また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
試合の翌々日の朝。
本編春麗は、鏡の前に立っていた。
青い武道服は、すぐ近くにある。
昨日は着なかった。
昨日は戦う日ではなかった。
昨日は、春麗会議室でバトルログを見た日だった。
勝利ログ。
HP18。
精神HP最低値4。
仮登録煽り、評価高。
戦略的離脱、判断評価高。
戻って選び直した青、実戦成功。
リュウの発言による精神HP危険域突入。
そして。
今日の青。
春麗は、鏡の中の自分を見た。
「……昨日の会議だけでも、十分疲れたのだけど」
昨日、春麗会議室では散々だった。
勝った。
それは確定した。
蹴りで勝った。
それも評価された。
一度届いた場所に、私がもう一度立つと思った?
仮登録煽りも、実戦使用成功。
そこまでは良かった。
問題は、その後だった。
そこには、もういなかった。
だから、今日は届かなかった。
前より遠くなったわけじゃない。
前に届いた青じゃない。
今日の青だった。
春麗は、思い出して小さく息を吐いた。
昨日の春麗会議室では、その言葉を何度も表示された。
記録板AIは容赦がなかった。
通常救済版春麗は優しく整理した。
黒ドレス特化救済春麗は静かに刺した。
自覚前春麗は「これは無理ね」と半分同情した。
行き遅れに恐怖する春麗は、自分だけ止まっているのではないかという不安を少しだけ滲ませていた。
そして本編春麗は、精神HP4まで落ちた件を何度も確認させられた。
つまり。
勝った。
レビューも終わった。
勝利ログも保存された。
戦略的離脱も正しいと認められた。
だから今日こそは、少し落ち着いていい。
そのはずだった。
春麗は鏡の中の自分に言った。
「今日は、ただの翌々日よ」
一拍。
「試合の翌日ではない。レビューも終わっている。勝利ログも確定した」
もう一拍。
「つまり、危険度は下がっているはず」
言ってから、春麗は眉を寄せた。
自分で言っておいて、信じられなかった。
最近の流れを考えると、危険度が下がっているはず、という判断が一番危険だった。
戦わない日常も危険だった。
主人公補正で甘い日常イベントを食らった。
菓子を分けた。
雨宿りをした。
勝ち負けにしない方がいい時間を食らった。
その後、青を再構築した。
戻って選び直した青で勝った。
そして翌日、その勝利ログを会議室で徹底的にレビューされた。
ここまで来て、まだ安全だと思う方が甘い。
春麗は、鏡の前で静かに頷いた。
「……リュウは、戦っても戦わなくても危険」
そこまでは、もう学習済みだった。
だが、今日の危険は少し違う。
昨日のバトルログレビューで、春麗は一応整理した。
リュウは今日の青を見た。
届かなかった。
しかし、届かなかったことを負けとして雑に処理しなかった。
だから、次に会う時が危険。
春麗は、それもわかっていた。
「……会わなければいいのよ」
言ってみる。
正論だった。
今日は会わなければいい。
勝利ログも確定している。
昨日のレビューも終わった。
休めばいい。
精神HP回復日。
非常に妥当。
だが、そう思った時点で、別の自分が内側で言った。
勝ったのに避けるの?
