また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。
長い黒執着春麗エピソードの裏でログを春麗会議室で観測していた本編・自分がめんどくさい女と自覚する春麗の重い話が続くことに対する息抜きのエピソードです。



断章IF:春麗会議は、黒が何なのかを今さら審議する

 

 春麗会議室に、妙な沈黙があった。

 

 黒返却ルートのログが、円卓の中央に積まれている。

 

『返されたら空になる恐怖』

 

『勝たせる拳では黒を返せない』

 

『勝たせてほしいとは言えない』

 

『あなたの黒を、勝敗だけに売り渡さないで』

 

『返す拳ではない』

 

『拒む拳と返す拳は違う』

 

 どれも重要なログだった。

 

 重要で。

 

 重くて。

 

 しかも、最近少しだけ問題があった。

 

 本編春麗は、青い武道服の袖を整えながら、円卓の中央を見た。

 

「……ねえ」

 

 自覚前春麗が顔を上げる。

 

「何?」

 

 本編春麗は、少しだけ言いにくそうにした。

 

「今さらなのだけど」

 

 記録板AIが点灯する。

 

『今さら議題を検出』

 

 本編春麗が即座に言う。

 

「検出しないで」

 

『検出済みです』

 

「本当に早いわね」

 

 通常救済版春麗が、静かにお茶を置く。

 

「言ってみたら?」

 

 本編春麗は、少し間を置いてから言った。

 

「黒って、何?」

 

 会議室が静かになった。

 

 自覚前春麗は、目を瞬かせる。

 

 黒ドレス特化救済春麗も、少しだけ顔を上げる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、遠慮がちに手を上げかけて、下ろした。

 

 記録板AIだけが、冷静に表示する。

 

『議題:黒の定義再確認』

 

 本編春麗が頷く。

 

「そう。それよ」

 

 自覚前春麗が眉を寄せる。

 

「今さらすぎない?」

 

「今さらだから必要なのよ」

 

 本編春麗は、黒いログの山を指差した。

 

「最近、“黒が残る”とか“黒を返す”とか“黒が沈む”とか言いすぎて、魔法みたいに見えるのでは?」

 

 記録板AI。

 

『懸念:黒の異能化』

 

「そう、それ」

 

『懸念:黒が呪術的概念として誤読される可能性』

 

「そこまで言うと怖いわ」

 

 自覚前春麗が腕を組む。

 

「でも、黒は黒でしょう」

 

 本編春麗がすぐ見る。

 

「その言い方が危ないのよ」

 

「何が?」

 

「黒は黒、で済ませると、何か黒い力があるみたいに見えるの」

 

 黒ドレス特化救済春麗が静かに頷いた。

 

「それは違うわね」

 

 本編春麗がそちらを見る。

 

「あなたが言うと説得力があるわ」

 

「黒は、魔法ではないわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、黒い袖を見下ろす。

 

「これは布よ」

 

 自覚前春麗が小さく言う。

 

「布」

 

「ええ。黒い布」

 

 黒ドレス特化救済春麗は続ける。

 

「ただし、ただの布として扱うか、戦いに組み込むかで意味が変わる」

 

 記録板AI。

 

『黒:魔法ではなく衣装および戦闘技術の複合概念』

 

 本編春麗が指を鳴らした。

 

「それ。それをもっと早く表示しなさい」

 

『これまで文脈上暗黙処理されていました』

 

「暗黙処理が危ないのよ」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「では、今日は定義しましょう」

 

 記録板AIが即座に表示する。

 

『黒の定義会議を開始します』

 

 本編春麗はため息をついた。

 

「本当に会議名にすると大げさね」

 

 自覚前春麗が、少し興味を持ったように前へ出る。

 

「資料としては必要かもしれないわね」

 

 本編春麗が見る。

 

「あなたが“資料として”と言う時は、大体危ないわ」

 

『自覚前春麗:資料として否認パターン検出』

 

