また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。
黒執着春麗の後日談です。


妄想章IF後日談:黒執着春麗は、選んだ黒でリュウに初めて勝つ

 

 黒は、棚の中にあった。

 

 畳まれている。

 

 布紐が添えられている。

 

 隠してはいない。

 

 捨ててもいない。

 

 出しっぱなしにもしていない。

 

 そこにある。

 

 黒執着春麗は、朝の光の中で、その棚を開けた。

 

 今日は、戦う日だった。

 

 リュウと約束したわけではない。

 

 挑戦状を出したわけでもない。

 

 けれど、わかっていた。

 

 今日は、会う。

 

 今日は、向き合う。

 

 今日は、黒を着る。

 

 春麗は、畳んだ黒に触れた。

 

 袖の端。

 

 裾。

 

 布紐。

 

 今日の黒。

 

 戻ってきた黒。

 

 まだ全部を私の黒だとは言い切れない黒。

 

 けれど、私の黒ではないとも、もう言わない黒。

 

 春麗は、しばらくその布を見ていた。

 

「今日は」

 

 小さく言う。

 

「着るわ」

 

 その言葉は、以前とは違っていた。

 

 黒を着なければ立てないからではない。

 

 黒を着なければリュウに届かないからではない。

 

 リュウの拳に残すためでもない。

 

 負けた黒を塗り潰すためでもない。

 

 空ではないと確かめるためでもない。

 

 今日は、着る。

 

 自分がそう決めたから。

 

 春麗は、黒ドレスを取り出した。

 

 広げる。

 

 袖に手を通す。

 

 裾を落とす。

 

 鏡の前に立つ。

 

 黒いドレス姿の自分が映る。

 

 以前なら、その姿を見て胸が熱くなった。

 

 焦りもあった。

 

 勝たなければならないという硬さもあった。

 

 リュウに残らなければならないという執着もあった。

 

 今日は、違う。

 

 熱はある。

 

 勝ちたい気持ちもある。

 

 リュウに届きたい気持ちもある。

 

 けれど、黒だけが前に出ているわけではなかった。

 

 鏡の中にいるのは、黒いドレスの春麗だった。

 

 黒ではなく。

 

 春麗だった。

 

 春麗は、鏡の中の自分に言った。

 

「今日は、あなたを使う」

 

 一拍。

 

「でも、あなたに使われない」

 

 黒い裾が、足元で静かに揺れた。

 

 春麗は、布紐を棚に残した。

 

 今日は束ねた黒を持っていく。

 

 でも、紐そのものは持っていかない。

 

 束ねたものは、もう棚の中だけにあるわけではない。

 

 自分の中にもある。

 

 裾。

 

 肩。

 

 待機圧。

 

 距離。

 

 半拍。

 

 十一戦目。

 

 最初の黒。

 

 負け続けた黒。

 

 今日の黒。

 

 それらを全部完全に持っているわけではない。

 

 それでも、散らばってはいない。

 

 春麗は、黒い袖を整えた。

 

「行くわ」

 

 誰に言うでもなく。

 

 自分に言った。

 


 

 リュウは、いつもの場所にいた。

 

 朝の光の中、拳を握り、開いている。

 

 春麗が近づくと、リュウは顔を上げた。

 

 視線が春麗へ向く。

 

 黒いドレスを見る。

 

 黒い裾を見る。

 

 春麗を見る。

 

 その順番は、もうわかる。

 

 けれど今日は、腹立たしさだけではなかった。

 

 見なさい。

 

 そう思った。

 

 黒も。

 

 裾も。

 

 肩も。

 

 私も。

 

 今日、私が選んだ黒も。

 

 リュウは静かに言った。

 

「今日は、黒なんだな」

 

 春麗は頷いた。

 

「ええ」

 

「戦うのか」

 

「戦うわ」

 

「そうか」

 

「驚かないのね」

 

「驚いている」

 

「そういう顔をしなさい」

 

「難しい」

 

「相変わらずね」

 

 春麗は、黒い裾を一度だけ払った。

 

 リュウの目がそこへ落ちる。

 

 その目は逃げない。

 

 奪われもしない。

 

 でも、見ている。

 

 春麗は笑った。

 

「今日は、あなたに残すための黒じゃないわ」

 

 リュウは頷いた。

 

「ああ」

 

「塗り潰すための黒でもない」

 

「ああ」

 

「空っぽではないと確かめるためでもない」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 一拍。

 

「勝つための黒ではあるわ」

 

 リュウの拳が、静かに握られた。

 

