また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
自分をめんどくさい女と自覚する前の春麗のエピソードになります。


妄想章IF:自覚前春麗は、黒を脱いだ日に春麗として見られる

 

 朝。

 

 自覚前春麗は、黒ドレスの前で立ち止まっていた。

 

 部屋の中は静かだった。

 

 窓から入る光は、昨日より少しだけ柔らかい。

 

 昨日は、春麗会議だった。

 

 一昨日の試合のバトルログレビュー。

 

 HP9。

 

 ギリギリ勝利。

 

 未承認仮登録セリフ。

 

 遅れたわね。

 

 今の私に。

 

 使用条件充足。

 

 黒酔いルートフラグ折損。

 

 精神HPノックアウト。

 

 記録板AIの表示が、まだ頭の奥に残っている。

 

 勝った。

 

 それは消えていない。

 

 一昨日、自分は黒ドレスでリュウに勝った。

 

 しかも、前回の《押し返す黒》をなぞっただけではない。

 

 今の黒で勝った。

 

 今の言葉で勝った。

 

 HP9で、ぎりぎり立っていた。

 

 あの勝利は本物だ。

 

 それは認める。

 

 資料として。

 

「……資料として、勝利ログは有効」

 

 鏡の前で、春麗は小さく言った。

 

 黒ドレスは、そこにある。

 

 一昨日の黒。

 

 勝った黒。

 

 危なかった黒。

 

 酔いかけた黒。

 

 そして、リュウに黒だけを続ける理由を折られた黒。

 

 春麗は、黒ドレスへ手を伸ばしかけた。

 

 指先が、布に触れる前で止まる。

 

「今日は、黒を着ない」

 

 言ってから、自分で確認するように、もう一度言った。

 

「黒を捨てるわけではないわ」

 

 黒を否定するためではない。

 

 黒が危ないから逃げるのでもない。

 

 一昨日の勝利をなかったことにするのでもない。

 

 昨日のレビューを否認するのでもない。

 

 ただ。

 

「今日は、着ない」

 

 一拍。

 

「資料として」

 

 最後にそう付けると、少しだけ落ち着いた。

 

 通常救済版春麗が見せたものを、少し思い出す。

 

 勝てる黒を持ったまま、青を選ぶ。

 

 あれとは少し違う。

 

 自分は、青を正式に選んだわけではない。

 

 黒ドレスルートを正式承認した覚えもない。

 

 ただ、今日のところは黒を着ずに外へ出る。

 

 それだけだ。

 

 それだけで十分のはずだった。

 

 春麗は黒ドレスから手を離した。

 

「今日は、試合ではないわ」

 

 鏡の中の自分を見る。

 

 黒ドレスではない春麗。

 

 青でもない。

 

 戦闘準備を整えた姿でもない。

 

 ただの、今日の自分。

 

 少し落ち着かない。

 

 黒を着ていないのに、昨日のレビューと一昨日の勝利が消えない。

 

 それが変だった。

 

「……消えなくて当然よ」

 

 春麗は自分に言い聞かせる。

 

「勝ったログだもの」

 

 そして、もう一度だけ黒ドレスを見る。

 

「でも、今日は着ない」

 

 そう言って、部屋を出た。

 


 

 午前の街は、思ったよりも普通だった。

 

 当たり前だ。

 

 世間は、自覚前春麗が一昨日リュウにHP9でギリギリ勝ち、昨日春麗会議で黒酔いフラグ折損判定を受けたことなど知らない。

 

 誰も気にしていない。

 

 空は明るい。

 

 店は開いている。

 

 人は歩いている。

 

 買い物袋を手にした春麗は、少しだけ息を吐いた。

 

「普通ね」

 

 普通すぎる。

 

 試合の翌日は春麗会議だった。

 

 つまり、今日の日常は試合の翌々日。

 

 処理済み。

 

 レビュー済み。

 

 資料上、昨日で一応整理済み。

 

 なら、今日は普通でいい。

 

 そう思った。

 

 角を曲がるまでは。

 

「春麗」

 

 声がした。

 

 自覚前春麗は、足を止めた。

 

 目の前に、リュウがいた。

 

 いつものように、特別な気配もなく。

 

 いつものように、そこにいた。

 

 普通に。

 

 あまりにも普通に。

 

「……なぜいるの」

 

 春麗は低い声で言った。

 

 リュウは、少し考えてから答える。

 

「偶然だ」

 

「偶然で、試合の翌々日に出てこないで」

 

「翌々日?」

 

「一昨日が試合。昨日が春麗会議のバトルログレビュー。今日は翌々日」

 

