また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。


妄想章IF:黒執着春麗は、負けた黒を抱えたまま眠れない

 

 夜になっても、痛みは消えなかった。

 

 肩。

 

 脇腹。

 

 足。

 

 中心。

 

 リュウの拳が届いた場所。

 

 自分の蹴りが届いた感触。

 

 黒い裾が揺れた記憶。

 

 待機圧で、リュウの呼吸を止めかけた瞬間。

 

 最後の攻防。

 

 あと少し。

 

 本当に、あと少しだった。

 

 それでも、最後に立っていたのはリュウだった。

 

 黒執着春麗は、ベッドに腰を下ろしたまま、黒いドレスを見ていた。

 

 今日はまだ、脱いだだけだった。

 

 畳んではいない。

 

 投げ捨ててもいない。

 

 ただ、椅子の背にかけてある。

 

 黒い袖には、地面についた跡が残っている。

 

 倒れないために手をついた時の跡。

 

 負けた時の跡。

 

 それでも、置いていかなかった黒の跡。

 

 春麗は、指を伸ばした。

 

 布に触れる。

 

 黒い布は冷えている。

 

 昼間の熱は、もう残っていない。

 

 それでも、触れると胸の奥が重くなる。

 

「負けたわ」

 

 小さく呟いた。

 

 誰もいない部屋に、その声が落ちる。

 

「また」

 

 言葉は苦い。

 

 けれど、以前とは少し違う苦さだった。

 

 前なら、その言葉の後にはすぐ続いていた。

 

 だから、次はもっと深くする。

 

 だから、次はもっと黒で行く。

 

 だから、次はリュウの拳にもっと残す。

 

 でも今日は、その続きがすぐには出てこない。

 

 春麗は、黒い袖に触れたまま目を伏せた。

 

「今日は、置いていかなかった」

 

 自分で言って、胸が痛んだ。

 

 言葉は間違っていない。

 

 今日は、リュウの拳に預けなかった。

 

 負けた黒を、リュウの中に残したままにはしなかった。

 

 昨日の黒も。

 

 十一戦目も。

 

 最初の黒も。

 

 負け続けた黒も。

 

 全部は持てていない。

 

 今でも、全部を自分のものとは言えない。

 

 それでも、今日は置いていかなかった。

 

 リュウの拳に預けなかった。

 

 自分の側に、持ち帰ってしまった。

 

「……重い」

 

 春麗は、黒い袖を指で押さえる。

 

「本当に、重い」

 

 置いていかないということは、こういうことなのか。

 

 リュウに残してくる方が、楽だったのかもしれない。

 

 リュウの拳に置いておけば、次に取りに行ける。

 

 次こそ勝つ理由にできる。

 

 次こそ届くと言える。

 

 でも、持ち帰った黒は、ここにある。

 

 自分の部屋に。

 

 自分の手元に。

 

 自分の胸の奥に。

 

 逃げられない。

 

 春麗は、苦く笑った。

 

「……あなたの中に置いてきた方が、楽だったなんて」

 

 リュウの顔が浮かぶ。

 

 荒い呼吸。

 

 震える拳。

 

 最後に立っていた姿。

 

 そして、あの言葉。

 

 春麗の戦いだった。

 

 また、それ。

 

 勝った側が、そんなことを言う。

 

 自分を倒した男が、負けた黒を無意味にさせない。

 

 春麗は、黒い袖を少しだけ握った。

 

 握りしめかけて。

 

 途中で止める。

 

 握りしめない。

 

 今日は、それをしてはいけない気がした。

 

 逃がさないために掴むのではない。

 

 空にならないために縋るのでもない。

 

 ただ、そこにあるものとして持つ。

 

 それが、ひどく難しい。

 

「負けたのに」

 

 声が細くなる。

 

「空っぽじゃない」

 

 その言葉を、昼間にも言った。

 

 言ってしまった。

 

 そして今も、同じことを思っている。

 

 負けたのに、空ではない。

 

 置いていかなかったから。

 

 リュウに預けなかったから。

 

 負けた黒が、自分の側にあるから。

 

 それは救いではない。

 

 まだ救いではない。

 

 重い。

 

 痛い。

 

 眠れない。

 

 でも、空ではない。

 

 春麗は、黒いドレスから手を離した。

 

「……最悪」

 

 小さく言って、目を閉じた。

 


 