「ああ」

 

「そこは止めないのね」

 

「止めない」

 

「なぜ?」

 

「春麗だからだ」

 

 春麗は、少しだけ目を細めた。

 

「本当に、その言い方は腹が立つわね」

 

「そうか」

 

「でも」

 

 黒い裾が、風に少し揺れる。

 

「今日は、悪くないわ」

 

 リュウは構えた。

 

 春麗も構える。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 

 以前の黒ではない。

 

 けれど、軽くなった黒でもない。

 

 重さはある。

 

 記憶もある。

 

 敗北もある。

 

 でも、黒に追い立てられている重さではなかった。

 

 春麗が、持ってきた重さだった。

 

「行くわよ」

 

「ああ」

 

 戦いが始まった。

 


 

 最初の一歩は、静かだった。

 

 春麗は、黒い裾を大きく揺らさない。

 

 まず、止める。

 

 待機圧。

 

 動かない黒。

 

 リュウの踏み込みを待つ。

 

 以前なら、それはリュウを迷わせるためだけの間合いだった。

 

 今日は違う。

 

 自分の呼吸を確かめるための間合いでもあった。

 

 黒を着ている。

 

 でも、黒に急かされていない。

 

 勝ちたい。

 

 でも、勝たなければ空っぽになるわけではない。

 

 その呼吸が、春麗の足元を静かにした。

 

 リュウは踏み込まない。

 

 春麗を見る。

 

 黒い裾を見る。

 

 肩を見る。

 

 重心を見る。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「待つのね」

 

「ああ」

 

「なら」

 

 次の瞬間、春麗が動いた。

 

 黒い裾が半拍遅れて揺れる。

 

 足の起点を隠す。

 

 蹴りに見せて、掌底。

 

 掌底に見せて、肩を落とす。

 

 リュウの拳が動く。

 

 速い。

 

 春麗はそれを見ていた。

 

 十一戦目の拳。

 

 黒を着る前、自分を止めた半歩。

 

 今も、速い。

 

 それでも、怖くない。

 

 怖い。

 

 けれど、逃げない。

 

 春麗は、その拳を黒で隠さない。

 

 正面から捌く。

 

 腕に衝撃が走る。

 

 痛い。

 

 だが、踏み込む。

 

 黒い裾が遅れて、リュウの視界を横切る。

 

 蹴りが入る。

 

 リュウの脇腹。

 

 浅い。

 

 でも、届いた。

 

 リュウは下がらない。

 

 拳が返る。

 

 春麗の肩に入る。

 

 春麗の体が揺れる。

 

 けれど、崩れない。

 

 以前なら、ここで怒った。

 

 また止められた。

 

 また届かない。

 

 そう思って黒を深くした。

 

 今日は違う。

 

 春麗は、揺れた体をそのまま次の軸にした。

 

 肩の角度を変える。

 

 迷いではなく、技術として。

 

 リュウの判断がわずかに散る。

 

 掌底。

 

 入る。

 

 リュウの胸が揺れた。

 

「いい黒だ」

 

 リュウが言った。

 

 春麗の眉が跳ねる。

 

「戦闘中にそういうことを言うの、本当にやめなさい」

 

「すまない」

 

「謝る暇があるなら、倒れなさい」

 

 春麗は踏み込む。

 

 リュウは受ける。

 

 拳と掌底がぶつかる。

 

 蹴りと踏み込みが交差する。

 

 黒い裾が何度も揺れる。

 

 でも、今日はその揺れが、春麗を縛らない。

 

 裾は武器だ。

 

 間合いだ。

 

 視線誘導だ。

 

 でも、春麗そのものではない。

 

 春麗が使っている。

 

 その感覚が、足元にあった。

 


 

 中盤。

 

 リュウの拳が春麗の中心へ迫る。

 

 春麗は、黒い裾を大きく流した。

 

 見せる。

 

 隠すのではなく、見せる。

 

 リュウの視線が一瞬止まる。

 

 春麗は、その止まりを取る。

 

 近づく。

 

 近すぎる距離へ。

 

 以前、自分が揺れた距離。

 

 見られる距離。

 

 黒いドレスだけではなく、春麗自身を見られる距離。

 

 リュウの目が、逃げずに春麗を見る。

 

 胸が揺れる。

 

 けれど、止まらない。

 

 その揺れも、今日は置いていかない。

 

 揺れたまま、踏み込む。

 

 掌底がリュウの肩に入る。

 

 続けて蹴り。

 

 リュウの防御が沈む。

 

