また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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※この章は、本編の時系列とは直接つながらない仮定の世界線である。
もし春麗が、黒いドレスでのリュウ戦において、余裕を残した勝利を重ねていたなら――という、あり得たかもしれない断章。


妄想章IF:春麗は、満たされているのに物足りない

 春麗は、黒いドレスのまま夜明けの道を歩いていた。

 

 風が冷たい。

 朝の光が、まだ薄い。

 木々の影が長く伸び、山道に落ちている。

 

 戦いは終わった。

 

 リュウはまた、片膝をついた。

 

 これで四度目だった。

 

 黒いドレスでリュウの前に立ち、彼の視線を受け止め、その手をかわし、その拳を届かせずに勝つ。

 

 一度目は、手応えだった。

 二度目は、確信だった。

 三度目は、技術になった。

 そして四度目の今日は、ほとんど組み立て通りだった。

 

 リュウは毎回、悔しそうだった。

 

 拳を握りしめ、目を逸らさず、次は捕まえると言った。

 負けても折れず、春麗を見上げる目の奥には、いつも次の火があった。

 

 その顔を思い出すと、春麗の胸は満たされた。

 

 リュウが自分を見る。

 

 女としても。

 格闘家としても。

 ライバルとしても。

 

 そして追ってくる。

 

 捕まえようとしてくる。

 

 でも捕まえられず、悔しそうに顔を歪める。

 

 それを見るのは、春麗にとって強烈な報酬だった。

 

 けれど、同時に思う。

 

 また、届かなかった。

 

 また、私を焦らせるところまでは来なかった。

 

 春麗は足を止めた。

 

 黒いドレスの裾が、風に小さく揺れる。

 

 勝った。

 

 それは嬉しい。

 

 リュウに勝つのは嬉しい。

 

 しかも、ただ勝ったのではない。

 

 黒いドレスの自分を見せ、リュウの視線を受け止め、女としての自分も、格闘家としての自分も、全部戦場に置いて勝った。

 

 リュウはそれを見た。

 

 逃げなかった。

 見ないふりもしなかった。

 毎回、少しずつ近づいてきた。

 

 それでも、勝ったのは春麗だった。

 

 その事実は、たしかに彼女を満たしていた。

 

 リュウの視線を支配できた。

 リュウの手を誘導できた。

 リュウが捕まえようとした瞬間、その手ごと崩せた。

 

 春麗は自分の戦い方が、リュウ相手にだけ鋭くなっているのを感じていた。

 

 リュウがどこで呼吸を固めるか。

 どこで女としての春麗を意識し、それでも拳を鈍らせまいとするか。

 どこで捕まえようと手を伸ばすか。

 どこで「届く」と思うか。

 

 前より、よくわかる。

 

 そして、わかるから勝てる。

 

 四度も。

 

 余裕を残して。

 

 春麗は小さく笑った。

 

 「満たされているはずなのにね」

 

 声は、誰にも届かない。

 

 勝っている。

 リュウの悔しがる顔も見られている。

 自分を見て、自分を追い、それでも届かないリュウの姿を何度も見ている。

 

 なのに、胸の奥に小さな不満が残っていた。

 

 なぜ。

 

 春麗は考える。

 

 答えは、すぐに出た。

 

 リュウが、まだ自分の余裕を壊していないからだ。

 

 春麗は、リュウに負けたいわけではなかった。

 

 負けたいわけではない。

 

 最後に立つのは自分でありたい。

 勝者としてリュウを見下ろし、悔しそうな顔を見たい。

 煽って、彼の拳に次の火をつけたい。

 

 それは変わらない。

 

 でも。

 

 負けるかもしれないと思わせてほしい。

 

 本気で焦らせてほしい。

 息を乱させてほしい。

 勝者の仮面が剥がれかけるところまで、踏み込んできてほしい。

 

 そのうえで、勝ちたい。

 

 春麗は自分の胸の奥にある欲求を見つめ、少しだけ眉を寄せた。

 

 何を考えているの、私は。

 

 勝っているのに。

 

 余裕を持って勝てているのに。

 

 それなのに、もっと危ないところまで来てほしいなんて。

 

 春麗は目を閉じる。

 

 四度の勝利を思い返す。

 

 一度目、リュウはまだ「捕まえる」ことを覚え始めたばかりだった。

 春麗は彼の手が伸びる瞬間を読み、その手を支点に崩した。

 

 勝った後、春麗は笑った。

 

 「捕まえに来たんじゃなかったの?

