また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

248 / 254
※これは本編時空ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、最近黒ドレスを着ていない理由を問い詰められる

 

 春麗会議室の空気は、珍しく穏やかだった。

 

 黒いログ束もない。

 

 青いログ束もない。

 

 記録板AIも、余計な表示を出していない。

 

 本編春麗は、湯呑みを持っていた。

 

 通常救済版春麗は、静かにお茶を注いでいる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、いつものように湯呑みを両手で包んでいる。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、少し離れた席で落ち着いて座っていた。

 

 そして。

 

 自覚前春麗が、じっと本編春麗を見ていた。

 

「……何?」

 

 本編春麗が言う。

 

「言いたいことがある顔をしているわ」

 

「あるわよ」

 

 自覚前春麗は即答した。

 

 本編春麗は湯呑みを置く。

 

「嫌な予感がするわね」

 

『会議発生予兆を確認』

 

「記録板AI、まだ何も始まっていないわ」

 

『自覚前春麗の表情変化から、議題化確率が高いと判断しました』

 

「余計な精度ね」

 

 自覚前春麗は、机に手を置いた。

 

「本編春麗」

 

「何よ」

 

「最近、黒ドレスを着ていないわよね?」

 

 会議室が、静かになった。

 

 本編春麗は、湯呑みに伸ばしかけた手を止めた。

 

 通常救済版春麗が、ほんの少しだけ目を伏せる。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、表情を変えない。

 

 行き遅れ春麗は、湯呑みを包む手に少し力を込めた。

 

 記録板AIが表示する。

 

『議題確定』

 

『本日の議題:本編春麗が最近黒ドレスを着ていない理由』

 

 本編春麗は記録板を睨んだ。

 

「確定が早いわ」

 

『自覚前春麗の問いは有効です』

 

「……それは、そうだけれど」

 

 自覚前春麗は、さらに言う。

 

「ちょっと前まで、本編春麗も黒ドレスを着ていたでしょう?」

 

「ええ」

 

「黒ドレスの経験もある」

 

「ええ」

 

「黒を青に変換している話もしていた」

 

「ええ」

 

「なのに最近、青武道服ばかり」

 

 一拍。

 

「明確な説明、なかったわよね?」

 

 本編春麗は黙った。

 

 言い返せない。

 

 確かに、なかった。

 

 流れとしては自然だった。

 

 リュウとの正式回答。

 

 宿題。

 

 青での相打ち。

 

 青の先。

 

 黒執着春麗の青勝利ログ。

 

 自分の青が「正式回答へ進む青」として更新されていく流れ。

 

 だから、最近は青が中心になっていた。

 

 でも。

 

 なぜ黒ドレスを着ていないのか。

 

 それを、本編春麗本人が明確に説明したことはなかった。

 

『自覚前春麗の指摘:妥当』

 

「そこは記録しなくていい」

 

『重要な整合性確認です』

 

「そういうところだけ正しいのよね」

 

 自覚前春麗は、腕を組んだ。

 

「別に責めているわけじゃないわ」

 

「そうなの?」

 

「半分くらいは」

 

「半分は責めているのね」

 

「だって、私は気になるのよ」

 

 自覚前春麗は、少しだけ目を細める。

 

「本編春麗の黒ドレスは、なかったことになったの?」

 

 その言葉に、会議室の空気が変わった。

 

 本編春麗は、すぐに答えた。

 

「なっていないわ」

 

 声は、思ったより強かった。

 

 自覚前春麗が、少しだけ眉を上げる。

 

 本編春麗は続ける。

 

「なかったことにはしていない」

 

『発言信頼度:高』

 

「そこは高くていいわ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに本編春麗を見る。

 

「では、説明して」

 

「あなたまで?」

 

「必要だから」

 

「……でしょうね」

 

 本編春麗は、息を吐いた。

 

 これは逃げられない。

 

 逃げる気も、ない。

 

「まず」

 

 本編春麗は、ゆっくり言った。

 

「私は、黒ドレスを捨てたわけではない」

 

