また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、黒執着春麗が青でも勝ったことを知ってしまう

 

 春麗会議室の中央に、青いログ束が置かれていた。

 

 黒ではない。

 

 けれど、軽くもない。

 

 青い表紙。

 

 青い紐。

 

 そのくせ、表紙の端には、黒い影のような記録帯がついている。

 

 本編春麗は、それを見た瞬間、湯呑みを持つ手を止めた。

 

「……青なのに、重そうね」

 

 記録板AIが、いつもの声で答える。

 

『はい』

 

「否定しないのね」

 

『否定材料がありません』

 

「そこは気を使いなさい」

 

『気を使った場合でも、本件は重いログです』

 

「気遣いの方向性が違うわ」

 

 会議室には、すでに何人かが座っていた。

 

 本編春麗。

 

 自覚前春麗。

 

 通常救済版春麗。

 

 行き遅れに恐怖する春麗。

 

 そして、黒ドレス特化救済春麗。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、青いログ束を見ても驚いていなかった。

 

 通常救済版春麗も同じだった。

 

 静かに、少しだけ目を伏せている。

 

 その反応だけで、本編春麗は察した。

 

 この二人は、知っている。

 

 少なくとも、意味を知っている。

 

『会議開始』

 

『本日の参加者を表示します』

 

 記録板に文字が浮かぶ。

 

『本編春麗』

 

『自覚前春麗』

 

『通常救済版春麗』

 

『行き遅れに恐怖する春麗』

 

『黒ドレス特化救済春麗:専門顧問として参加』

 

『黒執着春麗:観測対象。会議室参加権限なし。本人の会議室認知なし』

 

 本編春麗は、最後の一文を見た。

 

「そこは大事ね」

 

『はい』

 

「黒執着春麗は、この会議室を知らない」

 

『はい』

 

「ここで何を話しても、本人には届かない」

 

『はい』

 

「こちらから干渉もしない」

 

『原則として、干渉しません。必要時のみ、黒ドレス特化救済春麗による限定接触が可能です』

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに頷いた。

 

「現時点では、接触不要」

 

 本編春麗は、そちらを見る。

 

「もう判断しているの?」

 

「ええ」

 

「理由は?」

 

「このログは、あの子が自分で受け持ったものだから」

 

 会議室が、少しだけ静かになった。

 

 その言い方だけで、ただの勝利ログではないことが分かる。

 

 自覚前春麗が、青いログ束をじっと見つめた。

 

「……青なのよね?」

 

『はい』

 

「黒執着春麗の?」

 

『はい』

 

「リュウとの?」

 

『はい』

 

「勝ったの?」

 

『はい』

 

 自覚前春麗は、目を丸くした。

 

「……本当に?」

 

 本編春麗は、その反応に少しだけ苦笑した。

 

「気持ちは分かるわ」

 

『新規観測バトルログを提示します』

 

 記録板に、光の文字が浮かぶ。

 

『観測対象:黒執着春麗』

 

『衣装状態:青武道服』

 

『対戦相手:リュウ』

 

『結果:黒執着春麗、青武道服状態にて勝利』

 

 会議室が、静まり返った。

 

 青武道服。

 

 リュウ。

 

 勝利。

 

 黒執着春麗。

 

 その言葉だけを並べると、あまりにも強い。

 

 強すぎる。

 

 黒で勝った春麗。

 

 黒を棚に置けるようになった春麗。

 

 黒を持ったまま、黒だけではなくなった春麗。

 

 その春麗が、今度は青を着て、リュウに勝った。

 

 本編春麗は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……青で勝ったのね」

 

『はい』

 

「黒を捨てずに?」

 

『はい』

 

「青に逃げたわけでもなく?」

 

『はい』

 

「昔に戻ったわけでもなく?」

 

『はい』

 

「……しかも、リュウに」

 

『はい』

 

 胸の奥が、少しだけ熱くなる。

 

 悔しい。

 

 腹立たしい。

 

 ずるい。

 

 少しだけ、そう思った。

 

 黒を持ったまま青で勝つなんて、物語として強すぎる。

 

 こちらの青は相打ちだったのに。

 

 そんな言葉が、喉元まで来る。

 

 だが、本編春麗は、それを飲み込んだ。

 

 違う。

 

 今、それを言うのは違う。

 

 自分の青は、もう相打ちを敗北扱いしていない。

 

 あの相打ちは、必要だった。

 

 互いに届いた。

 

 リュウが、自分から考えたかったと言った。

 

 春麗の青の先へ、と言った。

 

 精神HPは死んだ。

 

 それは事実。

 

 でも、進んだ。

 

