また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これは本編時空ではなく、妄想章IFです。
黒執着春麗の後日談です。


妄想章IF後日談:救済後の黒執着春麗は、勝った後のリュウに精神HPを削られる

 

 黒は、棚の中にあった。

 

 昨日、リュウに勝った黒。

 

 初めて、最後に立っていた黒。

 

 勝った黒。

 

 けれど、特別な場所には置かなかった。

 

 負けた黒の隣。

 

 畳んだ黒の隣。

 

 布紐のそば。

 

 同じ棚の中。

 

 黒執着春麗は、朝の光の中でその棚を見ていた。

 

 昨日の黒は、洗った。

 

 整えた。

 

 畳んだ。

 

 勝った黒だからといって、飾らなかった。

 

 負けた黒だからといって、隠さなかった。

 

 どちらも、自分が選んだ黒。

 

 そう言えた。

 

 言ってしまった。

 

 春麗は、棚の扉に指を置く。

 

「……勝ったのよね」

 

 小さく呟く。

 

 昨日、リュウは片膝をついた。

 

 最後に立っていたのは、自分だった。

 

 黒ドレスで。

 

 自分で選んだ黒で。

 

 リュウに初めて勝った。

 

 その事実は、まだ胸の奥で静かに熱い。

 

 勝ったから空ではない、というわけではない。

 

 もう、それはわかっている。

 

 黒を着ても着なくても、空ではない。

 

 勝っても負けても、黒は自分の手元に置ける。

 

 それでも。

 

 勝ったことは、嬉しかった。

 

 悔しいくらいに。

 

 春麗は、棚を閉じた。

 

「今日は、黒を着ないわ」

 

 誰に向けた言葉でもない。

 

「昨日着たから、今日は着ない」

 

 一拍。

 

「それだけ」

 

 黒は棚の中にある。

 

 春麗は、普段の服で部屋を出た。

 

 戦うためではない服。

 

 黒い裾のない服。

 

 それでも、足元はしっかりしていた。

 

 昨日勝ったからではない。

 

 黒を着ていないから弱いわけでもない。

 

 その確認を、今日も少しだけする。

 

 外へ出ると、朝の空気が冷たかった。

 

 春麗は、修行場の方角を見た。

 

 行くつもりはなかった。

 

 今日は、戦う日ではない。

 

 勝った翌日くらい、顔を合わせなくてもいい。

 

 そう思っていた。

 

 なのに。

 

「春麗」

 

 声がした。

 

 春麗は、足を止めた。

 

 ゆっくり振り向く。

 

 リュウがいた。

 

 昨日、自分に負けた男。

 

 昨日、自分の黒を見た男。

 

 昨日、最後に片膝をついた男。

 

 今日は、普通に立っている。

 

 拳に包帯を巻き直している途中だったのか、手元には白い布が見えた。

 

 春麗は、少しだけ目を細める。

 

「……朝から何?」

 

「歩いていたら、見えた」

 

「そう」

 

「昨日の痛みは残っているか」

 

「それを負けた相手に聞く?」

 

「聞く」

 

「本当にあなたは……」

 

 春麗はため息をついた。

 

「残っているわよ。少し」

 

「そうか」

 

「あなたは?」

 

「残っている」

 

「でしょうね」

 

「深かった」

 

 春麗は、少しだけ胸が鳴った。

 

 深かった。

 

 昨日の黒。

 

 昨日の蹴り。

 

 昨日の掌底。

 

 リュウに届いた一撃。

 

 リュウの口からそれを聞くと、やはり少し効く。

 

 春麗は、顔を逸らした。

 

「当然でしょう。勝ったのだから」

 

「ああ」

 

「そこはもう少し悔しがりなさい」

 

「悔しい」

 

「その顔で言われても説得力がないわ」

 

「悔しいが、よかった」

 

 春麗は、動きを止めた。

 

「……何が?」

 

 リュウは、春麗を見た。

 

 黒を着ていない春麗を。

 

 昨日、黒を着て勝った春麗を。

 

 今日、黒を着ていない春麗を。

 

 その全部を見て、言った。

 

「昨日の春麗は、いい黒だった」

 

 春麗は眉を寄せる。

 

「昨日も似たようなことを言ったわね」

 

「ああ」

 