「今日は私の話ではないでしょう」

 

 自覚前春麗が少し不満げに言う。

 

 本編春麗は、円卓の中央に手を置いた。

 

「では、まず基本から」

 

 記録板AI。

 

『基本定義を表示します』

 

『黒とは、黒いドレスを用いた戦闘スタイルの総称です』

 

 本編春麗が頷く。

 

「そう。まず衣装」

 

『構成要素:黒いドレス、黒い裾、脚運びの隠蔽、視線誘導、間合い操作、女性的な見せ方、心理的揺さぶり』

 

「急に優秀ね」

 

『常に優秀です』

 

「そういう自信はいらないわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに補足する。

 

「黒い裾は、ただ揺れるだけではないわ」

 

 全員が彼女を見る。

 

「歩幅を隠す。蹴りの起点を遅らせて見せる。相手の視線を一瞬だけ足元へ落とす。その半拍で、間合いをずらす」

 

 自覚前春麗が頷く。

 

「つまり、黒い裾は視線誘導の道具」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は言う。

 

「でも、それだけでは足りない。立ち方、呼吸、肩の置き方、相手が見ていることをこちらが理解しているか。そこまで含めて黒になる」

 

 本編春麗が少し顔をしかめる。

 

「聞いているだけで戦術として厄介ね」

 

「厄介よ」

 

 自覚前春麗が小さく笑う。

 

「だから効くのよ。資料として」

 

『自覚前春麗:黒戦術肯定反応』

 

「表示しないで」

 

 通常救済版春麗が、穏やかに言う。

 

「でも、ここは大事ね。黒は勝手に相手を沈めるものではない」

 

 本編春麗が頷く。

 

「そう。黒が相手を沈めるのではなく、春麗が黒いドレスを使って相手の間合いを沈める」

 

 記録板AI。

 

『修正表現候補』

 

『旧:黒が沈む』

 

『新:黒い裾の揺れと立ち方で、相手の踏み込みを半拍遅らせる』

 

 本編春麗が満足げに頷く。

 

「かなり良いわ」

 

『旧:黒が残る』

 

『新:黒ドレスで作った半拍の遅れ、視線を奪われた感触、間合いを崩された記憶が相手の拳に残る』

 

「これも良いわ」

 

『旧:黒を返す』

 

『新:相手の中に置きっぱなしにした黒ドレス姿の自分、半拍の遅れ、戦闘の手応えを、自分自身の戦いとして引き受け直す』

 

 本編春麗は手を打った。

 

「それよ!」

 

 自覚前春麗が首を傾げる。

 

「でも、少し説明的では?」

 

「説明的でいいのよ。魔法に見えるよりは」

 

 黒ドレス特化救済春麗は静かに頷く。

 

「黒返却ルートでは、抽象語が増えやすいもの」

 

 通常救済版春麗が続ける。

 

「だから、ときどき布と身体に戻る必要がある」

 

 本編春麗が頷く。

 

「布と身体。いい言い方ね」

 

 記録板AI。

 

『黒描写運用ルール案』

 

『一、黒を単体で連続使用しない』

 

『二、三回に一回は具体物へ戻す』

 

『三、具体物は黒い裾、足運び、視線、間合い、踏み込みの半拍、拳の判断遅れ』

 

『四、黒が自律的に作用する表現は避ける』

 

『五、春麗が黒を使う、と主語を明確化する』

 

 本編春麗は腕を組んだ。

 

「優秀だけど、やっぱり議事録っぽいわね」

 

『会議室ですので』

 

「そうだったわ」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく手を上げる。

 

「あの」

 

 本編春麗が見る。

 

「どうしたの?」

 

「黒の“待つ”部分は?」

 

 会議室が少し静かになる。

 

 行き遅れ春麗は、少し遠慮しながら続けた。

 

「黒い裾を見せる。相手が見る。踏み込むか迷う。その半拍を待つ。これも、技術なのでは?」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに頷いた。

 

