また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
黒いログ束は、棚に移された。
中央の円卓から、記録棚へ。
消えたわけではない。
なかったことになったわけでもない。
必要なら、また取り出せる場所。
でも、今は円卓の中央に置きっぱなしにしない場所。
黒執着春麗のログは、そこへ収められた。
黒を着てもいい。
黒を着なくてもいい。
どちらでも、私は空っぽじゃない。
その到達点を確認して、春麗会議室は一区切りをつけた。
重い黒だった。
長い黒だった。
何度も精神HPを削った黒だった。
けれど、最後には少しだけ甘味の話まで出た。
黒は、そこにある。
でも、今はお茶にしましょう。
そう言えた。
それは、かなり大きかった。
だからこそ。
朝。
本編春麗は目を覚ました後、しばらく天井を見ていた。
「……黒執着春麗編、一区切り」
口に出す。
静かな部屋に、その言葉が落ちる。
重い話が続いた。
黒を畳む話。
黒を返す話。
黒を持てるようになる話。
黒を着ても着なくても空ではないと確認する話。
どれも大事だった。
どれも必要だった。
軽く扱っていい話ではなかった。
それはわかっている。
だが。
本編春麗は、寝台の上でゆっくり上体を起こした。
「……では」
一拍。
「主人公としての私も、そろそろ動いていいのでは?」
言ってから、少しだけ顔が熱くなった。
自分で言うと恥ずかしい。
だが、間違ってはいない。
黒執着春麗の救済は大事だった。
春麗会議室として確認する必要もあった。
黒ドレス特化救済春麗の役割も一区切りだった。
通常救済版春麗の安定化も必要だった。
行き遅れ春麗の待機概念も妙に管轄が広かった。
自覚前春麗も、黒の変化を資料として観測していた。
それは全部、必要だった。
必要だったのだが。
「……私の宿題は?」
春麗は、静かに言った。
そう。
黒執着春麗編に入る前。
本編春麗は、リュウに宿題を出していた。
甘い言葉の宿題。
正確には、その次の宿題。
前回、リュウは九十九点を出した。
面倒でもいい。
次も、俺に聞け。
それは危険だった。
かなり危険だった。
しかも百点ではない。
九十九点。
次が残る点数。
その次として、本編春麗はさらに問いを投げた。
リュウの言葉を聞いて変わった後の春麗に、リュウはどう向き合うのか。
言葉を受け取った後の春麗。
その言葉でまた面倒になった春麗。
会議室に持ち帰った後の春麗。
次に戻ってきた春麗。
リュウは、その途中経過で八十九点を出した。
さらに追撃で九十二点まで上がった。
正式回答は、次回以降。
そういう扱いになっていた。
なっていたはずだ。
春麗は、青い武道服を見た。
本編の青。
黒を知った青。
戻って選び直した青。
届かれた青。
見られた青。
覚えられた青。
相打ちの青。
ただ来た青。
そして。
宿題を出した青。
「……放置ではないわよね」
誰もいない部屋で呟く。
答える者はいない。
答えるべき相手は、たぶん修行場にいる。
もしくは、どこかで拳を振っている。
春麗は立ち上がった。
鏡の前に立つ。
青い武道服に袖を通す。
今日は黒ではない。
黒のことを忘れたわけではない。
黒は棚にある。
記録棚にもある。
必要なら取り出せる。
でも、今は青で行く。
黒の余韻を踏まえたうえで、本編春麗として行く。
「正式回答を急かすわけではない」
一拍。
「進捗確認よ」
もう一拍。
「宿題を出した側には、進捗確認の権利がある」
完璧な理屈だった。
たぶん。
春麗は、鏡の中の自分を見た。
「それに」
一拍。
「読者も重い話が続いて疲れているでしょうし」
言ってから、眉を寄せる。
「今のは誰目線?」
わからない。
だが、間違ってはいない。
黒の後には、青が必要だ。
重い救済の後には、いつもの本編春麗が必要だ。
めんどくさい女と自覚しながら、それでも自分からリュウに会いに行く春麗が必要だ。
春麗は青い袖を払った。
「……行くわ」
一拍。
「主人公として」
もう一拍。
「構造上」
最後に言い訳を足して、部屋を出た。
リュウは、修行場にいた。
いつものように。
当然のように。
春麗は、その姿を見て少しだけ足を止めた。
黒執着春麗編が終わっても。
会議室で黒いログ束が棚に収められても。
