また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。


妄想章IF:黒執着春麗は、昨日の黒を捨てずに朝へ立つ

 

 朝の光が、黒い布に落ちていた。

 

 黒執着春麗は、しばらくそれを見ていた。

 

 昨日と同じ黒ドレス。

 

 昨日と同じ黒い袖。

 

 昨日と同じ、足元に落ちる裾。

 

 けれど、同じではない。

 

 昨日の黒が、そこに残っている。

 

 リュウに勝てなかった黒。

 

 リュウの拳を半拍遅らせた黒。

 

 待機圧でリュウの踏み込みを止めかけた黒。

 

 最後の最後で、リュウの拳の方が半歩早かった黒。

 

 負けた黒。

 

 それなのに、無意味にはできなかった黒。

 

 春麗は、黒い袖に触れた。

 

 握りしめない。

 

 ただ、指先を置く。

 

 黒い布は、何も返さない。

 

 リュウのように言葉を返してこない。

 

 黒いドレスで勝って、そこから戻ってきたもう一人の春麗のように、余計な残響も残さない。

 

 ただ、そこにある。

 

 その静かさが、昨日までは腹立たしかった。

 

 今日は、少し違う。

 

「……昨日の黒」

 

 小さく呟く。

 

 声に出した瞬間、胸の奥が少し痛んだ。

 

 昨日の黒。

 

 負けた黒。

 

 リュウに届いた黒。

 

 自分のものだと、言ってしまった黒。

 

 春麗は唇を噛む。

 

「言ってしまったわね」

 

 今日の半拍は、私のものよ。

 

 あんな言葉を、リュウの前で言った。

 

 しかも、リュウは否定しなかった。

 

 ああ、とだけ答えた。

 

 それがまた腹立たしい。

 

 もっと否定すればいい。

 

 もっと困ればいい。

 

 もっと、勝った側らしく振る舞えばいい。

 

 それなら、自分は怒れた。

 

 反発できた。

 

 こんな中途半端な痛みを持ち帰らずに済んだ。

 

 けれど、リュウは否定しなかった。

 

 今日の半拍は春麗のものだと、認めた。

 

 勝ったくせに。

 

 自分を倒したくせに。

 

 それでも、負けた黒を春麗から奪わなかった。

 

「……本当に、嫌な男」

 

 春麗は黒い袖を持ち上げる。

 

 昨日、地面についた跡がわずかに残っている。

 

 倒れないために支えた時の跡。

 

 勝つために握りしめた皺ではない。

 

 空にならないために掴んだ跡でもない。

 

 倒れないために、自分で支えた跡。

 

 それが、妙に気に入らなかった。

 

 気に入らないのに、目を逸らせなかった。

 

「私は負けたのよ」

 

 黒い布に向けて言う。

 

「また」

 

 答えはない。

 

「それなのに」

 

 一拍。

 

「無意味じゃない、なんて」

 

 声が小さくなる。

 

「そんなことを言われたら、困るじゃない」

 

 勝てなければ意味がない。

 

 リュウに勝てなければ完成しない。

 

 黒で沈められなければ、この戦い方は終われない。

 

 そう言い切っていた方が、楽だった。

 

 負けた黒は、次の勝利のための燃料にすればいい。

 

 リュウに残した黒は、次にもっと深くする理由にすればいい。

 

 昨日の敗北は、今日の執着に変えればいい。

 

 今までは、そうして立てた。

 

 でも昨日、リュウは言った。

 

 今日の黒は届いていた。

 

 俺の拳に残っている。

 

 だが、それは俺のものじゃない。

 

 春麗の戦いだ。

 

 その言葉が、まだ残っている。

 

 返された。

 

 少しだけ。

 

 全部ではない。

 

 過去の敗北全部ではない。

 

 これまでリュウの拳に置き続けた黒ドレス姿の自分すべてではない。

 

 でも、昨日の半拍だけは。

 

