また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
自分をめんどくさい女と自覚する前の春麗のエピソードになります。



妄想章IF:自覚前春麗は、届かれた黒を認めたくない

 

 朝。

 

 自覚前春麗は、布団の中で目を開けた。

 

 起きたくなかった。

 

 理由は明白だった。

 

 昨日の春麗会議室。

 

 あの記録板。

 

 あまりにも容赦のないログレビュー。

 

 目を閉じても、文字が浮かぶ。

 

 見た後に残る黒。

 

 黒の三層。

 

 リュウ残HP:4 / 100。

 

 今日の黒は、覚えていた黒より強かった。

 

 拳には残ると思う。

 

 春麗は布団を頭までかぶった。

 

「……最悪だわ」

 

 声が、布団の中で小さく響いた。

 

 負けた。

 

 黒ドレス三連勝目を逃した。

 

 しかも、ただ負けたわけではない。

 

 ログ上では、自分の黒が第三段階へ進んでいたことまで確認されてしまった。

 

 強く見せる黒。

 

 抑えて追わせる黒。

 

 見た後に残る黒。

 

 三段階。

 

 分類確度、高。

 

「分類しなくていいのよ」

 

 誰に言うでもなく、春麗は呟く。

 

 自分の黒が進んでいた。

 

 それは悪いことではない。

 

 むしろ、戦術としては成果だった。

 

 リュウの拳に残った過去の黒と、今の黒の差分を使う。

 

 残響を持つ相手ほど迷わせる黒。

 

 それは確かに、強かった。

 

 リュウの残HPは4だった。

 

 あと少しだった。

 

 あと一歩で勝っていた。

 

 でも、勝てなかった。

 

 最後にリュウが、今の自分を見て届いた。

 

 春麗は布団の中で顔を赤くした。

 

「届かれた黒、なんて認めないわ」

 

 そう言ってみる。

 

 けれど、言葉は弱かった。

 

 本編春麗の「届かれた青」と、同じ構造に置かれたことが腹立たしい。

 

 しかも、少しわかってしまうのがもっと腹立たしい。

 

 届かれたから、終わりではない。

 

 届かれたから、次が生まれる。

 

 そういう話なのだと。

 

「……次なんて考えていないわ」

 

 言ってから、少し間が空く。

 

「資料として、前回ログの確認をする必要はあるけれど」

 

 完全に言い訳だった。

 

 春麗は、ようやく布団から出た。

 

 鏡の前に立つ。

 

 今日は黒ドレスではない。

 

 黒ドレスは、部屋の隅に掛かっている。

 

 そこにあるだけで、昨日の試合を思い出す。

 

 黒の三層。

 

 決着蹴り。

 

 リュウの拳。

 

 地面に触れた黒い裾。

 

「今日は着ないわ」

 

 春麗は言った。

 

「戦わない。検証もしない。黒ドレスも着ない」

 

 一拍。

 

「つまり、安全」

 

 その言葉に、自分で少し不安になった。

 

 最近、その手の判断は当たらない。

 

 普通の日が一番危険だったりする。

 

 しかし、今日は本当に何もしないつもりだった。

 

 リュウに会うとしても、普通に会う。

 

 昨日の話はしない。

 

 黒の話もしない。

 

 拳に残るとか言わせない。

 

「今日は、普通の日よ」

 

 そう言って、春麗は部屋を出た。

 


 

 リュウは、普通にいた。

 

 本当に、普通に。

 

 道の先。

 

 いつものように。

 

 昨日、黒ドレス三戦目で自分に勝った男とは思えないほど、自然に立っていた。

 

 春麗は、その普通さに少し腹が立った。

 

 こちらは朝から布団の中で沈んでいたというのに。

 

 リュウは春麗に気づくと、いつもの声で言う。

 

「春麗」

 

「リュウ」

 

 それだけ。

 

 普通の挨拶。

 

 今日は黒ドレスではない。

 

 試合でもない。

 

 資料でもない。

 

 日常。

 