世界は続いている。
リュウは修行場にいる。
春麗は会いに行ける。
それが少しだけ、胸に落ち着いた。
「春麗」
リュウが顔を上げる。
「リュウ」
春麗は近づいた。
今日は、試合ではない。
少なくとも、最初の目的は試合ではない。
進捗確認。
宿題の進捗確認。
それ以上でも、それ以下でもない。
リュウが言う。
「今日は戦うのか」
「その前に話があるわ」
「ああ」
リュウは頷いた。
前にも似たやり取りをした。
訓練か、と聞かれた気がする。
今回は、リュウはそう聞かなかった。
少しだけ、春麗は気づいた。
彼も覚えている。
前回、この流れがただの戦闘前確認ではなかったことを。
春麗は腕を組む。
「リュウ」
「何だ」
「黒の話が一区切りついたわ」
リュウは、一瞬だけ静かに春麗を見た。
余計なことは聞かない。
黒執着春麗の名を出さない。
春麗会議室のことも当然知らない。
ただ、春麗の言葉を受け取る。
「そうか」
「ええ」
「重かったのか」
春麗は少しだけ黙った。
「……重かったわ」
「そうか」
「でも、一区切りついた」
「ああ」
リュウは、それ以上は踏み込まなかった。
その沈黙は、少しありがたかった。
春麗は、息を整える。
「だから」
一拍。
「私の宿題の話に戻るわ」
リュウは、春麗を見る。
「宿題」
「ええ」
「俺の宿題か」
「そうよ」
「進捗確認か」
春麗は固まった。
先に言われた。
完全に先に言われた。
「……あなた」
「何だ」
「最近、理解が早くない?」
「前に宿題だった」
「ええ」
「正式回答はまだだった」
「ええ」
「春麗が来たなら、進捗を聞きに来たのだと思った」
春麗は青い袖を握りそうになり、やめた。
危ない。
ただの確認前に被弾している場合ではない。
「八十二点」
リュウが少し首を傾げる。
「今のでか」
「今のでよ」
「まだ答えていない」
「進捗確認に対する理解度評価」
「難しいな」
「難しいのよ」
春麗は、少しだけ胸を張った。
「では、確認するわ」
「ああ」
「前回、私はあなたに宿題を出した」
「ああ」
「内容は覚えている?」
リュウは頷いた。
「春麗が、俺の言葉で変わった後」
一拍。
「その春麗に、俺がどう向き合うか」
春麗は、呼吸を止めた。
覚えている。
かなり正確に覚えている。
その言い方まで、ほぼ危険だ。
「……八十八点」
「上がったのか」
「上がるわよ」
「そうか」
「ただし、復唱だけで点数を取りに来るのは危険」
「取りに来てはいない」
「それが一番危険なのよ」
リュウは、少しだけ困ったようにした。
春麗は咳払いをする。
「正式回答を急かしに来たわけではないわ」
「ああ」
「ここは重要よ」
「ああ」
「黒の話が一区切りついて、私の宿題ラインも止まっていないことを確認しに来ただけ」
「ああ」
「だから、今日は進捗確認」
「ああ」
「正式提出はまだでいい」
リュウは少し考える。
「途中経過なら言っていいのか」
春麗は警戒した。
リュウの途中経過。
それは危険物だ。
前回もそうだった。
途中経過で八十九点を出された。
追撃で九十二点になった。
今回も同じことが起こる可能性がある。
「……内容によるわ」
「内容」
「未完成なら、点数は控えめ」
「ああ」
「会議提出も保留」
「ああ」
「ただし、危険発言があった場合は、その限りではない」
リュウは真面目に頷く。
「わかった」
「本当にわかっている?」
「危険発言は避ける」
「違うわ」
「違うのか」
「避けなさいとは言っていない」
「では、言っていいのか」
「それも違う」
リュウは、かなり困った顔をした。
春麗は自分でも面倒だと思った。
自覚済み。
高。
記録板AIがいなくても、たぶん表示されている。
春麗は息を吐く。
「とにかく、進捗を言いなさい」
「ああ」
リュウは、少しだけ視線を落とした。
考えていた顔だった。
春麗は、それに気づいてしまう。
考えていた。
宿題を。
忘れていなかった。
黒の話が続いている間も。
こちらが会議室で黒いログ束を読んでいる間も。
彼は彼で、宿題を持っていた。
それだけで、少し削れる。
リュウが言った。
「考えてはいる」
「ええ」
「まだ、まとまってはいない」
「ええ」
「だが、前よりわかったことがある」
春麗は、一歩だけ警戒する。