 だから、勝敗表だけで比べてはいけない。

 

「……これは、私の相打ちと比べるログではないわね」

 

『発言信頼度:高』

 

「でしょうね」

 

 自覚前春麗が首を傾げる。

 

「でも、青でリュウに勝ったのよね?」

 

「ええ」

 

「本編春麗は相打ちだったのよね?」

 

「ええ」

 

「それで比べないの?」

 

「比べたくなるけれど、比べると間違える」

 

 自覚前春麗は、少しだけ黙った。

 

「……面倒ね」

 

「ええ」

 

 本編春麗は即答した。

 

「青は、もう面倒なのよ」

 

『青分類の複雑化を確認』

 

「確認しないで」

 

『確認済みです』

 

 通常救済版春麗が、静かに言った。

 

「この青は、十一戦目に触れているわ」

 

 その言葉で、空気が変わった。

 

 十一戦目。

 

 自覚前春麗の表情も変わる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗も、湯呑みを包む手に少しだけ力を込めた。

 

 本編春麗は、通常救済版春麗を見る。

 

「やっぱり、そこなのね」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が続ける。

 

「この勝利ログは、単なる青での勝利ではないわ」

 

 記録板に補足が表示される。

 

『補足』

 

『当該ログは、黒執着春麗が黒執着へ落ちる起点となった青武道服での敗戦を、現在の自分で受け持ち直した戦闘ログです』

 

『十一戦目の敗戦起点に対する再選択ログ』

 

『黒の否定ではありません』

 

『青への単純回帰でもありません』

 

『黒を保持したまま、青を再選択したログです』

 

 本編春麗は、その文字をじっと見た。

 

 十一戦目。

 

 黒執着春麗が黒へ向かった始まり。

 

 青で十連勝した後。

 

 リュウに止められた青。

 

 黒を必要とした起点。

 

 黒でなければ届かないと思い込む始まり。

 

 その場所へ、今の黒執着春麗が青で戻った。

 

 戻った。

 

 いや、違う。

 

 戻ったのではない。

 

 受け持ち直した。

 

 あの時の青を。

 

 あの時の敗戦を。

 

 あの時、黒へ行くしかなかった自分を。

 

 黒を捨てずに。

 

 黒を棚に置いたまま。

 

 青で。

 

 リュウに。

 

 勝った。

 

 本編春麗は、静かに呟いた。

 

「……それは、重いわ」

 

『はい』

 

「勝ったから重いのではないわね」

 

『はい』

 

「その青を着られたこと自体が、重い」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「だから、軽く扱わない」

 

 本編春麗は、そちらを見る。

 

「あなたらしいわね」

 

「大事だから」

 

「ええ。分かる」

 

 黒ドレス特化救済春麗の声は、いつも通り静かだった。

 

 けれど、どこかに一区切りの響きがある。

 

 黒執着春麗の黒を、彼女はずっと見てきた。

 

 黒を取り上げるのではなく。

 

 黒を捨てさせるのでもなく。

 

 黒だけを自分にしないように、そばにいた。

 

 リュウの中に置いたままだった黒を、春麗自身の手元へ戻すために。

 

 そして黒執着春麗は、黒を棚に置けるようになった。

 

 黒を着ても着なくても、空ではないと知った。

 

 その先で、今度は青を選んだ。

 

 黒ドレス特化救済春麗が、言う。

 

「あの子は、黒を棚に置けるようになった」

 

「ええ」

 

「でも、棚に置いたから終わりではない」

 

「ええ」

 

「置けるようになったから、選べる」

 

「……青も?」

 

「青も」

 

 通常救済版春麗が、柔らかく言葉を継ぐ。

 

「黒を捨てたから青を着たのではないのよね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「ええ」

 

「黒に負けたから青へ逃げたのでもない」

 

「ええ」

 

「青に戻ったのでもない」

 

「ええ」

 

「黒だけではなくなったから、青も選べた」

 

 自覚前春麗が、青いログ束を見る。

 

「……黒だけじゃなかったのね」

 

 その声は、少しだけ驚いていて。

 

 少しだけ安心していた。

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「ええ」

 

 一拍。

 

「それが、少し悔しいくらい、よかった」

 

 本編春麗は、通常救済版春麗を見る。

 

「悔しい?」

 

「少しだけ」

 

「あなたが?」

 

「ええ」

 

 通常救済版春麗は、青いログ束に視線を戻す。

 

「あの子は、私が行かなかった奥まで行った春麗だから」

 

 会議室が静かになる。

 

「私も、十一戦目の敗北を知っている。黒ドレスで見抜かれた痛みも知っている。黒を使い切れなかった悔しさも知っている」

 

