また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。


妄想章IF:黒執着春麗は、返す拳を拒む

 

 問いが、消えない。

 

 勝った後、何を選ぶのか。

 

 その言葉が、黒いドレスの内側に残っていた。

 

 黒執着春麗は、鏡の前に立っていた。

 

 目の前には、黒いドレスがある。

 

 何度も着た黒いドレス。

 

 何度もリュウの前に立った黒。

 

 何度も、黒い裾で視線を奪った黒。

 

 何度も、踏み込みを半拍だけ遅らせた黒。

 

 何度も、あと少しまで届いた黒。

 

 そして、何度も届かなかった黒。

 

 春麗は、指先で黒い布に触れた。

 

 冷たくはない。

 

 むしろ、熱い。

 

 胸の奥に残っている熱と同じだった。

 

「……いらないわ」

 

 小さく言う。

 

 誰に向けた言葉かは、わからない。

 

 自分とは違って黒いドレスで勝って救われた春麗にか。

 

 夢の中で残された問いにか。

 

 それとも、自分自身にか。

 

 勝った後、何を選ぶのか。

 

「そんな問い、いらない」

 

 黒いドレスに執着する春麗は、黒ドレスを手に取る。

 

 まず勝つ。

 

 まずリュウを沈める。

 

 まず、この黒いドレスでリュウの目を止める。

 

 まず、黒い裾でリュウの踏み込みを遅らせる。

 

 まず、自分の戦い方が届いたと証明する。

 

 その後のことは、勝ってから考えればいい。

 

 勝ってからでいい。

 

 勝てていないのに、勝った後を考える必要などない。

 

 勝った春麗なら、言えるだろう。

 

 黒を戻せた春麗なら、言えるだろう。

 

 でも自分は違う。

 

 自分はまだ、勝っていない。

 

 リュウを沈めていない。

 

 最後の最後で届いていない。

 

 なら、今考えるべきことは一つだけだ。

 

「勝つ」

 

 黒ドレスを広げる。

 

「リュウに勝つ」

 

 声が低くなる。

 

「この黒で、勝つ」

 

 それだけでいい。

 

 それだけでいいはずだった。

 

 春麗は黒ドレスに袖を通そうとした。

 

 その時、指が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 何かが胸の奥で引っかかった。

 

 勝った後。

 

 その言葉。

 

 まただ。

 

 また残っている。

 

 春麗は唇を噛んだ。

 

「……消えなさい」

 

 言葉にしても、消えない。

 

 黒い布の奥で、沈まない。

 

 勝った後、何を選ぶのか。

 

 春麗は、黒ドレスを強く握った。

 

「勝ってから考えると言ったでしょう」

 

 鏡の中の自分を睨む。

 

 黒いドレス姿の春麗が、そこにいる。

 

 届かなかった黒を抱えた春麗。

 

 まだ返されたくない春麗。

 

 まだ勝ちたい春麗。

 

 まだ黒で終わりたい春麗。

 

「私は、まだ返されたくない」

 

 黒を纏う。

 

「私は、まだ勝ちたい」

 

 髪を整える。

 

「私は、まだこの黒で終わりたい」

 

 鏡の中の春麗が、黒く立つ。

 

 いつものように。

 

 いや。

 

 いつもより、ほんの少しだけ硬く。

 

 裾の揺らし方も。

 

 肩の置き方も。

 

 相手に見せる立ち姿も。

 

 以前より少しだけ、力が入りすぎている。

 

 春麗は、その硬さに気づかないふりをした。

 

「勝つわ」

 

 そう言って、部屋を出た。

 


 

 リュウは、そこにいた。

 

 何度も向き合った場所。

 

 何度も拳を交えた場所。

 

 何度も、あと少しで届かなかった場所。

 

 春麗は、黒い裾を揺らして立った。

 

 リュウは、いつものように構えていた。

 

 ただ。

 

 少し違う。

 

 春麗は、すぐに感じた。

 

 リュウの拳が、いつもと違う。

 

 逃げてはいない。

 

 見ていないわけでもない。

 

 受けるつもりもある。

 

 けれど、ただ受ける拳ではない。

 

 何かを探している。

 

 春麗の黒いドレスで作る間合いを、ただ受けるのではなく。

 

 自分の拳に残った半拍を、どう扱うべきか探している。

 

 その気配が、微かにあった。

 