「何を?」
「春麗が俺の言葉で変わるなら」
「ええ」
「俺も、春麗の変わったところを見るだけでは足りない」
春麗の胸が跳ねた。
初手から高い。
かなり高い。
「……続けて」
「見て終わりではない」
「ええ」
「春麗が変わったなら、俺もその春麗と話す」
一拍。
「次の春麗と、また向き合う」
春麗は、青い袖を握った。
危険。
これは進捗確認ではない。
途中経過という名の高火力発言だ。
リュウは続ける。
「前は、“次に戻ってきた時の春麗も見る”と言った」
「言ったわね」
「でも、見るだけでは足りないと春麗に言われた」
「言ったわ」
「だから」
一拍。
「戻ってきた春麗に、また聞く」
春麗は止まった。
「……何を?」
「その言葉を持って、どうなったのか」
完全に危険域。
リュウは、まだ続ける。
「春麗が面倒になったなら、どこが面倒になったのか」
「……」
「苦しくなったなら、何が苦しいのか」
「……」
「嬉しかったなら」
一拍。
「どこが嬉しかったのか」
春麗は顔を覆いそうになった。
覆わない。
ここは修行場。
進捗確認中。
まだ耐える。
「リュウ」
「ああ」
「途中経過よね?」
「ああ」
「正式回答ではないのよね?」
「まだ足りない」
「足りないのに、その威力なの?」
「威力」
「威力よ」
リュウは少し困ったようにする。
「まだ考えている途中だ」
「途中でこれなのが問題なのよ」
春麗は、深く息を吸った。
採点。
採点をしなければ。
自分を保つために。
「九十一点」
リュウが見る。
「九十二点より下がったのか」
「前回の追撃込み九十二点とは別採点よ」
「そうか」
「進捗確認としては高すぎるわ」
「高いのか」
「高いわ」
リュウは、少しだけ頷いた。
「なら、進んでいるということか」
春麗は固まった。
そこで自分で進捗確認として成立させてくるのは、やめてほしい。
「……ええ」
一拍。
「進んでいるわ」
リュウの目が、少しだけ静かになる。
「なら、よかった」
精神HPが削れる。
「よかった、ではないわ」
「違うのか」
「よかったけど、よくない」
「難しいな」
「だから宿題なのよ」
「ああ」
春麗は、どうにか体勢を立て直す。
「ただし」
「ああ」
「正式回答では、さらに踏み込みなさい」
「踏み込む」
「ええ」
「今日よりか」
「ええ」
「春麗は大丈夫なのか」
春麗は完全に停止した。
「……何が?」
「今日でも、かなり顔が赤い」
直撃。
春麗は顔を背けた。
「見なくていいわ!」
「見えた」
「見えなくていいのよ!」
リュウは真面目に言う。
「正式回答で踏み込むなら、春麗が大丈夫かも考える必要がある」
春麗は、黙った。
まただ。
こういうところだ。
リュウは、ただ高火力発言を投げているだけではない。
こちらが受け取った後のことを、本当に考え始めている。
それが今回の宿題の核心だ。
言葉で変わった後の春麗にどう向き合うか。
その中に、春麗が大丈夫かどうかも含まれている。
春麗は、悔しいくらいに理解してしまった。
「……九十三点」
「上がったのか」
「上がったわ」
「なぜ」
「私が大丈夫か考えたから」
「それは考える」
「だから上がったのよ」
リュウは頷く。
「わかった」
「わかっていない気もするけど、今はそれでいいわ」
春麗は、青い袖を整える。
ここで終わるべきだ。
今日は進捗確認。
正式回答ではない。
これ以上踏み込むと、また九十九点級が出る。
それはまだ早い。
読者の精神HPにも、自分の精神HPにもよくない。
春麗は言った。
「今日はここまで」
「ああ」
「正式回答は次回以降」
「ああ」
「ただし、進捗は確認できた」
「ああ」
「宿題は継続」
「ああ」
「提出期限は未定」
「ああ」
「でも忘れたら減点」
「忘れない」
即答だった。
春麗は、少しだけ固まる。
「……即答しないで」
「忘れていない」
「それを即答しないでと言っているの」
「難しい」
「でしょうね」
リュウは、少し考えてから言った。
「春麗」
「何」
「宿題は、春麗が出した」
「ええ」
「だが、考える時間は俺のものでもある」
春麗は止まった。
また、危険な方向に来た。
「どういう意味?」
「春麗に聞かれたから考えている」
「ええ」
「でも、考えている間も、春麗のことを考えている」