 そこは、いつもの黒い場所だった。

 

 床もない。

 

 天井もない。

 

 黒い布の記憶が沈む場所。

 

 けれど今日は、いつもより静かだった。

 

 黒執着春麗は、そこに立っている。

 

 黒いドレス姿ではない。

 

 部屋着でもない。

 

 ただ、今の自分として立っている。

 

 目の前には、黒いドレスが一着、浮かんでいた。

 

 今日着ていた黒。

 

 昼間、リュウに届いた黒。

 

 リュウに負けた黒。

 

 リュウの拳に置いていかなかった黒。

 

 春麗は、その黒を睨んだ。

 

「……夢の中まで出てこないで」

 

 黒は答えない。

 

 代わりに、少し離れた場所に人影が現れる。

 

 黒ドレス特化救済春麗。

 

 同じ顔。

 

 同じ黒。

 

 違う目。

 

 黒執着春麗は、すぐに言った。

 

「今日は、あなたの説教を聞く気分じゃない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は静かに頷く。

 

「説教はしないわ」

 

「なら、何をしに来たの」

 

「確認」

 

「何の」

 

「あなたが、今日の黒をどこに置いたのか」

 

 黒執着春麗は、顔をしかめた。

 

「置いていないわ」

 

「ええ」

 

「リュウの拳には置いていない」

 

「ええ」

 

「だからといって、全部持てたわけでもない」

 

「ええ」

 

「確認するまでもないでしょう」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、否定しない。

 

 その態度が、いつも通り腹立たしい。

 

 黒執着春麗は、目の前に浮かぶ黒いドレスを見る。

 

「今日の黒は、重すぎる」

 

「ええ」

 

「昨日の黒だけなら、まだよかった」

 

「ええ」

 

「十一戦目も、最初の黒も、負け続けた黒も、全部まとわりついてきた」

 

「ええ」

 

「全部持てるはずがない」

 

「ええ」

 

「でも、置いていけなかった」

 

「ええ」

 

「だから、ここにある」

 

 春麗は、黒いドレスを指差した。

 

「これが何なのか、私にもわからない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、少しだけ目を伏せた。

 

「今日の黒ね」

 

「簡単に言わないで」

 

「簡単ではないわ」

 

「なら、言わないで」

 

「でも、そう呼ぶしかない」

 

 黒執着春麗は、唇を噛む。

 

 今日の黒。

 

 その言葉は、前より重い。

 

 以前は、今日の黒を捨てて、明日の黒へ行けた。

 

 今日の黒はまだ私の黒じゃない。

 

 そう言って、塗り潰せた。

 

 でも、今日は違う。

 

 今日の黒は、捨てられない。

 

 今日の黒を塗り潰してしまったら、昼間の自分まで消えてしまう。

 

 置いていかなかった自分。

 

 負けても空ではなかった自分。

 

 リュウに預けないと言えた自分。

 

 それが消えてしまう。

 

 黒執着春麗は、低く言う。

 

「今日の黒は、嫌い」

 

「ええ」

 

「重い」

 

「ええ」

 

「痛い」

 

「ええ」

 

「負けた黒よ」

 

「ええ」

 

「またリュウに勝てなかった黒」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 声が止まる。

 

 黒ドレス特化救済春麗は待っている。

 

 待つなと言っても、きっと待つ。

 

 黒執着春麗は、目の前の黒を見た。

 

「置いていかなかった黒」

 

「ええ」

 

「リュウの中に預けなかった黒」

 

「ええ」

 

「私の側に戻ってきた黒」

 

 言ってしまった。

 

 春麗はすぐに顔を歪める。

 

「……違う」

 

 否定が遅れる。

 

 もう言葉は残っている。

 

 私の側に戻ってきた黒。

 

 それは、ほとんど認めかけている言葉だった。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、そこを攻めない。

 

 ただ静かに言う。

 

「戻ってきたのね」

 

「まだ受け取っていない」

 

「ええ」

 

「全部は無理」

 

「ええ」

 

「今日の黒だって、まだ重すぎる」

 

「ええ」

 

「持ったら、壊れそう」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、ほんの少しだけ首を横に振った。

 

「でも、置いていかなかった」

 

 黒執着春麗は、黙る。

 

「置いていかなかった黒は、もうリュウの中だけにはない」

 

「……」

 

「あなたの側にもある」

 