 春麗は目を細める。

 

「……何、その拳」

 

 リュウは静かに答える。

 

「まだ、わからない」

 

「わからない拳で、私の前に立つの?」

 

「ああ」

 

「随分ね」

 

「逃げる拳ではない」

 

「でしょうね」

 

 春麗は一歩踏み出す。

 

「受ける拳でもない」

 

 リュウは少しだけ黙った。

 

「ああ」

 

 春麗の黒い裾が、足元で揺れる。

 

 その揺れを、リュウの目が追う。

 

 追った。

 

 けれど、以前のようにただ奪われてはいない。

 

 見ながら、探している。

 

 その視線が、春麗にはひどく気に入らなかった。

 

「では、何?」

 

 リュウは拳を握った。

 

「返す拳を、探している」

 

 その瞬間。

 

 春麗の胸の奥で、黒い布が強く引かれたような感覚が走った。

 

 返す。

 

 また、その言葉。

 

 返される黒。

 

 黒ドレス特化救済春麗の夢の中で聞いた言葉。

 

 いらないと言った言葉。

 

 まだ知らないと言った言葉。

 

 まだ返されたくないと言った、自分の黒いドレス姿。

 

 春麗の目が冷える。

 

「返す?」

 

「ああ」

 

「私の黒を?」

 

「そうだ」

 

「誰に?」

 

 リュウは、まっすぐ見る。

 

「春麗に」

 

 春麗は、笑った。

 

 冷たく。

 

 黒く。

 

 痛いほど、静かに。

 

「いらないわ」

 

 リュウは動かない。

 

「私は、あなたに返してほしくて黒を着ているんじゃない」

 

「ああ」

 

「あなたに残すためよ」

 

 黒い裾を一歩分、前へ流す。

 

「あなたの踏み込みを止めるためよ」

 

 肩を沈める。

 

「あなたに、私のこの戦い方が届いたと証明するためよ」

 

 リュウは、春麗を見る。

 

「届いていないのか」

 

 春麗の目が鋭くなる。

 

「まだよ」

 

「本当にか」

 

「その問い、嫌いだわ」

 

 リュウは、それ以上言わなかった。

 

 代わりに、拳を構える。

 

 春麗も構える。

 

 始まる。

 

 いつものように。

 

 けれど、いつもとは違う。

 

 リュウの拳は、受けるだけではなかった。

 

 春麗の黒いドレスで作る間合いへ向かってくる。

 

 真正面から。

 

 逃げずに。

 

 でも、受け止めるだけではなく。

 

 そこに残ったものを、外へ押し返すように。

 

 春麗は、瞬間で悟った。

 

 違う。

 

 それは違う。

 

 彼はまだ知らない。

 

 返す拳を。

 

 リュウが踏み込む。

 

 春麗は黒い裾を流す。

 

 視線を誘う。

 

 踏み込みの拍子をずらす。

 

 肩の角度で蹴りの起点を隠す。

 

 息を詰めるような間合いを作る。

 

 だが、リュウは止まらない。

 

 拳が来る。

 

 春麗は避ける。

 

 黒い裾が遅れて揺れる。

 

 次の蹴り。

 

 リュウは受ける。

 

 しかし、その受け方が違う。

 

 春麗の間合いを受けて、内側へ沈めるのではない。

 

 外へ押し出そうとしている。

 

 黒い裾に奪われた半拍を、自分の拳から切り離そうとしている。

 

 返そうとしている。

 

 けれど。

 

 それは、拒まれているように見えた。

 

「……違う」

 

 春麗は、低く言った。

 

 蹴りを重ねる。

 

 リュウは受ける。

 

 拳を返す。

 

 春麗はさらに裾の揺れを深く使う。

 

 勝ちたい。

 

 沈めたい。

 

 届かせたい。

 

 返されたくない。

 

 リュウの拳が、再び黒い間合いへ触れる。

 

 今度は、少しだけ違った。

 

 受けるだけではない。

 

 持つだけでもない。

 

 何かを春麗へ返そうとしている。

 

 けれど、その拳はまだ硬い。

 

 春麗の黒いドレスで作った間合いを、春麗のものとして返す拳ではない。

 

 春麗がリュウの拳に残した半拍を、リュウの側から押し返す拳だ。

 

 黒執着春麗は、怒りを覚えた。

 