 深い。

 

 リュウの足が一歩下がる。

 

 春麗は追う。

 

 黒い裾が朝の光を切る。

 

 リュウの拳が来る。

 

 春麗は避ける。

 

 完全には避けきれない。

 

 頬をかすめる。

 

 痛み。

 

 熱。

 

 でも、視線は逸らさない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は、あなたに置いていかない」

 

「ああ」

 

「あなたに残すためでもない」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 春麗は、回転する。

 

 黒い裾が遅れて翻る。

 

「勝ちは取りに行くわ」

 

 蹴りが入る。

 

 リュウの腕が大きく沈む。

 

 防御の上からでも重い。

 

 リュウの呼吸が乱れる。

 

 春麗は、今度こそ逃さない。

 

 肩を落とす。

 

 掌底か、蹴りか。

 

 いや。

 

 どちらでもない。

 

 一拍、止まる。

 

 待つ黒。

 

 リュウが反応する。

 

 その反応を、春麗は見る。

 

 見てから、動く。

 

 掌底。

 

 リュウの胸に入る。

 

 リュウの身体が大きく揺れた。

 

 片膝寸前。

 

 春麗の胸が跳ねる。

 

 勝てる。

 

 その言葉が浮かぶ。

 

 けれど、今日はその後に別の言葉が浮かばない。

 

 勝てなければ空っぽになる。

 

 勝てなければ黒に意味がない。

 

 勝てなければリュウの中に残せない。

 

 それらが、来ない。

 

 ただ。

 

 勝ちたい。

 

 春麗として。

 

 黒を選んだ春麗として。

 

 その一念だけがある。

 

 だから、動きが乱れなかった。

 

 リュウは踏みとどまる。

 

 拳を握る。

 

 まだ来る。

 

 春麗は知っている。

 

 リュウは、ここから来る。

 

 何度も見た。

 

 何度も負けた。

 

 何度も、あと少しで越えられた。

 

 だから、今日はそこを見る。

 

 黒い裾ではなく。

 

 肩でもなく。

 

 待機圧でもなく。

 

 リュウの拳が生き返る瞬間を。

 

 リュウが、前へ出た。

 


 

 最後の攻防。

 

 リュウの拳は、速かった。

 

 疲れている。

 

 削れている。

 

 それでも速い。

 

 春麗の中心へまっすぐ来る。

 

 十一戦目の拳。

 

 最初の黒を見抜いた拳。

 

 負け続けた黒を越えてきた拳。

 

 前の試合で、春麗を倒した拳。

 

 その全部が、今、来る。

 

 春麗は、黒い裾を流した。

 

 大きく。

 

 視線を奪うため。

 

 間合いを沈めるため。

 

 けれど、それだけではない。

 

 リュウが見てきた黒を、全部そこに置く。

 

 裾。

 

 肩。

 

 待機圧。

 

 距離。

 

 半拍。

 

 見られる自分。

 

 負けた自分。

 

 戻ってきた黒。

 

 選んだ黒。

 

 リュウの拳が半拍遅れる。

 

 だが、止まらない。

 

 遅れたまま、前へ出る。

 

 その拳を、春麗は見ている。

 

 前なら、ここで黒をさらに深くした。

 

 もっと残そうとした。

 

 もっと沈めようとした。

 

 今日は違う。

 

 春麗は、黒を捨てない。

 

 黒に逃げない。

 

 黒で隠さない。

 

 黒を使って、春麗として入る。

 

 リュウの拳が来る。

 

 春麗は肩を引く。

 

 紙一重。

 

 拳が頬をかすめる。

 

 痛みが走る。

 

 だが、中心は外れた。

 

 春麗は、半歩入る。

 

 近い。

 

 近すぎる。

 

 リュウの目が春麗を見る。

 

 黒を見る。

 

 春麗を見る。

 

 その目を、春麗は受ける。

 

 揺れる。

 

 でも、止まらない。

 

「見ていなさい」

 

 春麗は言った。

 

 一拍。

 

「私が選んだ黒よ」

 

 掌底が入る。

 

 リュウの胸。

 

 深い。

 

 リュウの身体が崩れる。

 

 それでも、拳が返ってくる。

 

 春麗の脇腹に入る。

 

 重い。

 

 息が止まる。

 

 体が折れかける。

 

 でも、春麗は足を止めない。

 

 最後の蹴り。

 

 黒い裾が遅れて揺れる。

 

 足の軌道が、リュウの視界から一瞬消える。

 

 リュウの防御が間に合う。

 