 だから大丈夫。

 

 春麗は自分に言い聞かせた。

 

 リュウは、春麗を見た。

 

 ほんの少し。

 

 そして言った。

 

「昨日の黒は、まだ拳に残っている」

 

 春麗は即死しかけた。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 朝の風が通る。

 

 鳥の声がする。

 

 世界は何も知らない顔で動いている。

 

 春麗だけが、完全に停止していた。

 

 やっとのことで口を開く。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日は、その話は禁止よ」

 

「そうなのか」

 

「そうよ」

 

「だが、残っている」

 

「だから禁止と言っているの」

 

 リュウは自分の拳を見た。

 

「言わない方がいいのか」

 

「言わない方がいいわ」

 

「わかった」

 

 春麗は少しだけ安心した。

 

 しかし、リュウは続けた。

 

「言わないが、残っている」

 

 春麗は顔を覆いたくなった。

 

「あなた、言わないの意味をわかっている?」

 

「今のは、確認だ」

 

「確認も禁止」

 

「わかった」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 リュウは真面目に頷いた。

 

 その真面目さが一番困る。

 

 春麗は、深く息を吐いた。

 

「昨日のことは、もう終わったことよ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「春麗はそう思うのか」

 

「ええ」

 

「俺は、終わったとは思っていない」

 

 精神HPに、静かに一撃が入った。

 

 春麗は目を細める。

 

「どういう意味?」

 

「試合は終わった」

 

「ええ」

 

「勝敗もついた」

 

「ええ。あなたが勝ったわ。言わせないで」

 

「だが、拳には残っている」

 

 春麗は、もう一度顔を覆った。

 

「戻るのね、そこに」

 

「残っているからな」

 

「あなたにとって、拳に残るというのはそんなに重要なの?」

 

 リュウは少し考えた。

 

「重要だ」

 

「……そう」

 

「届いたものも、届かなかったものも、拳には残る」

 

「昨日は届いたでしょう」

 

 リュウは首を振った。

 

「全部ではない」

 

 春麗は、言葉に詰まった。

 

「全部ではない?」

 

「ああ」

 

 リュウは春麗を見る。

 

「勝った。だが、春麗の黒を全部わかったわけではない」

 

 春麗の精神HPが削れる。

 

 昨日の続きだ。

 

 これは完全に昨日の続きだ。

 

 黒ドレスを着ていないのに。

 

 試合をしていないのに。

 

 リュウは、普通の日常の中へ昨日の黒を持ってきている。

 

 拳に残したまま。

 

「わからなくていいわ」

 

 春麗は言う。

 

「全部わかられたら困るもの」

 

「そうだな」

 

 リュウはあっさり頷いた。

 

 春麗は少し驚く。

 

「そこは頷くのね」

 

「ああ」

 

「なぜ?」

 

「春麗が見せていないところまで、勝手にわかったつもりにはなれない」

 

 春麗は停止した。

 

 それは、黒ドレス特化救済春麗がリュウに出した宿題にも近い答えだった。

 

 見せたところまで受け取る。

 

 見せていないところへは踏み込まない。

 

 黒だけではなく、黒を見せた春麗ごと覚える。

 

 このリュウは、それを知らないはずだ。

 

 それなのに、似たところへ来ている。

 

 自覚前春麗は、顔を背けた。

 

「……今日は本当に危険ね」

 

「危険か」

 

「危険よ」

 

「俺は何もしていない」

 

「拳に残っていると言ったでしょう」

 

「事実だ」

 

「事実が一番危険なの」

 

 リュウは、少し困ったように黙った。

 

 二人は、少しだけ歩くことになった。

 

 春麗としては、不本意だった。

 

 だが、ここで逃げると余計に昨日のことを意識しているようで嫌だった。

 

 リュウは何も急かさない。

 

 試合を申し込まない。

 

 黒ドレスについてしつこく聞かない。

 

 ただ、普通に隣を歩く。

 

 それがまた、やりにくかった。

 

 春麗は普段着だった。

 