「戦闘中に言うなと言ったはずだけど」

 

「すまない」

 

「謝るところではないわ」

 

「だが、今日は言える」

 

 リュウは少しだけ拳を見た。

 

「昨日の黒は、春麗が選んだ黒だった」

 

 春麗の胸が、静かに跳ねた。

 

 昨日、自分で言った。

 

 私が選んだ黒。

 

 あなたに残すためじゃない。

 

 でも、忘れていいとも言っていない。

 

 リュウは、それを覚えている。

 

 間違えていない。

 

 春麗は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「……そう。覚えていたのね」

 

「ああ」

 

「間違えていない?」

 

「いない」

 

「本当に?」

 

「春麗が選んだ黒だ」

 

 春麗は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 そこで止まればよかった。

 

 リュウがそこで黙れば、春麗はまだ保てた。

 

 けれど、リュウは続けた。

 

「それに」

 

 一拍。

 

「今日は、黒を着ていない春麗も見られた」

 

 春麗の呼吸が止まった。

 

「……は?」

 

 リュウは、真面目な顔のままだ。

 

「昨日の黒も春麗だった」

 

 一拍。

 

「今日の春麗も、春麗だ」

 

 春麗の精神HPが、まず大きく削れた。

 

 言葉が、まっすぐすぎた。

 

 余計な飾りがない。

 

 意図的な甘さもない。

 

 だからこそ、逃げ場がない。

 

 昨日の黒も春麗。

 

 今日の春麗も春麗。

 

 それは、彼女が長い時間をかけて辿り着いた場所だった。

 

 黒を着ても着なくても、空ではない。

 

 リュウは、それを一言で見てしまった。

 

 春麗は、口を開く。

 

 何か言い返そうとする。

 

 しかし、言葉が出ない。

 

 リュウは、さらに言った。

 

「どちらも、よかった」

 

 春麗の精神HPが、二段目で削れた。

 

「……リュウ」

 

「ああ」

 

「あなた、今、自分が何を言ったかわかっている?」

 

 リュウは少し考えた。

 

「昨日の黒も、今日の春麗もよかった」

 

「復唱しないで!」

 

「違ったか」

 

「違わないから問題なのよ!」

 

 春麗は片手で顔を覆った。

 

 朝の空気が冷たい。

 

 なのに、顔が熱い。

 

 昨日の黒を褒められるだけなら、まだ戦闘の評価として受け取れた。

 

 今日の自分を見られるだけなら、まだいつものリュウだと思えた。

 

 しかし。

 

 昨日の黒も春麗。

 

 今日の春麗も春麗。

 

 どちらも、よかった。

 

 これは駄目だった。

 

 救済後の黒執着春麗に刺さる場所を、的確に撃ち抜いている。

 

 春麗は、低く言う。

 

「……あなたは」

 

「ああ」

 

「本当に、勝った後より負けた後の方が危険ね」

 

 リュウは首を傾げる。

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

「昨日は負けた」

 

「だから危険なのよ!」

 

「難しいな」

 

「難しくしているのはあなたよ!」

 

 春麗は、呼吸を整えようとした。

 

 できない。

 

 精神HPがすでに半分以下まで削れている感覚がある。

 

 昨日、黒で勝った。

 

 勝利の余韻もある。

 

 自分で選んだ黒で勝てた。

 

 そこまではよかった。

 

 今朝は黒を着ずに歩けた。

 

 それもよかった。

 

 そして、リュウに見られた。

 

 黒を着ていない自分を。

 

 昨日の黒を知ったうえで。

 

 今日の自分を。

 

 その上で、どちらもよかったと言われた。

 

 これは、黒の救済とは別方向の被弾だった。

 

「春麗」

 

「何」

 

 声が少し尖る。

 

 リュウは言う。

 

「昨日、春麗は勝った」

 

「ええ」

 

「強かった」

 

「ええ」

 

「黒も、強かった」

 

「ええ」

 

「だが」

 

 春麗は嫌な予感がした。

 

「何」

 

「今日、黒を着ていなくても、春麗は昨日の勝ちを失っていない」

 

 春麗の精神HPが、三段目で削れた。

 

 それは。

 

 それは、自分でも確認していたことだった。

 

 黒を着ていない今日も、昨日の黒は消えていない。

 