『記録開始』

 

「開始しなくていい」

 

『議題に対する公式回答です』

 

「公式って何よ」

 

 通常救済版春麗が、少しだけ微笑む。

 

「続けて」

 

 本編春麗は、観念したように頷いた。

 

「黒ドレスは、私にとって必要な経験だった」

 

 会議室の白い床に、黒い影のような記憶が浮かぶ。

 

 黒いドレス。

 

 黒い布。

 

 整えた髪。

 

 試合前のメイク。

 

 口の中で転がした煽り文句。

 

 リュウにどう見られるかを考えた時間。

 

 その想像だけで、精神HPが削れかけた自分。

 

 それでも、戦術として使おうとした自分。

 

「黒は、ただの衣装ではないわ」

 

 本編春麗は言った。

 

「戦闘前から始まる技法よ」

 

 自覚前春麗が頷く。

 

「黒ドレスを選ぶところから?」

 

「ええ」

 

「メイクも?」

 

「ええ」

 

「髪のセットも?」

 

「ええ」

 

「煽りセリフも?」

 

「ええ」

 

「リュウにどう見られるかを想像するのも?」

 

「ええ」

 

 一拍。

 

「全部、黒」

 

 記録板AIが表示する。

 

『黒:戦闘前準備を含む総合戦闘技法』

 

『要素:衣装選択、メイク、髪型、煽り、視線誘導、半拍、間合い操作、見られる自己の戦術化』

 

 本編春麗は、その表示を見て頷いた。

 

「そう。黒は、試合開始の合図で始まるものではない」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに言う。

 

「鏡の前から始まる」

 

「ええ」

 

 本編春麗は、少しだけ目を伏せた。

 

「黒ドレスを着る時、私はリュウにどう見られるかを考える。どの角度で立つか。どう煽るか。どこまで見せるか。どこで引くか。どこで待つか。どの半拍を作るか」

 

 一拍。

 

「それは、私が女性としての自分も戦闘に出すということ」

 

 会議室が静かになる。

 

 自覚前春麗も、茶化さなかった。

 

 本編春麗は続ける。

 

「黒は、恥ずかしさを消す技法ではないわ。恥ずかしさを、見られる自分ごと引き受けて、戦術に変える技法」

 

『発言信頼度:高』

 

「だから、軽く着るものではない」

 

 通常救済版春麗が、静かに頷いた。

 

「では、最近着ていない理由は?」

 

 本編春麗は、少しだけ黙った。

 

 そして言った。

 

「今の私の主戦場が、そこではないから」

 

 自覚前春麗が、少し首を傾げる。

 

「主戦場?」

 

「ええ」

 

 本編春麗は、青い袖を見た。

 

 会議室の中の彼女は、青武道服だった。

 

「今の私は、リュウの正式回答へ向かっている」

 

『本編春麗の現在進行ルート:正式回答待ち』

 

「表示しなくていい」

 

『重要です』

 

「……重要だけれど」

 

 本編春麗は小さく息を吐く。

 

「リュウに宿題を出した。答えを急かさず、待つことにした。でも、ただ待っているわけではない。青で試合を予約した。青で相打ちになった。途中回答を受け取った」

 

 言いながら、少し顔が赤くなる。

 

「春麗の青の先へ、と言われた」

 

『精神HP微減』

 

「今それは記録しないで」

 

『既存ログです』

 

「既存でも出さないで」

 

 自覚前春麗がにやりとする。

 

「そこね」

 

「何が?」

 

「今、黒を着ない理由」

 

 本編春麗は、自覚前春麗を見る。

 

 自覚前春麗は、まっすぐ返す。

 

「今のリュウが見ているのは、本編春麗の青なのね」

 

 会議室が静かになった。

 

 本編春麗は、すぐには答えなかった。

 

 でも、否定できなかった。

 

「……そう」

 

 ようやく言う。

 

「今、リュウが追っているのは、私の青」

 

 言った瞬間、胸の奥が熱くなる。

 

