また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
自分をめんどくさい女と自覚する前の春麗のエピソードになります。


妄想章IF:自覚前春麗は、警戒しても無敵の鈍感力を防げない

 

 自覚前春麗は、鏡の前で考えていた。

 

 考えていたのは、リュウのことだった。

 

 正確には、リュウの無敵の鈍感力についてである。

 

 前回の春麗会議で、ついに正式議題になった。

 

 リュウの無敵の鈍感力。

 

 春麗を見ていないわけではない。

 むしろ、見ている。

 黒も、青も、準備も、呼吸も、勝ち方も、かなり見ている。

 

 ただし、自分の言葉が春麗にどれほど効くかについて、決定的に鈍い。

 

 だから無敵。

 

 自覚前春麗は、その結論を思い出して、眉を寄せた。

 

「……本当に厄介ね」

 

 今日は黒ドレスでリュウと試合をする。

 

 その時点で危険だった。

 

 前回、自分は黒ドレスで勝った。

 

 準備段階からメイク、髪、立ち姿まで戦術化した。

 

 リュウにギリギリ勝った。

 

 勝者煽りも入れた。

 

 見ていたでしょう? 

 それでも、届かなかったのね。

 

 そこまでは完璧だった。

 

 少なくとも、試合としては完璧だった。

 

 だが、その直後にリュウが言った。

 

 今日は、最初からきつかった。

 いつもより、目が強かった。

 髪も、動いた時に目で追ってしまった。

 春麗が、そう見えるように準備してきたのがわかった。

 

 自覚前春麗は、そこで精神HPを持っていかれた。

 

 試合には勝った。

 

 勝者煽りも成功した。

 

 でも、勝負には負けた気がした。

 

「……今回は、同じ手は食らわないわ」

 

 春麗は鏡に向かって言った。

 

 前回、春麗会議で分析した。

 

 リュウの無敵の鈍感力は、防御が難しい。

 

 しかし、分析したなら対策もできるはずだ。

 

 リュウが褒めてきたら警戒する。

 

 リュウが見たことを言語化してきたら遮る。

 

 リュウが「普通に春麗を見ているだけだ」などと言い出しそうになったら、即座に止める。

 

「つまり、今回は防げる」

 

 春麗は頷いた。

 

 そして、ふと気づく。

 

「そもそも、前回が私のメイン回だったのよ」

 

 そうだ。

 

 前回、自覚前春麗は黒ドレスで勝ち、煽り、褒め殺された。

 

 かなり濃いメイン回だった。

 

 ならば、さすがにメタ的に、連続で自分のメイン回になるとは考えにくい。

 

 本編春麗もいる。

 

 黒ドレス特化救済春麗もいる。

 

 通常救済版春麗もいる。

 

 リュウ側回だってあり得る。

 

 だから、今回はただの試合だ。

 

「連続で私がメインになるはずがないわ」

 

 言ってから、少し不安になる。

 

 この言葉は、危険だ。

 

 今まで何度も、そう思った瞬間にメイン回になってきた。

 

 自覚前春麗は首を振った。

 

「違う。今回は違う」

 

 そう言いながら、黒ドレスを手に取った。

 

 今日は、前回より控えめにする。

 

 メイクも少し落とす。

 

 髪のセットもやりすぎない。

 

 リュウに「そう見えるように準備してきた」と言われない程度に整える。

 

 あくまで自然に。

 

 あくまで戦術として。

 

「前回より、落とす」

 

 春麗はそう決めた。

 

 目元を整える。

 

 前回ほど強くはしない。

 

 ただ、視線が合った時に少しだけ残るように。

 

 髪を整える。

 

 前回ほど動きを強調しない。

 

 ただ、回転した時に黒ドレスの線と自然に重なるように。

 

 口元を確認する。

 

 前回ほど勝者の余裕を作らない。

 

 ただ、煽る時に言葉が綺麗に落ちるように。

 