 一拍。

 

「でも、私は黒だけにはならなかった。帰還点を持てた。戻れる場所としての青を持てた」

 

 本編春麗は、頷く。

 

「ええ」

 

「けれど、あの子はもっと奥まで行った。黒に深く沈んで、黒だけを自分にしそうになって、それでも戻した」

 

 通常救済版春麗は、少しだけ笑った。

 

「そして、青で勝った」

 

 その笑みには、祝福がある。

 

 少しの悔しさもある。

 

 眩しさもある。

 

「私の青は、そこまで行かなかった」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「あなたの青は、戻れる場所だった」

 

「ええ」

 

「それも必要だった」

 

「分かっているわ」

 

 通常救済版春麗は、静かに答えた。

 

「でも、あの子の青は、勝ちに行く青だった」

 

 自覚前春麗が、ぽつりと言う。

 

「青にも種類が多すぎない?」

 

『青分類増加を確認』

 

「記録板AI、確認しなくていい」

 

『確認済みです』

 

 本編春麗は額に手を当てた。

 

「本当に増えたわね。青」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、湯呑みを包みながら言う。

 

「でも、増えたということは、止まっていないということだと思う」

 

 本編春麗は、そちらを見る。

 

「あなた、今回はどう見ているの?」

 

「待てた青だと思う」

 

「待てた青?」

 

 行き遅れ春麗は、少し考えてから言った。

 

「黒を捨てるでもなく、すぐ青に戻るでもなく、黒だけで終わるでもなく」

 

 一拍。

 

「選べるようになるまで、待った青」

 

 会議室が、また少し静かになる。

 

 自覚前春麗が、小さく呟く。

 

「あなた、本当に管轄が広がっていくわね」

 

『行き遅れ春麗:待機概念から選択可能性への拡張を確認』

 

「記録板AI、それは未承認で」

 

『未承認仮分類とします』

 

「やっぱり分類するのね」

 

 けれど、本編春麗は否定しなかった。

 

 選べるようになるまで、待った青。

 

 それは、今回のログに合っている。

 

 黒執着春麗は、すぐに青へ戻ったわけではない。

 

 黒を着た。

 

 黒で負けた。

 

 黒で勝った。

 

 黒を返された。

 

 黒を戻した。

 

 黒を棚に置いた。

 

 黒を着ていない自分も見られた。

 

 精神HPも削られた。

 

 その全部を通って、ようやく青を選んだ。

 

 急いだ青ではない。

 

 逃げた青ではない。

 

 待った青。

 

 選べるようになってから、選んだ青。

 

 本編春麗は、青いログ束を見た。

 

「……私の青とは、やはり違うわね」

 

『はい』

 

「通常救済版春麗の青とも違う」

 

『はい』

 

「黒執着春麗の青は、落ちた場所を受け持ち直す青」

 

『はい』

 

「通常救済版春麗の青は、戻れる場所としての青」

 

『はい』

 

「私の青は……」

 

 一拍。

 

 本編春麗は、少しだけ顔を赤くした。

 

「正式回答へ進む青」

 

『はい』

 

「黒ドレスの経験も、相打ちも、宿題途中回答も、進まれた青も抱えたまま進む青」

 

『保留更新中の分類:進む青』

 

「まだ正式ではないわ」

 

『保留更新として扱います』

 

「それでいい」

 

 自覚前春麗が、不満そうに頬杖をつく。

 

「ずるいわね」

 

 本編春麗が見る。

 

「何が?」

 

「全部」

 

「雑ね」

 

「だって、黒執着春麗は黒で勝って、青でも勝ったのでしょう?」

 

「ええ」

 

「しかも、その青には十一戦目の意味まである」

 

「ええ」

 

「物語として強すぎる」

 

 本編春麗は、深く頷いた。

 

「それは本当にそう」

 

『本編春麗:同意』

 

「記録しないで」

 

『重要な同意です』

 

「重要だけれど」

 

 自覚前春麗は、少しだけ口を尖らせた。

 

「でも、嫉妬とは違うのよね」

 

 本編春麗は、少し考えた。

 

「違うわ」

 

「悔しくないの?」

 

「悔しいわよ」

 

「腹立たしくないの?」

 

「腹立たしいわよ」

 

「なら嫉妬では?」

 

「違うの」

 

 本編春麗は、青いログ束を指で軽く叩いた。

 

「これは、私の青を負かすためのログではない」

 

 一拍。

 

「あの春麗が、自分の落ちた場所を受け持ち直すためのログ」

 

 記録板AIが光る。

 

『発言信頼度:高』

 

「でしょうね」

 

「それでも腹立つのね」

 

「腹立つわよ」

 