「届かれた青。戻って選び直した青。勝った青。見られた青。覚えられた青。聞かれた青。相打ちの青。宿題途中回答の青。進まれた青」

 

 一拍。

 

「そして、正式回答へ進む青」

 

『本編春麗の青分類:保留更新中』

 

「そこはまだ保留でいい」

 

『了解しました』

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「つまり、今黒ドレスを着ないのは、黒を避けているからではない」

 

「ええ」

 

「黒を卒業したからでもない」

 

「ええ」

 

「黒をなかったことにしたからでもない」

 

「もちろん」

 

「今は青で受け取るべき言葉がある」

 

 本編春麗は、頷いた。

 

「そう」

 

 そこが、一番近かった。

 

 リュウの途中回答。

 

 正式回答。

 

 春麗の青の先。

 

 それらは、今の本編春麗にとって、青で受け取るべきものだった。

 

 黒ドレスで受け取ってはいけない、という意味ではない。

 

 だが、今は違う。

 

 黒を着ると、戦場が変わる。

 

 視線の意味が変わる。

 

 煽りの意味が変わる。

 

 リュウに見られる自分の意味が変わる。

 

 黒の春麗として、別の圧が生まれる。

 

 それは強い。

 

 強いが、今の主題とは違う。

 

「黒を着ると、リュウの視線を戦術に巻き込むことになる」

 

 本編春麗は言った。

 

「見られる自分を、こちらから設計することになる」

 

「それが黒でしょう?」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「ええ。だからこそ、今は着ない」

 

 自覚前春麗は、少し目を細める。

 

 本編春麗は続けた。

 

「今のリュウには、私が設計した黒を見せたいわけではないの」

 

 一拍。

 

「今の私は、リュウが覚えている青の先へ、どう進むのかを見ている」

 

 行き遅れ春麗が、湯呑みを包んだまま言う。

 

「待っている青?」

 

「ええ」

 

「でも、止まっていない青」

 

「ええ」

 

「黒を着たら、その待ち方が変わる?」

 

 本編春麗は少し考えた。

 

「変わると思う」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに補足する。

 

「黒は、相手にどう見られるかを先に設計する」

 

 本編春麗が頷く。

 

「ええ」

 

「青は、今のリュウがどう見るかを受ける」

 

 その言葉に、本編春麗は一瞬止まった。

 

 かなり正確だった。

 

 黒は、見られ方を作る。

 

 青は、見られたことを受ける。

 

 もちろん、青にも誘導はある。

 

 黒の経験を青に変換した青なら、半拍も待ちもある。

 

 だが、根本が違う。

 

 黒は、こちらからリュウの視線を巻き込む。

 

 青は、リュウが覚えているものを受けて、その先へ行く。

 

『分類案』

 

『黒:見られ方を設計する戦闘技法』

 

『青:見られた事実を受け、現在のリュウへ進む戦闘状態』

 

 本編春麗は、その表示を見た。

 

「……採用していいわ」

 

『保存しました』

 

 自覚前春麗が、腕を組み直す。

 

「じゃあ、黒は封印ではないのね?」

 

「違うわ」

 

「次に着る可能性はある?」

 

「ある」

 

「本当に?」

 

「あるわよ」

 

 本編春麗は、少し強めに言った。

 

「黒をなかったことにはしない。黒ドレスの経験も、戦術も、私の中に残っている。煽りも、半拍も、メイクも、髪も、見られることを戦術にする感覚も、全部」

 

 一拍。

 

「ただし、今は青で受けるべき局面」

 

 通常救済版春麗が、穏やかに言う。

 

「順番の問題ね」

 

「そう。順番」

 

 本編春麗は頷く。

 

「黒が弱いから着ないのではない」

 

『発言信頼度:高』

 

「黒が怖いから逃げているわけでもない」

 

『発言信頼度:高』

 

「黒を着たら、今の正式回答待ちの青がぼやけるから着ていない」

 

『発言信頼度:高』

 

 自覚前春麗は、少し納得したように頷いた。

 

「なるほど」

 