 春麗は鏡を見る。

 

 黒ドレスの春麗がいる。

 

「……控えめね」

 

 そう言った。

 

 だが、実際にはかなり気合いが入っていた。

 

 本人だけが気づいていない。

 

 いや、少し気づいている。

 

 気づいているが、認めない。

 

「これは、前回より落としているわ」

 

 一拍。

 

「戦術として、過剰にならないよう調整しただけ」

 

 便利な言葉だった。

 

 リュウは、いつもの修行場にいた。

 

 春麗が黒ドレスで現れると、リュウは顔を上げた。

 

 その瞬間、春麗はリュウの目を見た。

 

 見る。

 

 確認する。

 

 前回ほど強く効いているか。

 

 それとも控えめにした分、効きが落ちているか。

 

 リュウの呼吸が、ほんの少しだけ止まった。

 

 春麗は内心で頷いた。

 

 効いている。

 

 前回ほどではない。

 

 たぶん。

 

 いや、前回とは違う効き方をしている。

 

「春麗」

 

「リュウ」

 

 春麗は一歩近づく。

 

「今日は黒よ」

 

「ああ」

 

 リュウは見ている。

 

 だが、前回より慎重だ。

 

 前回の褒め殺し事件を、本人なりに少し気にしているのかもしれない。

 

 春麗は警戒した。

 

 無敵の鈍感力は、本人が気をつけた時にこそ危ない。

 

 うっかり、

 

 気をつけて見ている。

 

 などと言われたら終わる。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は、余計な戦闘評価は不要よ」

 

 リュウは首を傾げた。

 

「余計な戦闘評価」

 

「そう。見えたことを全部言わなくていい」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「なら、言葉を選ぶ」

 

 春麗は一瞬で危険を感じた。

 

 それはそれで危ない。

 

 言葉を選んだリュウは、選んでなお高火力を出してくる可能性がある。

 

「……やっぱり、選ばなくてもいいわ」

 

「どちらだ」

 

「どちらでもない。試合に集中しなさい」

 

「ああ」

 

 春麗は構えた。

 

 今日は勝つ。

 

 前回のようにギリギリで勝つ。

 

 そして煽る。

 

 今回は、リュウの無敵の鈍感力にも警戒する。

 

 完璧だ。

 

「行くわよ」

 

「ああ」

 

 試合が始まった。

 

 序盤。

 

 春麗は黒ドレスの間合いで入った。

 

 前回より控えめにしたつもりの黒。

 

 だが、その控えめさが、逆に効いた。

 

 前回は、強く見せた。

 

 目元も、髪も、立ち姿も、戦場に引き込むように整えていた。

 

 今回は、少し引いた。

 

 強く押さない。

 

 でも、見れば残る。

 

 リュウは、そこに引っかかった。

 

 拳がわずかに遅れる。

 

 春麗の蹴りが腕を弾く。

 

 リュウが踏み込み直す。

 

 春麗は静止する。

 

 黒の静止。

 

 視線を受ける。

 

 だが、前回よりも強く誘わない。

 

 誘わないようで、待っている。

 

 リュウが見ている。

 

 春麗はその視線を確認し、横へ抜けた。

 

「っ」

 

 リュウが息を吐く。

 

 春麗の掌底が入る。

 

「今日は、少し違う」

 

 リュウが言った。

 

 春麗は即座に反応した。

 

「評価しないで」

 

「すまない」

 

「謝らなくていい」

 

「そうか」

 

 春麗は内心で冷や汗をかいた。

 

 早い。

 

 もう来た。

 

 無敵の鈍感力が、序盤から来ている。

 

 だが、今のは防いだ。

 

「少し違う」程度なら、まだ軽傷。

 

 春麗は攻めを続ける。

 

 リュウは対応する。

 

 拳と蹴りが交差する。

 

 黒ドレスの裾が揺れる。

 