「……」

 

「だから重い」

 

 黒執着春麗は、ゆっくり息を吐いた。

 

「重いのが、証拠だと言うの?」

 

「空っぽではない証拠」

 

 春麗の胸が、痛む。

 

 空っぽではない証拠。

 

 重さ。

 

 痛み。

 

 悔しさ。

 

 負けたこと。

 

 置いていかなかったこと。

 

 それらが全部、空ではない証拠。

 

「……嫌な言葉」

 

「ええ」

 

「すごく嫌」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「わからなくもない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、何も言わなかった。

 

 黒執着春麗は、目の前の黒いドレスに触れる。

 

 指先が震える。

 

 夢の中なのに、布の感触がある。

 

 昼間の黒とは違う。

 

 少し重く、少し温かい。

 

 それは、記憶の重さだった。

 

 春麗は、黒い布を少しだけ持ち上げる。

 

 全部ではない。

 

 まとえるほどではない。

 

 抱えられるほどでもない。

 

 ただ、袖の端を少し持つだけ。

 

「……これ以上は無理」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「ええ」

 

「今日の黒を全部持つなんて無理」

 

「ええ」

 

「まだ、リュウに負けたことも腹が立つ」

 

「ええ」

 

「勝ちたかった」

 

「ええ」

 

「本当に、勝ちたかった」

 

「ええ」

 

「だから、これは救済じゃない」

 

「ええ」

 

「私はまだ、救われたなんて言わない」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに受け止める。

 

 黒執着春麗は、袖の端を持ったまま言った。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「今日は、ここにある」

 

 黒い場所が静かになる。

 

 その一言は、小さかった。

 

 でも、逃げていなかった。

 

 今日の黒は、ここにある。

 

 リュウの中だけではなく。

 

 自分の側に。

 

 まだ全部持てない。

 

 まだ救われていない。

 

 まだ勝ちたい。

 

 まだ腹が立つ。

 

 でも、ここにある。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、ようやく少しだけ目を細めた。

 

「それでいいわ」

 

「その言い方、本当に嫌い」

 

「知っているわ」

 

「でも、今日は言い返す元気が少しない」

 

「そう」

 

「リュウのせいよ」

 

「ええ」

 

「あなたのせいでもある」

 

「ええ」

 

「私のせいではないわ」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

「そこは否定しなさいよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、ほんの少しだけ笑った。

 

 黒執着春麗は、顔を逸らす。

 

 少しだけ、息がしやすくなった。

 


 

 黒い場所の奥に、いくつもの残響が浮かんだ。

 

 十一戦目。

 

 最初の黒ドレス。

 

 負け続けた黒。

 

 昨日の黒。

 

 そして、今日の黒。

 

 黒執着春麗は、それを見た。

 

 全部は無理だ。

 

 全部を一度に持てるはずがない。

 

 けれど、今日の黒の袖の端を持ったことで、それらの距離が少しだけ変わった気がした。

 

 遠くにある。

 

 まだ遠い。

 

 でも、完全にリュウの中へ置かれたままではない。

 

 こちら側へ戻る道が、細く見えた。

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「次に見るのは、どれ?」

 

 黒執着春麗は睨む。

 

「今それを聞く?」

 

「聞くわ」

 

「本当に嫌な春麗」

 

「ええ」

 

「今日は、今日の黒だけで十分でしょう」

 

「ええ」

 

「だから、次なんて考えない」

 

「そう」

 

「でも」

 

 春麗は、残響の一つを見る。

 

 十一戦目。

 

 黒を着る前の春麗。

 

 十連勝して、十一戦目で負けた春麗。

 

 まだ持てない。

 

 でも、完全には置いていけなくなった記憶。

 

「……あれは、まだ無理」

 

「ええ」

 

 次に、最初の黒ドレス戦。

 

 使い切れなかった黒。

 

 見られることを怖がった黒。

 

「これも、まだ無理」

 

「ええ」

 

 次に、負け続けた黒。

 

 数え切れないほどの再戦。

 

 全部同じ失敗ではなかった黒。

 

「多すぎる」

 

「ええ」

 

 最後に、今日の黒。

 

 置いていかなかった黒。

 

 袖の端を、今、指先で持っている黒。

 

 黒執着春麗は、低く言った。

 

「今日は、これだけ」

 

「ええ」

 

「今日の黒だけ、ここにあると認める」

 