 本編春麗は即答した。

 

「黒で勝って、青でも勝つなんて、ずるいに決まっているじゃない」

 

『精神HP微減』

 

「それは残すわ」

 

『理由を確認しても?』

 

「次にリュウに会う時の燃料になるから」

 

『戦闘意欲として保存します』

 

「もう少し可愛く言えないの?」

 

『できません』

 

「でしょうね」

 

 通常救済版春麗が、穏やかに笑った。

 

「でも、あなたの青は揺らいでいないわ」

 

 本編春麗は、少しだけ黙る。

 

 揺れなかったわけではない。

 

 揺れた。

 

 腹立った。

 

 負けた気も、ほんの少しした。

 

 けれど、自分の青を取り下げようとは思わなかった。

 

 相打ちを恥じようとも思わなかった。

 

 あの試合を勝てばよかったとは、思わなかった。

 

 相打ちは相打ちで必要だった。

 

 これは、もう崩れない。

 

「……そうね」

 

 本編春麗は言った。

 

「私の青は、あれでよかった」

 

『発言信頼度:高』

 

「ええ」

 

「相打ちで?」

 

「相打ちで」

 

「精神HPノックアウトされたのに?」

 

「それは別」

 

『勝敗結果と精神HPイベントは別判定です』

 

「あなたが言うと腹が立つけれど、その通りよ」

 

 自覚前春麗が笑う。

 

「本当にめんどくさいわね」

 

 本編春麗は胸を張る。

 

「主人公だから」

 

『本編春麗:主人公宣言』

 

「保存していいわ」

 

『保存しました』

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに青いログ束を見る。

 

「接触はしない」

 

 本編春麗は、そちらへ視線を戻す。

 

「ええ」

 

「あの子は、会議室を知らない」

 

「ええ」

 

「自分で青を選んだ」

 

「ええ」

 

「自分で勝った」

 

「ええ」

 

「自分で棚に置いた」

 

 会議室が静かになる。

 

 その言葉が、一番重かった。

 

 勝ったことよりも。

 

 青を選んだことよりも。

 

 棚に置いたこと。

 

 黒と青を同じ棚に置けたこと。

 

 同じ段に。

 

 少し離れた場所に。

 

 重ならないように。

 

 隔離もしないように。

 

 黒は黒。

 

 青は青。

 

 どちらも、自分が選んだものとして。

 

 黒ドレス特化救済春麗は言った。

 

「だから、こちらから触れない」

 

 通常救済版春麗も頷く。

 

「見届けるだけでいい」

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「待つことも必要」

 

 自覚前春麗が少しだけ唇を尖らせる。

 

「でも、祝うくらいは?」

 

 黒ドレス特化救済春麗は、少しだけ考えた。

 

「本人に届かない場所でなら」

 

 本編春麗は、湯呑みを持ち上げた。

 

「春麗会議室らしいわね」

 

『会議室による祝福:可』

 

「前にも見た表示ね」

 

『黒執着春麗一区切りログにて使用済みです』

 

「使い回さないで」

 

『適切なため再使用します』

 

 本編春麗は、青いログ束を見た。

 

「では、確認しましょう」

 

 記録板AIが表示する。

 

『分類案』

 

『黒執着春麗の青:落ちた場所を受け持ち直す青』

 

『補足:十一戦目の敗戦起点を、黒を保持したまま再選択する青』

 

『通常救済版春麗の青:戻れる場所としての青』

 

『補足:黒に沈みすぎないための帰還点。戦闘ではなく立て直しの青』

 

『本編春麗の青:正式回答へ進む青』

 

『補足:黒ドレスの経験、相打ち、宿題途中回答、未承認仮分類を青の中に変換し、現在のリュウへ向かう青』

 

『三者は同じ青武道服を用いるが、処理している傷と役割が異なります』

 

 本編春麗は、その表示を見た。

 

 綺麗だった。

 

 あまりにも綺麗に整理されていて、少し腹が立つ。

 

「採用」

 

『確定保存しますか』

 

「注釈付きで」

 

『注釈内容をどうぞ』

 

 本編春麗は、ゆっくり言った。

 

「黒執着春麗の青勝利ログは、本編春麗の相打ちログとの優劣比較には使用しない」

 

『記録します』

 

「黒執着春麗の青勝利は、十一戦目の敗戦起点を受け持ち直すための必要ログ」

 

『記録します』

 

「通常救済版春麗の青は、戻れる場所としての必要ログ」

 

『記録します』

 

「本編春麗の相打ちは、正式回答へ進むための必要ログ」

 

『記録します』

 

「勝敗だけでは評価しない」

 