精神HPが大きく削れる。
「……リュウ」
「ああ」
「進捗確認で、そういう追加報告はいらないわ」
「進捗だ」
「進捗なのが問題なのよ」
「そうなのか」
「そうよ」
リュウは真面目に続ける。
「前より、春麗の言葉を思い出すことが増えた」
春麗は、顔を覆った。
無理だった。
進捗確認。
確かに進捗確認だ。
だが、報告内容が危険すぎる。
考えている間も春麗のことを考えている。
春麗の言葉を思い出すことが増えた。
それはもう、進捗というより爆撃である。
「……九十四点」
「また上がった」
「上がるわよ」
「だが、正式回答ではない」
「だから危険なのよ」
春麗は、顔を覆ったまま言った。
「今日は、本当にここまで」
「ああ」
「これ以上は提出扱いにする」
「わかった」
「提出扱いになったら採点が厳しくなる」
「ああ」
「だから止めなさい」
「ああ」
リュウは頷く。
ようやく止まりそうだった。
春麗は顔から手を離す。
「では、私は帰るわ」
「ああ」
「宿題は続行」
「ああ」
「次回、正式回答の前に、もう一度確認する可能性もある」
「ああ」
「その時、また途中経過で九十点台を出してきたら減点」
「高いと減点なのか」
「高すぎると危険だから減点」
「難しいな」
「難しいのよ」
春麗は背を向ける。
目的は達成した。
黒の後、青のラインに戻った。
本編春麗として、宿題の進捗を確認した。
リュウは考えていた。
宿題は止まっていなかった。
次がある。
それだけで、十分だった。
リュウの声が背中に届く。
「春麗」
止まらない。
止まると危険。
だが、止まった。
「何?」
振り返らずに言う。
リュウは言った。
「黒の話が一区切りついたなら」
一拍。
「春麗の話も、また聞かせてくれ」
春麗は、完全に動けなくなった。
青い袖が風に揺れる。
黒の話が一区切りついたなら。
春麗の話も、また聞かせてくれ。
それは、黒を軽く扱っていない。
でも、春麗を黒の後ろに置きっぱなしにもしない言葉だった。
黒の重さを認めたうえで、本編春麗の話へ戻してくる言葉だった。
春麗は、ゆっくり息を吐く。
「……九十六点」
「上がったのか」
「上がったわ」
「まだ正式回答ではない」
「知っているわよ」
「なら、なぜ」
「進捗確認の最後に言う言葉として、危険すぎるからよ」
「危険か」
「危険よ」
春麗は、少しだけ振り返った。
リュウを見た。
「次に聞きに来るのは、私よ」
「ああ」
「でも、次に答えるのはあなた」
「ああ」
「忘れないで」
「忘れない」
春麗は頷いた。
「よろしい」
かなり偉そうだった。
だが、そうしないと立っていられなかった。
春麗は、今度こそ歩き出した。
顔は熱い。
精神HPは削られている。
だが、悪くない。
黒が一区切りついた。
青が動いた。
宿題は進んでいる。
物語は、また本編春麗のところへ戻ってきた。
「……これが本編春麗よ」
誰にも聞こえない声で呟く。
一拍。
「構造上」
また言い訳を足した。
今日は、それで十分だった。
その夜。
春麗会議室の円卓には、黒いログ束は置かれていなかった。
棚にはある。
必要なら取り出せる。
けれど、今日は中央にはない。
代わりに、青い小さなログ札が置かれていた。
記録板AIの文字が光る。
『本編春麗・宿題進捗確認ログ』
『黒執着春麗編一区切り後、本編ライン再接続』
本編春麗は、席に着いた瞬間に顔をしかめた。
「早いわ」
『重要ログです』
「まだ正式回答ではないのに」
『正式回答前の進捗確認として重要です』
通常救済版春麗が、湯呑みを置いて微笑んだ。
「黒いログ束が中央にないだけで、少し落ち着くわね」
本編春麗は頷いた。
「ええ」
自覚前春麗が、青いログ札を覗き込む。
「今度は青いのね」
「本編春麗の回だから」
「自分で言うのね」
「主人公だから」
『本編春麗:主人公宣言』
「それは保存していいわ」
『保存しました』
行き遅れに恐怖する春麗が、湯呑みを両手で包む。
「黒を待った後で、青が動いたのね」
本編春麗はそちらを見る。
「あなた、今回も管轄なの?」
「たぶん」
「広いわね」
「待っていたものが動く話だから」
記録板AIが表示する。
『行き遅れ春麗:待機後進行概念により参加意義あり』
「便利すぎるわ、その管轄」