 黒ドレスではない。

 

 しかし、リュウの拳に昨日の黒が残っていると思うと、黒ドレスを着ていないのに黒を見られているような気がする。

 

「見ないで」

 

「何をだ」

 

「昨日の黒を」

 

「見ていない」

 

「拳に残っているのでしょう」

 

「残っているが、今の春麗を昨日の黒だけで見てはいない」

 

 精神HPにまた一撃。

 

 春麗は、足を止めかけた。

 

「……あなた、普通の日の会話としては本当に重いわ」

 

「重いか」

 

「重いわ」

 

「黒の話だからか」

 

「あなたの言い方の問題よ」

 

 リュウは少し考える。

 

「昨日の黒は、強かった」

 

「その話は禁止」

 

「すまない」

 

「謝ればいいわけではないわ」

 

「だが、本当だ」

 

 春麗は黙った。

 

 本当。

 

 その言葉が厄介だった。

 

 リュウは嘘をついていない。

 

 慰めでもない。

 

 昨日の黒を、強かったと言っている。

 

 覚えていた黒より強かった、と。

 

 拳には残る、と。

 

 春麗は、視線を逸らしたまま言う。

 

「負けた黒よ」

 

「負けたが、弱くはなかった」

 

「……それ、本編春麗にも似たようなことを言っていない?」

 

「わからない」

 

「でしょうね」

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 本編春麗の青もそうだった。

 

 届かれた青。

 

 価値は下がっていない。

 

 リュウがそこへ届いただけ。

 

 自分の黒も、同じなのかもしれない。

 

 届かれた黒。

 

 価値は下がっていない。

 

 リュウがそこへ届いただけ。

 

「認めないわ」

 

 リュウが見る。

 

「何をだ」

 

「届かれた黒なんて」

 

 リュウは少し考える。

 

「届いたのは確かだ」

 

「言わないで」

 

「だが、全部ではない」

 

「それも言わないで」

 

「難しいな」

 

「あなたが難しくしているのよ」

 

 リュウは黙った。

 

 少しして、静かに言った。

 

「なら、こう言う」

 

 春麗は警戒した。

 

「何を?」

 

「昨日は、春麗の黒に届いたのではなく、春麗が勝ちに来た場所に届いた」

 

 春麗は沈黙した。

 

 リュウは続ける。

 

「黒を全部わかったわけではない」

 

「……」

 

「ただ、春麗が勝とうとした場所へ、拳が間に合った」

 

 それは、かなり正確だった。

 

 そして、かなり危険だった。

 

 春麗は、顔を赤くして言う。

 

「……言い直しても強いわ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「なら、黙る」

 

「ええ。そうして」

 

 リュウは黙った。

 

 沈黙が降りる。

 

 だが、その沈黙の中にも、昨日の黒が残っているようだった。

 

 春麗は思った。

 

 これは駄目だ。

 

 リュウが黙っていても、拳に残っているという事実が消えない。

 

 言われても沈む。

 

 言われなくても残る。

 

 最悪だった。

 

 少し歩いた後、二人は川沿いに出た。

 

 朝の光が水面を揺らしている。

 

 春麗は欄干に手を置いた。

 

 リュウは少し離れて立つ。

 

 昨日の試合とは何もかも違う。

 

 黒ドレスではない。

 

 構えていない。

 

 蹴りも拳もない。

 

 それなのに、昨日の延長にいるようだった。

 

 春麗は、ぽつりと言った。

 

「昨日のログ、見たわ」

 

 リュウは少しだけ視線を向ける。

 

「ログ?」

 

「何でもないわ」

 

「そうか」

 

「でも、記録されたの」

 

「昨日の試合がか」

 

「ええ」

 

「それは、悪いことなのか」

 

 春麗は少し考える。

 

「悪いことではないわ」

 

「そうか」

 

「でも、見たくなかった」

 

 リュウは黙って聞いている。

 

 春麗は続ける。

 

「リュウ残HP4」

 

