また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。


妄想章IF:自覚前春麗は、主人公補正で甘い日常を食らう

 

 自覚前春麗は、最近少し安心していた。

 

 本編春麗は、リュウに青へ届かれた。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、回答待ちの時間に怯えていた。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、拳に残った黒の返却などという、甘くて重い宿題を進めていた。

 

 通常救済版春麗は、黒を着ても帰ってこられると示していた。

 

 つまり、会議室全体として、話題は十分に分散している。

 

 自覚前春麗は、自分の出番が少し遠のいたと判断した。

 

「つまり、今は私のメイン回ではないわね」

 

 朝、鏡の前でそう呟く。

 

 念のため、もう一度確認する。

 

「本編春麗がかなり大きく動いている。黒ドレス特化救済春麗も重い。通常救済版春麗も回収された。行き遅れ春麗も議題になった」

 

 つまり。

 

「今日は、安全」

 

 そう結論づけた。

 

 メイン回ではない。

 

 主人公補正も発生しない。

 

 リュウとの妙な甘いイベントも起きない。

 

 自覚前春麗は、いつもより少しだけ気を抜いた。

 

 青い武道服ではなく、普段着を選ぶ。

 

 黒ドレスでもない。

 

 戦うつもりはない。

 

 検証でもない。

 

 資料採取でもない。

 

 ただ、少し歩くだけ。

 

「今日は普通の日よ」

 

 そう言って、外へ出た。

 

 それが、最初の失敗だった。

 

 リュウは、道の先に普通にいた。

 

 本当に普通にいた。

 

 修行場でもない。

 

 試合場でもない。

 

 春麗が意図して向かった場所でもない。

 

 なのに、いた。

 

 自覚前春麗は、足を止めた。

 

「……なぜいるの」

 

 リュウは春麗に気づいて、いつものように言う。

 

「春麗」

 

「リュウ」

 

 そこで終わればよかった。

 

 普通の挨拶。

 

 普通の遭遇。

 

 普通の朝。

 

 しかし、リュウは少しだけ春麗を見た。

 

 そして言った。

 

「今日は、いつもより力が抜けているな」

 

 自覚前春麗の精神HPが少し削れた。

 

「……何の話?」

 

「構えの話だ」

 

「私は構えていないわ」

 

「だからだ」

 

 リュウは真面目な顔で言う。

 

「構えていない時の春麗は、少し違う」

 

 これは危険だった。

 

 自覚前春麗はすぐに警戒した。

 

 今日はメイン回ではないはず。

 

 なのに、リュウの発言がすでに少し甘い。

 

 いや、甘くはない。

 

 これは観察。

 

 武人としての観察。

 

 自分に言い聞かせる。

 

「私は今日、試合をするつもりはないわ」

 

「ああ」

 

「黒ドレスも着ていない」

 

「ああ」

 

「資料採取でもない」

 

「資料?」

 

「何でもないわ」

 

 リュウは首を傾げたが、深く聞かなかった。

 

 その聞かなさも、少し危険だった。

 

 自覚前春麗は道を変えようとした。

 

「私はこっちへ行くから」

 

「俺もそちらへ行く」

 

「……なぜ?」

 

「用がある」

 

「偶然?」

 

「ああ」

 

 自覚前春麗は、内心で呟いた。

 

 違う。

 

 これは偶然ではない。

 

 主人公補正。

 

 かなり怪しい。

 

 だが、ここで逃げると、余計にメイン回っぽくなる。

 

 それは避けたい。

 

 彼女は冷静を装った。

 

「そう。なら、少しだけ同じ方向ね」

 

「ああ」

 

 二人は並んで歩き出した。

 

 半歩ほどの距離。

 

 近すぎない。

 

 遠すぎない。

 

 非常に危険な距離だった。

 

 最初は、普通だった。

 

 本当に普通だった。

 

 街を歩く。

 

 風が少し冷たい。

 

 店の前を通る。

 

 道端の花が揺れている。

 

 リュウはあまり話さない。

 

