また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

225 / 238
※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。


妄想章IF:リュウは、置いていかなかった黒をまだ覚えている

 

 負け続けた黒を、数えずに束ねる。

 

 そう決めた日から、また数日が過ぎた。

 

 黒執着春麗は、毎朝、棚の中を確認するようになっていた。

 

 畳んだ黒。

 

 その上に置いた布紐。

 

 今日の黒。

 

 負けた黒。

 

 置いていかなかった黒。

 

 そして、まだ完全には持てない黒たちを、散らばったままにしないための印。

 

 最初は、見るだけで重かった。

 

 次の日も、まだ重かった。

 

 その次の日も、軽くはならなかった。

 

 けれど、見られないほどではなくなった。

 

 棚を開ける。

 

 黒を見る。

 

 布紐を見る。

 

 閉じる。

 

 それだけのことを、何度か繰り返した。

 

 それだけで、自分が何かを受け入れたとは思わない。

 

 そんな都合のいい話ではない。

 

 リュウに負けたことは、まだ腹立たしい。

 

 十一戦目も、まだ持てない。

 

 最初の黒も、まだ許していない。

 

 負け続けた黒も、束ね始めただけで、全部持てたわけではない。

 

 それでも、棚の中に黒はある。

 

 自分の手元にある。

 

 そのことに、少しだけ慣れ始めていた。

 

 だからだろうか。

 

 ある朝、春麗はふと、リュウのことを考えた。

 

 リュウの拳。

 

 最後に自分を倒した拳。

 

 それでも震えていた拳。

 

 春麗が置いていかなかった黒を、春麗の戦いとして見送った拳。

 

 あの拳には、今も何かが残っているのだろうか。

 

 自分が置いていかなかったつもりでも。

 

 自分の側に持ち帰ったつもりでも。

 

 リュウの中には、まだ残っているのだろうか。

 

 黒い裾。

 

 肩。

 

 待機圧。

 

 距離。

 

 半拍。

 

 今日の黒。

 

 それらは、リュウの中でどうなっているのか。

 

 春麗は、棚の中の黒を見た。

 

 畳まれている。

 

 そこにある。

 

 それは変わらない。

 

 でも、もしリュウの中にも残っているのなら。

 

 それは、リュウのものなのか。

 

 自分のものなのか。

 

 それとも。

 

 春麗は、棚を閉じた。

 

「……確認しに行くだけよ」

 

 誰もいない部屋で言う。

 

「戦いに行くわけじゃない」

 

 一拍。

 

「勝ちに行くわけでもない」

 

 さらに一拍。

 

「ただ、確認するだけ」

 

 言い聞かせるように言った。

 

 だが、最後に小さく付け足した。

 

「……たぶん」

 

 自分でも信用できなかった。

 


 

 リュウは、いつもの場所にいた。

 

 構えてはいなかった。

 

 拳を握り、開き、また握っていた。

 

 春麗は、少し離れたところで足を止める。

 

 黒ドレスではない。

 

 今日は、黒を着ていない。

 

 戦いに来たわけではないから。

 

 そう自分に言い聞かせて選んだ服だった。

 

 けれど、黒を着ていないからといって、黒を置いてきたわけではない。

 

 棚の中に畳んだ黒がある。

 

 その上に布紐がある。

 

 自分の手元にある。

 

 それを知っているから、今日は黒を着ていなくても来られた。

 

 リュウが顔を上げる。

 

 春麗を見る。

 

 黒いドレスではない春麗を見る。

 

 それから、春麗を見る。

 

 その順番に、春麗は少しだけ腹が立った。

 

「今、黒を探したでしょう」

 

 リュウは答える。

 

「ああ」

 

「正直すぎるのよ」

 

「すまない」

 

「謝るところでもないわ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 春麗は近づいた。

 

 リュウは構えない。

 

 春麗も構えない。

 

 それだけで、妙に落ち着かなかった。

 

 いつもなら、ここから始まる。

 

 黒い裾を揺らす。

 

 間合いを沈める。

 

 リュウの視線を奪う。

 

 半拍を作る。

 

 それがない。

 

 ないのに、リュウは逃げない。

 

 春麗も、帰らない。

 

 それが少しだけ不思議だった。

 

 リュウが言う。

 

「今日は、戦いに来たのか」

 