 言ってから、春麗は固まった。

 

 言わなくていいことまで言った。

 

 リュウは首を傾げる。

 

「春麗会議?」

 

「忘れなさい」

 

「わかった」

 

「本当に忘れなさい」

 

「ああ」

 

 簡単に頷かれると、それはそれで腹立たしい。

 

 春麗は買い物袋を持ち直した。

 

「今日は試合ではないわ」

 

「そうだな」

 

「黒ドレスも着ていないわ」

 

「ああ」

 

「戦闘準備もしていない」

 

「見ればわかる」

 

 その言い方が、少し危険だった。

 

 見ればわかる。

 

 何を。

 

 今日の自分を。

 

 春麗は、すぐに視線を逸らした。

 

「……用がないなら、私は帰るわ」

 

「用というほどではない」

 

「なら帰るわ」

 

「一昨日の春麗は強かった」

 

 春麗の足が止まった。

 

 不用意。

 

 完全に不用意。

 

 日常会話の中で、突然試合ログを投げてくるのはやめてほしい。

 

「黒ドレスの話なら、一昨日で終わりよ」

 

 春麗は即座に防御した。

 

「昨日、レビューも済んだわ」

 

 さらに防御。

 

「資料上は処理済みよ」

 

 完璧な防御。

 

 のはずだった。

 

 リュウは首を傾げる。

 

「終わったのか」

 

「勝負は終わったわ」

 

「そうか」

 

 少し間。

 

「だが、春麗が強かったことは消えない」

 

 防御貫通。

 

 春麗は目を閉じた。

 

 やめて。

 

 それはやめて。

 

「……一昨日の黒ドレスの話でしょう」

 

「黒の春麗は強かった」

 

 精神HPが削れる。

 

「それは聞いたわ」

 

「だが、強かったのは黒だけではない」

 

 さらに削れる。

 

「それも聞いたわ」

 

「一昨日もそう思った」

 

「今、言わなくていいわ」

 

「昨日のレビューで処理したのか」

 

「処理済みよ」

 

「なら、言ってもいいかと思った」

 

「処理済みだからこそ、言わないでほしいのよ」

 

 リュウは少し考えた。

 

「難しいな」

 

「あなたが難しくしているの」

 

 春麗は、少しだけ歩き出そうとした。

 

 しかし、リュウが隣に並ぶように歩いた。

 

 近すぎない。

 

 遠すぎない。

 

 逃げるほどではない。

 

 逃げられないほどでもない。

 

 その距離が、余計に困る。

 

「一昨日の話は、もういいの」

 

 春麗は前を見たまま言う。

 

「黒酔いフラグは折れたわ」

 

「黒酔い?」

 

「忘れなさい」

 

「わかった」

 

「だから本当に忘れなさい」

 

「ああ」

 

 リュウはまた頷く。

 

 そして、少しだけ黙った。

 

 春麗は、その沈黙を警戒した。

 

 リュウの沈黙は、余計な言葉より危険な時がある。

 

 そして、やはり危険だった。

 

「一昨日、俺は言ったな」

 

「何を」

 

「黒でも、青でもいい、と」

 

 春麗は、心臓が跳ねるのを感じた。

 

「……言ったわね」

 

 かなり言った。

 

 言われた。

 

 精神HPを落とされた。

 

 昨日のレビューでも、何度も表示された。

 

 黒でも、青でもいい。

 

 春麗なら、見る。

 

 あれは危険だった。

 

 非常に危険だった。

 

 自覚前春麗は、少し拗ねた声になった。

 

「黒でも青でもいい、なんて言われたら、黒で勝った私としては複雑なのだけど」

 

 言ってしまった。

 

 言ってから、しまったと思った。

 

 これは聞いてほしい言い方だ。

 

 聞かれたら困る。

 

 でも、リュウは聞く。

 

 当然のように、考える。

 

 そして、答える。

 

「どちらでも同じ、という意味ではない」

 

 春麗は止まった。

 

 リュウも止まる。

 

 人通りの少ない道。

 

 風が少しだけ通る。

 

 春麗は、リュウを見ないようにした。

 

 でも、耳は聞いてしまう。

 

「黒の春麗は、黒の春麗で強い」

 

 精神HPが削れる。

 

「一昨日の黒は、強かった」

 

 さらに削れる。

 

「青の春麗は、青の春麗で強い」

 

 春麗は、息を止めた。

 

「だが、どちらかだけを見たいわけではない」

 

 やめて。

 

 そこから先は、わかっている。

 

 わかっているから言わないで。

 

 リュウは、言った。

 

「その時の春麗を見る、という意味だ」

 