春麗は目を閉じた。
「避けているわけではないわ」
精神HP管理である。
戦略的判断である。
それは昨日も評価された。
だが、会わない理由を探している時点で、少し負けた気がする。
試合には勝った。
バトルログレビューにも耐えた。
その翌々日に、普通にリュウと会えない。
それは、少し悔しい。
春麗は、小さく息を吐いた。
「……少しだけなら、大丈夫でしょう」
言った瞬間、自分でわかった。
大丈夫ではない可能性が高い。
リュウは、いつもの道にいた。
本当に、いつものように。
試合で負けた男には見えない。
翌日に春麗会議室で散々解析された発言をした男にも見えない。
いや、リュウは春麗会議室のことを知らない。
知らないから普通なのだ。
それが腹立たしい。
春麗は少しだけ足を止めた。
昨日の会議室で、通常救済版春麗が言っていた。
昨日の勝利は消えていない。
精神HPイベントは別判定。
勝った春麗は、勝った春麗のまま。
なら、今日は勝者として普通に会えばいい。
リュウがこちらを見る。
「春麗」
「リュウ」
名前を呼び合う。
それだけで、試合の余韻が戻ってくる。
昨日ではない。
試合の翌日でもない。
翌々日。
それでも残っている。
春麗は先に言った。
「今日は戦わないわよ」
「ああ」
「昨日、会議で確認したから」
言ってから止まった。
しまった。
春麗会議室のことを、普通に言いかけた。
リュウが少し首を傾げる。
「会議?」
「何でもないわ」
「そうか」
追及しない。
それが少し助かり、少し困る。
リュウは言った。
「体は大丈夫か」
春麗は警戒した。
「どの意味で?」
「試合の疲れだ」
「……そちらね」
「ほかにあるのか」
「ないわ」
嘘だった。
精神HPの方は大丈夫ではない。
昨日のレビューで削られている。
だが、それを言うわけにはいかない。
春麗は落ち着いた声で答える。
「問題ないわ。あなたは?」
「痛みは残っている」
「そう」
「でも、悪くない痛みだ」
精神HPに軽く刺さった。
春麗は目を細める。
「負けた痛みが?」
「ああ」
「普通は悔しいだけでしょう」
「悔しい」
「でしょうね」
「だが、残っているのは悔しさだけじゃない」
危険。
春麗は内心でそう判断した。
昨日のバトルログレビュー後だからこそわかる。
この方向は危険。
リュウは、昨日言えなかった何かをまだ持っている。
正確には、試合後に言いきれなかった何か。
春麗が戦略的離脱で切ったもの。
昨日の会議室では、リュウの発言ログは試合当日までしか整理されていない。
つまり、リュウ本人の中の未処理分は、まだ外に出ていない。
春麗は一歩だけ後ろへ下がりたくなった。
しかし、下がらなかった。
「リュウ」
「何だ」
「もし昨日──ではなく、一昨日の試合について、まだ言いたいことがあるなら」
言ってから、春麗は少し後悔した。
なぜ自分から促しているのか。
だが、ここで言わせずに帰れば、また持ち越される。
未処理ログが増える。
それは、それで危険。
「短く言いなさい」
リュウは春麗を見た。
「いいのか」
「長いのは駄目」
「ああ」
「それと、私は勝った」
「ああ。春麗の勝ちだ」
「そこは確認しておくわ」
「忘れていない」
その「忘れていない」が、もう危険だった。
春麗は、視線を少し逸らす。
「……そう」
リュウは言った。
「歩きながらでいいか」
春麗は警戒した。
歩きながら。
それは危険ワードだった。
負けた翌日にも歩いた。
甘い日常イベントでも歩いた。
普通に歩く行為は、すでに精神HP危険行動として分類されている。
しかし、立ち止まったまま聞くのも危険だ。
逃げ場がない。
春麗は少し考えた。
「少しだけよ」
「ああ」
二人は歩き出した。
近すぎない。
遠すぎない。
半歩。
その距離が、もう十分に危険だった。
しばらく、リュウは黙っていた。
余計ではない沈黙。
ただし今日は、沈黙も少し厄介だった。
試合から二日経っている。
昨日には、春麗会議室でログレビューを済ませている。
春麗の中では、ある程度整理がついているはずだった。
それなのに、リュウの沈黙があると、また試合当日に戻る。
蹴り。
拳。