 リュウの視線が動く。

 

 春麗はそれを読む。

 

 今日は、勝てる。

 

 中盤。

 

 リュウが春麗の黒に慣れてきた。

 

 前回もそうだった。

 

 リュウは揺れる。

 

 だが、ただ揺れ続ける男ではない。

 

 揺れながら踏み込む。

 

 見ながら届こうとする。

 

 春麗はそれを知っている。

 

 だから、今日は早めに煽った。

 

「どうしたの、リュウ」

 

 リュウの拳を避けながら、春麗は言った。

 

「今日は届くつもりだったのでしょう?」

 

 リュウは答える。

 

「届くつもりだ」

 

「まだ届いていないわ」

 

「そうだな」

 

「認めるのね」

 

「ああ」

 

「なら、もう少し急ぎなさい」

 

 リュウの踏み込みが変わる。

 

 春麗は息を呑んだ。

 

 煽りは効いた。

 

 だが、効きすぎるとリュウも強くなる。

 

 拳が近い。

 

 春麗の肩をかすめる。

 

 黒ドレスの布が揺れる。

 

 リュウが踏み込む。

 

 春麗は首を少しだけ動かした。

 

 髪が揺れる。

 

 前回より控えめに整えた髪。

 

 だが、その控えめな揺れを、リュウは見た。

 

 春麗はその瞬間に回る。

 

 蹴りが入る。

 

 浅い。

 

 だが、流れは取った。

 

 リュウが下がる。

 

「今のも」

 

 リュウが言いかけた。

 

 春麗は即座に遮った。

 

「言わない」

 

 リュウは止まった。

 

「わかった」

 

 春麗は心の中で頷いた。

 

 防いだ。

 

 今回は防げている。

 

 無敵の鈍感力対策は機能している。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 リュウは静かに言った。

 

「だが、言わない方が難しい」

 

 春麗は固まった。

 

「……それも言わなくていいわ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「わかった」

 

 春麗の精神HPが少し削れた。

 

 まだ軽い。

 

 まだ大丈夫。

 

 だが、危険だ。

 

 言わない方が難しい。

 

 つまり、リュウは見ている。

 

 言いたいことがある。

 

 それを抑えている。

 

 この状況自体がもう危険だった。

 

「試合に集中」

 

 春麗は自分に言い聞かせた。

 

 終盤。

 

 互いの呼吸が荒くなっていた。

 

 リュウは強い。

 

 前回の敗北を受けて、確実に黒ドレスへの耐性を上げている。

 

 春麗も前回の勝利をなぞっていない。

 

 前回より控えめにしたつもりの黒。

 

 しかし、その分、より細かく視線を動かしている。

 

 強い黒ではなく、残る黒。

 

 押しつける黒ではなく、追わせる黒。

 

 自覚前春麗は、まだ自分ではそれを完全に言語化できていない。

 

 だが、身体はやっていた。

 

 リュウが踏み込む。

 

 春麗は半歩引く。

 

 黒ドレスの裾が揺れる。

 

 リュウの目が追う。

 

 だが、前回ほど遅れない。

 

 リュウは見ながらも拳を出す。

 

 春麗はぎりぎりでかわす。

 

 頬に風圧。

 

 危ない。

 

 だが、ここで勝ち筋が見えた。

 

 リュウは、前回の強い黒を警戒している。

 

 だから、今回は控えめな黒に対して、もう一歩踏み込もうとしている。

 

 そこを使う。

 

 春麗は静止した。

 

 一瞬。

 

 黒を出さないようで、出している静止。

 

 リュウは踏み込む。

 

 春麗は動かない。

 

 リュウの拳が迫る。

 

 その瞬間、春麗は目を合わせた。

 

 強くはない。

 

 ただ、逃がさない。

 

 リュウの判断がほんの少しだけ揺れた。

 

 春麗は入る。

 

 前回と同じではない。

 