「ええ」

 

「持つとは言わない」

 

「ええ」

 

「受け取ったとも言わない」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「リュウの中だけには、ない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷いた。

 

「ええ」

 

 その肯定が、今日は少しだけ楽だった。

 

 黒執着春麗は、目を伏せる。

 

「……次にリュウと会ったら」

 

 言ってから、少し止まる。

 

「また戦うの?」

 

 黒ドレス特化救済春麗が聞く。

 

「たぶん」

 

「勝ちたい?」

 

「当たり前でしょう」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 春麗は、黒い袖の端を見た。

 

「次は、今日を塗り潰すためだけには行かない」

 

 それは、昼間に言った言葉の続きだった。

 

「今日の黒を捨てるためではない」

 

「ええ」

 

「今日の負けをなかったことにするためでもない」

 

「ええ」

 

「今日の私を、リュウに置いてくるためでもない」

 

「ええ」

 

「……今日の黒ごと行く」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、静かに言った。

 

「少し、持ったわね」

 

 黒執着春麗は、即座に睨む。

 

「少しよ」

 

「ええ」

 

「全部じゃない」

 

「ええ」

 

「今日の袖の端だけ」

 

「ええ」

 

「それ以上言ったら、投げ捨てるわ」

 

「投げ捨てても、戻ってくるわ」

 

「本当に嫌な春麗」

 

「ええ」

 

 黒執着春麗は、黒い袖の端を握りしめそうになって、やめた。

 

 軽く持つ。

 

 それだけにする。

 

 それ以上は、まだ無理だ。

 

 でも、それだけなら。

 

 今日だけなら。

 

 袖の端だけなら。

 

 持てる。

 


 

 黒い場所が薄れていく。

 

 夢が終わる。

 

 黒ドレス特化救済春麗の姿も遠くなる。

 

 消える前に、彼女は言った。

 

「今日の黒を、リュウの中だけにしなかった」

 

 黒執着春麗は黙る。

 

「それだけで、今日は十分よ」

 

「十分じゃない」

 

「ええ」

 

「リュウに負けた」

 

「ええ」

 

「勝ちたかった」

 

「ええ」

 

「まだ腹が立つ」

 

「ええ」

 

「でも」

 

 春麗は、袖の端を持ったまま言う。

 

「空っぽではない」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、少しだけ優しく頷いた。

 

「ええ」

 

「それ以上、言わないで」

 

「言わないわ」

 

 夢が閉じた。

 


 

 朝。

 

 黒執着春麗は、目を覚ました。

 

 部屋は静かだった。

 

 黒ドレスは、椅子の背にかけたままだった。

 

 昨日の跡が、まだ袖に残っている。

 

 春麗は、しばらくそれを見ていた。

 

 そして、ゆっくり起き上がる。

 

 身体は痛い。

 

 リュウの拳の感触も残っている。

 

 自分の蹴りが届いた感触も残っている。

 

 負けたことも残っている。

 

 黒を置いていかなかったことも、残っている。

 

 春麗は、黒い袖に触れた。

 

 指先で、袖の端だけを持つ。

 

 昨日の夢と同じように。

 

「……今日の黒は」

 

 声が小さい。

 

「ここにある」

 

 言ってから、胸が痛んだ。

 

 でも、言えた。

 

 春麗は少しだけ顔を歪める。

 

「持ったとは、まだ言わない」

 

 一拍。

 

「受け取ったとも、言わない」

 

 黒い袖の端を、そっと離す。

 

「でも、リュウの中だけにはない」

 

 朝の光が、黒い布に落ちる。

 

 昨日の黒。

 

 置いていかなかった黒。

 

 負けたのに空ではなかった黒。

 

 その全部を、まだ抱えきれない。

 

 でも、袖の端だけなら。

 

 今日の黒の端だけなら。

 

 自分の手元にあると認められる。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「次は」

 

 いつもの言葉が浮かぶ。

 

 次は勝つ。

 

 それは変わらない。

 

 でも、今日は少しだけ、その前に別の言葉が出た。

 

「次は、今日を捨てない」

 

 春麗は、自分で少し驚いた。

 

 そして、苦く笑った。

 

「本当に、余計なことを言うようになったわね」

 

 それでも、悪くはなかった。

 

 黒執着春麗は、黒いドレスを畳み始めた。

 