 激しい怒りだった。

 

 それは、拒まれた怒りだった。

 

 奪われた怒りだった。

 

 理解されたようで、理解されていない怒りだった。

 

「返す?」

 

 春麗は踏み込んだ。

 

 黒い足が、地面を打つ。

 

「それは」

 

 リュウの拳を弾く。

 

「拒むことと」

 

 回し蹴りが走る。

 

「何が違うの?」

 

 リュウは受けた。

 

 重い音。

 

 リュウの体が揺れる。

 

 だが、倒れない。

 

 春麗は止まらない。

 

「返すと言えば」

 

 掌底。

 

「私があなたの拳に残した半拍を、追い出していいと思っているの?」

 

 蹴り。

 

「返すと言えば」

 

 黒い裾が翻る。

 

「私が納得するとでも思ったの?」

 

 リュウは黙っていた。

 

 反論しない。

 

 だから余計に腹が立つ。

 

「受けるのでもなく」

 

 春麗の拳が走る。

 

「勝つのでもなく」

 

 リュウがかわす。

 

「返すつもりだった?」

 

 春麗は笑った。

 

「そんなもの、いらないわ」

 

 リュウは、ようやく拳を出した。

 

 速い。

 

 重い。

 

 春麗は黒い裾で間合いを沈める。

 

 それでも拳は届く。

 

 肩にかすめる。

 

 痛み。

 

 懐かしい痛み。

 

 何度も、あと少しで負けた時の痛み。

 

 春麗は笑う。

 

「そうよ」

 

 裾を引く。

 

 体を沈める。

 

 蹴りの角度を変える。

 

「そういう拳でいい」

 

 リュウは眉を寄せる。

 

「春麗」

 

「返さなくていい」

 

 春麗は踏み込む。

 

「拒まなくていい」

 

 リュウの拳と春麗の蹴りが交差する。

 

「ただ、私を沈めなさい」

 

 リュウの目が変わった。

 

「それでは」

 

 低く言う。

 

「春麗は終われない」

 

「終わらせてから言いなさい」

 

 春麗は、黒いドレスの裾をさらに鋭く使った。

 

 視線を奪う。

 

 足元を隠す。

 

 踏み込みのリズムをずらす。

 

 リュウは、今度は返そうとしなかった。

 

 いや。

 

 できなかったのかもしれない。

 

 返す拳ではない。

 

 拒む拳でもない。

 

 結局、最後はいつもの拳だった。

 

 見て。

 

 受けて。

 

 逃げずに。

 

 そして、勝つ拳。

 

 春麗は届きかけた。

 

 黒い裾は、リュウの呼吸を奪った。

 

 間合いを沈めた。

 

 視線を止めた。

 

 最後の蹴りは、確かに届きかけた。

 

 でも。

 

 リュウの拳が、半歩だけ早かった。

 

 春麗の黒い裾の内側へ入り。

 

 視線誘導の外側から、間合いを割り。

 

 春麗の胸元の間合いへ入り。

 

 そこで止めるように、打った。

 

 衝撃。

 

 黒いドレスの裾が揺れる。

 

 春麗の足が止まる。

 

 倒れない。

 

 倒れたくない。

 

 だが、膝が落ちる。

 

 黒い裾が地面に触れる。

 

 リュウは、拳を下ろした。

 

 春麗は息を荒くして、笑った。

 

「また」

 

 声が震える。

 

「また、あと少し」

 

 リュウは何も言わない。

 

「あなたが勝ったわね」

 

「ああ」

 

「でも、返せなかった」

 

 リュウは、拳を見た。

 

 少しだけ、表情が曇る。

 

「ああ」

 

 春麗は、その曇りを見た。

 

 初めてだった。

 

 勝ったリュウが、勝っただけではない顔をしている。

 

 それが、また腹立たしかった。

 

「未完成ね」

 

「ああ」

 

「返す拳ではなかった」

 

「ああ」

 

「拒む拳だった」

 

 リュウは少しだけ首を横に振る。

 

「拒むつもりはなかった」

 

「でも、そう見えたわ」

 

 沈黙。

 

 リュウは、静かに言った。

 

「なら、違ったのだろう」

 

 春麗は、少しだけ目を見開いた。

 

「……認めるのね」

 

「ああ」

 

「あなたは、まだ知らないのね」

 