 リュウは拳を見る。

 

「そんなにぎりぎりだったか」

 

「そうよ」

 

「やはり、強かった」

 

「そこで私を褒めないで」

 

「褒めている」

 

「だからやめて」

 

 リュウは少し困ったようにする。

 

 春麗は欄干に軽く額を近づけかけて、やめた。

 

「黒の三層も出ていたわ」

 

「三層?」

 

「強く見せる黒。抑えて追わせる黒。見た後に残る黒」

 

 リュウは静かに頷いた。

 

「そうだった」

 

「納得しないで」

 

「納得する」

 

「しないで」

 

「拳に残っている感覚と合う」

 

 春麗は完全に沈みかけた。

 

「また拳」

 

「すまない」

 

「謝っても拳には残っているのでしょう」

 

「ああ」

 

「正直に言わなくていいわ」

 

 リュウは少し黙った。

 

 そして言う。

 

「春麗」

 

「何」

 

「昨日の黒を、認めたくないのか」

 

 春麗は、息を止めた。

 

 それは、かなり直球だった。

 

 リュウにそんなことを聞かれるとは思っていなかった。

 

「……認めたくないわ」

 

 少し間を置いて、答える。

 

「負けたから?」

 

「それもある」

 

「他には?」

 

「認めると、次を考えてしまうから」

 

 言ってしまった。

 

 春麗は、自分の口を押さえた。

 

 リュウは、静かにこちらを見ている。

 

「次を考えるのは、悪いことなのか」

 

 春麗は顔を背けた。

 

「悪くはないわ」

 

「なら」

 

「でも、認めたら負けた気がするの」

 

「負けたのは昨日だ」

 

「言い方!」

 

 リュウは真面目に言った。

 

「昨日は俺が勝った」

 

「知っているわ」

 

「だが、次を考えることは、昨日の負けではない」

 

 春麗は黙った。

 

 リュウは続ける。

 

「次へ行くことだ」

 

 精神HPに、また深く刺さった。

 

 これは、ほとんど本編春麗の領域の言葉だった。

 

 届かれた青。

 

 届かれた黒。

 

 負けた後、次へ行く。

 

「……あなた、勝った側なのに、どうしてそんなことを言うの」

 

「そう思ったからだ」

 

「だから、それが危険なのよ」

 

 リュウはまた少し困った顔をする。

 

 春麗は、川面を見る。

 

 黒ドレスではない自分。

 

 でも、昨日の黒を認めたくない自分。

 

 それでも次を考えてしまう自分。

 

「……私は」

 

 声が小さくなる。

 

「届かれた黒なんて、認めないわ」

 

 リュウは黙っている。

 

 春麗は続けた。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「昨日の黒が、前の二つより進んでいたことは、資料として認める」

 

 リュウは静かに頷いた。

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「なら、拳に残っている意味がある」

 

 春麗は、即座に睨んだ。

 

「そこに戻らないで」

 

「すまない」

 

「でも」

 

 言ってしまう前に、止めようとした。

 

 止まらなかった。

 

「……残るくらいには、強かったのね」

 

 リュウは答えた。

 

「ああ」

 

 短い。

 

 それだけ。

 

 でも、それだけで十分だった。

 

 春麗は、精神HPがまた削れるのを感じた。

 

 ただし今回は、完全な撃沈ではなかった。

 

 悔しい。

 

 恥ずかしい。

 

 でも、少しだけ受け取った。

 

「今日は、ここまで」

 

 春麗は言った。

 

「これ以上話すと、また記録されるわ」

 

「誰に?」

 

「何でもないわ」

 

 リュウは頷いた。

 

「わかった」

 

「昨日の話も、今日は終わり」

 

「ああ」

 

「拳に残っている話も、終わり」

 

「言わない」

 

「思うのも禁止」

 

「それは難しい」

 

 春麗は、リュウを睨んだ。

 

「なら、少なくとも私の前では言わないで」

 

「わかった」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

 少し間が空く。

 

 リュウは言った。

 