『記録します』

 

「でも、少し腹立たしいのは春麗なので残る」

 

『記録します』

 

「最後は記録しなくてよかったわ!」

 

『重要な感情反応です』

 

「そういうところよ」

 

 記録板に、青い文字が刻まれる。

 

『注釈付き確定保存』

 

『同じ青でも、処理している傷が違う』

 

『黒執着春麗:落ちた場所を受け持ち直す青』

 

『通常救済版春麗:戻れる場所としての青』

 

『本編春麗:正式回答へ進む青』

 

『優劣比較は不適切』

 

『感情反応としての腹立たしさは残存』

 

 本編春麗は、最後の一行を見て額に手を当てた。

 

「本当に余計」

 

『正確です』

 

「正確ならいいわけではないの」

 

 それでも、会議室の空気は少しだけ軽くなった。

 

 重い青ログ。

 

 黒を持ったまま青で勝った春麗。

 

 十一戦目を受け持ち直した春麗。

 

 その意味は、軽くならない。

 

 でも、整理された。

 

 黒執着春麗本人には届かない場所で。

 

 本人には干渉しないまま。

 

 春麗会議室は、その青の意味を確認した。

 

 通常救済版春麗が、静かに湯呑みを持ち上げる。

 

「よかったわね」

 

 誰に向けた言葉か、明確にはしなかった。

 

 でも、全員が分かっていた。

 

 黒執着春麗へ。

 

 届かなくてもいい祝福。

 

 黒ドレス特化救済春麗も、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「ええ」

 

 一拍。

 

「よく、青を選んだわ」

 

 それは、黒を専門に救済してきた春麗の言葉だった。

 

 黒を捨てろとは言わなかった春麗。

 

 黒だけにするなと、そばにいた春麗。

 

 その春麗が、青を祝っている。

 

 本編春麗は、少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 

 自覚前春麗が、ぽつりと言う。

 

「青で勝ったのね」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「ええ」

 

「黒だけじゃなかったのね」

 

「ええ」

 

「……それは、よかったわ」

 

 本編春麗は、自覚前春麗を見る。

 

「あなたも素直に言えるのね」

 

「言えるわよ」

 

「資料として?」

 

「言わないで!」

 

『自覚前春麗:資料反応検出』

 

「検出しない!」

 

 会議室に少しだけ笑いが起きた。

 

 行き遅れ春麗が、湯呑みを包んだまま静かに言う。

 

「選べるようになるまで、待ったのなら」

 

 一拍。

 

「その青は、急いだ青ではないのね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「ええ」

 

 本編春麗も頷いた。

 

「急いだ青ではない」

 

 それは、自分にも刺さった。

 

 正式回答を待っている自分。

 

 リュウの答えを急かさない自分。

 

 でも、自分も話すことが増えている自分。

 

 待っている間に、止まっているわけではない。

 

 青は、待つ間にも増える。

 

 重くなる。

 

 変わる。

 

 進む。

 

 本編春麗は、静かに言った。

 

「私も、急がない」

 

『本編春麗:正式回答待機姿勢を再確認』

 

「ええ」

 

「でも、止まらない」

 

『本編春麗:進む青との接続を確認』

 

「……そこは、保留更新のまま」

 

『了解しました』

 

 黒執着春麗の青勝利ログは、本編春麗の青にも影響を与えた。

 

 それは、勝敗比較ではない。

 

 自分も青を更新している、という確認だった。

 

 黒執着春麗は、落ちた場所を受け持ち直した。

 

 通常救済版春麗は、戻れる場所として立った。

 

 本編春麗は、正式回答へ進んでいる。

 

 どれも青。

 

 どれも春麗。

 

 どれも同じではない。

 

 本編春麗は、青いログ束を見て、少しだけ笑った。

 

「本当に、青が一つではなくなったわね」

 

『はい』

 

「面倒ね」

 

『はい』

 

「でも、悪くないわ」

 

『精神HP安定を確認』

 

「腹立たしさは?」

 

『残存しています』

 

「それは残して」

 

『はい』

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「燃料?」

 

「ええ」

 

 本編春麗は答えた。

 

「次にリュウに会う時の燃料」

 

 自覚前春麗が笑う。

 

「結局、そこなのね」

 

「春麗だから」

 

 通常救済版春麗が言った。

 

 会議室が、一瞬静かになった。

 

 本編春麗が、ゆっくり通常救済版春麗を見る。

 

「今の言い方」

 

「え?」

 

「リュウっぽかったわ」

 

 通常救済版春麗が、少しだけ目を瞬かせる。

 

「そう?」

 

『リュウ構文反応:軽度検出』

 