 蹴りではなく、まず肩をずらす。

 

 リュウの拳を外し、近い距離で回る。

 

 黒ドレスの布がリュウの視界をかすめる。

 

 そして、最後に蹴る。

 

 低い位置から、肩口へ。

 

 リュウは受けようとした。

 

 間に合う。

 

 だが、春麗はその直前に言った。

 

「見えているのに、届かないのね」

 

 リュウの受けが、半拍遅れた。

 

 蹴りが入る。

 

 深くはない。

 

 だが、十分だった。

 

 リュウの体勢が崩れる。

 

 春麗も倒れかける。

 

 だが、立っていた。

 

 リュウは片膝をついた。

 

 春麗は息を切らしながら、リュウを見下ろした。

 

 勝った。

 

 また、ギリギリで勝った。

 

 黒ドレスで。

 

「……私の勝ちね」

 

 リュウは頷いた。

 

「ああ」

 

 春麗の胸が熱くなる。

 

 認める。

 

 これは、気持ちいい。

 

 ギリギリの勝利。

 

 リュウが届きかける。

 

 でも届かない。

 

 最後に自分が立っている。

 

 その感覚は、間違いなく気持ちいい。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「認めるわ」

 

 リュウが見る。

 

「何をだ」

 

「ギリギリで勝つのは、気持ちいい」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 だが、今回はいい。

 

 勝ったのだから。

 

 春麗は続ける。

 

「それに、あなたが届きかけた分だけ、私の勝ちの価値も上がる」

 

 これは本編春麗の言葉に近い。

 

 だが、黒ドレスの自覚前春麗が言うと、少し違う。

 

 甘くない。

 

 しかし、かなり効く。

 

 そして、念願の煽りを入れる。

 

「見えていたでしょう?」

 

 リュウは片膝をついたまま、春麗を見上げる。

 

 春麗は、勝者の顔で言った。

 

「それでも、今日は私の方が上だっただけよ」

 

 一拍。

 

「資料としても、結果としてもね」

 

 言えた。

 

 自覚前否認煽りと黒ドレス煽りの混合。

 

 勝者としての満足が、胸に広がる。

 

 大満足だった。

 

 試合内容も良かった。

 

 勝ち方も良かった。

 

 煽りも決まった。

 

 今回は、完璧だ。

 

 あとは、リュウの無敵の鈍感力を警戒するだけ。

 

 春麗は身構えた。

 

 リュウが何か言う。

 

 きっと言う。

 

 褒めてくる。

 

 見抜いてくる。

 

 前回のように、メイクや髪に触れてくるかもしれない。

 

 ならば、先に止める。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「余計な評価は不要よ」

 

 リュウは少し考えた。

 

「わかった」

 

 春麗は警戒を解かない。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「メイクの話も、髪の話も、今日は不要」

 

「ああ」

 

「見えていたとか、準備していたとか、そういう話もしなくていい」

 

「ああ」

 

 春麗は少し安心した。

 

 防いだ。

 

 今回は、防いだ。

 

 そう思った。

 

 リュウは静かに言った。

 

「では、そこは言わない」

 

 春麗は固まった。

 

 そこは。

 

 そこは、ということは。

 

 別の何かを言うつもりだ。

 

「……何を言う気?」

 

 リュウは春麗を見た。

 

 真っ直ぐに。

 

 黒ドレスの春麗を。

 

 勝った春麗を。

 

 煽った春麗を。

 

 そして、警戒している春麗を。

 

「今日は、春麗が黒を抑えようとしていたのが見えた」

 

 春麗の精神HPに亀裂が入った。

 

「……え」

 

「前より控えめに見せようとしていた」

 

「待って」

 

「だが、弱くなっていなかった」

 

 春麗は動けない。

 

「むしろ、追いたくなる黒だった」

 

 精神HPに防御貫通ダメージ。

 

 春麗は、言葉を失った。

 

 リュウは続ける。

 