 初めてではない。

 

 何度も畳んできた。

 

 でも今日は、少し違う。

 

 負けた黒を、次の黒で塗り潰すために畳むのではない。

 

 リュウの中へ置いてきた自分を取り戻すために畳むのでもない。

 

 今日の黒が、ここにあると確かめるために畳む。

 

 黒い袖を整える。

 

 裾を払う。

 

 地面についた跡を、すぐには落とさない。

 

 昨日の跡。

 

 置いていかなかった跡。

 

 春麗は、それを見て、静かに言った。

 

「空っぽじゃない」

 

 一拍。

 

「でも、重い」

 

 そして、少しだけ笑う。

 

「最悪ね」

 

 黒い布は何も答えない。

 

 けれど、春麗はもう一度、袖の端に触れた。

 

 ほんの少しだけ。

 

 持つように。

 

 置いていかないように。

 

 今日の黒が、確かにここにあることを確認するように。

 

 朝の光の中で、黒執着春麗は、負けた黒を少しだけ畳んだ。

 




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回の 「黒執着春麗は、負けた黒を抱えたまま眠れない」 は、前話の最終再戦後に必要だった 戦後処理・黒返却定着回 です。

一言で言うなら、

黒執着春麗が、リュウに負けた黒を“リュウの中に置いていない”状態で、自分の側にあると初めて認める回

です。

今回の核は、

今日はリュウの拳に預けなかった。
でも、全部持てたわけではない。
それでも、今日の黒はここにある。

ここです。

今回の一番大きな進行

前話の試合で、黒執着春麗はリュウにギリギリで負けました。

ただし、これまでと決定的に違うのは、彼女が戦後にこう言えたことです。

今日は、あなたの拳に預けない。

これまでの黒執着春麗は、負けた黒をリュウの中に置いていました。

リュウに届ききれなかった黒。
リュウを沈められなかった黒。
でもリュウの拳に残ったはずの黒。

それを次の戦いの理由にしてきました。

でも前話では、それを置いていかなかった。

今回のエピソードは、その後処理です。

置いていかなかった黒は、ではどこにあるのか?