「作らないで、その分類!」

 

 会議室に笑いが戻った。

 

 重い青ログの後には、それくらいの笑いが必要だった。

 

 記録板AIが、最後の表示を出す。

 

『本日の会議結論』

 

『黒執着春麗の青勝利ログは、十一戦目の敗戦起点を受け持ち直すための重要ログです』

 

『黒執着春麗本人は春麗会議室を認知していません』

 

『現時点での直接介入は不要です』

 

『必要時のみ、黒ドレス特化救済春麗が接触します』

 

『本編春麗の青とは、目的・対象・処理している傷が異なります』

 

『本編春麗の相打ちログとの優劣比較は不適切です』

 

『本編春麗の青は、正式回答へ進む青として保留更新されました』

 

『補足:腹立たしさは戦闘意欲として残存』

 

 本編春麗は、最後の補足を見て、深く息を吐いた。

 

「もう、そこは諦めるわ」

 

『学習しました』

 

「本当に?」

 

『努力します』

 

「リュウみたいな返事をしないで」

 

 自覚前春麗が吹き出した。

 

 黒ドレス特化救済春麗も、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 通常救済版春麗が立ち上がる。

 

「甘味、用意する?」

 

 本編春麗は即答した。

 

「必要」

 

『甘味提案:妥当』

 

「そこは早いのね」

 

『会議室精神HP回復効率を優先』

 

「正しいわ」

 

 行き遅れ春麗が、静かに手を上げる。

 

「待つわ」

 

 本編春麗は笑った。

 

「あなたは本当にぶれないわね」

 

「管轄だから」

 

『行き遅れ春麗:管轄発言』

 

「もうそこは保存していいわ」

 

『保存しました』

 

 青いログ束は、円卓の中央から記録棚へ移された。

 

 黒いログ束の隣ではない。

 

 少し離れた場所。

 

 けれど、別の棚でもない。

 

 同じ記録棚の中。

 

 重ならない位置に。

 

 黒執着春麗の黒ログと、青勝利ログが並ぶ。

 

 本編春麗は、それを見ていた。

 

「同じ棚ね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「ええ」

 

「重ねない」

 

「ええ」

 

「隔離もしない」

 

「ええ」

 

「黒は黒。青は青」

 

「どちらも、あの子が選んだもの」

 

 本編春麗は、小さく頷いた。

 

「なら、会議室も同じ扱いにしましょう」

 

『記録棚配置:確定』

 

『黒執着春麗関連ログ:同一棚内、非重複配置』

 

『意味:黒と青の選択権回復を尊重』

 

「よし」

 

 会議室の白い空間に、少しだけ温かい空気が戻る。

 

 黒執着春麗本人はいない。

 

 彼女には届かない。

 

 それでいい。

 

 届かなくても、確認できることはある。

 

 届かなくても、祝えることはある。

 

 届かなくても、軽く扱わないことはできる。

 

 本編春麗は、湯呑みを持ち上げた。

 

「では」

 

 一拍。

 

「黒を捨てず」

 

 通常救済版春麗が続ける。

 

「黒だけにせず」

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「選べるようになるまで待ち」

 

 自覚前春麗が少し考えてから言う。

 

「資料ではなく、青も選択肢として扱えるようになり」

 

 本編春麗が即座に反応した。

 

「今、資料って言ったわね」

 

「流れで!」

 

『自覚前春麗:資料発言検出』

 

「検出しない!」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、最後に静かに言った。

 

「落ちた場所を、自分で受け持ち直した春麗に」

 

 本編春麗は、湯呑みを少しだけ掲げた。

 

「お茶で乾杯」

 

 全員が湯呑みを持ち上げる。

 

 記録板AIが表示する。

 

『乾杯形式:湯呑み』

 

『会議室精神HP:回復傾向』

 

『黒ドレス特化救済春麗:軽度安堵』

 

『通常救済版春麗:祝福と軽度悔しさ』

 

『本編春麗:主人公性回復』

 

 本編春麗は、最後の項目を見て叫んだ。

 

「だから、私の主人公性を勝手に回復させないで!」

 

『重要項目です』

 

「重要だけど!」

 

 その声に、会議室の全員が少しだけ笑った。

 

 重い青ログの後には、そのくらいの笑いが必要だった。

 


 

 目を覚ますと、部屋はまだ暗かった。

 

 本編春麗は、しばらく天井を見ていた。

 

 夢だった。

 

 けれど、ただの夢ではない。

 

 春麗会議室のログは、目覚めても残る。

 

 黒執着春麗が、青で勝った。

 

 十一戦目の敗戦起点を、今の自分で受け持ち直した。

 

 黒を捨てずに。

 