 リュウは拳を握る。

 

「知らない」

 

 春麗は、唇を噛んだ。

 

 知らない。

 

 完成していない。

 

 リュウも、まだ知らない。

 

 それは腹立たしかった。

 

 同時に。

 

 少しだけ、何かが変だった。

 

 勝った側のリュウが、正解を持っていない。

 

 受ける側のリュウが、返し方を知らない。

 

 なら。

 

 自分だけが、知らないわけではないのか。

 

 その考えが浮かびかけて、春麗は即座に胸の奥へ押し込んだ。

 

「私は、返されたくない」

 

 リュウは頷いた。

 

「聞いた」

 

「なら、返さないで」

 

「まだ、返せない」

 

 その言葉が、なぜか刺さった。

 

 返さない、ではない。

 

 返せない。

 

 春麗は顔を歪める。

 

「……嫌な言い方」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 春麗は立ち上がった。

 

 体は重い。

 

 また負けた。

 

 また届かなかった。

 

 またあと少しだった。

 

 でも、今日の敗北は少し違った。

 

 リュウが変な拳を出した。

 

 受けるのでもなく。

 

 勝つのでもなく。

 

 返すつもりだった。

 

 そして、失敗した。

 

 春麗は背を向ける。

 

「次は」

 

 言いかけて、止まる。

 

 勝った後。

 

 何を選ぶのか。

 

 また問いが残る。

 

 春麗は奥歯を噛む。

 

「次も、私は黒で行くわ」

 

 リュウは答えた。

 

「ああ」

 

「返させるためじゃない」

 

「ああ」

 

「勝つためよ」

 

「ああ」

 

「私の黒いドレスでの戦いを、あなたに残すためよ」

 

 リュウは少しだけ黙った。

 

 そして言った。

 

「それを、どう返すのかを考える」

 

 春麗は振り返らなかった。

 

「考えなくていいわ」

 

 そう言って、去った。

 

 黒い裾が、夜のように揺れた。

 


 

 その夜。

 

 黒執着春麗は、また夢を見た。

 

 真っ暗闇。

 

 何もない場所。

 

 床も空もない。

 

 ただ、黒い布の記憶だけが沈んでいる。

 

 そこに、黒ドレス特化救済春麗がいた。

 

 勝った春麗。

 

 戻った春麗。

 

 返す黒を知っている春麗。

 

 黒執着春麗は、目を開いた瞬間に言った。

 

「リュウが変な拳を出したわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は静かに見る。

 

「そう」

 

「受けるのでもなく」

 

 黒執着春麗は苛立った声で続ける。

 

「いつものように勝つのでもなく」

 

 一歩、踏み出す。

 

「あなたに黒を返すつもりだったのね」

 

 黒い布の記憶が揺れる。

 

「そんなもの、いらない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、すぐには答えなかった。

 

 黒執着春麗は睨む。

 

「あなたがリュウに余計なことを言ったの?」

 

「私のせいにするの?」

 

「違うと言うの?」

 

「違うわ。私はこの世界線のリュウには触れることはできないわ」

 

「なら、何?」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに言った。

 

「それにあれは、まだ返す拳ではないわ」

 

 黒執着春麗は、少しだけ固まった。

 

「……何?」

 

「あれは、まだ返す拳ではない」

 

「あなたが、それを言うの」

 

「ええ」

 

「リュウを庇うのではなく?」

 

「庇わないわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗の声は、落ち着いていた。

 

「拒む拳と、返す拳は違う」

 

 黒執着春麗は、黙った。

 

「今日の彼は、探した」

 

「……」

 

「でも、まだ間違えた」

 

「……間違えた」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は頷く。

 

「返そうとして、押し返した」

 

「そうよ」

 

 黒執着春麗の声が鋭くなる。

 

「私には拒まれたようにしか見えなかった」

 

「なら、それはまだ違う拳よ」

 

「だったら」

 

 黒執着春麗は苛立つ。

 

「だったら何なのよ。何がしたかったの、あの男は」

 

「知らないのよ」

 

 その言葉に、黒執着春麗は止まった。

 

「……知らない?」

 

「ええ」

 

「リュウが?」

 

「彼はまだ、返す拳を知らない」

 

「……」

 

「あなたも、返される黒を知らない」

 

 黒執着春麗の胸の奥が、少しだけ揺れた。

 

