また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
IFなので時系列はおかしいかもしれませんが、もし『断章IF:本編春麗は、今日の青に届かれる』の翌日に春麗とリュウが出会っていたらという断章IFになります。
翌日の朝は、何事もなかったように始まった。
それが一番、困った。
空は晴れている。
風は穏やか。
街の音も、いつも通り。
青い武道服は、昨日と同じ場所に掛かっている。
ただ、春麗だけが同じではなかった。
昨日、負けた。
リュウに届かれた。
三連勝した青に、四戦目で届かれた。
しかも、ただ負けたわけではない。
辛勝だった。
リュウもぎりぎりだった。
春麗の青が崩れたわけではない。
けれど、最後に立っていたのはリュウだった。
春麗は鏡の前で、髪を整えながら小さく息を吐いた。
「……昨日は、良い試合だったわ」
自分で言って、すぐに眉を寄せる。
それはリュウが言いそうな言葉だった。
そして、実際に言われたら危険な言葉でもあった。
昨日のリュウの言葉が、まだ残っている。
今日は、届いた。
春麗の青は、前より遠かった。
近づいたと思ったら、もっと遠くなっていた。
今日、届いたのは、春麗が待っていた青だったからだと思う。
春麗は、手を止めた。
「……待っていた青って何よ」
声に出すと、また少し顔が熱くなった。
否定したい。
そんなもの待っていない、と言いたい。
でも、完全には言えない。
リュウに勝ちたかった。
簡単には届かせたくなかった。
けれど、永遠に届かないままでいてほしかったわけでもない。
その矛盾を、リュウは拳で越えてきた。
そして、言葉で刺してきた。
「……普通に会うのが一番きついかもしれないわね」
春麗は呟いた。
昨日のような試合なら、まだいい。
構えればいい。
蹴ればいい。
避ければいい。
勝てばいい。
負けても、悔しがればいい。
けれど翌日、何も起きないふりをしてリュウに会うのは別だった。
負けたことを覚えている。
強かったと認めたことも覚えている。
手を取って立たされたことも覚えている。
待っていた青と言われたことも覚えている。
その全部を覚えたまま、普通に会う。
それが一番、精神HPに悪い。
春麗は青い武道服ではなく、普段の服を選んだ。
今日は戦わない。
たぶん。
戦わない、はず。
自分にそう言い聞かせて、外へ出た。
リュウは、いつもの場所にいた。
本当に、いつものように。
昨日、自分に勝った男には見えないほど、普通に立っていた。
春麗は、その普通さに少し腹が立った。
こちらは朝からずっと、昨日のことを思い出していたというのに。
リュウは春麗を見ると、いつものように言った。
「春麗」
「リュウ」
それだけ。
それだけなのに、少し空気が変わった気がした。
春麗は先に釘を刺すべきか考えた。
昨日のことを言わないで。
待っていた青の話はしないで。
今日の青とか、昨日の青とか、そういう言い方もしないで。
でも、それを言うと、余計に意識しているようで嫌だった。
春麗が迷っている間に、リュウが口を開いた。
「昨日は、良い試合だった」
来た。
春麗は内心で身構えた。
精神HP防御。
表情維持。
呼吸安定。
昨日は良い試合だった。
この程度なら大丈夫。
大丈夫なはず。
春麗は落ち着いた声で返した。
「そうね。悪くなかったわ」
「悪くなかった、か」
「ええ」
「俺には、かなり良い試合だった」
春麗の精神HPが少し削れた。
かなり良い。
その言い方は危険だった。
リュウは、ただ事実を言っているだけだ。
だから危険だった。
春麗は視線を逸らしながら言う。
「勝ったからでしょう」
リュウは首を振った。
「勝ったからだけではない」
「……そう」
「届いたからだ」