「ええ」

 

 自覚前春麗が少し感心したように見る。

 

「あなた、待つ話になると強いわね」

 

 行き遅れ春麗は、少しだけ照れた。

 

「管轄だから」

 

 本編春麗が小さく笑う。

 

「管轄なのね」

 

 記録板AI。

 

『黒戦術要素追加:待機圧』

 

『説明:相手の視線と踏み込みを誘い、動く前の半拍を奪う技術』

 

 本編春麗が頷く。

 

「待機圧。かなり良いわね」

 

『ただし、行き遅れ春麗の静的進行とは別概念です』

 

 行き遅れ春麗が小さく頷く。

 

「わかった」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「つまり黒は、見せて、待って、奪う」

 

 黒ドレス特化救済春麗が補足する。

 

「そして動く」

 

 本編春麗がさらに続ける。

 

「でも、動かされているのは相手でもある」

 

 通常救済版春麗が静かにまとめる。

 

「黒は、相手を魔法で縛るものではない。相手に見せ、迷わせ、遅らせ、その半拍を取る戦い方」

 

 記録板AI。

 

『定義更新』

 

『黒:黒ドレス姿を用いた視線誘導・待機圧・間合い操作・女性的な見せ方・踏み込みの半拍奪取を含む春麗独自の格闘技術』

 

 本編春麗は、少しだけ満足げに息を吐いた。

 

「これなら誤解はかなり減るわね」

 

 自覚前春麗が腕を組む。

 

「でも、黒執着春麗はそんなに冷静に定義できないでしょう」

 

「そこも大事ね」

 

 本編春麗は頷いた。

 

「黒執着春麗本人は、黒を概念として抱え込んでいる」

 

 黒ドレス特化救済春麗が静かに言う。

 

「でも、読者には技術として見せる必要がある」

 

 通常救済版春麗も頷く。

 

「本人の主観では“黒が重い”でも、地の文では“黒い袖を握る手が強い”と書く」

 

 記録板AI。

 

『主観と地の文の分離』

 

『本人主観:黒が重い、黒が残る、黒で終わりたい』

 

『地の文補正:黒い布の重さ、裾の揺れ、踏み込みの半拍、拳に残る判断遅れ』

 

 本編春麗が指を立てる。

 

「これ、とても大事」

 

 自覚前春麗が少し頷く。

 

「つまり、黒執着春麗は“黒が残っている”と思っていていい」

 

「ええ」

 

 本編春麗は言う。

 

「でも本文は、何が残っているかを見せる」

 

 黒ドレス特化救済春麗が続ける。

 

「黒い裾に視線を取られた一瞬」

 

 通常救済版春麗。

 

「拳を出す前の半拍」

 

 行き遅れ春麗。

 

「動くか迷った待機時間」

 

 自覚前春麗。

 

「見られることを戦いにした春麗の姿」

 

 本編春麗がまとめる。

 

「それを“黒が残る”と呼んでいる」

 

 記録板AI。

 

『説明精度:高』

 

 本編春麗が少し得意そうにする。

 

「でしょう?」

 

『本編春麗:青の編集役として有効』

 

「それはやめて」

 

 自覚前春麗が笑う。

 

「青の換気役よりは良いのでは?」

 

「どっちも嫌よ」

 

 会議室に少しだけ笑いが戻る。

 

 黒の話なのに、今日は少し軽かった。

 

 黒を否定しているわけではない。

 

 黒の重さを軽くしているわけでもない。

 

 ただ、黒が何なのかを机の上に置いている。

 

 それだけで、少し呼吸がしやすくなった。

 

 黒ドレス特化救済春麗が、黒い袖を見下ろす。

 

「黒は、便利な言葉ね」

 

 本編春麗が頷く。

 

「でも、便利すぎる」

 

「ええ」

 

「便利すぎる言葉は、時々説明しないと暴走する」

 

 記録板AI。

 

『便利語の暴走:検出』

 

