また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
自分がめんどくさい女と自覚する前の春麗のエピソードになります。
今日は、黒を着ない。
それは朝起きてすぐ、自覚前春麗が自分で決めたことだった。
ただし、正確に言えば、昨日も黒は着ていない。
昨日は春麗会議室で、バトルログレビューを受けた。
黒ドレスリベンジバトル。
リュウにギリギリ勝った試合。
《見た後に残る黒》に、言葉を混ぜて勝った試合。
《押し返す黒》という未承認仮分類が発生した試合。
そして、紙一重勝利陶酔リスクという、非常に不名誉な分類まで出た試合。
そのレビューを、昨日一晩かけて受けた。
勝ったログは、受け取る。
でも、次の餌にはしない。
昨日の春麗会議で、そこまでは整理した。
だから今日は、黒を着ない。
昨日に続き、今日も黒を着ない。
黒から距離を置く。
勝利ログを次へ繋げない。
紙一重勝利陶酔リスクを、実際の次戦想定へ変えない。
自覚前春麗は、鏡の前でいつもの服装を整えた。
黒ドレスではない。
戦闘用でもない。
強く見せる黒も、抑えて追わせる黒も、見た後に残る黒も、今日はない。
ないはずだった。
「……今日は、普通の日よ」
声に出して確認する。
普通の日。
黒ではない日。
試合の翌日ですらない。
昨日はもう、春麗会議室でレビューを終えた。
つまり今日は、試合の翌々日。
もう一拍置いた日だ。
だから、大丈夫。
自覚前春麗は、黒ドレスの方を見ないようにした。
見ない。
見ていない。
視界の端に少し入っている気はするが、見ていない扱いでよい。
「資料としても、今日は見ないわ」
一拍。
「……今の発言も資料ではないわ」
誰もいない部屋に向けて言い訳してから、彼女は外へ出た。
朝の空気は穏やかだった。
昨日の会議室の重さが嘘のように、街は普通に動いている。
店先では人が声を交わし、道の端には朝の光が落ちている。
修行場ではない。
試合の場でもない。
春麗会議室でもない。
黒ドレスも着ていない。
試合からは一日空いている。
だから大丈夫。
そう思ったところで、視界の先にリュウがいた。
自覚前春麗は足を止めた。
主人公補正。
その言葉が、頭をよぎった。
いけない。
これは、かなり悪いタイミングだ。
試合翌日ではない。
けれど、レビュー翌日だ。
つまり、自覚前春麗の中では、昨日整理したばかりのログがまだ熱を持っている。
勝ったログを次の餌にしないと決めた直後。
黒を着ないと決めた直後。
その日に、リュウがいる。
しかも、リュウは何かを考えるように、自分の拳を見ていた。
自覚前春麗は、心の中で目を閉じた。
終わった。
まだ何も始まっていないのに、少し終わった。
リュウが顔を上げる。
「春麗」
「リュウ」
普通に名前を呼ばれる。
それだけなら問題ない。
問題ないはずだった。
自覚前春麗は、平静を装った。
「こんなところで会うなんて、珍しいわね」
「ああ」
「修行場ではないわよ」
「ああ」
「試合でもないわ」
「ああ」
「……なら、その拳を見るのをやめなさい」
リュウは少しだけ自分の拳を見て、それから春麗を見る。
「見ていたか」
「見ていたわ」
「すまない」
「謝るところではないわ。説明するところよ」
言ってから、しまったと思った。
説明を求めてはいけなかった。
リュウの説明は、だいたい危険だ。
自覚前春麗は訂正しようとした。
「いえ、やっぱり説明しなくて──」
「一昨日のことを考えていた」
遅かった。
来た。
一昨日。
一昨日の試合。
一昨日の黒。
一昨日の言葉。
一昨日の勝利。
一昨日の大満足反応。
そして昨日、会議室で整理したばかりの紙一重勝利陶酔リスク。
全部、来た。
自覚前春麗は、少しだけ顎を上げる。
「考えなくていいわ」
リュウは真面目に受け取った。
「考えない方がいいのか」
「そういう意味ではないわ」
「では、どういう意味だ」
「……そういうふうに素直に聞き返すところよ」
リュウは首を傾げる。
自覚前春麗は、そこで一度深呼吸した。
今日は黒を着ていない。
これは普通の会話。
戦闘ではない。
黒のログを持ち越す必要はない。
言葉まで残す必要もない。
紙一重勝利陶酔リスクは、昨日の春麗会議で保留した。
今日は、大丈夫。
「一昨日の試合は、終わったことよ」
「ああ。俺は負けた」