春麗は足を止めた。
朝の空気が、少しだけ止まった気がした。
「リュウ」
「何だ」
「その言い方は、昨日十分聞いたわ」
「そうか」
「そうよ」
リュウは少し考えた。
「なら、今日はあまり言わない」
「あまり、ではなく言わなくていいわ」
「わかった」
本当にわかっているのか。
春麗は疑わしかった。
リュウの「わかった」は、言葉の表面だけを理解している時がある。
そして本人は気をつけているつもりで、別の角度から核心を突く。
それが危険だった。
春麗は話題を変えようとした。
「今日は戦わないわよ」
「ああ」
あっさり返ってきた。
春麗は少し意外だった。
「本当に?」
「今日は戦わない」
「……珍しいわね」
「昨日の感触がまだ残っている」
春麗はまた警戒した。
感触。
残っている。
拳の残響。
危険ワードが多い。
リュウは、少しだけ手を握った。
「ただ」
春麗は身構えた。
「ただ?」
「春麗の青を忘れないうちに、少し歩きたい」
精神HPに、静かなダメージが入った。
春麗は、目を伏せた。
「……歩く?」
「ああ」
「なぜ、そこで青が出てくるの」
「昨日の春麗が青だったからだ」
「今日は青い武道服ではないわ」
「それでも、昨日の青は残っている」
春麗は顔を覆いたくなった。
普通に会うだけのはずだった。
戦わないはずだった。
なのに、なぜ歩くだけで精神HPが削れるのか。
リュウは不思議そうに見ている。
悪意はない。
それが一番悪い。
春麗は小さく息を吐いた。
「あなた、昨日勝ったばかりなのに、まだ追撃するのね」
「追撃?」
「何でもないわ」
「そうか」
「そうよ」
春麗は少し歩き出した。
リュウも隣に並ぶ。
距離は近すぎない。
遠すぎもしない。
半歩ほど。
それがまた、昨日の間合いを思い出させた。
二人は、何気ない道を歩いた。
本当に、何気ない道だった。
試合場でもない。
修行場でもない。
黒ドレスも青い武道服もない。
勝者煽りもない。
春麗会議もない。
ただ、春麗とリュウが歩いている。
それなのに、春麗にはやたら難易度が高かった。
リュウは黙っている。
黙っているのに、昨日の試合を思い出す。
この沈黙は、試合中に「拳で語って」と言った時の沈黙とは違う。
あの時の沈黙には、拳があった。
今の沈黙には、余韻がある。
それが厄介だった。
春麗は横目でリュウを見る。
リュウは前を見ている。
だが、何も考えていない顔ではなかった。
昨日の試合を、まだどこかで反芻している。
拳ではなく、歩幅に残しているような気がした。
春麗は、つい聞いてしまった。
「昨日のこと、まだ考えているの?」
リュウは答えた。
「ああ」
「……そう」
「春麗は?」
春麗は、少しだけ足を止めかけた。
聞き返されるとは思っていた。
でも、実際に聞かれると困る。
「私は」
少し間が空く。
「ログで見たわ」
「ログ?」
「……何でもない」
「そうか」
また、それで終わる。
リュウは追及しない。
春麗会議のことを知らない。
バトルログのことも知らない。
それが少し安心で、少し不公平な気もした。
春麗は言った。
「昨日の試合は、もう記録になるわ」
「記録」
「そう。私の中で」
嘘ではない。
春麗会議室に記録されているとは言わない。
でも、自分の中に残っているのは本当だった。
リュウは頷いた。
「俺の中にも残っている」
春麗の胸がまた跳ねた。
「拳に?」
「たぶん」
「たぶん、なのね」
「言葉ではよくわからない」
リュウは少し考える。
「でも、昨日の春麗に届いた時の感触は、残っている」
春麗は、道の端の木を見た。
直接リュウを見ると危険だった。
「……そう」
「忘れたくない」
精神HPに、また静かな一撃が入った。
春麗は深く息を吸った。
「リュウ」
「何だ」