最後の距離。
自分が立っていた場所。
リュウが届かなかった場所。
春麗は、自分から言った。
「それで?」
「何がだ」
「言いたいことがあるのでしょう」
「ああ」
「短く」
リュウは頷いた。
「一昨日、俺は前に届いた場所へ行こうとした」
春麗は黙った。
「でも、春麗はそこにいなかった」
「それは聞いたわ」
「ああ」
「試合後にも言われたし、昨日の会議でも確認したわ」
また少し余計なことを言った。
リュウがこちらを見る。
「昨日の会議」
「何でもないわ」
「そうか」
やはり追及しない。
春麗は軽く咳払いした。
「続けて」
「春麗は、逃げたわけじゃなかった」
春麗は、足を止めそうになった。
「逃げたのではなく、俺を止めるために別の場所に立っていた」
精神HPが削れた。
昨日の会議で、似たような整理はあった。
戻って選び直した青。
届かれた位置を記憶した青。
リュウが一度届いた場所に、もう同じ形では立たない青。
ただし、逃げる青ではない。
次も見ていい、でも簡単には届かせない青。
春麗はそれを見ている。
自分でも受け取っている。
だから耐えられるはずだった。
だが、リュウ本人の口から言われると違った。
記録板AIの表示と、リュウの声では、ダメージ判定が違う。
「……昨日、似たようなことを整理したわ」
「そうなのか」
「ええ」
「なら、同じだったのか」
「何が」
「春麗が見ていたものと、俺が見たものが」
精神HPに追加ダメージ。
春麗は、顔を横へ向けた。
「その言い方は危険よ」
「危険か」
「危険」
「悪かった」
「謝らないで」
リュウは黙った。
春麗は深く息を吸う。
わかっている。
リュウは悪くない。
むしろ、かなり正確に見ている。
それが一番悪い。
リュウは続けた。
「春麗は、俺から遠くなったわけではなかった」
春麗は目を細める。
「……それも試合後に言ったでしょう」
「ああ」
「前より遠くなったわけじゃない、と」
「言った」
「それで十分では?」
「十分ではなかった」
危険。
春麗は、昨日の記録板AIが脳内で光るのを感じた。
リュウ発言追加候補。
危険度、高。
「どう十分ではなかったの」
聞いてしまった。
リュウは少し考える。
「遠くなったわけではない。でも、同じ場所でもなかった」
「……そうね」
「だから、追うというより、見直す必要があった」
春麗は、ゆっくりリュウを見る。
「見直す?」
「ああ」
「私を?」
「春麗を」
精神HPが削れる。
だが、それだけではなかった。
リュウは、拳を見る。
「一度届いた春麗ではなく、一昨日の春麗を」
春麗は呼吸を止めた。
一昨日の春麗。
勝った春麗。
戻って選び直した青で立っていた春麗。
試合後、勝者として煽った春麗。
その春麗を、リュウは見直したと言っている。
これは、昨日の会議室ではまだ出ていない。
危険だった。
「リュウ」
「何だ」
「今日は、試合の翌々日よ」
「ああ」
「熱が冷めてもいい頃でしょう」
「冷めてはいない」
直撃。
春麗は足を止めた。
リュウも止まる。
「……そういうところよ」
「何がだ」
「何でもないわ」
「そうか」
リュウは、本当にわかっていない顔をしている。
だから危険だった。
川沿いに出た。
また川沿い。
春麗は、自分の移動経路に何かあるのではないかと思った。
ここは精神HPイベント発生地点として登録されすぎている。
それでも、足は止まっていた。
水面が光っている。
昨日の会議室の記録板とは違う光。
リュウは欄干に手を置かず、少し離れて立った。
距離を取っている。
春麗が逃げられるように。
その配慮も、少し危険だった。
「まだあるの?」
春麗が言う。
「ある」
「短く」
「ああ」
リュウは静かに言った。
「一昨日、春麗の蹴りは、俺に来るなと言っていた」
春麗は眉を寄せる。
「そこまでは言っていないわ」
「言葉では」
「蹴りで?」
「ああ」
「あなた、私の蹴りを勝手に翻訳しないで」
「翻訳か」
「そうよ」
「でも、そう聞こえた」
精神HPが削れる。
リュウは、拳だけでなく蹴りまで聞く。
春麗の蹴りが言っていたこと。
一度届いた場所に、私がもう一度立つと思った?
