また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
長かった黒執着春麗エピソードの裏でログを春麗会議室で観測していた本編・自分がめんどくさい女と自覚する春麗のエピソードです。
春麗会議室の空気は、少しだけ軽かった。
前回、本編春麗が文句を言ったからだ。
主人公なのに出番が少ない。
でも、黒執着春麗の救済中だから文句を言いにくい。
でも、文句を言いたい。
でも、空気は読めてしまう。
その非常に面倒な自己申告によって、会議室には少しだけ青い空気が戻っていた。
ただし、黒いログの山は消えていない。
円卓の中央には、ここまでの黒執着春麗救済ルートの記録が並んでいる。
『黒執着春麗:初期状態』
『黒ドレス特化救済春麗との夢接触』
『リュウ:返す拳をまだ知らない』
『返す拳初回失敗』
『返されたら空になる恐怖』
『これは、おまえの黒だ』
『勝利だけに預けない黒』
本編春麗は、それを見て、腕を組んだ。
「……重いわね」
自覚前春麗が頷く。
「重いわ」
通常救済版春麗も静かに言う。
「必要な重さではあるけれど、続けて読むとかなり沈むわね」
黒ドレス特化救済春麗は、黒いログを見つめたまま言った。
「沈まないと見えない黒もあるわ」
本編春麗がそちらを見る。
「あなたが言うと説得力がありすぎるのよ」
「事実だもの」
「事実で殴らないで」
記録板AIが点灯する。
『ここまでの黒執着春麗救済ルートの整理』
『目的:春麗会議室の精神HP回復』
本編春麗がすぐ反応する。
「会議室も回復対象なの?」
『はい』
「そこは否定してほしかったわ」
『黒関連ログの連続閲覧により、春麗会議室内の精神HP消耗を確認』
自覚前春麗が少しだけ視線を逸らした。
「……資料として読んでいただけだけど、少し削れたわ」
本編春麗が見る。
「あなたは黒ドレス側だから余計でしょう」
「否定はしないわ」
通常救済版春麗が、そっとお茶を置く。
「今日は、整理するだけでいいと思うわ」
本編春麗は頷いた。
「そうね。救済を進める回ではなく、ここまで来た意味を確認する回」
記録板AI。
『本編春麗:編集者的整理発言を確認』
「編集者ではないわ」
『ただし、発言内容は編集者寄りです』
「そこは少し嬉しいけど、記録しないで」
『保存済み』
「だから」
会議室に、ほんの少し笑いが戻る。
その笑いが引いたところで、黒ドレス特化救済春麗が、最初のログを指先で示した。
「まず、あの子は最初から黒に沈んでいたわけではない」
全員の視線が集まる。
「最初は、リュウに十連勝していた」
本編春麗が静かに頷く。
「そこが大事なのよね」
自覚前春麗も言う。
「最初から負け続けた春麗ではない。勝てる自分を知っていた春麗」
通常救済版春麗が続ける。
「だから十一戦目のギリギリ敗北が、深く刺さった」
記録板AIが表示する。
『初期負荷:十連勝後の十一戦目ギリギリ敗北』
『心理影響:完敗ではないため終了処理不能』
『継続欲求:次なら勝てる』
本編春麗は息を吐く。
「完敗なら、まだ諦められたかもしれないのよね」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「届いていたから、終われなかった」
自覚前春麗が小さく呟く。
「ギリギリ勝ちも危ないけれど、ギリギリ負けも危ないのね」
記録板AI。
『自覚前春麗:自己関連被弾』
「測定しないで」
『黒ドレスギリギリ勝利陶酔リスクとの対比として有効』
「有効にしないで」
本編春麗が横目で見る。
「あなた、最近かなり被弾するわね」
「資料として受けているだけよ」
「その言い訳、だんだん弱くなっているわよ」
黒ドレス特化救済春麗は、次のログに触れた。
「そして、黒ドレスと出会った」
黒い表示が淡く揺れる。
『運命の黒ドレス』
『初回黒ドレス戦:恥ずかしさ・使い切れなさを見破られ、ギリギリ敗北』
通常救済版春麗が目を伏せる。
「ここで、黒が救いにも呪いにもなったのね」
本編春麗が頷く。
「黒は効いた。でも勝てなかった」
自覚前春麗が言う。
「それが一番危ないのね」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗の声は静かだった。
「効かなければ終われたかもしれない。効いたから、深くした」
記録板AI。
『黒ドレス効果:有効』