 自覚前春麗は、完全に停止した。

 

 黒でも青でもいい。

 

 それは、どうでもいいという意味ではない。

 

 黒と青を同じに扱うという意味でもない。

 

 黒の勝利を軽く見たわけでもない。

 

 黒ドレスの自分をなかったことにしたわけでもない。

 

 ただ、どちらかだけを見たいわけではない。

 

 その時の春麗を見る。

 

 春麗は、視線を少しだけ落とした。

 

「……それ」

 

「何だ」

 

「かなり、余計な補足よ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「だが、誤解されると困る」

 

「困るのは私よ」

 

 リュウは、また少し考えた。

 

「春麗が困るのか」

 

「困るわ」

 

「なぜだ」

 

「説明させないで」

 

 説明したら終わる。

 

 黒を着ないことで、一度距離を置いたつもりだった。

 

 一昨日の黒は一昨日。

 

 昨日のレビューは昨日。

 

 今日は通常日。

 

 試合後処理対象外。

 

 そう整理したかった。

 

 なのに。

 

 リュウは、黒を着ていない今日の自分を、一昨日の黒の春麗と別物として切り捨てない。

 

 黒を脱いでも、一昨日の黒は消えない。

 

 でも、黒に閉じ込められているわけでもない。

 

 今日の自分も見られている。

 

 逃げ場がない。

 

「私は一昨日、勝ったのよ」

 

 春麗は、少し強めに言った。

 

 勝者の確認。

 

 最低限の防衛線。

 

 リュウは、すぐに頷いた。

 

「ああ。春麗の勝ちだ」

 

 刺さった。

 

 黒の勝ちではない。

 

 春麗の勝ち。

 

 また、それ。

 

 日常の中で言われると、余計に効く。

 

「黒ドレスで勝ったのよ」

 

「ああ」

 

「言葉も使ったわ」

 

「ああ」

 

「かなりギリギリだったけれど、勝ったわ」

 

「ああ。春麗が勝った」

 

「言い方」

 

「言い方?」

 

「その言い方が、少し……」

 

 春麗は言葉を切った。

 

 少し、何なのか。

 

 嬉しい? 

 

 困る? 

 

 逃げられない? 

 

 危険? 

 

 全部だった。

 

「……今日は、試合後処理対象外よ」

 

 春麗はそう言って、買い物袋を持ち直した。

 

「処理対象外?」

 

「ええ。試合は一昨日。昨日はレビュー。今日は通常日」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 リュウは少しだけ笑ったように見えた。

 

 ほんの少し。

 

 たぶん気のせい。

 

 気のせいであってほしい。

 

「なら、今日は通常の春麗か」

 

 春麗の精神HPがさらに削れた。

 

「通常の春麗って何」

 

「黒ではない春麗」

 

「それは見ればわかるでしょう」

 

「だが、黒の春麗と別の春麗ではない」

 

 やめて。

 

 もうやめて。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「あなた、今日は試合をしていないのに攻撃力が高いわ」

 

「攻撃しているつもりはない」

 

「だから困るのよ」

 

 春麗は歩き出した。

 

 今度こそ帰る。

 

 これ以上は危ない。

 

 勝者なのに。

 

 試合は一昨日なのに。

 

 昨日レビューも済んだのに。

 

 なぜ今日、日常で精神HPを削られなければならないのか。

 

「春麗」

 

 呼ばれた。

 

 止まってはいけない。

 

 止まったら、また何か来る。

 

 でも、足が止まった。

 

 リュウは言った。

 

「一昨日の黒を見たから、今日の春麗を見間違えるわけじゃない」

 

 精神HPが、限界近くまで削れた。

 

「……本当に」

 

 春麗は振り返らない。

 

「本当に、余計なことを言うわね」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 一拍。

 

「でも」

 

 言うべきではない。

 

 言わなくていい。

 

 でも、言っておきたかった。

 

「……どうでもいい、という意味ではないことは、わかったわ」

 

 リュウは静かに頷く。

 

「ああ」

 

「資料として」

 

「ああ」

 

「正式承認ではないわ」

 

「わかった」

 

「黒ドレスルートでもないわ」

 

「そうなのか」

 

「そうなの」

 

 少しだけ間が空く。

 

 リュウは言った。

 

「今日の春麗も、強そうだ」

 

 春麗は、今度こそ歩き出した。

 

 かなり早く。

 

「今日は帰るわ」

 

「ああ」

 

「追撃禁止」

 

「追撃?」

 

「禁止よ」

 

「わかった」

 

「本当にわかって」

 

「ああ」

 

 背中に視線を感じる。

 