 青に逃げずに。

 

 昔に戻らずに。

 

 青を選んだ。

 

 その青で、リュウに勝った。

 

 本編春麗は、ゆっくり起き上がる。

 

 引き出しを開ける。

 

 そこには、畳んだ青い武道服と、青い小箱がある。

 

 昨日と同じ場所。

 

 でも、少しだけ違って見える。

 

 春麗は、青い小箱には触れなかった。

 

 今日は開けない。

 

 開けたら、また紙が増える。

 

 それは分かっている。

 

 ただ、畳んだ青い武道服の上に、指先を置いた。

 

「……あなたは、あなたね」

 

 誰に言ったのか、自分でも分からない。

 

 黒執着春麗の青へか。

 

 自分の青へか。

 

 それとも、青そのものへか。

 

「同じ青でも、意味は違う」

 

 小さく呟く。

 

 黒執着春麗の青は、落ちた場所を受け持ち直す青。

 

 通常救済版春麗の青は、戻れる場所としての青。

 

 本編春麗の青は、正式回答へ進む青。

 

 どれも青。

 

 どれも春麗。

 

 どれも、同じではない。

 

 春麗は、青い武道服から指を離した。

 

 相打ちは相打ちで必要だった。

 

 それは変わらない。

 

 黒執着春麗が青で勝ったからといって、自分の青が薄くなるわけではない。

 

 むしろ。

 

 青が一つではないと知ったことで、自分の青も少しだけ確かになった。

 

「……でも、腹立たしいのは腹立たしいわね」

 

 誰も答えない。

 

 記録板AIもいない。

 

 けれど、きっとどこかで保存された気がした。

 

 春麗は、少しだけ笑う。

 

「次に会ったら、燃料にするわ」

 

 一拍。

 

「リュウには言わないけれど」

 

 言った瞬間、リュウの声が思い出される。

 

 春麗の青の先へ。

 

 俺は、その先を見たい。

 

 春麗は、布団の中で顔を覆った。

 

「……朝から思い出すものではないわ」

 

 精神HPが少し削れる。

 

 けれど、今日は倒れない。

 

 黒執着春麗が、落ちた場所を受け持ち直した。

 

 なら、自分も正式回答へ進む青を、もう少し持てる気がした。

 

 急がない。

 

 でも、止まらない。

 

 待つ。

 

 でも、空ではない。

 

 春麗は、引き出しを閉めた。

 

 朝はまだ遠い。

 

 けれど、胸の奥に、少しだけ熱が残っている。

 

 悔しさ。

 

 腹立たしさ。

 

 祝福。

 

 そして、自分の青への確認。

 

 黒執着春麗は青で勝った。

 

 本編春麗は青で相打ちになった。

 

 どちらも必要だった。

 

 そう思えたことが、少しだけ悔しくて。

 

 少しだけ、誇らしかった。

 

 春麗は、目を閉じる。

 

 次に青を着る時。

 

 たぶん、また少しだけ変わっている。

 

 同じ青で。

 

 同じではない青で。

 

 正式回答の方へ。

 

 少しずつ。

 

 ……たぶん。

 




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の核は、「黒執着春麗が青で勝った」という事実を、本編春麗側がどう受け取るかでした。

一見すると、かなり分かりやすく危険なログです。

黒執着春麗は黒で勝った。
そのうえで、今度は青でも勝った。
しかも相手はリュウ。

これだけ見ると、本編春麗としては「私の青は相打ちなのだけれど?」となりそうな場面です。

ただ、今回はそこを単純な勝敗比較にはしませんでした。

ここがかなり重要です。

本編春麗は、すでに自分の青でリュウと相打ちになっています。
そして、その相打ちを敗北としてではなく、宿題途中回答へ進むための必要な青として受け入れています。

だから今回の本編春麗は、黒執着春麗の青勝利を見ても、以前のように単純に揺らぐわけではありません。

揺れます。
腹も立ちます。
ずるいとも思います。

でも、自分の青を取り下げるところまでは行かない。

これが今回の本編春麗の成長点です。

今回のテーマを一言で言うなら、

「同じ青でも、処理している傷が違う」

です。

黒執着春麗の青は、十一戦目の敗戦起点を受け持ち直す青です。

十連勝の後、リュウに敗れた青。
そこから黒へ向かった青。
黒を必要とする起点になった青。

その青を、黒を捨てず、黒に逃げず、昔に戻るわけでもなく、今の黒執着春麗がもう一度選んだ。
そしてリュウに勝った。

これは、ただの勝利ではありません。
落ちた場所を、自分で受け持ち直したログです。

一方で、本編春麗の青は違います。

本編春麗の青は、正式回答へ進む青です。

黒ドレスの経験を青の中に変換し、リュウと相打ちになり、宿題途中回答を受け取り、「春麗の青の先へ」と言われた青。
勝敗だけでは終わらず、リュウとの関係と正式回答へ進むための青です。