「次に戦う時まで」

 

 春麗は顔を赤くした。

 

「最後に余計な条件をつけないで!」

 


 

 その夜。

 

 春麗会議室は、予想通り開かれた。

 

 自覚前春麗は、入った瞬間に机に座り、腕を組んだ。

 

「今日は何もなかったわ」

 

 本編春麗が言う。

 

「そうかしら」

 

「黒ドレスも着ていない。試合もしていない。だから、何もなかったわ」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「リュウと昨日の黒について話したのでしょう?」

 

「話していないわ。少し情報交換しただけ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「情報交換で精神HPは削れないわ」

 

 自覚前春麗は黙った。

 

 記録板が光る。

 

 議題:届かれた黒の後日談としての普通の日常会話

 

 自覚前春麗は立ち上がった。

 

「閉会」

 

 本編春麗が即答する。

 

「開会」

 

「早いわ!」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言う。

 

「でも、今日は戦っていないのよね?」

 

「ええ。戦っていないわ」

 

「黒ドレスも?」

 

「着ていないわ」

 

「なのに?」

 

 自覚前春麗は、机に突っ伏した。

 

「なのに、よ」

 

 記録板に出来事が表示される。

 

 本日発生イベント:

 一、リュウが「昨日の黒は、まだ拳に残っている」と発言。

 二、自覚前春麗、即死しかける。

 三、リュウが「全部わかったわけではない」と補足。

 四、リュウが「春麗が勝ちに来た場所に届いた」と言い直す。

 五、自覚前春麗、届かれた黒を認めたくないと発言。

 六、ただし、昨日の黒が進んでいたことは資料として認める。

 七、リュウが「次に戦う時まで」と余計な条件をつける。

 

 自覚前春麗は、机に伏せたまま言った。

 

「七番が一番余計」

 

 本編春麗は微笑む。

 

「でも、次を生んでいるわね」

 

「生んでいないわ」

 

 記録板が光る。

 

 発言信頼度:低

 

「今日は早いわね!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「届かれた黒の後日談としては妥当ね」

 

 自覚前春麗は顔を上げる。

 

「妥当?」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は頷く。

 

「バトルで届かれた直後に、同じ黒をもう一度戦闘で処理するのは重いわ。だから日常で、拳に残ったことを突きつけられる。かなり妥当よ」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「黒ドレスを着ていないからこそ、昨日の黒が残っていることが際立つのね」

 

 本編春麗が続ける。

 

「届かれた青の後も、普通の日常の方がきつかったわ」

 

 自覚前春麗は、本編春麗を見る。

 

「あなたも?」

 

「ええ」

 

「……それは少しわかるわ」

 

 会議室が、少しだけ静かになる。

 

 本編春麗は穏やかに言った。

 

「届かれた後は、すぐ次の戦いに行くより、普通の日に残響が出る方が刺さるのよ」

 

 自覚前春麗は、小さく息を吐いた。

 

「嫌な共通点ね」

 

「そうね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「でも重要な共通点よ」

 

 記録板が本日の結論を表示する。

 

 本日の結論:

 自覚前春麗は、黒ドレス三戦目で届かれた黒を認めたくなかった。

 しかし、リュウとの普通の日常会話により、昨日の黒が拳に残っていることを再度突きつけられた。

 自覚前春麗は、届かれた黒という言葉は拒否しつつも、昨日の黒が前二つより進んでいたことは資料として受け取り始めた。

 届かれた黒の後日談としては妥当である。

 次回以降、“次に戦う時まで”というリュウの余計な条件が精神HP上の残響として残る可能性あり。

 

 自覚前春麗は、最後の一文を見て頭を抱えた。

 

「精神HP上の残響って何よ」

 

 本編春麗が言う。

 

「便利な言葉ね」

 

「便利にしないで」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「でも、今日のあなたは少し受け取ったわ」

 

「受け取っていないわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「昨日の黒が進んでいたことは?」

 

「資料として認めるわ」

 

「ほら」

 