黒ドレス特化救済春麗は、今日は静かに席にいる。
前回よりも、少しだけ肩の力が抜けているように見えた。
「黒を棚に戻した後に、青の話ができるのは良いことよ」
本編春麗は、少しだけ目を細める。
「あなたがそう言うと、重みがあるわね」
「黒は消えていない」
「ええ」
「でも、中央に置き続けなくてもいい」
「ええ」
「だから、今日はあなたの青の話」
本編春麗は、少しだけ照れた。
「……構造上ね」
『発言信頼度:中』
「高にしなさい」
『検討します』
「検討じゃなくて」
記録板AIがログを展開する。
『本日の議題』
『本編春麗、黒執着春麗編一区切り後、リュウへの宿題進捗確認を実施』
『目的:正式回答の催促ではなく、本編ライン再接続』
『結果:宿題継続確認』
『進捗点数:九十一点→九十三点→九十四点→九十六点』
自覚前春麗が目を細めた。
「また九十点台が並んでいるわ」
本編春麗は、腕を組む。
「途中経過なのにね」
「途中経過で九十六点?」
「そうなのよ」
「それ、正式回答になったらどうするの?」
本編春麗は、少し黙った。
「……採点基準を見直すわ」
『本編春麗:採点基準再検討』
「保存しなくていい」
『重要です』
通常救済版春麗が、静かに笑う。
「それで、リュウは何と言ったの?」
本編春麗は、少しだけ顔を赤くした。
「記録板AI」
『表示します』
「早いわ」
白い文字が浮かぶ。
『リュウ進捗報告一』
『“春麗が俺の言葉で変わるなら、俺も、春麗の変わったところを見るだけでは足りない”』
『“見て終わりではない”』
『“春麗が変わったなら、俺もその春麗と話す”』
『“次の春麗と、また向き合う”』
会議室が、静かになった。
自覚前春麗が最初に口を開く。
「……進捗?」
本編春麗は頷く。
「進捗」
「これで?」
「これで」
通常救済版春麗が、静かに息を吐いた。
「これは高いわね」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「見るだけでは足りない、というのは良いわ」
行き遅れ春麗が言う。
「次の春麗と、また向き合う」
一拍。
「待っていた答えが、次の位置まで伸びている」
本編春麗は、顔を少し赤くして言う。
「だから、九十一点」
『採点:妥当』
「妥当なのね」
記録板AIは次を表示する。
『リュウ進捗報告二』
『“正式回答で踏み込むなら、春麗が大丈夫かも考える必要がある”』
『得点:九十三点』
自覚前春麗が、椅子の背にもたれた。
「それは上がるわ」
本編春麗は即答する。
「上がるでしょう」
通常救済版春麗が微笑む。
「春麗が受け取った後のことを考えている」
「ええ」
「宿題に対して、かなり正面から進んでいるわね」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「言葉を放つだけではなく、受け取った後の春麗を見ている」
本編春麗は、青いログ札を見つめる。
「……そこなのよ」
会議室が少し静かになる。
「前回の宿題は、言葉を考えることだった」
「ええ」
「今回は、その言葉で変わった後の私にどう向き合うか」
「ええ」
「リュウは、途中経過でちゃんとそこを考え始めている」
「ええ」
一拍。
「だから、危険なのよ」
『本編春麗:宿題進捗の危険性を認識』
「保存していいわ」
『保存しました』
記録板AIが次を出す。
『リュウ進捗報告三』
『“考えている間も、春麗のことを考えている”』
『“前より、春麗の言葉を思い出すことが増えた”』
『得点:九十四点』
本編春麗は、即座に顔を覆った。
「これは出さなくていい!」
『重要ログです』
「重要だけど!」
自覚前春麗が、少し楽しそうに言う。
「進捗報告としては非常に明確ね」
「あなた、最近そういうところで冷静に刺すわよね」
「資料として」
「出たわね」
『自覚前春麗:資料として発言』
「検出しなくていい」
通常救済版春麗が穏やかに言う。
「でも、これは本当に進捗ね」
本編春麗は、顔を覆ったまま言う。
「そうなのよ」
「宿題を考えている時間に、春麗を思い出している」
「言わないで」
「春麗の言葉を思い出すことが増えた」
「繰り返さないで」
行き遅れ春麗が、ぽつりと言った。
「待っている間に、相手の中でも進んでいる」