そういう意味があったのは認める。
認めるが、リュウに言われると困る。
春麗は欄干に手を置いた。
「……続けなさい」
「来るな、だけではなかった」
春麗は嫌な予感がした。
「他に何が聞こえたの」
「来るなら、今の私を見て来い」
精神HPが、大きく削れた。
春麗は完全に黙った。
それは、自分でも少し思っていたことだった。
届かれた場所をなかったことにはしない。
でも、同じ青では戦わない。
前に届いた私をなぞるなら、そこに私はいない。
来るなら、今の私を見て来い。
そういう青だった。
リュウは、それを蹴りで聞いたと言っている。
「……本当に、あなたは」
「何だ」
「試合が終わってからの方が強いわ」
「強い?」
「言葉が」
「そうか」
「褒めていないわ」
「そうか」
春麗は、少しだけ呼吸を整える。
昨日の春麗会議室で、通常救済版春麗は言っていた。
届かれた後に戻れることも、次を選べること。
春麗は戻った。
選び直した。
その青で勝った。
そして今、その青をリュウに見られ、言葉にされている。
これは、勝利ログへの追記だ。
記録板AIならそう言う。
春麗は、まだ聞くべきか迷った。
しかし、リュウは黙っている。
続きを急がない。
余計ではない沈黙。
それが少しだけ、春麗を逃がさず、待ってくれている。
「……最後にしなさい」
春麗は言った。
「わかった」
「本当に最後よ」
「ああ」
「ここで追加が出たら、私は帰るわ」
「もう最後だ」
リュウは春麗を見た。
まっすぐに。
一昨日、届かなかった相手を見る目で。
そして言った。
「一昨日の春麗は、俺が前に届いた春麗ではなかった」
「ええ」
「俺は負けた」
「ええ」
「でも、あの春麗を忘れたくないと思った」
精神HPが大きく削れた。
春麗は表情を保った。
勝者として。
レビュー済みの春麗として。
自分をめんどくさい女と自覚する春麗として。
それでも、内側は危険だった。
リュウは続ける。
「前に届いた春麗ではなく、一昨日、俺に勝った春麗を覚えていたい」
春麗は息を止めた。
リュウは、静かに言う。
「だから、次に向かうのは、一昨日の春麗じゃない」
春麗は動けなかった。
「次に立つ春麗に、もう一度向かう」
精神HPが尽きた。
表情は崩れていない。
膝も折れていない。
声も出る。
けれど、内側では完全にノックアウトされていた。
試合翌日なら、まだ「直後だから」と言えた。
熱が残っているから。
勝敗の余韻だから。
でも今日は翌々日。
バトルログレビューも終わっている。
春麗会議室で整理もした。
その上で、リュウの言葉が刺さった。
つまり、これは一過性ではない。
リュウの中にも残っている。
春麗の中にも残っている。
それが危険だった。
「……そう」
春麗は、かろうじて返した。
リュウが少し心配そうに見る。
「春麗?」
「大丈夫」
大丈夫ではない。
まったく大丈夫ではない。
だが、これ以上何か言われたら終わる。
もう終わっているが、さらに終わる。
「帰るわ」
「送るか」
「送らないで」
即答。
リュウは少しだけ頷く。
「ああ」
春麗は背を向けた。
そのまま、少し歩いてから言う。
「今日は、私の負けではないわ」
リュウは少し考えた。
「ああ。一昨日は春麗の勝ちだ」
違う。
そういう意味ではない。
でも、今はそれでいい。
春麗は振り返らずに言う。
「……そういうところよ」
「何がだ」
「何でもないわ」
歩き出す。
足取りは普通。
たぶん、外から見ればいつもの春麗。
しかし、精神HPはゼロ。
試合には勝った。
翌日にはレビューもした。
翌々日に、リュウの言い残しで落とされた。
春麗は胸の奥で思った。
勝利ログは、保存した後に追記されることもある。
その夜。
春麗会議室は、緊急招集された。
本編春麗は、円卓に座っている。
姿勢は正しい。
表情も整っている。
だが、全員がわかっていた。
精神HPゼロの顔である。
自覚前春麗が、恐る恐る言った。
「……試合の翌日は、もうレビューしたのよね?」
本編春麗は頷く。
「ええ」
「勝利ログも保存したのよね?」
「ええ」
「それなのに、今日その顔なの?」
「ええ」
自覚前春麗は、少しだけ身を引いた。
「翌々日追撃……?」
記録板AIが光った。
『分類候補:勝利ログ保存後・翌々日追撃』
