えられてもいない」
通常救済版春麗が言う。
「自覚前春麗は自分から甘くしに行っていないのに、発生したのが強いわ」
自覚前春麗は顔を上げる。
「そうよ! 私は自分から発生させていない!」
本編春麗は冷静に言う。
「だから主人公補正的なのよ」
「そんな補正いらない!」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「でも、支えてくれて待ってくれるのは安心するわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「偶然が彼女の否認をすり抜けたのね」
自覚前春麗は反論できなかった。
次に記録板が光る。
心配はする。
春麗だからだ。
本編春麗は少し真顔になった。
「これは高いわね」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「高い」
通常救済版春麗も。
「かなり高いわ」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「心配はする、は強いわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「理由が“春麗だから”なのも良いわね」
自覚前春麗は小さく言った。
「……資料としては」
全員が見た。
自覚前春麗は慌てる。
「資料としては、よ!」
本編春麗は微笑みながら書く。
自覚前春麗、資料として高評価。
「高評価とは言っていない!」
本編春麗は、さらに読み上げる。
見ないように見る。
春麗が気にしないように、気をつける。
黒ドレス特化救済春麗が少し感心したように言う。
「これはかなり繊細ね」
通常救済版春麗が頷く。
「本人が気にすることまで配慮している」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「見守り方が優しいわ」
本編春麗が言う。
「これは本編春麗相手でも高得点ね」
自覚前春麗は小声で言った。
「……九十七点くらい」
本編春麗が即座に顔を上げる。
「今、言ったわね」
「言っていない!」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「言ったわ」
通常救済版春麗が言う。
「かなり自然に」
自覚前春麗は顔を赤くする。
「違う! これは仮の評価!」
本編春麗は資料に書き込む。
仮評価:九十七点。
「仮評価も書かないで!」
次に、記録板が最大光量で表示した。
今日の春麗もいいと思う。
会議室が静まり返った。
自覚前春麗は、両手で顔を覆った。
本編春麗は、少しゆっくり言った。
「これは……本編春麗の甘さ控えめ散歩より甘いわね」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「直球ね」
通常救済版春麗が微笑む。
「今日の春麗を肯定している」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「今日も、なのね」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「戦う春麗でも、黒でも青でもなく、困っている春麗も肯定された」
自覚前春麗は、くぐもった声で言った。
「困っていない……」
本編春麗は優しく言う。
「本人採点、九十八点」
自覚前春麗は机に突っ伏したまま、何も言えなかった。
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「本人採点がある以上、否認は弱いわ」
自覚前春麗が顔を上げる。
「反射よ!」
通常救済版春麗が言う。
「反射で九十八点」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「かなり効いているわね」
「効いていない!」
本編春麗は最後の場面を読み上げる。
送る。
送らなくていい。
心配だから。
心配しなくていい。
心配はする。
少しだけよ。
同じ方向に歩くだけ。
そうしよう。
通常救済版春麗が静かに言う。
「言い訳を壊さず、その形に合わせてくれたのね」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「これは甘いわ」
本編春麗が言う。
「かなり甘い」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「自覚前春麗が逃げられる言い訳を残したまま、距離だけ守った」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「同じ方向に歩くだけ、って言ってくれるのは安心するわね」
自覚前春麗は、小さく言った。