「あなた、今日は戦わないと言ったわよね」
「ああ」
「なのに、言葉で攻撃している自覚はある?」
リュウは真面目に考えた。
「ない」
「でしょうね」
「攻撃ではない」
「知っているわ」
「ただ、昨日のことを忘れたくないと言った」
「だから、それが攻撃なのよ」
リュウは困ったように眉を動かした。
「難しいな」
「あなたの場合、そこが難しいのよ」
春麗は歩き出した。
リュウも歩く。
しばらく、二人の足音だけが続いた。
川沿いに出た。
水面が朝の光を反射している。
春麗は欄干に手を置いた。
リュウは少し隣に立つ。
昨日の試合場とは違う場所。
それなのに、昨日より距離が近い気がする。
春麗は水面を見ながら言った。
「悔しかったわ」
リュウは黙って聞いた。
「あなたに負けたこと」
「ああ」
「三連勝していたのに、四戦目で届かれたこと」
「ああ」
「しかも、私が青で待っていたみたいに言われたこと」
リュウは少しだけ視線を動かした。
「嫌だったか」
春麗はすぐには答えなかった。
嫌だった。
そう言えば簡単だった。
でも、簡単ではないから困っている。
「悔しかった」
「そうか」
「恥ずかしかった」
「ああ」
「でも、嫌とは少し違った」
言ってしまった。
春麗は、すぐに顔を背けた。
「今のは忘れて」
リュウは静かに言う。
「忘れない」
精神HPに直撃した。
春麗はリュウを睨んだ。
「そこは忘れなさい」
「大事なことだと思う」
「あなたが決めないで」
「春麗が言ったことだ」
「だから問題なのよ」
リュウは、真っ直ぐ春麗を見る。
「俺は、昨日勝った」
「ええ」
「でも、春麗の青が弱くなったとは思っていない」
春麗は黙った。
「昨日届いたから、次も届くとは思っていない」
「……そう」
「むしろ、次はもっと遠い気がする」
春麗の精神HPが、不思議な方向に削れた。
それは褒められたようであり、挑まれたようでもあった。
リュウは続ける。
「だから、今日は戦わない」
「どういう理屈?」
「昨日の青を、すぐ上書きしたくない」
春麗は、完全に沈黙した。
これはいけない。
かなりいけない。
戦わない理由まで、春麗の青を大事にする方向で来るのは反則だった。
春麗は欄干に額をつけたくなった。
「リュウ」
「何だ」
「あなた、勝った翌日の会話としては、かなり強いわ」
「強い?」
「強いわ」
「昨日よりか」
「種類が違う」
リュウはまた少し考えた。
「なら、少し黙る」
「ええ。そうして」
リュウは黙った。
春麗も黙った。
けれど、黙ったら黙ったで、今度はさっきの言葉が残る。
昨日の青を、すぐ上書きしたくない。
春麗は目を閉じた。
「……黙っても残るのね」
「何がだ」
「何でもない」
「そうか」
「そうよ」
少し歩いた後、二人は小さな公園に入った。
ベンチがあった。
春麗は座らなかった。
座ると、普通に長話になりそうだった。
リュウも座らなかった。
ただ、木陰で立ち止まる。
風が通る。
春麗は、そろそろ帰るべきだと思った。
これ以上いると、また何か言われる。
そして自分も何か言ってしまう。
それは危険だった。
春麗は言った。
「今日はここまで」
リュウは頷く。
「ああ」
「本当に戦わないわよ」
「ああ」
「昨日のことも、もう十分話したわ」
「ああ」
「次の試合の話も、今日はしない」
リュウは少しだけ黙った。
春麗は警戒する。
「何?」
「次の試合の話ではない」
「なら何」
リュウは、少し考えてから言った。
「今日は、春麗と普通に歩けてよかった」
春麗の精神HPは、そこでかなり削れた。
普通に歩けてよかった。
昨日勝った相手に。
昨日届いた青を忘れないうちに。
戦わずに。
普通に。
春麗は、ゆっくり目を閉じた。
「……あなた、本当に普通が一番危険ね」