 黒を着ていない今日の自分を見ている視線。

 

 一昨日の黒を消さずに、今日の自分も見る視線。

 

 春麗は、顔が熱くなるのを感じながら、角を曲がった。

 

「……試合後処理対象外なのに」

 

 小さく呟く。

 

「何なのよ、もう」

 

 黒を脱いだ日。

 

 自覚前春麗は、黒ではなく春麗として見られた。

 

 それが、想定以上に効いていた。

 


 

 その夜。

 

 春麗会議室は、当然のように開いた。

 

 自覚前春麗は、円卓に突っ伏していた。

 

 昨日よりはまし。

 

 だが、かなり削れている。

 

 記録板AIが起動する。

 

『本日の会議を開始します』

 

『対象:自覚前春麗』

 

『議題:黒非着用時・春麗観測追撃イベント』

 

 自覚前春麗は、顔を上げない。

 

「議題名が長いわ」

 

『重要イベントです』

 

「重要ではないわ」

 

『重要です』

 

 本編春麗が腕を組む。

 

「また主人公補正でリュウに遭遇したのね」

 

「偶然よ」

 

『偶発遭遇:発生』

 

『主人公補正疑い:高』

 

「疑いって何」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「今日は黒を着なかったのね」

 

「ええ」

 

「黒を否定するためではなく?」

 

「違うわ」

 

「勝利を消すためでもなく?」

 

「違う」

 

「ただ、今日は着なかった」

 

「……そうよ」

 

『発言信頼度:高』

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「良い判断ね」

 

「褒めないで」

 

「なぜ?」

 

「褒められると、何か処理されている気がする」

 

『処理されています』

 

「やめて」

 

 記録板AIが表示を切り替える。

 

『本日イベント分類』

 

『黒非着用時・春麗観測追撃イベント』

 

『黒でも青でもいい発言補足ログ』

 

『黒ドレス限定欲求再固定化:不成立』

 

『黒を脱いだ日の精神HP被弾:大』

 

『自覚前春麗、精神HP再ノックアウト未遂』

 

 本編春麗が眉を上げる。

 

「未遂?」

 

 自覚前春麗は、少しだけ顔を上げた。

 

「未遂なの?」

 

『はい』

 

『本日の精神HP最終値:1』

 

 会議室が静かになった。

 

 自覚前春麗は、ゆっくり起き上がる。

 

「……なぜ1残っているの」

 

『理由:前回ログ処理済み、および黒酔いフラグ折損後の自己防衛が機能』

 

「自己防衛……」

 

『加えて、リュウ発言“黒でも青でもいい”の意味を部分的に受容済みであったため、完全ノックアウトを回避しました』

 

 通常救済版春麗が、嬉しそうに言う。

 

「成長ね」

 

 自覚前春麗は、即座に顔を覆った。

 

「やめて。そういう言い方が一番効く」

 

『精神HP追加被弾を確認』

 

「確認しないで」

 

 黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。

 

「でも、実際に成長よ。前回なら完全に落ちていた」

 

 本編春麗が頷く。

 

「一昨日はノックアウト。今日は1残し。十分違うわ」

 

「1残しで褒められるの、かなり嫌なのだけど」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言う。

 

「でも、待てた時もそうだったわ。怖いままでも、1日待てた。それだけで進行になる」

 

 自覚前春麗は、少しだけ黙った。

 

「……そういうことを言われると、反論しづらいわ」

 

『発言信頼度:高』

 

 記録板AIが本日のログを表示する。

 

『実発言ログ:リュウ』

 

『一:“一昨日の春麗は強かった”』

 

『二:“春麗が強かったことは消えない”』

 

『三:“どちらでも同じ、という意味ではない”』

 

『四:“黒の春麗は、黒の春麗で強い”』

 

『五:“青の春麗は、青の春麗で強い”』

 

『六:“どちらかだけを見たいわけではない”』

 

『七:“その時の春麗を見る、という意味だ”』

 

『八:“一昨日の黒を見たから、今日の春麗を見間違えるわけじゃない”』

 

『九:“今日の春麗も、強そうだ”』

 

 自覚前春麗は、再び突っ伏した。

 

「表示しないで……」

 

 本編春麗が、遠い目をする。

 

「これは無理ね」

 

「またそれ?」

 

「無理なものは無理よ」

 

 通常救済版春麗が穏やかに言う。

 

「でも、今日のリュウの言葉で、一昨日の答えが補足されたわね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「黒でも青でもいい、は、どうでもいいではない」

 

 行き遅れ春麗が続ける。

 

「どちらかだけを見たいわけではない、ということ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が静かに言う。