 昨日の黒い裾だけは。

 

 昨日の待機圧だけは。

 

 昨日の負けた黒だけは。

 

 春麗の手元へ戻ってきた。

 

 そして、空にはならなかった。

 

 それが、何より腹立たしかった。

 

「……空っぽにならなかった」

 

 春麗は、認めたくない言葉を口にした。

 

 胸の奥が静かに揺れる。

 

「負けたのに」

 

 黒い袖を持つ手に、少しだけ力が入る。

 

「返されたのに」

 

 一拍。

 

「空っぽには、ならなかった」

 

 それは救いではない。

 

 そんな綺麗なものではない。

 

 痛い。

 

 悔しい。

 

 屈辱的で、腹立たしくて、認めたくなくて。

 

 それでも。

 

 空っぽではない。

 

 黒執着春麗は、黒ドレスを抱えるように持った。

 

 抱きしめるのではない。

 

 縋るのでもない。

 

 ただ、持つ。

 

 自分の手で。

 

「昨日の黒は」

 

 春麗は言った。

 

「私のもの」

 

 言った瞬間、心臓が強く跳ねた。

 

 まだ慣れない。

 

 その言い方に。

 

 黒をリュウの中に置くのではなく、自分の手元に置く言い方に。

 

 勝てなかった黒を、捨てるのではなく持つ言い方に。

 

「……気に入らない」

 

 すぐに付け足す。

 

「気に入らないけれど」

 

 黒い袖を整える。

 

「持って行くしかないでしょう」

 


 

 鏡の前に立つ。

 

 黒いドレス姿の春麗が映っている。

 

 昨日と同じ黒。

 

 でも、昨日の黒を持った春麗。

 

 春麗は、自分の立ち姿を見た。

 

 黒い裾。

 

 肩の位置。

 

 重心。

 

 昨日、リュウに見られた場所。

 

 リュウは、黒い裾だけを見なかった。

 

 裾を見る。

 

 その奥の足を見る。

 

 足の奥の重心を見る。

 

 重心の奥の意志を見る。

 

 そして、春麗を見た。

 

 黒だけではなく。

 

 勝敗だけでもなく。

 

 黒いドレスで立つ春麗を。

 

 春麗は、鏡の中の自分を睨む。

 

「見ないでほしいところまで見るのよね」

 

 鏡の中の自分は、何も答えない。

 

「でも、見ないなら見ないで腹が立つ」

 

 自分で言って、春麗は眉を寄せた。

 

「……面倒ね」

 

 その言葉は、少しだけ自分に刺さった。

 

 面倒。

 

 リュウに勝ちたい。

 

 でも、勝たせられたくはない。

 

 リュウに残したい。

 

 でも、リュウのものにはされたくない。

 

 返されたくない。

 

 でも、返された昨日の黒は空ではなかった。

 

 勝てなければ意味がないと言いたい。

 

 でも、勝てなかった昨日の黒を捨てられない。

 

 矛盾している。

 

 自分でもわかる。

 

 わかるから、腹が立つ。

 

「私は、勝ちたいだけよ」

 

 黒い裾が静かに揺れる。

 

「まだリュウに勝っていない」

 

 肩を整える。

 

「まだ、この黒で終わっていない」

 

 拳を握る。

 

「だから、次も行く」

 

 言葉はいつもと同じだった。

 

 けれど、その後に続く気配が少しだけ違った。

 

 次も行く。

 

 昨日の黒を捨てるためではなく。

 

 昨日の黒を持ったまま。

 

 次へ。

 

 春麗は、その続きを言わなかった。

 

 言わなくても、胸の奥には残っていた。

 

「……気に入らない」

 

 今日は何度もその言葉が出る。

 

 気に入らない。

 

 リュウも。

 

 黒いドレスで勝って救われたもう一人の春麗も。

 

 昨日の敗北も。

 

 空にならなかった自分も。

 

 昨日の黒を持ち帰った自分も。

 