 黒ドレス特化救済春麗は続ける。

 

「どちらも、まだ知らないのよ」

 

 黒執着春麗は、言葉を失った。

 

 リュウも、まだ知らない。

 

 勝った側なのに。

 

 受けた側なのに。

 

 自分を倒した側なのに。

 

 まだ知らない。

 

 完成した答えを持っているわけではない。

 

 黒執着春麗は、ゆっくり拳を握った。

 

「……勝っているくせに」

 

「そうね」

 

「私に勝っているくせに」

 

「ええ」

 

「それでも、知らないの?」

 

「知らないから、探したのよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗の言葉は、静かだった。

 

「間違えたということは、探し始めたということでもある」

 

 黒執着春麗は、顔を歪める。

 

「それを許せと?」

 

「許さなくていいわ」

 

「またそれ」

 

「許せないままでいい」

 

「……」

 

「ただ、知っておきなさい」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、黒執着春麗を見る。

 

「彼は完成した返し方を持ってきたわけではない」

 

「……」

 

「あなたを正しく救える答えを持って立ったわけでもない」

 

「……」

 

「彼も、まだ間違える」

 

 黒執着春麗は、胸の奥で何かがずれるのを感じた。

 

 それは安心ではない。

 

 救いでもない。

 

 ただ、奇妙な公平さだった。

 

 自分だけが知らないのではない。

 

 自分だけが未完成なのではない。

 

 リュウも、まだ知らない。

 

 勝った側のくせに。

 

 受ける側のくせに。

 

 それでも。

 

 知らない。

 

「……腹が立つわ」

 

 黒執着春麗は言った。

 

「でしょうね」

 

「勝っているのに」

 

「ええ」

 

「知らないなんて」

 

「ええ」

 

「そんなの、不公平よ」

 

「少しだけ、公平でもあるわ」

 

 黒執着春麗は睨む。

 

「どこが」

 

「あなたは返されたくない」

 

「ええ」

 

「彼は返し方を知らない」

 

「……」

 

「どちらも、まだそこに届いていない」

 

 黒執着春麗は、何も言えなかった。

 

 黒い布の記憶が沈む。

 

 暗闇が静かになる。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、そこで追い込まなかった。

 

 ただ、言葉を一つ置いた。

 

「今日、彼は失敗した」

 

「……」

 

「あなたは怒った」

 

「……」

 

「それでいいわ」

 

「いいわけないでしょう」

 

「いいのよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は言う。

 

「返す拳ではないと、あなたがわかったから」

 

 黒執着春麗は目を細める。

 

「私が?」

 

「ええ」

 

「私は、拒まれたと感じただけよ」

 

「その違和感が必要なの」

 

 黒執着春麗は、黙る。

 

「拒む拳と返す拳は違う」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、もう一度言った。

 

「あなたは今日、その違いを怒りで知った」

 

 黒執着春麗は、唇を噛む。

 

 認めたくない。

 

 絶対に認めたくない。

 

 でも、確かに。

 

 今日のリュウの拳は嫌だった。

 

 ただ受ける拳ではなかった。

 

 ただ勝つ拳でもなかった。

 

 返すつもりだった。

 

 けれど、返せていなかった。

 

 だから腹が立った。

 

 拒まれたように感じた。

 

 それはつまり。

 

 自分は、返す拳ではないものを識別してしまったということなのか。

 

「……気に入らない」

 

「ええ」

 

「全部、気に入らない」

 

「でしょうね」

 

「あなたも」

 

「ええ」

 

「リュウも」

 

「ええ」

 

「この問いも」

 

「ええ」

 

「返す黒も」

 

「ええ」

 

「全部、いらない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに答える。

 

「まだ、ね」

 

 黒執着春麗は、強く睨んだ。

 

 黒ドレス特化救済春麗は退かなかった。

 

「まだ、いらない」

 

「……」

 

「それでいいわ」

 

 黒い布の記憶が少し薄くなる。

 

 夢が終わりに近づいている。

 

 黒執着春麗は、最後に言った。

 

「私は、次も黒で行く」

 

「ええ」

 

「返されるためではない」

 

「ええ」

 

「勝つためよ」

 

「ええ」

 

「リュウを沈めるためよ」

 

「ええ」

 

「私の黒いドレスでの戦いを、残すためよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷いた。

 