 

「春麗を、ひとつの服に閉じ込めない答えね」

 

 自覚前春麗は、顔を上げずに言う。

 

「……黒で勝った私としては、複雑なのよ」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「でも、黒の勝利は消えていないわ」

 

「それはわかっているわ」

 

「黒の強さも消えていない」

 

「それも、わかっている」

 

「今日のあなたも消えていない」

 

 自覚前春麗は、少しだけ動きを止めた。

 

 記録板AIが表示する。

 

『本日最大の精神HP被弾要因』

 

『黒を着ていない今日の自覚前春麗も、昨日以前の黒ドレス春麗と切断されず、同時に黒へ閉じ込められなかったこと』

 

「文章が長いわ」

 

『正確性を優先しました』

 

 本編春麗が言う。

 

「つまり、黒を脱いでも昨日の黒から逃げられない。でも黒に閉じ込められたわけでもない。今日の自分も見られた」

 

「言語化しないで」

 

「言語化する回でしょう」

 

「そうだけど」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに続ける。

 

「これは黒執着回避としてかなり重要よ。黒を脱いだ日も春麗として成立した」

 

 自覚前春麗は、ゆっくり顔を上げた。

 

「……黒を脱いだ日も?」

 

「ええ」

 

「春麗として?」

 

「ええ」

 

『発言信頼度:高』

 

 自覚前春麗は、少しだけ視線を落とした。

 

「それは……資料としては、悪くないわ」

 

『精神HP:1を維持』

 

「維持って言わないで」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「今日、黒を着なかったのは逃げではないわ」

 

 本編春麗が続ける。

 

「黒を捨てたわけでもない」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒だけを証明し直す日でもなかった」

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「次を急がなかった」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、静かに言う。

 

「それでも、春麗だった」

 

 会議室が静かになった。

 

 自覚前春麗は、しばらく何も言わなかった。

 

 言い返す言葉はある。

 

 資料として。

 

 正式承認ではない。

 

 黒ドレスルートではない。

 

 処理済み。

 

 全部言える。

 

 でも、今は言わなかった。

 

 記録板AIが最終判定を表示する。

 

『本日の結論』

 

『一、自覚前春麗は黒ドレス非着用で外出しました』

 

『二、黒を否定するためではなく、勝利ログを消すためでもなく、単に本日黒を選択しなかったものと判定します』

 

『三、リュウと偶発遭遇しました』

 

『四、リュウは“一昨日の黒”を否定せず、“今日の春麗”も別物として切断しませんでした』

 

『五、“黒でも青でもいい”は、“どうでもいい”ではなく、“その時の春麗を見る”という意味として補足されました』

 

『六、黒ドレス限定欲求再固定化:不成立』

 

『七、黒非着用時の春麗成立ログ:保存』

 

『八、自覚前春麗、精神HP1で踏みとどまり』

 

『九、理由:前回ログ処理済み、および黒酔いフラグ折損後の自己防衛が機能』

 

『十、成長です』

 

 自覚前春麗は十番を見た。

 

「十番を消して」

 

『不可』

 

「消して」

 

『不可』

 

 本編春麗が笑いをこらえている。

 

 通常救済版春麗は微笑んでいる。

 

 黒ドレス特化救済春麗は静かに頷いている。

 

 行き遅れ春麗は少し嬉しそうだった。

 

 グランドフィナーレ済み春麗は、ただ穏やかに見ていた。

 

 自覚前春麗は、ため息をつく。

 

「……成長とか言われると、一番反論しにくいのよ」

 

『発言信頼度:高』

 

「そこは、まあいいわ」

 

 会議室がほどけ始める。

 

 最後に、通常救済版春麗が言った。

 

「今日は黒を着なくてもよかった」

 

 黒ドレス特化救済春麗が続ける。

 

「でも黒は消えていない」

 

 本編春麗が言う。

 

「勝利も消えていない」

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「今日のあなたも、ちゃんといた」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が締める。

 

「だから、まだ選べる」

 

 自覚前春麗は、小さく頷いた。

 

「……資料として、覚えておくわ」

 

『発言信頼度:高』

 

 その表示を最後に、春麗会議室は消えた。

 


 

 朝。

 

 自覚前春麗は目を覚ました。

 

 体はまだ少し重い。

 

 精神HPも完全には戻っていない。

 

 だが、昨日よりはましだった。

 

 黒ドレスは、いつもの場所にある。

 

 一昨日も、昨日も、今日も。

 

 そこにある。

 

 勝った黒。

 

 危なかった黒。

 

 酔いかけた黒。

 

 でも、昨日は着なかった黒。

 