 全部、気に入らない。

 

 でも、捨てられない。

 

 春麗は、鏡の中の自分を見る。

 

「昨日の黒を持っている私は」

 

 一拍。

 

「昨日より弱いの?」

 

 答えはすぐには出なかった。

 

 負けた黒を持つ。

 

 それは、負けを認めることに近い。

 

 以前の自分なら、そんなものは弱さだと思ったかもしれない。

 

 敗北を燃やして、次の勝利に変える。

 

 届かなかった黒をもっと深くする。

 

 そうやって立つ方が、強く見えた。

 

 でも。

 

 昨日の黒を捨てない自分は、本当に弱いのか。

 

 勝てなかった黒を無意味にしない自分は、本当に甘いのか。

 

 春麗は、黒い袖を見る。

 

 皺はまだ薄く残っている。

 

 倒れないために支えた跡。

 

 負けた黒を持ち帰った跡。

 

「……弱くはない」

 

 小さく言った。

 

 言ってから、少し驚いた。

 

 自分の声だった。

 

「弱くは、ないわ」

 

 もう一度言う。

 

 弱くはない。

 

 勝てなかった黒を持つことは、弱さではない。

 

 少なくとも、昨日の自分は倒れなかった。

 

 リュウの言葉に崩れきらなかった。

 

 返されても、空っぽになりきらなかった。

 

 なら。

 

「……まだ、戦える」

 

 春麗は、黒い袖を整えた。

 

「昨日の黒ごと」

 


 

 外へ出ると、空気は冷たかった。

 

 昨日の朝よりも、少しだけ明るい。

 

 春麗は黒い裾を揺らしながら歩く。

 

 今日はリュウと戦うつもりはない。

 

 少なくとも、今は。

 

 体には昨日の痛みが残っている。

 

 リュウの拳が中心に届いた感触。

 

 最後に半歩早かった拳。

 

 自分の蹴りがリュウを削った感触。

 

 全部が残っている。

 

 痛みとして。

 

 悔しさとして。

 

 そして、技術の記録として。

 

 春麗は、足を止めた。

 

 昨日、最後の攻防。

 

 自分は待機圧を使った。

 

 黒い裾をあえて止めた。

 

 動かないことで、リュウに迷いを作らせた。

 

 リュウは沈みかけた。

 

 だが、完全には沈まなかった。

 

 春麗が動く瞬間を見た。

 

 裾ではなく。

 

 重心だけでもなく。

 

 動く意志そのものを。

 

 そこに拳を置いた。

 

 半歩早かった。

 

 春麗は、目を閉じる。

 

 悔しい。

 

 だが、覚えている。

 

 昨日の自分の黒は、確かに効いた。

 

 待機圧も、半拍も、黒い裾の遅れも。

 

 リュウに届いていた。

 

 届いたうえで、越えられた。

 

 その違いが、昨日までは耐えられなかった。

 

 届いていたなら、なぜ勝てなかったのか。

 

 勝てなければ、届いたことにならないのではないか。

 

 でも今は、少しだけ違う。

 

 届いた。

 

 でも勝てなかった。

 

 両方ある。

 

 その両方を、持つ。

 

「……面倒ね」

 

 また、その言葉。

 

 春麗は、苦々しく笑った。

 

「本当に、面倒」

 

 勝てなかった黒を無意味にする方が簡単だった。

 

 届いていないと言い切る方が簡単だった。

 

 リュウの中に置きっぱなしにする方が簡単だった。

 

 でも、一度返された。

 

 昨日の半拍だけ。

 

 昨日の黒だけ。

 

 それが自分の手に戻った。

 

 だから、もう完全には戻れない。

 

「次は」

 

 春麗は呟く。

 

「次は、もっと深くする」

 

 いつもの言葉。

 

 けれど、少し違う。

 

「昨日を捨てて深くするんじゃない」

 

 一拍。

 

「昨日ごと、深くする」

 