 一拍。

 

「つまり、本編春麗は今、黒ドレスを我慢しているというより、青のターンを消化している?」

 

 本編春麗は少し顔をしかめた。

 

「言い方」

 

『自覚前春麗の表現:概ね妥当』

 

「妥当なの?」

 

『はい』

 

「青のターンって言われると急にゲーム的ね」

 

「でも分かりやすいわ」

 

 自覚前春麗は言った。

 

「今は青でリュウと向き合っている。黒に変えると、戦闘のルールが変わる。だから着ない」

 

「ええ」

 

「黒を忘れたわけじゃない」

 

「ええ」

 

「むしろ黒を知っているから、青が変わっている」

 

「ええ」

 

 自覚前春麗は、しばらく黙った。

 

 そして、小さく言った。

 

「じゃあ、黒ドレスの私は、不要になったわけではないのね」

 

 本編春麗は、すぐに答えた。

 

「当然でしょう」

 

 自覚前春麗が少し目を見開く。

 

 本編春麗は、青い袖を軽く握った。

 

「黒ドレスの私がいなければ、今の青はないわ」

 

 会議室が静かになる。

 

「黒で見られたこと。黒で煽ろうとしたこと。黒で恥ずかしさを使おうとして失敗したこと。黒で半拍を覚えたこと。黒で待つことを知ったこと。黒でリュウの視線から逃げられないと知ったこと」

 

 一拍。

 

「その全部が、今の青に入っている」

 

『発言信頼度:高』

 

「だから、黒ドレスの私は不要ではない」

 

 本編春麗は、自覚前春麗を見る。

 

「むしろ、今の青は黒を通った青よ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに頷いた。

 

「それは正しい」

 

 通常救済版春麗も微笑む。

 

「黒を着ないことと、黒を失うことは違う」

 

 行き遅れ春麗が、小さく言う。

 

「着ないまま、持っていることもある」

 

『行き遅れ春麗:保持概念発言』

 

「もうあなたの管轄、かなり広いわね」

 

「少しだけ」

 

 本編春麗は、少し笑った。

 

 自覚前春麗は、ようやく椅子にもたれた。

 

「じゃあ、確認」

 

「まだあるの?」

 

「大事だから」

 

「言いなさい」

 

「本編春麗は、黒ドレスを着なくなったのではなく」

 

「ええ」

 

「今は、正式回答へ進む青の文脈だから着ていない」

 

「ええ」

 

「黒は消えていない」

 

「ええ」

 

「黒の戦術は青に変換されている」

 

「ええ」

 

「次に黒が必要な局面になれば、また着る」

 

「ええ」

 

「ただし、その時は試合前の鏡の前から黒が始まる」

 

 本編春麗は、少しだけ顔を赤くした。

 

「……ええ」

 

『本編春麗:照れ反応検出』

 

「検出しないで」

 

『重要反応です』

 

「どこが」

 

『黒ドレス再着用可能性に対する精神HP反応』

 

「余計」

 

 自覚前春麗は、にやりと笑った。

 

「つまり、次に黒ドレスを着る時は、メイクも髪も煽りも込みで行くのね」

 

「言い方」

 

「リュウにどう見られるかも設計して?」

 

「やめなさい」

 

「煽り文句も用意して?」

 

「やめなさい」

 

「鏡の前で練習して?」

 

「やめなさい!」

 

『精神HP微減』

 

「あなたのせいよ!」

 

 会議室に少し笑いが起きた。

 

 重すぎない。

 

 でも、軽くもない。

 

 黒の話は重い。

 

 けれど、今日は黒執着春麗の黒ではない。

 

 本編春麗自身の黒。

 

 今は着ていない黒。

 

 でも、失っていない黒。

 

 その整理だった。

 

 記録板AIが、会議結論を表示する。

 

『本日の会議結論』

 

『本編春麗が最近黒ドレスを着ていない理由』

 

『一、黒を捨てたためではありません』

 

『二、黒を恐れて避けているためではありません』

 