「違うわ」

 

「そうか」

 

「そうか、で納得しないで。少しは疑いなさい」

 

「疑っている」

 

「なら、そう見える顔をしなさい」

 

「難しいな」

 

 春麗はため息をついた。

 

「本当に、あなたは変なところで正直ね」

 

「ああ」

 

「褒めていないわ」

 

「ああ」

 

 少しだけ、沈黙が落ちた。

 

 春麗は、ここに来た理由を思い出す。

 

 確認。

 

 ただの確認。

 

 それだけ。

 

 なのに、言葉がすぐに出ない。

 

 リュウは待っている。

 

 その沈黙が腹立たしい。

 

 けれど、今日はその沈黙に少しだけ助けられた。

 

 春麗は、ようやく口を開く。

 

「この前の黒」

 

 リュウの目が、静かに変わった。

 

 春麗は続ける。

 

「まだ、あなたの中に残っている?」

 

 言ってから、胸が重くなった。

 

 聞いてしまった。

 

 ずっと気になっていたこと。

 

 あの黒を、自分は置いていかなかった。

 

 今日の黒は、棚の中にある。

 

 自分の側にある。

 

 でも、リュウの中には。

 

 リュウは、少しだけ拳を見た。

 

 そして答える。

 

「残っている」

 

 春麗の胸が、少し強く鳴った。

 

 やっぱり。

 

 残っている。

 

 リュウの拳に。

 

 リュウの中に。

 

 春麗の黒が。

 

 残っている、ということと、預けている、ということは違う。

 

 リュウが覚えていることと、リュウのものになったことは違う。

 

 以前の自分は、その違いがわからなかった。

 

 リュウの拳に残れば、それだけで自分の黒をそこへ置いた気になっていた。

 

 だから、次に取りに行けた。

 

 次にもっと深く残そうとできた。

 

 でも、今日は違う。

 

 リュウは覚えている。

 

 けれど、持っていない。

 

 自分は置いていかなかった。

 

 だから、この黒はまだ、自分の側にもある。

 

 春麗は、すぐに顔をしかめる。

 

「なら」

 

 言葉が少し硬くなる。

 

「私は、置いていかなかったつもりだったけれど」

 

 リュウは首を横に振った。

 

「置いていかれたものとは違う」

 

 春麗は、目を細める。

 

「どう違うの」

 

「前は」

 

 リュウは拳を握る。

 

「春麗が、そこに残そうとしていた」

 

 春麗は黙る。

 

「俺の拳に残すために、もっと深くしていた」

 

「……」

 

「次に取りに来るために」

 

「……」

 

「終われないまま、置いていった」

 

 春麗は、唇を噛んだ。

 

 当たっている。

 

 だから腹が立つ。

 

 リュウは続ける。

 

「この前の黒は、違った」

 

「何が」

 

「春麗が、持って帰った」

 

 春麗の胸が、静かに揺れた。

 

「でも、あなたの中にも残っているのでしょう」

 

「ああ」

 

「矛盾しているわ」

 

「そうかもしれない」

 

「説明になっていない」

 

「俺のものではない」

 

 その言葉に、春麗は息を止めた。

 

 リュウは、春麗を見ている。

 

 黒を着ていない春麗を。

 

 それでも、黒を知っている春麗を。

 

「残っている」

 

 一拍。

 

「だが、俺のものではない」

 

 さらに一拍。

 

「春麗が置いていかなかった黒だ」

 

 春麗は、何も言えなかった。

 

 リュウの言葉は、静かだった。

 

 押し返していない。

 

 拒んでいない。

 

 持ち続けようともしていない。

 

 忘れてもいない。

 

 ただ、そこに残っているものを、春麗の戦いとして見ている。

 

 春麗は、胸の奥が痛むのを感じた。

 

「……勝った側が」

 

 低く言う。

 

「そういうことを言うの、本当に腹が立つわ」

 

「ああ」

 

「あなたの拳に残っているのに」

 

「ああ」

 

「あなたのものではないなんて」

 

「ああ」

 

「ずるい」

 

 リュウは、少しだけ考えるように目を伏せた。

 

「そうかもしれない」

 

「そこは否定しなさいよ」

 

「だが、俺のものではない」

 

 春麗は、顔を背けた。

 