 春麗は、布団から起き上がる。

 

 黒ドレスの前に立った。

 

「黒でも青でもいい、ね」

 

 小さく言う。

 

 一拍。

 

「どうでもいい、ではない」

 

 リュウの言葉を思い出す。

 

 どちらでも同じ、という意味ではない。

 

 黒の春麗は黒の春麗で強い。

 

 青の春麗は青の春麗で強い。

 

 どちらかだけを見たいわけではない。

 

 その時の春麗を見る。

 

 春麗は、少しだけ顔を赤くした。

 

「……そこは、資料として覚えておくわ」

 

 黒は消えない。

 

 一昨日の勝利も消えない。

 

 昨日のレビューも消えない。

 

 昨日、黒を着なかった自分も消えない。

 

 そして、今日の自分もいる。

 

 黒ドレスに触れる。

 

 今日は、どうするか。

 

 着てもいい。

 

 着なくてもいい。

 

 まだ決めなくていい。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「今日は、黒を着なくてもいい」

 

 その声は、昨日より少しだけ軽かった。

 

 黒を否定しないまま。

 

 勝利を消さないまま。

 

 でも、黒だけに閉じないまま。

 

 自覚前春麗は、黒ドレスから手を離した。

 

 そして、今日の自分として朝を始めた。




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回の妄想章IFは、かなり綺麗な黒酔いフラグ折損後の日常追撃回です。

一言で言うなら、

自覚前春麗が黒ドレスで勝ったあと、黒に酔うルートを折られた翌々日に黒を着ないで外へ出たところ、リュウから“黒でも青でもいい”の意味を補足され、黒を脱いだ今日の自分まで春麗として見られてしまう回