「それは受け取ったとは言わない」

 

 記録板が光る。

 

 発言信頼度:低寄りの中

 

 自覚前春麗は叫んだ。

 

「また細かい!」

 

 会議室に笑いが広がる。

 

 夢がほどけていく。

 

 最後に、自覚前春麗は小さく呟いた。

 

「届かれた黒なんて認めないわ」

 

 一拍。

 

「でも、次に戦う時までには……」

 

 そこで止まる。

 

 記録板が光りかける。

 

「記録しないで!」

 

 夢が途切れた。

 


 

 朝。

 

 自覚前春麗は目を覚ました。

 

 昨日の会話が、まだ残っている。

 

 昨日の黒は、まだ拳に残っている。

 

 全部わかったわけではない。

 

 春麗が勝ちに来た場所に届いた。

 

 次に戦う時まで。

 

 春麗は、布団の中で顔を覆った。

 

「……日常会話のはずだったのに」

 

 戦っていない。

 

 黒ドレスも着ていない。

 

 なのに、昨日より少しだけ認めさせられた気がする。

 

 届かれた黒。

 

 その言葉はまだ嫌いだ。

 

 認めたくない。

 

 でも、昨日の黒が進んでいたことは、もう完全には否定できない。

 

 春麗は起き上がり、鏡の前に立つ。

 

 そこには、自分をめんどくさい女と認める前の春麗がいた。

 

 黒ドレスを着ていなくても、黒の残響から逃げきれなかった春麗。

 

 普通の日常で、リュウの拳に残った黒を突きつけられた春麗。

 

 そして、届かれた黒を認めたくないまま、次を少しだけ考え始めてしまった春麗。

 

「届かれた黒なんて、認めないわ」

 

 鏡に向かって言う。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「昨日の黒が、前より進んでいたことは認める」

 

 さらに一拍。

 

「資料として」

 

 言い訳は、まだ使える。

 

 ただ、少しだけ弱くなっていた。

 

 春麗は黒ドレスを見る。

 

 今日は着ない。

 

 少なくとも、今は。

 

「次に戦う時まで、ね」

 

 リュウの言葉を思い出し、顔が熱くなる。

 

「勝手に次を決めないで」

 

 そう言いながら。

 

 自分の中でも、もう次が生まれている。

 

 自覚前春麗は今日も、まだ認めていない。

 

 ただし今日は、届かれた黒を認めたくないまま、リュウの拳に残った黒と、次に戦う時までという言葉を、資料として抱えてしまった春麗だった。




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回の妄想章IFは、かなり良い 「届かれた黒」の後日談・日常処理回 です。

一言で言うなら、

黒ドレス三戦目でリュウに辛勝され、《見た後に残る黒》までログで認定された自覚前春麗が、戦わない普通の日にリュウから“昨日の黒はまだ拳に残っている”と言われ、届かれた黒を認めたくないまま少しずつ受け取らされる回