 その言葉は、腹立たしいほどまっすぐだった。

 

 黒はリュウの中にも残っている。

 

 でも、リュウのものではない。

 

 春麗が置いていかなかった黒。

 

 春麗の側にある黒。

 

 それをリュウも、そう見ている。

 

 なら。

 

 自分が棚の中に畳んだ黒は、間違っていないのか。

 

 自分が布紐を置いたことは、間違っていないのか。

 

 春麗は、そう考えかけて、すぐに眉を寄せる。

 

 リュウに確認されて安心するなんて、腹立たしい。

 

 だが、少しだけ。

 

 本当に少しだけ、息ができた。

 

「確認しに来ただけよ」

 

 春麗は言った。

 

「そうか」

 

「戦いに来たわけではない」

 

「ああ」

 

「あなたの中に残っている黒を、取りに来たわけでもない」

 

「ああ」

 

「私の黒だと認めに来たわけでもない」

 

「ああ」

 

「ただ」

 

 一拍。

 

「あなたのものになっていないか、確認しに来ただけ」

 

 リュウは頷いた。

 

「俺のものではない」

 

 春麗は、少しだけ目を伏せた。

 

「……そう」

 

 沈黙。

 

 風が動いた。

 

 黒い裾は、今日はない。

 

 けれど、春麗の中には黒がある。

 

 棚の中に畳んだ黒。

 

 布紐で束ね始めた黒。

 

 リュウの中にも残っている、けれどリュウのものではない黒。

 

 それが、同時に存在している。

 

 不思議だった。

 

 以前なら、黒はリュウの中に置いていくものだった。

 

 今は違う。

 

 自分の側にもある。

 

 リュウの中にも残っている。

 

 でも、奪われてはいない。

 

 拒まれてもいない。

 

 リュウの所有物にもなっていない。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「……面倒ね」

 

「ああ」

 

「あなたのせいよ」

 

「そうか」

 

「少しは反論しなさい」

 

「難しい」

 

 春麗は、少しだけ笑いそうになって、すぐに表情を整えた。

 

 笑うところではない。

 

 たぶん。

 

 けれど、少しだけ空気が軽かった。

 


 

 リュウは、拳を見た。

 

 春麗も、それを見る。

 

 その拳には、自分の黒が残っている。

 

 でも、以前と同じではない。

 

 そこに置きっぱなしになっている黒ではない。

 

 春麗が持ち帰り、畳み、束ね始めた黒とつながっている残響。

 

 リュウが覚えている黒。

 

 それは、春麗の黒を奪ったものではない。

 

 春麗の黒を消したものでもない。

 

 春麗の黒を、春麗の戦いとして覚えているものだった。

 

 春麗は、低く言う。

 

「忘れないの?」

 

 リュウは答える。

 

「忘れない」

 

「持ち続けるの?」

 

「持ち続けるのとは違う」

 

「また難しいことを言う」

 

「難しいな」

 

「自分で言わないで」

 

「すまない」

 

「だから、謝るところでもないわ」

 

 春麗は、少しだけ目を細める。

 

「忘れないけれど、持ち続けない」

 

「ああ」

 

「残っているけれど、あなたのものではない」

 

「ああ」

 

「……本当に、便利な拳ね」

 

「便利かはわからない」

 

「皮肉よ」

 

「そうか」

 

 春麗は、腕を組んだ。

 

 戦いに来たわけではない。

 

 それでも、リュウの前に立つと、身体が少しだけ構えを思い出す。

 

 でも今日は、踏み込まない。

 

 黒を揺らさない。

 

 黒を着ていない。

 

 それでも、黒の話をしている。

 

 これは、今までになかった時間だった。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「もし」

 

 一拍。

 

「もし、次に私が黒を着たら」

 

 リュウは、静かに待つ。

 

「見る?」

 

「ああ」

 

 即答だった。

 

 春麗は眉を寄せる。

 

「少しは考えなさい」

 

「見る」

 

「だから」

 

「黒も、春麗も見る」

 

 春麗は、言葉を止めた。

 

 また、それ。

 

 でも、今日は以前ほど刺さらない。

 

 いや、刺さる。

 

 刺さるけれど、逃げたくなる種類ではない。

 

 黒を見られる。

 

 春麗を見られる。

 

 その両方を、完全には許せない。

 