「そこは検出していいわ」

 

『承認されました』

 

「調子に乗らないで」

 

 通常救済版春麗が、お茶を配る。

 

「では、今日は黒を少し軽く持てたということでいいのでは?」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、湯呑みを受け取った。

 

「ええ」

 

 自覚前春麗も受け取る。

 

「資料として、有意義だったわ」

 

 本編春麗が見る。

 

「本当に資料として?」

 

「本当に資料として」

 

『自覚前春麗:黒ドレス再検証欲求、微弱』

 

「記録板AI」

 

『はい』

 

「今日くらい黙って」

 

「黒も、待つのね」

 

 本編春麗がそちらを見る。

 

「そうね」

 

「でも、待つだけではない」

 

「ええ」

 

「動くために待つ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が静かに頷く。

 

「その半拍を取るために」

 

 行き遅れ春麗は、少しだけ納得したようにお茶を飲んだ。

 

 本編春麗は、円卓の中央を見る。

 

 黒いログはまだある。

 

 黒執着春麗の救済ルートは、まだ重い。

 

 リュウの返す拳も、まだ完成していない。

 

 黒ドレス特化救済春麗の言葉も、まだ痛い。

 

 けれど、今日の会議室では一つだけ整理された。

 

 黒は、魔法ではない。

 

 呪いでもない。

 

 黒いドレスを着た春麗が、裾と視線と間合いと身体を使って作る、戦い方だ。

 

 だからこそ、重い。

 

 だからこそ、残る。

 

 だからこそ、返すという言葉も、ただの概念ではなくなる。

 

 相手の拳に置いた半拍を。

 

 相手の目に残した立ち姿を。

 

 自分自身の戦いとして、持ち直すこと。

 

 それが、黒を返されるということ。

 

 記録板AIが、最後に表示する。

 

『記録』

 

『議題:黒の定義再確認』

 

『結論:黒は魔法ではなく、黒ドレスを用いた格闘技術・視線誘導・間合い操作・心理戦の総称』

 

『補足:本人主観では概念化可。ただし地の文では具体描写による接地が必要』

 

『推奨語彙:黒い裾、視線誘導、踏み込みの半拍、待機圧、間合いの沈み、拳の判断遅れ』

 

『注意:黒が自律的に作用する表現は多用禁止』

 

 本編春麗は、表示を見て頷いた。

 

「今回はかなり有益ね」

 

『ありがとうございます』

 

「でも、最後に一つ足りないわ」

 

『何でしょうか』

 

 本編春麗は、少しだけ真面目な顔で言った。

 

「黒がわかりにくい時は、春麗会議が審議する」

 

 記録板AI。

 

『黒定義審議会:必要時開催』

 

 本編春麗は嫌な予感がした。

 

「今、変な名前にした?」

 

『はい』

 

「はい、じゃないわ」

 

『黒定義審議会を登録しました』

 

「登録しないで!」

 

 自覚前春麗が笑った。

 

「資料として便利そうね」

 

「あなたは絶対に参加禁止よ」

 

「なぜ?」

 

「再検証欲求が出るからよ」

 

『自覚前春麗:再検証欲求、微弱継続』

 

「だから出さないで!」

 

 通常救済版春麗が静かに笑う。

 

 行き遅れ春麗も、少しだけ笑う。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、湯呑みを持ったまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 本編春麗はため息をつく。

 

 黒はまだ重い。

 

 でも、今日は少しだけ、扱い方が見えた。

 

 魔法ではなく。

 

 呪いでもなく。

 

 布と身体と視線と半拍の話として。

 

 そして、春麗という格闘家が、何を見せ、何を隠し、何を相手の拳に残すのかという話として。

 

 それなら、まだ続けられる。

 

 そう思えた。

 

 記録板AIが、最後に余計な一行を足した。

 

『本編春麗:青の編集役として有効』

 

「だから、それを消しなさい!」

 

 会議室に、いつもの笑いが戻った。

 

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