「そこは忘れないで」
「忘れていない」
その言い方が、すでに少し危険だった。
自覚前春麗は、視線を逸らす。
「なら、それでいいわ」
「だが、まだ少し残っている」
来た。
自覚前春麗は、表情を崩さずに耐えた。
「何が、とは聞かないわ」
「黒だ」
「聞かないと言ったでしょう」
「そうか」
リュウは少し黙る。
やめて。
黙らないで。
リュウの沈黙は、だいたい余計な言葉の前触れだ。
「あの時の黒は、まだ少し残っている」
軽め。
軽めではある。
だが十分危険。
しかも、一昨日の試合の黒がまだ残っている。
つまり一晩どころではない。
昨日を越えて、今日まで残っている。
これは、試合翌日より危険な言い方かもしれない。
自覚前春麗は、腕を組んだ。
「あの時の話よ」
「ああ」
「今日は黒を着ていないわ」
「ああ。見ればわかる」
「なら、一昨日の黒は関係ないでしょう」
リュウは春麗を見た。
まっすぐに。
黒を探す目ではない。
服を見る目でもない。
一昨日の残響を追う目でもない。
ただ、今そこにいる春麗を見ている。
その時点で、自覚前春麗の精神HPが少し削れた。
「あの試合は、黒だけじゃなかった」
中火力。
自覚前春麗は、内心で記録板AIの警告音を聞いた気がした。
「リュウ」
「何だ」
「今日は普通の日よ」
「ああ」
「だから、そういう一昨日の続きみたいな話は」
「春麗の言葉も、拳に残った」
直撃。
自覚前春麗は、固まった。
黒だけではなかった。
言葉も拳に残った。
しかも、一昨日の言葉が、まだ残っている。
それは、勝利後に聞いた言葉とつながっている。
春麗の言葉も、強かった。
聞いた後にも、残った。
今の春麗は、言葉まで強かった。
思い出すだけで、精神HPが削れる。
昨日の春麗会議で、それをレビューされたばかりなのに。
リュウ本人が、もう一度それを持ってくる。
自覚前春麗は、なんとか声を出した。
「……拳に言葉を残さないで」
リュウは少し考える。
「残そうと思ったわけではない」
「それ、私の台詞に近いわね」
「そうなのか」
「そうなのよ」
言ってから、自覚前春麗は気づいた。
一昨日、自分は言った。
残ったのなら、あなたの拳の問題でしょう?
そして今、リュウは言っている。
春麗の言葉も、拳に残った。
つまり、自分の言葉がリュウの拳に残ったということになる。
自分で押し返した言葉が、押し返した先に残っている。
しかも、一昨日から今日まで。
かなり面倒な構造になっている。
「……あれは、勝者煽りよ」
「わかっている」
「なら、普通に怒ってもいいのよ」
「怒ってはいない」
「なぜ」
「強かったからだ」
自覚前春麗は、目を細める。
「煽りが?」
「言葉も含めて」
「……含めないで」
「あの試合は、黒だけではなかった。間合いも、蹴りも、言葉もあった」
リュウは拳を軽く握る。
「それで遅れた」
自覚前春麗は、何も言えなくなる。
勝った理由を、リュウが普通に認めている。
悔しがるのではない。
責めるのでもない。
言葉で惑わされたことを、卑怯とも言わない。
ただ、強かったと言う。
それが一番危険だった。
「……一昨日は、私が勝ったのよ」
「ああ」
「あなたは負けた」
「ああ」
「なのに、なぜあなたの言葉で私が削られなければならないの」
リュウは少し困った顔をした。
「削っているつもりはない」
「だから削れるのよ」
「そうか」
「納得しないで」
沈黙。
朝の道に、人の気配が遠く流れる。
何でもない日常の音。
なのに、自覚前春麗の中では、一昨日の黒が戻ってきている。
黒を着ていないのに。
戦っていないのに。
リュウの言葉だけで、一昨日の黒と言葉が持ち越されている。
これはよくない。
非常によくない。
自覚前春麗は、会話を切ろうとした。
「とにかく、一昨日のことは終わり。昨日、会議室でも整理した。今日は黒も着ていないし、試合もしない。勝利ログは受け取った。次の餌にはしない。以上」
リュウは、最後の言葉に反応した。
「次の餌?」
「何でもないわ」
「次の試合のことか」
「違うわ」
「違うのか」
「違うわ」
即答。
だが、自分の声が少し強すぎた。
リュウは、また拳を見る。
自覚前春麗は耐えられずに言う。
「また拳を見る」
「ああ」
「一昨日のことを考えているの?」
「少し」
「考えなくていいと言ったわ」
「だが、次があるなら考える」