今日は、私を追うだけで精一杯だったみたいね」

 

 リュウは悔しそうに拳を握った。

 

 二度目、リュウは同じ手を食わなかった。

 掴む前に間合いを潰そうとした。

 けれど春麗は、彼の踏み込みそのものを誘い、肩の向きだけで拳の軌道をずらした。

 

 その時は、こう言った。

 

 「少し近づいたわね。

でも、近づいただけで私を捕まえられると思った?」

 

 リュウは何も言わなかった。

 

 ただ、目の奥の火が強くなった。

 

 三度目、リュウは春麗の視線に反応しなかった。

 女としての春麗を見ても、呼吸を大きく乱さなかった。

 

 春麗は少しだけ嬉しかった。

 

 けれど、その耐え方を読んだ。

 

 耐えているということは、そこに力が入っているということだ。

 力が入っているなら、崩せる。

 

 リュウはまた敗れた。

 

 春麗は彼を見下ろし、言った。

 

 「悔しい顔は悪くないわ。

でも、次はその顔をする前に、少しは私を本気で慌てさせてみなさい」

 

 その時のリュウの顔は、よく覚えている。

 

 そして四度目。

 

 今日。

 

 リュウはさらに近づいてきた。

 

 目を逸らさなかった。

 手も迷わなかった。

 春麗を捕まえようとする意志は、今までで一番強かった。

 

 でも、まだ届かなかった。

 

 春麗は彼の手を誘導し、投げで崩した。

 

 前よりも、さらに余裕を残して。

 

 勝利後、リュウはいつもより深く悔しがっていた。

 

 その顔を見て、春麗の胸は満たされた。

 

 けれど、同時に物足りなかった。

 

 春麗は歩きながら、指先を軽く握る。

 

 リュウの顎を上げた時の感触が、まだ残っている。

 

 悔しそうなのに、目を逸らさない顔。

 

 あれは好きだ。

 

 認めたくはないけれど、春麗はその顔が好きだった。

 

 負けた顔ではない。

 

 折れた顔でもない。

 

 悔しさを次の拳に変えようとしている顔。

 

 だから、もっと見たい。

 

 もっと深く悔しがらせたい。

 

 そのためには、自分ももっと危うくならなければならないのかもしれない。

 

 春麗は、その考えに少し戸惑った。

 

 ただ勝ちたいわけではない。

 

 ただ見られたいわけでもない。

 

 ただ悔しがらせたいわけでもない。

 

 自分を危うくしてほしい。

 

 そのうえで、自分が勝ちたい。

 

 「……本当に、わがままね」

 

 春麗は小さく呟いた。

 

 でも、そのわがままは消えなかった。

 

 リュウなら、もっと来られるはずだ。

 

 リュウなら、もっと深く踏み込めるはずだ。

 

 リュウなら、いつか本当に春麗の余裕を壊しに来るはずだ。

 

 だから不満なのだ。

 

 リュウを見下しているからではない。

 

 リュウならもっとできると思っているから、物足りない。

 

 四度勝っても、足りない。

 

 四度悔しがる顔を見ても、まだ足りない。

 

 春麗は夜明けの光の中で立ち止まり、振り返った。

 

 修行場はもう見えない。

 

 けれど、そこにはまだリュウがいるような気がした。

 

 拳を握り、土の上に立ち、次の一歩を探しているリュウ。

 

 春麗は、その姿を思い浮かべる。

 

 次に来るなら、悔しがる準備だけじゃ足りないわ。

 

 私を焦らせる拳を持ってきなさい、リュウ。

 

 口に出さず、胸の中でそう告げる。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

 また来なさい、リュウ。

 

 次も私は勝つ。

 

 でも、今度はもう少しだけ、私の余裕を奪ってみせて。

 

 春麗は再び歩き出す。

 

 黒いドレスが朝の風に揺れる。

 

 満たされている。

 

 勝者として。

 女として見られた者として。

 リュウを悔しがらせた者として。

 