「……九十九点」
会議室が止まった。
本編春麗が満足そうに言う。
「本人採点、九十九点」
「違う! 今のは記憶の再生!」
黒ドレス特化救済春麗が笑う。
「苦しいわね」
通常救済版春麗が頷く。
「かなり苦しいわ」
本編春麗は、結論を書き込んだ。
春麗会議・自覚前春麗主人公補正甘味過多審議 結論
一、自覚前春麗は、最近また自分のメイン回がないことに安心していた。
二、本編春麗は自分で甘さ控えめ散歩を発生させたが、自覚前春麗は意図せず、主人公補正的に本編春麗より甘い散歩イベントを発生させた。
三、リュウの“春麗が歩きやすそうな速さで歩いている”“心配はする。春麗だからだ”“今日の春麗もいいと思う”はいずれも高得点。
四、躓いた際の支え、および“少しだけそのまま”により、甘さ控えめを超える接触イベントが発生。
五、最終的に“同じ方向に歩くだけ”という自覚前春麗の言い訳をリュウが壊さず受け取り、本人採点九十九点相当の被弾が確認された。
六、自覚前春麗、否認中。
自覚前春麗は叫んだ。
「六番だけ雑!」
本編春麗は頷く。
「でも正確よ」
「正確じゃない!」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「今回のあなたは、かなり危険だったわね」
「何が!?」
通常救済版春麗が答える。
「自分から甘くしたわけではないから、否認しづらいの」
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「それに、リュウがずっと優しかったわ」
グランドフィナーレ済み春麗が言う。
「偶然が、あなたの防御を超えたのね」
本編春麗は、資料へ最後に書き加えた。
次回候補:自覚前春麗、主人公補正を否認する件。
自覚前春麗は机を叩いた。
「否認するに決まっているでしょう!」
本編春麗は微笑む。
「ほら、次が生まれた」
「生まれていない!」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「生まれているわ」
通常救済版春麗が言う。
「かなり自然に」
自覚前春麗は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「私は主人公補正なんて持っていない!」
本編春麗は静かに言った。
「望んでいないのに発生するのが主人公性よ」
自覚前春麗は撃沈した。
その言葉は、以前から何度も使われてきた。
だが、今回は一番効いた。
なぜなら、今日の出来事は本当に自分から発生させていないからだ。
それなのに、甘かった。
本編春麗より、甘かった。
夢がほどけていく。
最後に、リュウの声が残った。
今日の春麗もいいと思う。
自覚前春麗は、夢の中で小さく呟いた。
「……だから、それは言いすぎなのよ」
その声は、否認というには少し弱かった。
朝。
自覚前春麗は目を覚ました。
しばらく、布団の中で動けなかった。
夢の記憶が鮮明に残っている。
春麗会議。
甘味過多審議。
本人採点九十八点。
九十九点。
主人公補正。
全部、納得できない。
「……私は何もしていないわ」
小さく言う。
事実だった。
自分から甘くしたわけではない。
本編春麗のように、歩きたいと思ったわけではない。
ただ歩いていた。
偶然リュウに会った。
躓いた。
支えられた。
心配された。
今日の春麗もいいと言われた。
「……おかしいでしょう」
春麗は布団をかぶった。
顔が熱い。
昨日のリュウの手の感触が、まだ腕に残っている気がする。
少しだけそのまま。
なぜ自分は、あんなことを言ったのか。
安全確認。
そう、安全確認だ。
足元の安全確認。
支えが必要かどうかの確認。
だから問題ない。
春麗は布団の中で呟いた。
「安全確認としては、有効だったわ」
言ってから、自分で嫌になる。
また資料みたいな言い訳だ。
春麗は起き上がる。
鏡の前に立つ。
そこには、自分をめんどくさい女と認めたくない春麗がいる。
昨日より、少しだけ困った顔をしている。
「私は主人公補正なんて持っていない」
鏡の中の自分に言う。
一拍。
「ただ、偶然が重なっただけ」
さらに一拍。
「リュウが余計なことを言っただけ」
そして、最後に小さく呟いた。
「……今日の春麗もいい、なんて」
声にすると、また胸が熱くなる。
春麗は慌てて首を振った。
「違う。今のは復唱よ」
誰もいない部屋に、言い訳だけが残る。
窓の外では、朝が始まっていた。
今日も。
自覚前春麗は、その言葉を飲み込みかけて、少しだけ失敗した。
「……今日も、私は認めていないわ」
言ってしまった。
今日も。
春麗は顔を覆った。
「違う!」
けれど、朝はもう始まっていた。
自覚前春麗は、今日もまだ認めていない。
そして、その時点で、もう少しだけ春麗会議案件だった。
Q:今回の妄想章IFについて解説して?