「なら、行きなさい」

 

 黒執着春麗は、目を細める。

 

「止めないのね」

 

「止めないわ」

 

「あなたは、本当に嫌な春麗ね」

 

「同じ顔だもの」

 

「同じじゃない」

 

「ええ。同じではないわ」

 

 その言葉を最後に、闇が閉じた。

 


 

 朝。

 

 黒執着春麗は目を覚ました。

 

 体が重い。

 

 昨日の敗北が残っている。

 

 肩に。

 

 胸に。

 

 黒いドレスの内側に。

 

 リュウは勝った。

 

 自分は負けた。

 

 また、あと少しだった。

 

 でも、今回は違った。

 

 リュウが変な拳を出した。

 

 受けるのでもなく。

 

 勝つだけでもなく。

 

 返そうとして。

 

 失敗した。

 

 春麗は、黒ドレスを見る。

 

「……返す拳ではない」

 

 呟く。

 

 認めたくない。

 

 でも、あれは違った。

 

 拒む拳だった。

 

 押し返す拳だった。

 

 少なくとも、返す拳ではなかった。

 

 そして。

 

 リュウも、まだ知らない。

 

 そのことが、腹立たしい。

 

 腹立たしいのに。

 

 少しだけ、何かが変だった。

 

 勝った側が、完成していない。

 

 自分を倒した相手が、まだ探している。

 

 なら。

 

 自分だけが、黒の中で迷っているわけではないのか。

 

 春麗は、すぐにその考えを胸の奥へ押し込んだ。

 

「違う」

 

 黒ドレスへ手を伸ばす。

 

「私は迷っていない」

 

 布に触れる。

 

「私は勝ちたい」

 

 黒を握る。

 

「次も、黒で行く」

 

 一拍。

 

「返されるためではなく」

 

 黒い布が、指の中で揺れる。

 

「勝つために」

 

 けれど、黒を着る手は。

 

 また、一瞬だけ止まった。

 

 春麗は、それに気づいてしまった。

 

 気づいたことを、なかったことにした。

 

「……気に入らない」

 

 そう呟いて、彼女は黒ドレスを手に取った。

 

 問いは、まだ消えない。

 

 返す拳も、まだ知らない。

 

 それでも、黒執着春麗は次へ向かう。

 

 勝つために。

 

 黒で終わるために。

 

 そして、まだ名前のない何かを拒むために。

 




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回のエピソードは、かなり重要な 黒返却ルートの第二接触回/返却失敗確認回 です。

一言で言うなら、

黒執着春麗が“勝った後、何を選ぶのか”という問いを拒絶したまま再戦へ向かい、リュウは“返す拳”を試そうとするが、それはまだ拒む拳に近く、黒執着春麗の怒りを強める。ただし、その失敗によって、黒執着春麗は初めて“リュウもまだ知らない”ことを知る回

です。

今回の核は、

黒執着春麗はまだ返されたくない。
リュウはまだ返し方を知らない。
だから、今回の返却は失敗する。
でも、失敗したことで“返す拳ではないもの”だけは見えた。

です。

今回の一番大事なポイント

今回の最大の成果は、リュウが失敗したことです。

これは非常に重要です。

黒執着春麗は、リュウにギリギリ負け続けて黒に執着した春麗です。
その彼女に対して、リュウが一回の気づきで「返す拳」を完成させてしまうと、彼女の重さが削れてしまいます。