危険。
かなり危険。
自覚前春麗は、思わず聞き返した。
「次?」
言った瞬間、自分で固まった。
今のは駄目。
完全に反応した。
次戦想定欲求。
微弱から中へ上昇。
記録板AIがいれば絶対に表示する。
リュウは、まっすぐに言う。
「次に戦うなら、だ」
「戦うとは言っていないわ」
「ああ」
「私は、次の餌にしないと決めたの」
「そうか」
「そうよ」
「なら、今は考えなくていいのかもしれない」
リュウは素直に頷く。
それで終わればよかった。
しかし、終わらない。
リュウは少しだけ目を伏せてから、言った。
「ただ、次に戦うなら」
「言わなくていいわ」
「あの時の言葉にも、遅れないように見る」
自覚前春麗は、呼吸を止めた。
それは、かなり危険だった。
一昨日の言葉にも遅れないように見る。
つまり、一昨日の言葉を覚えている。
一昨日の言葉が効いたことも認めている。
次はそこまで含めて見ようとしている。
自覚前春麗の中で、昨日の会議室の言葉が蘇る。
勝ったログを、次の餌にはしない。
なのに、リュウの方から次の餌を持ってきた。
これはずるい。
自覚前春麗は、少しだけ唇を噛む。
「……資料として言うけれど」
言ってから、しまったと思った。
資料として。
また言った。
リュウは静かに待っている。
「次があるとは限らないわ」
「ああ」
「でも、仮に、仮によ」
「ああ」
「次があったとして、一昨日の言葉に遅れないように見る、というのは……」
一拍。
「……かなり危険な発言よ」
リュウは、少しだけ不思議そうにする。
「危険なのか」
「危険よ」
「なぜ」
「私が次を想定してしまうからよ」
言ってしまった。
自覚前春麗は、自分の口を押さえた。
リュウは、真剣な顔で受け止める。
「そうか」
「そうか、ではないわ」
「すまない」
「謝るところでもないわ」
「難しいな」
「あなたが難しくしているのよ」
リュウは黙る。
その沈黙は、先ほどより少し柔らかかった。
自覚前春麗は、少しだけ息を吐く。
もう帰るべきだ。
これは日常の会話ではない。
黒を着ていない日に、黒のログが向こうから来ている。
しかも試合の翌日ではなく、レビューを終えた翌日。
整理したログが、リュウ本人の言葉で再点火されている。
春麗会議室案件だ。
自覚前春麗は、踵を返そうとした。
その背に、リュウの声が届く。
「春麗」
「何?」
「あの時の黒は、黒い服だけではなかった」
高火力。
自覚前春麗は、振り返らずに止まった。
リュウは続ける。
「黒を着ていなくても、一昨日の春麗が消えたわけじゃない」
高火力直撃。
自覚前春麗の精神HPが、大きく削れる音がした。
今日は黒を着ていない。
だから一昨日の黒とは別。
そう整理していた。
でもリュウは、一昨日の黒を服だけのものとして見ていない。
黒は、一昨日の春麗の在り方だった。
言葉も、間合いも、蹴りも、勝ち方も含めて。
黒を着ていない今日にも、一昨日の春麗は消えていない。
それは、嬉しい。
嬉しいから、危険。
危険だから、絶対に認めない。
「……一昨日の春麗は、一昨日の春麗よ」
自覚前春麗は、振り返らずに言う。
「今日は、今日の私」
「ああ」
「そこは間違えないで」
「間違えない」
リュウの声は、まっすぐだった。
「だから、次は」
「次は、を言わないで」
自覚前春麗は、即座に遮った。
だが、リュウはもう言葉を持っていた。
「次は、言葉まで含めて今の春麗を見る」
超高火力。
自覚前春麗は、完全に止まった。
黒を着ていない。
試合でもない。
朝の道。
普通の日。
なのに、精神HPが一気に危険域へ落ちた。
言葉まで含めて。
今の春麗を見る。
これは駄目だ。
かなり駄目だ。
一昨日の黒を覚えられるだけではない。
一昨日の言葉を残されるだけでもない。
次に立つ自分を、言葉まで含めて見られる。
本編春麗が青で食らったものに近い。
ただし、こちらは黒と言葉だ。
自覚前春麗は、ゆっくり振り返った。
顔は熱い。
しかし、勝者の顔ではない。
今日の自分の顔を保たなければならない。
「……リュウ」
「ああ」
「今日は、戦わないわ」
「ああ」
「次の話もしない」
「わかった」
「あの試合の黒の話も、ここまで」
「ああ」
「それと」
自覚前春麗は、一度言葉を切る。
そして、一昨日の言葉を思い出しかけて、やめた。
残ったのなら、あなたの拳の問題でしょう?