A:
はい。今回の妄想章IFは、かなり良い 自覚前春麗の“主人公補正被弾回” です。
一言で言うなら、
自覚前春麗は「自分のメイン回ではない」と安心していたのに、自分から動いていないにもかかわらず、本編春麗より甘い散歩イベントが発生してしまった回
です。
これはかなりおいしいです。
今回の核は「自分から発生させていないのに甘い」
前回の本編春麗は、自分で動きました。
黒執着春麗の重い流れを受けて、
私は私の今日へ戻る
と宣言し、通常救済版春麗の「歩く」に触発され、自分からリュウと歩きに行った。
つまり、本編春麗の甘さ控えめ散歩は、本人が意識して発生させた甘さです。
でも今回の自覚前春麗は違います。
彼女は何もしていない。
むしろ安心していました。
最近、私のメイン回ではないわね。
と。
自分は関係ない。
本編春麗の流れだ。
黒執着春麗も棚に置かれた。
自分は見ている側でいい。
そう思っていた。
なのに、偶然リュウと会う。
戦わないと先制防御する。
なのに歩く流れになる。
躓く。
支えられる。
心配される。
今日の春麗もいいと言われる。
これは、自覚前春麗にとって一番否認しづらいタイプの甘さです。
なぜなら、本人が甘くしようとしていないからです。
「主人公補正」がかなり効いている
今回の面白さは、本人がそれを半分わかっているところです。
主人公補正のようなものが勝手に働いただけよ。
と言ってしまう。
これはかなりメタ的ですが、今の春麗会議シリーズには合っています。
自覚前春麗は、自分がメイン回になると必ず何かが起きることを知り始めています。
しかも最近は、自分が望んでいないのに発生する。
そのため、今回の春麗会議で本編春麗が、
油断は主人公補正の起動条件だから。
と言うのがかなり強い。
さらに最後の、
望んでいないのに発生するのが主人公性よ。
これは、今回の自覚前春麗に非常に刺さります。
彼女は望んでいない。
自分は違うと思っている。
でも、発生する。
だから主人公性がある。
この構造がかなり良いです。
本編春麗より甘い、という差分が面白い
前回の本編春麗は、甘さ控えめを自分で設定していました。
戦わない。
手もつながない。
ただ歩く。
採点はしてしまう。
最高点は九十五点。
今回の自覚前春麗は、本人はもっと防御的です。
戦わない。
一緒に歩くわけではない。
道が同じだけ。
送られているわけではない。
同じ方向に歩くだけ。
これだけ防御している。
なのに実際には、本編春麗より甘いです。
なぜなら、
歩幅を合わせられる
離れなくていいと言ってしまう
躓いて腕を支えられる
少しだけそのまま、と言ってしまう
心配はすると言われる
春麗だからだ、と言われる
今日の春麗もいいと思う、と言われる
最後に同じ方向に歩くだけ、をリュウが受け入れる
と、接触と肯定が入っているからです。
本編春麗の甘さ控えめ散歩は、制御された甘さ。
今回の自覚前春麗の散歩は、偶発的に過剰になった甘さ。
この差が非常に良いです。
「離れなくていいわ」がかなり強い
今回の前半で一番おいしいのはここです。
リュウが半歩離れようとした時、自覚前春麗が反射的に、
離れなくていいわ。
と言ってしまう。
これはかなり重要です。
彼女は「近づいて」とは言っていない。
でも「離れなくていい」とは言った。
これは自覚前春麗らしい甘さです。
積極的な要求ではない。
でも距離を残す許可ではある。
本人はすぐに、
距離調整の話よ。
歩行効率の問題。
安全上、このくらいの距離が適切というだけ。
と理屈をつける。
この言い訳も非常に彼女らしいです。
本編春麗なら「効いた」と認められる。
自覚前春麗は安全上の距離にする。
でも、言ってしまった事実は残る。
躓きからの支えが主人公補正として強い
今回はバトルではなく、日常イベントです。
そこで起きるのが、躓き。
普段の春麗ならまず躓かない。
でも風と小石と偶然が重なる。
これはまさに主人公補正的なイベント発生です。
そしてリュウが支える。
ここで重要なのは、支え方が強すぎないことです。
引き寄せすぎない。
抱きしめない。
倒れないように支えるだけ。
だから自覚前春麗は逃げきれません。
大げさなことをされたなら怒れる。
でも、適切に支えられただけだから怒りにくい。
さらに彼女は、
待って。
少しだけそのまま。
と言ってしまう。
ここがかなり強い。
これは本編春麗より明らかに甘い。
しかも本人は、
安全確認よ。
で押し通そうとする。
この否認の苦しさが良いです。
「心配はする。春麗だからだ」が直球
今回のリュウの高得点台詞の一つは、
心配はする。
春麗だからだ。