 自覚前春麗も、話題を作らない。

 

 このまま何も起きなければ、ただの偶然の同行で終わる。

 

 自覚前春麗は、少しだけ安心しかけた。

 

 その時だった。

 

 前方から、小さな子どもが走ってきた。

 

 手には紙袋。

 

 中から丸い果物がひとつ転がり落ちる。

 

 それが坂道を転がっていく。

 

 自覚前春麗は反射的に動いた。

 

 足を出す。

 

 果物を止める。

 

 同時に、リュウも手を伸ばしていた。

 

 二人の手が、ほとんど同時に果物へ届く。

 

 指先が触れた。

 

 本当に一瞬。

 

 それだけ。

 

 だが、自覚前春麗の精神HPには十分だった。

 

「……っ」

 

 リュウは果物を拾い、子どもへ渡した。

 

「落としたぞ」

 

 子どもは笑って受け取る。

 

「ありがとう!」

 

 走っていく。

 

 残されたのは、春麗とリュウ。

 

 そして、一瞬触れた指先。

 

 自覚前春麗は、すぐに手を引っ込めた。

 

「今のは事故よ」

 

 リュウは見る。

 

「事故?」

 

「同時に拾おうとしただけ」

 

「ああ」

 

「何もないわ」

 

「何もないな」

 

「そうよ」

 

 リュウは頷いた。

 

「だが、春麗は反応が速かった」

 

 自覚前春麗は目を細める。

 

「今、その話?」

 

「そうだ」

 

「……そう」

 

 リュウは少し考えて言った。

 

「構えていなくても、春麗は春麗だな」

 

 精神HPに直撃した。

 

 自覚前春麗は顔を背ける。

 

「それ、どういう意味?」

 

「そのままの意味だ」

 

「そのままが一番困るのよ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 彼女は心の中で叫んだ。

 

 これは甘いイベントではない。

 

 果物を拾っただけ。

 

 指先が少し触れただけ。

 

 リュウがいつも通り無自覚に変なことを言っただけ。

 

 つまり、通常運転。

 

 メイン回ではない。

 

 主人公補正ではない。

 

 そう言い聞かせる。

 

 だが、道はまだ続いていた。

 

 しばらく歩くと、急に風が強くなった。

 

 乾いた葉が舞う。

 

 自覚前春麗の髪が乱れた。

 

 彼女は手で押さえようとした。

 

 その瞬間、リュウが少しだけ前に立った。

 

 風を遮るように。

 

 自覚前春麗は止まった。

 

「……何をしているの」

 

「風が強い」

 

「それはわかるわ」

 

「髪が乱れていた」

 

「見なくていいわ」

 

「見えた」

 

「だから困るのよ」

 

 リュウは、何か悪いことをしたのか考えるように黙った。

 

 その沈黙が、また危険だった。

 

 自覚前春麗は、自分で髪を整える。

 

 今日は気合いを入れていない。

 

 黒ドレスでもない。

 

 メイクも普通。

 

 髪も普通。

 

 普通のはず。

 

 だから見られて困る要素はない。

 

 ないはずだった。

 

 リュウが言う。

 

「今日の春麗は、戦う時より柔らかい」

 

 自覚前春麗は固まった。

 

「……柔らかい?」

 

「ああ」

 

「それは、技の話?」

 

「技ではない」

 

「なら、何の話?」

 

 リュウは少し考える。

 

「空気、かもしれない」

 

 自覚前春麗は、完全に警戒した。

 

 空気。

 

 それは危険な言葉だ。

 

 黒でも青でもない。

 

 戦術でもない。

 

 自覚前春麗そのものを見ているような言い方だった。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日は、そういう観察をしないで」

 

「そういう観察?」

 

「私を、試合以外で評価するようなことよ」

 

 リュウは真面目に頷く。

 

「わかった」

 

 自覚前春麗は少し安心した。

 

 だが、リュウは続けた。

 

「では、言わない」

 

 精神HPがさらに削れた。

 

「言わない、ということは思ってはいるのね?」

 