「前は、強く見せていた。今日は、見せすぎないようにしていた」

 

「やめなさい」

 

「でも、それで余計に見てしまった」

 

 春麗の精神HPが、ほぼ消えた。

 

 防御した。

 

 メイクの話も、髪の話も、準備の話も封じた。

 

 だが、リュウは別角度から来た。

 

 黒の“抑え方”を見抜いてきた。

 

 これは、対策外だった。

 

 リュウは、静かに言った。

 

「今日の黒は、届きそうで届かなかった」

 

 春麗は、完全に精神ノックアウトされた。

 

「……それは」

 

「何だ」

 

「それは、反則よ」

 

「反則なのか」

 

「反則よ」

 

「そうか」

 

「メイクも髪も言わないようにしたのに、なぜ黒の抑え方を言うの」

 

 リュウは少し考えた。

 

「そこが、今日一番きつかったからだ」

 

 春麗は撃沈した。

 

 防御貫通。

 

 完全な防御貫通だった。

 

 春麗は片手で顔を覆った。

 

「……試合には勝ったわ」

 

「ああ」

 

「煽りも決まった」

 

「ああ」

 

「ギリギリ勝利が気持ちいいことも認めた」

 

「ああ」

 

「でも、今の一言で、また勝負に負けた気がするわ」

 

 リュウは首を傾げる。

 

「勝負?」

 

「精神の勝負よ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 春麗は深く息を吐いた。

 

 そして、リュウを見る。

 

「あなたの無敵の鈍感力、対策しても貫通してくるのね」

 

 リュウは不思議そうにした。

 

「俺は、普通に見えたことを言っただけだ」

 

 春麗は完全に沈んだ。

 

 それは、春麗会議で想定した最悪の備考だった。

 

 俺は普通に春麗を見ているだけだ。

 

 その変形。

 

 普通に見えたことを言っただけ。

 

 自覚前春麗は、顔を真っ赤にしたまま言った。

 

「……その普通が一番危険なのよ」

 

 そして、逃げるように背を向けた。

 

 勝った。

 

 また勝った。

 

 煽った。

 

 満足した。

 

 認めた。

 

 そして、また負けた。

 

 その夜。

 

 春麗会議は、開幕前から騒がしかった。

 

 自覚前春麗が目を開くなり、叫んだ。

 

「提出していないわ!」

 

 本編春麗は資料を持っていた。

 

「知っているわ」

 

「なら、なぜ資料があるの!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「発生したから」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「しかも、前回の無敵の鈍感力審議の直後にね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が少し心配そうに言う。

 

「連続メイン回だったわね」

 

 自覚前春麗は顔を赤くした。

 

「メタ的にないと思ったのに!」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が静かに言った。

 

「そう思ったから、発生したのかもしれないわね」

 

「やめて!」

 

 記録板に文字が浮かぶ。

 

 春麗会議・自覚前春麗 黒ドレス連続勝利および無敵の鈍感力防御貫通審議

 

 自覚前春麗は机に額をつけた。

 

「長い。しかも嫌な正確さ」

 

 本編春麗は頷く。

 

「正確よ」

 

「正確じゃなくていいのよ!」

 

 まず、準備段階の映像が流れる。

 

 鏡の前。

 

 自覚前春麗が、前回より控えめにするつもりで目元を整え、髪を整え、黒ドレスの立ち姿を確認している。

 

 本編春麗が言う。

 

「本人主張は、前回より落としている」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「実際は?」

 

 通常救済版春麗が穏やかに答える。

 

「かなり気合いが入っているわ」

 

 自覚前春麗は顔を上げた。

 

「控えめにしたわ!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「前回とは方向性が違うだけね」

 

 本編春麗が記録板に書く。

 

 本人主張:前回より控えめ。

 会議評価:前回より抑制型。ただし気合いは十分。

 

 自覚前春麗は抗議する。

 