 いや。

 

 半拍だけ、遅れる。

 

 蹴りが、防御を越えて入った。

 

 リュウの肩。

 

 深く。

 

 重く。

 

 リュウの膝が、今度こそ落ちた。

 

 片膝。

 

 拳はまだ握られている。

 

 立とうとする。

 

 しかし、立ち切れない。

 

 リュウは、片膝をついたまま、春麗を見上げた。

 

 春麗も立っていた。

 

 息は荒い。

 

 脇腹が痛い。

 

 足も震えている。

 

 黒い裾も乱れている。

 

 勝者の余裕など、どこにもない。

 

 それでも、立っている。

 

 最後に立っていたのは、春麗だった。

 

 沈黙。

 

 風が吹く。

 

 黒い裾が、遅れて揺れる。

 

 春麗は、しばらく何も言えなかった。

 

 勝った。

 

 リュウに。

 

 黒で。

 

 初めて。

 

 ギリギリで。

 

 本当に、ギリギリで。

 

 春麗は、拳を握りしめそうになって、やめた。

 

 黒い袖を掴みそうになって、やめた。

 

 叫びそうになって、やめた。

 

 代わりに、ただ息を吐いた。

 

「……勝ったわ」

 

 声は震えていた。

 

 リュウは、片膝のまま頷いた。

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「あなた、まだ立つつもりじゃないでしょうね」

 

 リュウは、少しだけ息を吐いた。

 

「今は、無理だ」

 

 春麗は、思わず笑った。

 

 小さく。

 

 ほとんど泣きそうな笑いだった。

 

「そう」

 

 一拍。

 

「そうなのね」

 

 勝った。

 

 リュウが、立てない。

 

 春麗が、立っている。

 

 その事実が、胸の中に落ちてくる。

 

 けれど、不思議だった。

 

 勝ったのに、空白が埋まる感じではなかった。

 

 勝ったから、すべてが終わるわけでもなかった。

 

 勝ったから、黒が完成したと叫びたいわけでもなかった。

 

 ただ。

 

 黒を選んで。

 

 リュウと戦って。

 

 最後に立っていた。

 

 それだけが、静かに重かった。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日の黒は」

 

 一拍。

 

「あなたに残すための黒じゃないわ」

 

「ああ」

 

「塗り潰すためでもない」

 

「ああ」

 

「空を埋めるためでもない」

 

「ああ」

 

「私が選んだ黒」

 

 リュウは、静かに答えた。

 

「ああ」

 

 春麗は、黒い裾を見た。

 

 乱れている。

 

 土もついている。

 

 また、洗わなければならない。

 

 また、畳まなければならない。

 

 けれど、もうそれが怖くはなかった。

 

「勝った黒も」

 

 一拍。

 

「畳めるかしらね」

 

 リュウは、少しだけ目を細めた。

 

「春麗なら、できる」

 

 春麗は睨んだ。

 

「そういう言い方、本当に腹が立つ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 でも、今日はそれ以上言わなかった。

 

 言い返す余裕がないほど疲れていたし。

 

 それ以上に、少しだけ嬉しかった。

 


 

 春麗は、リュウに手を差し出さなかった。

 

 リュウも求めなかった。

 

 リュウは、自分の力で立とうとして、少し時間がかかった。

 

 春麗は待った。

 

 以前なら、待てなかったかもしれない。

 

 勝った事実を逃がしたくなくて、言葉を重ねたかもしれない。

 

 リュウに何かを認めさせたかもしれない。

 

 今日は、待てた。

 

 リュウは立ち上がる。

 

 まだ少しふらついている。

 

 春麗も、まともに歩ける状態ではない。

 

 互いに限界だった。

 

 リュウは、春麗を見る。

 

「強かった」

 

 春麗の胸が跳ねる。

 

「……それだけ?」

 

「ああ」

 

「もう少し言い方があるでしょう」

 

「すまない」

 

「だから、謝るところじゃないわ」

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「でも、今日はそれでいいわ」

 

 リュウは頷く。

 

「ああ」

 

 春麗は背を向ける。

 

 黒い裾が、朝の光の中で揺れる。

 

 勝った黒。

 

 選んだ黒。

 

 リュウに残すためではない黒。

 

 でも、リュウはきっと覚えている。

 

 拳に残るだろう。

 

 それでもいい。

 

 残っても、リュウのものではない。

 

 置いていかなくても、覚えられる。

 

 それを、もう知っている。

 

 春麗は数歩進んで、足を止めた。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日の黒」

 

 一拍。

 