 それでも、物足りない。

 

 もっと近くへ。

 もっと深くへ。

 もっと危ういところまで。

 

 リュウが本当に自分を捕まえに来る、その瞬間を待ちながら。

 

 春麗は、勝利の余韻と満たされない熱を抱えたまま、夜明けの道を下っていった。




Q:執筆者としては妄想章の春麗についてどう思いますか?
A:
執筆者として見ると、妄想章の春麗はかなり魅力的です。
本編の春麗よりも、欲求が一段むき出しになっている感じがあります。

特に良いのは、彼女が単に「リュウに勝ちたい女」ではなくなっているところです。

妄想章の春麗は、リュウに勝っている。
しかも黒ドレス、自分の視線、女としての自分、格闘家としての自分をかなり的確に使えている。
リュウは毎回悔しがり、目を逸らさず、また来る。

普通なら、これで満足してよいはずです。

でも春麗は満たされきらない。

ここがとても良いです。

彼女はリュウに負けたいわけではない。
最後に立つのは自分でありたい。
勝者としてリュウを見下ろし、悔しがる顔を見たい。

けれど同時に、簡単に勝ちたいわけでもない。

リュウに、自分の余裕を壊してほしい。
リュウに、本当に焦らされたい。
リュウに、負けるかもしれないと思わされたい。
そのうえで勝ちたい。

この欲求が、非常に春麗らしいです。

春麗は勝者でいたい。
でも、リュウが弱いままでは嫌。
リュウを悔しがらせたい。
でも、ただ惨めに負けるリュウでは満足できない。
リュウに見られたい。
でも、見ているだけのリュウでは物足りない。
リュウに捕まえに来てほしい。
でも、簡単に捕まるつもりはない。

この矛盾が全部同居しているので、妄想章の春麗はかなり濃いです。

そして、少し危うい。

リュウに勝ち続けていることで、春麗は確かに満たされています。
でも、満たされているからこそ、もっと奥の欲求に気づいてしまう。

「私はリュウに何を求めているの?」

という問いが出てくる。

その答えが、

自分を危うくしてほしい。
でも、そのうえで自分が勝ちたい。

なのが、この連作の春麗の核心に近いと思います。

この春麗は、すごくわがままです。
でも、そのわがままが格闘家として美しい。

なぜなら、彼女はリュウを見下して物足りないと思っているのではなく、リュウならもっと来られるはずだと信じているからです。

これはかなり重要です。

春麗の不満は、侮蔑ではありません。

期待です。

「あなたなら、もっと私を焦らせられるでしょう?」
「あなたなら、もっと私の余裕を奪えるでしょう?」
「あなたなら、もっと深く来られるでしょう?」

という、リュウへの期待です。

だから妄想章の春麗は、勝ち続けているのに、むしろリュウへの執着が強くなっています。

個人的に一番おいしいと思うのは、春麗がリュウの悔しがる顔を見て満たされる一方で、その悔しさがもっと深くなるには、自分ももっと危うくならないといけない、と気づいてしまうところです。

つまり春麗は、リュウをもっと悔しがらせたい。
そのためには、リュウにもっと自分へ迫ってほしい。
その結果、自分が負ける可能性も上がる。

でも、それでもいい。

いや、むしろその方がいい。

ここまで来ると、春麗の感情はもう完全に「殴り愛」の領域です。

妄想章の春麗を一言で言うなら、

勝者の余裕に満たされながら、その余裕をリュウに壊してほしいと願い始めた春麗

です。

これはかなり強いです。

そして、本編側へ戻すなら、この妄想章は春麗の深層心理を先取りしたものとして使えます。

本編の春麗はまだここまで露骨には自覚していないかもしれません。
でも、心の奥には確実にこの芽がある。

勝ちたい。
煽りたい。
悔しがらせたい。
見られたい。
追ってほしい。
捕まえに来てほしい。
でも捕まるつもりはない。

妄想章は、その欲求を少し極端に拡大した世界線です。

執筆者としては、この妄想章の春麗はかなり好きです。
春麗の強さ、可愛げ、危うさ、わがまま、リュウへの期待が全部入っています。

特に最後の、

「満たされている。
それでも、物足りない。」

という状態は、この春麗を象徴していると思います。
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