本編春麗は、顔から手を離した。
「……あなた、今日も刺すわね」
「待つ側の話だから」
『行き遅れ春麗:待機中相互進行を指摘』
「保存していいわ」
『保存しました』
黒ドレス特化救済春麗が、青いログ札を見つめて言う。
「黒執着春麗の一区切り後に、この話へ戻ったのは良かったわ」
本編春麗がそちらを見る。
「どうして?」
「黒の救済は、重かった」
「ええ」
「でも、黒の後に、青がちゃんと続いている」
「ええ」
「物語が黒だけではないと、読者にも伝わる」
本編春麗は、少しだけ頷いた。
「……読者目線?」
「構造上」
本編春麗は目を細めた。
「その言葉、私のものでは?」
「借りたわ」
『黒ドレス特化救済春麗:構造上発言』
「保存しないで」
『保存しました』
会議室に、少しだけ笑いが戻る。
重くない。
軽すぎもしない。
黒の後に、青が動いている。
それだけで、空気が少し違った。
記録板AIが、最後の追撃ログを表示する。
『最終追撃』
『リュウ発言:“黒の話が一区切りついたなら、春麗の話も、また聞かせてくれ”』
『得点:九十六点』
会議室が止まった。
本編春麗は、顔を覆わなかった。
ただ、静かにログを見ていた。
通常救済版春麗が、やわらかく言う。
「これは……良いわね」
自覚前春麗も、少しだけ表情を緩める。
「黒を軽く扱っていない」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「ええ」
行き遅れ春麗が続ける。
「でも、本編春麗の話に戻している」
本編春麗は、ゆっくり頷いた。
「そこなのよ」
黒の話が一区切りついたなら。
春麗の話も、また聞かせてくれ。
黒を忘れろとは言っていない。
黒を終わったものとして雑に片づけてもいない。
ただ、黒の後に、本編春麗の話もあると認めている。
それが危険だった。
かなり危険だった。
「だから九十六点」
『採点:妥当』
「妥当なのね」
『はい』
自覚前春麗が腕を組む。
「正式回答前なのに九十六点」
本編春麗は、少しだけ苦々しく言う。
「本当にどうするのよ」
通常救済版春麗が言う。
「百点はつけないのでしょう?」
「つけないわ」
「次がなくなるから」
「ええ」
記録板AIが表示する。
『九十九点規則:継続』
『百点封印:継続』
『次を残す採点方針:維持』
本編春麗は、静かに頷く。
「それは維持よ」
行き遅れ春麗が小さく言う。
「次があるから待てる」
本編春麗は、そちらを見る。
「ええ」
「でも、待つだけではなく、必要なら聞きに行ける」
「ええ」
「今回も、そうだった」
本編春麗は、少しだけ笑った。
「そうね」
記録板AIが本日の判定を表示する。
『本日の判定』
『一、黒執着春麗編一区切り後、本編春麗は自身の宿題ラインへ能動的に復帰しました』
『二、正式回答の催促ではなく、進捗確認としてリュウへ接触しました』
『三、リュウは宿題内容を正確に記憶していました』
『四、リュウは“見るだけでは足りない”“次の春麗とまた向き合う”方向へ進捗を示しました』
『五、リュウは春麗が大丈夫かも考える必要があると認識しました』
『六、宿題を考える時間に、春麗のことを思い出すことが増えたと報告しました』
『七、黒の一区切り後、春麗自身の話へ戻る導線が成立しました』
『八、進捗点数は最終的に九十六点』
『九、正式回答は次回以降』
『十、本編春麗の主人公属性:能動進行により再確認』
本編春麗は十番を見て、少しだけ満足そうにした。
「十番は保存していいわ」
『保存しました』
自覚前春麗がじっと見る。
「あなた、本当に主人公属性の表示には甘いわね」
「主人公だから」
「便利ね」
「あなたの資料としてよりは、まだ正当よ」
「今、私を巻き込まないで」
通常救済版春麗が微笑む。
「でも、本当に良い回だったと思うわ」
本編春麗は、少しだけ視線を逸らす。
「進捗確認だけどね」
「進捗確認でも、物語は動いたわ」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「黒が棚に戻った後、青が中央に来た」
行き遅れ春麗が言う。
「待っていた宿題も、止まっていなかった」
本編春麗は、その言葉を受け取る。
黒は、そこにある。
青も、ここにある。
宿題は、続いている。