「間違えて覚えないで」

 

 リュウは答える。

 

「ああ」

 

「私が選んだ黒よ」

 

「ああ」

 

「あなたに残すためじゃない」

 

「ああ」

 

「でも、忘れていいとも言っていない」

 

 リュウは、ほんの少しだけ笑ったように見えた。

 

「忘れない」

 

 春麗は顔を見せずに言った。

 

「なら、いいわ」

 

 今度こそ歩き出す。

 

 黒い裾が揺れる。

 

 勝ったのに、足取りは軽すぎない。

 

 黒は重い。

 

 でも、その重さは嫌ではなかった。

 

 黒を着なくても空ではない。

 

 黒を着ても黒だけではない。

 

 そして今日は。

 

 黒を選んで、勝った。

 

 その事実を、春麗は胸の奥に置いた。

 


 

 部屋に戻った時、黒ドレスは汚れていた。

 

 袖。

 

 裾。

 

 肩。

 

 戦いの跡。

 

 勝った黒の跡。

 

 春麗は、それを見て、しばらく黙った。

 

 負けた黒を畳んだ時と同じように、まず水を用意する。

 

 汚れを落とす。

 

 消すためではない。

 

 整えるために。

 

 勝ったことを誇示するためでもない。

 

 勝った黒を棚の中に置ける形にするために。

 

 布を洗う。

 

 優しく。

 

 乱暴に扱わない。

 

 勝った黒だからといって、強く握りしめない。

 

 負けた黒の時と同じように。

 

 戦闘服として整える。

 

 春麗は、小さく呟いた。

 

「勝った黒も、同じなのね」

 

 汚れは落ちる。

 

 今日の勝利は消えない。

 

 布は乾く。

 

 今日の黒は消えない。

 

 畳む。

 

 袖を揃える。

 

 裾を整える。

 

 布紐を添える。

 

 棚に置く。

 

 その時、春麗は少しだけ迷った。

 

 勝った黒を、特別な場所に置くべきか。

 

 負けた黒とは別にするべきか。

 

 リュウに初めて勝った黒として、別枠にすべきか。

 

 けれど、春麗は少し考えてから、同じ棚に置いた。

 

 負けた黒の隣に。

 

 置いていかなかった黒の隣に。

 

 戻ってきた黒の隣に。

 

 選んだ黒として。

 

「勝ったから、上に置くわけではない」

 

 一拍。

 

「負けたから、下に置くわけでもない」

 

 黒い袖を整える。

 

「どちらも、私が選んだ黒」

 

 言ってから、春麗は少しだけ固まった。

 

 私が選んだ黒。

 

 その言葉を、自分で言った。

 

 春麗は、しばらく棚の中を見ていた。

 

 それから、少しだけ苦く笑う。

 

「……今日は、訂正しないわ」

 

 棚の扉を、少しだけ開けておく。

 

 黒が見える。

 

 そこにある。

 

 勝った黒も。

 

 負けた黒も。

 

 選んだ黒も。

 

 春麗は、鏡の前に立った。

 

 黒を脱いだ自分が映る。

 

 疲れた顔。

 

 痛みの残る身体。

 

 でも、空っぽではない。

 

 勝ったから空ではないのではない。

 

 黒を選べるから、空ではない。

 

 そして今日は、選んだ黒で勝った。

 

 春麗は、鏡の中の自分に言った。

 

「次も勝つわ」

 

 一拍。

 

「でも、今日を塗り潰すためじゃない」

 

 もう一拍。

 

「今日を置いていくためでもない」

 

 さらに一拍。

 

「今日の黒ごと、次へ行く」

 

 言い終えて、春麗は小さく笑った。

 

「本当に、面倒な女ね」

 

 その声は、以前より少しだけ穏やかだった。

 

 棚の中には、黒がある。

 

 勝った黒。

 

 負けた黒。

 

 戻ってきた黒。

 

 選んだ黒。

 

 春麗は、部屋の灯りをつけた。

 

 夜が来る。

 

 明日も来る。

 

 リュウに初めて勝った黒は、そこにある。

 

 けれど春麗はもう、その勝利だけで立っているわけではなかった。

 

 黒を選んで勝った。

 

 それは、嬉しい。

 

 悔しいくらいに嬉しい。

 

 でも、それだけではない。

 

 黒を着ても着なくても、春麗は空っぽではない。

 

 そのうえで、今日は黒を着て、勝った。

 

 黒執着春麗は、棚をもう一度だけ見た。

 

「今日は、十分ね」

 

 そう言って、静かに扉を閉めた。

 

 完全には閉じない。

 

 少しだけ、黒が見えるように。

 

 そこにあると、わかるように。

 




Q:今回の妄想章IF後日談について解説して?