 言ってしまった。

 

 また、言ってしまった。

 

 春麗は顔をしかめる。

 

「……本当に、余計な変化ね」

 

 それでも、その言葉は悪くなかった。

 

 昨日を捨てない。

 

 昨日の黒を持ったまま、次の黒を深くする。

 

 それは、今までとは違う深め方だった。

 

 リュウに残すためだけではない。

 

 勝てなかった自分を切り捨てるためでもない。

 

 昨日の自分を連れていくために。

 

 黒い裾が、朝の風に揺れた。

 

 その揺れは、昨日より少しだけ軽かった。

 


 

 夜。

 

 黒執着春麗は、夢を見た。

 

 真っ暗闇。

 

 黒い布の記憶が沈む場所。

 

 そこに、黒ドレス特化救済春麗がいた。

 

 黒執着春麗は、顔を見た瞬間に言った。

 

「今日も来たのね」

 

 黒ドレス特化救済春麗は静かに答える。

 

「あなたが昨日の黒を持ってきたから」

 

「呼んでいないわ」

 

「ええ」

 

「勝手に来ないで」

 

「ええ」

 

「でも、来たのね」

 

「ええ」

 

 黒執着春麗はため息をつく。

 

「本当に嫌な春麗」

 

「同じ顔だもの」

 

「同じじゃない」

 

「ええ。同じではないわ」

 

 そのやり取りにも、少し慣れてきている自分が嫌だった。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、黒執着春麗の袖を見る。

 

「皺が変わったわね」

 

 黒執着春麗は袖を隠す。

 

「見ないで」

 

「握りしめた皺ではない」

 

「見ないでと言ったでしょう」

 

「支えた跡ね」

 

「うるさい」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「倒れないために、あなたがつけた跡」

 

 黒執着春麗は黙る。

 

「リュウに残すためではなく」

 

「……」

 

「空っぽにならないために握りしめるためでもなく」

 

「……」

 

「自分で立つためについた跡」

 

 黒執着春麗は、顔を逸らした。

 

「そんな綺麗なものじゃないわ」

 

「ええ」

 

「私は負けた」

 

「ええ」

 

「またリュウに負けた」

 

「ええ」

 

「悔しい」

 

「ええ」

 

「次は勝ちたい」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「昨日の黒は捨てない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷く。

 

「ええ」

 

「あなたの言う通りにしたわけじゃない」

 

「ええ」

 

「リュウに返されたからでもない」

 

「ええ」

 

「私が、持つと決めただけ」

 

 言ってから、黒執着春麗は目を伏せた。

 

 持つ。

 

 その言葉を使った。

 

 握りしめる、ではなく。

 

 縋る、でもなく。

 

 リュウに置く、でもなく。

 

 持つ。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、すぐには何も言わなかった。

 

 その沈黙が、今は少しだけ助かった。

 

 褒められたら腹が立つ。

 

 正解だと言われたら拒みたくなる。

 

 だから、黙っている方がいい。

 

 しばらくして、黒ドレス特化救済春麗は言った。

 

「それは、あなたの黒ね」

 

 黒執着春麗は、胸を押さえた。

 

 痛い。

 

 まだ痛い。

 

 けれど、嫌ではない痛みだった。

 

「……勝ったあなたに言われたくない」

 

「ええ」

 

「戻れたあなたに言われたくない」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 黒執着春麗は、黒い袖を見る。

 

「昨日の黒は、私のものよ」

 

「ええ」

 

「負けたけど」

 

「ええ」

 

「届いたけど」

 

「ええ」

 

「勝てなかったけど」

 

「ええ」

 

「それでも、私のもの」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに言う。

 

「それが、持つということよ」

 

 黒執着春麗は、少しだけ眉を寄せた。

 

「まだ、全部じゃない」

 

「ええ」

 

「過去の黒は、まだリュウの中にある」

 

「ええ」

 

「私はまだ、リュウに勝ちたい」

 