『三、黒ドレス経験は本編春麗の青に変換済みです』

 

『四、現在の主題が、リュウの正式回答へ進む青であるため、青武道服が主戦場となっています』

 

『五、黒は試合前準備を含む総合戦闘技法であり、着用時は衣装・メイク・髪型・煽り・視線設計を含めて黒が始まります』

 

『六、今後、必要な局面では再び黒ドレスを選択する可能性があります』

 

 本編春麗は、その表示を見て、静かに頷いた。

 

「採用」

 

『確定保存しますか』

 

「注釈付きで」

 

『注釈内容をどうぞ』

 

 本編春麗は少し考えた。

 

「本編春麗の黒ドレス未着用は、黒の放棄ではなく、青の文脈維持のための選択」

 

『記録します』

 

「黒ドレスの経験は、本編春麗の青の半拍・待ち・視線耐性・煽りの精度に反映されている」

 

『記録します』

 

「ただし、黒を再び着る時は、黒単体の主題が必要」

 

『記録します』

 

「黒は軽く着ない」

 

『記録します』

 

 自覚前春麗が、少しだけ満足そうに頷いた。

 

「これで読者にも説明がつくわね」

 

 本編春麗はそちらを見る。

 

「あなた、いつから読者側のチェック担当になったの?」

 

「資料として」

 

『自覚前春麗:資料発言検出』

 

「検出しない!」

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「でも、良い指摘だったわ」

 

 自覚前春麗は、少しだけ胸を張る。

 

「でしょう?」

 

 本編春麗も、少し渋々ながら頷いた。

 

「ええ。良い指摘だった」

 

『本編春麗:自覚前春麗への肯定評価』

 

「そこは記録しなくていい」

 

『重要です』

 

「何でも重要にしない」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、本編春麗を見る。

 

「黒を着ない理由を説明できるなら、大丈夫」

 

「何が?」

 

「黒に飲まれていない」

 

 一拍。

 

「黒を避けてもいない」

 

 本編春麗は、少しだけ黙った。

 

 その言葉は、思ったよりも深く刺さった。

 

 黒を着ない。

 

 それだけなら、黒を避けているようにも見える。

 

 黒を卒業したようにも見える。

 

 黒を捨てたようにも見える。

 

 でも、違う。

 

 自分は、黒を説明できる。

 

 黒が何かを覚えている。

 

 黒がどこから始まるかも覚えている。

 

 黒を着る時の重さも、恥ずかしさも、戦術としての強さも覚えている。

 

 そのうえで、今は青を選んでいる。

 

「……そうね」

 

 本編春麗は、静かに言った。

 

「今の私は、黒を着ていない。でも、黒を失ってはいない」

 

『発言信頼度:高』

 

「ええ」

 

「そして、青を選んでいる」

 

『発言信頼度:高』

 

「ええ」

 

「正式回答へ進むために」

 

『精神HP微減』

 

「最後だけ削れるの、どうにかならない?」

 

『仕様です』

 

「仕様にしないで」

 

 会議室に笑いが戻る。

 

 自覚前春麗は、湯呑みを持ち上げた。

 

「では、黒ドレス未着用問題は解決?」

 

 本編春麗は頷いた。

 

「解決でいいわ」

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「保留ではなく?」

 

「これは確定でいい」

 

 行き遅れ春麗が、静かに言う。

 

「着ないまま持つ」

 

「ええ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「必要なら着る」

 

「ええ」

 

 自覚前春麗が笑う。

 

「そして着る時は、鏡の前から黒」

 

 本編春麗は、顔を赤くした。

 

「そこを繰り返さないで」

 

『黒再着用時の精神HPイベント発生可能性:中』

 

「予測しない!」

 

『未来予測ではなく、傾向分析です』

 

「同じようなものよ!」

 

 春麗会議室に、また笑いが起きた。

 

 その笑いの中で、黒は軽くならなかった。

 

 けれど、重すぎるだけでもなくなった。

 

 黒は、そこにある。

 

 今は着ていない。

 