A:

今回の 「黒執着春麗は、選んだ黒でリュウに初めて勝つ」 は、黒執着春麗救済ルートの一区切り後に置く、かなり重要な 勝利後日談 です。

一言で言うなら、

黒に縋っていた春麗ではなく、黒を選べるようになった春麗が、その黒で初めてリュウに勝つ回

です。

今回の核は、

黒で勝ったから救われたのではない。
救われた後に、黒を選んで勝てた。

ここです。

今回の一番大きな意味

この回で春麗は、ついに黒ドレスでリュウに勝ちます。

ただし、ここで大事なのは、勝利そのものよりも順番です。

以前の黒執着春麗なら、こうでした。

リュウに勝てば、黒が完成する。
リュウに勝てば、自分は空っぽではなくなる。
リュウに勝てば、これまでの黒が報われる。

でも、一区切り後の春麗は違います。

すでに彼女は、

黒を着ても着なくても空ではない

ところまで来ています。

つまり、この勝利は救済条件ではありません。

救済された後、黒を自分で選べるようになった春麗が、その選んだ黒で勝てた。

ここが非常に綺麗です。

「今日は、あなたを使う。でも、あなたに使われない」が重要

今回の序盤で、春麗は鏡の前で黒に向かって言います。

今日は、あなたを使う。
でも、あなたに使われない。

ここが今回の最重要宣言です。

以前の黒執着春麗は、黒を使っているようで、黒に使われてもいました。

黒で勝たなければいけない。
黒を深くしなければいけない。
黒をリュウに残さなければいけない。

つまり、黒が春麗を動かしていた。

今回は逆です。

春麗が黒を使っています。

黒い裾。
肩の角度。
待機圧。
距離。
半拍。

それらは今も戦術として使われます。

でも、黒が春麗を急かしていない。

ここが救済後の黒です。

勝利しても「黒が完成した」と言わないのが良い

今回、春麗は勝ちます。

リュウが片膝をついて、春麗が立っている。

黒ドレスで初勝利。

普通ならここで、

これが私の黒。
これで完成。
ようやく届いた。

と言わせたくなります。

でも、今回それをしなかったのが良いです。

春麗は勝った後、叫びません。

黒い袖を握りしめません。

勝利をリュウの中に残そうともしません。

ただ、

勝ったわ

と言う。

これは、かなり大人しい勝利です。

でも、この抑え方が重要です。

勝利が救済のすべてではなくなったからこそ、春麗は勝利を過剰に神格化しない。

勝った黒も、負けた黒と同じように、洗い、整え、畳める。

これが今回の到達点です。

「勝った黒も畳める」が非常に良い

今回の後半で春麗は、勝った黒を洗い、畳みます。

ここはかなり重要です。

これまで彼女は、負けた黒を畳めるようになりました。

でも今回は、勝った黒も畳みます。

つまり、

負けた黒だけが処理対象なのではない。
勝った黒も、特別扱いしすぎず、自分の手元に置ける形にする。

ということです。

これがとても良い。

勝った黒を祭壇に上げない。
負けた黒を地下に落とさない。
同じ棚に置く。

この処理によって、春麗は勝敗で黒の価値を上下させなくなっています。

これは救済後日談として非常に大事です。

「勝ったから上、負けたから下ではない」

今回の最大の整理はここです。

勝ったから、上に置くわけではない。
負けたから、下に置くわけでもない。
どちらも、私が選んだ黒。

これはかなり綺麗です。

黒執着春麗は、ずっと勝敗に黒の意味を預けていました。

勝てなければ意味がない。
勝てなければ黒は完成しない。
勝てなければリュウに届いたことにならない。

でも今回、勝った黒を負けた黒の隣に置きます。

つまり、

黒の価値を勝敗だけで決めない

というところまで来ました。

これは、前に黒ドレス特化救済春麗が言っていた、

勝利だけに預けない黒

の実践になっています。

リュウの敗北も軽くしていない

リュウは今回、ギリギリ負けています。

ただし、軽い敗北ではありません。

リュウは削られ、踏みとどまり、最後まで拳を返します。

春麗も限界です。

勝者の余裕はありません。

この構成が良いです。

春麗が圧勝すると、リュウが弱く見えます。

逆にリュウが余裕を残して負けると、春麗の勝利が軽くなります。

今回は、リュウも限界。

春麗も限界。

最後に片膝をついたのがリュウだった。

このギリギリ感が、初勝利にふさわしいです。

「間違えて覚えないで」が良い

試合後、春麗はリュウに言います。

今日の黒、間違えて覚えないで。
私が選んだ黒よ。
あなたに残すためじゃない。
でも、忘れていいとも言っていない。

ここが今回かなり良いです。

以前の春麗なら、リュウに残すために黒を使っていました。

でも今回は違います。

リュウに残すためではない。

ただし、忘れられてもいいわけではない。