言えば決まる。
また決まる。
でも、今日はそれを言ってはいけない。
勝ったログを、次の餌にしない。
彼女は別の言葉を選んだ。
「……覚えているなら、勝手に大事にしなさい」
言ってから、自分で固まった。
これは、これはこれで危険な言葉ではないか。
リュウは少しだけ目を見開いた。
そして、静かに頷く。
「ああ。そうする」
自覚前春麗の精神HPがさらに削れた。
なぜ、そう素直に受け取るのか。
「今のは違うわ」
「違うのか」
「違うわ。そういう意味ではないわ」
「では、どういう意味だ」
「聞かないで」
「わかった」
リュウは本当に聞かなかった。
それもまた、余計に刺さった。
自覚前春麗は、もう限界だった。
「今日は帰るわ」
「ああ」
「偶然会っただけ」
「ああ」
「主人公補正ではないわ」
リュウは首を傾げる。
「主人公補正?」
「聞かなかったことにして」
「わかった」
自覚前春麗は、今度こそ歩き出した。
背中にリュウの視線がある。
黒を着ていない背中。
一昨日の黒を持たないはずの背中。
なのに、リュウは一昨日の春麗が消えたわけではないと言った。
言葉まで含めて今の春麗を見ると言った。
そして、自分は。
次は、と反応してしまった。
資料としてでは済まない。
これは春麗会議室案件。
間違いなく、夜に判定される。
自覚前春麗は、朝の道を歩きながら、小さく呟いた。
「……黒を着ていない日に、これは反則でしょう」
その夜。
春麗会議室は、当然のように開いた。
円卓の中央には、記録板AIが待っていた。
表示は、すでに出ている。
『本日の会議を開始します』
『対象:自覚前春麗』
『議題:黒非着用時・残響持ち越しイベント』
『副題:勝利ログレビュー翌日・日常追撃』
自覚前春麗は、席に着くなり言った。
「日常で判定しないで」
『判定対象です』
「黒を着ていないのに黒イベント扱いしないで」
『黒非着用時に黒関連ログが持ち越されたため、対象です』
「次戦想定していないわ」
『後ほど検証します』
「後ほど検証しないで」
本編春麗が、静かに資料を開いた。
「食らったわね」
自覚前春麗は睨む。
「嬉しそうに言わないで」
「嬉しいわけではないわ。ただ、わかるだけ」
「あなたは青でしょ」
「ええ。私は勝った青を覚えられた」
本編春麗は、少しだけ自覚前春麗を見る。
「あなたは、勝った黒と言葉を、試合翌々日に持ち越された」
会議室が静かになる。
その整理は、あまりにも正確だった。
自覚前春麗は、腕を組む。
「……試合翌々日、というのがまた嫌ね」
『時系列補足:試合当日→翌日バトルログレビュー→翌々日日常遭遇』
「補足しなくていいわ」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「でも、重要よ。あなたは昨日、会議室で一度整理した」
「ええ」
「その翌日に、リュウ本人が一昨日の黒と言葉を持ち越してきた」
「持ち越してきたというか、勝手に残していたのよ」
『関連セリフ:“残ったのなら、あなたの拳の問題でしょう? ”』
「表示しないで」
通常救済版春麗が、穏やかに言う。
「今日は、あなたがブレーキを踏んだ後の日だったのよね」
自覚前春麗は少しだけ目を伏せる。
「そうよ」
「黒を着ない。勝利ログを次の餌にしない。今日は普通の日にする」
「そのつもりだったわ」
「そこへ、リュウが来た」
「主人公補正でね」
『主人公補正遭遇:記録します』
「記録しないで」
行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言った。
「整理した後に来るのが、一番怖いのね」
自覚前春麗は、少しだけ頷いた。
「ええ。試合直後なら、まだ熱のせいにできる。翌日の会議中なら、ログのせいにできる。でも今日は違った」
本編春麗が言う。
「整理したはずなのに、本人から再点火される」
「その言い方、やめて」
「経験者だもの」
記録板AIが表示を切り替える。
『本日リュウ発言ログを表示します』
『一:“一昨日のことを考えていた”』
『二:“あの時の黒は、まだ少し残っている”』
『三:“あの試合は、黒だけじゃなかった”』