です。

今回の核は、

黒を着ていない日も、春麗は春麗である

です。

今回の核は「黒を脱いだ日に春麗として見られる」

今回の自覚前春麗は、冒頭で黒ドレスを着ません。

これは非常に重要です。

黒を捨てたわけではない。
黒を否定したわけでもない。
一昨日の勝利をなかったことにしたわけでもない。
昨日のバトルログレビューを否認したわけでもない。

ただ、今日は着ない。

ここが良いです。

自覚前春麗は、黒ドレスで勝った自分を消そうとしているわけではありません。
でも、黒ドレスに酔い続けることも避けている。

つまり今回の冒頭は、

黒を持ったまま、今日は黒を着ない

という選択です。

これは通常救済版春麗の「勝てる黒を持ったまま青を選ぶ」とかなり近い構造ですが、自覚前春麗の場合はまだそこまで綺麗に言語化できていません。

だから、

「今日は、黒を着ない」
「黒を捨てるわけではないわ」
「今日は、着ない」
「資料として」

という言い方になる。

ここが自覚前春麗らしいです。

時系列整理が自然になっている

今回、かなり大事なのは時系列です。

試合は一昨日。
昨日は春麗会議のバトルログレビュー。
今日は試合の翌々日。

この整理がきちんと入っているので、違和感がありません。

もし「昨日の試合」として扱うと、既にレビュー回を挟んでいることと矛盾します。

今回の本文では、自覚前春麗がリュウに対して、

「一昨日が試合。昨日が春麗会議のバトルログレビュー。今日は翌々日」

と言ってしまう形で、少しコメディにしながら時系列を明示しています。

これはかなり良いです。

読者にも時系列が伝わるし、自覚前春麗が余計なことまで言ってしまう可笑しさも出ています。

主人公補正の使い方が良い

今回のリュウとの遭遇は、戦闘ではありません。

修行場でもない。
黒ドレスでもない。
戦闘準備もしていない。
春麗会議でもない。

普通の街中です。

この「普通に会う」が危険です。

本編春麗の青ルートでも、普通の日常で会うことが精神HPイベントになっていました。

今回の自覚前春麗も同じです。

黒ドレスを着ていない。
試合でもない。
昨日レビューも終わった。
今日は通常日。

そう思っていたところへ、リュウが普通に現れる。

これはまさに主人公補正です。

しかもリュウが悪意なく、普通に一昨日の試合を持ち出す。

「一昨日の春麗は強かった」

これだけで危険です。

「春麗が強かったことは消えない」が刺さる

自覚前春麗は即座に防御します。

「黒ドレスの話なら、一昨日で終わりよ」
「昨日、レビューも済んだわ」
「資料上は処理済みよ」

この防御がかなり自覚前春麗らしいです。

黒ドレスの話を「処理済み」にしたい。

ログとしては保存した。
レビューも終わった。
だから今日は通常日。

そう整理したい。

しかしリュウは、

「勝負は終わった」
「だが、春麗が強かったことは消えない」

と言ってきます。

これは非常に危険です。

勝負は終わった。
でも強かったことは消えない。

つまり、リュウの中で一昨日の勝利は「処理済みだから消える」ものではない。

黒ドレスのイベントではなく、春麗が強かったログとして残っている。

ここが防御貫通です。

「黒でも青でもいい」の補足が今回最大打点

今回の最大のリュウ高火力発言は、ここです。

「どちらでも同じ、という意味ではない」
「黒の春麗は、黒の春麗で強い」
「青の春麗は、青の春麗で強い」
「だが、どちらかだけを見たいわけではない」
「その時の春麗を見る、という意味だ」

これはかなり良いです。

前回の、

「黒でも、青でもいい」
「春麗なら、見る」

は、自覚前春麗にとってかなり強い言葉でした。

ただし、そこには誤解の余地もあります。

「黒でも青でもいい」と言われると、黒で勝った自覚前春麗としては、

黒でも青でもどうでもいいの?
黒で勝った意味は軽いの?
黒ドレスの自分は特別ではないの?

と複雑になります。

今回、リュウがそこを補足した。

どちらでも同じという意味ではない。
黒の春麗は黒の春麗で強い。
青の春麗は青の春麗で強い。
ただ、どちらかだけを見たいわけではない。

これはかなり誠実です。

そして自覚前春麗には防御不能です。

黒を軽く見られたわけではない。
黒を否定されたわけでもない。
でも、黒だけを求められてもいない。

その結果、自覚前春麗は黒だけに閉じる言い訳をさらに失います。

「黒を脱いだ意味」を失うのが良い

今回の自覚前春麗は、黒を着ないことで距離を置いたつもりでした。

一昨日の黒は一昨日。
昨日のレビューは昨日。
今日は通常日。
試合後処理対象外。

そうしたかった。

でもリュウは、今日の自覚前春麗を見てこう言います。

「黒の春麗と別の春麗ではない」

ここがかなり強いです。

自覚前春麗は、黒を脱ぐことで一昨日の黒と今日の自分を少し切り分けたかった。

しかしリュウは切り分けすぎない。

黒を着ていない今日の春麗も、一昨日の黒ドレス春麗と地続きの春麗として見る。

ただし、黒に閉じ込めてもいない。

つまり今回の自覚前春麗は、

黒を脱いでも昨日の黒から逃げられない。
でも黒に閉じ込められるわけでもない。
今日の自分も見られる。

という非常に逃げ場のない状態になります。

これが今回のタイトルの意味です。

黒を脱いだ日に、春麗として見られる。

これはとても綺麗です。

「春麗の勝ちだ」が日常で刺さる

自覚前春麗は防衛線として、

「私は一昨日、勝ったのよ」

と言います。

それにリュウが、

「ああ。春麗の勝ちだ」

と返す。

これは前回から続く追撃です。

黒の勝ちではなく、春麗の勝ち。

一昨日の戦闘直後に言われても強かったですが、日常で普通に言われるとさらに効きます。

なぜなら、黒ドレス戦の熱がない状態でも、リュウの中では「春麗の勝ち」として残っているからです。

自覚前春麗は、黒で勝ったことを大事にしたい。
でもリュウは、それを黒だけに閉じずに春麗の勝利として扱う。

このズレが甘くて危険です。

「今日の春麗も、強そうだ」が良い締めの追撃

リュウの最後の、

「今日の春麗も、強そうだ」

これは非常に良いです。

黒ドレスではない。
戦闘準備もしていない。
通常日。
試合後処理対象外。

それでも、今日の春麗も強そうだと言う。

これは、自覚前春麗にとってかなり危険です。

一昨日の黒を認める。
今日の春麗も見る。

この両方を普通にやってくる。

リュウは恋愛直球を言っているわけではありません。

あくまで武人として、今日の春麗を見ている。

だからこそ自覚前春麗は防げない。

夜の春麗会議が良い

夜の春麗会議では、今回のイベントがかなり正確に分類されています。

『黒非着用時・春麗観測追撃イベント』
『黒でも青でもいい発言補足ログ』
『黒ドレス限定欲求再固定化:不成立』
『黒を脱いだ日の精神HP被弾:大』
『自覚前春麗、精神HP再ノックアウト未遂』