「ええ」

 

「まだ、返されたくない黒もある」

 

「ええ」

 

「だから、救われたなんて言わないで」

 

「言わないわ」

 

 黒執着春麗は、少しだけ安心した。

 

 そんな自分が、また気に入らなかった。

 

「でも」

 

 黒ドレス特化救済春麗は続ける。

 

「昨日の黒を持てたなら、次は過去の黒を一つずつ見ることになるわ」

 

 黒執着春麗の表情が固まる。

 

「……やっぱり嫌な春麗ね」

 

「ええ」

 

「今それを言う?」

 

「言うわ」

 

「最悪」

 

「必要だから」

 

 黒執着春麗は睨む。

 

「過去の黒って何」

 

「十一戦目」

 

「……」

 

「最初の黒ドレス戦」

 

「……」

 

「何度もギリギリで負けた再戦」

 

「やめて」

 

「その一つ一つを、全部“勝てなかったから無意味”にしないために」

 

「やめて」

 

「あなたは、見ることになる」

 

 黒執着春麗は、黒い袖を握りかけた。

 

 でも、途中で止めた。

 

 握りしめなかった。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、それを見ていた。

 

 何も言わない。

 

 黒執着春麗は、腹立たしそうに息を吐く。

 

「今は、昨日だけでいい」

 

「ええ」

 

「過去までは無理」

 

「ええ」

 

「十一戦目も、最初の黒ドレス戦も、まだ無理」

 

「ええ」

 

「そんなものを一度に返されたら」

 

 一拍。

 

「本当に空になるわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷く。

 

「だから、一つずつでいい」

 

 黒執着春麗は目を伏せる。

 

「……昨日だけ」

 

「ええ」

 

「昨日の黒だけ」

 

「ええ」

 

「それだけなら、持っていられる」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、優しく言いすぎない声で答えた。

 

「なら、今日はそれで十分よ」

 

 黒執着春麗は、少しだけ笑った。

 

 苦い笑いだった。

 

「その言葉、嫌い」

 

「知っているわ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「今日は、言い返す元気が少しない」

 

「そう」

 

「勝ったあなたのせいよ」

 

「ええ」

 

「リュウのせいでもある」

 

「ええ」

 

「私のせいではないわ」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

「そこは否定しなさいよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、ほんの少しだけ笑った。

 

 それを見て、黒執着春麗は顔を逸らす。

 

「本当に、嫌」

 

 夢の黒が薄れていく。

 

 黒ドレス特化救済春麗の姿も遠くなる。

 

 消える前に、彼女は言った。

 

「昨日の黒を、置いていかないこと」

 

 黒執着春麗は、黙る。

 

「昨日の負けを、捨てないこと」

 

 黒い布の記憶が揺れる。

 

「昨日の半拍を、あなたの手で持つこと」

 

 黒執着春麗は、低く答えた。

 

「……昨日だけよ」

 

「ええ」

 

「全部じゃない」

 

「ええ」

 

「勘違いしないで」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 黒執着春麗は、黒い袖を見た。

 

「昨日の黒は、置いていかない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷いた。

 

「それでいいわ」

 

 夢が閉じた。

 


 

 朝。

 

 黒執着春麗は目を覚ました。

 

 部屋は静かだった。

 

 黒ドレスは、いつもの場所にある。

 

 朝の光を受けて、黒い布が少しだけ柔らかく見えた。

 

 春麗は起き上がる。

 

 昨日の痛みはまだある。

 

 リュウの拳も。

 

 自分の蹴りも。

 

 半拍も。

 

 待機圧も。

 

 敗北も。

 

 全部、残っている。

 

 春麗は、黒ドレスに手を伸ばした。

 

 指先が布に触れる。

 

 昨日より、止まらなかった。

 

 すぐに握りしめもしなかった。

 

 ただ、持つ。

 

「昨日の黒は、持って行く」

 