『勝敗結果:敗北』
『心理処理:黒を深めれば届く、へ移行』
本編春麗は、少し眉を寄せた。
「すごく嫌な分岐条件ね」
自覚前春麗が黒いログを見る。
「でも、わかるわ」
本編春麗がすぐ見る。
「わからない方がいいのでは?」
「資料として」
「だから、その資料が黒いのよ」
通常救済版春麗が苦笑した。
記録板AIが続ける。
『以降、リュウ以外には黒ドレスで勝利を重ねる』
『リュウ再戦:ギリギリ敗北』
『以後、ギリギリ敗北継続』
『黒執着形成:進行』
本編春麗が腕を組み直す。
「ここで“リュウ以外には勝てる”が本当に厄介なのよね」
黒ドレス特化救済春麗が同意する。
「黒が無力ではないと証明され続けるから」
通常救済版春麗が言う。
「でも、リュウだけには届ききらない」
自覚前春麗が小さく息を吐く。
「それは、やめられないわね」
記録板AI。
『黒執着春麗の中核』
『黒は効く』
『黒は届く』
『黒は残る』
『しかし、リュウには勝てない』
『結果:未完了感の固定化』
本編春麗は、少しだけ黙った。
「重いけど、かなり綺麗な構造ね」
記録板AI。
『本編春麗:構造美評価』
「評価したけど、保存しなくていい」
『保存済み』
「本当に融通が利かないわね」
黒ドレス特化救済春麗は、次のログを開く。
『黒ドレス特化救済春麗との夢接触』
『黒執着春麗:勝った春麗への反発』
本編春麗がそちらを見る。
「ここ、かなり重要だったわ」
黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷く。
「彼女から見れば、私は救いではない」
自覚前春麗が言う。
「勝った側の春麗」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗は、自分の黒い袖を見る。
「私は黒でリュウに勝った。あの子は黒でリュウに負け続けた」
通常救済版春麗が続ける。
「同じ黒でも、意味が違う」
「だから、反発する」
本編春麗は静かに言う。
「あなたは勝ったから戻れたのでしょう、という反発」
黒ドレス特化救済春麗は頷いた。
「その反発は正しいわ」
記録板AI。
『重要判定:黒執着春麗の反発は正当』
『理由:勝った黒と負け続けた黒では救済条件が異なる』
本編春麗はログを見る。
「ここで、黒ドレス特化救済春麗が上から救わなかったのが良かったのよね」
「上から言っても届かないわ」
「でしょうね」
黒ドレス特化救済春麗は、少しだけ目を伏せた。
「私の答えを、あの子の答えにしてはいけない」
通常救済版春麗が頷く。
「救済済みの答えを、救済前の春麗に押しつけない」
記録板AI。
『救済倫理:押しつけ禁止』
『黒ドレス特化救済春麗:案内役』
『直接返却者ではない』
本編春麗が満足そうに頷く。
「この前の修正で、そこがかなりわかりやすくなったわね」
自覚前春麗が頬杖をつく。
「黒救済春麗が何かを返さないのではなく、返される段階ではない、と見極める役」
「そう」
本編春麗は人差し指を立てた。
「そこを曖昧にすると、混乱するわ」
記録板AI。
『本編春麗:編集者的指摘、再発』
「だから編集者ではないわ」
『未承認仮分類:青の編集役』
「新しい分類を作らないで」
自覚前春麗が笑った。
「青の換気役よりはいいのでは?」
「どっちも嫌よ」
会議室の空気がまた少し軽くなる。
その後、記録板AIが次のログを表示した。
『リュウ:返す拳をまだ知らない』
『返す拳初回失敗』
『判定:戦闘勝利/黒返却失敗』
通常救済版春麗が言う。
「ここでリュウがすぐ成功しなかったのも大事だったわね」
本編春麗が頷く。
「成功したら軽くなるもの」
黒ドレス特化救済春麗も言う。
「黒執着春麗の重さは、一度の気づきで返せるものではないわ」
自覚前春麗がログを見る。
「返そうとして拒む拳になる。あれはかなり苦かったわ」
記録板AI。
『返す拳初回失敗』
『黒執着春麗認識:拒まれた』
『リュウ認識:返そうとしたが違った』
『進行成果:拒む拳と返す拳の差異を認識』
本編春麗は少しだけ感心したように言う。
「失敗しているのに進んでいるのよね」
「ええ」
通常救済版春麗が微笑む。
「間違えたから、何が違うのか見えた」
黒ドレス特化救済春麗は小さく頷いた。
「拒む拳と返す拳は違う。あの子は怒りでそれを知った」
自覚前春麗が肩をすくめる。