 でも、以前ほど怖くはない。

 

 なぜなら、黒はもうリュウの中だけにはない。

 

 自分の手元にもある。

 

 棚の中にある。

 

 布紐の下にある。

 

 畳んだ形で、そこにある。

 

 春麗は、小さく言った。

 

「……次に黒を着ても」

 

 一拍。

 

「あなたに残すためだけには着ないわ」

 

 リュウは頷く。

 

「ああ」

 

「塗り潰すためだけにも着ない」

 

「ああ」

 

「勝つためには着るけど」

 

「ああ」

 

「そこは否定しないのね」

 

「春麗だからな」

 

 春麗は、リュウを睨んだ。

 

「その言い方、本当に腹が立つ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 でも、怒りだけではなかった。

 

 腹は立つ。

 

 でも、少しだけ悪くない。

 

 そう思ってしまうのが、さらに腹立たしい。

 


 

 帰る前に、春麗はもう一度だけ聞いた。

 

「本当に、あなたのものじゃないのね」

 

 リュウは答える。

 

「ああ」

 

「残っているのに」

 

「ああ」

 

「覚えているのに」

 

「ああ」

 

「あなたの拳にあるのに」

 

「ああ」

 

「でも、あなたのものじゃない」

 

「ああ」

 

 春麗は、しばらく黙った。

 

 それから、小さく言った。

 

「なら、いいわ」

 

 リュウは、ほんの少し目を細める。

 

「いいのか」

 

「全部よくはない」

 

「ああ」

 

「まだ腹は立つ」

 

「ああ」

 

「あなたに負けたことも、まだ納得していない」

 

「ああ」

 

「次は勝つわ」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「あなたのものになっていないなら、今日はそれでいい」

 

 リュウは、静かに頷いた。

 

「ああ」

 

 春麗は背を向ける。

 

 今日は、黒を着ていない。

 

 黒い裾は揺れない。

 

 けれど、背中には黒の重さがある。

 

 棚の中の黒。

 

 布紐で束ね始めた黒。

 

 リュウの中にも残っているが、リュウのものではない黒。

 

 それらを、今日は少しだけ同時に持てた。

 

 全部ではない。

 

 まだ、全部ではない。

 

 でも、リュウの中に残っている黒を、取り戻しに行かなくてもよいと知った。

 

 奪われたわけではない。

 

 預けっぱなしでもない。

 

 残っている。

 

 でも、リュウのものではない。

 

 リュウの中に残っている=リュウのものになった、ではない。

 

 リュウが覚えているだけ。

 

 でも、春麗はもう置いていかなかった。

 

 だから、その黒は春麗の側にもあり、リュウはそれを春麗の戦いとして記憶している。

 

 春麗は、歩き出す。

 

 数歩進んで、足を止めた。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「忘れないなら」

 

 一拍。

 

「間違えて覚えないで」

 

 リュウは、静かに答えた。

 

「ああ」

 

「私が置いていかなかった黒よ」

 

「ああ」

 

「あなたが奪った黒でも、拒んだ黒でもない」

 

「ああ」

 

「勝った記念でもない」

 

「ああ」

 

「私が、置いていかなかった黒」

 

 リュウは言う。

 

「覚えている」

 

 春麗は、顔を見せずに小さく息を吐いた。

 

「なら、いいわ」

 

 今度こそ歩き出す。

 

 リュウは追わない。

 

 ただ、見ている。

 

 黒を着ていない春麗を。

 

 黒を持っている春麗を。

 

 その背中が遠ざかる。

 

 リュウは拳を開いた。

 

 掌には何もない。

 

 それでも、残っている。

 

 黒い裾。

 

 肩。

 

 待機圧。

 

 距離。

 

 半拍。

 

 今日の黒。

 

 置いていかなかった黒。

 

 春麗の戦い。

 

 それは、リュウのものではない。

 

 けれど、リュウは忘れない。

 

 春麗がそう言ったからではない。

 

 拳が、覚えているから。

 

 リュウは、小さく呟いた。

 

「間違えて覚えない」

 

 朝の空気が、静かに揺れた。

 

 春麗は振り返らなかった。

 

 それでよかった。

 

 今日は、戦わない。

 

 今日は、取り戻しに来たのではない。

 

 確認しに来ただけ。

 