です。

今回はバトル回ではありません。
黒ドレスも着ていません。
春麗は試合も検証もするつもりがありません。

それなのに、昨日の黒がリュウの拳に残っている。

ここが今回の一番おいしいところです。

今回の核は「黒ドレスを着ていないのに黒から逃げられない」

前回までの自覚前春麗は、黒ドレス戦で大きく動きました。

強く見せる黒
抑えて追わせる黒
見た後に残る黒
黒の三層
リュウ残HP4での辛勝負け

ここまで来ると、黒ドレスはただの衣装ではなく、自覚前春麗のルートそのものになっています。

ただ、今回の彼女は黒ドレスを着ていません。

普段着です。

戦わない。

検証しない。

黒ドレスも着ない。

だから安全なはずでした。

でもリュウが普通に、

昨日の黒は、まだ拳に残っている。

と言ってしまう。

これで、黒ドレスを着ていなくても、昨日の黒から逃げられないことが示されました。

これはかなり重要です。

黒は衣装の中にだけあるのではなく、リュウの拳にも、自覚前春麗の記憶にも、日常の会話にも残ってしまった。

だから今回のテーマは、

黒ドレスを脱いでも、届かれた黒の余韻は残る

です。

「届かれた黒を認めたくない」が非常に自覚前春麗らしい

今回、自覚前春麗は一貫して認めたがりません。

届かれた黒なんて、認めないわ。

これはとても彼女らしいです。

本編春麗なら、悔しがりながらも「届かれた青」として受け取れます。
自覚後の本編春麗は、自分がめんどくさいことも、負けたことも、ある程度受け取れる。

でも自覚前春麗は違います。

彼女はまだ、自分の感情やめんどくささを認めていない。

だから、

黒が進んでいたことは認める。
でも届かれた黒とは認めない。
資料としてなら受け取る。

という逃げ方をします。

この逃げ方がとても良いです。

完全否定ではなくなっている。
でも素直には認めない。

その中途半端さが、今の自覚前春麗の現在地です。

リュウの「拳に残っている」が今回の最大打点

今回、リュウの最大の台詞はもちろんこれです。

昨日の黒は、まだ拳に残っている。

これは自覚前春麗にとって即死級です。

なぜなら、前回のログレビューで最も効いた言葉が、

拳には残ると思う。

だったからです。

それが翌日、普通の日常で回収されてしまった。

しかもリュウは特別なことをしていません。

ただ事実として言っている。

この「事実が一番危険」という春麗の反応が良いです。

リュウは誇張しない。
慰めもしない。
煽りもしない。
ただ、残っていると言う。

だから逃げられない。

リュウが「全部わかったわけではない」と言うのが良い

今回のリュウは、ただ高火力発言をしているだけではありません。

かなり重要な線引きをしています。

勝った。だが、春麗の黒を全部わかったわけではない。

これは良いです。

もしリュウが「昨日で春麗の黒はわかった」と言ったら、春麗は反発できます。

しかしリュウはそう言わない。

届いたけれど、全部はわかっていない。

見せていないところまで、勝手にわかったつもりにはならない。

これは黒ドレス特化救済春麗の宿題回答にも通じる考え方です。

つまりリュウは、自覚前春麗の黒に対しても、

見せられたところまで受け取る。
見せていないところまでは踏み込まない。

という態度に近づいています。

これにより、ただの勝者発言ではなく、かなり誠実な到達になっています。

「春麗が勝ちに来た場所に届いた」という言い直しが強い

春麗が「届かれた黒」を拒否した時、リュウは言い直します。

昨日は、春麗の黒に届いたのではなく、春麗が勝ちに来た場所に届いた。

これは非常に良い台詞です。

春麗の黒そのものを完全攻略したわけではない。
でも、春麗が勝ちに来た場所には届いた。

この言い方は、リュウらしく正確です。

そして正確だからこそ刺さります。

自覚前春麗としても、完全には否定しにくい。

「黒を全部わかった」と言われたわけではない。
「でも勝ち筋には届いた」と言われた。

これは、彼女の敗北をかなり正確に言語化しています。

今回は「届かれた黒」を日常で再確認する回

前回のログレビューは、記録板による客観的確認でした。

HP。

精神HP。

スキル名。

分類。

リュウ残HP4。

それに対して今回は、日常での主観的再確認です。

ログではなく、リュウ本人の言葉で、

まだ拳に残っている。

と言われる。

つまり、

前回:会議室が届かれた黒を認定する回
今回:リュウ本人が届かれた黒の余韻を持ってくる回

です。