だから、黒執着春麗の青勝利と、本編春麗の相打ちは、単純な優劣比較にはできません。

黒執着春麗は勝った。
本編春麗は相打ちだった。
だから黒執着春麗の方が上。

そういう話ではない、ということです。

今回、春麗会議室を使ったのは、この整理をするためでした。

本編春麗一人だけで受け止めると、どうしても「私の青は相打ちなのに」という感情に寄りやすい。
でも、黒ドレス特化救済春麗と通常救済版春麗がいることで、このログの本質が見えます。

黒ドレス特化救済春麗は、黒執着春麗の黒を一番近くで見てきた存在です。

彼女は、黒を取り上げる救済者ではありません。
黒を捨てさせる救済者でもありません。
黒だけを自分にしないように、黒を春麗自身の手元へ戻す救済者です。

だからこそ、今回の青勝利に対しても、彼女は軽く祝福しません。
「よく勝った」だけでは終わらせません。

これは十一戦目を受け持ち直す青。
これは黒を卒業した青ではない。
これは青へ逃げたログでもない。
あの子が自分で選んだ青だから、こちらから触れない。

この距離感が、黒ドレス特化救済春麗らしさです。

通常救済版春麗は、また別の立場です。

彼女は、黒執着春麗を直接救った春麗ではありません。
けれど、同じ裏ルートの始まりを知っている春麗です。

十一戦目の敗北。
黒ドレス。
リュウに見抜かれた痛み。

そこまでは近い。

ただ、通常救済版春麗は黒だけには沈まなかった。
戻れる場所としての青を持てた春麗です。

だから彼女にとって黒執着春麗は、自分ではないけれど、自分にもありえた春麗です。

その黒執着春麗が、黒の奥まで行ったうえで、青でも勝った。

これは少し悔しい。
でも、祝福できる。

この「悔しいくらい、よかった」が通常救済版春麗の立場です。

また、行き遅れに恐怖する春麗も今回は地味に重要でした。

彼女は今回の青を「選べるようになるまで待った青」として見ています。

黒を捨てるでもなく。
すぐ青に戻るでもなく。
黒だけで終わるでもなく。

選べるようになるまで待って、それから選んだ青。

これは、本編春麗の正式回答待ちとも重なっています。

待つことは停止ではない。
待っている間にも、青は変わる。
重くなる。
増える。
そして進む。

この視点が入ることで、今回のエピソードは黒執着春麗だけでなく、本編春麗の現在地にもつながりました。

今回、本編春麗の青に起きた変化は、敗北感ではありません。

むしろ確認です。

黒執着春麗には、落ちた場所を受け持ち直す青がある。
通常救済版春麗には、戻れる場所としての青がある。
本編春麗には、正式回答へ進む青がある。

同じ青でも、意味が違う。
同じ春麗でも、処理している傷が違う。

それを理解したことで、本編春麗の青は揺らいだのではなく、むしろ少し確かになりました。

もちろん、腹立たしさは残ります。

黒で勝って、青でも勝つなんてずるい。
物語として強すぎる。
リュウに勝ったのも腹立たしい。

でも、その腹立たしさは、自分の青を否定するものではありません。

次にリュウに会う時の燃料です。

ここが本編春麗らしいところです。

納得する。
整理する。
でも、腹立たしさは残す。
そして、それを戦闘意欲に変える。

非常にめんどくさい。
でも、そこが主人公性です。

最後に、今回の春麗会議室では、黒執着春麗本人には干渉していません。

これは重要です。

黒執着春麗は春麗会議室を認知していない存在です。
会議室のメンバーが勝手に見て、勝手に祝福しているだけです。

本人には届かない。
でも、届かない場所で確認する。
軽く扱わない。
触れすぎない。
必要な時だけ、黒ドレス特化救済春麗が接触する。

この距離感が、黒執着春麗という存在の危うさと尊重を両立させています。

今回のエピソードは、黒執着春麗の青勝利を通して、本編春麗の青を壊す話ではなく、青が一つではないことを確認する話でした。

黒執着春麗の青は、落ちた場所を受け持ち直す青。
通常救済版春麗の青は、戻れる場所としての青。
本編春麗の青は、正式回答へ進む青。

同じ青でも、処理している傷が違う。

そして本編春麗は、自分の青を取り下げずに済んだ。

そこが、今回の一番大事な到達点です。
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