『四:“春麗の言葉も、拳に残った”』
『五:“次に戦うなら、あの時の言葉にも遅れないように見る”』
『六:“あの時の黒は、黒い服だけではなかった”』
『七:“黒を着ていなくても、一昨日の春麗が消えたわけじゃない”』
『八:“次は、言葉まで含めて今の春麗を見る”』
自覚前春麗は、机に額をつけた。
「羅列しないで」
黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。
「かなり濃いわね」
「濃くしないで」
通常救済版春麗が少し苦笑する。
「これは、甘いというより、逃げ道を一つずつ塞がれているわね」
本編春麗が頷く。
「一昨日の黒は服だけではない。言葉も含む。今日の春麗にも残る。次は今の春麗を見る」
自覚前春麗は机に伏せたまま言う。
「要約しないで」
『精神HP推定値を表示します』
「しなくていいわ」
『開始時:100』
『“あの時の黒は、まだ少し残っている”:82』
『“春麗の言葉も、拳に残った”:58』
『“あの時の黒は、黒い服だけではなかった”:34』
『“黒を着ていなくても、一昨日の春麗が消えたわけじゃない”:18』
『“次は、言葉まで含めて今の春麗を見る”:4』
『“覚えているなら、勝手に大事にしなさい”へのリュウ返答“ああ。そうする”:1』
『精神HPノックアウト寸前』
自覚前春麗は、顔を上げた。
「最後は私の自爆も含まれているじゃない」
『はい』
「はい、じゃないわ」
本編春麗が、少しだけ笑う。
「勝手に大事にしなさい、は強かったわね」
「言うつもりではなかったのよ」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「でも、一昨日の勝者煽りより危険かもしれない」
「なぜ」
「一昨日は押し返した。今日は、残っているなら勝手に大事にしろと言った」
自覚前春麗は固まる。
通常救済版春麗が優しく補足する。
「押し返す黒から、少しだけ“預けてしまう言葉”に近づいたのかもしれないわ」
「預けてないわ」
『注釈:預けたとは断定しません』
「そう、それ」
『ただし、“大事にしなさい”という表現は、リュウ側で保持されることを許容する方向の発言です』
「余計!」
会議室に少しだけ笑いが起きた。
しかし、黒ドレス特化救済春麗の表情は静かだった。
「ここは気をつけた方がいいわ」
自覚前春麗は、反射的に反論しようとして止まる。
「……どこが?」
「一昨日のあなたは、残ったものをリュウの拳へ押し返した。今日は、残ったものを大事にしなさいと言った」
会議室が静かになる。
「押し返すのと、残しておくのを許すのは違うわ」
自覚前春麗は、言葉を失った。
記録板AIが表示する。
『紙一重勝利陶酔リスク再燃』
『次戦想定欲求:微弱から中へ上昇』
『黒非着用日にも黒ログが継続する可能性を確認』
自覚前春麗は、椅子に深く座り直した。
「……資料として」
言いかけて、止めた。
全員が静かに待つ。
彼女は、ゆっくり息を吐く。
「資料として、で片づけると危ないのよね」
『発言信頼度:高』
通常救済版春麗が微笑む。
「ええ」
本編春麗が言う。
「今日は黒を着なかった。それは大事よ」
「でも、黒は向こうから来た」
「ええ」
「なら、どうすればいいのよ」
自覚前春麗の声には、少しだけ本音が混じっていた。
通常救済版春麗が答える。
「黒を着ない日を、やめないこと」
自覚前春麗が見る。
「今日みたいに、持ち越されても?」
「ええ。持ち越されたからといって、すぐ次を選ばなくていいわ」
黒ドレス特化救済春麗が続ける。
「リュウの拳に残るものがあっても、それを次戦の理由にしなくていい」
本編春麗が静かに言う。
「覚えられたから、進まなければならないわけではないのよ」
自覚前春麗は、少しだけ本編春麗を見る。
青の春麗。
覚えられた青を持つ春麗。
その言葉は、少しだけ重かった。
行き遅れ春麗が小さく言う。
「次を待つことと、次を急ぐことは違うのかもしれないわ」
記録板AIが光る。
『有効整理』
自覚前春麗は、行き遅れ春麗を見る。
「……あなた、時々すごく刺すわね」
「ごめんなさい」