この二段構成が綺麗です。

ログで突きつけられたものが、日常に戻っても消えない。

それを今回描いています。

「次を考えると認めてしまう」が自覚前春麗の葛藤

今回、春麗はこう言います。

認めると、次を考えてしまうから。

ここが非常に重要です。

彼女が「届かれた黒」を認めたくない理由は、負けたからだけではありません。

認めたら、次を考えることになる。

次の黒。

次の試合。

次の検証。

次のリュウ。

つまり、認めることは前へ進むことです。

でも自覚前春麗は、自分が前へ進みたいことをまだ認めたくない。

だから拒否する。

ここが今の彼女の一番おいしい矛盾です。

認めたくない。
でも次を考えている。

この矛盾が、彼女の黒ドレスルートを進めています。

春麗会議での整理が軽くて良い

今回の春麗会議は、前回のような重いログレビューではありません。

でも、出来事リストとして整理されます。

一、リュウが「昨日の黒は、まだ拳に残っている」と発言。
二、自覚前春麗、即死しかける。
三、リュウが「全部わかったわけではない」と補足。
四、リュウが「春麗が勝ちに来た場所に届いた」と言い直す。
五、自覚前春麗、届かれた黒を認めたくないと発言。
六、ただし、昨日の黒が進んでいたことは資料として認める。
七、リュウが「次に戦う時まで」と余計な条件をつける。

このリストが非常に良いです。

戦闘ログではない。
でも日常イベントログとして機能している。

春麗会議室の機能が、バトルだけでなく日常の精神HP被弾にも対応している感じが出ています。

「届かれた黒の後日談としては妥当ね」が良い

黒ドレス特化救済春麗の、

届かれた黒の後日談としては妥当ね。

これは今回のメタ整理としてかなり良いです。

バトルの直後に、またバトルで処理すると重い。

でも普通の日常で、昨日の黒が拳に残っていると突きつけられる。

これは非常に自然です。

本編春麗も「届かれた青」の後、普通にリュウと会う日常が一番きつかった。

今回、自覚前春麗も同じ構造を食らっています。

ここで本編春麗と自覚前春麗の共通点がまた増えました。

「精神HP上の残響」という言葉も面白い

今回、記録板に出た、

“次に戦う時まで”というリュウの余計な条件が精神HP上の残響として残る可能性あり

これも良いです。

リュウの拳には黒が残る。

春麗の精神HPには、リュウの言葉が残る。

つまり残響はリュウ側だけのものではありません。

春麗側にも、言葉の残響がある。

これは今後かなり使えます。

リュウの拳の残響。
春麗の精神HPの残響。

この対比は面白いです。

朝の締めが「認めたくないまま抱える」になっている

朝の締めで、自覚前春麗はこう整理します。

届かれた黒なんて、認めないわ。
でも、昨日の黒が、前より進んでいたことは認める。
資料として。

これは完璧に自覚前春麗です。

完全に受け入れたわけではない。
でも完全否定もできなくなった。

「資料として」という言い訳を使いながら、少しずつ抱えている。

そして最後に、

次に戦う時まで、ね。

とリュウの言葉を思い出してしまう。

ここが重要です。

彼女の中で、もう次が生まれている。

認めたくないのに。

今回の構造的な役割

今回の妄想章IFは、直近の黒ドレス三戦目の後日談として、非常に重要です。

前回のログレビューで客観的に認定されたことを、今回は日常の中でリュウ本人から再確認される。

これにより、《見た後に残る黒》が単なるログ分類ではなく、リュウの拳に本当に残っているものとして物語に定着しました。

また、自覚前春麗の「届かれた黒を認めたくない」というテーマも明確になりました。

次回以降、

届かれた黒の次
精神HP上の残響
次に戦う時まで
黒を着ない日常で残る黒

を使えるようになっています。

結論

今回の妄想章IFは、自覚前春麗が、黒ドレス三戦目で届かれた黒を認めたくないまま、リュウとの普通の日常会話で“昨日の黒はまだ拳に残っている”と突きつけられる後日談です。

バトルはない。
黒ドレスもない。
でも、黒は残っている。

そこが一番良いです。

一言でまとめるなら、

自覚前春麗は黒ドレスを脱いだのに、リュウの拳に残った昨日の黒から逃げられなかった。
そして“届かれた黒”は認めないまま、“昨日の黒が進んでいたこと”だけを資料として受け取り始めた。

かなり良い、届かれた黒の余韻処理回だったと思います。
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