 でも、消えていない。

 

 青の中にも、残っている。

 

 そして、必要ならまた選ぶ。

 

 その確認ができた。

 


 

 目を覚ますと、朝だった。

 

 本編春麗は、しばらく天井を見ていた。

 

 夢だった。

 

 けれど、会議室の内容は残っている。

 

 最近、黒ドレスを着ていない理由。

 

 自覚前春麗に突っ込まれたこと。

 

 説明したこと。

 

 黒は捨てていない。

 

 黒は避けていない。

 

 今は青の文脈だから、青を着ている。

 

 春麗は起き上がった。

 

 部屋の隅に、青い武道服がある。

 

 そして、別の場所に、黒ドレスがある。

 

 今日は青に手を伸ばす。

 

 迷わず。

 

 けれど、黒を見ないふりはしなかった。

 

 黒ドレスを見る。

 

 ストリートファイターⅤの戦闘服1。

 

 黒。

 

 布。

 

 女性としての自分を戦闘に出す服。

 

 鏡の前から始まる戦術。

 

 メイク。

 

 髪。

 

 煽り。

 

 視線。

 

 半拍。

 

 待機圧。

 

 リュウにどう見られるか。

 

 その全部が、黒。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「……今日は、青」

 

 一拍。

 

「でも、あなたを忘れたわけではないわ」

 

 黒ドレスは何も答えない。

 

 それでいい。

 

 春麗は青い武道服を手に取る。

 

 今の主戦場は、青。

 

 正式回答へ進む青。

 

 リュウが覚えている青。

 

 リュウがその先を見たいと言った青。

 

 精神HPに悪い青。

 

 でも、今の自分の青。

 

 春麗は、青い袖に手を通す。

 

 その動きの中に、ほんの少しだけ黒で覚えた半拍がある。

 

 見られることから逃げない呼吸がある。

 

 煽りを言葉にする前の覚悟がある。

 

 黒を着ていなくても、黒の経験は消えていない。

 

「……本当に、面倒な戦闘服ね」

 

 青のことか。

 

 黒のことか。

 

 自分でも分からなかった。

 

 春麗は、鏡を見る。

 

 そこにいるのは、青武道服の本編春麗。

 

 黒を捨てた春麗ではない。

 

 黒に逃げた春麗でもない。

 

 黒を青に変換した春麗。

 

 そして、今は青でリュウの正式回答へ向かう春麗。

 

 春麗は、鏡の中の自分に言った。

 

「黒は、必要な時に着る」

 

 一拍。

 

「今は、青で行く」

 

 言ってから、少しだけ顔が熱くなった。

 

 リュウが何か言いそうな気がした。

 

 今日の青も、覚えている。

 

 そう言いそうな気がした。

 

 春麗は、鏡の前で額に手を当てる。

 

「……だから、想像だけで削らないで」

 

 誰もいない部屋で、自分に言う。

 

 それでも、春麗は笑った。

 

 青い袖が朝の光を受ける。

 

 黒は、そこにある。

 

 でも、今日は青。

 

 そう選べることが、今の本編春麗だった。

 




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の核は、「本編春麗が最近黒ドレスを着ていない理由」を、春麗会議室で明確に整理することでした。

自覚前春麗のツッコミは、かなり重要です。

少し前まで本編春麗も黒ドレスを着ていた。
黒を経験していた。
黒の戦術も知っている。
なのに最近は青武道服ばかりになっている。

これは、連載として見ると確かに説明が必要な部分でした。

今回の結論は、本編春麗が黒を捨てたわけではない、ということです。

黒を避けているわけでもない。
黒を卒業したわけでもない。
黒ドレスの経験をなかったことにしたわけでもない。

今の本編春麗は、リュウの正式回答へ向かう青の文脈にいる。
だから、今は青を選んでいる。

ここが今回の一番大事な整理です。

黒は、単なる衣装ではありません。

黒ドレスを選ぶところから始まり、髪を整え、メイクをし、リュウにどう見られるかを考え、どの言葉で煽るかを用意し、視線や間合いをどう動かすかを設計する。

つまり黒は、試合開始の瞬間からではなく、鏡の前から始まる戦闘技法です。

春麗が女性としての自分を戦闘資源として引き受ける。
見られることから逃げず、それを戦術に変える。
恥ずかしさを消すのではなく、恥ずかしさごと使い切れるかどうかが問われる。