答えは、リュウの中だけではなく、春麗自身の側にある。

ただし、まだ完全に受け取ったわけではない。

この微妙な状態を、今回かなり丁寧に扱っています。

「今日の黒はここにある」が到達点

今回の最大到達点は、ラストのこの言葉です。

今日の黒は、ここにある。

これはかなり大きいです。

まだ、

これは私の黒

とは言っていません。

そこまで行くと早すぎます。

でも、

リュウの中だけにはない

とは言えました。

これは黒返却ルートとして非常に重要です。

黒を完全に受け取ったわけではない。
でも、リュウに預けっぱなしではなくなった。
今日の黒の袖の端だけは、自分の手元にある。

この「袖の端だけ」という控えめな進行が良いです。

救済を急がず、でも確実に進んでいます。

「持つ」ではなく「袖の端だけを持つ」が良い

今回、黒執着春麗は夢の中で今日の黒の袖の端を持ちます。

ここが非常に良いです。

全部は持てない。
抱えられない。
着直すこともできない。
完全に受け取ることもできない。

でも、袖の端だけなら持てる。

この描写が、今の黒執着春麗の状態をかなり正確に表しています。

彼女はまだ完全救済ではありません。

十一戦目も、最初の黒も、負け続けた黒も、今日の黒さえも全部は重い。

だから、全部を抱えるのではなく、袖の端だけを持つ。

これは心理的にも、絵としてもかなり綺麗です。

「重いのが空ではない証拠」という整理

今回、黒ドレス特化救済春麗が言う、

重いのが、空ではない証拠

これは非常に重要です。

黒執着春麗はずっと、

返されたら空になる

と思っていました。

でも今回、黒は返されつつあります。

少なくとも、今日の黒はリュウの中だけではなく、自分の側にも戻ってきています。

その結果、彼女は空にはなっていません。

むしろ、重い。

痛い。
悔しい。
眠れない。
負けた黒が自分の側にある。

でも、その重さこそ、空ではない証拠になっている。

これは黒執着春麗にとってかなり苦しい救済です。

軽くなる救済ではない。

空ではなくなる代わりに、重さを感じる救済です。

ここがこのルートらしくて良いです。

黒ドレス特化救済春麗の距離感

今回の黒ドレス特化救済春麗も、かなり良い距離にいます。

彼女は答えを押しつけません。

「受け取りなさい」とは言わない。
「もうあなたの黒よ」とも言わない。
「救われたわね」とも言わない。

ただ確認します。

あなたが、今日の黒をどこに置いたのか。

この問いが良いです。

今回の話は、救済の答えを出す回ではなく、黒の所在を確認する回です。

今日の黒は、リュウの中だけにあるのではない。
春麗の側にもある。

それを黒執着春麗自身に言わせるために、黒ドレス特化救済春麗は問いを置いている。

説教役ではなく、確認役になっているのが良いです。

「リュウの中に置いてきた方が楽だった」が痛い

今回の前半で、黒執着春麗はこう感じます。

あなたの中に置いてきた方が、楽だったなんて。

ここはかなり痛いです。

リュウの中に黒を置くという行為は、苦しみでもありました。

でも同時に、楽でもあった。

なぜなら、リュウの中に置いておけば、次に取りに行けるからです。

次にもっと深くする理由になる。
次に勝つ理由になる。
次にリュウへ向かう理由になる。

つまり、リュウに預けることで、黒執着春麗は自分の黒を完全に持たずに済んでいた。

今回、それをやめた。

だから重い。

この認識は非常に大事です。

黒執着の本質がかなり見えてきています。

「救済じゃない」と言い張るのが自然

今回、黒執着春麗は何度も言います。

これは救済じゃない。
まだ救われたなんて言わない。
まだ勝ちたい。
まだ腹が立つ。

これは非常に自然です。

ここで急に素直になって、

私は救われ始めているのね

などと言うと、黒執着春麗ではなくなります。

彼女はまだ負けたばかりです。

痛い。
悔しい。
リュウに腹が立つ。
勝ちたかった。
黒を全部持てたわけでもない。

だから「救済じゃない」と言い張る。

でも、その一方で、

今日の黒はここにある

とは言える。

この矛盾が、今の彼女の正しい状態です。

「次は、今日を捨てない」が次への接続

ラスト付近で、春麗は言います。

次は、今日を捨てない。

ここが次回以降への大事な接続です。

前話までは、

今日は置いていかなかった

でした。

今回で、

今日の黒はここにある

まで進みました。

そして次へ向けて、

次は、今日を捨てない

と言えた。

これは、次にリュウと戦うかどうか以前に、自分の黒の扱い方が変わったということです。

負けた黒を塗り潰さない。
今日の敗北をなかったことにしない。
今日の自分をリュウに置いてこない。
今日の黒ごと次へ行く。

黒を畳む描写が良い

最後に、春麗が黒ドレスを畳むのも良いです。

これまでも黒ドレスを扱ってきましたが、今回は意味が違います。

負けた黒を捨てるためではない。
次の黒で塗り潰すためではない。
リュウに置いてきた自分を取り戻すためでもない。

今日の黒が、ここにあると確かめるために畳む。

この動作が非常に良いです。

戦闘服を畳むという日常的な動作に、黒返却の進行が入っています。

黒が魔法ではなく、布であり、戦闘服であり、春麗自身が扱うものだという点も再確認できています。

今回の位置づけ

ここまでの流れを整理すると、今回の位置はこうです。

前話:試合でリュウにギリギリ敗北。しかし黒を置いていかなかった。

今回:その置いていかなかった黒が、自分の側にあることを確認した。

つまり、今回の役割は 試合後の黒返却定着回 です。

バトルでは進めたけれど、そのままだと感情が処理されません。

今回の夜と朝を入れたことで、黒執着春麗の中に、

今日の黒はここにある

が定着しました。

これはかなり大事です。

結論

今回のエピソードは、黒執着春麗救済ルートにおける 黒返却定着回 です。

一言でまとめるなら、

黒執着春麗は、リュウに負けた今日の黒をリュウの拳に置いていかなかった。その結果、重くて痛くて眠れないが、それでも今日の黒が自分の側にあると認める。まだ全部持てたわけではないが、今日の黒の袖の端だけは持てるようになった回

です。

まだ完全救済ではありません。

でも、黒執着春麗はもう、

負けた黒をリュウに預け続ける春麗

ではなくなりつつあります。

今回の到達点は、

今日の黒は、リュウの中だけにはない。
ここにある。
袖の端だけなら、持てる。

です。
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