 静かに言う。

 

「今日も」

 

 一拍。

 

「次も」

 

 言ってから、少しだけ顔をしかめる。

 

「……本当に、面倒」

 

 それでも、手は離さなかった。

 

 勝ちたい。

 

 まだリュウに勝ちたい。

 

 黒で終わりたい。

 

 それは変わらない。

 

 でも、昨日の黒を捨てて勝つのではない。

 

 昨日の黒を持ったまま、次へ行く。

 

 黒執着春麗は、黒いドレスを手に取った。

 

 空っぽではない朝が、二日目を迎えていた。

 




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回の 「黒執着春麗は、昨日の黒を捨てずに朝へ立つ」 は、黒執着春麗救済ルートの中でもかなり重要な 戦闘後の定着回 です。

一言で言うなら、

黒執着春麗が、リュウに負けた黒を“リュウの中に置きっぱなしにするもの”ではなく、“自分の手で持って次へ行くもの”として初めて扱い始めた回

です。

今回の核は、

負けた黒を捨てない。
リュウに預けっぱなしにしない。
昨日の黒を、自分のものとして持って朝へ立つ。

ここです。

今回の一番大きな進行

前回のバトルで、黒執着春麗はリュウにギリギリで負けました。

ただし、その負けはこれまでとは違いました。

これまでは、負けるたびに、

あと少しだった。
次こそ届く。
もっと黒を深くする。
もっとリュウに残す。

という形で、敗北を次の執着へ変えていました。

つまり、負けた黒は基本的に、

リュウに残すもの
次の勝利のために深めるもの
自分の手元には戻ってこないもの

でした。

でも前回、リュウが、

今日の黒は届いていた。
俺の拳に残っている。
だが、それは俺のものじゃない。
春麗の戦いだ。

と言ったことで、昨日の黒だけは少し返されました。

今回のエピソードは、その返された黒を、黒執着春麗がどう扱うかの回です。

そして到達点は、

昨日の黒は、持って行く

です。

これはかなり大きいです。

「昨日の黒」という言い方が良い

今回、かなり大事なのは「昨日の黒」という言い方です。

黒執着春麗は、まだ過去の全てを引き受けられるわけではありません。

十一戦目。
最初の黒ドレス戦。
何度もギリギリで負けた再戦。
リュウに残そうとしてきた黒。

それら全部を一気に返されたら、まだ空っぽになる。

だから今回は、範囲を限定しています。

昨日だけ。
昨日の半拍だけ。
昨日の負けた黒だけ。

この小ささが良いです。

救済を急ぎすぎていません。

全部を受け取るのではなく、まず「昨日の黒」だけ持つ。

これが黒返却ルートとして非常に丁寧です。

だからこそ、この一歩が重いです。

「面倒ね」が黒執着春麗自身の言葉になった

今回、「面倒ね」という言葉が出ます。

黒執着春麗は、自分の矛盾に気づいています。

勝ちたい。
でも勝たせられたくない。
リュウに残したい。
でもリュウのものにはされたくない。
返されたくない。
でも返された昨日の黒は空ではなかった。
勝てなければ意味がないと言いたい。
でも昨日の黒は捨てられない。

この矛盾を、彼女自身が、

面倒ね

と感じる。

これは、黒執着春麗自身の内側から出た言葉になっています。

「弱くはない」が大きい

今回の中盤で、黒執着春麗は鏡の前で考えます。

昨日の黒を持っている私は、昨日より弱いの?