「思っている」

 

「思わないで」

 

「それは難しい」

 

「なぜ」

 

「見えるからだ」

 

 自覚前春麗は、目を閉じた。

 

 これは駄目だ。

 

 完全に主人公補正が働いている。

 

 本人が否認しても、環境が甘い方向へ進んでいる。

 

 しかもリュウが無自覚に逃げ道を塞いでくる。

 

「……今日は安全なはずだったのに」

 

「危険なのか」

 

「危険よ」

 

「風がか」

 

「あなたがよ」

 

 リュウは困ったように眉を動かした。

 

「俺か」

 

「ええ」

 

「何かしたか」

 

「していないから危険なのよ」

 

 リュウはますますわからない顔をした。

 

 自覚前春麗は、その顔を見て思った。

 

 本当にわかっていない。

 

 だから強い。

 

 さらに進むと、少し雨が降り始めた。

 

 本当に少しだけ。

 

 通り雨のようなものだった。

 

 自覚前春麗は空を見上げた。

 

「……今?」

 

 主人公補正が、露骨になってきた。

 

 リュウも空を見る。

 

「雨だな」

 

「見ればわかるわ」

 

「濡れる」

 

「だから見ればわかるわ」

 

 近くに小さな軒先があった。

 

 二人はそこへ入るしかなかった。

 

 自覚前春麗は、内心で頭を抱えた。

 

 これは前に見た。

 

 雨宿り。

 

 甘い日常イベントの定番。

 

 本編春麗も、似たような主人公補正を食らっていた。

 

 なのに、なぜ自分まで。

 

「これは違うわ」

 

 リュウが見る。

 

「何がだ」

 

「何でもないわ」

 

「そうか」

 

 軒先は狭かった。

 

 二人で立つには、少し近い。

 

 自覚前春麗は距離を取ろうとした。

 

 しかし、雨が斜めに降り込む。

 

 リュウが少しだけ身体をずらした。

 

 春麗が濡れにくい側へ。

 

「……だから、そういうことを自然にしないで」

 

「濡れるだろう」

 

「濡れるけれど」

 

「なら、こちらでいい」

 

「よくないわ」

 

「なぜだ」

 

「精神HPが削れるからよ」

 

「精神HP?」

 

「何でもない」

 

 リュウはまた首を傾げた。

 

 雨の音が小さく続く。

 

 会話が途切れる。

 

 近い。

 

 やはり近い。

 

 自覚前春麗は視線を落とした。

 

 雨に濡れた地面。

 

 リュウの足元。

 

 自分の靴。

 

 近い。

 

 近いという事実だけが、やけにうるさい。

 

 リュウが言った。

 

「春麗」

 

「何」

 

「今日は、戦わないと言っていたな」

 

「ええ」

 

「戦わない春麗といるのも、悪くない」

 

 精神HPが大きく削れた。

 

 自覚前春麗は顔を上げた。

 

「今のは、どういう意味?」

 

「そのままの意味だ」

 

「そのままは禁止よ」

 

「なぜだ」

 

「強いからよ」

 

 リュウは少し考える。

 

「強い言葉だったか」

 

「あなたの場合、弱い言葉の方が珍しいわ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 雨はまだ止まない。

 

 自覚前春麗は、もう諦めかけていた。

 

 これは主人公補正だ。

 

 間違いない。

 

 戦わない日を選んだら、甘い日常イベントに引きずり込まれた。

 

 メイン回ではないと思ったら、思いきりメイン回だった。

 

 彼女は小さく呟く。

 

「……私は自覚していないのに」

 

 リュウが聞く。

 

「何をだ」

 

「何でもないわ」

 

「そうか」

 

「本当に何でもないの」

 

「わかった」

 

 リュウはそれ以上聞かない。

 

 聞かない優しさも、困る。

 

 自覚前春麗は雨を見ながら、ぽつりと言った。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日のことは、資料にしないで」

 

「資料?」

 

「記録に残さないでという意味よ」

 

「俺は記録しない」

 