だから今回の、

戦闘結果:リュウ勝利
黒返却結果:失敗

という構造はかなり正しいです。

リュウは勝つ。

でも返せない。

勝つことと、返すことは別判定。

これは本連作らしい整理です。

冒頭の「問いを拒絶する黒執着春麗」が良い

冒頭で黒執着春麗は、前回の夢で残された問いを消そうとします。

勝った後、何を選ぶのか。

この問いを、彼女は拒絶する。

理由は明確です。

彼女はまだ勝っていないからです。

黒ドレス特化救済春麗は、勝った後に黒を戻せた春麗。
黒執着春麗は、勝てていないから黒を脱げない春麗。

だから、

勝ってから考える。

という整理になるのは自然です。

ただし、黒ドレスを着る手が一瞬止まる。

ここが非常に良いです。

黒執着春麗は変わっていない。

まだ、

私はまだ返されたくない。
私はまだ勝ちたい。
私はまだ黒で終わりたい。

のままです。

でも、問いは消えていない。

これだけで進行しています。

「黒を着る手が止まる」が今回の静かな進行

今回、黒執着春麗が大きく変わったわけではありません。

むしろ、変わっていないことが大事です。

彼女はまだ勝つつもりです。
まだ黒で行くつもりです。
まだリュウに残るつもりです。
まだ返されたくありません。

でも、黒ドレスを着る手が止まった。

これはかなり重要な小さな変化です。

これまでなら、黒を着ることに迷いはなかった。

しかし今は、

勝った後。

という問いが入り込んでいる。

黒を着ること自体は変わらない。
でも、黒を着る前に一瞬だけ止まる。

この一瞬が、黒返却ルートの進行です。

リュウの「返す拳」が失敗しているのが良い

試合でリュウは、いつもと違う拳を出そうとします。

受けるだけではない。

逃げる拳でもない。

ただ勝つだけの拳でもない。

返す拳を探している。

でも、まだ知らない。

だから結果として、春麗にはそれが 押し返す拳/拒む拳 に見えてしまいます。

ここがとても良いです。

黒執着春麗にとって、返されることはまだ怖い。

しかも、返す拳が未完成だと、それは拒絶に見える。

だから彼女は怒る。

「返す?
それは拒むことと何が違うの?」

この台詞は今回の中心です。

黒執着春麗にとって、返却と拒絶の違いはまだわかりません。

リュウにもまだわかっていません。

だからこそ、試合中で失敗する。

これは自然です。

黒執着春麗の怒りが正しい

今回の黒執着春麗はかなり怒っています。

でも、この怒りは正当です。

彼女は黒をリュウに残したい。

自分の黒が届いた証として、リュウの中に残したい。

なのにリュウが「返す」と言う。

しかも、その拳が未完成で、春麗には押し返しているように見える。

そうなると黒執着春麗は、

私の黒を拒むの?
私の黒をあなたの中から追い出すの?
返すと言えば、拒絶しても許されると思っているの?