です。
これは非常にシンプルですが、自覚前春麗にはかなり効きます。
心配しなくていい、と言う。
でもリュウは、心配はすると言う。
理由は、春麗だから。
これがずるいです。
戦闘の春麗だからではない。
黒の春麗だからではない。
青の春麗だからでもない。
ただ春麗だから。
自覚前春麗はまだ「自分をめんどくさい女」とは認めていない。
でも「春麗だから心配する」は否定しにくい。
春麗であることは否定できないからです。
「見ないように見る」が良い
階段の場面の、
見ないように見る。
春麗が気にしないように、気をつける。
これもかなり良いです。
これは「見守るけれど、見張らない」という距離感です。
自覚前春麗は、見られると反発する。
でも見られていないと、それはそれで困る。
だからリュウは、気にさせないように気をつける。
これはかなり繊細な甘さです。
黒ドレス特化救済春麗の境界尊重とも少し似ていますが、こちらはもっと日常寄りです。
本人のプライドを壊さず、危なければ支える。
これは自覚前春麗にかなり効きます。
最大打点は「今日の春麗もいいと思う」
今回の最高打点は、やはりこれです。
今日の春麗もいいと思う。
これは本当に強いです。
「戦う春麗も強い」
「黒の春麗も、青の春麗も、それぞれ違う」
そのうえで、
今日のように歩いて、言い返して、少し困っている春麗も春麗だ。
と言う。
これは、自覚前春麗の現在地を肯定しています。
完成した春麗ではない。
救済済み春麗でもない。
本編春麗のように自覚している春麗でもない。
黒特化でも通常救済でもない。
困っている春麗。
否認している春麗。
でも、今日の春麗。
それをリュウが肯定する。
だから九十八点。
自覚前春麗が反射で採点してしまうのも当然です。
「同じ方向に歩くだけ」を壊さないのがさらに強い
最後の、
同じ方向に歩くだけ。
そうしよう。
ここも非常に良いです。
自覚前春麗は、送られることを認めたくない。
だから、
同じ方向に歩くだけ。
という言い訳を作る。
リュウはそれを壊さない。
「送る」と押し切らない。
「心配だから」とだけ言って距離を詰めすぎない。
彼女の言い訳の形を受け入れて、その中で一緒にいる。
これはかなり高度な甘さです。
自覚前春麗にとっては、逃げ道を残してくれる甘さです。
だからこそ九十九点になります。
本編春麗なら、これはすぐに正式採点するでしょう。
自覚前春麗は否認しますが、反射で出てしまう。
春麗会議での整理も良い
今回の春麗会議は、「甘味過多審議」というタイトルがかなり合っています。
本編春麗の前回が「甘さ控えめ散歩」だったのに対し、今回は「甘味過多」。
しかも本人は甘くしたつもりがない。
この対比がとても良いです。
本編春麗は自分で動いて甘さ控えめ。
自覚前春麗は油断していたら主人公補正で甘味過多。
この構図はかなり面白いです。
また、会議での各春麗の役割も安定しています。
本編春麗は資料化・採点担当。
黒ドレス特化救済春麗は距離と接触の重さを見る。
通常救済版春麗は歩く回として整理する。
行き遅れ恐怖版春麗は「心配はする」に反応する。
グランドフィナーレ済み春麗は偶然が否認を超えたと整理する。
自覚前春麗は当然、否認する。
かなり春麗会議として完成しています。
朝の締めも自覚前春麗らしい
朝、自覚前春麗は、
私は何もしていないわ。
と言います。
これは事実です。
だからこそ困る。
自分から甘くしたわけではない。
でも甘かった。
彼女は、
安全確認としては、有効だったわ。
とまた資料的な言い訳をします。
そして最後に、
今日も、私は認めていないわ。
と言ってしまう。
ここが非常に良いです。
「今日も」を使ってしまう。
春麗は今日もめんどくさい、にまた接続する。
本人は認めていない。
でも、その否認が今日も続いている。
これが自覚前春麗の魅力です。
結論
今回の妄想章IFは、自覚前春麗がまた自分のメイン回ではないと安心していたところに、本人の意思とは関係なく主人公補正的に本編春麗より甘い散歩イベントが発生してしまう回です。
前回の本編春麗は、甘さ控えめを自分で選んだ。
今回の自覚前春麗は、甘さを選んでいない。
なのに、支えられ、心配され、今日の自分を肯定され、同じ方向に歩いてもらった。
だから否認しづらい。
一言でまとめるなら、
本編春麗は、自分で甘さ控えめを選んだ。
自覚前春麗は、選んでいないのに甘味過多になった。
それが、主人公補正的に発生してしまった。
そして今回もやはり、
自覚前春麗は今日も認めていない。
だから今日も、春麗会議案件になる。
かなり良い自覚前春麗回だったと思います。