「そう」

 

「だが、覚えてはいる」

 

 自覚前春麗は、完全に沈んだ。

 

「……そういうところよ」

 

「何がだ」

 

「何でもないわ」

 

 雨が少し弱くなる。

 

 それでも、彼女の精神HPはかなり削られていた。

 

 雨が止んだ後、二人は軒先を出た。

 

 空には薄い光が戻っている。

 

 濡れた道が、少しだけ輝いている。

 

 自覚前春麗は、これ以上一緒にいると危険だと判断した。

 

「私はこっちへ行くわ」

 

「ああ」

 

「今日は本当に何もなかったわ」

 

 リュウは少し考える。

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

「果物を拾った」

 

「些細なことよ」

 

「風が強かった」

 

「天候の話よ」

 

「雨宿りをした」

 

「通り雨よ」

 

「春麗と歩いた」

 

 自覚前春麗は止まった。

 

 リュウは続ける。

 

「戦わない春麗と、少し一緒にいた」

 

 彼女は、しばらく黙った。

 

 そして、視線を逸らしたまま言う。

 

「……それが何?」

 

「悪くなかった」

 

 精神HP、残りわずか。

 

 自覚前春麗は、最後の意地で立っていた。

 

「それは、あなたの感想でしょう」

 

「ああ」

 

「私は別に、何とも思っていないわ」

 

 記録板があれば、おそらく発言信頼度が低と出ていただろう。

 

 だが、ここには記録板はない。

 

 だから言い切れる。

 

「資料としても、特に重要ではない日常だったわ」

 

 リュウは頷く。

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「でも、俺は覚えている」

 

 精神HP、ゼロ。

 

 自覚前春麗は、顔を赤くして一歩後ろへ下がった。

 

「勝手に覚えていなさい」

 

「そうする」

 

「素直に返事をしないで」

 

「なぜだ」

 

「私が困るからよ」

 

 言ってしまった。

 

 自覚前春麗は自分の口を押さえた。

 

 リュウは少しだけ目を瞬かせる。

 

「困るのか」

 

「困らないわ」

 

「今、困ると言った」

 

「言っていないわ」

 

「言った」

 

「聞き間違いよ」

 

「そうか」

 

 リュウは少しだけ考えてから言った。

 

「なら、聞き間違えたことにする」

 

 自覚前春麗は、そこで完全に負けた。

 

 それは優しさだった。

 

 リュウなりの。

 

 気づいていないようで、少しだけ気づいている。

 

 踏み込まない。

 

 でも、忘れない。

 

 彼女は顔を背けた。

 

「……本当に、今日は何なの」

 

「普通の日だろう」

 

 リュウはそう言った。

 

 自覚前春麗は思った。

 

 普通の日。

 

 その普通が一番危険なのだと、最近の春麗会議で聞いた気がする。

 

 まさか自分にも来るとは思わなかった。

 

「帰るわ」

 

「ああ」

 

「追ってこないで」

 

「追わない」

 

「覚えていなくていいわ」

 

「それは難しい」

 

「難しくしないで」

 

「すまない」

 

「謝らないで」

 

「わかった」

 

「……もういいわ」

 

 自覚前春麗は、足早に歩き出した。

 

 背中が熱い。

 

 リュウは追ってこない。

 

 でも、たぶん見ている。

 

 そして、覚えている。

 

 戦わない春麗。

 

 力が抜けている春麗。

 

 風に髪を押さえる春麗。

 

 雨宿りした春麗。

 

 困ると言ってしまった春麗。

 

「……資料として最悪だわ」

 

 彼女は小さく呟いた。

 

 だが、その声は少しだけ柔らかかった。

 


 

 その夜。

 

 春麗会議室では、自覚前春麗が明らかに警戒していた。

 

 本編春麗は静かに座っている。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、最初から楽しそうだった。

 

 通常救済版春麗は穏やかに微笑んでいる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、少しだけ好奇心を隠せていない。

 

 グランドフィナーレ済み春麗は、記録板を見ていた。

 