 棚の中にある。

 

 自分の手元にある。

 

 勝った黒も、負けた黒も、同じ棚にある。

 

 そのことを、自分の中で整理していた。

 

 なのに。

 

 リュウに言われると、なぜここまで効くのか。

 

 春麗は、震える声で言った。

 

「……あなた、本当に」

 

「ああ」

 

「本当に、そういうところよ」

 

「そういうところ?」

 

「そういうところ」

 

「悪いのか」

 

「悪くないから、余計に悪いのよ!」

 

 リュウは黙った。

 

 春麗は息を吐く。

 

 だが、その沈黙もまた効く。

 

 リュウは、余計な言葉を足さない。

 

 ただ見ている。

 

 昨日、黒で勝った春麗を知っている。

 

 今日、黒を着ていない春麗を見ている。

 

 どちらも、春麗として見ている。

 

 その沈黙が、精神HPをじわじわ削る。

 

 春麗は、額を押さえた。

 

「……少し、黙って」

 

「わかった」

 

 本当に黙る。

 

 それも駄目だった。

 

「黙ればいいというものでもないわ」

 

「難しい」

 

「だから、難しくしているのはあなたよ」

 

 春麗は、どうにか持ち直そうとする。

 

 昨日の勝利を思い出す。

 

 自分はリュウに勝った。

 

 黒で勝った。

 

 選んだ黒で勝った。

 

 今日は黒を着ていない。

 

 それでも空ではない。

 

 自分はもう、その地点まで来ている。

 

 だから大丈夫。

 

 大丈夫のはずだった。

 

 リュウが、ぽつりと言う。

 

「昨日の黒を見た後だから、今日の春麗がよく見える」

 

 春麗の精神HPが、限界まで削れた。

 

「……っ」

 

 声が出ない。

 

 それは、何なのか。

 

 昨日の黒を見た後だから。

 

 今日の春麗がよく見える。

 

 黒を着た自分が、黒を着ていない自分を消すのではない。

 

 黒を着ていない自分が、黒を着た自分を否定するのでもない。

 

 両方あるから、見える。

 

 両方知っているから、今の春麗が見える。

 

 それを、リュウは言っている。

 

 たぶん。

 

 本人は、そこまで言語化していない。

 

 ただ、拳と目でそう見たものを、そのまま口にしただけだ。

 

 だから危険だった。

 

 春麗は、一歩下がった。

 

 足元が少しふらつく。

 

 身体の傷ではない。

 

 昨日の戦闘ダメージでもない。

 

 精神HPが削り切られただけだ。

 

「春麗?」

 

 リュウが一歩動きかける。

 

 春麗は手を上げた。

 

「来ないで」

 

 リュウは止まる。

 

「まだ、倒れていないわ」

 

「ああ」

 

「身体は」

 

「ああ」

 

「身体は、倒れていない」

 

 リュウは少しだけ眉を寄せる。

 

「精神の方か」

 

 春麗は、そこで完全に膝をつきそうになった。

 

「言うな!」

 

「すまない」

 

「謝るな!」

 

 春麗は、どうにか踏みとどまる。

 

 しかし、もう無理だった。

 

 精神HPは残っていない。

 

 黒の救済で得た安定はある。

 

 昨日の勝利もある。

 

 今日黒を着なくても空ではない自分もある。

 

 それら全部を持っていても、リュウの無自覚高火力は別枠だった。

 

 春麗は、片手で顔を覆った。

 

「……リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は、私の負けでいいわ」

 

 リュウは驚いたように見た。

 

「戦っていない」

 

「精神の話よ」

 

「ああ」

 

「そこで納得しないで」

 

「難しい」

 

「もう本当に黙って」

 

「わかった」

 

 春麗は、深く息を吐く。

 

 顔が熱い。

 

 胸がうるさい。

 

 黒を着ていないのに。

 

 黒い裾もないのに。

 

 リュウに半拍どころか、全部持っていかれたような気分だった。

 

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 悔しい。

 

 腹立たしい。

 

 ものすごく恥ずかしい。

 

 でも、嫌ではない。

 

 昨日の黒も春麗。

 

 今日の春麗も春麗。

 

 どちらもよかった。

 

 その言葉は、危険すぎる。

 