「責めていないわ。資料として、刺さっただけ」
『発言信頼度:高』
「そこはもういいわ」
記録板AIが、本日の結論を表示する。
『本日の暫定結論』
『一、自覚前春麗は、黒を着ていない日にリュウと遭遇しました』
『二、時系列は、試合当日、翌日バトルログレビュー、翌々日日常遭遇です』
『三、リュウは一昨日の黒と言葉を拳の残響として保持していました』
『四、リュウは黒を服装のみではなく、一昨日の春麗の在り方として認識していました』
『五、リュウ発言“次は、言葉まで含めて今の春麗を見る”により、自覚前春麗の次戦想定欲求が上昇しました』
『六、自覚前春麗発言“覚えているなら、勝手に大事にしなさい”により、押し返す黒から保持許容方向への揺れを確認しました』
『七、本件は《黒非着用時・勝利ログ持ち越しイベント》として未承認仮分類します』
『八、紙一重勝利陶酔リスクは再燃。ただし、黒を着ない日を継続できた点を立て直し要素として評価します』
自覚前春麗は、八番を見た。
「……立て直し要素」
通常救済版春麗が頷く。
「今日は、黒を着なかったわ」
黒ドレス特化救済春麗も言う。
「リュウに一昨日の黒を持ち越されても、着なかった」
本編春麗が続ける。
「次は、に反応したけれど、次を選ばなかった」
行き遅れ春麗が静かに言う。
「怖いまま、今日は止まれたのね」
自覚前春麗は、少しだけ目を伏せた。
「……止まれた、のかしら」
『判定:停止ではなく位置取り』
行き遅れ春麗が少し驚く。
「私の言葉みたい」
『過去ログ参照』
自覚前春麗は、小さく笑った。
「便利ね、会議室」
本編春麗が言う。
「今さら?」
「今さらよ」
夢がほどけ始める。
記録板AIの光が薄くなる。
最後に表示されたのは、一文だった。
『黒を着ない日にも、一昨日の黒は残ることがあります』
『ただし、残ったものを、すべて次へ繋げる必要はありません』
自覚前春麗は、その一文を見ていた。
「……それは」
一拍。
「資料として、良い結論ね」
『発言信頼度:高』
彼女は、今度は抗議しなかった。
朝。
自覚前春麗は、目を覚ました。
昨日と同じ部屋。
黒ドレスは、いつもの場所にある。
今日は、そこを見た。
見て、少しだけ息を吐いた。
「……昨日も、着なかったわ」
それは、小さな確認だった。
そして一昨日、着ていた。
黒を着た。
リュウに勝った。
言葉を混ぜて勝った。
その翌日に、会議室でレビューした。
そして昨日、黒を着ていない日に、一昨日の黒を持ち越された。
時系列が少し整っただけで、危険度は変わらない。
むしろ、整理した後に持ち越された分、少し悪い。
リュウに言われた。
あの時の黒は服だけではなかった。
言葉も拳に残った。
次は、言葉まで含めて今の春麗を見る。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
そして、胸の奥で小さく何かが跳ねる。
次は。
その言葉が浮かびかける。
自覚前春麗は、すぐに首を振った。
「今日は、次ではないわ」
声に出す。
「一昨日の黒が残っていても、今日の私がすぐ黒を着る理由にはならない」
一拍。
「資料として、ではなく」
彼女は、少しだけ考えてから言った。
「今日の判断として」
黒ドレスを見る。
昨日より、少しだけ落ち着いて見られた気がした。
気がしただけかもしれない。
でも、それでいい。
黒を捨てるわけではない。
一昨日の勝利をなかったことにするわけでもない。
リュウの拳に残ったものを否定するわけでもない。
ただ、残ったものを全部、次へ繋げなくてもいい。
「……今日は、普通に過ごすわ」
言ってから、少しだけ笑う。
「主人公補正が働かなければ、だけど」
どこかで記録板AIの声が聞こえた気がした。
『発言信頼度:中』
自覚前春麗は、眉を寄せた。
「夢の外で不安にさせないで」
朝の光が差し込む。
一昨日の黒は、消えていない。
一昨日の言葉も、たぶん消えていない。
でも、今日の自分も、そこにいる。
自覚前春麗は、黒ドレスから目を離し、部屋を出る準備を始めた。
次の黒ではなく。
一昨日の黒でもなく。
まずは、今日の春麗として。
Q:今回の妄想章IFについて解説して?