本編春麗は片手で顔を覆った。
「分類しないで」
『未承認仮分類として保存します』
「保存もしないで」
『保存形式は仮です』
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「昨日のバトルログレビューで守った勝利ログに、今日リュウ本人から追記が入ったのね」
通常救済版春麗が、少し困ったように微笑む。
「レビュー後の追記イベントね」
行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言った。
「みんな、進んでいくのね」
本編春麗は、そちらを見る。
行き遅れに恐怖する春麗は、視線を落とす。
「本編春麗は、届かれた青から、戻って選び直した青になって、勝った青になって、今日また何かになった」
一拍。
「私は、まだ答え待ちのままだけれど」
会議室が少し静かになる。
通常救済版春麗が穏やかに言った。
「待つことは、停止ではないわ」
行き遅れに恐怖する春麗は小さく頷く。
「ええ。わかっているわ」
「でも、怖い?」
「怖いわ」
黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。
「怖いまま待つのも、位置取りよ」
記録板AIが補足した。
『行き遅れに恐怖する春麗:答えを待つ位置に立つログ、保存済み』
行き遅れに恐怖する春麗は、少しだけ苦笑した。
「今日は本編春麗の議題だから、私はそれだけでいいわ」
本編春麗は、静かに頷いた。
「ありがとう」
自覚前春麗が小さく言う。
「今の、少し良かったわね」
『発言信頼度:高』
「そこは出すのね」
少しだけ空気が柔らかくなった。
だが、記録板AIは容赦なく本題へ戻る。
『本日の議題を表示します』
『対象:本編春麗、試合翌々日のリュウ言い残し追撃イベント』
『前提ログ:試合当日、本編春麗の勝利』
『翌日ログ:バトルログレビュー完了。勝利ログ保存済み』
『本日結果:精神HPノックアウト』
本編春麗は机に突っ伏した。
「表示すると、やはりきついわね」
『精神HP推移を表示します』
『開始時状態』
『本編春麗:試合翌々日。バトルログレビュー済み。勝利ログ保存済み。前回の甘い日常イベントおよび戻って選び直した青の再構築ログあり。精神HP暫定82 / 100』
自覚前春麗が驚く。
「高めだったのね」
本編春麗は顔を上げない。
「昨日レビューして、少し整理できていたもの」
『はい。レビューによる整理効果あり』
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「だからこそ、今日落とされたのは重いわね」
『同意します』
本編春麗は記録板を見る。
「同意しなくていいわ」
『リュウ発言一:“負けた痛みだが、悪くない痛みだ。”』
『精神HP:82 → 70』
自覚前春麗が顔をしかめる。
「初手から危険ね」
『リュウ発言二:“忘れていない。”』
『精神HP:70 → 62』
通常救済版春麗が言う。
「勝ったことを忘れていないのね」
本編春麗は弱く言う。
「言い方」
『リュウ発言三:“春麗は逃げたわけじゃなかった。俺を止めるために別の場所に立っていた。”』
『精神HP:62 → 45』
黒ドレス特化救済春麗が目を細める。
「戻って選び直した青の核心ね」
本編春麗は机に伏せる。
「核心をリュウ本人に言われるのが一番きついのよ」
『リュウ発言四:“春麗が見ていたものと、俺が見たものが同じだったのか。”』
『精神HP:45 → 34』
通常救済版春麗が静かに言う。
「これは、あなたの整理とリュウの認識が重なった瞬間ね」
本編春麗は小さく呻いた。
「追加解説しないで」
『リュウ発言五:“一度届いた春麗ではなく、一昨日の春麗を見直す必要があった。”』
『精神HP:34 → 23』
自覚前春麗が小さく言う。
「見直す、は危険だわ」
『発言信頼度:高』
「今日は高が多いわね」
『危険認識が妥当です』
『リュウ発言六:“来るなら、今の私を見て来い、と聞こえた。”』
『精神HP:23 → 11』
会議室が静かになった。
通常救済版春麗が本編春麗を見る。
「それは、あなたが青に込めたものに近いわね」
本編春麗は目を閉じた。