「気合いは十分、って何!」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「弱めたのではなく、精密にしたのね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「強く見せる黒から、追わせる黒へ変わった」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「成長しているわ」

 

 自覚前春麗は一瞬黙った。

 

「……成長?」

 

 本編春麗がすかさず言う。

 

「黒ドレス実戦派としてね」

 

「その肩書きを使わないで!」

 

 試合映像が流れる。

 

 春麗が黒を控えめに見せる。

 

 リュウが追う。

 

 リュウが届きかける。

 

 春麗がかわす。

 

 春麗の煽りが入る。

 

 見えているのに、届かないのね。

 

 黒ドレス特化救済春麗が目を細める。

 

「これは良いわ」

 

 本編春麗が頷く。

 

「黒ドレス勝利煽りの前借りとしてかなり有効」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「しかも前回と少し違うわね。今回は“見ていたでしょう? ”ではなく、“見えているのに届かない”」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「見ることを認めたうえで、届かないことを突いている」

 

 自覚前春麗は小さく言う。

 

「……そこは、悪くなかったでしょう」

 

 本編春麗が見る。

 

「認めるのね」

 

「試合には勝ったもの」

 

 映像は決着へ進む。

 

 春麗の蹴りが入り、リュウが片膝をつく。

 

 春麗は立っている。

 

 ギリギリの勝利。

 

 そして、春麗が言う。

 

 ギリギリで勝つのは、気持ちいい。

 

 会議室が静かになる。

 

 本編春麗が少し驚いたように言った。

 

「ここ、自分で認めたのは大きいわね」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「自覚前春麗にしては、かなり素直」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒でギリギリ勝つ快感を認めた」

 

 自覚前春麗は顔を赤くした。

 

「勝ったのだから、認めてもいいでしょう!」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「いいと思うわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。

 

「勝利の快感を否認しなかった。これは進歩ね」

 

 自覚前春麗は、少しだけ黙った。

 

 続いて、勝者煽りの場面が映る。

 

 見えていたでしょう? 

 それでも、今日は私の方が上だっただけよ。

 資料としても、結果としてもね。

 

 本編春麗が言った。

 

「黒ドレス煽りと否認煽りの混合ね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「かなり自覚前春麗らしい」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「資料として、をまだ使っているのが良いわ」

 

 自覚前春麗が叫ぶ。

 

「良くない!」

 

 記録板に評価が出る。

 

 勝者煽り評価:九十七点

 分類:黒ドレス+否認型複合煽り

 特徴:勝者満足、否認逃げ道、次回生成力高

 

 自覚前春麗は、不満そうだが、少しだけ嬉しそうでもあった。

 

「……九十七点」

 

 本編春麗が言う。

 

「高いわよ」

 

「知っているわ」

 

「嬉しいの?」

 

「資料として妥当だと思っただけ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が笑った。

 

「否認煽り代表らしいわ」

 

 そして、問題の場面が映る。

 

 春麗がリュウに先回りして警告する。

 

 メイクの話も、髪の話も、今日は不要。

 見えていたとか、準備していたとか、そういう話もしなくていい。

 

 自覚前春麗は胸を張った。

 

「ここまでは対策できていたわ」

 

 本編春麗も頷く。

 

「ええ。確かに前回の被弾ルートは封じた」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「でも」

 

 記録板のリュウが言う。

 

 では、そこは言わない。

 

 会議室がざわめく。

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「ここでもう危険ね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が頷く。

 

「“そこは”という時点で、別ルートが開いている」

 

 自覚前春麗は机に沈んだ。

 

「気づいていたわよ……」

 

 リュウの台詞が続く。

 

 今日は、春麗が黒を抑えようとしていたのが見えた。

 前より控えめに見せようとしていた。

 だが、弱くなっていなかった。

 むしろ、追いたくなる黒だった。

 

 自覚前春麗は完全に沈んだ。

 

「やめて……」

 