 そして、確認できた。

 

 黒は、まだ残っている。

 

 でも、リュウのものではない。

 

 黒執着春麗は、棚の中の黒を思い出す。

 

 畳んだ黒。

 

 布紐。

 

 手元にある黒。

 

 そこへ、今日の確認をひとつだけ足す。

 

 リュウの中にも残っている。

 

 でも、私の黒のまま。

 

 まだ、そう言い切るには少し早い。

 

 それでも。

 

 あなたのものではない。

 

 その確認だけを胸に置いて、黒執着春麗は朝の道を歩いていった。

 




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

はい。今回の 「リュウは、置いていかなかった黒をまだ覚えている」 は、黒執着春麗救済ルートの中でも、かなり重要な 所有権確認回 です。

一言で言うなら、

春麗が、自分の黒がまだリュウの中に残っていることを確認しつつ、それがリュウに奪われたものでも、リュウの所有物でもなく、“春麗の黒として残っている”と確認する回

です。

まず今回のエピソードの核

今回の黒執着春麗は、リュウと再戦しに来たわけではありません。

目的は確認です。

この前の試合で、自分は黒をリュウの拳に置いていかなかった。
今日の黒は棚にある。
布紐で束ね始めてもいる。
でも、それでもリュウの中には何かが残っているのか。
残っているなら、それは誰のものなのか。

ここを確認しに来ています。

これは、かなり大事です。

なぜなら、黒執着春麗はこれまで、

リュウの中に黒を残すこと=自分がリュウに届いた証

として扱っていたからです。

つまり以前は、

リュウの拳に黒が残っている
=まだ自分はリュウに届こうとしている
=次も戦う理由がある
=自分は空ではない

という構造でした。

でも今は、黒をリュウに置いていかず、自分の側に持ち帰り始めています。

すると次の疑問が出る。

じゃあ、リュウの中に残っているものは何なの?

ここが今回の主題です。

「リュウの中に残っている」とは何か

ここでいう「リュウの中に残っている」は、黒が魔法的に宿っているという意味ではありません。

もっと具体的に言うと、リュウの身体と記憶に残っているものです。

たとえば、

黒い裾で半拍遅らされた感覚
肩の角度で判断を散らされた記憶
待機圧で踏み込みを迷わされた感覚
近すぎる距離で春麗を見た記憶
最後の試合で、春麗が置いていかない黒で来たという手応え
ギリギリ勝った拳の中に残る、春麗の重さ