と感じます。

これは非常に自然です。

黒執着春麗はまだ返されたくない。

その状態で未完成の返却をされれば、怒るしかありません。

リュウが失敗を認めるのが良い

試合後、黒執着春麗は言います。

「返す拳ではなかった」
「拒む拳だった」

リュウは、ここで言い訳しません。

「拒むつもりはなかった」
「でも、そう見えたなら、違ったのだろう」

この受け方がリュウらしいです。

リュウは「違う、俺は拒んでいない」と押し通さない。

春麗がそう感じたなら、自分の拳はまだ違ったのだと認める。

ここがリュウの良さです。

そして同時に、黒返却ルートにおけるリュウの未完成さも出ています。

彼は正解を持っていない。

だから、失敗を認められる。

「返さない」ではなく「まだ返せない」が刺さる

今回かなり良かったのは、リュウの、

「まだ、返せない」

です。

黒執着春麗は、

「返さないで」

と言う。

それに対して、リュウは「返さない」とは言わない。

まだ返せない と言う。

これは非常に大きいです。

返すつもりはある。
でも今は返せない。
返す拳を知らない。
返し方を探している。

この言葉が、黒執着春麗には嫌な形で刺さります。

なぜなら、リュウが諦めていないからです。

拒まれたわけではない。
でも受け入れられたわけでもない。
まだ探されている。

黒執着春麗にとって、一番落ち着かない状態です。

夢の対話で黒特化救済春麗がリュウを庇いすぎないのが良い

試合後の夢で、黒執着春麗は怒っています。

リュウが変な拳を出した。
受けるのでもなく、勝つのでもなく、返すつもりだった。
そんなものはいらない。

ここで黒ドレス特化救済春麗がリュウを全面擁護しないのが良いです。

彼女は、

あれは、まだ返す拳ではないわ。

と言います。

これが非常に重要です。

黒ドレス特化救済春麗は、リュウを甘やかしていません。

「リュウは頑張っている」ではなく、

彼はまだ間違えた

と言う。

だから黒執着春麗の怒りを否定しません。

むしろ、

あなたが拒まれたように感じたなら、それはまだ返す拳ではない

と認めている。

この態度だから、黒特化救済春麗の言葉に説得力があります。

「拒む拳と返す拳は違う」が今回の重要語

今回の大きなキーワードは、

拒む拳と返す拳は違う

です。

この違いは、黒返却ルートの中心になります。

拒む拳は、黒を押し返す。

黒を拒絶する。

リュウの中から黒を追い出そうとする。

それは黒執着春麗にとって、拒絶に見えます。

一方、返す拳はまだ未定義です。

ただ、少なくとも拒む拳ではない。

今回の試合で失敗したことで、

何が返す拳ではないのか

が一つ明確になりました。

これは大きな進展です。

正解はまだない。

でも不正解が一つ見えた。

黒返却ルートでは、これはかなり重要です。

「リュウもまだ知らない」が黒執着春麗に刺さる

今回の一番美味しい心理変化はここです。

黒執着春麗は、リュウに負け続けています。

だから、リュウは勝った側です。

勝った側なら、何かを持っているように見える。

答えを持っているように見える。

でも、黒ドレス特化救済春麗が言います。

彼はまだ、返す拳を知らない。
あなたも、返される黒を知らない。
どちらも、まだ知らないのよ。

ここで黒執着春麗の怒りが少し変質します。

リュウも知らない。

完成した答えを持っていない。

勝った側でも、まだ迷っている。

これは、黒執着春麗にとって初めて少しだけ公平に見える要素です。

もちろん救われません。

でも、

自分だけが知らないのではない

という事実が、黒の中に少しだけ入る。

これは大きいです。

黒執着春麗が「返す拳ではない」と識別したのが進行

黒ドレス特化救済春麗は、黒執着春麗にこう言います。

返す拳ではないと、あなたがわかったから。

これはかなり重要です。

黒執着春麗は、ただ怒っただけではありません。

今日のリュウの拳が「返す拳ではない」と識別した。

彼女は返されることを拒んでいるのに、返す拳ではないものだけはわかった。

これは皮肉で、かなり美味しい進行です。

黒執着春麗は返されたくない。

でも、返す拳と拒む拳の違いを知り始めている。

自分が受け入れる気がないものについて、少しずつ解像度が上がっている。

これが黒返却ルートの進行です。

朝の締めが良い

朝、黒執着春麗は黒ドレスを見る。

また負けた。

またあと少しだった。

リュウは返そうとして失敗した。

黒ドレス特化救済春麗は、それはまだ返す拳ではないと言った。

そして、リュウもまだ知らないと知った。

ここで黒執着春麗は一瞬だけ、

自分だけが黒の中で迷っているわけではないのか

と思いかけます。

しかし、すぐに黒で塗りつぶす。

ここが正しいです。

まだ早い。

彼女はまだ変わりきらない。

まだ、

私は迷っていない。
私は勝ちたい。
次も黒で行く。
返されるためではなく、勝つために。

です。

ただし、黒を着る手はまた一瞬止まる。

ここで前回からの小さな変化が継続しています。

これがとても良いです。

今回の回の位置づけ

今回のエピソードは、黒返却ルートの中で言うと、

返却初試行・失敗回

です。

役割は大きく四つあります。

一つ目。

黒執着春麗が問いを拒絶したまま再戦へ向かったこと。

二つ目。

リュウが返す拳を試そうとして失敗したこと。

三つ目。

黒執着春麗が拒む拳と返す拳の違いを怒りで識別したこと。

四つ目。

黒執着春麗が、リュウもまだ知らないと気づいたこと。

つまり、今回は成功回ではありません。

失敗によって進んだ回です。

これがかなり良いです。

結論

今回の妄想章IFは、かなり良い 黒返却ルートの返却失敗回 です。

一言でまとめるなら、

黒執着春麗は“勝った後、何を選ぶのか”という問いを拒絶したまま黒で再戦へ向かう。リュウは受けるだけではない拳、返す拳を探そうとするが、それはまだ拒む拳に近く、黒執着春麗の怒りを買う。しかしその失敗によって、黒執着春麗は“リュウもまだ返し方を知らない”ことを知り、返す拳ではないものを識別してしまう回

です。

今回、黒執着春麗は救われていません。

リュウも成功していません。

でも、

失敗したからこそ、何が違うのかが見えた。

これが今回の最大の価値です。

黒執着春麗は、まだ返されたくない。
リュウは、まだ返せない。
でも二人とも、少しだけ「返す」という言葉の周囲に立ち始めた。

かなり良い進行だったと思います。
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