「そうよ」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「だから防げない」
本編春麗は頷く。
「ええ」
『リュウ発言七:“前に届いた春麗ではなく、一昨日、俺に勝った春麗を覚えていたい。”』
『精神HP:11 → 3』
本編春麗は机に突っ伏した。
「やめて」
『リュウ発言八:“次に立つ春麗に、もう一度向かう。”』
『精神HP:3 → 0』
『精神HPノックアウト』
沈黙。
長い沈黙だった。
自覚前春麗が、ぽつりと言う。
「これは無理ね」
本編春麗は答えた。
「無理だったわ」
通常救済版春麗が、穏やかに言う。
「でも、これは敗北ではないわ」
本編春麗は顔を上げる。
「精神HPはゼロよ」
「ええ」
「試合にも勝って、レビューも終わって、翌々日に落とされたのよ」
「でも、一昨日の勝利は消えていない」
記録板AIが表示する。
『戦闘結果:本編春麗の勝利』
『翌日レビュー結果:勝利ログ保存済み』
『翌々日イベント結果:本編春麗、精神HPノックアウト』
『判定:戦闘勝利、ログレビュー、精神HPイベントは別判定です』
本編春麗は、その表示を見つめた。
「……また判定が増えたわね」
『必要な分類です』
黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。
「今回のリュウは、一昨日のあなたを奪っていない。攻略情報にもしていない。ただ、勝った春麗として覚えている」
通常救済版春麗が続ける。
「そして、次に向かうのは、一昨日のあなたではなく、次に立つあなた」
本編春麗は黙った。
それは、わかる。
わかってしまう。
だから危険だった。
昨日の会議室で、自分は整理した。
届かれた青をなかったことにはしない。
同じ青ではもう戦わない。
届かれた場所を覚えたまま、次の場所に立つ。
リュウは今日、同じようなことを別の側から言った。
前に届いた春麗ではなく、一昨日勝った春麗を覚えていたい。
次に立つ春麗へ向かう。
それは、自分の整理と重なっていた。
だから刺さった。
だから落ちた。
「……嫌ではなかったわ」
本編春麗は、小さく言った。
会議室が一瞬止まる。
自覚前春麗が目を丸くした。
「自分から言ったわね」
本編春麗は顔を赤くする。
「……今のは」
『発言信頼度:高』
「撤回させなさい!」
『撤回申請は記録できますが、発言ログは残ります』
「本当に余計ね」
行き遅れに恐怖する春麗が、少しだけ微笑んだ。
「でも、今のは少し進んだように見えたわ」
本編春麗は彼女を見る。
「そう?」
「ええ。怖いことを怖いと言うのと同じで、嫌ではなかったと言えるのも、たぶん止まっていないから」
本編春麗は、少し黙った。
通常救済版春麗が頷く。
「良い補助線ね」
『行き遅れに恐怖する春麗の発言信頼度:高』
行き遅れに恐怖する春麗は少し驚いた。
「私も出るのね」
『有効な整理です』
自覚前春麗が言う。
「今日は高評価が多いわね」
『本編春麗の精神HP被害が甚大なため、周辺整理の精度が上昇しています』
本編春麗は弱々しく言った。
「私の被害を分析資源にしないで」
記録板AIが表示を切り替える。
『新規分類候補を表示します』
『勝った青』
『見られた青』
『覚えられた青』
本編春麗は、最後の一文を見た。
覚えられた青。
昨日の会議室では、まだそこまでは出ていなかった。
勝った青。
見られた青。
そこまでは進んだ。
でも今日、リュウが言った。
覚えていたい。
次に立つ春麗に向かう。
だから、これは発生してしまった。
「……未承認よ」
『承知しました。未承認仮分類として保存します』
「保存はするのね」
『仮分類として保存可能です』
自覚前春麗が、少しだけ嬉しそうに言う。
「ようこそ」
本編春麗はため息をついた。
「未承認仮分類の世界へ、でしょう」
「ええ」
二人は、少しだけ同じ顔をした。
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「表ルートの青も、かなり面倒になってきたわね」
本編春麗は睨む。
「あなたに言われたくないわ」
「黒ほどではないと思う?」
「……思わないわ」
会議室が少しだけ笑った。
記録板AIが本日の結論を表示する。