リュウは、考えている。
次がある。
それだけで、今日は十分だった。
「……正式回答まで、待つわ」
『待機位置維持:本編春麗版』
「またそれ?」
『前回候補から継続しています』
「未承認でしょう?」
『未承認仮分類です』
「なら、保留」
『保留保存しました』
「保存はするのね」
会議室に、小さな笑いが起きた。
青いログ札は、中央に置かれたまま、静かに光っている。
黒いログ束ほど重くはない。
だが、軽くもない。
次へ続く青のログ。
正式回答前の進捗ログ。
黒の後に戻ってきた、本編春麗のログ。
記録板AIが、最後に表示する。
『本日の結論』
『黒執着春麗編後、物語は本編春麗の宿題ラインへ再接続しました』
『黒は棚にあり、青は中央にあります』
『正式回答は未提出』
『次回以降、本編春麗は待つことも、聞きに行くことも可能です』
本編春麗は、その文字を見て静かに頷いた。
「それは保存して」
『保存しました』
会議室の輪郭が、ゆっくりほどけていく。
青い光。
薄い影。
白い文字。
黒いログ束は棚にある。
青いログ札は中央にある。
そして、本編春麗は、自分の青がまた少し動いたことを知っている。
最後に、記録板AIが小さく表示した。
『期待反応:検出』
本編春麗は、即座に言った。
「検出しないで」
『保存しました』
「保存もしないで」
その声を最後に、会議室は静かに消えた。
朝。
本編春麗は目を覚ました。
部屋には、薄い光が入っている。
胸の奥に、昨日の言葉が残っていた。
春麗が変わったなら、俺もその春麗と話す。
次の春麗と、また向き合う。
正式回答で踏み込むなら、春麗が大丈夫かも考える必要がある。
考えている間も、春麗のことを考えている。
前より、春麗の言葉を思い出すことが増えた。
黒の話が一区切りついたなら、春麗の話も、また聞かせてくれ。
春麗は、布団の中で顔を覆った。
「……進捗確認で九十六点は、やりすぎよ」
しかし、悪くない。
黒は、棚にある。
青は、また中央に戻ってきた。
宿題は続いている。
リュウは考えている。
正式回答はまだ。
でも、止まってはいない。
春麗は起き上がった。
鏡の前に立つ。
青い武道服が、静かにそこにある。
本編の青。
めんどくさい女と自覚する春麗の青。
主人公補正を待たずに、自分から聞きに行ける青。
黒が一区切りついた後で、自分の宿題ラインを取り戻せる青。
「……正式回答まで、少し待つわ」
一拍。
「少しだけ」
そう言ってから、自分で顔を赤くする。
少しだけ。
それは、かなり怪しい。
だが、今日はそれでいい。
待ちきれなくなったら、また聞きに行けばいい。
面倒でもいい。
次も、俺に聞け。
リュウがそう言った。
そして今回は、黒の後に春麗の話もまた聞かせてくれと言った。
春麗は、青い袖を整えた。
「……責任、増えているわよ」
小さく呟く。
誰も聞いていない。
それでも、胸の奥は少し温かい。
黒の後に、青が戻ってきた。
重い話の後に、次ができた。
本編春麗は、朝の光の中で小さく笑った。
「さて」
一拍。
「次の正式回答まで、私は主人公として待つわ」
もう一拍。
「構造上」
最後にそう付け足して、本編春麗は新しい朝を始めた。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
今回のエピソードは、一言で言うなら、
黒執着春麗編で重くなっていた物語を、本編春麗の青と宿題ラインへ戻す回
です。
黒執着春麗編は、かなり重い話でした。
黒を着ること。
黒を着ないこと。
黒を捨てるのではなく、黒だけにしないこと。
黒を着ても着なくても、自分が空ではないと確認すること。
そこまで積み上げたうえで、前回、春麗会議室は黒執着春麗のログを棚へ移しました。
黒は消えていない。
でも、円卓の中央に置き続ける必要はなくなった。
この整理があったからこそ、今回は本編春麗の話に戻れています。
今回の核は、
黒の後に、青が中央へ戻ってくる*
です。
黒執着春麗編が一区切りついた後、本編春麗が最初に思い出すのは、自分がリュウに出していた宿題です。
これはかなり重要です。
黒執着春麗の救済は大事だった。
春麗会議室として確認する必要もあった。
でも、本編春麗の物語も止まっていたわけではない。