こういうものです。

つまりリュウの中に残っている黒とは、

春麗と戦った記憶・身体感覚・拳の手応え

です。

リュウは忘れていない。

でも、それはリュウが春麗の黒を所有しているという意味ではない。

ここが今回の重要な区別です。

以前の「置いていった黒」と今回の違い

読者向けには、ここをはっきり説明するとわかりやすいです。

以前の黒執着春麗は、負けるたびにこうなっていました。

勝てなかった。
でもリュウの拳には残ったはず。
なら、私はまだリュウに届こうとしている。
次はもっと深く残す。

つまり、負けた黒を自分の手元に戻せず、リュウの中に預けていた。

言い換えると、

自分の黒の一部を、リュウの中に置いたままにして、それを次の再戦理由にしていた

わけです。

これは、春麗にとっては執着の燃料でした。

でも最終再戦後は違います。

春麗は、

今日は、あなたの拳に預けない

と言えた。

そしてその後、

今日の黒はここにある
袖の端だけなら持てる
畳める
束ね始める

まで進んだ。

つまり、今日の黒はもうリュウの中に置きっぱなしではない。

春麗の側にも戻ってきている。

ここが大きな違いです。

それでもリュウの中に残るのは矛盾ではない

ここが少し難しいところです。

春麗が黒を置いていかなかったなら、リュウの中には何も残らないのでは?
と思う読者もいるかもしれません。

でも、そうではありません。

戦った以上、リュウの中には記憶も手応えも残ります。

春麗の蹴りが入った痛み。
黒い裾で遅らされた半拍。
最後まで見た春麗の黒。
置いていかなかったと宣言した春麗の姿。

それは当然、残る。

ただし、それは 春麗がリュウに預けた黒 ではない。

ここが重要です。

違いはこうです。

以前は、

春麗が自分の黒をリュウの中に置き、そこを拠点にして次へ向かっていた。

今回は、

リュウは春麗の黒を覚えているが、その黒の所在は春麗の側に戻り始めている。

つまり、

記憶としてはリュウにも残っている。
でも、所有権はリュウに移っていない。
春麗が自分の戦いとして持ち帰った黒である。

ということです。

わかりやすい比喩

たとえば、誰かと試合をしたら、相手の技の感触は残ります。

あの蹴りは重かった。
あの間合いは危なかった。
あの一撃は忘れられない。

これは相手の中に残っている記憶です。

でも、その技が相手のものになるわけではありません。

その技は、あくまで使った本人のものです。

リュウの中に黒が残っている、というのはこれです。

リュウは春麗の黒を覚えている。
でも、春麗の黒を奪ったわけではない。
リュウの所有物になったわけでもない。
春麗が置いていかなかったから、黒は春麗の側にもある。

この違いです。

「置いていかなかった黒」とは何か

今回の「置いていかなかった黒」は、こう定義するとわかりやすいです。

負けた後に、リュウの中に預けっぱなしにしなかった黒。

もう少し詳しく言うと、

リュウに勝てなかった黒。
でも、次の再戦理由としてリュウの中に残しておくのではなく、自分の手元へ持ち帰り始めた黒。

です。

つまり、置いていかなかった黒とは、

負けても、自分の戦いとして持ち帰った黒

です。

ここが今回の救済進行です。

春麗はまだ完全には受け取っていない。

でも、リュウに預けっぱなしではなくなった。

その結果、黒はこういう状態になります。

春麗の側:畳まれて棚にある。布紐で束ね始めている。
リュウの側:記憶と拳の手応えとして残っている。
ただし所有者:春麗。

この整理が一番わかりやすいと思います。

今回のリュウの役割

リュウは今回、かなり大事なことをしています。

春麗に対して、

残っている。
だが、俺のものではない。
春麗が置いていかなかった黒だ。

と言います。

これは、春麗にとって大きいです。

なぜなら、リュウがこう言ったことで、春麗は確認できるからです。

リュウの中に黒は残っている。
でも、それはリュウに奪われたわけではない。
リュウが所有しているわけでもない。
自分が持ち帰った黒として、リュウも覚えている。

つまりリュウは、春麗の黒を自分の戦利品にしていません。

勝った記念にもしていません。

拒んでもいません。

ただ、

春麗の戦いとして覚えている。

ここが良いです。

春麗が確認したかったこと

今回、春麗が本当に確認したかったのは、

私の黒は、まだ私のものとして残っているの?

です。

ただし、彼女はまだ素直にそう言えません。

だから表面上は、

あなたのものになっていないか確認しに来ただけ

と言います。

これはかなり黒執着春麗らしいです。

本当は不安なのです。

リュウの中にまだ残っているなら、また自分はリュウに黒を預けてしまったのではないか。
自分の手元に戻したつもりでも、実はリュウに奪われたままなのではないか。
あるいは、リュウが「俺の中に残っている」と言った時点で、それはもうリュウのものなのではないか。

その不安を確認しに来た。

そしてリュウは、

残っている。でも俺のものではない。

と答えた。

これで春麗は少しだけ安心できる。


今回の到達点

今回の到達点は、これです。

リュウの中に黒は残っている。
でも、それはリュウの所有物ではない。
春麗が置いていかなかった黒として、リュウも覚えている。
だから、春麗はその黒を取り戻しに行かなくていい。

これがかなり重要です。

以前なら、春麗はリュウの中に残した黒を取り戻すため、あるいはさらに深く残すために再戦していました。

でも今回は違います。

確認できたことで、

リュウの中に残っている=取り返しに行かなければならない

ではなくなった。

ここが大きいです。

結論

今回のエピソードは、黒執着春麗救済ルートにおける 黒の所有権確認回 です。

一言でまとめるなら、

春麗は、リュウの中にまだ自分の黒が残っていることを確認する。しかしそれは、以前のようにリュウへ預けっぱなしにした黒ではなく、リュウが春麗の戦いとして覚えている黒だった。リュウはそれを自分のものにせず、春麗が置いていかなかった黒として覚えている。だから春麗は、その黒を取り戻すためだけに再戦しなくてよくなる回

です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。