これは非常に春麗らしいです。

黒をリュウに預けない。
でも、リュウが覚えていることは拒まない。
ただし、意味を間違えてほしくない。

これは、リュウとの関係性がかなり成熟した証拠です。

RPG形式バトルログ解説
BATTLE START
キャラ HP 精神HP 状態
黒執着春麗 100 92 黒を選べる状態/黒ドレス装備/勝利欲あり
リュウ 100 90 春麗の黒を見続ける拳/通常戦闘態勢

今回の春麗は、以前の黒執着状態とは違います。

精神HPが高めです。

理由は、黒を着ても着なくても空ではないと知っているからです。

ただし、勝ちたい気持ちは残っています。

リュウ側も、春麗の黒を「リュウに残すための黒」ではなく、「春麗が選んだ黒」として見る準備ができています。

TURN 1:待機圧からの静かな開戦

春麗は、いきなり黒い裾を大きく使いません。

まず止まります。

動かない黒。

待機圧。

以前ならリュウを迷わせるためだけの間合いでしたが、今回は自分の呼吸を確かめる意味もあります。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 100 92 → 94 黒に急かされていないことを確認
リュウ 100 90 → 88 待機圧で踏み込みを抑制

判定:春麗、精神的に安定した立ち上がり。

ここで重要なのは、春麗が黒に振り回されていないことです。

黒を使う前に、黒を選んでいる。

TURN 2:裾の半拍と十一戦目の拳

春麗は黒い裾を半拍遅らせ、足元を隠します。

リュウは十一戦目の系譜を持つ速い拳で応じます。

春麗は黒で隠れるのではなく、正面から捌きます。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 100 → 88 94 → 91 リュウの拳が肩に入る
リュウ 100 → 88 88 → 86 春麗の蹴りが脇腹に入る

判定:互角。

このターンはかなり重要です。

春麗は十一戦目の拳を恐れています。

でも、黒だけに逃げず、黒を使いながら春麗として受けています。

ここで以前の「十一戦目を弱さにしない」が効いています。

TURN 3:肩の角度を迷いではなく技術として使う

春麗は肩の角度を変えます。

以前の初回黒ドレス戦では、肩の揺れが迷いでした。

今回は違います。

肩の角度を、リュウの判断を散らすための技術として使っています。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 88 → 82 91 → 95 初回黒の弱点を技術として再利用
リュウ 88 → 72 86 → 82 掌底が胸に入り、大きく削られる

判定:春麗やや優勢。

ここで「最初の黒を塗り潰さない」が効いています。

見られることを怖がった黒を消したのではなく、今の戦術に組み込めています。

TURN 4:リュウの「いい黒だ」発言

リュウが戦闘中に言います。

いい黒だ。

これは春麗に刺さります。

ただし今回は、精神HPを大きく削る被弾ではなく、少し照れと苛立ちを伴う被弾です。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 82 95 → 90 → 93 一瞬被弾するが、安定して回復
リュウ 72 82 発言後も構え継続

判定:春麗、以前ほど崩れない。

以前なら、リュウに黒を評されると大きく揺れました。

でも今回は違います。

黒を選んでいるため、評価されても黒を奪われた感じになりません。

TURN 5:近すぎる距離へ踏み込む

春麗は、見られる距離へ踏み込みます。

ここは過去に何度も揺れた距離です。

でも今回は、揺れたまま止まりません。

黒いドレス姿の自分を見られても、そのまま戦術に組み込みます。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 82 → 76 93 → 98 見られる距離を選択して突破
リュウ 72 → 51 82 → 75 掌底+蹴りで大きく削られる

判定:春麗優勢。

これは今回の大きな打点です。

「黒を見るリュウ」と「春麗を見るリュウ」を受けたうえで、春麗が止まらない。

救済後の黒が最もよく出ている場面です。

TURN 6:勝利欲の確認

春麗は言います。

今日は、あなたに置いていかない。
あなたに残すためでもない。
でも、勝ちは取りに行くわ。

ここで精神イベントが発生しています。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 76 98 → 100 勝利欲を黒執着から切り離す
リュウ 51 → 35 75 → 70 掌底を受け、片膝寸前