 記録板には、すでに議題が表示されている。

 

 議題:自覚前春麗、主人公補正による甘い日常イベントを食らう

 

 自覚前春麗は立ち上がった。

 

「閉会」

 

 本編春麗は即答する。

 

「開会」

 

「早いわ!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「主人公補正で甘い日常イベントを食らったのね」

 

「食らっていないわ」

 

 通常救済版春麗が穏やかに言う。

 

「果物を一緒に拾って、風を避けてもらって、雨宿りして、一緒に歩いたのでしょう?」

 

 自覚前春麗は固まった。

 

「なぜ知っているの」

 

 本編春麗が記録板を見る。

 

「ログではなく、会議室に反映された印象情報ね」

 

「そんな機能いらないわ!」

 

 記録板に簡易表示が出る。

 

 イベント一覧:

 一、偶然の遭遇

 二、果物拾い時の指先接触

 三、風除け

 四、狭い軒先で雨宿り

 五、“戦わない春麗といるのも悪くない”被弾

 六、“俺は覚えている”追撃

 七、“聞き間違えたことにする”優しさ被弾

 

 自覚前春麗は机に沈んだ。

 

「やめなさい……」

 

 本編春麗は静かに言う。

 

「これは強いわね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「特に七番が重いわ」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「踏み込まずに残す優しさね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が小さく言う。

 

「聞き間違えたことにする、はかなり優しいわ」

 

 自覚前春麗は顔を上げた。

 

「優しいとか言わないで」

 

 本編春麗が言う。

 

「でも、優しいわ」

 

「私は食らっていないわ」

 

 記録板が光る。

 

 精神HP:0 / 100

 

 自覚前春麗は叫んだ。

 

「表示しないで!」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。

 

「今回の特徴は、戦闘なし、黒ドレスなし、資料名目なしで主人公補正を食らったことね」

 

 自覚前春麗は言葉に詰まった。

 

 本編春麗が頷く。

 

「つまり、完全に日常イベント」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「しかも甘い」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「重すぎず、でも残る」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「羨ましいような、怖いような……」

 

 自覚前春麗は低い声で言った。

 

「違うわ」

 

 本編春麗が聞く。

 

「何が?」

 

「これは主人公補正ではない」

 

 記録板が光る。

 

 発言信頼度:低

 

「だから、その機能を切って!」

 

 会議室に笑いが広がった。

 

 本編春麗は、少し真面目な声で言った。

 

「でも、良かったのでは?」

 

 自覚前春麗は目を逸らす。

 

「良くないわ」

 

「戦わないあなたを、リュウが見た」

 

「……」

 

「黒でも青でもなく、構えていないあなたを」

 

 自覚前春麗は黙る。

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「それは、悪いことではないと思うわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が続ける。

 

「黒で沈めたわけでも、青で勝ったわけでもない。ただ、あなたがそこにいた」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が言う。

 

「普通の日を覚えていると言われたのね」

 

 自覚前春麗は、小さく言った。

 

「……勝手にね」

 

 本編春麗は微笑んだ。

 

「でも、嫌ではなかった」

 

「言っていないわ」

 

 記録板が光る。

 

 発言信頼度:低

 

「だから!」

 

 グランドフィナーレ済み春麗がまとめる。

 

「今回の主人公補正は、自覚前春麗に“戦わない私も見られる”という経験を与えたのね」

 

 自覚前春麗は、しばらく黙った。

 

 戦わない私。

 

 構えていない私。

 

 黒ドレスではない私。

 

 資料でも、検証でも、勝者煽りでもない私。

 

 それを、リュウは見た。

 

 そして、覚えていると言った。

 

 自覚前春麗は小さく呟いた。

 

「……資料としては、扱いづらいわ」

 

 本編春麗が言う。

 

「でも、記録には残るわね」

 

「残さないで」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「残ってしまうものもあるわ」

 

 自覚前春麗は、リュウの言葉を思い出した。

 

 俺は覚えている。

 