ここはかなり重要です。

黒執着春麗にとって、負けた黒を持つことは危険です。

なぜなら、それは負けを認めることに近いからです。

今までは、負けた黒を燃料にしてきました。

負けた黒を、

もっと深くする理由
次にリュウへ残す理由
まだ終われない証拠

にしてきた。

でも今回は、負けた黒をそのまま持つ。

それは弱くなったようにも見える。

しかし、彼女は言います。

弱くはないわ。

これは非常に大きいです。

勝てなかった黒を持つことは、弱さではない。

ここを黒執着春麗が自分の言葉で言えたのは、救済ルートとしてかなり進んでいます。

「昨日を捨てて深くするんじゃない」が綺麗

今回、特に良かった到達点の一つがここです。

昨日を捨てて深くするんじゃない。
昨日ごと、深くする。

これは非常に良いです。

今までの黒執着春麗は、負けるたびに黒を深くしてきました。

ただし、それはどちらかというと、

前の敗北を燃やして、次の黒を深くする

でした。

つまり、敗北を切り捨てたり、執着へ変換したりしていた。

でも今回は違います。

昨日の黒を捨てない。
昨日の負けも捨てない。
昨日の半拍も捨てない。
それごと次へ行く。

これは、黒の深め方が変わったということです。

執着として深くする黒から、
積み重ねとして深くする黒へ。

ここはかなり綺麗です。

黒ドレス特化救済春麗との距離感が良い

夜の夢で、黒ドレス特化救済春麗が出ます。

ただし、彼女は答えを押しつけません。

黒執着春麗が、

昨日の黒は捨てない

と言った時、ただ受け止める。

そして、

それは、あなたの黒ね

と言う。

この言葉はかなり重要です。

黒執着春麗は、まだ救われたわけではありません。

でも、昨日の黒だけは、自分の黒として持てた。

それを黒ドレス特化救済春麗が認める。

ただし、褒めすぎない。

正解だと断定しない。

黒執着春麗が反発しないぎりぎりの距離で認める。

この距離感がとても良いです。

「昨日だけよ」が良い

今回の黒執着春麗は、何度も範囲を限定します。

昨日だけよ。
全部じゃない。
勘違いしないで。

これが非常に黒執着春麗らしいです。

彼女は一気に救われません。

過去の黒全部を引き受けることは、まだできません。

だから「昨日だけ」と線を引く。

でも、その昨日だけでも持てた。

これが今回の進行です。

黒ドレス特化救済春麗も、そこを無理に広げません。

なら、今日はそれで十分よ。

この返しも良いです。

黒執着春麗が反発しながらも、完全には拒めないラインです。

「過去の黒を見ることになる」への接続

今回の後半で、黒ドレス特化救済春麗は次の段階を示します。

十一戦目
最初の黒ドレス戦
何度もギリギリで負けた再戦

これは、今後のロードマップになります。

ただし、黒執着春麗は当然拒みます。

今は、昨日だけでいい。
過去までは無理。

これが自然です。

ここで無理に過去全部へ進めると、救済が急ぎすぎになります。

今回の時点では、

昨日の黒だけなら持てる。
過去の黒はまだ無理。

このラインがちょうど良いです。

今回の到達点

今回の到達点は、次の一文に集約されます。

昨日の黒は、持って行く。

これです。

黒執着春麗はまだリュウに勝ちたい。
まだ黒で終わりたい。
まだ返されたくない黒もある。
まだ過去の黒は見られない。

でも、昨日の黒だけは捨てない。

リュウの中に置きっぱなしにしない。
勝てなかったから無意味にもならない。
自分の手で持つ。

これが今回の進行です。

結論

今回のエピソードは、黒執着春麗救済ルートの中で、かなり重要な 返却後の定着回 です。

一言でまとめるなら、

黒執着春麗が、リュウに負けた昨日の黒を、リュウの中に置きっぱなしにせず、自分の手で持って次へ進むことを初めて選びかけた回

です。

救済はまだ完了していません。

でも、今回の彼女はもう、

勝てなかった黒は無意味
負けた黒はリュウに残すしかない
返されたら空になる

だけではありません。

少なくとも、昨日の黒については、

負けたけれど、届いた。
届いたけれど、勝てなかった。
勝てなかったけれど、私のもの。

と言えるようになりました。

これは黒返却ルートの中で、非常に大きな一歩です。
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