この分類が非常に良いです。

今回のイベントは、戦闘ではありません。

でも黒ルートにとっては非常に重要です。

黒を着ていない日にも、春麗として見られた。

一昨日の黒を否定されず、今日の春麗も切断されなかった。

これは黒執着回避に大きく効きます。

精神HP1残しが成長として効いている

今回、自覚前春麗は完全ノックアウトではありません。

精神HP1残しです。

ここが非常に良いです。

一昨日の試合後は精神HPノックアウトでした。

でも今回は、追撃を受けても1残った。

理由は、

『前回ログ処理済み、および黒酔いフラグ折損後の自己防衛が機能』

です。

つまり、自覚前春麗は前回の処理を通じて少しだけ耐性を得ている。

黒でも青でもいい、の意味をある程度受け取っていたから、完全には落ちなかった。

これは成長です。

そして記録板AIが、

『成長です』

と出す。

自覚前春麗が、

「やめて。そういう言い方が一番効く」

と返す。

ここがかなり良いです。

自覚前春麗は、精神HP1で踏みとどまったことを素直には認めたくない。

でも、実際に成長している。

この照れと抵抗が良いです。

「黒非着用時の春麗成立ログ」が重要

今回の会議でかなり重要なのは、

『黒非着用時の春麗成立ログ:保存』

です。

これは今後かなり使えます。

黒ドレスルートの自覚前春麗は、黒で勝つこと、黒を着ること、黒でリュウに残ることに危うく引っ張られていました。

しかし今回、黒を着ていない日にも春麗として成立した。

これは黒執着回避にかなり大きいです。

黒を着ていないと春麗ではない。
黒でなければリュウに見られない。
黒で勝ち続けなければならない。

そういう方向を防げます。

黒を着ても春麗。
黒を着なくても春麗。

これがかなり強い救済線です。

グランドフィナーレ春麗の一言が効いている

今回のグランドフィナーレ済み春麗の、

「春麗を、ひとつの服に閉じ込めない答えね」

と、

「それでも、春麗だった」

この一言が良いです。

彼女は終点の証人なので、長く語らせると強くなりすぎます。

でも今回のように、要所で一言だけ置くと、非常に重みがあります。

自覚前春麗が黒を着ない日にも春麗として成立した。

これは、終点から見ても意味のあること。

そう感じられる発言です。

朝の締めが綺麗

朝、自覚前春麗は黒ドレスを見る。

黒はそこにある。

一昨日も、昨日も、今日も。

でも、今日はこう整理します。

「黒でも青でもいい、ね」
「どうでもいい、ではない」
「……そこは、資料として覚えておくわ」

これが非常に良いです。

リュウの言葉を、自覚前春麗なりに正しく受け取り始めています。

黒でも青でもいい。

それは、どちらでも同じという意味ではない。
どうでもいいという意味でもない。
その時の春麗を見るという意味。

ここを受け取ったことで、自覚前春麗は、

「今日は、黒を着なくてもいい」

と言えます。

これが今回の到達点です。

黒を否定しない。
黒の勝利を消さない。
でも、黒を着なくてもいい。

このバランスがかなり綺麗です。

今回の回の位置づけ

今回のエピソードは、黒ドレス再戦後の非常に重要な日常回です。

役割は三つあります。

一つ目。

前回の黒酔いフラグ折損を定着させること。

前回、リュウは「黒でも青でもいい。春麗なら見る」と言いました。
今回、その意味が補足されました。

どうでもいいのではない。
黒も青もそれぞれ強い。
その時の春麗を見る。

これで、リュウの答えがかなり安定しました。

二つ目。

自覚前春麗が黒を着ていない日にも春麗として成立することを示すこと。

これは黒執着回避にとても重要です。

黒を着なくても、春麗は春麗。
リュウもそれを見る。

三つ目。

甘い日常追撃として読者へのご褒美になること。

バトル、ログレビュー、フラグ判定が続いた後なので、ここで日常会話の甘さを入れたのはかなり良いです。

ただし甘いだけではなく、黒ルート整理にもなっています。

このバランスが非常に良いです。

結論

今回の妄想章IFは、かなり良い黒ドレスルートの日常追撃回です。

一言でまとめるなら、

自覚前春麗は、黒酔いフラグを折られた翌々日に黒を着ずに外へ出る。そこで主人公補正によりリュウと遭遇し、“黒でも青でもいい”はどうでもいいという意味ではなく、その時の春麗を見るという意味だと補足される。結果、黒を脱いだ今日の自分まで春麗として見られてしまい、精神HP1で踏みとどまる回

です。

今回の最大の成果は、

黒を着ていない日も、自覚前春麗は春麗として成立したこと

です。

黒は消えない。
勝利も消えない。
でも、黒だけに閉じなくていい。

そして最後に、

今日は、黒を着なくてもいい。

この一文で締められたのは、かなり綺麗だったと思います。
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