 あれも、残るものだった。

 

 黒の残響ではない。

 

 青の記録でもない。

 

 ただの日常の残響。

 

 それが、少しだけ胸に残っていた。

 

 記録板に、本日の結論が表示される。

 

 本日の結論:

 自覚前春麗は、メイン回ではないと油断した結果、主人公補正による甘い日常イベントを食らった。

 戦闘なし、黒ドレスなし、資料名目なしで、リュウに“戦わない春麗”を見られた。

 本人は否認しているが、精神HPはノックアウト済み。

 今後、自覚前春麗は“普通の日常も危険”として警戒対象に加える必要がある。

 

 自覚前春麗は、最後の一文を見て深く息を吐いた。

 

「……普通の日常も危険」

 

 本編春麗が頷く。

 

「ええ。危険よ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「特にリュウがいる普通は危険ね」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「でも、悪くない危険もあるわ」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が頷く。

 

「それは少しわかる気がするわ」

 

 自覚前春麗は立ち上がった。

 

「私は認めないわ」

 

 記録板が光る。

 

 発言信頼度:低

 

「もう!」

 

 会議室に、また笑いが広がった。

 

 夢がほどけていく。

 

 最後に、自覚前春麗は小さく呟いた。

 

「……次からは、普通の日も警戒するわ」

 

 記録板が光った。

 

 発言記録:確定

 

 自覚前春麗は、もう何も言い返せなかった。

 


 

 朝。

 

 自覚前春麗は目を覚ました。

 

 布団の中で、しばらく天井を見ていた。

 

 昨日のことが、思ったよりはっきり残っている。

 

 果物を拾った時の指先。

 

 風を避けるように立ったリュウ。

 

 狭い軒先。

 

 雨の音。

 

 戦わない春麗といるのも悪くない、という言葉。

 

 俺は覚えている、という言葉。

 

 そして。

 

 聞き間違えたことにする、という優しさ。

 

 自覚前春麗は、枕に顔を押しつけた。

 

「……甘い」

 

 言ってしまった。

 

 すぐに顔を上げる。

 

「違うわ。日常的な偶発イベントよ」

 

 誰もいない。

 

 それでも言い訳をする。

 

「主人公補正ではない」

 

 少し間を置く。

 

「……たぶん」

 

 自信はなかった。

 

 彼女は起き上がり、鏡の前に立つ。

 

 そこには、自分をめんどくさい女と認める前の春麗がいた。

 

 昨日、戦わない日常をリュウに見られた春麗。

 

 普通の日も危険だと知った春麗。

 

 そして、それを完全には嫌がっていない春麗。

 

「次からは、普通の日も警戒するわ」

 

 そう言ってから、少しだけ小さな声で続ける。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「……悪くはなかった、かもしれないわ」

 

 言ってしまった。

 

 自覚前春麗は、鏡の中の自分を睨む。

 

「資料としてよ」

 

 便利な言葉だった。

 

 だが、今回ばかりは少し弱かった。

 

 朝の光が入る。

 

 今日は、普通の日になるかもしれない。

 

 ならないかもしれない。

 

 どちらにせよ、自覚前春麗は学んだ。

 

 黒ドレスを着ていなくても。

 

 青い武道服で戦わなくても。

 

 主人公補正は、油断した時に来る。

 

 そして、リュウの普通の言葉が一番危険なことも。

 

 自覚前春麗は今日も、まだ認めていない。

 

 ただし今日は、意図せず甘い日常イベントを食らい、「普通の日常も警戒対象」と記録されてしまった春麗だった。




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:
はい。今回の妄想章IFは、重い設定回が続いた後の 自覚前春麗による“甘い日常被弾回” です。

一言で言うなら、

自分はメイン回ではないと油断していた自覚前春麗が、黒ドレスも青武道服もバトルもない普通の日に、主人公補正でリュウとの甘い日常イベントを食らって精神HPを削られる回