 でも、たぶん。

 

 今の自分には、必要だった。

 

 春麗は、顔を上げずに言った。

 

「……忘れなさい」

 

 リュウは答える。

 

「忘れない」

 

「でしょうね!」

 

「昨日の黒も」

 

「言わないで」

 

「今日の春麗も」

 

「言わないでと言っているでしょう!」

 

「忘れない」

 

 春麗は、完全に沈黙した。

 

 もう、言い返す力がない。

 

 精神HPノックアウト。

 

 勝負あり。

 

 身体は立っている。

 

 でも、内側は完全に膝をついていた。

 

 リュウは少しだけ困った顔をした。

 

「悪かったか」

 

 春麗は、顔を覆ったまま答える。

 

「悪くないわ」

 

「そうか」

 

「悪くないから、余計に駄目なの」

 

「そうか」

 

「わかっていないでしょう」

 

「少し」

 

「わからないで」

 

「難しい」

 

 春麗は、小さく笑った。

 

 悔しいのに。

 

 笑ってしまった。

 

 それもまた、腹立たしい。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「次は、また勝つわ」

 

「ああ」

 

「ただし」

 

 一拍。

 

「今日の精神戦は、あなたの勝ち」

 

 リュウは、少しだけ目を細めた。

 

「そうか」

 

「誇らないで」

 

「誇っていない」

 

「その顔がもう駄目」

 

「難しいな」

 

「本当に難しい男ね」

 

 春麗は、ようやく顔から手を離した。

 

 まだ少し赤い。

 

 それを見られたくなくて、すぐに横を向く。

 

「帰るわ」

 

「ああ」

 

「追ってこないで」

 

「わかった」

 

「あと」

 

 一拍。

 

「今のこと、間違えて覚えないで」

 

 リュウは静かに答えた。

 

「覚えている」

 

「違うわ。間違えないで、と言っているの」

 

「ああ」

 

「昨日の黒も、今日の私も」

 

 声が少し小さくなる。

 

「私が選んだものよ」

 

「ああ」

 

「あなたに言われたから、そうなるわけじゃない」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 春麗は、少しだけ言葉を止めた。

 

「見られても、消えなかった」

 

 リュウは答える。

 

「ああ」

 

 それだけでよかった。

 

 春麗は背を向ける。

 

 黒を着ていない背中。

 

 それでも、昨日の黒を持っている背中。

 

 リュウに勝った黒を、棚の中に置いてきた春麗。

 

 今日、リュウに精神HPを全部削られた春麗。

 

 その全部を持って、歩き出す。

 

 足取りは、少しだけ乱れていた。

 

 戦闘ダメージではない。

 

 精神ダメージだ。

 

 それでも、倒れない。

 

 春麗は、歩きながら小さく呟いた。

 

「……勝った翌日にこれって、どういうことなの」

 

 誰も答えない。

 

 リュウも追ってこない。

 

 けれど、きっと覚えている。

 

 昨日の黒も。

 

 今日の春麗も。

 

 間違えずに。

 

 それがまた、春麗の精神HPを少しだけ削った。

 


 

 部屋に戻ると、棚の中の黒が少しだけ見えていた。

 

 昨日、勝った黒。

 

 選んだ黒。

 

 畳んだ黒。

 

 春麗は、扉の前に立つ。

 

 黒を着ていない自分。

 

 黒を棚に置いてきた自分。

 

 リュウに精神HPを抜かれた自分。

 

 全部、同じ自分だ。

 

 春麗は、ゆっくり棚を開けた。

 

 黒はそこにある。

 

 変わらずに。

 

 昨日の勝利も、そこにある。

 

 自分の手元に。

 

 春麗は、黒い袖に触れた。

 

「……昨日の黒も、今日の私も、春麗」

 

 リュウの言葉を、自分の言葉に変えてみる。

 

 胸が熱くなる。

 

 すぐに顔をしかめる。

 

「駄目ね」

 

 一拍。

 

「今日は、これ以上考えたら本当に倒れるわ」

 

 春麗は、黒の位置を整える。

 

 着ない。

 

 ただ整える。

 

 それだけにする。

 

 棚の扉を少しだけ開けたままにする。

 

 黒が見える。

 

 でも、春麗は黒を着ていない。

 