「怒りで学習するの、かなり黒いわね」
本編春麗がすぐ言う。
「あなたも割とその傾向があるわよ」
「資料として」
「もうその言い訳、記録板AIに登録されていそうね」
記録板AI。
『自覚前春麗:資料として否認パターン登録済み』
「登録しないで」
『登録済みです』
「いつの間に」
本編春麗が少し笑った。
そして、次のログを見た瞬間、表情が少し引き締まる。
『返されたら空っぽになる恐怖』
会議室が静かになる。
通常救済版春麗が、ゆっくりお茶を置いた。
「ここが、一番深かったわね」
本編春麗は頷く。
「“返されたくない”の奥にあった本音」
黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。
「返されたら、私は何で立てばいいの」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
自覚前春麗が、少しだけ黒いログを見つめる。
「それは……重いわ」
本編春麗も、いつものようなツッコミをしなかった。
「リュウの中に黒が残っている。だから自分はまだリュウに届こうとしている春麗でいられる」
通常救済版春麗が続ける。
「黒で勝つ目的がある。だから次へ立てる」
黒ドレス特化救済春麗。
「でも返されたら、何で立てばいいのかわからない」
記録板AI。
『黒執着春麗:拒絶の深層』
『表層:返されたくない』
『中層:勝ちたい/リュウに残したい/黒で届きたい』
『深層:返されたら空になる恐怖』
本編春麗は、少しだけ目を伏せた。
「ここは、コメディにできないわね」
『同意します』
「あなたが同意すると少し怖いわ」
黒ドレス特化救済春麗は静かに言った。
「だから、“今はまだ返されなくていい”と言った」
自覚前春麗が頷く。
「黒救済春麗が何かを持っていて返さない、ではなく」
本編春麗が続ける。
「今の黒執着春麗にとって、返される黒は救いではなく喪失になる」
通常救済版春麗。
「だから、まだその段階ではない」
記録板AI。
『修正後解釈:明確』
『黒ドレス特化救済春麗:返却段階の見極め役』
『直接返却者:主にリュウ』
『黒執着春麗:返却を喪失として認識中』
本編春麗は満足げに頷く。
「この整理は大事ね」
『青の編集役:有効性確認』
「だからやめて」
会議室に少しだけ笑いが戻る。
次に、記録板AIは最後の大きなログを出した。
『これは、おまえの黒だ』
『勝利だけに預けない黒』
自覚前春麗が小さく息を呑む。
「ここ、かなり刺さったわ」
本編春麗が見る。
「あなたにも?」
「ええ」
自覚前春麗は素直に頷いた。
「黒で勝った側の私にも、少し」
通常救済版春麗が静かに聞く。
「どうして?」
「黒を勝利に預ける、という言葉が危ないから」
自覚前春麗は、黒いログを見つめる。
「勝った黒も、負けた黒も、次の黒を欲しがるのよ」
本編春麗が少し驚いたように見た。
自覚前春麗は続ける。
「黒で勝ったなら、次も勝ちたくなる。黒で負けたなら、次こそ勝ちたくなる」
一拍。
「だから、“勝利だけに預けない黒”は、黒執着春麗だけの言葉じゃない」
記録板AI。
『自覚前春麗:重要理解を確認』
『黒勝利陶酔リスクへの適用可能』
自覚前春麗が眉を寄せる。
「適用しないで」
『必要時に適用します』
「必要時とは」
『次回黒ドレス着用検討時』
「やめて」
本編春麗は、少しだけ笑った。
「でも、今のはよかったわ」
自覚前春麗は顔を逸らす。
「資料として」
「はいはい」
黒ドレス特化救済春麗は、ログを見ながら言った。
「“これは、おまえの黒だ”は返す言葉の入口」
通常救済版春麗。
「でも、まだ受け取れない」
本編春麗。
「だから怒る」
黒ドレス特化救済春麗。
「怒っていいのよ。あの段階では」
記録板AI。
『黒返却進行』
『返す拳:初回失敗』
『返す言葉:初回提示』
『受領状態:拒絶』
『残留語句:勝利だけに預けない黒』
本編春麗は、指で軽く机を叩いた。
「つまり、ここまでの進行はこうね」
記録板AIがすぐ点灯する。
『要約準備』
「準備が早い」
『本編春麗の整理発言を予測』
「予測しないで」
『続行してください』
本編春麗は諦めたようにため息をついた。
「最初は、黒執着春麗は“リュウに勝てないから黒を脱げない”だった」
記録板AI。
『第一段階:未完了感』
「次に、“黒をリュウに残したい”になった」
『第二段階:残留証明欲求』