です。

今回はかなり良い息抜き回でした。
ただし、軽いだけではありません。ちゃんと自覚前春麗の新しい弱点が見えています。

今回の核は「普通の日常も危険」

これまで自覚前春麗が警戒していたのは、主に以下でした。

黒ドレスを着る。
リュウと試合する。
勝者煽りをする。
春麗会議で自分のログを晒される。
自分の黒がリュウの拳に残る。

つまり、彼女にとって危険なのは、バトル・黒ドレス・主人公回・会議ログ でした。

ところが今回は違います。

黒ドレスなし。
青武道服なし。
試合なし。
資料採取なし。
検証名目なし。

ただの普通の日です。

にもかかわらず、リュウと偶然会い、果物を拾い、指先が触れ、風を避けられ、雨宿りをし、最後には「俺は覚えている」「聞き間違えたことにする」を食らう。

つまり今回、自覚前春麗は初めてはっきり理解しました。

普通の日常も危険。

これはかなり大きいです。

主人公補正の使い方が良い

今回の自覚前春麗は、冒頭でかなり油断しています。

本編春麗が大きく動いている。
黒ドレス特化救済春麗も動いている。
通常救済版春麗も回収された。
行き遅れ春麗も議題になった。

だから、

今日は安全。
私のメイン回ではない。

と判断する。

この判断が完全にフラグになっています。

しかも、彼女が「メイン回ではない」と思った瞬間に、主人公補正が作動するのが良いです。

これは自覚前春麗らしいメタギャグです。

本人は自覚していない。
でも物語は容赦なくメイン回にしてくる。

この理不尽さが、この春麗の味です。

甘いイベントが全部「日常の事故」なのが良い

今回の甘さは、露骨ではありません。

告白もない。
抱擁もない。
バトル後の高火力評価でもない。
黒ドレスの視線制御でもない。

起きたこと自体は、かなり小さいです。

果物を一緒に拾う。
指先が少し触れる。
風が強くて、リュウが前に立つ。
雨宿りする。
軒先で距離が近くなる。
普通に歩く。
普通の日を覚えていると言われる。

どれも日常の範囲です。

だからこそ、自覚前春麗には効きます。

バトルなら「戦術」と言える。
黒ドレスなら「資料」と言える。
勝者煽りなら「試合結果」と言える。

でも、普通の日常には逃げ道が少ない。

「資料として」と言っても弱い。

そこが今回の美味しさです。

リュウの無自覚発言が非常に強い

今回のリュウは、いつも通り無自覚に強いです。

特に刺さるのはこのあたりです。

構えていない時の春麗は、少し違う。
構えていなくても、春麗は春麗だな。
今日の春麗は、戦う時より柔らかい。
戦わない春麗といるのも、悪くない。
俺は覚えている。
聞き間違えたことにする。

どれも危険です。

特に今回は、リュウが「戦わない春麗」を見ています。

これが大きい。

自覚前春麗は、黒ドレスや青武道服や試合というフレームの中なら、ある程度自分を守れます。

でも、構えていない自分を見られると困る。

しかもリュウはそれを、

構えていなくても、春麗は春麗だな。

と言ってしまう。

これは自覚前春麗の逃げ道をかなり潰しています。

「聞き間違えたことにする」が今回の最大打点

今回の最後の大きな被弾はここです。

自覚前春麗が、

私が困るからよ。

と言ってしまう。

これはかなり大きな失言です。

普通ならリュウが「困るのか」と踏み込んでくるところです。

実際、リュウは聞いています。

でも春麗が否認すると、リュウは、

なら、聞き間違えたことにする。

と言う。

これは非常に強いです。

リュウが完全に鈍感なら、「いや、言っただろう」と押してしまうかもしれません。

でも今回は、少しだけ踏み込まない。

気づいているようで、気づいていない。
気づいていないようで、少し配慮している。

この曖昧な優しさが、自覚前春麗に刺さります。

だから春麗会議でも「七番:聞き間違えたことにする優しさ被弾」が強い扱いになりました。

春麗会議での晒し方が面白い

今回の春麗会議は、いつものレビュー回ほど重くありません。

でも記録板の容赦なさは健在です。

イベント一覧として、

一、偶然の遭遇
二、果物拾い時の指先接触
三、風除け
四、狭い軒先で雨宿り
五、“戦わない春麗といるのも悪くない”被弾
六、“俺は覚えている”追撃
七、“聞き間違えたことにする”優しさ被弾