 その状態で、今日は負けた。

 

 精神HPで。

 

 春麗は、苦く笑った。

 

「昨日は勝った」

 

 一拍。

 

「今日は負けた」

 

 さらに一拍。

 

「でも、どちらも私ね」

 

 言ってから、顔を覆った。

 

「……本当に、余計なことを言うようになったわ」

 

 部屋に、静かな夕方の光が入ってくる。

 

 黒はそこにある。

 

 春麗も、そこにいる。

 

 昨日の勝利も。

 

 今日の精神敗北も。

 

 どちらも消えない。

 

 春麗は、棚の前で小さく息を吐いた。

 

「次は、勝つわ」

 

 いつもの言葉。

 

 けれど今日は、少しだけ追加する。

 

「精神戦も」

 

 そしてすぐに顔をしかめた。

 

「……無理かもしれない」

 

 その小さな敗北宣言は、誰にも聞かれなかった。

 

 けれど、黒執着春麗はそれを消さなかった。

 

 黒を選んだ春麗は、リュウに勝てる。

 

 黒を着ていない春麗は、リュウに精神HPを削られる。

 

 どちらも春麗。

 

 その事実を胸に置いて、彼女はゆっくり棚を閉めた。

 

 完全には閉じない。

 

 少しだけ、黒が見えるように。

 

 昨日の勝利が、そこにあるように。

 

 今日の敗北も、逃げないように。

 




Q:今回の妄想章IF後日談について解説して?

A:

今回のエピソードは、一言で言うなら、

救済後の黒執着春麗が、“勝った黒”と“黒を着ていない今日の自分”の両方を春麗として受け止める回

です。

前回、黒執着春麗はリュウに勝ちました。

黒ドレスで。
自分で選んだ黒で。
最後に立っていたのは春麗でした。

これは、彼女にとって非常に大きなログです。

ただし、今回大事なのは「勝ったから偉い」「勝ったから救われた」という話ではありません。

救済後の黒執着春麗にとって重要なのは、

勝った黒も、負けた黒も、どちらも自分の黒として同じ棚に置けるようになったこと

です。

冒頭で、春麗は昨日勝った黒を特別扱いしません。

飾らない。
隠さない。
負けた黒の隣に置く。

これはかなり重要です。

救済前の黒執着春麗なら、黒で勝ったことに酔っていたかもしれません。

黒で勝った。
黒こそが自分。
黒こそがリュウに届くもの。
黒だけが自分を証明するもの。

そうなっていた危険がありました。

でも、今の彼女は違います。

勝った黒だからといって飾らない。
負けた黒だからといって隠さない。

どちらも、自分が選んだ黒。

ここまで来ている。

だから今回の春麗は、勝った翌日にあえて黒を着ません。

黒から逃げたわけではありません。
黒を捨てたわけでもありません。
勝った余韻を否定したわけでもありません。

ただ、昨日着たから今日は着ない。

それだけ。

この「それだけ」と言えることが、救済後の黒執着春麗にとって大きな成長です。

黒を着てもいい。
黒を着なくてもいい。
勝った黒は棚にある。
でも、今日は黒を着ていない自分で歩ける。

この状態まで来ています。

今回、リュウの危険なところは、そこを正確に見てしまうところです。

リュウはまず、昨日の黒を認めます。

昨日の春麗は、いい黒だった。

そして、

昨日の黒は、春麗が選んだ黒だった。

と言います。

ここまでは、戦闘後の評価としてまだ受け取れる範囲です。

昨日の黒。
昨日の勝利。
昨日の一撃。

戦闘ログとしてなら、春麗も何とか耐えられる。

しかし、今回の本当の火力はそこからです。

リュウは、黒を着ていない今日の春麗も見ます。

そして言います。

昨日の黒も春麗だった。
今日の春麗も、春麗だ。

これはかなり強い言葉です。

救済後の黒執着春麗にとって、一番深いところを突いています。

彼女は、黒だけを自分にしそうになった春麗です。

黒を着ている自分だけが本物。
黒をリュウに残すことで、自分を証明しようとした。
黒を抱えきれず、相手にも背負わせようとした。

そういう危うさを持っていた春麗でした。

だからこそ、

黒を着ている春麗も、黒を着ていない春麗も、どちらも春麗

と言われることは、非常に大きい。

それは、救済後の到達点をリュウに見られてしまうことでもあります。

しかもリュウは、さらに続けます。

どちらも、よかった。

これは完全に精神HPを削る言葉です。

昨日の黒もよかった。
今日の春麗もよかった。

黒で勝った春麗だけではない。
黒を着ていない今日の春麗も、ちゃんと見られている。

黒を着た自分と、黒を着ていない自分。
勝った自分と、今日の自分。
その両方をリュウに肯定されてしまう。

これは、救済後の黒執着春麗にはかなり甘く、かなり危険です。

今回のもう一つの大事な言葉は、

今日、黒を着ていなくても、春麗は昨日の勝ちを失っていない

です。

これもかなり重要です。

黒で勝った翌日、黒を着ていない。

それでも、昨日の勝ちは消えない。

黒を着ていない今日の春麗が、昨日の黒の勝利を失うわけではない。

これは、春麗自身も確認しようとしていたことです。

棚に置いた黒。
畳んだ黒。
昨日の勝利。
今日の普段着の自分。

それらが切り離されていないこと。

リュウは、それを見てしまいます。

だから春麗は削られます。

自分で辿り着いたはずの場所を、リュウに言葉で見られるからです。

さらに強いのが、

昨日の黒を見た後だから、今日の春麗がよく見える

です。

これは今回の最大火力に近いです。

昨日の黒が、今日の春麗を消すのではありません。

逆に、昨日の黒を知っているから、今日の黒を着ていない春麗がよく見える。

黒を着た春麗。
黒を着ていない春麗。

どちらか一方だけではなく、両方あるから春麗が見える。

これは、黒執着春麗にとってほとんど救済の再確認です。

黒を着ても春麗。
黒を着なくても春麗。
勝っても春麗。
精神HPを削られても春麗。

しかも、それをリュウが見ている。

だから今回、春麗は試合をしていないのに精神HPをノックアウトされます。

昨日はリュウに勝ちました。

でも今日は、精神戦で完全に負けています。

この対比が今回の面白いところです。

昨日は勝った。
今日は負けた。
でも、どちらも私。

この整理が、最後に出てきます。

ここが今回の到達点です。

勝った黒だけを特別扱いしない。
精神HPを削られた今日をなかったことにしない。
どちらも春麗として持つ。

これは、救済後の黒執着春麗らしい成長です。

以前の彼女なら、負けたことや削られたことを認めるのは難しかったかもしれません。

でも今は違います。

昨日は勝った。
今日は精神戦で負けた。
でも、どちらも私。

そう言える。

これはかなり大きいです。

また、今回のラストで春麗は棚を完全には閉じません。

少しだけ、黒が見えるようにしておく。

ここも大事です。

黒を隠さない。
でも、着続けるわけでもない。
棚に置く。
見える場所に置く。
必要ならまた選べる場所に置く。

この距離感が、今の救済後黒執着春麗の状態です。

黒を捨てない。
黒だけにしない。
黒を見える場所に置いて、今日の自分も生きる。

そして最後に、

次は、勝つわ。
精神戦も。

と言います。

すぐに、

無理かもしれない

と弱音も出ます。

ここが良いです。

黒執着春麗は強くなりました。

でも、リュウの無自覚高火力に完全耐性がついたわけではありません。

むしろ、救済後だからこそ、言葉が正しく刺さるようになっています。

以前なら怒りや憎しみで防御していた。
でも今は、リュウの言葉をそのまま受け取ってしまう。

だから落ちる。

ただし、落ちても壊れない。

ここが救済後の強さです。

今回のエピソードは、黒執着春麗が黒で勝った後の話ですが、単なる勝利後日談ではありません。

黒で勝った翌日に、黒を着ていない自分も春麗だと確認する話

です。

そして、リュウにその確認を見られてしまう話です。

今回の到達点は、

昨日の黒も、今日の私も、春麗。
昨日は勝った。
今日は精神戦で負けた。
でも、どちらも私。

です。

救済後の黒執着春麗は、黒を着ている時だけのキャラではなくなりました。

黒を棚に置いた日も。
黒を着ていない日も。
リュウに精神HPを削られた日も。

全部、彼女の物語になっています。

今回は、そのことを確認する回でした。
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