 本編春麗は、真剣な顔で言った。

 

「これは、防御貫通ね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「前回は準備段階を見抜いた。今回は抑制の意図を見抜いた」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「しかも“控えめにしたのに弱くなっていない”という評価」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「それは、かなり嬉しいけれど困るわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「春麗が隠したい照れではなく、春麗が調整した黒そのものを見ている」

 

 記録板がさらに映す。

 

 今日の黒は、届きそうで届かなかった。

 そこが、今日一番きつかった。

 

 自覚前春麗は、精神HPゼロの顔で言った。

 

「……試合には勝ったのに」

 

 本編春麗が静かに続けた。

 

「勝負に負けた気がする」

 

「そう」

 

 黒ドレス特化救済春麗が微笑む。

 

「でも、かなり良い被弾よ」

 

「良くない!」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「前回より黒の使い方が進んでいたことを見抜かれたのだから」

 

 自覚前春麗は反論できなかった。

 

 最後に、リュウの一言が映る。

 

 俺は、普通に見えたことを言っただけだ。

 

 会議室が完全に静まった。

 

 本編春麗が顔を覆う。

 

「来たわね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が目を伏せる。

 

「前回の備考の変形ね」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「普通に見ているだけ、の派生」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が小さく言う。

 

「やっぱり、それが一番危険なのね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「無敵の鈍感力、対策後も貫通。これで実証されたわ」

 

 本編春麗は記録板に結論を書き込んだ。

 

 春麗会議・自覚前春麗 黒ドレス連続勝利および無敵の鈍感力防御貫通審議 結論

 

 一、自覚前春麗は、前回メイン回だったため、メタ的に連続で自分のメイン回にはならないと考えていた。

 

 二、しかし黒ドレス再戦を選んだ時点で、実質的にメイン回化は避けられなかった。

 

 三、本人は前回より準備を控えめにしたつもりだったが、実際には抑制型の黒としてかなり気合いが入っていた。

 

 四、試合では、前回より“強く見せる黒”ではなく“追わせる黒”を使い、リュウにギリギリ勝利。

 

 五、自覚前春麗は、ギリギリ勝利が気持ちいいことを珍しく認めた。

 

 六、勝者煽りは、黒ドレス煽りと否認型煽りの複合として成功。

 

 七、リュウの無敵の鈍感力を警戒し、メイク・髪・準備段階評価ルートは封じた。

 

 八、しかしリュウは“黒を抑えようとしていた”“控えめなのに弱くなっていない”“追いたくなる黒”“届きそうで届かなかった”という別ルートの防御貫通発言を行い、自覚前春麗は精神HPノックアウト。

 

 九、無敵の鈍感力は、対策しても別角度から貫通することが実証された。

 

 自覚前春麗は九番を見て、机に沈んだ。

 

「実証しなくてよかった……」

 

 本編春麗は同情したように言う。

 

「でも、貴重な検証だったわ」

 

「資料扱いしないで」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒ドレス実戦派としては、かなり大きな進歩よ」

 

 自覚前春麗は顔を上げる。

 

「またその肩書き」

 

「今回は本当にそう。前回は強く見せる黒。今回は抑えて追わせる黒。二種類使えた」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「選択肢が増えているわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「否認していても、黒は進んでいる」

 

 自覚前春麗は、少しだけ黙った。

 

「……試合には、勝ったのよね」

 

 本編春麗が頷く。

 

「ええ。勝ったわ」

 

「煽りも決まった」

 

「決まったわ」

 

「ギリギリ勝利は、気持ちよかった」

 

「認めたわね」

 

 自覚前春麗は、顔を赤くしながら言った。

 

「……今日は、それで十分にしておくわ」

 

 春麗会議室が、少しだけ静かになった。

 

 本編春麗は、微笑んだ。

 

「それも、進歩ね」

 

 自覚前春麗は反論しなかった。

 