それが黒です。

だからこそ、黒は軽く着るものではありません。

黒を着ると、リュウとの戦いの意味が変わります。
リュウの視線をこちらから設計することになる。
見られ方を戦術として組み込むことになる。
煽りも、所作も、間合いも、試合前の準備も含めて黒になる。

一方、今の本編春麗が向き合っているのは、リュウが覚えている青です。

届かれた青。
戻って選び直した青。
勝った青。
見られた青。
覚えられた青。
聞かれた青。
相打ちの青。
宿題途中回答の青。
進まれた青。

そして、正式回答へ進む青。

今、リュウが追っているのは、この青の先です。

だから本編春麗は、ここで黒ドレスを着て戦場の意味を変えない。
青の文脈を維持する。
青で受け取るべきものを、青で受け取ろうとしている。

これは黒の放棄ではなく、順番の問題です。

今回の会議で大事だったのは、「黒を着ないこと」と「黒を失うこと」は違う、という確認でした。

本編春麗は、黒を着ていなくても黒を持っています。

黒で覚えた半拍。
黒で覚えた待ち。
黒で覚えた視線耐性。
黒で覚えた煽りの強さ。
見られることから逃げない呼吸。
リュウにどう見られるかを考えた経験。

その全部が、今の青に入っています。

つまり、今の本編春麗の青は、黒を知らなかった頃の青ではありません。

黒を通った青です。

黒を着ていないから黒が消えたのではなく、黒の経験が青の中に変換されている。
だから今の青は、以前の青より複雑で、重くて、めんどくさいものになっています。

今回、自覚前春麗がかなり良い役をしています。

彼女は読者側に近い違和感をそのまま投げてくれます。

「最近黒ドレスを着ていない」
「説明がなかった」
「黒ドレスの私は不要になったのか」

このツッコミがなければ、本編春麗は自分から説明しなかったかもしれません。

本編春麗は流れとして青を選んでいました。
でも、それを言葉にしていなかった。

自覚前春麗がそこを突いたことで、黒と青の現在地が整理されました。

黒ドレス特化救済春麗の役割も重要です。

彼女は、黒を軽く扱わない春麗です。
黒を着ない理由を説明できるなら、それは黒に飲まれていない証拠でもあり、黒を避けていない証拠でもある。

本編春麗が「今は青」と言えるのは、黒を理解しているからです。
黒が何かを知らなければ、黒を着ない理由も説明できません。

だから今回の本編春麗は、黒を捨てたのではなく、黒の重さを分かったうえで青を選んでいます。

通常救済版春麗は、「黒を着ないことと、黒を失うことは違う」と整理してくれました。
行き遅れに恐怖する春麗は、「着ないまま持つ」という形で、待機と保持の感覚をつなげています。

このあたりも、春麗会議室ならではの整理です。

今回の到達点は、こうです。

本編春麗は、今は黒ドレスを着ていない。
でも、黒を忘れていない。
黒を捨てていない。
黒を避けていない。

黒の経験は青に入っている。

そして今は、リュウの正式回答へ進むために青を選んでいる。

必要な時が来れば、黒をまた選ぶ可能性はあります。
ただし、その時の黒は軽いイベントではありません。
鏡の前から始まり、髪も、メイクも、煽りも、見られ方も含めて黒になる。

だから今は、青。

黒を持ったまま、青で進む。

今回のエピソードは、そこを確認するための回でした。

本編春麗の黒ドレス未着用問題を、単なる衣装選択ではなく、現在のルート進行と精神段階の問題として整理できた回だと思います。

黒は消えていない。

ただ、今の主戦場は青。

そしてその青は、黒を通った青です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。