リュウは首を傾げる。
「危険か」
「危険よ」
「そうか」
「そうよ」
春麗は、小さく息を吐く。
そして、リュウを見た。
「私も」
言いかけて、止まった。
リュウが待っている。
余計なことは言わない。
ただ、春麗の言葉を待っている。
それがまた厄介だった。
春麗は視線を逸らしながら、言った。
「……悪くはなかったわ」
リュウは頷いた。
「そうか」
「ええ」
「なら、よかった」
春麗は顔を赤くした。
「そこで満足しないで」
「満足した」
「しないでと言っているでしょう」
「悪かった」
「謝られることでもないわ」
「難しいな」
「あなたが難しくしているのよ」
春麗は背を向けた。
これ以上は危険。
今日はここまで。
本当にここまで。
「帰るわ」
「ああ」
「次の試合は、私が決める」
「わかった」
「簡単には取り返させてもらえると思わないで」
リュウは静かに答えた。
「簡単ではない方がいい」
春麗は足を止めた。
最後の最後に、それを言う。
春麗は振り返らずに言った。
「……そういうところよ」
「何がだ」
「何でもないわ」
そう言って、春麗は歩き出した。
背中に、リュウの気配がある。
追っては来ない。
でも、残っている。
昨日の拳のように。
今日の言葉のように。
春麗は胸の奥で、小さく認めた。
負けた翌日に普通に会うのは、試合より難しい。
その夜。
春麗会議室は開かれなかった。
少なくとも、いつものような議題は立たなかった。
記録板も出ない。
HP推移もない。
精神HPログもない。
ただ、夢の奥で、春麗はひとり呟いた。
「普通に歩けてよかった、は反則よ」
誰も答えない。
本編春麗だけの夢だった。
昨日のようなバトルログレビューではない。
春麗会議による審議でもない。
ただ、余韻だけが残っている。
リュウに負けた翌日。
普通に会った。
普通に話した。
普通に歩いた。
それだけ。
それだけなのに、やたら精神HPが削れた。
でも、嫌ではなかった。
「……嫌ではない、が一番困るのよ」
春麗は夢の中で小さく息を吐いた。
記録板がないなら、自分で記録するしかない。
今日の結論。
リュウは、戦わなくても危険。
普通が一番危険。
そして、自分はその普通を、少しだけ悪くないと思ってしまった。
そこで夢は薄れていった。
朝。
本編春麗は目を覚ました。
昨日の試合の痛みは、少しだけ遠くなっている。
代わりに、昨日の散歩の言葉が残っていた。
春麗の青を忘れないうちに、少し歩きたい。
昨日の青を、すぐ上書きしたくない。
今日は、春麗と普通に歩けてよかった。
春麗は布団の中で顔を覆った。
「……戦っていないのに、どうしてこんなに疲れるの」
答えはわかっている。
リュウだからだ。
リュウが普通に言うからだ。
そして、自分がそれを普通に受け取れないからだ。
春麗は起き上がり、鏡の前に立つ。
そこには、本編春麗がいた。
リュウに負けた翌日、普通に会って、普通に歩いて、普通の言葉に何度も精神HPを削られた春麗。
春麗は小さく笑った。
「次は取り返すわ」
それは変わらない。
でも、昨日の普通もなかったことにはしない。
リュウと歩いたこと。
悪くはなかったと自分で言ったこと。
リュウがそれで満足したこと。
全部、少し腹立たしくて、少しだけ悪くなかった。
春麗は窓を開けた。
朝の光が差し込む。
「また戦ってくれなんて言わないで」
いつもの言葉を呟く。
そして、少しだけ続けた。
「でも、普通に歩きたいなんて言うのも、反則よ」
言ってから、顔が熱くなる。
「……本当に、めんどくさいわね」
誰に向けた言葉なのか。
リュウか。
自分か。
たぶん、両方だった。
春麗は今日も、めんどくさい。