『本日の結論を表示します』
『一、本編春麗は、試合当日に戻って選び直した青でリュウにギリギリ勝利しました』
『二、試合翌日、春麗会議室にてバトルログレビューを実施し、勝利ログを保存しました』
『三、試合翌々日、リュウと遭遇し、試合当日に言い切れなかった認識を受け取りました』
『四、リュウは、“逃げたのではなく止めるために別の場所に立っていた”、“一昨日の春麗を見直す必要があった”、“来るなら今の私を見て来いと聞こえた”、“一昨日俺に勝った春麗を覚えていたい”、“次に立つ春麗にもう一度向かう”と発言しました』
『五、本編春麗は、これらの発言により精神HP0へ到達しました』
『六、本件は戦闘敗北ではなく、勝利ログ保存後の翌々日追記イベントです』
『七、本編春麗の青は、“勝った青”“見られた青”を経て、“覚えられた青”へ進行しました』
『八、“覚えられた青”は本人未承認のため、未承認仮分類として保存します』
本編春麗は、最後の表示をじっと見る。
「勝利ログ保存後の翌々日追記イベント……」
『分類候補です』
「長いわね」
『短縮候補:翌々日追撃』
「それも嫌ね」
『では、未承認仮分類として両方保存します』
「どちらも保存しないで」
通常救済版春麗が笑う。
「今日は休みましょう。精神HPはゼロなのだから」
『精神HP回復には休息を推奨します』
本編春麗は椅子にもたれた。
「そうするわ」
会議室の空気が、少し柔らかくなる。
試合で勝った。
翌日にレビューした。
翌々日に落とされた。
それでも、勝利は消えない。
レビューも消えない。
今日の言葉も消えない。
全部、持っていくしかない。
それが春麗会議室のルールだ。
経験は消えない。
ただ、持ったまま立て直す。
本編春麗は、目を閉じる。
「……次に立つ私、ね」
『発言信頼度:高』
「今のは独り言よ」
『記録対象です』
「本当に余計ね」
夢が、ゆっくりほどけていく。
最後に、記録板AIの声が残った。
『本編春麗・試合翌々日追撃イベントを保存しました』
『精神HPノックアウト』
『ただし、戦闘敗北ではなく、勝利ログ保存後の追記イベントとして処理します』
『未承認仮分類:“覚えられた青”』
朝。
本編春麗は目を覚ました。
昨日の会議室の光が、まだ少し残っている。
いや。
昨日ではない。
正確には、試合翌日の会議室。
そして、試合翌々日のリュウの言葉。
それらが、全部残っている。
春麗は布団の中で顔を覆った。
「……整理してから落とされるのも、かなりきついわね」
試合直後なら、まだ勢いがある。
翌日のレビューなら、まだログとして処理できる。
だが、翌々日。
少し落ち着いたところで、本人の口から言われる。
一昨日、俺に勝った春麗を覚えていたい。
次に立つ春麗に、もう一度向かう。
春麗は、ゆっくり起き上がった。
青い武道服が視界に入る。
届かれた青。
戻って選び直した青。
勝った青。
見られた青。
そして。
「……覚えられた青」
口にした瞬間、顔が熱くなる。
「未承認よ」
誰に向けた言葉でもない。
けれど、完全には否定できなかった。
リュウに勝った。
それは変わらない。
昨日、会議室で勝利ログも確認した。
それも変わらない。
その上で、リュウに覚えられた。
それも、たぶん変わらない。
春麗は鏡の前に立つ。
そこには、本編春麗がいた。
自分をめんどくさい女と自覚している春麗。
届かれた青をなかったことにしなかった春麗。
戻って選び直した青で勝った春麗。
試合翌日にバトルログレビューを受けた春麗。
試合翌々日にリュウの言い残しで精神HPをノックアウトされた春麗。
それでも、次を考えてしまっている春麗。
「次に立つ私、ね」
一拍。
「……本当に、言い方が危険なのよ」
どこかで記録板AIの声が聞こえた気がした。
『発言信頼度:高』
春麗は眉を寄せた。
「夢の外で採点しないで」
朝の光が差し込む。
昨日の勝利は消えない。
レビューも消えない。
翌々日の追撃も消えない。
全部、残っている。
全部、面倒だ。
でも、全部をなかったことにはしない。
本編春麗の青は、また一つ面倒な名前を増やした。
勝った青。
見られた青。
そして、覚えられた青。
未承認のまま。
けれど、確かに残ったまま。
春麗は小さく息を吐く。