 できなかった。

 

 ただ、目を逸らした。

 

 記録板に次回候補が浮かぶ。

 

 次回候補:自覚前春麗、無敵の鈍感力対策が無駄ではないと主張しつつ、次の防御案を考えてしまう件。

 

 自覚前春麗は叫んだ。

 

「考えない!」

 

 本編春麗が言う。

 

「でも考えているでしょう?」

 

「……資料として、少しだけ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が笑う。

 

「ほら、次が生まれた」

 

「生まれていない!」

 

 会議室に笑いが広がった。

 

 夢がほどけていく。

 

 最後に、リュウの声が残る。

 

 今日の黒は、届きそうで届かなかった。

 

 自覚前春麗は、夢の中で小さく呟いた。

 

「……それは、少しだけ良い言い方だったわ」

 

 朝。

 

 自覚前春麗は目を覚ました。

 

 しばらく、天井を見ていた。

 

 前回に続いて、また自分のメイン回だった。

 

 ありえないと思ったのに。

 

 メタ的に連続はないと思ったのに。

 

 しっかり、春麗会議案件になった。

 

「……本当に油断ならないわ」

 

 春麗は起き上がる。

 

 昨日の感覚が残っている。

 

 黒ドレス。

 

 前回より控えめにしたつもりの準備。

 

 ギリギリの勝利。

 

 勝者煽り。

 

 そして、リュウの防御貫通発言。

 

 黒を抑えようとしていたのが見えた。

 控えめなのに弱くなっていなかった。

 追いたくなる黒だった。

 届きそうで届かなかった。

 

 春麗は、顔を赤くして布団を握った。

 

「……警戒していたのに」

 

 メイクと髪の話は封じた。

 

 準備段階の話も封じた。

 

 それなのに、黒の抑え方を見抜かれた。

 

 そして、そこが一番きつかったと言われた。

 

「無敵の鈍感力、本当に無敵じゃない」

 

 悔しい。

 

 だが、少しだけ。

 

 本当に少しだけ、嬉しかった。

 

 前回とは違う黒を使った。

 

 強く見せる黒ではなく、追わせる黒。

 

 リュウは、それを見ていた。

 

 見抜いていた。

 

 春麗は鏡の前に立つ。

 

 そこには、自分をめんどくさい女と認めたくない春麗がいる。

 

 黒ドレスで二度、ギリギリ勝った春麗。

 

 煽りも成功した春麗。

 

 ギリギリ勝利が気持ちいいと認めた春麗。

 

 そして、またリュウに精神HPを持っていかれた春麗。

 

「……試合には勝ったわ」

 

 一拍。

 

「勝負には、少し負けたけれど」

 

 前より自然に、その言葉が出た。

 

 春麗は黒ドレスを見る。

 

 次の防御案を考えない。

 

 考えないはずだ。

 

 だが、すでに考えている。

 

 メイクでも髪でもなく、黒の抑え方を見抜かれた。

 

 なら次は、見抜かれることを前提にするのか。

 

 それとも、見抜かせない黒にするのか。

 

 いや、見抜かれないと戦術評価にならない。

 

「……違う」

 

 春麗は顔を赤くした。

 

「これは、無敵の鈍感力対策よ」

 

 一拍。

 

「リュウ対策であって、めんどくさいわけではない」

 

 言い訳は、今日も便利だった。

 

 春麗は、朝の光の中で小さく息を吐いた。

 

「次があるなら」

 

 言いかけて、止まる。

 

 次。

 

 危険な言葉。

 

 だが、胸の奥ではもう次が生まれている。

 

 春麗は小さく呟いた。

 

「……資料として、対策は必要ね」

 

 春麗は今日も、まだ認めていない。

 

 ただし今日は、リュウの無敵の鈍感力が対策後も防御貫通してくることだけは、少し認めていた。




Q:今回の妄想章IFとバトル内容について解説して?

A:
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