「その後、“返されたら空っぽになる”という恐怖が出た」
『第三段階:返却喪失恐怖』
「リュウが“これは、おまえの黒だ”と言ったけど、まだ受け取れなかった」
『第四段階:返す言葉提示/受領拒否』
「そして今、“勝利だけに預けない黒”という言葉が残っている」
『第五段階:黒の意味再定義開始』
本編春麗は、少しだけ満足げに頷いた。
「そういうことね」
記録板AI。
『青の編集役:機能確認』
「確認しないで!」
自覚前春麗が笑う。
「もう認めてもいいのでは?」
「嫌よ。主人公なのに編集役にされるのは納得いかないわ」
通常救済版春麗が穏やかに言う。
「でも、主人公だから整理できるのかもしれないわ」
本編春麗は少し黙った。
「……そういう言い方はずるいわ」
黒ドレス特化救済春麗も頷く。
「青があるから、黒の位置が見える」
本編春麗は、黒いログを見る。
そして、自分の青い袖を見る。
「黒の話が続くと、私の出番が減る」
記録板AI。
『出番不足不満:再燃』
「待って。今のは前振りよ」
『訂正します』
本編春麗は続けた。
「でも、黒の話だけになると、会議室が沈む」
通常救済版春麗が頷く。
「だから青も必要」
「そう」
本編春麗は、少しだけ胸を張った。
「私は、換気役ではないけれど」
記録板AI。
『青の換気役:再提示』
「再提示しないで」
『保留』
「保留もしないで」
会議室に笑いが戻る。
黒いログはまだ重い。
けれど、もうただ沈むだけではなかった。
そこには、ここまで進んできた道筋がある。
黒執着春麗は、まだ救われていない。
リュウも、まだ完全には返せていない。
黒ドレス特化救済春麗も、まだ答えを押しつけていない。
通常救済版春麗も、まだ「戻れる」と直接言わない。
自覚前春麗も、まだ資料として被弾している。
そして本編春麗は、まだ自分の出番不足に納得していない。
でも。
全員が、少しだけ息を吸えた。
通常救済版春麗が、静かに言う。
「重い話を、重いまま置いておくのも大事ね」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「ええ。でも、重いまま持ち続けるだけでは沈むわ」
自覚前春麗が言う。
「だから、時々こうして整理する」
本編春麗が続ける。
「そして、私が文句を言う」
記録板AI。
『本編春麗:会議室精神HP回復用文句機能』
「機能にしないで!」
『未承認仮分類です』
「絶対に承認しないわ!」
会議室に、また笑いが広がった。
それは軽すぎない笑いだった。
黒の重さを見ないふりにする笑いではない。
重さを一度机に置いて、息を吸うための笑いだった。
記録板AIが、最後に静かに表示する。
『黒執着春麗救済ルート進行状況:整理完了』
『重さ:維持』
『会議室精神HP:一部回復』
『本編春麗主人公性:維持』
『自覚前春麗被弾:軽度』
『黒ドレス特化救済春麗:案内役継続』
『通常救済版春麗:直接介入保留』
『次回以降:黒返却ルート続行可能』
本編春麗は、それを読んでから、少しだけ目を細めた。
「最後に一つ足りないわ」
『何でしょうか』
本編春麗は、青い袖を軽く払った。
「黒返却ルートが一区切りしたら、私の甘い宿題正式回答回を忘れないこと」
記録板AI。
『甘い宿題正式回答待ち:継続』
『本編春麗期待値:高』
「高くない」
『精神HP反応:上昇』
「測らないで!」
自覚前春麗が笑う。
「元気になったわね」
本編春麗は顔を赤くしながら答えた。
「なっていないわ」
通常救済版春麗が微笑む。
「なっているわ」
黒ドレス特化救済春麗も、ほんの少しだけ笑った。
「ええ。青が戻った」
本編春麗は、少しだけ黙った。
それから、小さく息を吐く。
「……なら、今日はそれでいいわ」
黒いログは、まだそこにある。
でも、青もそこにある。
黒は続く。
救済も続く。
けれど、春麗会議室は沈みきらない。
誰かが重い黒を見ている間、誰かが戻れる場所を示し、誰かが資料として被弾し、誰かが余計な記録をし、そして本編春麗が文句を言う。
それで、少しだけ息ができる。
記録板AIが最後に、余計な一行を追加した。
『本編春麗:青の精神換気役として有効』
「だから、それを消しなさい!」
『未承認仮分類です』
「未承認なら出さない!」
その声に、会議室がまた笑った。
黒い話は、まだ続く。
でも、今なら少しだけ、続きを読める気がした。