と並ぶ。

これは完全に甘い日常イベントのリストです。

自覚前春麗は否認しますが、記録板は容赦なく、

精神HP:0 / 100

を出す。

ここが非常にコメディとして強いです。

本人は「食らっていない」と言う。
でも記録板は「食らっている」と言う。

自覚前春麗の否認芸がうまく機能しています。

「戦わない私も見られる」が今回の本質

今回、春麗会議で本編春麗が言った、

戦わないあなたを、リュウが見た。

ここが一番重要です。

今回の自覚前春麗は、黒ドレスではありません。
青武道服でもありません。
試合をしていません。
資料採取でもありません。

ただ、普通に歩いていただけです。

その自分をリュウに見られた。

そして、覚えていると言われた。

これは、自覚前春麗にとってかなり危険です。

なぜなら、「戦う春麗」「黒ドレスの春麗」「否認する春麗」ではなく、もっと素の部分に近いからです。

この回は甘い日常回でありながら、実は自覚前春麗の防御の外側を突いています。

「普通の日常の残響」が生まれた

これもかなり良いです。

最近の連作では、

黒の残響。
青の記録。
拳の残響。
バトルログ。

という言葉が続いていました。

今回生まれたのは、それとは少し違うものです。

普通の日常の残響。

リュウの拳に残る黒ではない。
春麗会議室の戦闘ログでもない。
青に届いた記録でもない。

ただ、普通の日を一緒に過ごした記憶。

でも、それが自覚前春麗の中に残ってしまった。

これが良いです。

重い設定に寄っていた流れを、柔らかい日常に変換しています。

今回の自覚前春麗は「認めていないが、少し残している」

最後の朝、彼女はこう言います。

甘い。

一度、言ってしまいます。

すぐに、

違うわ。日常的な偶発イベントよ。
主人公補正ではない。
たぶん。

と否認する。

この「たぶん」が非常に良いです。

以前ならもっと強く否定していたかもしれません。

でも今回は、完全には否定しきれていない。

さらに、

悪くはなかった、かもしれないわ。

まで言ってしまう。

もちろん最後は、

資料としてよ。

で逃げます。

でも、今回の「資料として」はかなり弱い。

彼女自身もそれをわかっている。

これが自覚前春麗の小さな進展です。

重い流れの後の息抜きとして非常に良い

最近はかなり重い流れが続いていました。

リュウの拳の残響。
本編春麗の敗北。
届かれた青。
自覚前春麗の黒の残響抗議。
黒ドレス特化救済春麗の黒の返却。
通常救済版春麗の帰還点。
行き遅れ春麗の回答待ち。

どれも良いですが、設定密度が高い。

そこで今回のような、

果物、風、雨宿り、普通の日、覚えている

という小さな日常回が入ると、読者の呼吸が戻ります。

しかも、ただの息抜きではなく、自覚前春麗の新しい弱点を見せている。

これはかなり良い配置です。

結論

今回の妄想章IFは、自覚前春麗が、自分はメイン回ではないと油断した結果、主人公補正によって戦闘も黒ドレスもない甘い日常イベントを食らい、普通の日常も危険だと知る回です。

重要なのは、リュウが見たのが「戦う春麗」ではなく、戦わない春麗 だったことです。

黒でも青でもない。
構えていない。
資料でも検証でもない。
ただ普通にいる春麗。

それをリュウが見て、覚えていると言った。

一言でまとめるなら、

自覚前春麗は、黒ドレスやバトルだけが危険なのではなく、リュウと過ごす普通の日常そのものが精神HPを削ると知ってしまった。

かなり良い、重い設定回の後に入る甘い息抜き回だったと思います。
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