判定:春麗、精神HP最大。

このターンで春麗の精神状態はほぼ完成しています。

勝ちたい。

でも、勝てなければ空になるわけではない。

この違いが非常に大きいです。

FINAL TURN:選んだ黒の決着

リュウは最後の拳を出します。

十一戦目、最初の黒、負け続けた黒、前回の敗北。

それらを越えてきた拳です。

春麗は黒をさらに深くして逃げるのではなく、選んだ黒として使います。

黒い裾で半拍を作る。

肩でずらす。

近すぎる距離を受ける。

リュウの拳を紙一重で外す。

掌底を入れる。

最後の蹴りで、リュウの防御を半拍越える。

キャラ HP 精神HP 変動
黒執着春麗 76 → 14 100 → 82 リュウの拳を受けつつ立つ
リュウ 35 → 0 70 → 61 掌底+最後の蹴りで片膝

判定:黒執着春麗、残HP14でギリギリ初勝利。

春麗もほぼ限界です。

リュウも完全に弱くなったわけではありません。

最後に片膝をついたのがリュウだった。

春麗が立っていた。

この差だけです。

BATTLE RESULT
項目 結果
勝者 黒執着春麗
勝利判定 ギリギリ初勝利
春麗残HP 14
リュウ残HP 0
春麗精神HP 82
リュウ精神HP 61
決まり手 選んだ黒による半拍突破+掌底+蹴り
黒の状態 リュウに残す黒ではなく、春麗が選んだ黒
ルート進行 救済後の勝利確認
SPECIAL EVENT:選んだ黒での初勝利
イベント 内容
イベント名 選んだ黒での初勝利
発動条件 黒を着ても着なくても空ではない状態で、黒を選んでリュウに勝利
春麗精神HP 82 → 88
効果 黒と勝利の関係が再定義される
重要点 勝利が救済条件ではなく、救済後の結果になる

ここが今回の最大イベントです。

勝ったから救われたのではありません。

救われた後に、選んだ黒で勝った。

これにより、黒は再び春麗の戦闘スタイルとして肯定されます。

SPECIAL EVENT:勝った黒も畳める

戦闘後、春麗は勝った黒を洗い、畳みます。

ここで、もう一つ重要イベントが発生します。

イベント 内容
イベント名 勝った黒も畳める
発動条件 リュウに勝った黒を特別視しすぎず、負けた黒の隣に置く
春麗精神HP 88 → 92
効果 黒の価値を勝敗だけに預けなくなる
到達点 勝った黒も負けた黒も、選んだ黒として手元に置ける

これはかなり重要です。

もし勝った黒だけを特別扱いすると、また勝利依存に戻ります。

でも春麗は、勝った黒を負けた黒の隣に置きました。

これにより、黒は勝敗で上下しないものになっています。

FINAL LOG
項目 内容
戦闘結果 春麗勝利
勝利の質 残HP14のギリギリ初勝利
リュウの状態 片膝。戦闘不能だが精神は折れていない
春麗の黒 リュウに残すためではなく、自分で選んだ黒
春麗の到達点 黒を選んで勝てた
重要な処理 勝った黒も畳み、負けた黒の隣へ置く
未解決 リュウへの勝利欲は継続
解決済み 黒で勝たなければ空になる、という構造からは脱却
次回候補 春麗会議室のログ確認/リュウ側幕間/黒執着春麗の通常運用後日談
まとめ

今回のバトルは、HP上では春麗の勝利です。

ただし、春麗も残HP14。

本当にギリギリです。

リュウが弱くなったのではなく、春麗がようやく「黒を選んで使える状態」で、リュウの最後の拳を半拍だけ越えた。

この差で勝ちました。

今回の一番大事なことは、

黒で勝ったから救われたのではない。
黒を選べるようになった春麗が、その黒で勝った。

ここです。

そして戦後、春麗は勝った黒も畳みます。

勝った黒を特別な祭壇に置かず、負けた黒の隣に置く。

これにより、春麗は黒の価値を勝敗だけに預けなくなりました。

最終到達点は、

黒を着ても着なくても空ではない。
そのうえで、今日は黒を選んで勝った。
勝った黒も、負けた黒も、どちらも私が選んだ黒。

です。

これは、黒執着春麗にとってかなり綺麗な後日談勝利だと思います。
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