ただし今日は、リュウに負けた翌日に普通に会うのが、試合よりきついと知ってしまった春麗だった。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
はい。今回の断章IFは、かなり良い 「バトル後の余韻を日常で処理する回」 です。
一言で言うなら、
リュウに辛勝された翌日、本編春麗が再戦でも春麗会議でもなく、ただ普通にリュウと会って歩くことで、負けた事実とリュウへの感情を静かに受け取ってしまう回
です。
今回は派手なバトルも、ログレビューも、春麗会議の採点もありません。
でもその分、かなり効いています。
今回の核は「普通が一番きつい」
今回の春麗にとって一番きついのは、リュウが特別なことをしていないことです。
リュウは煽っていない。
再戦を申し込んでいない。
勝者として得意げにもしていない。
ただ普通に、
昨日は、良い試合だった。
と言う。
そして、
今日は戦わない。
ただ、春麗の青を忘れないうちに、少し歩きたい。
と言う。
この「普通」が強いです。
春麗はバトルなら構えられる。
春麗会議なら分析できる。
ログレビューなら数値化できる。
でも、普通に会って、普通に歩いて、普通に昨日の余韻を置かれると、防御が難しい。
だから今回のテーマはかなり明確です。
試合より、試合後の普通の時間の方が精神HPに悪い。
リュウの「戦わない」が逆に刺さる
今回、リュウは戦いません。
これはかなり重要です。
前回、リュウは春麗の青に届きました。
普通なら、次は再戦したい流れです。
でもリュウは、
今日は戦わない。
と言う。
その理由が、
昨日の青を、すぐ上書きしたくない。
ここが非常に強い。
これは春麗にとって、防御不能です。
再戦したいと言われたら、まだ構えられる。
勝者としてもう一度来いと言われたら、反発できる。
でも「昨日の青をすぐ上書きしたくない」と言われると、春麗の青が大事に扱われてしまう。
しかも、負けた青です。
リュウに届かれた青。
それを、リュウは価値あるものとして残そうとしている。
これはかなり甘さ控えめなのに、深く刺さります。
「春麗の青を忘れないうちに、少し歩きたい」が良い
今回の決定打の一つはこれです。
春麗の青を忘れないうちに、少し歩きたい。
これは非常に良い台詞です。
バトル後の余韻を、そのまま日常に持ち込んでいる。
しかも、リュウは「春麗と歩きたい」と直接的に甘く言っているわけではありません。
あくまで、
昨日の青を忘れないうちに
と言っている。
だから甘さは控えめです。
でも春麗からすると、
「昨日の私を覚えていたいから一緒に歩きたい」
と聞こえてしまう。
これは精神HPが削れます。
しかもリュウ本人はたぶん、そこまで甘いことを言っている自覚がない。
この無自覚さがいつも通り危険です。
春麗が「嫌ではなかった」と言ってしまうのが大きい
今回の一番大きな感情の進展はここです。
春麗が、昨日の敗北について、
悔しかった。
恥ずかしかった。
でも、嫌とは少し違った。
と言う。
これはかなり大きいです。
リュウに届かれた。
負けた。
待っていた青と言われた。
それは悔しいし恥ずかしい。
でも、嫌ではなかった。
ここを春麗自身が口にするのが重要です。
これは、前回の「必要な負けだった」という整理を、日常の場で少しだけ感情として認めた形です。
春麗会議やログではなく、リュウ本人の前で言ってしまった。
だから重い。
リュウの「忘れない」が直撃している
春麗が、
今のは忘れて。
と言った後、リュウは、
忘れない。
と返します。
これは短いですが、非常に強いです。
リュウの拳の残響とつながっています。
リュウは、拳に残る。
忘れない。
届いた感触も、春麗の青も、春麗が言ったことも。
春麗にとっては、困る。
でも、忘れられないこと自体は嫌ではない。