A:
はい。今回の妄想章IFは、かなり綺麗に「試合翌々日版の甘い追撃回」になっています。
一言で言うなら、
自覚前春麗が、黒を着ないことで紙一重勝利陶酔リスクから距離を取ろうとしたのに、試合翌々日にリュウ本人から“一昨日の黒と言葉はまだ残っている”と普通に持ち越され、黒を着ていない日常で精神HPを削られる回
です。
今回の核は、黒を着ていない日に黒が来るです。
今回の一番大事な構造
この回は、時系列がかなり重要です。
流れはこうです。
試合当日
自覚前春麗が黒ドレスリベンジバトルでリュウにギリギリ勝利。
《見た後に残る黒》に言葉を混ぜ、《押し返す黒》で勝つ。
翌日
春麗会議でバトルログレビュー。
勝利ログは受け取るが、次の餌にはしないと整理。
《紙一重勝利陶酔リスク》も認識する。
翌々日
黒を着ない日。
普通の日として過ごすつもりだったのに、主人公補正でリュウと遭遇。
リュウが一昨日の黒と言葉を普通に持ち越してくる。
この時系列修正によって、かなり自然になりました。
試合翌日ではなく、レビュー翌日なのが良いです。
自覚前春麗は、すでに一度春麗会議で整理している。
「勝ったログを次の餌にしない」と決めている。
それなのに、リュウ本人が一昨日の黒と言葉を持ってくる。
これはかなり危険です。
本編春麗との対比が綺麗
本編春麗の青ルートでは、勝った後にリュウから、
昨日の春麗を覚えていたい
次に立つ春麗に向かう
という方向で刺されました。
つまり本編春麗は、
勝った青を覚えられた
ことで精神HPを削られました。
今回の自覚前春麗は、それとは違います。
自覚前春麗は、
勝った黒と言葉を、黒を着ていない日に持ち越された
ことで削られます。
ここがかなり良いです。
本編春麗は「覚えられた青」。
自覚前春麗は「残ってしまった黒と言葉」。
どちらも勝利後の追撃ですが、刺さり方が違います。
本編春麗は、勝った青をリュウに覚えられる。
自覚前春麗は、勝った黒と言葉がリュウの拳に残っている。
この差別化がかなり綺麗です。
「黒を着ていない日」が効いている
今回、自覚前春麗が黒ドレスを着ていないのが非常に重要です。
もし黒ドレスを着ていたら、リュウが黒の話をしても自然です。
でも今回は違います。
自覚前春麗は黒を着ていない。
普通の日として過ごそうとしている。
黒から距離を置こうとしている。
紙一重勝利陶酔リスクを抑えようとしている。
そこへリュウが、
一昨日の黒はまだ残っている
黒だけではなかった
言葉も拳に残った
黒を着ていなくても、一昨日の春麗が消えたわけじゃない
と言ってくる。
これは防御貫通です。
自覚前春麗としては、
「今日は黒じゃない」
「今日は普通の日」
「一昨日の黒とは別」
「だから危険ではない」
と整理したい。
でもリュウは、
黒は服だけではなく、一昨日の春麗の在り方だった
と言ってしまう。
ここが今回の最大打点です。
リュウの言葉が武人寄りなのが良い
今回のリュウは、恋愛的に甘い台詞を言っているわけではありません。
言っていることは、あくまで拳の感触です。
一昨日の黒が残っている。
春麗の言葉も拳に残った。
黒だけではなかった。
次は、言葉まで含めて今の春麗を見る。
これはリュウとしては、かなり武人の言葉です。
でも、自覚前春麗には甘く刺さります。
ここが非常に良いです。
リュウは口説いていない。
責めてもいない。
煽り返してもいない。
ただ、試合で受け取ったものを正直に言っている。
だから防げない。
自覚前春麗は、怒れない。
流せない。
「それは違う」と完全否定できない。
結果として精神HPが削られる。
かなり本連作らしいリュウの使い方です。
「残ったのなら、あなたの拳の問題でしょう?」の変形が良い
今回、自覚前春麗は例の決め台詞をそのまま言いません。
ここがかなり重要です。
一昨日の勝利では、
残ったのなら、あなたの拳の問題でしょう?