だから今回、本編春麗は主人公として動きます。
正式回答を急かすわけではない。
けれど、宿題の進捗は確認する。
この「進捗確認」という言い方が、本編春麗らしいです。
素直に「気になったから聞きに来た」とは言わない。
「宿題を出した側には進捗確認の権利がある」と理屈を立てる。
けれど、実際にはリュウが考えてくれているかを確かめに行っている。
このめんどくささが、本編春麗の良さです。
そして今回のリュウは、かなり危険です。
正式回答ではない。
あくまで途中経過。
それなのに、
春麗が変わったなら、俺もその春麗と話す
次の春麗と、また向き合う
正式回答で踏み込むなら、春麗が大丈夫かも考える必要がある
考えている間も、春麗のことを考えている
前より、春麗の言葉を思い出すことが増えた
と、進捗確認だけで九十点台を連発してきます。
ここが今回のリュウの高火力ポイントです。
特に強いのは、
黒の話が一区切りついたなら、春麗の話も、また聞かせてくれ
です。
これは、黒を軽く扱っていません。
黒をなかったことにしていません。
でも、黒の後ろに本編春麗を置きっぱなしにもしていません。
黒は一区切りついた。
なら、春麗自身の話へ戻ろう。
この言い方が、本編春麗にとってかなり危険です。
今回、本編春麗は何度も採点しています。
八十二点。
八十八点。
九十一点。
九十三点。
九十四点。
そして最後に九十六点。
正式回答ではないのに、点数が上がっていく。
これはかなり危険な進捗確認です。
ただし、九十九点ではありません。
ここも大事です。
前回の九十九点回答は、次を残すための最高点でした。
百点をつけないのは、次がなくなるから。
今回も、正式回答はまだです。
だから九十六点。
かなり高いけれど、まだ次がある。
まだ提出されていない。
まだ正式回答ではない。
つまり今回のエピソードは、決着回ではなく、**再接続回**です。
黒執着春麗編で重くなっていた流れを、本編春麗とリュウの宿題ラインへ再接続する。
本編春麗の青を中央に戻す。
読者にも「黒の話は一区切りついた。物語はまた本編春麗へ戻る」と伝える。
そのための回です。
春麗会議室パートも、今回は黒いログ束ではなく、青いログ札を中央に置きました。
これはかなり意識しています。
前回までは黒の整理。
今回は青の進捗。
黒は棚にある。
でも、今日の中央は青。
この視覚的な違いで、物語の呼吸を切り替えています。
また、今回の会議室は重すぎないようにしています。
黒執着春麗編で読者も春麗たちも疲れているので、今回は本編春麗の採点、自覚前春麗のツッコミ、記録板AIの余計な保存、行き遅れ春麗の管轄発言など、いつもの春麗会議室の空気を戻しました。
重い黒の後に、少し笑える会議室。
でも、本筋はちゃんと進んでいる。
このバランスを狙っています。
今回の到達点は、
黒は棚にあり、青は中央にある
です。
黒を忘れたわけではない。
黒執着春麗の救済を軽く扱ったわけでもない。
でも、本編春麗の物語も再び動き始めた。
そしてもう一つの到達点は、
正式回答はまだだが、リュウは確実に考えている
ということです。
本編春麗は、これで待てます。
ただし、待ちきれなくなったら、また聞きに行ける。
なぜなら、前にリュウが言ったからです。
面倒でもいい。次も、俺に聞け。
今回、その言葉はまだ生きています。
そして、リュウはさらに言いました。
春麗の話も、また聞かせてくれ。
これで、本編春麗の次の行動理由はかなり強くなりました。
今回のエピソードは、派手な試合回ではありません。
大きな救済回でもありません。
けれど、連作全体にとってはかなり重要な回です。
黒の重さを畳んだ後、本編春麗の青に戻る。
宿題ラインを再接続する。
正式回答への期待を残す。
読者の精神HPを少し回復させながら、次の本筋へ進める。
そういう意味で、今回はかなり良い「黒編後の復帰回」になったと思います。
最後に本編春麗が、
次の正式回答まで、私は主人公として待つわ。構造上
と言うのも、この回らしい締めです。
待つ。
でも、必要ならまた聞きに行ける。
主人公補正を待つのではなく、自分から動ける。
それが本編春麗の青です。
黒の後に、青が戻ってきました。
そして、宿題はまだ続いています。