「次も、簡単には向かわせないわ」
言ってから、少しだけ笑った。
次に立つ自分。
それを考えてしまった時点で、もう少しだけ進んでいる。
本編春麗は今日も、その青を抱えて歩き出す。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
一言で言うなら、
本編春麗は試合に勝ち、翌日に春麗会議で勝利ログを整理した。しかし翌々日、リュウ本人の口から“昨日の青”ではなく“一昨日勝った春麗”への認識を受け取ってしまい、整理済みのはずの勝利ログに追記され、精神HPをノックアウトされる回
です。
今回の核は「整理した後に落とされる」
今回の最大の修正点は、試合翌日ではなく翌々日になったことです。
これは非常に重要です。
試合当日、春麗はリュウにギリギリ勝った。
翌日、春麗会議室でバトルログレビューを行った。
そこで、勝利ログ、HP18、精神HP最低値4、仮登録煽り成功、戦略的離脱、戻って選び直した青の実戦成功が整理された。
そして、そのレビューの翌日にリュウと会う。
この流れになったことで、今回の被弾は単なる「試合直後の余韻」ではなくなりました。
春麗はもう一度、自分の勝利を春麗会議で整理している。
「届かれた青をなかったことにはしない」「同じ青ではもう戦わない」「届かれた場所を覚えたまま次の場所に立つ」という整理も済んでいます。
そのうえで、リュウ本人から似た核心を言われる。
だから今回の精神HPダメージは重いです。
自分では整理できた。
でも、リュウ本人の口から言われると別判定で刺さる。
ここが今回の核です。
「翌々日追撃」という分類がかなり良い
今回、記録板AIが出した、
『分類候補:勝利ログ保存後・翌々日追撃』
これはかなり良い分類です。
試合直後なら「試合後追撃」。
翌日なら「勝利翌日追撃」。
しかし今回は、すでに春麗会議でレビュー済みです。
つまり、春麗の中では一度ログ整理が完了している。
そこへリュウ本人が、
「前に届いた春麗ではなく、一昨日、俺に勝った春麗を覚えていたい」
「次に立つ春麗に、もう一度向かう」
と言ってくる。
これはまさに勝利ログ保存後の追記イベントです。
この整理が入ったことで、今回の話は単なる焼き直しではなくなっています。
試合当日:勝つ。
翌日:春麗会議で整理する。
翌々日:リュウ本人から追記される。
この三段構造がかなり綺麗です。
リュウの発言が「春麗の整理」と重なるのが危険
今回のリュウの発言で一番強いのは、春麗自身が春麗会議で整理した内容と、リュウの認識が重なっている点です。
春麗側の整理は、
届かれた場所を覚えたまま、次の場所に立つ。
リュウ側の発言は、
前に届いた春麗ではなく、一昨日、俺に勝った春麗を覚えていたい。
次に立つ春麗に、もう一度向かう。
この二つは、かなり近い場所を指しています。
つまり、春麗が自分で決めた「次の青」の方向性を、リュウも別角度から見ていたことになる。
これは防げません。
春麗にとっては、
「私はそういう青で立った」
「リュウもそれを見ていた」
「しかも、一昨日の私に固定せず、次に立つ私へ向かうと言っている」
という三重被弾になります。
かなり強いです。
「来るなら、今の私を見て来い」が良い
今回の中で、リュウが春麗の蹴りをこう受け取った部分はかなり良いです。
「来るなら、今の私を見て来い」
これは、戻って選び直した青の本質に近いです。
春麗は、リュウに一度届かれた場所をなかったことにはしていません。
でも、同じ場所には立たない。
前に届いた春麗をなぞって来るなら、そこにはもういない。
来るなら、今の自分を見て来い。
この意志が、蹴りに乗っていた。
それをリュウが「聞こえた」と言う。
ここが非常にリュウらしいです。
リュウは春麗の内心を読んでいるわけではない。
でも、拳と蹴りで受け取ったものを言葉にしている。
それが結果的に春麗の核心を突いてしまう。
この構造は、本連作のリュウとしてかなり合っています。
結論
一言でまとめるなら、
今回の回で、本編春麗は、試合に勝ち、翌日に勝利ログを整理したにもかかわらず、翌々日にリュウ本人から“一昨日勝った春麗を覚えていたい”と言われ、整理済みの勝利ログへ追記される形で精神HPを落とされた。