を使いました。
でも今回は、黒を着ない日です。
勝利ログを次の餌にしないと決めた後です。
だから、同じ台詞を言ってしまうと、また《押し返す黒》へ戻ってしまう。
自覚前春麗はそれを避けます。
代わりに出たのが、
覚えているなら、勝手に大事にしなさい
です。
これは非常に危険です。
なぜなら、前回の台詞は「押し返す」でした。
残ったなら、あなたの拳の問題。
私は知らない。
そちらで処理しなさい。
しかし今回は違います。
覚えているなら、勝手に大事にしなさい。
これは、押し返しよりも一歩踏み込んでいます。
リュウ側で保持されることを、少しだけ許容しているように見える。
だから、黒ドレス特化救済春麗が指摘した、
押し返すのと、残しておくのを許すのは違う
が非常に効いています。
ここは今回の会議パートで一番重要な整理です。
春麗会議の役割が良い
今回の春麗会議は、正式バトルレビューではなく、日常イベントの分類レビューです。
そのため、重すぎず、でも危険性はきちんと拾っています。
記録板AIの分類も良いです。
黒非着用時・残響持ち越しイベント
勝利ログレビュー翌日・日常追撃
紙一重勝利陶酔リスク再燃
次戦想定欲求:微弱から中へ上昇
このあたりは、かなりこの回の本質を捉えています。
特に、
試合当日 → 翌日レビュー → 翌々日日常遭遇
という時系列補足が入ったことで、リュウの台詞の違和感が消えました。
リュウは「昨日の試合」ではなく、一昨日の試合の残響を話している。
それでも残っているからこそ、むしろ危険度が上がっています。
行き遅れ春麗の一言が効いている
今回、行き遅れに恐怖する春麗の、
次を待つことと、次を急ぐことは違うのかもしれないわ
がかなり良い補助線です。
彼女は「待つこと」に敏感な春麗です。
だから、自覚前春麗の「次」を見抜ける。
自覚前春麗は次を考えていないと言い張る。
でも、リュウの「次は」に反応してしまう。
そこで、行き遅れ春麗が「待つ」と「急ぐ」の違いを出す。
これは彼女の役割としてかなり自然です。
三択回答待ちルートを消費せずに、彼女のテーマを会議に反映できています。
通常救済版春麗の整理も良い
通常救済版春麗の、
黒を着ない日を、やめないこと
これは非常に良いです。
今回、自覚前春麗は黒を着ていません。
しかし、リュウが一昨日の黒を持ち越してきた。
普通なら、
「黒を着なくても黒が来るなら意味がない」
となりかねません。
でも通常救済版春麗は、
持ち越されたからといって、黒を着ない日をやめなくていい
と整理する。
これは帰還点としてかなり大事です。
黒を着ない日は無意味ではない。
リュウが黒を覚えていても、すぐ次戦に行かなくていい。
残ったものを全部、次へ繋げなくていい。
この立て直しがあるから、今回の回は沈みすぎません。
黒ドレス特化救済春麗の警告が重要
黒ドレス特化救済春麗の役割も非常に良いです。
彼女は、黒を否定しません。
だからこそ、
押し返すのと、残しておくのを許すのは違う
と言える。
これは通常救済版春麗ではなく、黒ドレス特化救済春麗が言うから強いです。
黒に詳しい春麗だからこそ、微妙な危険差分を見抜ける。
前回の《押し返す黒》は、まだリュウの拳へ責任を返す言葉でした。
今回の「勝手に大事にしなさい」は、少しだけ保持を許している。
この差はかなり危険です。
そして、この差を拾えたことで、今後の自覚前春麗ルートがさらに面白くなります。
朝の締めが良い
朝の締めでは、自覚前春麗がこう整理します。
一昨日の黒は消えていない。
一昨日の言葉も消えていない。
リュウの拳に残ったものも否定しない。
でも、残ったものを全部、次へ繋げなくてもいい。
ここが今回の到達点です。
最後に、
次の黒ではなく。
一昨日の黒でもなく。
まずは、今日の春麗として。
で終わるのがかなり綺麗です。
これは本編春麗の「次に立つ私」と響き合いながら、自覚前春麗らしく少し慎重な着地になっています。
今回の妄想章IFの到達点
今回で、自覚前春麗は次の地点に来ました。
黒を着ない日を作った
しかしリュウに一昨日の黒と言葉を持ち越された
黒は服だけではないと突きつけられた
言葉まで拳に残ったと知らされた
「次は、言葉まで含めて今の春麗を見る」で精神HPを削られた
「勝手に大事にしなさい」という危険な新しい言葉を出してしまった
ただし、黒を着ない日は継続できた
次を選ばず、今日の春麗へ戻ることができた
つまり、今回の回は、
再戦欲求を刺激されながらも、再戦を選ばなかった回
です。
ここが非常に重要です。
紙一重勝利陶酔リスクは再燃した。
でも沈まなかった。
黒は持ち越された。
でも黒を着なかった。
次は、と反応した。
でも次へ行かなかった。
この「危険だが踏みとどまった」感じが、とても良いです。
結論
今回の妄想章IFは、かなり綺麗な黒非着用日の日常追撃回です。
一言でまとめるなら、
自覚前春麗は、黒を着ないことで一昨日の勝利ログから距離を取ろうとした。
しかしリュウは、一昨日の黒と言葉を拳に残したまま普通に現れた。
その結果、自覚前春麗は“黒を着ていない日にも黒が残る”ことを突きつけられたが、それでもすぐ次へ繋げず、今日の春麗として踏みとどまった。
これはかなり良い回です。
本編春麗が「勝った青を覚えられた」回なら、
自覚前春麗は「勝った黒と言葉を、黒を着ていない日に持ち越された」回。
この対比が非常に綺麗でした。