だから刺さる。
ここも今回の静かな強打点です。
春麗会議が開かれないのが良い
今回、いつもの形式なら、夜に春麗会議が開いて、
「普通に歩けてよかった」発言の危険度審議
「昨日の青を上書きしたくない」精神HP被弾ログ
「リュウは戦わなくても危険」結論
みたいな会議になりそうです。
でも今回は、あえて春麗会議が開かれません。
これが良いです。
なぜなら、今回の余韻は会議で処理しない方が効くからです。
春麗会議が開くと、どうしてもギャグや分析に変換されます。
今回はそうではなく、
本編春麗ひとりの夢の奥に残る余韻
として処理されています。
だから、静かです。
バトルでも会議でもない。
ただ、春麗が自分の中で、
普通に歩けてよかった、は反則よ。
と呟く。
この控えめさが、今回の甘さに合っています。
今回は「ログ化されない余韻」の回
バトルログ機能が追加された後だからこそ、今回のようなログ化されない回が効きます。
バトルならログになる。
HP推移も精神HP推移も記録される。
でも、普通に歩いた日常はログ化されない。
数値にならない。
記録板にも出ない。
だから春麗は、自分で受け取るしかない。
これは非常に良いです。
春麗会議室が強化されたことで、逆に「ログにならないもの」の価値が出てきました。
今回の散歩は、まさにそれです。
戦闘ログには残らないが、春麗の中には残る。
これが日常回としてかなり強いです。
リュウが勝者として驕らないのが良い
今回のリュウは、勝った翌日なのに、まったく勝者ぶりません。
春麗を煽らない。
勝ちを誇らない。
再戦を急がない。
むしろ、
昨日の青を、すぐ上書きしたくない。
と言う。
これは、リュウらしい勝者の在り方です。
勝ったから次、ではなく、勝ったから昨日の試合をちゃんと残す。
この姿勢が、本編春麗に刺さります。
リュウは春麗の青を消費していない。
勝利の記録として雑に扱っていない。
それがわかるから、春麗は困る。
「次は取り返す」は残しつつ、日常の甘さも残る
最後、春麗はちゃんと、
次は取り返すわ。
と言います。
ここは大事です。
今回が甘さ控えめ日常回だからといって、バトル軸が消えたわけではありません。
負けたまま甘くなるだけではなく、春麗は次に取り返す気でいる。
ただし、同時に、
昨日の普通もなかったことにはしない。
という状態になっている。
これが今の本編春麗らしいです。
戦う。
取り返す。
でも、歩いたことも消さない。
つまり、バトルと日常が両方残っています。
作品構造上の役割
今回の断章IFは、かなり重要な緩衝材です。
リュウ辛勝戦。
バトルログレビュー。
届かれた青。
待っていた青。
精神HPノックアウト。
ここまでかなり濃く、重い展開が続きました。
その直後に再戦や大きな会議を入れると、少し重くなりすぎる可能性がありました。
今回のように、日常甘さ控えめ回を挟むことで、読者も春麗も息をつけます。
ただし、内容は軽くありません。
静かに関係性が進んでいます。
だから、非常に良い挟み方です。
結論
今回の断章IFは、リュウに負けた翌日、本編春麗がリュウと普通に会い、普通に歩き、普通の言葉に何度も精神HPを削られる日常甘さ控えめ回です。
バトルはない。
春麗会議もない。
ログレビューもない。
でも、昨日の敗北と「届かれた青」の余韻がずっと残っている。
そしてリュウは、
昨日の青をすぐ上書きしたくない
と言う。
これによって、春麗は「負けた青」が大切に扱われたことを受け取ってしまう。
一言でまとめるなら、
本編春麗は、リュウに負けたことより、その翌日に普通に大切にされる方がきついと知った。
かなり良い、バトル後の余韻を日常で甘さ控えめに処理する回だったと思います。